誰でも知っていそうな、有名な詰将棋作品は?
「有名」という言葉はあいまいで、この疑問に答えることは難しい。しかし、詰将棋のデータベースを使えば、近い答えを出すことができそうなので、ちょっと調べてみた。
まず、詰将棋データベース「T-BASE」の全作品(123,000作)から、同じ作品で複数登録されているものを調べてみる(※1)。「T-BASE」には、江戸時代から現代まで、主に雑誌に掲載された作品が収録されている。そのため、同じ作品が複数登録されているということは、何度も活字になった作品、つまり有名な作品だろう、というわけだ(※2)。
この調査で、6件以上登録されている作品が、451作見つかった。これを一つの候補とする。
次に、空気ラボの「詰将棋同一検索ページ」で、先に見つけた451作を検索する。
「詰将棋同一検索ページ」には、詰将棋が206,000作(※3)登録されていて、ここで検索すると、登録されている同一作品の一覧が表示される。ここには「T-BASE」よりずっと多い作品が登録されているので、この検索結果を調べれば、活字になった数がより正確にわかるはずである。
その結果を登録件数が多い順に並べ直したところ、1位から19位(同点の作品があるため21作)の作品は次のようになった。
作者:不明
11手詰
初出:『詰将棋精選 第3番』1916年7月
第1位になったのは、この作品。「詰将棋同一検索ページ」には、31件登録されている。
覚えやすい初形と妙手を含む手順が、第1位になった理由だろう。
(棋譜の表示に使っているKifu for JSは、[▶]を長押しすると、手順を自動再生)
作者:渡瀬荘次郎
『待宵 第1番』慶応2年8月
7手詰
第2位は2作。それぞれ28件登録されている。
『待宵 第1番』は、実戦型の好作。
作者:柏川悦夫
作品名:「二上」
「近代将棋」1953年6月
17手詰
受賞:近代将棋賞(特技賞)
二上達也新六段(当時)を祝って作られた、初形が「二」、詰め上がりが「上」という立体曲詰。
作者:岡田秋葭
「将棋月報」1942年9月
35手詰
第4位は、裸玉。25件登録されている。
第7位になった伊藤看寿の裸玉より上位なのは、ちょっと意外かも。
作者:伊藤看寿
作品名:「煙詰」
『将棋図巧 第99番』宝暦5年3月
117手詰
第5位は、煙詰。24件登録されている。
初形の盤面39枚が、詰上がり3枚になる煙詰の第1号局。
作者:不明
「香歩問題」
19手詰
初出:「将棋月報」1943年1月
第6位は、大道詰将棋の香歩問題。22件登録されている。
第8位に入った作品と姉妹作で、96歩と97歩の違いだけで詰手順がガラリと変わる。
作者:伊藤看寿
『将棋図巧 第98番』宝暦5年3月
31手詰
第7位は、またもや裸玉。21件登録されている。
裸玉の第1号局。
作者:不明
5手詰
初出:「将棋月報」1927年8月
第8位は、7作。いずれも19件登録されている。
作者不明は、よく例題として見かける作品。
作者:小原大介
『象戯綱目 第4巻 第6番』宝永4年6月
19手詰(駒余り)
小原大介作は、飛角図式から途中裸玉。
作者:伊藤看寿
作品名:「寿」
『将棋図巧 第100番』宝暦5年3月
611手詰
「寿」は、611手詰の超長編。
作者:渡瀬荘次郎
『待宵 第31番』慶応2年8月
9手詰
『待宵 第31番』は、打歩詰回避の例題としてよく使われるもの。
作者:奥薗幸雄
作品名:「新扇詰」
「近代将棋」1955年1月
873手詰
「新扇詰」は、873手詰の超長編。
作者:不明
「香歩問題」
29手詰
初出:『趣味の詰将棋 第9番』1949年6月
この大道詰将棋、香歩問題は、第6位の作品の姉妹作。
作者:岩木錦太郎
「将棋月報」1934年7月
63手詰
岩木錦太郎の香歩問題は、63手もかかる難解作。
作者:初代大橋宗桂
『象戯馬法并作物 第28番』元和2年
13手詰
第15位は、4作。いずれも18件登録されている。
『象戯馬法并作物 第28番』は、初代名人大橋宗桂による実戦型の好作。
作者:萩野真甫
『象戯綱目 第5巻 第21番』宝永4年6月
37手詰
萩野真甫作は、実戦型の小駒図式。
作者:渡瀬荘次郎
『待宵 第19番』慶応2年8月
7手詰
『待宵 第19番』は、連続飛車捨ての7手詰。
作者:不明
「双玉問題」
17手詰
初出:「詰将棋パラダイス」1955年7月
大道詰将棋の双玉問題は、逆王手が飛び出す作品。
作者:伊藤看寿
『将棋図巧 第1番』宝暦5年3月
69手詰
第19位は、3作。いずれも17件登録されている。
『将棋図巧 第1番』は、「角送り詰」と呼ばれる趣向作。
作者:渡瀬荘次郎
『待宵 第5番』慶応2年8月
7手詰
『待宵 第5番』は、いかにも実戦に現れそうな形。
作者:不明
13手詰
初出:『小林棋好手記詰物丗一番 第30番』明治初期
『小林棋好手記詰物丗一番 第30番』は、飛車の連続不成がみどころ。
以上、「詰将棋同一検索ページ」のデータを元に、有名と思われる詰将棋を21作をみてきたわけだが、いかがだっただろうか。
これらの作品に共通する特徴は、まず「古い」ということだろう。一番新しい「新扇詰」でも、60年前の作品である。古い作品のほうが活字になる機会が多いので、これは仕方がないのかもしれない。
次に、作者別にみると、伊藤看寿と渡瀬荘次郎の作品がそれぞれ4作入っていることが目立っている。ただし作品の傾向は全然別で、伊藤看寿は名作、渡瀬荘次郎は初心者向け作品といえるだろう。
また、大道詰将棋が案外たくさん入っていることに気がつく。大道詰将棋は、最近はあまり創る人がいないが、大正時代に始まり、第二次大戦前から戦後にかけて大流行した。そのため、データベースにも多く登録されて順位が上になったのだろう。
この上位21作以外にも、当然、有名な作品はあるだろう。 それらの作品は、22位以下なのかもしれないし、あるいは、新しい作品で、活字になった回数がそんなに多くなく、データベースにあまり登録されていないのかもしれない。 また、「詰将棋同一検索ページ」のデータの更新によって順位が変動することは、当然考えられる。
それ以外に、右図のように有名と思われる作品が出てこない場合もある。これは、初形にいくつかバリエーションがあり、そのため同一作としてカウントされず、結果として順位が下になってしまうためである(※4)。
詰将棋データベースを調べることで、有名と思われる詰将棋作品を21作見つけることができた。 問題点はいくつかあるが、「(古めの)有名作をだいたい網羅した」ということで、いかがだろうか。
53とは、53金、53銀でも可。96角は85・74でも可で、それぞれ角は馬でも可。
二上達也, 福田稔著『名作詰将棋』(※5)は、30年以上前に出版された本だが、今回見つかった21作のうち16作が収録されていた。さすがである。
2016年6月に「有名な詰将棋作品 2」作成したので、題名を「有名な詰将棋作品」から「有名な詰将棋作品 1」に変更した。
2015年6月15日作成/2025年6月3日修正
※1 具体的には、T-BASEの図面ファイル(*.dia)の先頭100バイトが持駒と図面なので、これをperlのスクリプトで抽出(このとき、左右反転の図面も作成)。抽出したデータをソートした後Excelに貼り付けて、同一作品の数をカウントした。
※2 何度も活字になった作品といっても、単なる「話題作」なのかもしれないし、あるいは「問題作」なのかもしれないが、そのあたりは考慮しない(詰将棋にも「インパクトファクター」があればいいんだけどね)。
※3 「詰将棋同一検索ページ」の登録作品数206,000は、2015年6月15日現在の数。
登録データの提供は詰将棋保存会と全詰連データベース委員会で、その内訳は「詰棋通信」、「詰パラ(1954-2010)」、「詰将棋年報(2009-2012)」、「スマホ詰パラ(随時)」、「単行本」となっている。
※4 この3手詰のバリエーションについては、次の論考を参照のこと。森美憲. 「名作3手詰」に関する多角的考察. 詰将棋パラダイス. 2006.2, 599号, p.32-36
※5 二上達也, 福田稔著. 名作詰将棋 : 棋力を高め趣味を深める歴史的傑作選. 有紀書房, 1979