雪の一日、皆さんはいかがお過ごしでしたか?
2月8日(日)、最近にしては雪がしっかり積もりましたね。私の自宅は茅ケ崎市でも山の方にあるので、積雪がそれなりにありました。庭の芝生も木々の葉っぱもみんな雪。屋根の上にも雪が積もっています。雪にくるまれ夜景は素敵でしたが、家が冷えてくるのを感じました。
2/9(月)の朝、起きてみたら部屋の空気がやたら冷たい。私が休んでいる寝室は窓が大きいうえに、エアコンがないために屋外の影響をよく受けるのです。枕もとの温度計を見たら-0.2℃でした。部屋の中がマイナスか!と驚いた朝でした。
写真は朝6時前、雨戸をあけた軒下に設置している寒暖計です。ご覧いただけるでしょうか。なんと-8.5℃です。
こんな気温になるとどんなことが起こるのでしょうか。まず、玄関先の外水道はカチンコチンに凍り付いて蛇口のハンドルは全く動きません。それどころか室内の洗面所の水も出ない。いや、朝顔を洗うときは冷たい水が出ていたのですが、その後、凍って出なくなってしまいました。再び水が出るようになったのは昼頃だったようです。洗濯物を干すために濡れ縁に出るのも要注意。表面が氷に覆われ、滑って転んでしまってはいけません。
大変なこともいろいろあるけど、雪が降ったり、凍ったりするのを見るとなんかニヤニヤしてしまいます。この気持ちはいくつになっても変わらないのかも知れません。
学校では子どもたちが雪玉を作って投げあっていました。「背中に入ってつめたい!」「手袋が濡れちゃった」「先生、昨日雪だるま作ったんだよ!」学校の中に、嬉しそうな、楽しそうな声が響いていました。
雪で苦労された方には申し訳ないことですが、私にはちょっと楽しいひと時でもありました。
前向きになれないときもある。
ついネガティブに考えてしまうこともある。
でも、そんな自分はだめなのかというと、
きっと、そうではないのだと思います。
しんどいと感じるのは、
本気で向き合っているから。
迷うのは、大切に思っているから。
いつも明るく前向きでいられなくてもいい。
ネガティブになる日があってもいい。
そんなときがあっても、いいじゃないか。
そう思えることもまた、
どこか安心できる社会の中にいるからこそなのかもしれません。
完璧でなくていい。
揺れながらでも、歩いていける毎日が、
静かな平和なのだと感じています。
コヘレトの言葉 3章1節
何事にも時があり天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
少し前から流れているテレビCMで、気に入っているものがある。
喫茶店だかBARだかの店員が不思議そうな顔をしてマスターに尋ねる。
「めんどくさくないんですか?」
マスターは笑みを浮かべ満足そうにこう答える。
「面倒だからいいんじゃない」
店のカウンター内で、レコードの手入れをしているシーンでのやりとりだ。
昔ながらのレコードを可愛がり、ずっと大切にし、そこから響く音色に耳を傾けるお客さんの安らぎまでもが伝わってくるようなワンシーンだ。
「面倒だからいいんじゃない」という言葉は、私の心にすっと落ちる。
大事にしているものが私にもいくつかある。手入れも手間も興味のない人から見たら面倒にうつるのかもしれない。
でも、すべてがパッケージとなって「面倒だからいいんじゃない」と近ごろつくづく感じるのだ。
自分自身と向きあうとき、我が子を思うとき、学校の子どもたちと関わるとき、「面倒だからいいんじゃない」なんて軽く言えないことがいっぱいある。
祈りをこめて手間や時間をかけたとて、思い描くような変化が見られないことだっていっぱいある。
誰かと一緒に生きるって簡単ではない。
それでも、プレゼントされることがいっぱいいっぱいある。そのことを知っている。
「面倒だからいいんじゃない」そういう居場所を、心には持っておきたい。
すべてを知り、すべてを包み、最善の道を備えてくださる方と共に歩みましょう。共に生きていきましょう。
H . T
コリントの信徒への手紙 一 3章6節
わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。
冬になると、ソワソワする。今シーズンの雪の降り具合はどうか、いつなら予定できそうか、天気予報の気温はどうかなどと、いろいろ気になる。
これは、スキーがいつも頭にあって、なかなか行けなくなったこの20年近くの間でも変わらない。
長女の命が宿るまでは、隙あらばスキーに行っていた。
検定を受けていた時は、シーズン中は毎週末行き、夏も今はもう懐かしいザウスに行っては、ハムスターのように何度もリフトに乗っては滑り降りた。
スキーをしていない時でも、自転車の運転の動きがスキーと似ていたり、階段や坂を下りる時も何となく意識したり、それはもうスキー中毒である。
そんな生活を何年もしていたから、すっかり今でも抜けきらないまま、度々夢の中でもスキーをすることがある。
先週末、5・6年生のスキー教室を引率した。
ゲレンデの回りに雪は無かったし、2年前に行った時ほど寒くも無かった。
今シーズンはたくさん降ってもすぐに融けてしまうと、現地のスタッフの方が教えてくださった。
そんな人工雪であっても、雪があって、青空があって、おいしい空気があって、雄大な景色のただなかでスキーができることが幸せ。
子ども達が私の滑りをほめてくれた。
子ども達に「ありがとう」と共にこんな話をした。
「最初は転んでばかりだったのは、みんなと一緒だよ。でも毎週末通っていれば、オリンピック選手みたいに離れなくても、誰でも私くらいには滑れるようになるんだね。大事なのは、そのはじめの一歩。その1ステップを楽しむこと。そうやって「ひとつ」を大切にすることが、大きくなっていって、そして、その喜びを誰かに伝えられるようにもなるんだよ。」
スキーだけではない。
まずは「はじまりの1」を自分でつくること。なんでもいい。「私だけの『1』」「only one, only " I" 」「I am one」
そんなことをまず見つけてほしいし、最初の一歩に勇気を出してみてほしい。
『ひとつから はじめよう』(発行/新評論 文/スーザン・ヴェルデ)という絵本を紹介しながら、一緒に考えてみた。
神さまから私たちに蒔かれている種。それをどう使うか、どう成長させるか。
ついでに…スキーは生涯スポーツで、何歳からでも始められるし、何歳までも続けられる。
続けていると、仲間もできるし、つながりも深まっていく。
今から何かスポーツを始めてみようと思う人がいるなら、ちょっとトライしてみてはいかがでしょうか?
大スキーになるかもしれませんね!
更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」
マルコによる福音書4章30~32節
A.K