37.編集後記

 (あ と が き)

 この本は、司祭故村上豊吉先生が日本聖公会鹿児島復活教会、大口聖公会その他でなされた説教のごく一部であり、それ等は以前に各説教ごとに小冊子として既に発行してあったものを散逸をおそれて一冊にまとめたものです。

 故村上豊吉先生は五十有余年の長きにわたって、司祭として伝道のご生涯を終えられました。先生と大口聖公会とは、固い信頼と親愛によって結ばれた親子のような間柄でした。先生は立教大学の学生の時、昭和九年・十年の夏季休暇の間、大口の教会に奉仕されて以来のご縁です。司祭になられてからの十数年間は大口とは関係のない期間がありましたが、昭和二十八年鹿児島復活教会の牧師に任ぜられてから深い交わりが与えられるようになりました。昭和二十八~三十三年及び昭和五十二~五十八年は大口聖公会の管理司祭として、そして昭和五十八年三月司祭を定年退職されてから、大口の信徒の要望に快く応じられ、大口に移住して下さり昭和六十三年十月に体調を崩されて、伊豆に転居されるまでの六年間親密なお付き合いをいただきました。この間、先生には並々ならぬ熱意をもって、大口の教会の信徒、未信者、大口幼稚園の教師、園児更に幼稚園の父母の為にキリストの道を説かれたのでした。

 先生はいつも平易なことばで語られましたが、その内容には信仰について妥協を許さない厳しい態度を示され、ただ神に拠り頼むという激しい気魂がひしひしと感じられました。聖霊の賜をどうやって引き出すかということに努められ、聖書の聖言(みことば)を生きるいのちのことばとして生き生きと伝えられたものでした。

 この本は、語り口調で書かれてあります。先生は御生前に、これは気楽に読んでもらいたいと言っておられました。私達はこれを多くの方達に読んでいただきたいと願っています。先生のやさしい表現の中に、或は慰められたり、励まされたり、また希望を与えられ

たりされるかと思います。

 昭和六十三年九月、先生の大口での最終の聖餐式の説教は「福音にふさわしく生きよ」ということでした。すべてのことを信じ、すべてのことを喜び、感謝し、祈ることが福音に生きる人の生き方であることを説かれ、最後に詩篇の第百篇を共に詠(うた)いたいと申されました。造り主と造られたものの間柄である私達、神様に支配されている私達であることを思い、私達は神様に感謝と賛美をもって一生の歩みを歩み続けたい、そして天に召される時、その感謝を高らかにうたいあげたいものだと話されたのでした。先生は去る五月二十四日奇しくも昇天日に、ほんとに突然天に召されました。先生の葬送式に参列し、火葬場でおからだとお別れの時、私はこの詩第百篇の「全地よ、主に向かいて喜ばしき声をあげよ………」の詩を唱えることでしたが、先生は感謝と喜びをもって神様の御許に昇天されたと信じます。そしてイエス様の御許で、今なお私達に問いかけ語りかけていらっしゃるように思えてなりません。先生は真の伝道者でした。

 先生が大口を去られる時に、この本の発刊をお約束していたのですが、私共の怠慢の為に先生の御生前に発刊出来なかったことを深くお詫び申しあげます。謹んで村上先生の御霊前にお捧げ致します。

 この本は大口聖公会信徒一同の意向で刊行したものです。先に各説教ごとにタイプライターで印字・印刷しておられた木尾(このお)京子姉(鹿児島復活教会)のお働きがなければ、この本の発行は難しいことでした。篤く御礼申し上げます。

 

 1990年6月

  松 崎 喜 久 男

  (大 口 聖 公 会)