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あらゆるチャイナのシンボルで飾り立てられた巨大なテントが、月明かりを受けて妖しく輝いていた。
金と朱の装飾が風に揺れ、龍の紋様がまるで生き物のように蠢く。遠くで死の銅鑼が鳴り響き、空気がひりついた。
ピンは緊張した面持ちで口を開く。
「おい、パン……おい、ポン……あの死の銅鑼が鳴ってから、王宮は目を覚まし、街も目を覚ましてしまったぞ。俺たちは、どちらのイベントの準備もしなくてはならぬ。あの異邦人が勝てば婚礼、負ければ葬式だ。」
ポンは額の汗をぬぐいながら小さくつぶやく。
「私は……婚礼の準備を……」
「では、私は葬式を……」パンが低く応じる。
ふたりの言葉は重なり、赤い祭り提灯、白い悲しみの提灯、線香、供物、金色の紙幣、美しい赤い駕籠、茶、砂糖、ナツメグ、大きな棺……と、次々に儀式の道具が挙げられていく。
「そして僧侶どもが歌い……」ポンが言えば、
「僧侶どもが嘆く……」パンが続ける。
やがて三人の声が揃う。
「……そしてそれ以外はすべて、しきたりに従う……細かい……細かい……無数にあるしきたりに!」
テントの外では風鈴が鳴り、夜の冷気がしのび込んでくる。ピンは天を仰ぎ、震える声でつぶやいた。
「おおチャイナ……何と今は苛立ち揺れ動き、落ち着きがないことか。七万世紀もの長きに渡って幸せに眠っていたというのに……」
夜の空気は張りつめ、テントの外からは民衆のざわめきが低く響いてくる。三人の大臣は互いに目を合わせ、まるで悪夢の中にいるかのように言葉を紡いだ。
「そこに現れたのが……」
ピンが呟くと、ポンとパンが続ける。
「……トゥーランドット姫!」
その名を発した途端、テントの内に重苦しい沈黙が落ちた。数年にも及ぶ宴が、いかにして死と隣り合わせの見世物に変わり果てたかを、彼らは思い知らされていた。
「銅鑼が三打で……謎が三つ……そして首が落ちる!」
ピンの声は鋭く、ポンとパンも追随して叫ぶ。
「首が落ちる! 首が落ちる!」
干支ごとに積み上がる首の数を数えるたび、三人の表情は暗くなる。鼠の年には六つ、狗の年には八つ。そして今年の寅の年には、すでに十三……。
「十三個だぞ……これから斬られるはずのあいつを入れて!」
ピンは両手で頭を抱え、声を震わせた。
「何て仕事だ! 何と憂鬱な!」
パンもポンも同じように嘆き、三人の声が重なって響く。
「大臣が死刑執行とは……何たる役目の格下げだ!」
ピンはふと、遠い故郷を思い出す。
「私はホーナンに家を持っている。青い湖があって、竹に囲まれている……。だが私はここで、自分の人生を無駄にしている。経典の上で、頭を抱え込んで……」
ポンは目を伏せ、林の香りを思う。
「私はツィアンの近くに林を持っている。この上もなく美しい林を……。木陰は作ってくれないが、それでも私は林を持っている。」
パンもまた、帰れぬ庭園を思い浮かべる。
「私はキウに庭園を持っている。だがここを去ってから、もう二度と見ることはないだろう……二度と!」
三人の声は次第に震え、最後には一つに重なった。
「あそこに帰りたいものだ……あの青い湖のそばに……竹に囲まれた!」
しかし現実は、容赦なく彼らを引き戻す。
「われらは見てきた……志願者が押し掛けるのを……。おお、大勢! 恋の狂気にあふれた世界よ!」
サマルカンドの王子、ビルマの王子、キルギスの王子……皆が愛を求め、そして殺された。群衆の合唱が舞台裏から響き、刃を研ぐ音、油をさす音、血の匂いを漂わせる。
「殺す! 滅ぼせ! 殺す!」
声はやがて高まり、絶望と興奮の渦となってテントを震わせた。
だが一瞬、幻想が訪れる。
ピンは陶然とした表情で言った。
「おお、この世よ……愛に満ち、気が変な……。だが今宵は違う……。プリンセスは炎と燃えている……」
三人は夢の中で婚礼の歌を歌い、庭園でランプを掲げる新郎新婦の姿を思い描く。金色の鈴を揺らす草花、露に光る真珠、甘いため息……。
だが、テントの外から響く宮殿の騒音が、彼らを悲しい現実へと呼び戻した。
「われらは夢を見ていたようだ……。だがもう、群衆は集まってきている。」
ピンが呟くと、ポンが叫ぶ。
「トランペットが聞こえる! 平和などどこにもない!」
パンはうなずき、声を落とした。
「セレモニーが始まるぞ……」
そして三人は乾いた笑みを浮かべ、言葉を揃えた。
「我々も楽しもうではないか……拷問をもう一度!」
宮殿の前庭は、緊張に満ちていた。白い大理石の階段が光を反射し、群衆のざわめきが空に吸い込まれていく。そこへ、八人の賢人たちがゆっくりと行進してきた。三巻の絹の巻物を胸に抱き、彼らはまるで運命そのものを携えているかのようだった。巻物には、トゥーランドット姫が出す謎の解答が記されているのだ。
群衆は息を呑み、その姿を見上げた。
「偉大で堂々たる賢人たちが、封印された答を携えて来たぞ!」
やがて階段の上に皇帝が姿を現した。年老いてなお威厳にあふれ、聖なる笏を手にしたその姿は、光の王のようだった。だが、その瞳には疲れと悲しみが宿っていた。
「もう血はたくさんじゃ……」
低い声で皇帝がつぶやいた。
「若者よ、行け。わしをこの恐ろしい掟から解き放ってくれ。」
カラフは一歩前に進み、力強く叫んだ。
「天子さま、お願いいたします!挑戦させてください!」
皇帝は苦悩に顔を歪める。だが、ついに観念したように頷いた。
「異邦人よ……では仕方ない。お前の運命を試すがよい。」
群衆の視線が一斉にカラフへと注がれた。
その瞬間、宮殿の奥から一条の光が差し、トゥーランドット姫が姿を現した。
全身を金色の装飾で覆い、氷のような冷たさを放ちながらも、その瞳の奥には燃える炎が宿っている。
「私は誰のものにもなりません……!」
姫の声が響いた。
「この魂に刻まれた復讐の叫びが、それを許さないのです!」
やがて謎が一つずつ出され、賢人たちが巻物を広げて答えを読み上げる。
「希望……血……そして……」
カラフの声が最後の答えを告げた瞬間、群衆の歓声が前庭を揺らした。
だが、姫の胸の奥では、まだ誇りと恐れが戦っていた。
「いやです!私は……誰のものにもなりません!」
叫ぶ姫に、カラフは静かに言った。
「私はあなたを力ずくで奪うつもりはない。ただ、愛に燃えているあなたが欲しいのです。」
そしてカラフは最後の挑戦を告げる。
「夜明けまでに、私の名を言い当てよ。できなければ私は死ぬ。」
皇帝は祈るように天を仰ぎ、群衆は再び歓声を上げた。
壮大な運命の幕が、いよいよ開こうとしていた。
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