今までに多くのオリジナル道徳授業を創ってきました。
研究授業をはじめ多くの道徳授業を公開してきました。
生徒の心に響く,生徒の意識を変える道徳授業をこれからも創っていきます。
道徳授業をやることにちょっぴり抵抗がある先生がいます。難しさを感じている先生がいます。
教科書教材では,生徒の本音を引き出すことがなかなかできないという先生がいます。
先生のそんな気持ちが生徒に伝わり,生徒も道徳授業を楽しくないと感じてしまうことになります。
まずは,先生が道徳授業を楽しむことが大切なのです。そのために6つのポイントを紹介します。
6つのポイントとは以下の通りです。
1 教科書の教材研究を十分に行う。
2 教科書教材にオリジナルの発問や指示を加える。
3 教科書教材を加工・編集する。
4 教科書教材を100%使おうとは思わない。
5 教科書教材とオリジナル教材を組み合わせる。
6 教科書教材は使用せず,オリジナル教材を使用する。
まずは,教科書を何回も読み込みましょう。これは,道徳授業に限らず,他の教科も同じです。教科書を何回も読み込むことで発問や構成が浮かぶようになります。また,文章だけではなく,タイトル,イラスト,写真などもしっかりと見ます。導入や終末に使えるかもしれません。つまり,教科書に掲載されているものは,すべて「使えるかもしれない」という意識を持つことが大切です。
教科書を読み込む時に,つぎの3つに留意してください。
(1) 自分の心が動いた部分はどこか(教材の焦点化)
(2) 生徒に伝えたいことは何か(ねらいの明確化)
(3) どうやって,ねらいを達成するか(指導の工夫)
教材研究のための時間がない教師は,教科書会社が作成した指導書にもとづく授業をすすめることが多いと思います。実践すればわかるのですが,指導書どおりに授業をすすめても生徒の反応がおもわしくないことがたびたびあります。つまり,生徒がのってこない,本音を言わない,きれいごとが多い,何よりも意欲的ではないのです。その理由は簡単です。
指導書の流れは,目の前の生徒を想定して作ったものではないからです。借り物だからです。
教師自身も借り物だから何となくやる気がでないということになってしまうのです。
そこで,借り物だけで済ませるのではなく,自分でつくった発問や指示を加えてみることをすすめます。たった1つでもいいですから,自分で発問をつくってみましょう。
登場人物の気持ちばかりを問うのではなく,生徒の思考を刺激するような発問をつくることです。(発問づくりについては後日紹介しますね。)
この時に,学級のAさんは,どんな発言をするかな,Bさんは,答えることができるかな,Cさんは,どんな反応をするかな,などを考えることが大切なのです。
自分の学級の生徒の反応を想定することで,授業が楽しみになります。
自分でつくった発問ですから,授業をすることがとても楽しみになります。早く,道徳授業こないかなという気持ちになれるのです。
教師がワクワクするでだけで,その空気が生徒に伝わり,道徳授業が楽しくなるのです。
教科書教材の特徴を挙げると,
(1)長文教材が多いので,読み終わるために相当な時間がかかる。また,すべての生徒が集中して読むことが難しい。読解することが難しい生徒がいる。
(2)古い教材があるので,場面や時代背景を想像することが難しい。
(3)心情を問いやすい構成になっている。
(4)場面展開が予想しやすく,予定調和的な終わり方になっているものが多い。
(5)スポーツ選手などが取りあげられていて,生徒が教材に向き合いやすくなっている。
(6)いつも手元にあるので,繰り返し読むことができ,家庭へ持ち帰り保護者と一緒に考えることができる。
(7)展開が予想可能なため,展開を予想させる発問がつくりづらい。
このような教科書教材をそのまま使うと生徒のノリも悪く,反応も芳しくない授業となります。そこで,教科書教材を加工・編集することをすすめます。
例えば,
(1)登場人物のセリフは,イラストに吹き出しをつけてみる。
(2)要約できる部分は,短く編集して,ねらいに迫れそうな部分を有効に使う。
(3)教科書教材のねらいに迫れそうな部分をA4サイズ一枚プリントにして配布する。残りの部分は,復習として家庭で読ませる。
(4)教材の最後の部分は使わずに,この後の展開を予想させることもできる。
※加工・編集する時は,その内容を変えないように注意しなければなりません。自分一人で不安な場合は学年の先生たちに協力してもらうとよいでしょう。
先にも書きましたが,教科書教材は長文が多いため生徒の集中力が維持できません。途中でドロップアウトしてしまう生徒が出てきます。そこで2でも書いたように編集してもいいのですが,ここでは教材の一部を使う方法を紹介します。
(1)タイトルを考えさせる
タイトルは読み手の興味を高める工夫がされています。例えば,東京書籍の「新しい道徳2年」に収録されている荻野公介さんを扱った教材名は「白いご飯を目指して」です。水泳の荻野さんと白ご飯の結びつきが想像できませんので,これを元にして発問を作るのです。
〇導入部分で「( )を目指して」と提示し,「今日の道徳は水泳の金メダリストの荻野公介さんを扱います。その教材のタイトルはの( )に入る言葉を考えてみよう。」という発問で授業参加の意欲が高まります。
〇終末部分で,授業をまとめる意味で,「今日の授業にタイトルをつけるとしたら,どんなタイトルにしますか」という指示を出します。
(2)イラストや写真を使う
教科書教材では,もっとも印象に残したい部分をイラストにしたり,写真を掲載したりしています。このイラストや写真だけを導入や終末で使えます。例えば,導入でイラスト提示して,「このイラストを見て,今日の道徳はどんなことを学ぶと思いますか」という発問をします。また,「このイラスト(写真)を見て気づいたことを発表しましょう」という指示もできます。
(3)印象に残る言葉を使う
教材の中にある印象に残る言葉を取り出して使う方法もあります。例えば,東京書籍の「新しい道徳3年」に詩人の谷川俊太郎さんの「そのこ」という詩が収録されています。この中に「おかねのくものす」という言葉が出来てきます。これを使って「『おかねのくものす』とはどんなものだと思いますか」という発問をします。次に「おかねのくものすにとらえられて」という言葉を使い,「どんな人がとらえられていると思いますか」という発問ができます。
以上のように,教科書教材を100%を使わなければいけないと考えると,授業の流し方が難しくなります,そこで,紹介したように印象に残る,つまり授業者の心が動いた部分を使うことで授業者の授業づくりの意欲が高まると思います。この意欲こそが大切なのです。
教科書教材を使う際の難しさについては先述しました。その難しさを軽減するために,他の教材と組み合わせるというやり方があります。他の教科でも教科書と同時に資料集や実物資料や動画などを使うことがあると思います。
道徳授業も同じです。授業の目標を達成させるために,教科書教材と自分で探した教材や自分で開発したオリジナル教材を組み合わせてみましょう。例えば,こんなこおtができます。
(1)導入部分で教科書教材と関係があるポスターを見せる。
(2)プロ野球選手を扱った教材では,その選手に関係ある動画を見せます。ただし,あまりにも長いと生徒の集中力が持続しませんので,長くても3分程度にしておきます。
(3)終末部分で,マンガの名言などを提示して,学んだことをまとめることができます。
(4)オリジナル教材を中心にした授業を行い,深め広げるために教科書教材をゆっくりと読ませます。
(5)教科書教材を事前に読ませておく予習という方法もあると思います。
このような工夫をすることで,教科書教材を楽しくして,生徒のワクワクを生み出すことはできるのです。
道徳授業の教材を自分でつくっていいのですかという疑問をもつ先生がいます。「中学校学習指導要領解説 特別の教科道徳編」に,きちんと明記されています。(以下引用します)
第4節 道徳科の教材に求められる内容の観点 1 教材の開発と活用の創意工夫
「生徒の発達の段階や特性,地域の事情等を考慮し,多様な教材の活用に努め ること。特に,生命の尊厳,社会参画,自然,伝統と文化,先人の伝記,スポ ーツ,情報化への対応等の現代的な課題などを題材とし,生徒が問題意識をも って多面的・多角的に考えたり,感動を覚えたりするような充実した教材の開 発や活用を行うこと。」
特に注目すべき点は,次の2点です。
➀多様な教材の活用に努めること。
②充実した教材の開発や活用を行うこと。
つまり,生徒の実態,地域に実態に応じた道徳授業の教材を開発して,活用してくださいと書かれているのです。
教科書教材にこだわらず,目の前の生徒の心を揺さぶるような,心を響かせるような感動的なオリジナル教材を開発したほうが良いのです。
道徳授業は年間35時間です。教えるべき内容項目は22です。学習指導要領には,教科書のすべてのページを扱うべしとは書かれていません。各学年で22の内容項目を完遂すべしと書かれているのです。
35-22=13。
つまり,13時間はオリジナル教材を使った道徳授業ができるのです。自分で見つけた自分が感動した教材を使うのですから,授業への熱意も高まります。生徒の反応も楽しみになります。
借り物ではなく自分のものですから,教師自身の授業意欲が高まるのです。街角や校内で見つけた1枚のポスターや感動的なCM動画,ドラマのセリフ,新聞記事など道徳授業で使えるネタがたくさんあります。
次回は,オリジナル道徳授業づくりについて紹介してこうと思います。
道徳授業づくりで大切にしている5つのポイントを紹介します。
〇「か」…感動
まずは教師が感動する教材を使うことです。この感動を生徒に伝えたいという熱い思いが授業づくりの推進力となります。また,感動をいかに演出するかを考えながら,授業を構成しています。
〇「き」…共有
教師の感動を独りよがりで終わらせないことが大切です。そのためには,感動を生徒と共有できる教材を使い,工夫ある授業構成にすることです。
〇「く」…くさい
単なる成功談や偉人伝では,生徒の人生と大きく離れた教材となってしまうことが多いように感じます。そうならなためにも,どこか人間くさい部分が感じとれる教材を使うようにしている。この人間くさい部分に生徒が共感し,教材の世界と自分の世界を重ね合わせて考えることができるようになります。
〇「け」…経験
授業はある意味「体験」です。この「体験」を自分のよりよい方向へ生きる糧となるようにすること,つまり「経験」になるような授業づくりをめざしています。
〇「こ」…交流
授業後,生徒との会話のなかで,道徳授業の話が出るようにしたいです。また,授業で使った教材を保護者にも配布し,感想などを集めて交流を深めています。
まずは,できる限り本を読むことです。1年間で100冊読破するという目標を立ててがんばっています。そのほか,新聞やマンガ,映画,音楽やラジオCM,学校の掲示や配布されるリーフレット,街中の風景やポスターなども使えそうなものはないかを気をつけています。気になった風景やポスターなどは写真を撮ります。道徳授業だけでなく,短学活や集会などで使えるかもしれないという意識を常にもっておくことが大切です。探すコツポイントは感動するネタという高いレベルだけでなく,「おやっ」「あれっ」程度のレベルのネタをできるだけたくさん集めるようにすることです。
道徳授業で使えそうだと思った本は,もう一度じっくりと読みながら,ポイントをノートに書きだしています。例えば,主人公の人生が大きく変わった部分感動した言葉,生徒が共感するような部分などを書き出し,整理しています。こうすることで,授業のねらいや発問や構成がぼんやりと見えてきます。ねらいは,最初から1つに絞るのではなく,いくつかを書き出して最終的に確定している。その際,抽象的な文言ではなく。具体的でしかもわかりやすい文言になるように心がけている。そうすることで評価がしやすくなります。
ネタを実際の道徳授業で使えるように加工したものを教材と考えています。本のどの部分を使うか,どの言葉を使うか,写真であればどの部分を提示するかなどを決めます。
教材にするときは,ねらいにどうやって近づけるかという視点で加工すると基準がはっきりとなり余分な部分を削りやすくなります。
単純に教材中の登場人物の気持ちを考えさせたり,次の場面がどうなるかを予想させたりする発問では,生徒の思考は浅いものになってしまいます。どうしても,教科書教材の読み取りに力を注いでしまいます。浅い思考では,生徒の心は変容しにくいものです。
そこで,発問づくりでは,生徒の思考のいかに深めるかということを中心に考えています。
そのために,思いついた発問をすべて書き出します。どんな単純な簡単な発問でも書き出します。
その中から,生徒から多くの意見がでるような発問や様々な視点でとらえることができそうな発問を選びます。
また,できるだけ簡潔でわかりやすい言葉になるようにしています。語尾も「〇〇と思いますか」なのか「〇〇でしょうか」など,生徒が自分の考えを書きやすいか,発表しやすいかなど細部まで考えています。
教材の中でいちばん感動した部分,つまり生徒にいちばん伝えたい部分を中心においた授業構成を考えています。その部分を山場にするためには,どのような構成にすれば聖地の思考がスムーズに流れるようになるかを考えています。その際,教師の説明や話をできる限り減らし,生徒に書かせる,考えさせる,発表させる,話し合わせるなどの活動の時間を十分に確保することが大切です。
授業で使った教材プリントは,家庭に持ち帰らせて,おうちの人と一緒にもう一度読むようにと話しています。この教材プリントの一番下に家庭からのコメントを書いてもらう欄を設けています。提出してくれる保護者は数名です。しかし,この保護者は,子どもと一緒に道徳授業をきっかけにして,よりよい生き方について考えたということです。複数のコメントが集まれば,学年通信に掲載して,発信することも行っています。学校の道徳授業をきっかけにして,保護者の協力を得ることで,子どもの道徳心をさらに育てることができます。
平成20年2月に西彼中学校で行われた長崎県道徳教育研究大会で頂いた資料に次のような文章が ありました。(文部科学省初等中等局教育課程課 永田繁雄氏)
道徳の時間の指導に見られるマイナス面(2)指導上の問題を生むと考えられる教師の意識
ア 「道徳の時間は,子どもが好きでないと言っている」
イ 「いい資料(教材)が少ない」「今週は使いたいものが見つからない」
ウ 「道徳の時間をやっても子どもは変わらないような気がする」
エ 「授業のやり方がわからない。むずかしい…」
オ 「私は道徳的ではありませんから…」
確かに,現場ではこのような声が聞かれます。私の経験では特に,イとエの理由であまり道徳授業 やっていない先生が多かったように思います。まずイについて,多忙な中で資料を探すことは本当に 大変ですよね。最悪の場合は,その日になって大慌てで探すこともあります。そうなると,教材研究 も十分にできていませんから授業をやっても生徒の心を揺さぶることは難しいと思います。次にエに ついてです。わからない,難しいという理由で,道徳授業から距離を置いていませんか。いろいろな やり方があっていいと思います。難しく考えないでできることからやってみましょう。やることによ って改善点が見えてきます。上のア~オのような意識を持つ教師の学級では,生徒も毎週の道徳授業 を楽しみにしている訳がないと思います。生徒が毎週の道徳授業を楽しみにするためには,上のよう な教師のマイナス意識をプラスに変えていくことが大切だと思います。私なりに,上のマイナスを次 のようなプラスへと変えてみましたがどうでしょうか。 ア' 「子どもに道徳授業が好きだと言わせたい」
イ' 「いい資料(教材)を見つけるぞ」
ウ' 「道徳の時間を積み重ねると子どもが変わっていく」
エ' 「いろいろな道徳授業を観て,やりかたを勉強しよう」
オ' 「自分が良い行いをして生徒に手本を示そう」
師の意識が変わると,それが生徒に伝わります。そうすれば,生徒から「先生,来週の道徳はど んな話ですか?」「道徳の時間が楽しみです」という声が出てくるようになります。
さあ,まずは自 分の意識を変えて,道徳授業を好きになりましょう。失敗してもいいんです。自分の熱い思いを生徒 に伝え,生徒と一緒により良い生き方について考える時間にしましょう。
誰にでもなじめないもの,しっくりこないものがあると思います。大切だと思っていてもどこか気持ちが入っていかないことがあると思います。
私は,従来の道徳授業を実践する時に,このような感 じがしていました。
昭和33年に道徳の時間が導入されましたが,授業のイメージが把握しにくいと いう現場の声に応えて,当時の文部省の教科調査官からいわゆる「基本型」と言われる道徳授業の展 開例が示されました。おおよそ次のような流れだった思います。
例えば主題が「友情」とします。
発問① 友達がいて良かったと思うときはどんな時ですか。
指示① 資料を読んでみましょう。
発問② この時,A君はどんな気持ちだったでしょうか。
発問③ 最近,友達に対してどんなことをしてあげましたか。
説明① 教師の体験談や説話でまとめる。
このような「基本型」は当時の教科調査官が一例として示しただけで,文部省はこの型を推奨して いるわけではありませんでした。
しかし一昔前は,この「基本型」の道徳授業でなければ批判される こともありました。私自身も,やらないよりは,やったほうがいいという程度でこのような授業をし ていました。
今,考えるとどうして,しっくりこなかったのかがわかります。その理由をいかに述べていきます。
○発問①について,導入部分で「友達がいて良かったと思うときはどんな時ですか。」と発問してい ます。これでは,今日の授業のテーマは「友情」だと生徒にわかってしまいます。頭の回転が速い生 徒は,教師が望む答えを準備してしまいます。
○読み物資料についてです。確かに良い話が多いです。しかし,良い話=良い資料ではありません。 良い話過ぎて生徒の現実と大きく離れてしまうこともあります。「どうせ,作り話さ」とか「きれ い事だね」などと斜に構えた発言をする生徒も実際にいます。また,文が長く全部読み終わるのに相 当な時間がかかってしまいます。中には,語彙力が乏しく理解できない生徒もいて,読み取りに差が 生まれてしてまいます。理解させるために説明が多くなり国語の授業のようになりがちです。
○発問②についてです。このように登場人物の気持ちを問うことが多かったようです。気持ちを考え るためには,自分がその状況に置かれないとはっきりとした答が出ないのではないでしょうか。何と なくわかりはしますが,人それぞれ答えが違ってきます。ここもやはり,すっきりしない部分です。
長崎大学で講義をした時,ある学生が次のような意見を書いていました。
「国語の授業と同じように 登場人物の気持ちになって答を言うという授業があり,私はいつも先生はどういう答を期待している のだろうということばかりを考えて,本音を書くことがなったように思います。」
前 号 に 引 き 続 い て , 道 徳 授 業 に つ い て 書 き ま す 。
○発問③ に つ い て で す 。こ こ で は 例 と し て「 最 近 ,友 達 に 対 し て ど ん な こ と を し て あ げ ま し た か 。」 と 問 う て い ま す が , こ の よ う に 資 料 か ら 読 み 取 っ た 道 徳 的 価 値 に つ い て 自 分 に 照 ら し あ わ せ る 発 問 を す る こ と が 多 か っ た よ う に 思 い ま す 。 自 分 を 見 つ め る こ と ,つ ま り 内 省 す る こ と で す 。し か し ,自 分 を 見 つ め さ せ る た め に は ,生 徒 の 心 に 響 く 資 料 を 準 備 し 出 会 わ せ る こ と が 重 要 に な っ て き ま す 。
○説明① に つ い て で す 。お お よ そ 授 業 の ま と め と し て 教 師 が 自 分 で 体 験 し た こ と を 話 し て ,授 業 の ま と め を したり す る こ と が 多 か っ た よ う で す 。内 容 に よ っ て は ,説 教 み た いな感じ で 終 わ っ て し ま う こ と も た び た び あ り ま し た 。
こ こ で 小 学 校 の 道 徳 授 業 で 使 用 さ れ て い る 有 名 な 資 料 『 手 品 師 』 を 紹 介 し ま す 。 あらすじはこうです。
あ る 町 に 売 れ な い 手 品 師 が い た 。 町 を 歩 い て い る と , し ょ ん ぼ り と し て い た 男 の 子 が い た の で , 手 品 を 見 せ て や っ た 。 男 の 子 は と て も 喜 び , 明 日 も こ こ で 手 品 を 見 せて 欲 し い と 頼 ん だ 。手 品 師 は ,ど う せ 仕 事 の な い 身 で あ り ,い い よ と 男 の 子 に 約 束 し た 。 そ の 晩 ,手 品 師 の も と に ,大 劇 場 で の マ ジ ッ ク シ ョ ー の 依 頼 の 電 話 が 来 た 。い よ い よ , 名 を 売 る チ ャ ン ス が 到 来 し た 。 し か し , 手 品 師 は , 男 の 子 と の 約 束 を 思 い 出 し , その 依 頼 を 断 る 。翌 日 ,街 角 に は 男 の 子 の た め だ け に 手 品 を 披 露 す る 手 品 師 の 姿 が あ っ た 。
主 題 名 は「 誠 実 な 心 」で ,ね ら い は「 自 分 の 言 っ た こ と や 約 束 し た こ と は 誠 実 に 果 た そ う と す る 心 情 を 育 て る 」と あ り ま す 。
こ の 資 料 を 使 っ た 流 れ は 次 の よ う な も の で し た 。
① 約 束 を 守 っ て よ か っ た 経 験 を 思 い 出 さ せ ま す 。
② 資 料 を 読 ん だ 後 ,手 品 師 と 男 の 子 が 置 か れ て い る 状 況 を 把 握 さ せ ま す 。
③ 手 品 師 が ど ん な 気 持 ち で 男 の 子 に 手 品 を 見 せ て い る か 考 え さ せ ま す 。
④ 誘 い を 断 り ,た っ た 一 人 の お 客( 男 の 子 )の 目 の 前 で 手 品 を して い る 手 品 師 は ど ん な 気 持 ち か を 考 え さ せ ま す 。
⑤ 主 題 に あ る「 誠 実 な 心 」に 関 す る 教 師 の 体 験 談 を 語 り ま す 。
こ の 手 品 師 の 道 徳 授 業 を 宇 佐 美 寛 先 生( 千 葉 大 学 名 誉 教 授 )は 次 の よ う に 批 判 さ れ て い ま す 。 「 手 品 師 の 行 動 は ,非 常 識 で あ る 。男 の 子 を 見 つ け 出 し て ,大 劇 場 に 連 れ て 行 け ば い い で は な い か 。ま た は ,男 の 子 と 約 束 し た 場 所 に 張 り 紙 を し て ,約 束 が 果 た せ な い 理 由 を 書 け ば い い で は な い か 。な ぜ ,大 劇 場 の 出 演 と ,男 の 子 と の 約 束 と 両 方 生 か す 方 法 を 考 え な い の か 」(『「 道 徳 」 授 業 に 何 が で き る か 』 明 治 図 書 )
こ れ を 読 ん だ 時 , 基 本 型 の 道 徳 授 業 の 問 題 は こ こ に あ る の で は な い か と 思 い ま し た 。
「チョコチップクッキー」から「パン」へ
今までに,約50本近い道徳授業を創ってきました。そのほとんどが『とっておきの道徳授業 中学校編』(日本標準)シリーズに掲載されています。
最初は,どうやって創ればいいのか,まった くわかりませんでしたが,真似をしたり,多くの実践例を読んだり,いろいろなセミナーで勉強した りするうちにポイントが見えてきました。
昨年度の校内研修でも説明したことですが,今までの基本 型の道徳授業は例えるならば,「チョコチップクッキー」のようなものでした。
つまり,最初から中 身が何か見えている(生徒に授業の流れがわかってしまう。生徒に授業のねらいがわかってしまう。 教師が望む答えが見えてしまっている)ような授業だと思います。
これでは,生徒は楽しくありませ ん。そこで,私が創ろうと考えたのは,「パン」のような授業です。
下の写真①を見てください。こ の写真だけでは,何パンかわかりませんよね。カレーパンかな?あんパンかな?それともクリームパ ンかな?などと考えると何だかワクワクしませんか。
このようなワクワク感があれば,道徳授業は楽 しくなると思ったのです。
昨年度,全校生徒に道徳授業に関するアンケートを実施しました。本校 は,道徳授業が好きな生徒が 多いことがわかります。しか し,これで安心してはいけま せん。
その理由として,
「い ろいろな本やビデオが見られ るから」が20人,
「自分の 生き方のためになるから」が 17人,
「難しくなくて楽だ から」が14人でした。
ここ に,道徳授業の課題があると 思います。
つまり「楽だから 好き」という生徒の考えを変 えることです。
生徒が楽し い,ためになる,ワクワクす るような道徳授業を創るため に,私がどんな工夫をして いるのか,どんなことに留意 しているのか,どんなことを 大切にしているのかを次号から詳しく説明していこうと思います 。
教材とはネタ
「教材」や「資料」という言葉を普段何気なく使っていますが,その違いについて深く考えたこと はありますか。道徳の資料について押谷由夫氏(元文部科学省教科調査官,現昭和大学教授)は次の ように書かれています。(『現代教育科学』(明治図書 2009年10月)
道徳の時間の指導には,当然教材(資料)が必要である。それは,ねらいとする価値について深 く考えられるものであること,自分の心との対話を深められるようなもの(自己を深く見つめられ るもの)であること,心に残り授業後も思い出して主人公等と対話をしたりさらに考えてみたいと 思えるものであること,などが大切である。つまり,道徳の時間の独自性を生かした指導ができる ような教材(資料)を使用する。一言で言えば心に響く教材(資料)であり,道徳的価値を通して 人間や他者,自己について深く考えさせられる教材(資料)を選定・開発することである。
押谷先生は「教材」と「資料」を同じようにとらえられていますが,私は分けて考えています。以 下,「教材」と「資料」の違いについて説明していきます 。
教材とは語句の意味からとらえると教育で使う材料です。つまり道徳の授業で使う材料です。料理 で例えるなら食材ですね。私は,これを授業の「ネタ」と呼んでいます。ネタですから何も手を加え ない状態です。新鮮さが大切な場合もあります。このネタをねらいを達成できるように様々な加工を したものを資料ととらえています。つまり,「資料」とは 「ネタ」に手を加えた料理ということになります。 セミナーなどで,どこからネタを探してくるのかという質 問をよくされます。私が,ネタ探しをする上で大切だと思っ ていることは次の3つです。
①「道徳授業を創りたい」「道徳授業で使いたい」という意識を持つことだと思います。そうする ことで,普段は何気なく見過ごしていることでも,目にとまるようになってきます。意識を「これは, 道徳授業で使えないかな」「あっ!使えるかもしれないぞ」に変えることです。
②教科の専門性やジャンルや好みではなく,あらゆるところから情報を得ようとすることです。
③人的なつながりのことです。つまり,欲しい資料があった時に,たずねることができる全国的な 仲間をもつことです。特別なサークルに入らなくても,ネット上に全国の多くの先生が実践を紹介し ています。そのような先生に直接メールや電話で資料について聞くことも可能です。私も年に1・2 回ですが,資料についての問い合わせがあります。資料を提供することで,新たなつながりが生まれ ます。
道徳授業に限らず,このようなネットワークを生かし情報や悩みを共有することが,これから の教育に大切になってくると思います 。
いろいろなネタ
私は,見るもの聞くものがすべて道徳授業のネタになると考えています。
ということで次のような ところからネタを探す努力をしています。
①新聞
気になった記事を切り抜いて保存しています。保存する時は,新聞社名と日付をきちんと書 いておくことが大切です。できれば数社の記事を集めておくと違った角度からとらえることができま す。私は細かく分類保存はせず,ノートに貼付しています。しかし,調べやすいようにきちんとファ イリングしておいたほうがよいと思います。新聞の全面広告なども使えますね。
②テレビ番組
後になって録画しておけばよかったと思うことが多いので,とにかくハードディスクに 保存しています。時間に余裕がある時に,早送りで見るようにしています。鷹島では新聞を購読して いないので,『テレビガイド』や『ザ・テレビジョン』などのテレビ番組雑誌も立ち読みをしてチェ ックしています。よく録画している番組は,●日本テレビ系「世界まる見えテレビ特捜部」(月曜20 :00)「笑ってこらえて」(水曜19:54)「所さんの目がテン」(土曜17:00)●TBS系「情熱大陸」 (日曜23:00)「がっちりマンデー」(日曜7:30)●テレビ東京系「世界を変える100人の日本人」 (金曜20:00)「たけしのニッポンのミカタ」(金曜22:00)●NHK総合「週刊こどもニュース」 (日曜8:05)●NHK教育「道徳ドキュメント」(水曜10:45)などです。なぜか所ジョージさんの番 組が多いですね。公共広告機構(AC)や明治安田生命などCMにも使えそうなものが多くあります。
③映画
長時間,見せるのではなく一部を見せたりします。戦争を扱う授業で「プライベートライア ン」を見せたり,「タイタニック」「ディープインパクト」などを見せたりした先生もいました。し かし,刺激が多い場面を使用する場合は注意や配慮が必要です。
④書籍
ノンフィクション,小説,詩集,絵本,写真集,雑誌,新書など幅広く読んでいます。(資 料で使う場合は著作権法35条が適用されますが,注意が必要です。)
⑤講演会の話
講演中は必ずメモをとっています。
⑥実物
例えば,昨年度3年生ではカゴメ野菜しぼりの紙パック を使いました。(きちんとたたむと,ある言葉が見えてきます。)その他,街中で見かけたモノの写真や旅行や出張で訪 れた場所のお土産,商店に並んでいる商品など実物を教室に持ち 込むことで生徒の関心は高くなります。
⑦情報 困った時は,全国サークルの仲間から情報をもらうよう にしています。録画し損なった番組のビデオや新聞記事などもらったこともあります。
⑧インターネット 調べたいことや気になったことがすぐにわかるという点でとても便利です。気に 入ったサイトは毎日チェックしています。ただし,匿名の記事やブログなどは信憑性が低いので使え ません 。
ネタから資料へ
今回は,ネタを資料にするためのいろいろな工 夫について書きます。適当に手を加えても良い資 料とはなりません。大切なことは,授業のねらい を達成させるために手を加えるということです。 図式化すると下のような感じです。
次にねらいを 達成させるための工夫について説明してきます。 私がやっている工夫をいくつか挙げて説明したい と思います。
①分割…読み物を最初からすべて提示するのでは なく,いくつかに分割して提示します。こうすることで,生徒 のわくわく感を高め,驚きを与えることができます。
②逆順…A→B→Cの流れがある読み物を順番を変えて提示し ます。例えばC→B→Aといった感じです。結論を先に提示す ることで,何があったかを考えさせることができます。例えば「戦争で死んだ兵士のこと」で は,絵本を逆順で見せることで,生徒の思考を深めることをね らいとしました。
③一部…写真や絵画や文章を最初から全部見せるのではなく, 一部を隠して提示します。全体を見せるより,生徒の興味関心を高め意識を集中させることができま す。また思考を深めることもできま す。
様々な手法
④並べる…写真や絵画や文章などを並べ て提示します。
こうすることで,違いや変 化に気づかせることができます。
例えば, 写真Aはベトナム戦争中のある家族を写し たものです。
Bは,ベトナム戦争が終わっ て25年たったある家族を写したもので す。
写真Aの右端で心配そうに見ている男 の子カム君は,ベトナム戦争で奇跡的に生 き延びることができ,写真Bのような家族 を持つことができました。
この2つの写真を並べて提示することで,生きることの大切さを改めて考 えさせたいと思いました。
⑤切る…映像を見せる時は,すべて見せずに編集をしてねらいに近づけることができそうな部分だけ を見せます。
全部を見せると生徒の緊張感がなくなりダレが生まれ,授業の命であるテンポが崩れて しまうことになり,あまりおすすめできません。
私自身,映像を見せる場合は,3分が限度だと思っ ています。
ポイントを絞り,編集したり一部分だけを見せたりしています。これは,読み物でも同じ です。思い切って「切り」ましょう。必要最小限に留めた資料を使うことで生徒の思考も複雑になら ずに焦点化できるのです。
⑥使わない…資料を使わないでも道徳授業はできます。
もちろん考えや感想を書くプリントは必要 です。このような授業をうちのサークルでは「自己問答」の授業と呼んでいます。教師の質問に一人 一人が自分に問いかけていく流れとなっています。例えば,1年間の自分を振り返らせる授業では, 次のような流れでした。準備の必要はありません。忙しい時は,このような授業も可能ですよ 。
板書 この1年を振り返って(小学校4年生での実践)
発問 4月の自分に色を付けます。何色でしょうか。
発問 どうしてその色なのですか。
発問 今の自分に色をつけます。何色でしょうか。
発問 どうしてその色なのですか。
発問 4月と色が変わった人は。変わらない人は。
発問 色が変わったということは、自分の何かが変わったということです。何が変わったのでしょうか。
説明 自分が変わったのにはきっかけがあります。先生が何かをしたり、友達が何かをしたり、自分自 身で何かしてみたり、授業や行事、親からのアドバイスなど何かきっかけがあるのです。
指示 赤ペンを用意して下さい。自分の変わったことの横にきっかけを赤で書きましょう。
発問 最後に聞きます。4年生としての1年間、何色にしたいですか。
発問 そのためにどんなことを頑張りたいですか。
指示 紙に書いて先生に提出しましょう
ちょっと怪しい教材
今回は,こんな資料をつかっていいのかなということについて書きたいと思います。
インターネッ トや新刊本などを調べていると,時々これはすごいというものに出会います。これを資料に使えば, きっと生徒は興味を示し,しっかりと考えることができるだろうと思ったりします。
しかし,授業を する前にちょっと待ったほうがよいものもあります。
熊本の桃崎剛寿先生は,これを次の5タイプに 分けて説明されています。
①勇み足型資料…事実に対して一方的な見方で価値付けをした資料
②冷静な思考ができない資料…ショックを与えて思考が停止してしまうような資料
③演出過剰な資料…BGMを使う授業
④伝わりにくい資料…プロスポーツ選手の強い意志などを扱う資料
⑤真実かどうか怪しい資料…科学的な根拠が乏しい資料
(『授業研究21』明治図書 2008年3月号)
これを私なりに解釈してみたいと思います。
①について,裁判や判決文を資料にした道徳授業もあります。ここで注意しなければならないのは, 結審したものを使うということです。一審,二審で有罪であっても最高裁判所で無罪となる可能性も あるからです。話題性ばかりをねらうと勇み足になる可能性もあります。
②について,生命尊重をねらいとして,「死」を扱った資料です。事故や事件の写真や映像を見せ る必要があるのでしょうか。
特に自殺を扱った資料は,特に慎重に取り扱う必要があります。「自殺 したくなる気持ちもわかるよね」などと自殺を肯定するような流れはとても危険だと思います。
教師 という立場を忘れた発言ではないでしょうか。私は,日頃から「死」を扱った資料中心ではなく,生 きることの素晴らしさを伝えるような授業にしたいと思っています。
③について,北九州の中学校で次のような道徳授業を参観しました。母親を亡くした男の子を扱っ た読み物資料で,授業の最後は,家族に手紙を書かせるというものでした。しかもその手紙を書いて いる最中,悲しい音楽が流れていました。果たして,このようなBGMが必要なのかなと思いました。
雰囲気づくりというのはよくわかりますが,冷静に資料と向きあうことができるかどうか疑問です。
④について,スポーツ選手を扱ったものが多いのは事実です。ねらいが「強い意志」「個性の伸 長」などとわかりやすいからだと思います。しかし,生徒は自分とどれだけ重ね合わせることができ るのかは疑問です。特にプロスポーツ選手は,職業としてのスポーツという意識があるため生徒との 感覚とは異なっている部分が大きいように思います。
時には,このような資料もいいでしょうが,こ ればかり使用するというのは問題があります
科学的根拠は?
⑤の真実かどうか怪しいについて
ひと昔前,「水からの伝言」という本が有名になりました。水 に「ありがとう」「ごめんなさい」などの優しい言葉をかけ,凍らせるときれいな結晶になり,逆に 「死ね」「殺すぞ」などの言葉をかけると結晶が壊れてしまうといったものでした。
この写真を使っ た道徳授業もありましたが,このような授業をしてよいのでしょうか。
幽霊や超能力を資料にしてい るのと変わらないと思います。オカルトやスピリチャルなど科学的に証明されていないことを趣味で 扱う分にいいと思いますが,公教育で教えることは危険だと思います。
大阪大学の菊池誠教授は見かけは科学のようでも、実は科学ではないものを「ニセ科学」と呼び, 妄信することの危険性を訴えています。
例えば,マイナスイオン・ゲルマニウム・波動・血液型占い などです。詳しくは,公式HP(http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/index-j.html)をご覧 ください。
『水からの伝言』を教材にした道徳授業がありますが,どう思いますか?こ のような実践例が教育書に掲載されていることに,私は疑問を感じます。
ノンフィクション資料
今回は,ノンフィクション資料について書こうと思います。
今まで私が創った道徳授業は,ほとん どはノンフィクションを教材にしています。
フィクションが絶対良くないという訳ではありませんが, 中学生を相手にする道徳授業では,ノンフィクションを取り上げたほうが効果があると思います。
特 に,やんちゃな生徒がいたり静かに読み物資料をじっくり読めなかったりする学級では,ノンフィク ションをよく使っていました。
ノンフィクションですから実在の人物の生き方にスポットを当てて考 えさせることが多いです。
私が取り上げた人物は,津田真男さん(ごく普通の大学生でオリンピック ボート競技の出場権を獲得),武田豊樹さん(スピードスケート選手),雨宮清さん(地雷除去機の 開発),本田美奈子さん(アイドル歌手),京谷和幸さん(車いすバスケットボール選手),稲益瞳 さん(グランドキーパー),星野道夫さん(写真家),鬼塚喜八郎さん(アシックス創業者),野口 健さん(登山家)などです。
基本的にはあまり知られていない人で,すばらしい生き方をした人を探 しています。
超一流や一流の人生よりも,生徒はより身近に感じることができるのではないかと思う からです。これを「二列目の人生」と呼んでいます。
このノンフィクション資料について,鈴木健二先生は,次のように書かれています 。
副読本に多く見られるようなフィクションの読み物資料が,子どもたちをシラけさせてしまう大 きな原因の一つである。副読本の資料は,ねらいが見えすいたものが多い。ねらいが見えすいた上 に,教師がねらいの見えすいた授業を展開するから。「道徳」授業はつまらないのである。ノンフ ィクションの授業は,現実社会の中で起きた様々な出来事を資料として子どもたちに提示する。 事実は,子どもたちを本気にする。
また,群馬県の小学校の深澤久先生は,このように書かれています 。
フィクション=作り話というがんじがらめに縛られ閉じこめられていた道徳授業の可能性を引き 出し具現化していくために,「ノンフィクションの授業」を提起する。(中略) 創作資料を極力排す。これが私が試みる道徳授業である。道徳的対立なり矛盾なりは,現実の出 来事の中にいくらでも見つけ出すことができる。その現実の中に生き,その現実をよりよい方向に 改善していくことこそ真に道徳的生き方であり道徳的実践力なのである。それゆえ道徳授業で扱う 資料は,道徳的対立なり矛盾なりをモデル化した創作資料から,上学年になればなるほど,道徳的 対立なり矛盾なりを焦点化したノンフィクション資料へと変えていくべきである 。
資料を読む前に,これは実話ですと前置きをするだけででも生徒の関心は一気に高まります 。
〈一番難しい,一番悩む〉
今回からしばらく発問について書いていこうと思います。
私が道徳授業をつくる時,一番悩むのが 発問です。
ねらいに近づけるためには,どんな発問がいいのかとずっと考えています。
発問によって 授業がうまくいくいかないが決まってしまうと思っているからでしょう。
さて,ここである道徳授業 を紹介したいと思います。平成18年7月に引退宣言を発表したサッカー選手の中田英寿さんのブロ グを資料として使った先生がいました。
主な流れは以下の通りです。
説明① 「今日は、中田英寿さんの生き方に学びましょう」
資料② ブログ「Hide’s Mail」を範読する。
発問② 「もし自分がヒデだったらこの時期に引退しますか?」
引退する,引退しないに分け, 理由を発表させる。
意見の交換を通して,自分の考えを深めさせる。
発問③ 「中田英寿はどんな人? 」
ここで私が気になったのは,
発問②「もし自分がヒデだったらこの時期に引退しますか?」の部分 です。
もし私が生徒なら,「わかりません」と答えると思います。
理由は,ブログに書かれた内容だ けでは情報不足のため判断できないからです。
実際,児童は次のように答えています 。
●引退する派(4人)
「夢がもう1つあって、それを追うのもいい」
「仕事じゃなくみずみずし い気持ちでボールを追いたい」
「W杯が終わってきりがいい」
●引退しない派(20人)
「負けたチームにリベンジしたいからやめない」
「29歳なら次のW 杯でもやれる」
「もっとサッカーでお金が稼げると思うから」。
さて,この発問②の意図は何だったのでしょうか。
授業者であるS先生は,この授業をしようと思 った理由を「信念を貫く中田さんの生き方が好きで、このメールを読んですぐに授業で取り上げたい と思いました。」と言われています。
信念を貫く生き方の素晴らしさを考えさせるために,この発問 をしたのならば,この発問は失敗だったと言うべきでしょう。
その理由は,児童の意見からよくわか ります。もし,このねらいを達成させたいのであれば,中田選手の信念を感じとることができる教材 を探してきて教材化すべきだったと思います。
つまり中田選手のサッカー人生を大まかにつかませた 上で,ポイントを絞った発問をすることが必要だったと思います。
ちなみに,発問③「中田英寿はど んな人?」の問いの答えは「かっこいい」「怖い」「おしゃれ」「お金がいっぱいある」などでS先 生が期待した「意志の強い」というフレーズは返って来なかったそうです。
この発問の意図も不明確 です。
旬のネタを授業化したい気持ちはわかりますが,教材研究不足だったと言わざるを得ません。
発問の種類①
新潟大学の斉藤勉先生は,『道徳授業改革の提案』(明治図書)の中で,道徳授業における発問の カテゴリーに関して,4つのパターンを紹介されています。
以下は,その一部を抜粋したものです。
1 経験
○あなたは何を見ましたか。
○あなたはどんなことを聞きましたか。
2 関係づけ
○話題に関してあなたが見たのはどのようなことですか。あなたの考えを書きなさい。
○話題に関してあなたが聞いたのはどのようなことですか。どのような根拠がありますか。
3 価値付け
○あなたが見つけた関係は,人類にとって良いことか悪いことか説明しなさい。
○事実と話題との間の関連は人類にとって良いことか悪いことかについて,いくつかの実例を挙げ なさい。
4 感情
○あなたが見たことについてどのように感じますか。聞いたこと,経験したこと,読んだこと,覚え ていることについてはどうですか。
○私たちが見つけだした関係についてあなたはどのように感じますか。
これだけでは,ちょっとわかりづらいですから,私になりに解釈してみます。
あくまでも私の解釈 ですから的外れの部分もあると思います。
(1)経験…これは生徒が実際に見たり,聞いたりしたことを問うことです。例えば,「うれしか った経験を発表しましょう」「家族がいてよかったと思った時は,どんな時ですか」など主に導入で このような発問をすることが多いです。
(2)関係づけ…資料に出てくる人物や事例と自分を関係づける発問です。関係づけをさせること により,自己を深く見つめさせることができます。例えば,「資料に出てきた○○さんと同じような 経験はありませんか」「△△さんと自分の共通点は何ですか」「□□さんと自分と違っている点は何 ですか」などです。
(3)価値付け…道徳的価値に照らしあわせて考えさせることです。授業の中心発問となるもので す。例えば,「資料に出てきた○○さんのとった行動は良いと思いますか,悪いと思いますか。その 理由を書きましょう」など深い思考が必要となる発問であり,ねらいに近づける重要なものです。
(4)感情…これは,気持ちを問うことでしょう。基本型の道徳授業でよくされた発問です。 例えば,「○○さんは,どんな気持ちだったでしょうか」「○○さんの言った言葉についてどう思 いますか」「この資料を読んでどんな気持ちになりましたか」などでしょう。
私なりの実践的な発問
今回は,私が実際に行っている発問についてのいくつかのパターンを紹介したいと思います。
1 関心を高める発問
例えば,「資料(絵や写真)を見て,気づいたことは何ですか。」のような発問があります。どの 生徒も考えることができる発問なので,全員参加させることができます。また,「3つ書きなさい」 などと限定すると,さらに集中度が増し,思考も深まります。
2 クイズ形式でテンポをつくる発問
単調で生徒の反応があまりよくない時は,クイズ形式の発問を取り入れると授業にテンポが生まれ てきます。その際に,「その他」という選択肢を入れると生徒が真剣に考えるようになります。以前, 写真家の星野道夫さんを扱った時,次の発問をしました 。
〇「星野さんは,アラスカへ行きたくて行きたくてたまらなくなりました。さて,そんな星野さん はどうしたと思いますか。次の中から1つ選んでください。」
A 旅行代理店に申し込んで,観光旅行として行った。
B パスポートもつくらず,アラスカ行きの船に黙ってもぐりこんだ。
C アラスカにある村の村長さんに,自分の強い思いを書いた手紙を書いた。
D その他
3 資料の展開を予想させる発問
特にノンフィクション資料を使った時は,「このあと○○さんは何をしたと思いますか」「○○さ んは何と言ったと思いますか」などの発問を行い,生徒に展開を予想させます。
自分の予想が的中し て喜んだり,予想が外れてがっかりしたりするので,資料に真剣に向き合う生徒が増えます。
また, 真実が持つ力や驚きを普通に読み進めた時以上に感じることができます。
もちろん,絵本や小説を使 った資料でもこの発問は有効です。
4 自分と重ね合わさせる発問
おおよそ,授業の中心や山場となる部分でこの発問を行います。
例えば,「自分だったらどうしま すか」と直接問うもの,「○○さんにあって,自分にはないものは何ですか」と比較させて自分を深 く見つめさせるもの,その逆で「○○さんになくて,自分にあるものは何ですか」という発問も場合 によっては有効です。
5 まとめをさせる発問
終末部分で,「今日の授業にタイトルをつけてみましょう」「これからどんな行動をとりたいです か」などの発問をすることで,しっかりと授業を振り返り,自分の言動を考えさせることができます
気持ちよりも行為を問う
私が所属している全国的なサークルの代表である佐藤幸司先生(山形県の小学校)は,発問につい て次のように書かれています。
●副読本を使った授業でもいいのです。登場人物の気持ちを考えさせることは,大事です。 他人の気持ちを考える―これは,相手を思いやる上で最も大事にしなければならないことです。 ただし,勘違いしてならないのは,「(登場人物)は,どんな気持ちでしょうか。」と,人物の 気持ちを直接問うことだけが,授業での発問ではないということです。気持ちを表すことばを思い うかべてください。 うれしい,かなしい,さびしい・・・。あといくつありますか? 気持ちを表す言葉自体が少ないのです。なぜなら,本当に心を打たれた感情は,言葉では表せな いからです。だから,次のような日本語があるのです。 言葉にならない。 筆舌につくしがたい。 気持ちを直接問わないのなら,どうするか。 例えば,行為を問うことです。 「(登場人物)は,どうすべきでしょうか。」「なぜ,この行為をしたのでしょうか。」 なぜ,そういう行動をすべきか(したのか)をさらに問い返せば,そこに,その行為の原動力と なる心情が見えてきます。登場人物の気持ちを考えさせたい。だからこそ,気持ちを直接問うので はなく,間接的に<とるべき・とりうる行為>を問います。そう考えた理由を問うと,そこに子供 自身の生活経験が表れるはずです。
気持ちを問うことを授業の中心においてしまうと,生徒 の思考が拡散してしまい,ねらいに近づけることが難しく なってしまいがちです。そうなると補助発問や説明をどん どん加えていくことになり,ねらいの周りをグルグル回っ ているような状態になります。私は,これを「道徳授業の ドーナツ化現象」と呼んでいます。教師が期待する答えが なかなか返ってこないので,やっている教師も受けている 生徒もいらいらしてします。終わってみると,今日の授業 はいったい何を言いたかったのかとなってしまいます。ここで行為を問うことにより,ねらいにズバ ッと切り込むことができるのです 。
道徳授業では,必ずと言っていいほどワークシートが使われています。資料とワークシートがセッ トになっているような感じもあります。さて,今回はこのワークシートについて考えてみたいと思い ます。
ワークシートは何のために使っているのでしょうか。思いつくままに挙げたいと思います。
①生徒の思考の流れをスムーズにさせるため
②発表や討論の準備をさせるため
③書く作業を取り入れることで,授業に変化と緊張感を持たせるため
④生徒一人一人に自分自身を見つめさせるため
⑤評価の参考にするため
形式は,いろいろとあ ると思いますが,おおよそ指導案に書かれている発問などがそのままワークシートに入っていることが多かったように思い ます。
例えば,
「この時 の○○さんは,どんな気持ちだったでしょうか。」
「○○さんが,すみませんと言えなかったのは, どうしてだと思いますか。」などです。
時には,主人公の気持ちが書きやすいようにイラストに吹き 出しをつけて,書き込ませる工夫をしたものもありました。
そして最後に,授業で考えたことや感じ たことを書かせていたと思います。
このようなワークシートを使って授業をすると,次のようなこと で困ることがありました。
つまり,このようなワークシートを使うことで,今日の道徳はどんな内容 だろう。
①授業の主題が生徒にわかってしまう
②授業のねらいが生徒にわかってしまう
③授業の流れが生徒にわかってしまう
④書けない生徒や書かない生徒が出てしまう
次はどんな展開になるのだろうという, 生徒のワクワク感が薄らいでしまうことになるのではないかと思います。頭の回転が速い生徒は,ワークシートを見ただけで教師が言 いたいことをすぐに見抜いてしまうのです。 ワークシートをていねいにつくればつくるほど,生徒のワクワク感がなくなってしまうという皮肉 な結果になってしまいます。
そこで,ワークシートの項目は,必要最小限でいいのではないかと思い 始めました。
その最小限とは,
①生徒の思考を深めさせる
②生徒全員を参加させる
③授業後に, 生徒ひとりひとりを評価する
④生徒に今日の授業を評価させる
と考えます。 そうなると,ワークシ ートは実にシンプルなものになります 。
私が,いつも使っているワークシート は下の形式のものです。
タイトル は,いつも「よりよい生き方について考 える」とします。タイトルから今日の授 業のねらいや内容がバレないようにして います。
あとは,2から3行程度ずつあ けて5つ程度番号を打っておきます。
例 えば,「いじめとはどのような行為を言 うのでしょうか。プリントの1に書きま しょう」というふうに,発問の後に書く 場所を指示すればいいのです。
感想の欄 だけは5行程度あけておきます。自分の 考えを予想以上にたくさん書く生徒が時 々いるからです。
最後の生徒による授業 評価についてですが,私はこの5つで評 価させています。5段階で一番近いもの を○で囲ませいています。
①しっかりと考えることができましたか
②仲間の意見を聴くことができましたか
③自分の意見をしっかりと言えましたか
④自分の考えを深めることができましたか
⑤心に響いた授業でしたか
ワークシートを回収した後は,生徒 一人一人の意見をながめます。授業中発 表しなかった生徒の考えもわかります。また,どれだけ授業のねらいにせまることができたかは,感 想の欄を読むことでわかります。
最後の授業の評価を集計し項目ごとの平均値と全体の平均値を出 すことで,数値評価を取り入れることにとり,可視的になります。
私の授業を参 観した先生から「生徒はとても真剣に書いていました」とよく言われます。確かに,ワークシートを 見るとしっかり書いた生徒が多いです。しっかり書いたということは,しっかり考えたということで しょう。目に見える発表だけではなく,このような書くことも立派な発表となると思います。(これ を野口芳宏先生は「ノート発言」と言われています。
〈書く前に〉
そもそも指導案とは何でしょうか。学習指導要領解説編には次のように書いてあります。
指導にあたる教師が道徳の時間に,学級の生徒を指導するために作成した具体的な指導計画案の ことである。つまり,主題のねらいを達成するために,生徒がどのように学んでいくのかを十分に 考慮して,何を,どのような順序で,どのような方法で指導し,評価し,更に指導に生かすのかな ど,学習指導の構想を一定の形式にまとめたものである。(同書p85)
なかなか難しい文章ですね。簡単に言えば,1時間の授業の家を建てる時の設計図みたいなものと 考えていいでしょう。
設計図には,家の素材,柱の長さや寸法,部屋の割り振り,構造,建築計画, 完成予定図などを細かく書いてあります。
しかし,私が考える設計図は,新築用の設計図ではなく改 築用の設計図だと思います。つまり,すべてが0の状態から始めるのではなく,ある程度,できあが った部分から始めることになります。現在の家の良いところやまずいところをしっかりと把握した上 で,良くしようというものです。
これを授業で考えると,生徒の現状をしっかりと把握し,良いとこ ろをさらに伸ばし,まずい点を良い方向へと変えることになります。
私は,指導案を書きは始める前に構想をノートに書いています。ていねいに書くのではなく,教材 について調べたこと,調べた書籍,参考になった文章,構想図,生徒の現状など思いついたことをど んどん書いていきます。これがあとからとても役に立ちます。いきなり文章にしようと思ってもなか なか筆が進まないものです。日頃から,思いついたことをメモしておくことが大切だと思っています。
さて,指導案に書くべき内容について詳しく説明していく前に考えておくべきことがあります。そ れは,「授業の目的」とは何かということです。これがわかっていなければ学習指導案は書けないと 思います。
みなさんは「授業の目的」とは何かと問われたら何と答えますか。
以前,私も答えること ができませんでしたが,今は,自分なりの答えを持っています。
それは,「学力」をつけることだと 思います。楽しい授業とか活発な授業とかは二次的なこと です。もっとわかりやすく言えば,「できなかったこと が,できるようになった。」「わからなかったことが,わ かるようになった。」これが,授業の目的です。
このこと を野口芳宏先生は,「授業の目的とは生徒に向上的変容を連続保障 させることである」と言われています。
生徒を良い方向に 変えるということです。
こう考えると,指導案が改築のた めの設計図と例えた理由がわかると思います。生徒をどの ように変えるのか,どういった方法で変えるのかを書くことが一番大切なことだと思います 。
〈その内容について〉
この学習指導案に書く内容について,学習指導要領には次の内容が例として挙げられています。
・主題名
・ねらいと資料
・主題設定の理由
・指導区分
・学習指導過程
・その他
この中で,私が一番大切だと思うのは,主題設定の理由です。どうしてこの授業をするのかという 授業者の意図を書くところです。ここに,授業者の主題観,授業観,生徒観,教育観が出るのでとて も面白いです。
指導案をもらうと多くの先生は資料や指導過程のほうに目がいくでしょうが,私はこ の部分を真っ先に読みます。この部分でそれぞれの教師の教育哲学がわかるからです。
この主題設定 の理由を書くときに,私が留意していることは,生徒の実態把握をしっかりしておくことです。
本号 ではまず生徒の実態把握について書きたいと思います。 生徒の実態を的確に把握する 日頃の授業や学校生活で生徒の観察をしっかりとしておく必要があります。必要ならば,事前アン ケートなどを実施して数値として把握することも大切です。そうなると,学級担任が一番把握してい るはずですから,学習指導要領の「学級担任の教師が行うことを原則とする」という文言の意図がわ かると思います。
つまり,生徒の実態については,「何となく」とか「おおよそ」などと言った印象 で書いてはいけないということになります。例えば,「きちんとしたあいさつができない生徒が数名 いる」ではなく,「きちんとあいさつができない生徒が2名いる」となるはずです。このような生徒 の実態をこの授業で,どのような生徒に変容させたいのかを具体的に書くことになります。このこと について,宮崎の小学校の鈴木健二校長先生は,次のように言っています。
どのような道徳授業をつくるかを考える時に重要なのは,『めざす子どもの姿を明確にもってい るか』ということである。これがなければ,学級経営と連動させた道徳教育のプランをつくること はできない。(中略)めざす子どもの姿を明確にもつことによって,道徳の授業で取り上げる重点 的な指導内容が決まってくる。(中略)めざす子どもの姿を明確にもっている教師は,日々の授業 の中で,子どもの言動を認め合う学級の風土を醸成していくための指導を行っていく。(中略)め ざす子どもの姿に迫っていくための具体的な指導方法を,日々の授業に位置づけることが,道徳教 育の基盤となるのである。めざす子どもの姿を描き,道徳の授業づくりを核にしながら,日常的な 指導と日々の授業を連動させていく。これが学級経営と連動させた道徳教育のプランづくりのポイ ントである。(『現代教育科学』2009年10月 明治図書
〈ねらいについて〉
昨年,諫早で行われた九州道徳教育研究大会の公開授業指導案に次のような文章がありました。さ て,このねらいをどう思いますか 。
①よりよい人間関係を築くために,様々な人とのふれあいの中で,相手のことを考え優しく接 し,具体的に親切な行為をしようとする態度を育てる。(小学校1年生での授業)
②きまりを守ろうと行動する主人公の思いについて話し合うことを通して,公共のきまりを守 り,気持ちよく生活しようとする心情を育てる。(小学校3年生での授業 )
このような大きな研究大会でなくても,よく見かける文章ですよね。とても良いことが書いてある とは思いますが,ぼんやりとしたねらいになっています。広辞苑によれば「ねらい」とは「矢・弾丸 を発射する時,目標に命中するように見当を見定めること。」とあります。命中しなければいけない 「ねらい」がぼんやりとしていてはいけません。絞り込んだ「ねらい」にすべきだと思います。
①に ついてですが,「具体的に親切な行為」とはどんなものなのかを具体的に書いてほしかったと思いま す。また,「態度を育てる」という大上段に構えなくても,できそうなことを書くとスッキリとした ものになると思います。私ならば,次のようなねらいにします。どうでしょうか
①人と接する時の優しい表情や言葉かけの大切さについてあらためて考えさせる。
次に②についてですが,「心情を育てる」という部分がよくわかりません。心情とは,広辞苑によ れば,「心の中の思い。気持ち。」とあります。つまり,この道徳授業で「心の中の思い」を育てる ことを「ねらい」としていることになります。このような表現を入れることで,「ねらい」がぼんや りとしてしまっています。私ならば,次のようなねらいにします。どうでしょうか。
②決まりの大切さを再認識し,きまりを守ろうとする心構えをつくる。
また,わずか50分の道徳授業で,大きな「ねらい」は達成できるとは思いません。
道徳授業の限 界についてもしっかりと自覚しておく必要があります。そうなると,ねらいに書く文言にも違いが出 てくることなります。私がよく使う言葉は「気づかせる」「あらためて考えさせる」「心構えをつく らせる」などです。
道徳授業という単体では,できることは限られているのです。道徳授業と日常的 な指導やその他の教育活動とリンクさせることで,大きな力となってくるのです。こういったことを 自覚した上で指導案を書き,授業を実施することはとても大切なことです。
〈主題について〉
授業を実施する前に大切なことは,指導する主題を教師が深く考え,自分なりの考えをしっかりと 持っておくことです。
例えば,生命尊重を例に挙げて説明します。命は大切だと誰もが知っています。O小学校の事 件の翌日,全校集会で,「命が大切だと思う人は手を挙げます」と生徒に問いました。
すると全生徒 が手を挙げました。同じ質問を職員にしました。すると全職員も手を挙げました。
命が大切であるこ とは誰もが知っていることなのです。このことを道徳授業で教えるためには,教師がなぜ命が大切な のかしっかりとした考えを持っておくことです。
そのためには,いろいろな本で勉強を考えを深めて おくことです。
私自身は,次の4つの考えを持っています。
①唯一絶対(ゆいいつぜったい)
②有限未知(ゆうげんみち)
③連綿代々(れんめんだいだい)
④連帯互助(れんたいごじょ)
これは,野口芳宏先生が示されたキーワ ードです。
このキーワードを私なりに解釈してみました。
①命は一つしかないもの。他人の命とは変えられないもの ということ。
②限りがあること。しかもいつ終わるか誰も 知らないということ。東京の救急救命センターの浜辺祐一 さんが講演会で次のような話をされました。「平成17年 に起きたJR福知山線脱線事故で先頭車両にいた人が生き 延びて,後ろの車両にいた人が亡くなってしまった。生と死の線引きは本当に分からない。救命セン ターに運ばれてくる患者さんの中にも絶対無理だろうと思っていた人が助かることもある。」まさに 人間の領域ではなく神の領域に近いものと思えてきます。
③先祖代々,受け継いできたもの。いわば 縦のつながりのことです。相田みつをさんの「いのちのバトン」という詩によく表れています。
④自 分を中心とする横のつながりがあるということ。自分が仲立ちとなり新しいつながりができあがって いくこと。いわば横のつながりのことです。
みんなが当たり前のように考えている,命の大切さにつ いて教師がしっかりとした考えをもつことで,どのような道徳授業を創ればいいのかが見えてくるの です。
これは道徳授業に限ったことではありません。他の教科でも同じことが言えます。深くしっか りとした主題観を持ち,教材研究をし,指導案を書き,実践することが大切なのです。 指導書の文章をそのままコピーしたり,人が書いた考えをそのまま書いたりすることはしてはいけ ません。主題について深く考えていくことにより,資料の精選や授業の構成などが見えてくるはずで す。
今年の2月のセミナーで佐世保の先生が福山雅治さんが稲佐山で行ったコンサートの記事と長崎 について書いた詩を資料として道徳模擬授業をされました。ねらいは「ふるさとを大切にする気持ち を育てる」でした。その授業について,私と鈴木健二校長が講評を任されたのですが,私は焦点がぼ けた講評をしてしまいダメでした。
しかし,鈴木先生の講評は素晴らしかったです。指摘された部分 は,「ふるさとはどうして大切か」を授業者がしっかりと考えたのかということでした。
ここでも, 主題について深く考えることの大切さについて再確認することができました。
〈導入について〉
導入とは,主題に対する生徒の興味・関心を高めることだと思います。
従来は,生徒の体験を思い 出させるような発問が多かったように思います。例えば,主題が「友情」であれば,「今まで,友達 がいてよかったと思った時は,どんな時ですか」などです。
その他にも,事前アンケートの集計デー タなどを提示する場合もあります。
しかし,これでは,生徒の興味・関心を持たせるぐらいで高めることはで きないと思います。
私が導入で大切にしていることは,以下の2つです。
①生徒に驚きを与えるような資料を提示する。
②生徒の意見が分かれるような発問を出す。
①の方法として,写真や資料やグラフの提示がありま す。別にショッキングな資料を見せる必要はありません。 「おや?」「あれ?」「えーっ」と思わせるような資料で す。
下のグラフは「夢のチカラ」という授業で使用した資 料です。中学3年生で持っていた夢が実現した人の割合を 示しています。導入で,次の発問をします。「中学校の時 の夢が実現した人は何%ぐらいいると思いますか。」生徒の発表の 後で,この資料を提示します。答えは,約15%です。この結果を 見て,生徒は「えー」と声を出すほど反応も大きかったです。
次に,「鬼塚喜八郎さんの生き方」で使った資料です。
「写 真(4人のスポーツ選手)を見て,共通点は何か考えましょう。」 という導入です。
イチロー選手や新庄選手が映し出された時は,野 球と答えますが,高橋選手や川口選手が出てくると,答えが出なく なり真剣に考えるようになりました。
答えは,4人ともアシックス のシューズを使っているのです。
次に②です。ある年,修学旅行の 事前指導の道徳授業で,最初に次の発問をしました。
「修学旅行の 目標を多くの班が,楽しい思い出をつくろうとしていましたが,思 い出は将来,役に立つと思いますか」
その答えは「同窓会をした時に役に立つ」とか「忘れてしまう かもしれないので,あまり役に立たない」など分かれました。
以上の①②を意識した導入をすると, 生徒を授業に引き込むことができました。
これは,授業に限らず,講話などにも共通していることだ と思います。
落語で言えば,「まくら」,漫才で言えば「つかみ」ですね。
最初に,生徒をぐっと引 きつけることができれば,教師の思惑どおりの授業を進めることができると思います 。
※参考「希望学」(玄田有史 中公新書ラクレ)
〈終末とは何だろう〉
今回は,学習指導過程の最後の部分である「終末」について考えてみようと思います。
終末とは, 1時間の授業のまとめをする段階と,学習指導要領に書いてあります。そうなると,普通は,感想を 書かせたり教師の説話をしたりします。
無責任にオープンエンドにしたり,教師の価値を無理矢理押 しつけるような終末ではいけません。1時間の授業のまとめとしながらも,次へつなげていくような 終末にすることが大切です。いろいろな終末の方法を知っておくと便利だと思います。
①今日の授業のタイトルを考えさせる。
②手紙やメッセージを書かせたり,紹介する。
③歌詞をつくらせる。
④最初の発問と同じ発問をする。
⑤連動した行事への意欲を書かせる。
⑥生徒の感想をピックアップして紹介する。(もちろん名前は発表しない)
⑦絵本を読み聞かせる。
⑧音楽を聴かせる。
①は,ワークシートのタイトル名を『 』にしておき最後に書かせます。書いたタイトルによ り,個々の生徒の評価ができます。
②は,家族愛などの主題の時,両親への手紙を書かせたり,逆に 事前に保護者に書いてもらった手紙を紹介します。
③は,「ねがい」という授業を創った時の終末で す。この授業では広島市立大洲中学校の3年生が平和学習の一環としてつくった「ねがい」という歌 が世界中へ広がり,深まっていく様子を扱いました。この「ねがい」の5番は,今でも世界中に広が り1400編を越える作品が寄せられているそうです。(2008年5月現在)このことを受けて, 終末に歌詞づくりをさせようと考えたのです。(私自身はまだ実践していませんが…)
④は,同じ発 問をすることで,生徒の意識の変容を知ることができます。たとえば,「ミス・ユニバース」の授業 では,最初にモデルの写真を見せて気づいたことを書かせました。そして,終末で同じように,気づ いたことを書かせました。これにより,1時間の授業を通して,美しさに対する見方が変わったこと がわかりました。
⑤は,集団生活の向上という主題で授業をした終末で,修学旅行への決意を書かせ るなどです。
⑥は,他の意見を知ることで,自分の考えを深めることができます。
⑦は,主題にあっ た絵本をじっくりと読み聞かせて終わらせます。他の先生に頼んで読んでもらうとさらにいいでしょ う。
⑧は,本田美奈子さんの授業の最後で,生前,彼女が歌った「ジュピター」を流しました。
使用 した資料は,学級通信に載せたり,保護者へ配布すると家庭での話題に上がる可能性もあります。道 徳授業の話題が家庭でも出るようになれば,生徒の意識も高まります 。
〈評価にはどんなことを書くのか〉
小学校のある道徳学習指導案の「評価」の欄に次のような文章が書いてありました 。
友人のよさや互いに理解することの大切さに目を向け,友情を育てていこうとする心情を深める ことができたか。
また,同じ指導案の「ねらい」の欄に次のような文章が書いてありました
信頼できる友人のよさや互いに理解することの大切さに目を向け,友情を育てていこうとする心 情を深める。
見てわかるようにほとんど同じ文章です。
どうして同じ文章になるのでしょうか。
参観者は,心情 を深めることができたかをどうやって評価するのかを知りたいのです。
この文章では,この部分がは っきりわかりません。
以前からこのような評価の文章に疑問を感じていました。
他の先生方は,ねら い「…心情を深める」→評価「心情を深めることができたか」という安易な流れに納得されているの でしょうか。疑問です。
学習指導要領にも記載されていますが道徳授業の評価は難しいです。
その 理由は,
「道徳性とは何かよくわからないから」
「道徳授業の効果はすぐに表れないと考えているか ら」
「道徳性は評価できいないから」などが考えられます。
しかし,学習指導要領には数値評価はで きませんが,評価の必要性が書いてあります。ということは,指導案にも明記しなければなりません。
勉強不足ですが,今のところ,次のような文章を入れています。
昨年度,県へき地教育研究大会で公 開した時の指導案に書いたものです。
本時のねらいが達成できたかどうか,以下の点に注目し評価する。
①授業中の発言,つぶやき,まなざし,ワークシートやその後の生徒の言動。
②今後行われる様々な行事の後に書かせる作文の内容や生徒の言動
①は,発言やワークシートに書いてる内容から,生徒の意識や考えが変化したことがわかるという ことです。
②は,友達を大切にしようという授業をした後で,相手を傷つけるような言動をとった生 徒が大勢いた場合は,この授業のねらいは達成できなかったことになるということです。
①と②から その授業を振り返り,指導の改善を図ることになります。授業のまずい点や授業後,どんな指導をす ればよかったのかなどを考えることになります。これが指導と評価の一体化だと思います 。
〈その他〉
道徳授業に限らず,1時間の授業では,教科や領域等のねらいを達成させることだけを目的として いる訳ではありません。
はじまりのあいさつ,受ける姿勢,返事,発表の仕方,話し合いの仕方など 様々なことを身につけさせるために複合的な指導をしています。
となれば,指導案にもそのことを書 く方が良いということをサークルの深澤久先生から学びました。そこで私は,授業のねらいとは別に 次のように記載しています。つまり,1時間の授業を含むすべての授業でこのような生徒に育てたい という具体像を書いているのです。
●本時で伸ばしたい学習姿勢と技能
①元気よい,弾んだあいさつをする。
②傍観者にならず,意欲的に参加する。
③プリントの受け渡し時は,「お願いします。」「ありがとうございます。」の声かけリレーを する。
④しっかりと考え,自分の考えを書く。
⑤自分の考えを短い言葉でしかも大きな声でしっかりと発表する。
⑥私語をせず,他人の意見を真剣に聴く。
このような文章を入れることで,参観者に授業者の生徒観や日頃からの指導の様子がわかりやすく なります。
また,授業の評価もしやすくなります。①から⑥まで可視的ですから,評価しやすいの です。公開授業で一人の生徒がいくら良い発言をしても,他の生徒の私語が多かったり,発表する声 が小さかったりすれば,それまでの指導が不十分だったことがわかるのです。
ちなみに,③は,公開 授業後の研究会でよく「よい実践ですね」と言われますが,これは有田和正先生(教材・授業開発研 究所代表)の取り組みを追実践しているだけです。これらの項目は,私が考える理想の生徒像,授業 像ですから,それぞれの先生が考え,独自の項目を挙げればいいと思います。
学習指導要領にも次の ように書かれています。
・学習指導案には定まった形式や基準はなく,各教師の創意工夫が期待される。
・学習指導案は,学校の教師の共通財産というべきものであり,だれが見てもよく分かるように形 式や記述を工夫するとともに,研修等を通じてよりよいものへと改善し,次回の指導に生かせるよ う学校として蓄積していくことも大切である 。
学習指導案も,教師の学びの積み重ねで進化させることが必要になってきていると思います。
来年度 か ら 始 ま る 道 徳 科 に 向 け て , 夏 休 み 中 に い ろ い ろ な セ ミ ナ ー に 参 加 し た り , 本 を 読 ん だ り し ま し た 。
そ の 学 び の 中 か ら 特 に 不 安 や 疑 問 が 多 い と 思 わ れ る「 評 価 」に ついて 3 回 に わ た り 紹 介 し て い き た い と 思 い ま す 。
◎大 宅正 樹氏 (佐 賀 県教 育庁 西部 教育 事 務所 )の 講話
① 50 分 間 の 授 業 で , ひ と り ひ と り の 生 徒 を 評 価 す る こ と は 難 し い 。 そ こ で ,大くく り で 評 価 す る 。( 前 期 , 後 期 あ る い は 年 度 末 )
②個々の 内 容 項 目 ご と で は な く , 大 く く り な ま と ま り を 踏 ま え た 評 価 に す る 。
③ 生 徒 の 学 習 状 況 や 道 徳 性 に 関わる 成 長 の 様 子 を 継 続 的 に 把 握 し て お く 。
④道徳性の 育 成 と は ど の よ う に 社 会 や 世 界 に 関 わ り よ り よ い 人 生 を 送 る か と い う こ と 。
⑤ 目 標 で あ る 道 徳 的 な「 判 断 力 」「 心 情 」「 実 践 意 欲 と 態 度 」を 観 点 と し た 観 点 別 評 価 で は な い 。
⑥ 道 徳 の 授 業 に も 目 標 が あ る 。そ こ に 向 か っ て ど ん な 学 習 を し た か と い う こ と を 記 述 で 書 く と い う こ と 。だ か ら ,道 徳 性 で は な く ,学 習 状 況・成 長 の 様 子・道 徳 の 授 業 を 積 み 重 ね た こ と に よ る 成 長 の 様 子 。
⑦他の 生 徒 と の 比 較 に よ る 評 価 で は な く ,児童生徒 の 成 長 を 積 極 的 に 受 け 止 め て ,励 ま す 個 人 内評価 と し て 記 述 式 で 行 う 。
⑧ 一 面 的 な 見 方 か ら 多面的・ 多 角 的 な 見 方 へ と 発 展 し て い る か 。
⑨ 道徳的 価値の 理 解 を 自 分 自 身 と の 関 わ り の 中 で 深 め て い る か 。
⑩ 指 導 要 録 は 少 し 抽 象 的 な 文 言 に な る だ ろ う 。
⑪ 通 知 表 は 保 護 者 向 けにより 具 体 的 に 記 載 し て も よ い 。
⑫ 調 査 書 に は 記 載 し な い 。 合 否 判 定 の 材 料 に し な い 。
⑬ 評価の 方 法 = 授 業 中 の 発 言 , 作 文 , 会 話 , 感 想 文 , ノ ー ト な ど 長 い 期 間 で の 見 取 り
⑭ ロ ー テ ー シ ョ ン 道 徳 の 良 さ( 得 意 分 野 に ひ き つ け て 道 徳 科 の 展開が で き る ,同 じ 教 材 で 数 回 授 業 を す る の で 指 導 力 向 上 に つ な が る , 担 任 が 自 分 の ク ラ ス を 参 観 で き る , 生 徒 の 新 た な 一 面 を 発 見 す る こ と が で き る )
⑮評価の 方 法( 授 業 記 録 ,聞 き 取 り ,イ ン タ ビ ュ ー ,ア ン ケ ー ト ,I T C の 活 用 ,作 文 , ノ ー ト な ど の 記 述 の 活 用 , ポ ー ト フ ォ リ オ な ど )
⑯ 行 為 が 表 れ て い る と こ ろ は , 評 価 に は ふ さ わ し く な い 。 → 「 行 動 の 記 録 」 へ
『 学 習 指 導 要 領 解 説 特 別 の 教 科 道 徳 編 』に 基 づ い た 講 話 で し た か ら ,ポ イ ン ト は わ か り ま し た 。し か し ,具 体 例 が 提 示 さ れ ま せ ん で し た か ら ,な か な か イ メ ー ジ し づ ら か っ た で す 。 そ こ で , 根 本 に あ た る こ と は 大 切 だ と 思 い ,『 学 習 指 導 要 領 解 説 特 別 の 教 科 道 徳 編 』 を じ っ く り と 読 ん で み ま し た 。 な か な か 手 ご わ か っ た で す 。
◎西 野真 由美 氏( 国 立教 育政 策研 究所 ) の講 話
A 「 学 び の プ ロ セ ス を 「 見 え る 化 」 す る 評 価
( 1 ) 探 求 や 対 話 の 姿 を エ ピ ソ ー ド で 記 述 す る 。
① 過去の 体験や 学 習 を 振 り 返 っ て 比 べ て い る 。
② 自 分 と 違 う 意 見 や 立 場 を 理 解 し よ う と し て い る 。
③ 別 の 可 能 性 や 選 択 肢 を 考 え て み よ う と し て い る 。
④ 自 分 な り の 「 問 い 」 や 「 わ か ら な い こ と 」 を 見 出 し て い る 。
( 2 ) 発 言 や 記 述 の 背 後 に あ る 子 ど も の 思 い や 変 容 を 多 く の 目 で 見 取 り , 解 釈 す る 。
(3) 学 習 活 動 と し て の 子 ど も の 「 自 己 評 価 」 を 充 実 さ せ る 。
① 自 分 の 学 び や 成 長 を 評 価 す る 力 を 育 て る 。
②教師が 対 話 的 に 関 わ る 評 価 → よ さ を 見 出 し 励 ま す 評 価 を す る 。
◎佐 藤幸 司氏 (山 形 県小 学校 教頭 ,「 道徳 のチ カラ 」 代 表) の 考え ~ 『 道 徳 の 授 業 が も っ と う ま く な る 50 の 技 』( 明 治 図 書 ) よ り ~
(1)道 徳 科 で は ,目標と 評 価 は 表 裏 一 体 と い う 原 則 は 当 て は ま ら な い 。つ ま り ,目 標 が 達 成 さ れ た か ど う か は 評 価 し な い 。
(2)4 つ の 学 習 活 動 に 注 目 し て 評 価 す る ( 学 習 指 導 要 領 の 目標)
① 道徳的 諸価値 に つ い て の 理 解 ( し て い る か )
② 自 己 を 見 つ め ( て い る か )
③ 物 事 を 多 面 的 ・ 多 角 的 に 考 え ( て い る か )
④自己の 生 き 方 に つ い て の 理 解 ( し て い る か )
(3) 通 知 表 に 記 載 す る 評 価
① 教 育 界 の 専 門 用 語 は 避 け て , で き る だ け 具 体 的 で わ か り や す い 記 述 を す る 。 ② 3 つ の タ イ プ を 使 い 分 け る
a 教 材 別 評 価 … そ の 子 が が ん ば っ た 授 業 に つ い て 書 く 。
b 内 容 項 目 別 評 価 … テ ー マ ( 内 容 項 目 ) に つ い て の 学 び の 成 果 を 端 的 に 書 く 。
c 学 び の タ イ プ 別 評 価 … そ の 子 の 学 び 方 ・ 考 え 方 に 注 目 す る 。
※ 指 導 要 録 の 評 価 文 を 書 く と き に 役 立 つ の は ,こ の「 学 び の タ イ プ 別 評 価 」で あ る 。 こ の 文 章 を 縮 め て 短 く すると 指 導 要 録 に 使 え る 。
( 4 ) 評 価 を す る た め に 授 業 を す る の で は な い
道 徳 の 教科化 の 目 的 は , 毎 週 の 授 業 を き ち ん と す る こ と で あ る 。 授 業 を 実 施 し た ら , 教師は,子 供 た ち の 学 び の 様 子 を 認 め て ,そ れ を 文 章 で 表 す 。評 価 が 先 に あ る の で は な い 。
◎永田繁雄氏(東京学芸大学教授)の考え
~『 VIEW21 2017 年 vol.4』( ベ ネ ッ セ 教 育 総 合 研 究 所 )よ り ~
( 1 ) 評 価 の ス タ ン ス
① 学 習 状 況 に 着 目 す る 道 徳 性 は , 心 の 根 っ こ に あ た る 部 分 で あ り , 見 え に く く 評 価 す る の は 困 難 で あ る 。 従って 「 学 習 状 況 」 な ど の 見 え る 部 分 を 手 が か り に し て 評 価 す る 。 具 体 的 に は , 子 供 が実際に 書 い た り 話 し 合 っ た り 発 表 し た り す る 姿 を 評 価 の 根 拠 に す る こ と に な る 。
② 道 徳 性 に 係 る 成 長 の 様 子 を 把 握 す る 「 係 る 」 と い う 言 葉 に 注 目 す る 。 道 徳 性 を 直 接 評 価 す る こ と は 難 し い た め , 道徳性 を 取 り 巻 く 様 子 を 含 め て 幅 広 く 柔 軟 に 評 価 す る 。 そ の 際 , 日 常 の 行 動 ・ 行 為 な ど と は 分けて 考 え る よ う に 努 め , 道 徳 科 に お け る 学 習 状 況 の 中 で 評 価 す る 。
(2) 評 価 の 基 本 的 な 考 え 方
① 多 面 的 ・ 多 角 的 な 見 方 へ と 発 展 さ せ て い る か ど う か ・ 様 々 な 視 点 か ら 捉 え て い る ・ 自 分 と 違 う 立 場 で 理 解 す る ・ 対 立 す る 場 面 で 取 り 得 る 行 動 を 考 え よ う と す る な ど
②道徳的 価 値 の 理 解 を 自 分 自 身 と の か か わ り の 中 で 深 め て い る か ど う か ・ 登 場 人 物 を 自 分 で 置 き 換 え る ・ 自 分 自 身 を 振 り 返 る ・ 道 徳 的 問 題 を 自 分 の こ と と し て 考 え よ う と す る 。
( 3 ) 評 価 情 報 の 収 集 方 法
① ノ ー ト ・ ワ ー ク シ ー ト
② 発 言 ・ 発 話 … つ ぶ や き , 表 情 , し ぐ さ な ど の 背 景 に あ る 思 い や 考 え を 想 像 す る
③ パ フ ォ ー マ ン ス … ス ピ ー チ や プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン , 役 割 演 技 な ど の 表 現 活 動
④子供の 自 己 評 価 … 授 業 の 終 了 時 な ど に 自 己 評 価 の 機 会 を 設 け る
⑤ 他 の 観 察 者 に よ る 評 価
( 4 ) 評 価 情 報 の 管 理 の 仕 方
① フ ァ イ リ ン グ
② ポ ー ト フ ォ リ オ … ワ ー ク シ ー ト や ア ン ケ ー ト の 整 理 や 大 事 だ と 思 っ た 箇 所 に 付 箋 を は る 。 自 分 だ け の 綴 り を 作 ら せ る 。
③ 座 席 表 へ の エ ピ ソ ー ド 記 録 … 授 業 中 の 子 供 の 言 動 な ど の エ ピ ソ ー ド を 記 録 す る 。 座 席 表 に 記 録 す る こ と で , 一 人 ひ と り の 子 供 に 関 す る 記 録 の 量 が 人 目 で わ か る 。「 最 近 , こ の 子 の 記 録 が 少 な い 」 と い っ た こ と に も 気 づ き や す く な る 。 ま た , 発 言 が 少ない 子 供 の 言 葉 を 引 き 出 す こ と に 努 め る な ど 指 導 の 充 実 に も 役 立 つ 。
道徳授業をつくりたくなるのは,小さな心の動きがあるネタと出会った時です。
ネタとは,道徳授業の教材に使えそうなものです。街中の風景,ポスター,コマーシャル,新聞記事,本などです。
小さな心の動きとは,
「あっ」
「何だろう」
「そうか」
「なるほど」
「いいねえ」
「どうして」
「生徒に伝えたいな」
「生徒はどんな意見をいうかな」
「生徒はどう感じるかな」などです。
感動とか驚きとか喜びなど大きなものではなく,ほんのちょっぴり心が動くことです。
この小さな心を動きをがあったネタを加工し,発問をつくり,構成を考えて,道徳授業の教材とするのです。
ネタと出会って教材が出来上がるまでの流れがとても好きです。
道徳教材ができあがると,早く授業をしたくなります。
生徒の反応が楽しみになります。
自分で道徳授業を創る喜びを知ってから約25年がたち,50本以上の自作の道徳授業をつくりました。
教師自身が道徳授業が好き,楽しいと思えることが第一歩なのです。
離島勤務の最終年に道徳通信を100号つくり,校内職員のみに配布していました。その中で,道徳授業に対する意見や質問をいただきましたので,それに対する私の考えを紹介します。
今まで教員をしてきて先生のように具体的に道徳の資料やアイデア,指導法などをアドバイス してくださる先生はいませんでした。だからこの学校に来て,また一から道徳指導について,この ように勉強する機会に恵まれたことが本当に嬉しいです。道徳授業を考える時に,私が一番悩むの が適切な時期に適切な資料を見つけ出し,指導していくということです。良い資料も料理と同じで 「今まさにここ!!」というところで生徒に与えることが大切だと思っているいからです。生徒か ら「次の道徳は何ですか?」と楽しみにしてもらえるような授業。授業が終わったあとの休み時間 や家で話題となるような授業をしたいと思っていますが,なかなか難しく未だに勉強中です。これ からも先生の豊富なアイデアや資料を見せていただくのをとても楽しみにしています。本当にあり がとうございます。
ご意見どうもありがとうございます。読んでいてうれしくなってしまいました。初任者研修や○○ 年経過研修などでは,いろいろなことを教わりますが,それらが終わってしまうとホッとしてしまい, 自分から学ぶ意欲は出てこないものです。
しかし,教師ほど奥深く,興味深い職業はありません。
例 えば,掃除指導だけでも1冊の本が書ける職業なのです。
私の学ぶきっかけは以前も紹介しましたが, 全国の素晴らしい実践者に出会ったからです。あんな教師になりたい,あんな実践をしてみたいとい う憧れが学ぶ意欲につながったのです。ただ,学ぶきっかけと出会った年齢が遅かったことが悔やま れます。
初任者研修が終わった20代頃に全国の素晴らしい実践者と出会っていれば,もっと成長で きたかもしれません。その時に,もっと謙虚にもっと素直に学ぶ姿勢があればよかったのです。
さて「適切な時期に適切な資料を見つけ出し,指導していく」ことは難しいことです。自分ひとり ではなかなかできないのです。ですから,普段からいろいろな実践や書籍や研修会などで資料を集め とっておくことです。手持ちの資料やネタが多いほど,タイミングよく授業ができるのです。
ここで も,好き嫌いをせずに他者から学ぶという意識を持つことが大切ですね。
道徳授業を自分でつくるこ とは,とても大変です。ですから,良いものは他からいただきましょう。副読本や道徳実践紹介書籍, ネット上の実践紹介HP,他の教師からの資料を使った実践をするのです。これを積み重ねることで, 道徳授業の作り方がわかってくるのです。
最初は「型」を大切にして,実践を繰り返すのです。その 結果「個性」が出てくるものだと思っています。
私が今,気に入ってよく聴いている落語家の立川談 志さんの言葉を紹介します。
「型ができていない者が芝居をすると型なしになる。メチャクチャだ。 型がしっかりとした奴がオリジナリティを押して出せば型破りになれる」
型破り教師にはならなくて もいいでしょうが,教師としての個性が生まれてくると思います。
K田先生からの質問①
K田先生から以下の質問がありましたので,今回は私の考えを書きたいと思います
以前,勤めていた学校で道徳の授業をする際に,構成的グループエンカウンターを展開の中心と した道徳の時間の取り組みをしました。それを参観した校長・教頭から,これは道徳の授業ではな いとの批判がありました。その時の批判の主旨は,道徳の時間の中に,生徒の心が葛藤する場面が ないため,道徳の時間ではないというものでした。確かに,道徳の学習指導要領には,「悩みや心 の揺れ,葛藤等の課題を積極的に取り上げ,人間としての生き方について考えを深められるよう配 慮すること」という記述がありますが,全ての道徳の時間で,葛藤する題材を扱う必要はないと, 私は考えています。生徒同士の関わり合いを通して生徒の内面へはたらきかけることは,必要だと 私は考えています。山中先生の考えはいかかがでしょうか。
このような質問はよくありますが,結論から言えば学活と道徳の時間の線引きが難しいので何とも 言えないということです。
その理由は,道徳教育がすべての教育活動の中で行うという全面主義とい う立場に立っているからです。簡単に言うと,学校教育のすべてに道徳教育が含まれているというこ とです。
実際にその授業を参観したり指導案を見たりしてないので文面だけから判断すると「構成的 グループエンカウンターを展開の中心とした」(太字は山中)という部分が道徳の授業とは違うな という印象を持ちました。
批判でなく正直な感想です。詳しい私の考えは,次号に書きたいと思いま すが,この機会に構成的グループエンカウンターについて,おさらいしておきます。
私の記憶では, 國分康孝氏が提唱し,カウンセリングの手法を学校教育に取り入れたものだったと思います。『エン カウンターで学級が変わる』(國分康孝監修 片野智治編著 図書文化)には,次のように書かれて います。
●自己開示や他者からのフィードバックを受ける。
●受容的理解的態度が増。集中的グループ体験自己理解や他者理解や自己主張や信頼体験,感受 性の促進をねらったもの。ふれあいによって学級づくりを考えようとする。
●生徒が自分のことや友達のことがいっそうわかるようになること,お互い一人の人間として対 等な人間関係がつくれるようになること。生徒が自分のことや友達のことがいっそうわかるよ うになること,お互い一人の人間として対等な人間関係がつくれるようになること。
●短時間に人間関係をつくる技法である。その方法は大きく2つからなり,エクスサイズでは, 教師の考えるねらいを達成させるために用意された課題をし,シェアリングでは,わかちあい やふれあいエクスサイズを振り返る,そこでの気づきや感情を明確にしてねらいを定着させる。
K田先生からの質問②
前号で紹介した,『エンカウンターで学級が変わる』の中で関健道先生は(千葉県中学校)は構成 的グループエンカウンターを「何の時間に行うのか」について,次のように書いています
学活と道徳が基本であり,特活と道徳の時間のセット化を図る。(下線は山中)
道徳の時間に行うのが基本であるという意見には全面的に賛成はできません。構成的グループエン カウンターで行うエクスサイズは活動ですから,これだけでは道徳の授業とは言えないからです。
本年度から,道徳において完全実施している学習指導要領には「職場体験活動やボランティア活動, 自然体験活動などの体験活動を生かす」と書いてあります。ここで注意をしなければいけないことは, 「生かす」という文言です。「(活動を)行う」ではなく「生かす」となっています。
つまり,道徳 の時間で,活動だけを行うことはできないということです。生徒に活動だけをさせて,道徳の時間と するならば,こんな楽な授業はありません。これを良しとするのであれば,ほとんどの教員は楽に流 れていくでしょう。そういった,意味からも道徳の時間に活動を取り入れる際は,注意が必要になっ てきます。
では,活動を道徳の時間にどういうふうに取り入れたらいいのでしょうか。ここでは,佐 藤幸司先生(山形県小学校)の実践「星野富弘さんの世界」を紹介します。
以下,大まかな流れです。
1(星野さんが初めて口で書いた文字を見せて)「この字を書いた人は何歳ぐらい の人でしょう」
2 資料を配付して,星野さんの人生を紹介する。
3 生徒にペンをくわえさせて,実際に文字を書かせる。(ペアをつくり,相手に 紙を立たせて持たせる。星野さんが寝ながら書いたような体験)
4 体験の感想を書かせる。
5 その後,星野さんが絵を描いている様子をビデオで見せる。
星野さんの次の詩を紹介する。 「神様がたった一度だけ この腕を動かしてくださるとしたら 母の肩をたたかせてもらおう 風に揺れ ペンペン草の実を見ていたら そんな日が 本当に来るような気がした。」
7 授業の感想を書かせ る
活動を取りれることにより,生徒と星野さんの距離が近くなり自分のこととして考えることができ る授業になったと思います。
このように考えると,構成的グループエンカウンターの1つである「ブ ライドウォーク」を取り入れた道徳授業をつくることもできそうです。
活動と資料をうまく組み合わ せることによって,効果的な授業になります。
K田先生が,道徳授業の中に活動と資料をうまく組み 合わせていたのならば,校長や教頭の批判はあたらないということになります。
(令和5年11月11日記)
「道徳&特別支援教育セミナー」で使用した資料の一部です。道徳科の目標について分析してみました。
先日のセミナーで作った資料の一部です。
道徳が教科される前は,数多くの公的な研修会やセミナーが開催され,多くの教師が意欲的に?学んでいました。
しかし,今は,教科書を使った無難な道徳授業ですませている教師が多いように感じます。
生徒の心を変えるためには,授業に対する熱量をあげることです。
教師の情熱こそが,目の前の生徒を変えることができると思います。
離島勤務の最終年に道徳通信を100号つくり,校内職員のみに配布していました。その中で,道徳授業に対する意見や質問をいただきましたので,それに対する私の考えを紹介します。
今まで教員をしてきて先生のように具体的に道徳の資料やアイデア,指導法などをアドバイス してくださる先生はいませんでした。だからこの学校に来て,また一から道徳指導について,この ように勉強する機会に恵まれたことが本当に嬉しいです。道徳授業を考える時に,私が一番悩むの が適切な時期に適切な資料を見つけ出し,指導していくということです。良い資料も料理と同じで 「今まさにここ!!」というところで生徒に与えることが大切だと思っているいからです。生徒か ら「次の道徳は何ですか?」と楽しみにしてもらえるような授業。授業が終わったあとの休み時間 や家で話題となるような授業をしたいと思っていますが,なかなか難しく未だに勉強中です。これ からも先生の豊富なアイデアや資料を見せていただくのをとても楽しみにしています。本当にあり がとうございます。
ご意見どうもありがとうございます。読んでいてうれしくなってしまいました。初任者研修や○○ 年経過研修などでは,いろいろなことを教わりますが,それらが終わってしまうとホッとしてしまい, 自分から学ぶ意欲は出てこないものです。
しかし,教師ほど奥深く,興味深い職業はありません。
例 えば,掃除指導だけでも1冊の本が書ける職業なのです。私の学ぶきっかけは以前も紹介しましたが, 全国の素晴らしい実践者に出会ったからです。あんな教師になりたい,あんな実践をしてみたいとい う憧れが学ぶ意欲につながったのです。
ただ,学ぶきっかけと出会った年齢が遅かったことが悔やま れます。
初任者研修が終わった20代頃に全国の素晴らしい実践者と出会っていれば,もっと成長できたかもしれません。その時に,もっと謙虚にもっと素直に学ぶ姿勢があればよかったのです。
さて「適切な時期に適切な資料を見つけ出し,指導していく」ことは難しいことです。
自分ひとり ではなかなかできないのです。ですから,普段からいろいろな実践や書籍や研修会などで資料を集め とっておくことです。手持ちの資料やネタが多いほど,タイミングよく授業ができるのです。
ここで も,好き嫌いをせずに他者から学ぶという意識を持つことが大切ですね。
道徳授業を自分でつくるこ とは,とても大変です。ですから,良いものは他からいただきましょう。副読本や道徳実践紹介書籍, ネット上の実践紹介HP,他の教師からの資料を使った実践をするのです。これを積み重ねることで, 道徳授業の作り方がわかってくるのです。
最初は「型」を大切にして,実践を繰り返すのです。その結果「個性」が出てくるものだと思っています。
私が今,気に入ってよく聴いている落語家の立川談 志さんの言葉を紹介します。
「型ができていない者が芝居をすると型なしになる。メチャクチャだ。 型がしっかりとした奴がオリジナリティを押して出せば型破りになれる。」
型破り教師にはならなくて もいいでしょうが,教師としての個性が生まれてくると思います。
1月末に1Aで公開した道徳授業に対する丁寧な感想をいただきました。お忙しい中,こんなにし っかりと書いていただいて感謝します。この中から3つを選んでコメントを加えたいと思います 。
初めて授業を最初から最後まで見せていただき,私自身,この授業を受けることができてよかっ た…と心から思いました。
その理由は,まず1つめに教材選びがすばらしいと思いました。私自 身,島野修さんのことは知らなかったのですが,山中先生の授業を見せていただき,島野さんの 生き方を知り,これから夢に向かって進んでいく生徒たちにとっても私たち大人にとっても自分 の生き方を振り返るとてもいい機会を与えられたと思いました。
日頃から,本を読んだり情報を 求めていいものを生徒たちにどんどん知らせ自分のこととして考えさせていくことの大切さ①を 改めて実感しました。よく「夢やあこがれを持たせるような指導を…」と言われますが,まさに, そういう授業だったと思います。
2つめに発問の仕方がすばらしいと思いました②。さすがだと 思います。
3つめに全員にチャンスを与えられたり授業の中の言葉かけが素晴らしいと思いまし た③。
授業が終わった後,「よし,僕も(私も)夢に向かってがんばるぞ!!」と自分のことと してとらえることのできた様子が伺え,すばらしい授業だったなと感じました。(下線は山中)
①について,道徳授業の大きなポイントは「資料中の人物や出来事などをいかに自分のこととして 考えさせるか」にあります。換言すれば,資料という土俵の上に教師が待っていて,その土俵上にい かにして生徒を引き入れるかということです。そこからすべてが始まるのです。その土俵にあげるた めには,資料の持つ力,発問の工夫,練り上げられた構成,巧みな話術,効果的な授業形態,教師の アドリブ力(生徒の意見を束ねる力や意外な発言や反応に対して瞬時に切り返す力)などが必要です。
②について,自作の道徳授業を作った時 は,必ず2人の息子に対して模擬授業(みたいなもの)をして反応をみています。息子は正直な感想 を言うので,まずい点を改善するヒントになります。2人の息子がスムーズに考えることができれば 「まあ良い発問なんだ」と思っています。因みに息子が中3の時に受けた道徳授業がたまたま私がつ くったもので,担任の先生には申し訳なかったのですが,すべてネタバレということもありました。
③について,社会科の授業でも全員参加が私の基本です。教師の一方的な説明や指示,挙手した生 徒を指名して発表させる授業スタイルでは,わかる生徒中心の授業となってしまい,わからない生徒 は置き去りです。そうなると意欲がなくなり私語が増えていきます。その対策が個別即 時評価方法です。つまり,全員参加できるような工夫をしてい ます。
そのポイントの1つは「登場人物の気持ちを問わない」ことです。
2つは「事実を知らせる」 ということです。(資料にノンフィクションを扱う理由はここにあります。)
3つは,「クイズ形式 にした問いを入れる」です。この時,選択肢に「その他」を入れることで思考に深みが出ます 。
今回は,3つの質問がありましたので,答えたいと思います。
1 道徳の教材を選ぶ視点
ドイツ文学者でエッセイストの池内紀さんの『二列目の人生~隠れた異才たち~』(晶文社)に次 のような文章があります。私もこの文のように一列目ではなく,二列目の人に魅力を感じます
『二列目の人生』といったタイトルは、記念写真になぞらえている。卒業アルバムなどでおなじみ だろう。写真の一列目、まん中にクラス担当や学年主任といった教師がいると、その左右に委員長、 副委員長、さらに隣合って役つきの優等生がすわっている。二列目はどうだったか? 写真では二 列目のはしっこでソッポを向いているが、ポスターを描かせると、やたらにうまかった。運動会に なると、がぜんスターになった。弁当の早食いにかけては誰もかなわない。なぜか女の子に人気抜 群というのもいた。
以前,NHKで放映され人気番組だったドキュメンタリー「プロジェクト X」がありました。ここに取り上げられている人物や逸話もとても魅力的で, 道徳授業で取り上げた先生も多かったようです。確かにいい話です。私も毎週 かかさず見ていましたし,書籍も購入しました。しかし,道徳授業では使いま せんでした。その理由を説明することはちょっと難しいですが,しいて言えば 主人公と自分との距離感です。
上の文にあるように一番の陰に隠れて,目立つ ことはないけれど,魅力を感じる人物や人間臭さを感じる話題を道徳授業で取 り上げたいといつも考えネタを探しています。
2 日頃,よく読んでいる本,雑誌,観ているテレビ番組
できるだけこだわりのない読書をするために,自分の趣味とは別にサークルの仲間のブログで紹介 された面白い本を読むようにしています。ジャンルは固定せずに,文学,ノンフィクション,エッセ イ,ビジネス,絵本,マンガなど幅広く読んでいます。気になった本は,まずは購入し手元に置いて おきます。1冊ずつ読破してから次の本を読むのではなく,ジャンルの違う本を同時進行で読んでい ます。面白くなければ止めて,放置しています。雑誌は,以前は明治図書から出ていたもの定期購読 していましたが,今は『現代教育科学』(明治図書)と『教師のチカラ』(日本標準)を購入してい ます。一般雑誌は,面白い本を探す目的で『ダ・ビンチ』を立ち読みしています。注目しているテレ ビ番組は『世界まる見えテレビ特捜部』『笑ってこらえて』(日テレ)『この日本人がスゴイらし い』『たけしのニッポンのミカタ』『学校では教えてくれないそこんトコロ』(テレ東)『がっちり マンデー』『情熱大陸』(TBS)『奇跡の地球物語』(テレ朝)『爆問学問』『SONG』(NH K)『テストの花道』(NHK教育)やはり情報番組が多いですね。最近,ドラマは見ませんねえ 。
3 絵本を使用した道徳教材の作り方の工夫
絵本は,いろいろなテーマをとてもわかりやすく描かれているので,資料として使っている先生が 多いようです。
私自身も過去に『100万回生きたねこ』『ぼくのおばあちゃん』『戦争で死んだ兵 士のこと』などの絵本で道徳授業をつくりました。
また,昨年11月の市教委計画訪問では『いのち をいただく』を資料とした道徳授業を公開しました。その授業では,絵本には手を加えずに,そのま まじっくりと読み聞かせました。
その後の指導で市教委から「絵本の内容にそって発問をつくり,授 業を構成することは考えなかったのですか」という質問がありました。確かに,一番中心となる部分 で立ち止まり,生徒にしっかりと考えさせる発問をつくろうとはしましたが,この絵本全体が持つ力 を考えた時に読み聞かせするほうがより生徒に伝わるのではないかと思ったのです。
『100万回生きたねこ』では,絵本の流れにそって発問をしていく授業をつくりました。愛する 人の存在の大切さを感じとらせるために2つの発問をしました。
1つは,何回も生き返る主人公のお すねこがしろねこに言うせりふを隠して,ねこはしろねこに何といったでしょうか」という発問をし ました。
そして2つめは,最後の1行の「ねこは もう けっして 生きかえりま せんでした。」に対して「どうしてねこは生き返らなかったのでしょうか」というものです。
しかし,結 局これが失敗でした。ほとんどの生徒は書くことができませんでした。
絵本は,シンプルにするため, いろいろな内容が凝縮されています。1つの言葉にいろいろな意味が込められているため,自分の考 えを書くことが難しくなってしまうことを痛感しました。
ただ,いい絵本だからという理由で,すぐ に道徳授業をつくるのではなく,しっかりと読み込みや分析をしておく必要があるということです。
ですから,絵本は道徳授業で使いやすいようで実は使いにくいのではないかというのが私の結論です。 大江浩光先生(鹿児島県小学校)は『絵本を使った道徳授業』(明治図書)も次のようなことを書か れています。この一文はよくわかります。ここに絵本の使いかたの難しさがあるのだと思います
終末部分で絵本を用いる場合は,オープンエンドが望ましいでしょう。なぜなら,せっかく絵本 を通して学びを深め,いい気持ちで(がんばろうという気持ち)になっているのに,そこで教師の 指示的助言を入れれば,その気持ちが減退してしまうからです。
ある先生の感想
いつも子どもたちの感想を見ると,初心にかえらされます。今のニュースを取り上げられていて自 分の気持ちを知って今を生きることを感じる(素人ながら)いい通信だなぁと思います。私も今夢 をかなえる途中にいるので先日の自分の好きなことがかなわなくてもまた再チャレンジすることに 励まされました。現場に先生のような先生がいらしてとても(失礼ながら)安心しました
私の拙い通信が役立ったことに対して素直に喜びを感じます。ありがとうございました。学級担任 をしていた時は,学級通信を週に一度ぐらいしか発行していませんでしたが,今回は何とか目標であ る100号を達成できました。最初は,道徳ネタだけで100号も発行できるか不安でしたが,校内 の先生方の声かけや校外や県外の先生方の励ましメールなどによってがんばれたのだと思います。さ て,この最終号では道徳の時間の3つの魅力について書きます。
1 創る楽しさ
我々現場教師が教科書づくりに直接関わることがとても難しいというのが現状で す。
しかし,道徳授業は自分たちでオリジナル資料をつくり,堂々と授業をすることができます。
私 自身資料をつくる作業は,映画の脚本づくりに似ていると感じています。「北の国から」の脚本家で ある倉本聰さんは,脚本を書く作業は,言葉をそぎ落としていく作業であるということを書かれてい ました。これは,発問づくりにつながる言葉だと思います。説明しすぎると思考や想像が深まりや広 がりがなくなってしまうのです。
2 人生を語れる
以前,「教師は,人生を語らなければならない」という言葉を聞いたことが あります。人生を語ると言えば大げさに聞こえるかもしれませんが,大人の代表として子供を教え導 くということは大切です。道徳授業でいろいろな人生を紹介し,できるだけ自分のこととして考えさ せ,足元だけしか見ていない生徒に遠くを見ることができる力を身につけることができます。教師だ けに限らず,家庭でも「生きるということ」「死ぬということ」「人を愛するということ」など子供 に向き合って真剣に語ることが大切だと考えています。
3 子供を良い方向に変える力を持っている
皆さんは,自分を変えた出来事がありますか。
「あの人との出会いがあったから変われた」「あの一言が私を変えた」などです。
自分が変われると いうことは他を素直に受け入れるということだと思います。毎時間,道徳授業をしっかりとやってい るクラスは空気が違います。温かい,穏やか,和やかなど授業中に漂っています。つまり,自分以外 を受け入れることができる心が育っているのです。そういった子供は将来,自分を良い方向に変える 力があるのだと思います。ここに道徳授業のチカラがあるのです。
ローテーション道徳授業をすると,1回目よりも2回目,2回目よりも3回目の授業が改善されていきます。
仮に,これを道徳授業の「横の比較」とします。
次に,道徳授業を自分で創り実践した時は,当然,これがいいと考えて創ったものです。
しかし,自分の道徳授業をリメイクすると,いくつかの修正点が見えてきます。
それは,その間に多くの道徳授業を参観し,多くのセミナーに参加したことで,学びが深まったからだと思います。
具体的には,教材や発問や構成について,別の見方が備わったのだと思います。
仮に,これを道徳授業の「縦の比較」とします。
「横の比較」と「縦の比較」を行うことで道徳授業が更に改善されていくのだと思います。
また,自分の成長も分かるようになります。
昨日,市道徳部会の研究授業を見に行きました。
教材は教科書で扱われている村上清加さんでした。
村上さんは,義足の陸上選手として有名なアスリートです。
この授業の中心発問は,「(村上さんの生き方を通して)これからどんな人生を送りたいですか」でした。
研究協議での私の発言です。
「障がい者を扱った道徳授業の難しいところは,あまりにも壮絶な人生を送ってきた人と生徒の人生と重なる部分が少ないという点です。重なる部分が少ないので,深く考えることが難しいため,上辺だけの考えで終わってしまうと思います。」
この授業の中心発問でも,予想した通りの意見が出ました。
障がい者を扱う道徳授業づくりの難しさを再確認しました。
今日の3時間目,1年3組で初任者が道徳の研究授業を行いました。
初めてとは思えないぐらい,スムーズに流したと思います。
初任者が道徳授業をするとたいがいうまくいかないものです。
途中で何を言っているのかわからなくなったり,予想と違う発言が出るとパニックになったりするのです。
それからすれば,今日の授業は無難な道徳授業だったと言えます。
授業後の研究協議での私の意見です。
①教えたいことが強すぎて,価値誘導型の道徳授業になってしまった。
②主題についてもっと深く考えたうえで授業をつくることが大切。
③教科書の読み取りに専念した生徒が多かった。
④思考を刺激する発問がなかった。
⑤生徒一人一人をしっかりと評価しながら授業を進めることが大切。
最後に,同じ教科書教材を使って作った別の道徳授業プランを紹介しました。
批判をするのであれば,代案を示す必要があると考えているからです。
初任者がこの授業を契機にして,学ぶ意欲をさらに高めてほしいと思います。
道徳授業では,他の教科と同じように最初に「めあて」を提示し,最後に「まとめ」をすることが大切だと言う教師がいます。
しかし,これは絶対ではないと思います。
例えて言うなら,パンの中身が「あん」であることを最初に教えて,途中で「あんパン」の美味しさを考えさせて,最後に「あんパン」を食べさせて,やはり「あんパン」は美味しいよねと確認するようなものです。
これでは,ワクワク感がありません。
楽しみがありません。自分でパンの中身は「あん」かな「クリーム」かな,「チョコ」かなと考えをめぐらし,仲間と一緒に考えていく過程が大切ではないかと思います。
そして,最後にパンを食べてみて,やはり「あんパン」だった。
「あんパン」は美味しいねと確認するほうが感動も大きいのではないでしょうか。
例えが,分かりづらかったですかね。
昨晩のサークル忘年会で私が語った内容を1つ紹介します。
道徳授業づくりは,俳句づくりに似ているということです。
テレビの「プレバト」で夏井先生の解説を聞いたり本で読んだりしたことで,道徳授業づくりと俳句づくりが似ていると思ったのです。
俳句づくりの具体的なコツは,
①「尻」からつくる
②作者の立ち位置を明確にする
③情景が浮かぶようにする
④五感をフルに使う
⑤楽しいこともつらいこと嫌なこともすべてがなる
どうですか,道徳授業づくりと似ていませんか。
夏井先生は,こんなことも言っています。
「俳句には人を変える力がある」
同じように,道徳授業には人を変える力があるのです。
明日は,今年最後の仕事です。
市道徳部会での講義をします。
テーマは「道徳授業のオリジナル教材開発」です。
プレゼン資料のほうもほぼ完成し,あとはチェックするのみです。
道徳授業の素材探しのコツや加工し教材化する方法,そして道徳授業プランを3つほど紹介しようと思っています。
今年度の研究テーマは,道徳授業の改善でした。
生徒の変容を知るために7月と12月の2回,アンケート調査を実施しました。
その報告が本日の校内研修でありました。
さて,どのような変容が見られたかを以下にまとめてみます。
1 道徳の時間の勉強は好きである
→0.27ポイント増
2 道徳の時間の勉強は,ためになると思う
→0.05ポイント増
3 道徳の時間では,ほかの人の考えを聞きながら自分のことについてよく考えている →0.15ポイント増
各学年の教師が持ち回りで全クラスをローテーションで授業を行いました。その結果,いずれの項目もポイントが増えたのだと思います。
生徒の意見では次のようなものがありました。
・担任の先生以外の先生の道徳も受けることができ,楽しく道徳授業を受けることができました。一人一人の先生方で授業の仕方が違うのでおもしろかったです。
・いろんな先生方の道徳授業え自分を見つめ直すことができるのでいいと思います。
・一番楽しかったのはY先生です。自然と自分の意見をはっきりと書けていました。
・4人の先生方の道徳を受けて,みんな私たちのために考えてくれて先生たちって大変だなと思いました。授業だけど自分の人生を見つめ直すことができいいなと思います。
・道徳は,特にY先生の授業がとてもよく印象に残っています。
・生きていく上で大切なことを学ぶことができる授業だと思います。大切なことだか ら,役に立つし人間として成長できます。
・考える時間をゆっくりとってくださっているのですごくうれしいです。いろんな資料も用意してくださるところがありがたいです。
・印象に残っているのは,Y先生の野球を題材にしたものが一番残っています。道徳を通して多くの事を学んで行きたいです。
しかし,道徳授業に対して抵抗感を持っている教師が多いことは事実です。
「明日は,私が道徳をしますよ。」
「今日の授業で使った資料です。」
「今日の授業は,こんな授業をしたんですよ。」
「今日の道徳授業,見に来てくださいね。」
などという声が聞こえてきたら,きっと生徒はもっと良い方向へ変容していくに違いないと思います。
昨日からの持ち越し仕事である
①学年通信の作成
②道徳科の指導案作成が
ようやく終わりました。
②の道徳指導案に本授業の意義を書きました。
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4 本授業の意義
本教材①と③は,2月4日にM教諭が2年2組の道徳授業で使用したものである。
授業後,M教諭は,教科書教材の活用の難しさを実感したと話していた。
だからこそ,自分で探してきた教材③を組み合わせた授業を創ったのだと思う。
そこで,教科書教材①と教材②を使用した別の道徳授業を提案する。
同じ教材で違う道徳授業の実践を参観し,比較検討することで道徳授業についての学びが深まることを期待している。
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道徳授業の公開は,2月12日水曜日です。
明日,印刷して全職員に配布します。
時間割の関係で多くの教師が参観できないとわかっています。
この授業公開の目的は,M先生に見せることですから。
M先生が参観できればそれでいいのです。
朝,あいさつ運動をしていると一人の女子生徒が駆け寄ってきてプリントをくれました。
それは,昨日行った道徳授業の保護者コメントを記入したものでした。
道徳授業をきっかけにして「勇気」について親子で話し合い考えたのでしょう。
「勇気」についてしっかり書かれてました。
また,朝一番に持ってくるなんて,こんなうれしいことはありません。
本当に道徳授業やってよかったと思えた瞬間でした。
道徳授業は「接着剤」の役割を果たすことがあると「教師修業セミナー2016」で話したことがあります。
(写真はそのプレゼンで使ったスライドです。)
ここでは,子どもと保護者,保護者と学校をつないでくれたのだと思います。
とても大切な「接着剤」です。
県教委からの道徳授業改善に関するリーフレットに載っていました。
この通りすれば,生徒は本気で考えるのでしょうか。
生徒は深く考えるのでしょうか。そんな単純ではないはずです。
その理由は,心に響かない教材をいくらがんばって使っても生徒が本気にならないからです。
生徒が本気で考える教材と思考を刺激する発問こそが大切なのです。
道徳の教科書ではやはり限界があるのです。
朝から,学年通心を作りました。内容は,12年目を迎える東日本大震災について書きました。
2013年3月11日のブログにこんなことを書いていました。
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今日で,東日本大震災からまる2年がたちました。
校庭に半旗を掲げて,14時46分には全校生徒で黙祷を捧げました。
黙祷を捧げる前に何か話をしなければいけないと思いましたが,
いろいろなことを考えた結果,静かに黙祷だけを捧げました。
その理由は,あまりにも現実を知らないからです。
テレビのニュースや新聞の知識は一応ありますが,まだまだ不十分だと思っています。
ですから,東日本大震災を資料にした道徳授業を創れずにいるのです。
道徳授業にはタイムリーな話題も大切ですが,タイムリーだという理由だけであまり深い知識もない状態で授業を実践することは避けたいと思っています。
被災者の悲しみをいろいろな角度から知ることができた時に,つくってみようと思います。
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こののち,名古屋の楠本輝之先生の実践を参考にして,「ハッピーバースデー3.11」をつくり実践してきました。
12年も経過すると被災地から遠く離れた生徒たちは,忘れてしまう可能性が高いです。
そうならないためにも,道徳授業や朝の講話などで語り継ぎ,折に触れて被災した人々の心に思いを馳せることが大切だと思っています。
後輩のK先生が、昨日のドラえもんを使った小さな道徳授業の代案の感想を送ってくれました。
まずは、A4サイズにびっしりと書かれた感想や意見などに驚きました。
また、彼の道徳授業に対するまっすぐな思いが伝わってきました。
この思いは、道徳授業がうまくなりたいということだけでなく、生徒に思いを伝えたいということのほうが大きいと思います。
K先生のように自分が作った道徳授業を私に見せる教師は、現場にはほとんどいません。
おそらく批判されるのが、嫌だったり,怖かったりするのでしょう。
しかし、正しく批判されることで教師として成長できると思うのです。
授業研究で、当たり障りのない社交辞令的な意見をもらっても成長はできないのです。
今の自分が持っている力を注ぎ込み、作った道徳授業なはずです。
この全力が教師として成長できる大きな要素なのです。
K先生は、感想の中にこんなことを書いていました。
「いい授業が創れたと思った時ほど、人に見てもらうべきだなと改めて思いました。」
まさにその通りです。
写真は、私が作った代案の一部です。
佐藤幸司先生が監修されている読売新聞「ニュースde道徳」が今回で最後だそうです。
現場で働きながら4年間の連載はとても大変だったと思います。
4年間の記事はすべて切り抜いてノートに貼っています。この連載で学んだことは,
①新聞記事を道徳教材として扱う方法
②道徳授業構成の方法
③発問づくり
です。
特に③は,毎回大いに参考になりました。
最後となる今日の教材は,東日本大震災でした。
この授業の中で,このような発問がありました。
「つらい記憶なのに,3月11日が忘れてはいけない日なのはなぜか」
この発問によって,子どもたちは深く考え,いろいろな角度からとらえることができると思います。また,震災を自分事としてとらえることができると思います。
そして,留意することとして,
「(震災の)実際の写真や動画の提示は,子供の実態に合わせて十分に配慮する」
と書かれてました。このような細やかな配慮が素晴らしいと思います。
私も東日本大震災を扱った道徳授業を作り,実践したことがあります。楠本輝之先生の実践を参考にして創った「ハッピーバースデー3.11」です。
この道徳授業では,震災の写真や動画や死者の数などは提示しませんでした。
生命尊重を教えるために,津波の様子や死者の数を提示することに抵抗があったからです。
この連載が終わることはとても残念ですが,4年間でいろいろなことを学びました。
佐藤先生,お疲れさまでした。ありがとうございました。
時間に余裕があると普段気づかないところに気づくものです。
書斎を眺めていたら,たくさんの新聞の切り抜きが入っているクリアフォルダーを見つけました。
新聞記事や雑誌の切り抜きやコピーなどでした。
道徳授業で使えそうなものや教育情報,何となく気に入った資料などです。
古いものでは,2006年の新聞記事が出てきました。
分類などをせずにただただクリアフォルダーに保存していただけの資料でした。
ということで今日は,この資料を整理することにしました。
タグごとに分類していきました。
例えば,
「生命尊重」
「芸能人」
「スポーツ」
「科学技術」
「教育論」
「3.11」
「教育情報」
「マンガ」などです。
半日かかりましたが,スッキリしました。
これからは,気になった新聞記事や雑誌の切り抜きはタグごとに保存していこうと思います。
この分類作業をしているうちに新しい道徳授業を創ろうという意欲が出てきました。4.4
午後からの在宅勤務では,昨日に続いて「道徳プチ教材」づくりを頑張りました。
今日は1年生の教科書を元にしたPPT教材を4本作りました。
この作業をすると本当に勉強になります。
20年以上経験した道徳授業づくりの技を総動員して作っています。
オリジナル教材を使った道徳授業づくりも楽しいですが,これもまた楽しいです。
臨時休業がなければできなかったことです。
さて,作業の流れは以下の通りです。
①教科書を読み込む
②どの部分を中心にして授業を作るかを考える
③生徒の思考が深まるような発問をつくる
④生徒の関心が高まる導入を工夫する
⑤生徒の学びがアクティブになるようにする
若手教師もこの作業をしてほしいと思います。
本当に教師修業になるのです。
明日は,3年生の教科書を使った「道徳プチ教材」を作ります。
今日も「道徳プチ教材」づくりを頑張りました。
3年生教材2本と2年生教材2本を作りましたが,いくら教科書を読んで読んで読んでみても構成や発問が浮かばない教材があります。
確かに道徳的にいい話なのですが,ただそれだけです。
読めば分かるのです。
いろいろ発問をするよりは,朝読で静かに読ませたほうが心に響く教材だと思います。
教科書を使うための1つの方法だと思います。
この作業を誰のためにやっているのかが分からなくなってきました。
せっかく完成しても教科書が変われば意味がないですから。
まあ,道徳授業づくりの修業としては有効です。
先ほどグラっと来ました。
震源地は佐賀で佐世保で震度1だそうです。とてもドキリ,ヒヤリとしました。
さて本日は雨のせいもありほとんど家の中で過ごしました。
いつもと同じ「道徳プチ教材」の作成でした。
作りながら思うことは,この教材を選定した人はどんな授業プランを想定していたかということです。空想上の教室で空想上の生徒が,こんな反応をするだろうと考えたのでしょうか。しかし現実の生徒は,読解力が低く,長文だとすぐに飽き,退屈だと「面白くない」と素直に言い,単純な発問だと「わかりません」と答え,感想には「特になし」と書きます。
次の教科書には,そんな超リアルな生徒に対峙できる教材を掲載して欲しいものです。
ということで,少しでも生徒が興味を持つようにと考え,プチ教材を2年生2本作りました。
作りながらいろいろなことを調べるので勉強になります。
今日は,平成25年にユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」について調べました。「和食」の奥深さが少しだけ分かりました。
休業中はずっと道徳の教科書をちょっぴり楽しくする「道徳プチ教材」を作っています。今日は,1年生の教材2本を作りました。その中に,星野富弘さんを扱った教材がありましたが,これをどう料理するか随分考えました。その結果,最後のスライドをこんな感じにしました。これで1年と2年の教材はほとんど作りました。(中にはどうしても楽しくできない教材がありましたので,保留しています)明日からは,3年生の教材を作ります。
追記:2024年5月に星野富弘さんがお亡くなりになりました。合掌。
道徳の教科書が少しでも楽しくなるようにと考え作った「道徳プチ教材」ですが,今のところ1年生が18本,2年生が15本,3年生が10本できました。臨時休業になって時間的な余裕があったからこそできたことだと思います。
自分自身,道徳授業をつくる上での大きな修行になったことは間違いありません。人は制約が多ければ多いほど,思考をめぐらし工夫するものだからです。特に発問づくりは随分と鍛えられたと思います。
さて,この「道徳プチ教材」をどうしようかと考えています。
①自由に使ってくださいと言って,職員の共有フォルダに保存しておく。
②「道徳プチ教材」の説明をして,希望者のみに提供する。
③苦労して作ったものなので,いくつかの条件を出して希望者に提供する。
今までは,私が作った道徳授業の教材は,直接私に「欲しい」と言ってきた先生だけに提供してきました。間接的に言ってきても断っています。(もちろん,直接会う,電話で言う,メールするという方法です)
加えて,2つの約束があります。
1つは,必ず実践した後で,感想や生徒の反応を知らせること
2つは,絶対に又貸ししないこと
中には,この約束を守らない教師もいました。
他の人から学ぶ時には礼儀があると思います。
「学びの礼儀」をしっかりと教えることも大切だと思って,このようなことをやっています。
さて,「道徳プチ教材」はどうしましょうか。
今日の1時間目に同僚の道徳授業を参観しました。
その中で考えたことを書きたいと思います。
授業の中に「やりたいことは何ですか」という発問がありました。ワークシートには,18個書く枠がありました。
さて,生徒はどんなことを書くだろうかと見て回りました。
ほとんどの生徒は,3〜5個ぐらいしか書けていませんでした。
つまり,この発問は失敗だったと言えます。
生徒の実態把握が不十分だったということです。
おそらく書けないだろうなあという予想できれば,このような発問は作りません。
もっと発問を吟味しておく必要があったと思います。
これに類似する発問をいくつかつくってみました。
①「やりたいことをいくつでもいいから書いてみよう」
②「やってみたいことをいくつでもいいから書いてみよう」
③「やりたいと思うことをいくつでもいいから書いてみよう」
④「やってみたいと思うことをいくつでもいいから書いてみよう」
⑤「やりたいことを4つだけ書いてみよう」
⑥「やってみたいことを4つだけ書いてみよう」
どれも同じように思えますが,これぐらいの吟味は必要でしょう。
私が道徳授業をつくる時に,一番考えるのが発問です。
一番悩むのが,発問です。
発問一つで生徒の反応が大きく変わってくるのからです。
1年生4学級でのローテーション道徳授業が終わりました。
授業の最初に「小学生時代の道徳授業が好きだった人?」とたずねてみました。すると学級によって多少の差はありましたが,
「好きだった」と答えた生徒は数名でした。(28人学級です)
一番少なかったのは2人でした。
さらに「どうして,好きじゃなっかったの?」とたずねてみると,
「物語が長かった」
「眠くなった」
「みんなの感想がほとんど同じだった」
「いつも同じパターンだった」
これらの生徒の声から教科書教材活用の難しさを感じます。
6月14日の「内外教育」に,文部科学省が2021年度に行った「道徳教育実施状況調査」の結果についての記事が掲載されていました。特に気になったのは,この結果です。
〇「参考にしている情報に関しては,教科書会社が出版している指導書や参考資料等が84.0%でトップ,ついで都道府県・市区町村の教育委員会や教育センターが主催する研修が73.7%だった。」
つまり,ほとんどの教師が借り物の道徳授業を行っているということです。
これでは,生徒の心に響く道徳授業ができるはずがありません。
教師自身が感動することが,一番大切なのですから。
道徳授業づくりで,一番難しいと言われているのが,発問づくりです。
形式的な発問であれば,だれでもすぐに作れます。
例えば,
「このとき,主人公はどんな気持だったでしょうか」
です。
しかし,このような発問をしても,生徒の反応は鈍いです。
発表したとしても,きれい事が多いのです。
その理由は,生徒の思考を刺激する発問ではないからです。(鈴木健二先生)
逆に言えば,生徒の思考を刺激するような発問をつくろうとすると,壁にぶつかるのです。
私も,数多くの道徳授業をつくってきましたが,やはり発問作りで一番悩みます。
さて,今日は九州道徳教育研究大会に向けた,今年度初めての打ち合わせがありました。
その資料の中に,「発問例」がいくつか紹介されていました。
こんな感じです。
①対比…「2つの考えの違いはどこにあるか」
②焦点化…「○○って何だろう」「なぜ,○○したのか」
③角度を変える…「○○さんは,どう思っているだろう」
④順序づけ…「あなたにとってのベスト3はどれですか」
⑤分類…「どんな違いがあるか,仲間分けをしてみよう」
発問づくりをゼロから始めるよりも,こういった型から入ることも学びの近道になります。
型からはじまり,次第にオリジナルが生まれてくるのです。
「めあて」と「まとめ」を板書しましょうと声高に言われます。
「めあて」は,学習内容を把握させ,授業の着地点を明確にするため(らしい)です。
「まとめ」は,学習の評価をするため(らしい)です。
この道徳授業の「めあて」は,
「いのちを考える」です。
こんな「めあて」を板書して,何の意味があるのでしょうか。
形式だけ揃えても学力は向上しないのです。
土曜日の今日も朝から部活指導でした。
8時15分の黙とうは運転中でしたから,学校に到着してから捧げました。
昼食後,ベッドに横たわりながら新作の道徳授業の構想を練りました。おおよその構想がまとまりましたので,パソコンでプレゼンを作りました。
新作をつくろうと思い立ったきっかけは,今朝の読売新聞の地方版に掲載されていた「祈りの花瓶 熱線の記憶」という記事と出会ったからです。
原爆をテーマにした道徳授業は作ったことはりませんでしたが,この記事を使えば生徒に伝わるかもしれないと思いました。
毎年,8月9日は平和学習のために登校日となっています。
今までにいろいろな平和学習を観てきましたが,生徒の心にどれだけ残っているのかが疑問であり,不安でした。
この道徳授業を通して,平和の尊さを他人事ではなく自分事として考えさせたいと思いました。
90%ぐらいはできましたので,何回も見直して修正を加えたいと思います。
平和の尊さを主題とした道徳授業でこんな発問を見かけます。
「平和にために何ができますか」
「平和のために必要なことは何だと思いますか」
このような発問に対して,生徒はどんな意見を書き,発表するでしょうか。
深く考えた意見がでるとは思いません。
だからこそ,平和を扱った道徳授業をつくることは難しいと思うのです。
2013年8月3日に長崎大学で開催されたシンポジウムに参加し,平和に関する道徳授業の実践例を紹介しました。そのことを書いたブログ記事を再掲します。
〈引用始まり〉
長崎大学での平和に関するシンポジウムが無事終わりました。
正式なタイトルは「日本の進路を考える 平和責任〜被害,加害責任,そして記憶の文化〜」でした。
タイトルからもわかる通り,中々に重い話が多かったです。
中心は,2人のシンポジストによる話です。
1つは,毎日新聞社の記者である福岡賢正さんが,戦争体験者(加害者)の取材を通して考えたことの発表でした。
2つは,ドイツの日本人国際学校の岡裕人さんが,ドイツがどうやって戦争加害と向き合うようになったのかを経年的に説明しました。
この2人以外にも,特定質問者として私を含めて6名が発表しました。
この発表ではいくつもの視点から,戦争や平和についてとらえることの大切さを学びました。
例えば,沖縄からの視点。例えば,中国の教科書からの視点。例えば,被爆者からの視点などです。
その中の1つとして,私が道徳授業からの視点を発表しました。
私の主張したことは,以下の通りです。
今までずっと行われてきた平和学習や平和集会などは,戦争を体験していない生徒にその事実を知らせるという点では,とても意義はある。
しかし,生徒の実態を観察した時に,学習を通して心にひっかかるものが残った生徒は少ないのではないか。
つまり,平和に対する学びの意欲が高まった生徒が少ないように肌で感じてきた。
平和や戦争などについて,心のひっかかりがある生徒は自ら,平和について学ぼうとする。
このひっかかりを作るために,自作道徳授業を実践してきた。
わずか10分程度の授業報告でしたが,終わると同時に会場から拍手がおこりました。
素直にうれしかったと同時にほんの少しですが,手応えを感じました。
今回も新しい人との出会いがありました。
70名を超える参加者でしたが,みなさん,学ぼうという姿勢が感じられる人々で,そういった空気の中で発表できたことが,私にとってもよい経験になりました。
現場の教師も,こういった会に意欲的に参加することが,大きな修養となるはずです。
〈引用終わり〉
今考えると,すごい場所ですごい人たちを相手によく発表できたなと思います。
しかし,この時感じていた平和を扱った道徳授業の難しさは,今も変わりません。
今朝の読売新聞の地方版に,ちょっと心が動いた記事がありましたので道徳授業プランをつくりました。
久しぶりでしたから,楽しみながらつくりました。
私が道徳授業を創るきっかけはこの程度です。
自分の心がちょっと動いた部分を生徒に考えさせたい,伝えたい思いがきっかけになっています。
ネットでいろいろ調べながらつくることも楽しいです。
知らなかったことが多く,新しい発見もありました。
とりあえずできましたが,一晩寝かして明日また考えます。
佐賀県武雄市で開催される「第60回道徳教育研究会」の発表準備もほとんど終わりました。
タイトルは「平和に真剣に向き合う」としました。
戦争が終わり80年近くたった今,中学生に戦争や平和にどう向き合わせるかについてずっと考えています。
36年間教師生活の8月9日平和集会では,戦争体験談や戦争の写真,実物,絵本,物語,動画などいろいろな資料を子どもに提示していきました。
これからも,このような平和集会は継続されていくことでしょう。
私の父(すでに他界しています)は昭和7年,東彼杵郡彼杵町生まれです。
太平洋戦争が始まった時は13歳でした。
時折,戦時中のことを話してくれました。戦時中の暮らしや原爆のキノコ雲を見た話,被爆者が長崎から彼杵まで列車で逃げてきた話,アメリカの戦闘機の機銃掃射や焼夷弾の話などを割とリアルに話してくれました。
こんな父の直接体験の話を聞いたことで,小さい頃から,戦争は恐ろしいものだと思ってきました。これが常識でした。
しかし,今の子供たちはこんな常識がないのです。戦争に関する話を聞いても,その中で出てくる言葉がわからないのです。想像できないのです。
つまり,自分の中に取り込むことが難しいのだと思います。
ここに,現在の平和学習の壁があると思っています。
8月10日の読売新聞の特集「軍と街の記憶」でアニメ監督の片渕須直さんの話が掲載されていました。片淵さんは,「この世界の片隅に」をつくった人です。
私が関心を持ったのはこの部分です。
「戦時中の暮らしが,現在に生きる我々の意識と地続きではなくなっているとの思いが強くありました。確かに,突然爆弾を落とされて日常が簡単に暗転する危うい時代でした。しかし毎日,ご飯を炊いて食事を作り,冗談を言って笑い合う当たり前の暮らしもありました。その日々をきちんと描写すれば,あの時代と現在に橋をかけることができると考えました。」
ここにこれからの平和学習のヒントがあると思います。
現在の子どもにとって全く想像もできない大過去の戦争の様子をそのまま伝えていくことに加えて,戦時中の子どもと現在の子どもをどう結び付けるかを教師は考える必要があると思うのです。
片渕監督は,こうも語っています。
「戦争が普通の人々のいつもの生活を奪うことを,いかに具体的に,リアルに感じておけるかが大事だと思います。映画がそのきっかけになればと願っています。」
ここで強調したいことは,リアルに感じておくことなのです。
知識として持っておくことではないのです。
今の子どもにリアルな資料や情報を提示するだけでなく,戦争や平和をいかにリアルに感じさせるかが,道徳授業を含め,これからの平和学習のポイントだと考えます。
明日は,市教育センターで1日道徳に関する研修です。
午前中は,道徳教育推進教師研修会で,あまり気乗りがしませんが,悉皆研修となっていますので参加します。
午後は,市道徳部会があります。その中で,部員が教科書活用と教材開発について自分の実践を持ち寄り発表することになっています。その準備をということで資料を作りました。どれぐらい部員が集まるか不明ですが,学びが深まればいいと思います。
しかし,明日も熱中症警報が出ていますので,徒歩での移動がありますから大変です。
先日の上五島中の校内研修で,価値葛藤に関する質問が出ました。
その先生は,道徳授業では必ず価値葛藤をさせる場面を設定しなさいという指導を受けてきたそうです。
これに対する答えとして,有名な教材「手品師」を持ち出して本当に価値葛藤をさせることができるのかを説明しました。
そもそも人は,行為に移す際に価値葛藤させているのでしょうか。
また,モラルジレンマ教材「この子のために」では,法の遵守と生命尊重という二つの価値を対峙させ深い思考を促すように仕組まれています。
しかし,これで価値葛藤させることになるのでしょうか。
最後に,宇佐美寛先生の「価値葛藤は迷信である」(明治図書)を紹介しました。
昨晩のサークル忘年会で私が語った内容を1つ紹介します。
道徳授業づくりは,俳句づくりに似ているということです。
テレビの「プレバト」で夏井いつき先生の解説を書いたり本で読んだりしたことで,道徳授業づくりと俳句づくりが似ていると思ったのです。
俳句づくりの具体的なコツは,
①「尻」からつくる
②作者の立ち位置を明確にする
③情景が浮かぶようにする
④五感をフルに使う
⑤楽しいこともつらいこと嫌なこともすべてがなる
どうですか,道徳授業づくりと似ていませんか。
夏井先生は,こんなことも言っています。
「俳句には人を変える力がある」
同じように,道徳授業には人を変える力があるのです。
依頼があった「道徳教育1月号」の原稿書きを始めました。
夏休み中に何をどう書くかノートに構想を書きだしていました。
それにもとづいて原稿化しています。
書きながら,ふと根本的なことを考えました。
それは,中学生にどうして22の内容項目を教える必要があるかということです。
確かにどの内容項目も大切です。
例えば,「遵法精神」をどうして大切なのかを教える必要があるのかということです。
これにこたえる考えをもっておく必要があると思うのです。
22の内容項目を指導要領に書いてあるから教えるという安易な考えでは,深まりのある道徳授業はできないのではないでしょうか。
ということで,原稿書きは遅々として進みません。
本日,同僚から,道徳授業をつくりたいのでアドバイスをくださいという話がありました。内容は,「人の死」を扱ったものでした。長い話でしたが,じっくり読んで以下のアドバイスをしました。
①この話を使って,生徒に何を教えるのかを明確にすること。
②この話のどの部分に心が動いたのか,また,その理由を考えること。
③人の死を扱うとどうしても重く暗い授業になるので,最後は,生徒が前向きに生きる気持ちになるようにしてほしい。
④亡くなった父親を中心に置くのではなく,息子を中心とした構成にすれば,より身近なこととして捉えることができる。
⑤長い話を必要な部分を選び,A4サイズ1枚に収まるように編集すること。
⑥先生自身の思いや感動を大切にして道徳授業をつくって欲しいということ。
この先生のように,この教材を使いたい,この教材で教えたいという熱い思いが一番大切なのです。
20年以上も前の話です。
道徳授業を自分で作り実践しているサークル「まるどう」(現在の道徳のチカラ)に入会しました。
「まるどう」の先生たちから刺激をもらい,自分で道徳授業を作り始めました。
いくつかの道徳授業を作り,自分としては,少しはうまくなったと思っていました。
2001年佐世保セミナーに野口先生をお呼びした時に,ある道徳授業の実践記録を手渡しました。
テーマは「いじめ」でした。
その後すぐに葉書が届きました。
「道徳の授業は,多く「授業ごっこ」になっていると思います。実効よりも理屈が優先し,ああだ,こうだと言い合い過ぎます。」
そして,最後に
「授業案を検討して「手ぬるい」と感じたのが正直なところです。」
この文を読んだ時に,愕然としました。と同時に自分の未熟さ,不勉強さを痛感しました。
さて,17日の道徳教育研究会で平和についての道徳授業記録を紹介しました。
野口先生の前で,発表するのは,おそらく15年ぶりぐらいでしょうか。
さすがに,緊張しました。
1時間の講座を終えて,さあ野口先生はどんなふうに思われたのか,気になっていました。
すると,お褒めの言葉をいただきました。
望外の喜びでした。
20年前の野口先生からいただいた「授業ごっこ」「手ぬるい」という厳しい批判があったからこそ,一生懸命に学び,道徳授業を作り,実践し,公開し,多くの講座を担当してきたのです。
あの批判がなかったら,今の私はいません。
20年以上かかりましたが,ようやく一人前になった感じがしました。
野口先生のおかげです。ただただ感謝しかありません。
これからも学んでいこうという決意もできました。
ありがとうございました。野口先生,これからもどうぞよろしくお願いいたします。
こんな道徳の教科書はいかがでしょうか。
①生徒が読む部分は文字数を少なくし,詳しい部分は,指導書に掲載しておく。それを元にして,必要な部分を読んだり,プレゼンを作ったりする。
②写真,イラスト,ポスターなど視覚的な教材を多く掲載する。それらに関する説明や発問や指示は教科書に掲載せずに指導書に掲載する。教師は授業がしやすいように作りかえることができる。
③物語などを教材とする場合は,内容が変わる場面や展開する場面で次のページいくようにする。つまり,ページをめくるとことで,ちょっぴりワクワクする。
昨日,市道徳部会の研究授業を見に行きました。教材は教科書で扱われている村上清加さんでした。村上さんは,有名な義足のアスリートです。この授業の中心発問は,「(村上さんの生き方を通して)これからどんな人生を送りたいですか」でした。
研究協議での私の発言です。
「障がい者を扱った道徳授業の難しいところは,あまりにも壮絶な人生を送ってきた人と生徒の人生と重なる部分が少ないという点です。重なる部分が少ないので,深く考えることが難しい。結局,上辺だけの考えで終わってしまうと思います。」
この授業の中心発問でも,予想した通りの意見が出ました。
障がい者を扱う道徳授業づくりの難しさを再確認しました。
道徳授業では,他の教科と同じように最初に「めあて」を提示し最後に「まとめ」をすることが大切だと言う教師がいます。しかし,これは絶対ではないと思います。例えて言うなら,パンの中身が「あん」であることを最初に教えて,途中で「あんパン」の美味しさを考えさせて,最後に「あんパン」を食べさせて,やはり「あんパン」は美味しいよねと確認するようなものです。これでは,ワクワク感がありません。楽しみがありません。自分でパンの中身は「あん」かな「クリーム」かな,「チョコ」かなと考えをめぐらし,仲間と一緒に考えていく過程が大切ではないかと思います。そして,最後にパンを食べてみて,やはり「あんパン」だった。「あんパン」は美味しいねと確認するほうが感動も大きいのではないでしょうか。
例えが,分かりづらかったですかね。
道徳授業の発問をつくる時に,学級の生徒ひとり一人の顔を思い浮かべて考えるようにしています。
Aくんは,どんなことを考えるだろうか。
Bさんは,どこまで深く考えるだろうか。
Cさんは,考えたくなるだろうか。
Dくんは,のってくるだろうかなどです。
つまり,生徒の反応を考えて発問づくりをしているのです。
しかし,現在学級担任ではありませんので,4学級140名の生徒全員の顔を思い浮かべることは難しいです。(ローテーション道徳授業で全学級をまわっています)できるだけ,多くの生徒の顔を浮かべながら,発問をつくっています。
昨年末に行った親孝行を扱った道徳授業の後,とてもよい感想を書いた生徒が数名いたので,コピーしてぞれぞれの家庭に渡しました。渡したものは,以下の3つです。
①授業の流れ
②親孝行を扱った読み物資料
③感想が書かれた道徳ワークシート
昨日,その反応がありました。
渡した生徒の母親が,わざわざお礼を言いにきてくれたのです。
「ありがとうございました。こんなことをしてくださる先生は初めてです」という
うれしい言葉でした。
道徳授業をきっかけにして,教師と保護者,生徒と保護者,生徒と教師のよい関係ができればいいと考えて,こんなことをやっています。
道徳授業は,50分やって終わりということではないのです。
昨日の道徳研究授業の報告です。扱ったのは,星野富弘さんです。
中心となる部分は,下半身まひになり動くことができなくなった星野さんが,口にペンをくわえて初めて文字を書く場面でした。授業者は,これを生徒に体験させるために,生徒一人一人にペン・紙・ティッシュペーパーを配りました。
そして,実際にやってみようと指示を出したところ,一人の女子生徒が「汚い」と大きな声で言ったのです。すると他の生徒たちも「汚いから嫌です」と言いはじめました。
仕方なく,授業者は「では,利き手ではない手で書いてみましょう」という最初と違う指示を出しました。
結局,口で書いた生徒は3名。残り20名近い生徒は利き手ではない手で書いていました。
この反応は,予想していなかったので少し驚きました。
さて,こういった状況になったらどうしますか?
みなさんのご意見をお聞かせください。
先週に引き続き,市道徳部会の研究授業を参観しました。扱ったのは,W杯ラグビーの日本代表チームでした。
ねらいが「外国出身のラグビー選手の姿やノーサイドの精神から,多様性を認める大切さを理解し,国際的視野に立って,自分いに何ができるか考えようとする態度を育てる」でした。
以下,感想です。
①情報量が多すぎた。(登場人物が多い)
②教師の説明が多いため,生徒の思考や活動の時間が十分ではなかった。
③3つの発問がぼんやりとしていたので,生徒の意見もぼやけていた。
「ラグビー日本代表に外国出身の選手が多いことをどう思いますか。」
「リーチや五郎丸選手の言葉からどんなことを考えましたか」
「もし,自分が違う国の代表になれるとしたらどうしますか」
④「これを日本代表チームと言えますか。言えると思う人は〇,言えないと思う人は×を書き,理由も考えましょう」という発問にする。立場をはっきりとさせることで,討論できる場面が生まれ授業が活性化する。
⑤全体的に多様性をすべて認めるような構成だったので,終わり方もぼんやりとしていました。
私だったら,選手の多様性を認めながら,1つの目標に向かっていくことの素晴らしさを感じとらせる授業を創ると思います。
そうすれば,「ONE TEAM」という言葉も生きていくるはずです。
授業者あるM先生は,初任者の時に同じ職場で働いた仲間です。20年ぶりに彼の授業を参観して,成長したことを実感できたことがうれしかったです。
県教委からの道徳授業改善に関するリーフレットに載っていました。
この通りすれば,生徒は本気で考えるのでしょうか。生徒は深く考えるのでしょうか。そんな単純ではないはずです。
弟子のひとりであるKくんが、昨日のドラえもんを使った小さな道徳授業の代案の感想を送ってくれました。まずは、A4サイズにびっしりと書かれた感想や意見などに驚きました。また、彼の道徳授業に対するまっすぐな思いが伝わってきました。この思いは、道徳授業がうまくなりたいということだけでなく、生徒に思いを伝えたいということのほうが大きいと思います。
Kくんのように自分が作った道徳授業を私に見せる教師は、現場にはほとんどいません。おそらく批判されるのが、嫌だったり,怖かったりするのでしょう。しかし、正しく批判されることで教師として成長できると思うのです。授業研究で、当たり障りのない社交辞令的な意見をもらっても成長はできないのです。
今の自分が持っている力を注ぎ込み、作った道徳授業なはずです。この全力が教師として成長できる大きな要素なのです。
Kくんは、感想の中にこんなことを書いていました。
「いい授業が創れたと思った時ほど、人に見てもらうべきだなと改めて思いました。」
まさにその通りです。
写真は、私が作った代案の一部です。
来年度から本市中学校の道徳教科書が、T社からG社へ変わります。やっと慣れてきた頃でしたが、またゼロから教科書研究をやり直す必要があります。
他の教科と違って、教材が変われば、発問、指示、構成、ワークシートなどすべてを考え直さなければいけません。
ですから、4月初めの道徳授業から始めることは難しくなるでしょう。
(社会科であれば、今までの教材研究したことが教科書が変わっても十分使えますから、4月初めから授業はできます)
指導書が届くのが遅くなる可能性もあります。(実際、4月末に届いたこともあります。)
何よりも、初任者はいきなり道徳授業ができないと思います。
ただえさえ、年度当初は忙しい時期です。
道徳教科書をじっくり読んで教科書研究をする時間がなかなかないでしょう。
そうなれば、指導書通りに進める教師が多くなるはずです。
これでは、形式的な道徳授業になる可能性が高いです。
こういった形式的な道徳授業は、生徒の心に響くのでしょうか。
生徒は道徳授業を毎時間、楽しみにするでしょうか。
道徳に限らず他の教科の教科書も春休み前に教師の手元に届くようにできないのでしょうか。
教科書採択の時、いつも思うことです。
これに比べて自主開発教材を使った道徳授業は、いつでも使えます。
4月初めから、生徒がワクワクする楽しい道徳授業をすることができます。
自主開発教材の道徳授業のメリットはこんなところにもあるのです。
中学校の学習指導要領には、道徳科の目標がこのように明記されています。
「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため,道徳的諸価値についての理解を基に,自己を見つめ,物事を広い視野から多面的・多角的に考え,人間としての生き方についての考えを深める学習を通して,道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度を育てる。」
この文を1回読んですぐに理解できませんでしたので、図式化してみました。
図式化しても、道徳科の目標はわかりづらいと思いました。
道徳科の目標をもっとわかりやすい簡潔な言葉で表現できないだろうかと、考えてみました。
そして、出した結論が
「生徒の心をよい方向へ変えるきっかけをつくること」
です。
100点満点ではないと思いますが、75点ぐらいはあげていいかもしれません。
道徳科の目標をこのようにとらえると、どのような道徳授業を実践すればいいのかが見えてきます。
市内のK中学校のホームページに道徳公開授業についての記事が掲載されていました。
「いのちかがやく強調月間」の取り組みの1つで,全学級で公開した様子です。
その1つに私が創り実践した「命は美しい」を追実践したと思われる写真が掲載されていました。
この道徳授業の記録が「とっておきの道徳授業16 中学校編」(日本標準)に収録されています。
道徳授業の広がりに喜びを感じます。
このように私が創った道徳授業が他の教師によって追実践されることはとてもうれしいことです。
出合ったことがない生徒が,この授業を受けることができるからです。
さて,生徒たちの反応はどうだったでしょうか。どんな意見を発表したのでしょうか。
気になるところです。
授業が終わって初任2年目の先生が職員室に戻ってきた時に,「どうでしたか」とたずねたところ,「だめでした」という答え。話を聞くと「とっておきの道徳授業」から選び授業をしたということでした。そこでこんな話をしました。「それは,先生がとっておきから選んだ実践を自分の中にしっかりと落とし込んでいないからですよ。」その先生も,自分で分かっていたようです。「自分でもっと深く考えるべきでした。」と言っていました。
「とっておきの道徳授業」に掲載されている実践をそのまま授業しても,うまくいかないことがあるのです。それは,その授業を創った先生の道徳観や生徒観に基づいているからです。その観に基づいて,発問を考え,構成を整え,指導方法を選んでいるのです。
ですから,「とっておきの道徳授業」から選んで追実践する場合は,自分で深く考えて,自分の道徳観に基づいてアレンジすることが大切なのです。そうやって道徳授業が進化していくのです。
6月14日の「内外教育」に,文部科学省が2021年度に行った「道徳教育実施状況調査」の結果についての記事が掲載されていました。特に気になったのは,この結果です。
〇「参考にしている情報に関しては,教科書会社が出版している指導書や参考資料等が84.0%でトップ,ついで都道府県・市区町村の教育委員会や教育センターが主催する研修が73.7%だった。」
つまり,ほとんどの教師が借り物の道徳授業を行っているということです。
これでは,生徒の心に響く道徳授業ができるはずがありません。
教師自身が感動することが,一番大切なのですから。
「めあて」と「まとめ」を板書しましょうと声高に言われます。
「めあて」は,学習内容を把握させ,授業の着地点を明確にするため(らしい)です。
「まとめ」は,学習の評価をするため(らしい)です。
この道徳授業の「めあて」は,
「いのちを考える」です。
こんな「めあて」を板書して,何の意味があるのでしょうか。
形式だけ揃えても学力は向上しないのです。
平和の尊さを主題とした道徳授業でこんな発問を見かけます。
「平和にために何ができますか」
「平和のために必要なことは何だと思いますか」
このような発問に対して,生徒はどんな意見を書き,発表するでしょうか。
深く考えた意見がでるとは思いません。
だからこそ,平和を扱った道徳授業をつくることは難しいと思うのです。
2013年8月3日に長崎大学で開催されたシンポジウムに参加し,平和に関する道徳授業の実践例を紹介しました。そのことを書いたブログ記事を再掲します。
〈引用始まり〉
長崎大学での平和に関するシンポジウムが無事終わりました。
正式なタイトルは「日本の進路を考える 平和責任〜被害,加害責任,そして記憶の文化〜」でした。
タイトルからもわかる通り,中々に重い話が多かったです。
中心は,2人のシンポジストによる話です。
1つは,毎日新聞社の記者である福岡賢正さんが,戦争体験者(加害者)の取材を通して考えたことの発表でした。
2つは,ドイツの日本人国際学校の岡裕人さんが,ドイツがどうやって戦争加害と向き合うようになったのかを経年的に説明しました。
この2人以外にも,特定質問者として私を含めて6名が発表しました。
この発表ではいくつもの視点から,戦争や平和についてとらえることの大切さを学びました。
例えば,沖縄からの視点。例えば,中国の教科書からの視点。例えば,被爆者からの視点などです。
その中の1つとして,私が道徳授業からの視点を発表しました。
私の主張したことは,以下の通りです。
今までずっと行われてきた平和学習や平和集会などは,戦争を体験していない生徒にその事実を知らせるという点では,とても意義はある。
しかし,生徒の実態を観察した時に,学習を通して心にひっかかるものが残った生徒は少ないのではないか。
つまり,平和に対する学びの意欲が高まった生徒が少ないように肌で感じてきた。
平和や戦争などについて,心のひっかかりがある生徒は自ら,平和について学ぼうとする。
このひっかかりを作るために,自作道徳授業を実践してきた。
わずか10分程度の授業報告でしたが,終わると同時に会場から拍手がおこりました。
素直にうれしかったと同時にほんの少しですが,手応えを感じました。
今回も新しい人との出会いがありました。
70名を超える参加者でしたが,みなさん,学ぼうという姿勢が感じられる人々で,そういった空気の中で発表できたことが,私にとってもよい経験になりました。
現場の教師も,こういった会に意欲的に参加することが,大きな修養となるはずです。
〈引用終わり〉
今考えると,すごい場所ですごい人たちを相手によく発表できたなと思います。
しかし,この時感じていた平和を扱った道徳授業の難しさは,今も変わりません。
本日の道徳デーが終わりました。
午前中は,道徳教育推進教師研修会があり,京都産業大学の柴原弘志先生が2時間講義されました。いつものマシンガントークで圧倒されました。
午後は,市道徳部会があり,20名近い部員が集まり,日頃の悩みを共有したり,自作の教材を紹介したりしました。最後は,私が「生徒の心を変容させる道徳授業づくり」について30分程度の話をしました。その中で,午前中の柴原先生が紹介された道徳授業で大切にしたい「かきくけこ」を参考にして,山中の「かきくけこ」を紹介しました。
〈道徳授業で大切にしたい「かきくけこ」〉
「か」
感動 教師が感動することが大切。その感動が道徳授業づくりの原動力となる。その感動が生徒に伝わる。
「き」
教科書で楽しむ 教科書が楽しくなる工夫をする。
「く」
くさい 人間臭い部分を大切にする 偉人やスポーツ選手の教材は,ややもすると生徒との距離が離れすぎてしまう。そんな人物の人間臭い部分がさあれば,距離が縮まる。
「け」
経験 体験を経験に変える。多くの体験を通して,自分の中に残ったものが経験となる。生徒の心に残る道徳授業を行い経験としていく。
「こ」
交流 生徒と生徒との交流 生徒と保護者の交流
教師と保護者の交流を大切にする
柴原先生の講義の最中に考えた荒削りのものですが,いかがでしょうか。
帰宅すると,4回目のワクチン接種の案内状が届いていました。
60歳以上だからなんですね。
先日,離島のK中学校で行った道徳に関する校内研修のお礼状が届きました。普通は,社交辞令的な文章が多いですが,このお礼状を読むととてもうれしくなりました。理由は,私が言いたかったことをしっかりと受け止めていただいたからです。
その一部を紹介します。
本年度より「特別の教科 道徳」が始まり,教科書を使った授業や評価について大きな不安と悩みを抱えて重くなっていた気持ちが,先生のお話や模擬授業を通して,ずいぶんと軽くなりました。また,教師自身がアンテナを張り巡らせて情報を収集し,他教科と同様に道徳の授業を楽しむことの大切さを改めて気づかせていただきました。おかげさまで,多くの受講者がさまざまな「きっかけ」を得た大変意義深い研修会となりましたことを感謝申し上げます。
このようなお礼状をいただくと,往復5時間かけて行った甲斐があったと思います。K中学校のN校長先生,本当にお世話になりました。ありがとうございます。「
先日,発刊された『とっておきの道徳授業 中学校編 6』に私の道徳授業「未来の重み」が掲載されている。その資料として使った『裁判官の爆笑お言葉集』の著者である長嶺超輝さんからのメールが出版社から転送されたきた。以下がそのメールである。
〇そうそう、昨春に刊行しました前著、読んでも爆笑できないことでおなじみ「裁判官の爆笑お言葉集」を、中学校で道徳授業の教材として使ってくださった先生がいらしたようで、その事例が本に紹介されています。どうもありがとうございます。実際に言いわたした判決理由が、こうして道徳の授業に取り上げられたら、裁判官冥利に尽きますよね。子どもたちが「命」について少しでも思いを馳せる機会となるなら、毒カレー犠牲者の4名も、若干は浮かばれるのではないでしょうか。道徳授業が教師以外の人の役にたつなんて素晴らしいことだと思う。
詳細は,長嶺超輝さんのブログへ
http://miso.txt-nifty.com/tsumami/2008/10/post-4955.html
こんな道徳の教科書はいかがでしょうか。
①生徒が読む部分は文字数を少なくし,詳しい部分は,指導書に掲載しておく。それを元にして,必要な部分を読んだり,プレゼンを作ったりする。
②写真,イラスト,ポスターなど視覚的な教材を多く掲載する。それらに関する説明や発問や指示は教科書に掲載せずに指導書に掲載する。教師は授業がしやすいように作りかえることができる。
③物語などを教材とする場合は,内容が変わる場面や展開する場面で次のページいくようにする。つまり,ページをめくるとことで,ちょっぴりワクワクする。
県道徳教育研究大会の指導案を見ました。その中で気になった部分です。
教材は,故郷に貢献した江戸時代の偉人を紹介したものでした。授業のまとめとして以下の発問がありました。
「この偉人の故郷への貢献度を10,あなたの故郷への貢献度を1だとすると,あなたは将来,どれぐらい故郷に貢献したいですか。数値を書きましょう」
この発問の意図がよくわかりません。
例えば,10と書いた生徒がいたとします。このような生徒は素晴らしいのでしょうか。
例えば,1と書いた生徒がいたとします。このような生徒はよくないのでしょうか。
故郷へ貢献するとはどんなことなのでしょうか。この偉人のように歴史に残るようなことをすることなのでしょうか。
自分を育ててくれたすべての人やものに感謝する心を持つこと
が,故郷に貢献することにつながるのではないかと思います。
例えば,
家族を大切にする。(両親や祖父母など)
仲間を大切にする。(友達や先輩,後輩など)
学校を大切にする。(施設や校歌など)
自然を大切にする。(近くの森,海,風,風景など)
こういった偉人を扱った道徳授業では,単なるすごい人物で終わってしまう可能性が高いです。感想でも,「すごいなと思いました。自分もこの人物のように故郷に貢献するような人になりたいです」などの感想を書く生徒が多くなります。
そうではなく,小さなことや身近なことが故郷を大切にすることにつながる。
そして,そういった小さなこともで,故郷に貢献することだということに気づかせるような道徳授業を創りたいと思っています。
昨日,市道徳部会の研究授業を見に行きました。教材は教科書で扱われている村上清加さんでした。村上さんは,有名な義足のアスリートです。この授業の中心発問は,「(村上さんの生き方を通して)これからどんな人生を送りたいですか」でした。
研究協議での私の発言です。
「障がい者を扱った道徳授業の難しいところは,あまりにも壮絶な人生を送ってきた人と生徒の人生と重なる部分が少ないという点です。重なる部分が少ないので,深く考えることが難しい。結局,上辺だけの考えで終わってしまうと思います。」
この授業の中心発問でも,予想した通りの意見が出ました。
障がい者を扱う道徳授業づくりの難しさを再確認しました。
道徳授業にどれぐらい力があるのでしょうか。
たかが50分間の道徳授業をしたところで生徒は良い方向へと変わるはずがないと考えている教師が多いのはないでしょうか。
しかし、道徳授業は生徒が良い方向へと変わるきっかけとなることもあります。
さて、昨日3年1組で行った自主開発教材を使った「家族の世界」ですが、その時、生徒に配付した教材(読み物資料)の一番下に、保護者からのコメントを書く欄を設けていました。(因みに、この欄は、毎回設けるようにしています)
そして授業の最後に、「保護者が書いてくれたら、先生に提出してください」と言いました。
すると、今朝、女子生徒のSさんが持ってきてくれました。
本当にうれしかったです。
このことから想像できることは、以下の5つです。
①Sさんは、私の道徳授業が心に留まった。
②Sさんは、授業で使った教材(読み物資料)を持ち帰り、母親に見せた。
③Sさんは、授業の様子や感想などを母親に話した。
④Sさんと母親の間で家族の幸福について会話があった。
⑤それを聞いた母親の心が動き、コメントを書いた。
1つの道徳授業をきかっけにして、親と子が「家族の幸福」について考える時間が生まれたのです。
今回の道徳授業がなければ、「家族の幸福」について家庭で話題にすることはほとんどないでしょう。
これが道徳授業がもっている力であり、可能性でもあります。
道徳授業は、学校での生徒と教師との関係だけでなく、生徒と保護者との関係もつくることができるのです。
強調したい点は、自主開発教材を使った道徳授業の力であり、教科書教材を使った道徳授業の力でないということです。
創った私の家族観や道徳授業に対する情熱が伝わったのだと思います。
本当にうれしいひと時でした。
昨晩のサークル忘年会で私が語った内容を1つ紹介します。
道徳授業づくりは,俳句づくりに似ているということです。
テレビの「プレバト」で夏井いつき先生の解説を書いたり本で読んだりしたことで,道徳授業づくりと俳句づくりが似ていると思ったのです。
俳句づくりの具体的なコツは,
①「尻」からつくる
②作者の立ち位置を明確にする
③情景が浮かぶようにする
④五感をフルに使う
⑤楽しいこともつらいこと嫌なこともすべてがなる
どうですか,道徳授業づくりと似ていませんか。
夏井先生は,こんなことも言っています。
「俳句には人を変える力がある」
同じように,道徳授業には人を変える力があるのです。
先週に引き続き,市道徳部会の研究授業を参観しました。扱ったのは,W杯ラグビーの日本代表チームでした。
ねらいが「外国出身のラグビー選手の姿やノーサイドの精神から,多様性を認める大切さを理解し,国際的視野に立って,自分いに何ができるか考えようとする態度を育てる」でした。
以下,感想です。
①情報量が多すぎた。(登場人物が多い)
②教師の説明が多いため,生徒の思考や活動の時間が十分ではなかった。
③3つの発問がぼんやりとしていたので,生徒の意見もぼやけていた。
「ラグビー日本代表に外国出身の選手が多いことをどう思いますか。」
「リーチや五郎丸選手の言葉からどんなことを考えましたか」
「もし,自分が違う国の代表になれるとしたらどうしますか」
④「これを日本代表チームと言えますか。言えると思う人は〇,言えないと思う人は×を書き,理由も考えましょう」という発問にする。立場をはっきりとさせることで,討論できる場面が生まれ授業が活性化する。
⑤全体的に多様性をすべて認めるような構成だったので,終わり方もぼんやりとしていました。
私だったら,選手の多様性を認めながら,1つの目標に向かっていくことの素晴らしさを感じとらせる授業を創ると思います。
そうすれば,「ONE TEAM」という言葉も生きていくるはずです。
授業者あるM先生は,初任者の時に同じ職場で働いた仲間です。20年ぶりに彼の授業を参観して,成長したことを実感できたことがうれしかったです。
先日の2年目研修で行われた道徳授業の後,直接A先生と話をしました。その中で「昨年度の初任者研修で行った道徳授業は30点でしたが,今回は50点です。」と言ったところ,20点も上がってうれしいと喜んでいました。
多くの授業研究では,質問や批判をしたり,KJ法で分析したりすることが多いようです。
まずかった点をズバリと指摘する教師はほとんどいません。
加えて,マズイ点をどう改善すればいいのかという具体案を提示する教師もほとんどいません。
ということで,今回の道徳授業を批判をしましたので道徳授業の代案をつくりました。使用された教材を使って私なりの道徳授業をつくったのです。来週ぐらいには,このプランを授業してみます。もちろん,A先生に観てもらおうと思います。
実際の授業見てもらうことが,一番の勉強になると考えているからです。
卒業式前日に3年3組からもらった寄せ書きに,道徳授業について,こんなメッセージを書いた生徒がいました。
〇道徳授業でも他の先生とはちょっと違った質問などがあり多くのことを学べました。
〇学年通心での話や道徳で習ったことをこれからの人生の参考にしていきたいです。
〇道徳でもいろいろなを学べました。
〇道徳の授業も楽しく学べました。
〇道徳授業ではいつも心を動かされます。
3年間,オリジナル道徳授業をやってきた甲斐があります。
教科書教材を使い指導書通りに道徳授業をやったとしても,生徒たちは,こんなメッセージを書いたのでしょうか。
佐藤幸司先生が監修されている読売新聞「ニュースde道徳」が今回で最後だそうです。現場で働きながら4年間の連載はとても大変だったと思います。4年間の記事はすべて切り抜いてノートに貼っています。この連載で学んだことは,
①新聞記事を道徳教材として扱う方法
②道徳授構成の方法
③発問づくり
です。
特に③は,毎回大いに参考になりました。
最後となる今日の教材は,東日本大震災でした。
この授業の中で,このような発問がありました。
「つらい記憶なのに,3月11日が忘れてはいけない日なのはなぜか」
この発問によって,子どもたちは深く考え,いろいろな角度からとらえることができると思います。また,震災を自分事としてとらえることができると思います。
そして,留意することとして,
「(震災の)実際の写真や動画の提示は,子供の実態に合わせて十分に配慮する」
と書かれてました。このような細やかな配慮が素晴らしいと思います。
私も東日本大震災を扱った道徳授業を作り,実践したことがあります。愛知のK先生の実践を参考にして創った「ハッピーバースデー3.11」です。
この道徳授業では,震災の写真や動画や死者の数などは提示しませんでした。
生命尊重を教えるために,津波の様子や死者の数を提示することに抵抗があったからです。
この連載が終わることはとても残念ですが,4年間でいろいろなことを学びました。
佐藤先生,お疲れさまでした。ありがとうございました。