好きな自由律俳人である種田山頭火の句を写真とともに折にふれて紹介します。
心が疲れた時にふと詠みたくなる句が多いです。
五月の海は満ち堪へて大きな船
もう転ぶまい道のたんぽぽ
朝空の鯉幟の赤いの黒いの泳いでゐる
いま何時ともわからない春雨らしう降る
あほげば梅の実 ひよいともぐ
音もなつかしい流れをわたる
空へ積み上げる曇り
青葉の奥へなほ径があつて墓
けふも暮れてゆく音につつまれる
いちにち日向でひとりの仕事
だるい足を撫でては今日をかへりみる
歩くところ花の匂ふところ
墓へも紫陽花咲きつづける
沈み行く夜の底へ底へ時雨落つ
なんといつてもわたしはあなたが好きな蛍
急行はとまりません日まはりの花がある駅
おもひおくことはないゆふべ芋の葉ひらひら
子を負うて魚を売つて暑い坂かな
葱坊主 わたしにもうれしいことがある
見あぐればまうへ飛行機の空
あの雲が落とした雨にぬれてゐる
陽まわり日を浴びてとろとろ
山から山がのぞいて梅雨晴れ
港はいまし落ちる日の親船小船
山のみどりの晴れゆく雲のうつりゆく
逢つて何よりお蕎麦のうまさは
夏めいた空がはつきりとあふれる水
夕立晴れし夕焼けて雲が湧いて
嵐やみしだるき空うつろ鳴く雲雀
水は岩からお盆のそうめん冷やしてある
おまつりのきものきてゆふべのこらは
のぼりつめればトンネルとなりこだまする
バスのほこりの風にふかれて昼顔の花
風がでて葉が鳴るゆうふべの祈り
まことお彼岸入の彼岸花
秋空の電線のもつれをなをさうとする
ほつとさいたかひよろひよろコスモス
しんじつ秋空の雲はあそぶ
残された二つ三つが熟柿となる雲のゆきき
少し酔へり物思ひをれば夕焼けぬ
ざくりざくり稲刈るのみの
波音の松風の秋の雨かな
生えたまゝの芒としてをく
二本一銭の食べきれない大根である
休んでゐるそこの木はもう紅葉してゐる
電線の露の玉かぎりなし
風は夜明けのランプまたたく
つめたく風が、私もおちつけない
冬月夜、手土産は米だつたか
銀杏いろづくそのしたでお昼にする
枝をさしのべてゐる冬木
いま写します紅葉が散ります
お寺の大銀杏散るだけ散つた
ふるさとへ冬の海すこしはゆれて
雑草はうつくしい淡雪
朝霧の赤いポストが立つてゐる
かすんでかさなつて山がふるさと
鐘が鳴る師走の鐘が鳴りわたる
空地があつて日が照つて正月のあそび
陽がさせば水仙はほつかりひらき
あの汽車もふる郷の方へ音たかく
焚火あたたかく風さわぐ
さそはれてまゐる節分の月がまうへに
大木に腰かけて旅の空
寒い雲がいそぐ
この道あるきたくてあるけば菜の花
何もかも過去となつてしまつた菜の花ざかり
あれこれ咲いて桜も咲いてゐる
春の野が長い長い汽車を走らせる
これから旅も春風のゆけるところまで
何やら咲いている春のかたすみに
声はまさしく月夜はたらく人人だ
坊さん二人下りたゞけの山の駅の昼
あんな船の大きな汽笛だつた
レールにはさまれて菜畑もあるくらし
水底の岩も春らしい色となつた
青草に寝ころべば青空がある
けふのべんとうは橋の下にて
水はあふれ魚は泳ぐ
炎天,かぜふく
けふは今日の太陽をいただいて行く
朝から汗のしたたる仕事で
山から下りてゆく街へ虹立つた
波の果てより雲湧いて白帆一つ生まれぬ
彼岸花の赤さがあるだけ
秋めいた雲の,ちぎれ雲
おちついて柿もうれてくる
誰もゐないでコスモスそよいでゐる
島に島がある秋のさざなみ
待つでも待たぬでもない雑草の月あかり
入川汐みちて出てゆく船
泥あそび水あそびする子どもらの幸福
うぶすな神のおみくじをひく
※うぶすな神とは,神様の種類で,その土地の神様のこと。
寒い雲がいそぐ
さえずりつつのぼりつつ雲雀の青空
生えて伸びて咲いてゐる幸福
田草とる汗やらんらんとして照る
もいでたべても茄子がトマトがなんぼでも
ビルがビルに星も見えない空
ふりかへらない道をいそぐ
ふりかへる柿の葉のひらり
彼岸花さくふるさとはお墓のあるばかり
秋空遠く運動会のどよめきを
おちついて柿もうれてくる
さくさくと稲刈る人数に風は澄みたり
待つでも待たぬでもない雑草の月あかり
水底の太陽から釣りあげるひかり
しんじつ秋空の雲はあそぶ
泥あそび水あそびする子どもらの幸福
陸と船が呼びあへる港寒う凪たれ