2003年5月12日に開設し,続けてきたホームページを2011年3月31日に閉鎖しました。
この日までに,70135人の方に訪問していただきました。
このホームページには,道徳教育,生徒指導,学級経営,読書記録,セミナーの様子などいろいろなコーナーをつくり書いてきましたが,あまりにも手を広げすぎたため閉鎖して,ブログ「半径3mの教育論」に絞って書くようになりました。
そこで,旧ホームページの「半径3mの教育論」の記事をこのホームページに再アップすることにしました。現在,毎日更新しているブログ「半径3mの教育論」に未収録記事をぼちぼちとアップしていこうと思います。 (1~1054)
日々考えていることを忘れないためのメモ代わりという感じで書いてきたこの教育論の中の2つが,先日「総合道徳教育メールマガジン」に転載された。
自分の書いた文章が採用されるとうのは,やはりうれしいものである。生徒も喜びを得るとやる気を出すのと同じように,私もやる気が出てきた。年末から年始にかけて,大掃除の合間を見つけ1冊の本を読破した。原田隆史著『本気の教育でなければ子どもは変わらない』(旺文社)である。従来の更正感動物語ではなく,教師にとっても保護者にとっても子どもを自立させるための具体的な方法が書かれている。その中の言葉を紹介する。・クツをそろえる・イスを中に入れる・カバンを立てる・元気のいい弾んだ「ハイ」という返事・人より早くあいさつをする・背筋をピンと伸ばした姿勢これが子どもを育てる上で最も大切な「態度教育」である。2004年も「半径3メートルの教育論」をどうぞよろしくお願いします。
映画「ファインディング・ニモ」を家族で見に行った。正月ということで行列ができるほどの客で,会場も立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。私は,この映画のテーマは「子離れ」と「父性の復権」であると考える。子どもの自立を助ける親の在方と子どもを自立させるためには,まず父親として成長することの大切さを感じた。多くの父親に観てもらいたい映画である。
昨年以来,考えていることがある。それは,どのようにしたら「話術が巧みになるか」ということである。野口芳宏先生の講座に参加する際は,いつも野口先生の相づちの言葉や,指名後,生徒の発問に対する言葉(私は評価語と呼んでいる)をメモしてきた。他の方の講演会や等でも意識的に聞いている。間の開け方。文章の長さ。抑揚。力のいれ具合。沈黙の取り方。などなど。あと,語彙力をつけるために,3年前から,本や映画,新聞,講演会,落語,コントなどなどで心のひだにひっかかった言葉をノートに書いている。社会科教師としても,分かりやすい例えができるように日々考えている。もっと話術を磨き,人を引きつける力を身につけることが教師指導力向上の一つの条件であるととらえている。
大雪の中,開催が心配された熊本イベントに参加した。道徳授業を様々な角度から学ぶことができた。一緒に参加した若い先生方も,学ぶ意欲が高まったようだ。市・県の教育という枠を越えた道徳教育改革集団のパワーを感じたのだろう。私個人としては,宮崎のS先生の講座がとても参考になった。ねらいを重視し,ねらいに近づけるための精選された発問,資料,生徒の思考を深める発問どれをとっても唸ることばかりで,自分の勉強不足を痛感した。以前,私が絵本の「勇気」を資料として小学校低学年向けにつくった道徳授業プランをS先生は同じ資料で全く別の切り口で見事な授業を組み立てられていた。ただただ,脱帽である。資料の読み込み方が不足していたことを反省した。最後にいつものことだが,このようなイベントに参加した後は必ずやる気が膨らむ。この出会いと学びに感謝。感謝。
私が新採のころを思い出すと,1日の授業授業が終わると部活へ行き,気づいたら午後7時すぎそれから職員室へ戻ると,同じように部活を終えて一息ついている10名程度の先生たちが残って話をしていた。その話の内容は,今日の出来事であったり,気になる生徒の様子であったり,現在の悩みなどであった。その話が終わると,みんなで食事にいったりボウリングやビリヤードなどに行っていた。まあ,今では考えられない元気の良さだった。その時は,あまり気にもかけなかったが,振り返って考えるとこのような事が,今の自分に大きな影響を与えていたことに気づく。では,現在の放課後の職員室はどうだろうか。遅くまで残って仕事をしているのは,若い先生のみ。お互い,話をしているわけでもなく,パソコンを打っている。弾んだ会話があまりないようだ。これはどういうことだろうか。我々中堅教員の責任もある。それと,パソコンの普及が原因と考える。パソコンが教員の会話を奪っているのではないか。放課後の会話こそ大切だと痛感している今日このごろである。他の職場ではどうだろうか。
現在勤務している学校で「世のため・人のため運動」を全校導入をしてからすでに3年目である。この3年間の様々な会合で紹介してきた。その甲斐あって,ついに他の学校でも全校導入を決めた中学校がでてきた。長崎県の離島にあるI中学校である。この勢いで広がっていってほしいと思う。
8年ほど前,テレビドラマ「北の国から」の作者,倉本聰さんの講演会に参加したことがある。その講演会での話を何かのきっかけで思い出したので,書き留めておくことにする。環境教育が進んでるドイツでは,小学校で生徒全員を森の中に連れて行き裸足にさせ歩かせたり ,小川のせせらぎに足をつけさせたり,鳥の鳴き声や大木が水を吸い上げる音を聞かせたり,大きい石を抱え上げさせたり,においをかがせたりなどの体験をさせているそうである。これを五感の教育というそうである。また,算数の授業では,文章題の文章中にもドイツの徹底ぶりが伺えるそうである。日本でよく見る文章題では,「あめ玉3個と,チョコレート5個を買いました…」などが多いが,ドイツでは「燃えるゴミ3キログラムと燃えないゴミ10キログラムがあります…」という問題文が書かれているとのこと。8年前の話だが,現在でも色あせていない話であると思う。
本日,昨年度に続き小学6年生を中学校に招き中学校の授業を実際に体験してもらう「体験入学」を実施した。3校区の児童約130名を希望によって6コース(道徳・数学・英語・美術・技術・音楽)に分け,40分間の授業を体験してもらった。今年は,地元のケーブルテレビの取材も入った。わずかの時間だったが,最初緊張していた児童の表情は,帰る時には,違う小学校の児童と楽しげに会話する笑顔になっていたことが印象深かった。しかし,昨年に比べ保護者の参加が少なかったことが反省すべき点である。児童の交流と同時に保護者の交流の意図もあるからである。
全校集会では,おおよそ生徒指導主事など決まった先生が全校生徒の前に立ち話をすることが多いようだ。何十年も教職についている先生でも,全校生徒の前で一度も話をしたことがない人がいるのが現状 であろう。そのために,次のようなことになる。
・話が長くダラダラとしている。
・言いたいことがわかりづらい。
・面白くない。
・メリハリがなく,退屈である。
教師にとって,全校生徒の前で話をすることは重要なことであると思う。またそれを支える話術を鍛えることがさらに重要であると思う。しかし,そういう機会が与えられないために,鍛えられないのである。来年は,月に1回の全校集会で,毎回違う先生に話をしてもらう時間を設けたいと思う。時間は3分。短くても長くてもダメ。自分の主張と出しながら,生徒を引きつける話や技を考える。わずか3分だが,考える時間は相当なものにあるだろう。ここに意味がある。今まで人がやっていたことを自分がやることになる。ここに学び考える姿勢が生まれるのである。若い先生を様々な場面を通して鍛えたいと思っている。
朝日新聞朝刊に連載されている「ティーンズメール」が本(朝日新聞学芸部編 教育史料出版会)になり,昨日購入し読んだ。このコーナーは,毎週,著名な方(ピーコさん,飯野賢治さんなど)が交代で,若者の悩みに答えてくれるといったものだ。中でも,私が注目しているのは,TETSUYAさんの回答だ。TETSUYAさんとは,昔「ドリアン助川」と言う名で,バンド「叫ぶ詩人の会」を結成し活動していた人だ。この人の,たとえ話がいい。例えば自分や周りの友人・大人に嫌気をさしている女子高生に対して次のような回答をされている。「あなたの心の中に「ステキホタル」を1匹飼うことをお勧めします。このホタルはとても敏感な虫で,あなたが何かをステキだなと思った時に,おしりをフワッと光らせるのです。たとえばあなたが鮮やかな色の傘を初めてさした時,通学路のモクレンが満開になった時,好きなバンドのバラードがどこからか聞こえてきた時,ステキホタルは光ります。あなたがだれかを無視している時,ホタルは光るでしょうか。きっと悲しくて泣いているでしょう。(中略)お金でも名声でもなく。ステキホタルが一番多く光った人が人生を最も幸福に生きた人なのだ,ということが私は最近ようやくわかってきたところです。」
ある本で次のような,なぞなぞを読んだことを思い出した。紹介したいと思う。授業の隙間の時間などで話すと盛り上がるのではないかと思う。では,出題。
「冷蔵庫にアフリカ象を入れる3つの条件は何でしょうか。」
では,答えです。
「1 冷蔵庫の扉を開ける。」
「2 アフリカ象を冷蔵庫に入れる。」
「3 冷蔵庫の扉を閉める。」 以上。
では,第2問「キリンを冷蔵に入れる4つの条件は何でしょうか。今度は4つの条件ですよ。」
では,答えです。
「1 冷蔵庫の扉を開ける。」
「2 アフリカ象を冷蔵庫から出す。」
「3 キリンを冷蔵庫の中へ入れる。」
「4 冷蔵庫の扉を閉める。」以上。
ぜひ,教室でおためしください。
朝日新聞に次のようなコラムがのっていたので紹介します。
1歳半の時に,視力も聴力も失い,話すこともできなくなったヘレン・ケラーは,「三つの能力のうちどれか一つが回復されるしたらどれを希望しますか」と聞かれたときに「聴力」と答えた,という話を聞いたことがあります。その話の真偽を確かめたことはないですが,音のない世界に生きる孤独感を深く考えさせる話です。(日野原重明 「92歳・私の証 あるがままに行く」2004.2.28 朝日新聞より抜粋)
卒業式まで残すところ11日となった。来週はいよいよ公立高校の入学試験である。生徒たちは口にこそ出さないが,緊張が高まっているようだ。こう言う時こそ,授業の合間や昼食,掃除,放課後などを利用して,積極的に話をする事にしている。普段は耳も貸さない生徒も,この時期は素直に聞くことができるから不思議だ。本音の話を待っているのだと思う。明日も受験の向こう側にある話をするつもりだ。
最近,何かの拍子に昔読んだり,聞いたりしたことをフッと思い出すことが多くなった。次は,いつ思い出すか分からないので,そのたびにHPに書きつづっていくことにする。稲はご存じのように,苗から稲に育て上げるために並々ならない手間暇がかかっている。昔から、米を育てるためには八十八の仕事があると言われているとおり、苗床の温度管理や栄養管理,日ざし,田植えが終わると害虫駆除,施肥など数え切れないほどである。このように育った稲は,大きく数多い米を実らせることになる。ここで仮に,このような手間暇を一切せずにほったらかすとつまり自然のままにしておくとどうなるか。当然,害虫や日差し,気温などの悪条件に耐えられない稲は枯れ,死んでいく。しかし,このような悪条件で生き残る稲もあるそうだ。ではこのサバイバル稲は,どのような米を実らせるのだろうか。確かに,米粒は小さく,数も少ないそうだが,味は甘くとても美味しいそうである。稲と子ども共通点があるのではないかと思う。(立松和平さんの話だったと思う。)
最近の注目本「夜回り先生」(水谷修 サンクチュアリ出版)を読んだ。定時制高校の教師が12年,夜の街を回り,援助交際,暴走族,薬物乱用,引きこもり,リストカット,などの生徒と向き合ったノンフィクション本である。大人の被害者であるこのような生徒に寄り添い,語りかけ,すべてを受け入れる水谷氏がとてもかっこいい。とことんまでつき合う,向き合う姿勢が生徒の心を開いていくのだろう。本当に心配してくれることが伝わると生徒は心を開くのだ。それをどのように伝えるかが難しい。言葉・体温・気合い・汗・目・態度・人間的魅力か?分からない。ただ言えることは,きれいごとや建前だけを並び立てる教師には,生徒は絶対に心を開かないのである。
「昨日のことは,みんないいんだよ。」
「おれ,死にたい」「わたし,死にたい」
「でも,それだけはダメだよ」「まずは今日から,水谷と一緒に考えよう。」
読後,この言葉が心にしみた。
道徳授業アンケートの集計をやっとのことで終えた。生徒及び教師の道徳授業に対する意識を調べるために3年前から実施している。項目は,道徳授業が好きか,嫌いか,その理由,どのような授業を望んでいるかなどである。そこで,ここでは生徒がどのような道徳授業を望んでいるかのまとめを紹介したいと思う。
■どんなことを学びたいですか■
【1年】
・人の命の大切さ
・タテマエだけを言っているだけだと思う。もっと自分の考えを言える道徳にしてほしい
・差別・友達や家族の大切さ
・将来のこと
・いじめはしてはいけない
・面白くて勉強になること
・平和
・楽しいこと
・もっとクラスの人の意見や考えが分かるようにしてほしい
・レクレーション
・一生懸命がんばって生きている人をもっと知りたい
・人の心を読む
・自分の生き方のためになること
・この学校が楽しくなること
・世界平和
・生きていること
・他の国のこと
・個性
・ボランテア
・自分を信じる
・未来
・勉強に関係があること
・人権
・昔の文化の良さ
・みんながだまる方法
・自分の生き方
・弁論ゲーム
・話し合い
【2年】
・友達
・将来
・命の尊さ
・人生
・生きること
・外国の文化
・自分
・いじめ
・心のこと
・自分に生き方の参考になること
・本の話
・人の心
・みんなが興味のあること
・知らないこと
・ビデオを使って人と人との関わりを学びたい
【3年】
・郷土
・友達
・戦争
・いじめ
・感動する話
・人の生き方
・人の気持ちがわかる人間になりたい
・自分の知らないこと
・心が生まれ変われる授業
・今の日本について
・お年寄りとの接し方
・感謝の気持ち
・常識的なことを学びたい
・感動する話
・国際平和への貢献
・人の意見を聞き,交換する
注目する点は友達に関すること,人の意見がもっと知りたい聞きたい,生き方について考えたいと言う生徒がと多いことである。友人と自分について悩んでいるということだろうか。今後の道徳授業づくりの参考にしたいと思う。
昔から、漂流モノ・冒険もの・遭難ものを読むのが好きで、目についた本は片っ端から読んできた。50冊はあるだろう。その中から、5つ選ぶとするならば、以下のものをあげる。
1 漂流 吉村昭
2 たった一人の生還 佐野三治
3 おろしあ国酔夢譚 井上靖
4 大西洋 漂流76日間 スティーブンキャラハン
5 大黒屋光太夫 山下恒夫
人間が死に直面した時に、どのような行動をとるのか、どのようなことを考えるのか極限状態での生き様に感銘を受けるからである。このような本を読むと必ず、故 植村直己さんの言葉を思い出す。「冒険とは生きて還ること」。
日本人初の宇宙飛行士である,秋山豊寛さんの講演会に行った。その中から,印象に残った言葉を紹介する。「1㎏の魚が成長するためには,10㎏の小魚が餌として必要です。10㎏の小魚が成長するためには,100㎏の動物性プランクトンが必要です。100㎏の動物性プランクトンが成長するためには,1000㎏の植物プランクトンが必要です。この1000㎏もの植物性プランクトンはどこからくるのでしょうか。それは,山から川を経由してくるのです。山と海とは,大きなつながりをもっているのです。」因みに,宇宙から見た美しい地球を大切にするためには,どのような行動を起こせばいいのかと考えた末,福島の山中で農業を営まれているそうである。この講演会の演題は「宇宙へ。そして農人の道へ」。
本日,TTで社会科を教えている1年生のあるクラスが本年度最後の授業となった。T2という立場で,主に生徒の援助や個別評価の手伝い,授業中のしつけを中心に行った1年間だった。T1が不在の時に2回程度,授業を実施した程度だったが,その授業が印象に残ったらしく最後に丁寧なお礼の言葉をもらった。中には2年生で担任をしてほしいと言う生徒までいて,少々感動した。こんな心優しい生徒に出会えたことを感謝したい。
朝日新聞に掲載されている,日野原重明さんが「92歳,私の証 あるがまま行く」で武士道について書かれていたので紹介する。「岬龍一郎氏の注釈によると,新渡戸が記した武士道の基本精神では,「義」を最重視し,「義」とは不正卑劣な行動を自ら禁じ,死をも恐れない正義を遂行する精神だ,と言います。第13章の「刀一節の魂」には,「武士道の究極の理想は平和である」とあります。
内田洋行さんの教育情報サイトである「学びの場.com」に私の道徳授業と生徒指導に関する実践集が掲載された。道徳以外の教育関係情報も満載です。是非,ご覧ください。お勧めです。 学びの場.comのデータベース(指導案・アイデア集)をクリックしてみてください。
野口芳宏先生の連載論文『言語活動主義批判』(国語教育 明治図書)を宮崎の嶋田先生から送っていただいた。一気読みだった。いつ読んでも,野口先生の論文は分かりやすい。しかも直球勝負だ。平成16年度の授業創りのベースにしたいと思う。嶋田先生ありがとうございます。またひとつ勉強しました。
「中学校編 とっておきの道徳授業Ⅱ」(桃崎剛寿 日本標準)がついに出版された。この本の中で私は3本の道徳授業実践をのせている。是非,追実践をしていただき多くのご意見をいただきたいと思っている。4月からの授業に使えるものばかりです。よろしくお願いします。
本日,平成16年度の入学式が行われた。例年どおり私が司会を担当したのだが,その中での気づきを1つ。
在校生代表の歓迎の言葉が特に良かった。生徒会長がその役を務めたのだが,「中学校は何をするところか」という話の中で,中学校は社会に出た時に恥ずかしくないように,基礎的な知識や礼儀を身につけるために学ぶところだ。だから少しぐらい嫌なことがあっても,がんばり,我慢したりすることも大切だ,という内容を語ってくれた。楽しい思い出をたくさんつくってくださいといった,歓迎の言葉が多い中,このような硬派の歓迎の言葉を語ってくれた生徒会長に拍手を送りたい。
脚本家の山田太一氏が幸福について書いた文を読み,うなづくことがあったので紹介する。「人間はがんばれば何でもできるんだ。今でも,そう叫ぶのはいつでも成功者です。もちろん彼らは相当な努力をしたでしょう。でもそれは,彼らの幸福や才能の中でのことであり,決して普遍的なものではないのです。 多くの人にとっては,「がんばれば何でもできる」なんていうのはウソ。失敗した人は努力が足りなかったということになってしまうような人生論は,私は単純すぎるように思います。そんな幻想が,我々の小さな幸福感を奪っているとも言えるかもしれません。(中略)自分の幸福のサイズ。それは大きければいいというものではない。用心深く小さくする必要もない。そのサイズをどの辺に置くかがその人間の器量なのかもしれません。そしてそのサイズは,みんなが違うものであって当たり前なのです。」
(PHP5月臨時増刊号「私の幸福論」)
本日より,新1年生の授業がはじまった。真新しい制服と教科書,文房具類。こちらのやる気もふくらんでくる。そこで授業開きとして,おおよそ次のような話をした。
1 「かわること」が大切です。小学校の成績や生活態度などがどうだったかは関係ありません。中学校で自分がどのようにかわるかが大切なのです。
2 かわるといっても悪い方向にかわってはいけません。良い方向にかわるべきです。良い方向にかわることを何というか知っていますか。漢字2文字でノートに書いてください。これを「成長」といいいます。中学校3年間で,いろんな勉強をして人間として成長してください。125名の新1年生が「成長」できるように,私も勉強し続けたいと思う。
放送開始から14年目を迎えるTBSドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の石井ふく子プロデューサーが14日付けの朝日新聞で次のようなことを書かれていた。
〈引用終わり〉
「徹底的に言葉で諭す。これが,番組の真骨頂です。わが子のほおをたたくときも,なぜ「たたくのか,それを」諄々と説明する必要がある親にはある。向かい合って生きている証しだからです。今,電車の中で他人の粗暴な行為を注意したら,逆に何をされるか分からずに怖がっていしまうのが現状の社会。14年前は想像すらしなかった親子同士の傷害や殺人事件。人間同士の言葉がしっかりしっかりと存在していれば,事件は防げたのではないか…」
〈引用終わり〉
野口芳宏先生が言われた「現代は失語の時代」という言葉を思い出した。
4月17日(土)熊本で開催された,「素敵な人間教師の教育フォーラム2004」に参加した。有田和正先生の講座では,社会科の新たな情報をいただいた。また午前中の静かな雰囲気を,一気に笑いの雰囲気に変えてしまった横山験也先生の貴重な30分の講座。
中でもやはり,野口芳宏先生の講座が一番ガツンときた。
何度聞いてもあの「野口節」は素晴らしい。
短い言葉でズバリと言ってのける快感。
総合学習や小学校英語活動についての情報もいただいた。年度初めの忙しい時期だったが,行ってよかったと実感している。野口先生の「教師が自信をもって,善導することが大切である。」との言葉に明日からのやる気がでてきた。講師及び関係者の皆様,どうもありがとうございました。
先日,1年生社会科の自主公開授業を行い,若い先生が参観してくれた。その感想の中で,私の授業の特徴を2点出してくれた。
1 発問が短く,適切である。
2 厳しい中にも,ユーモアがあり,楽しい。
授業中のユーモアというのは,授業の内容とリンクしたものであること。単なるダジャレや内輪話ではだめであり,そのユーモアで授業全体が崩れていかないことだと考える。
先日,アメリカに住んでいる義妹から以下のメールを受け取った。心温まるいい話なので,全文を紹介する。
〈ある若い男は人生で最も大切な事を隣に住む男から学んだ 〉
ジャックがその老人に会ってから長い月日が経っていた。大学、女性、キャリア、そして生活がその月日をうめていた。実際のところ、ジャックは自分の夢を追って田舎をすっかり離れていた。
そこは彼の慌ただしく忙しい生活があった。ジャックは昔を思い出す時間がほとんど無く、彼にとって大切なものと過ごす時間さえもしばしば無かった。彼は未来のために働き、止まるところを知らなかった。
電話の向こうから母親が言った。
「ベルザーさんが昨夜亡くなったの。お葬式は水曜日よ。」記憶が古いニュース映画のように彼の心にぱっと浮かんだ。そして幼少の頃を思い出しながら静かに座った。
「ジャック、聞こえたの?」
「ああ、ごめん。聞こえたよ。ベルザーさんの事は長く考えたことがなかったよ。残念だ・・・。でも正直なところ、もうずっと前に亡くなっていたと思ってたよ。」ジャックが言った。
「そう、彼はあなたのこと忘れてなかったわよ。お会いする度にあなたがどうしているか尋ねられたわ。そして彼の言う”ベルザーの庭”と過ごした沢山の思い出を語ったものよ。」母親が彼に言った。
「ぼくは彼が住んでいた、あの古い家が大好きだった。」ジャックが言った。
「あなたも分かってると思うけど、ジャック、あなたのお父さんが亡くなった後、ベルザーさんは努めてあなたの人生に男性としての影響を与えてくれたのよ。」母親が言った。
「彼はぼくに大工の仕事を教えてくれた。」彼が言った。
「もし彼の影響でなかったら、ぼくは今の仕事についていなかったよ。
彼は大事だと思う事は本当に沢山の時間を割いてぼくに教えてくれたんだ・・・お母さん、お葬式に行くよ。」ジャックが言った。
彼は忙しく言葉を続けた。ジャックは次の便で故郷へ向かった。ベルザーさんのお葬式は小さくささやかであった。彼は子供もなく、親戚もほとんど亡くなっていた。自宅へ戻る前の晩に、ジャックは母親と一緒にもう一度隣の古い家の前で止まった。玄関口に立ち、暫くの間足を止めた。それは時間と空間を越え、異次元に跳んだようだった。家は彼が覚えていたそのものだった。一歩一歩が思い出で包まれていた。
写真の一枚一枚、家具の一つ一つ・・・・
ジャックは突然止まった。
「どうしたの、ジャック?」母親が尋ねた。
「箱がない。」彼が言った。
「何の箱?」母親が尋ねた。
「机の上にベルザーさんがいつも鍵をかけていた、金色の小さい箱があったんだ。中に何が入っているのか千回は聞いたんだけど、彼の答えはいつも”わしが一番大切にしてるモンだ。”だった。」ジャックが言った。
その箱は無くなっていた。家のすべてが、ジャックが覚えていた全くそのとおりなのに、箱だけが違った。きっとそれはベルザー家の誰かが持ち去ったものと、彼は判断した。
「これでぼくは永久に、彼が何を大切にしていたのか知る事はないんだ。」ジャックは言った。
「もう寝たほうがいい。あしたは早い便で帰るんだよ、お母さん。」
ベルザーさんが亡くなってから二週間ほどが過ぎていた。
ある日、仕事から帰ったジャックは郵便受けの中にメモを見つけた。
”署名要する荷物あり。不在。3日以内に郵便局までお越し下さい。”と記されていた。
翌日早くにジャックは荷物を回収した。小さな箱は100年も前に送られたように古ぼけて見えた。
文字が読めないほどゆがんでいたが、差し出し名がジャックの注意をひいた。
”ハロルド・ベルザー出し”と書かれていた。ジャックは車へ箱を持ち出し、封を開けた。
その中にはあの金色の箱と封筒が入っていた。中のメモを読んだジャックの手が震えた。
”私が死んだら、この箱を発送しておくれ。内容物はジャック・ベネットへ。
私の人生で最も大事な価値のあるものだ。”
小さな鍵が手紙に貼り付けてあった。
ジャックの心臓が速まり、目には涙があふれた。彼は注意深くその箱を開けた。
そこには美しい懐中時計が入っていた。美しく彫られた飾りをゆっくりと指でなぞり、ふたを開けた。
中には彫り文字があった。”ジャック、君の時間をありがとう。ハロルド・ベルザー”
「彼が一番大切にしたの物・・・・は・・・・・・ぼくの時間だった。」
ジャックは暫くその時計を握り、事務所へ電話をかけ、2日先までの約束を全てキャンセルした。
「なぜですか?」彼のアシスタントのジャネットが尋ねた。
「息子と過ごす時間が必要なんだ。」と、彼が言った。
「ところでジャネット、君の時間をありがとう!」
”人生は私たちが息をした数で測られるのではなく、私たちがはっとさせられる瞬間に価値があるのです。”
全校集会や学年集会,保護者会など人前で話すことの難しさを感じ,話術を向上させるためにはどうすればいいか,考えている。野口先生の本や講演会などで学んだことを取り入れながら,実践している最中である。
現在まで,自分が注意していることを以下にまとめてみる。
1 日頃から資料を集めておく。
気に入った言葉,驚きのある数字,心温まる話。教育に関する最新情報など。
2 話や資料の中に具体的数字を入れる。
数字を引用することより,現実的になり,話がぴっしとなる。
3 「。」を多くし,短い話でつないでいく。
要はダラダラと話さないということ。
4 聞き手が集中するように,適度に質問し,答えを求める。
双方向性を持たせることで,緊張感が高まる。
5 身近な話を織り交ぜる。
自分の体験談や自分の子どもの話などを挿入することにより,聞き手をグっと引き寄せることができる。
6 「エー」から始まり「ほー」で終わる。
最初は,驚きのある資料を使い,最後は納得するあるいは感動する話で終わると完結した話ができる。
本年度,第1学年全クラス(4クラス124名)で深澤先生の200字作文を取り入れ実践している。
今までの行事のたびに適当な長さの感想文を書かせるという惰性的な指導はやめることにした。
その理由は,
1 与えられた枚数をただ書けばいいという雰囲気が出てきており,真剣に書く生徒が少なくなった。
2 読む方も忙しく,朱も入れず,斜め読み程度になる傾向が出てきた。
3 その作文によって生徒を鍛えるという目的がなくなってきた。
からである。
書いた作文は,1年職員で分担して読み,誤字脱字,表現がおかしい点などに朱を入れ戻す。それを生徒はファイルに綴じていくという方法である。また,国語辞書を使いできるだけ漢字で書こうとする生徒も増えてきており,付箋の数も着実に増えてきており,各学級で随時,学級通信でも紹介している。
家庭訪問でも,「国語辞書を使う習慣が身についてきています。」と言った話が出ており,うれしい限りである。この200字作文を本年度第1学年の特色ある学年づくりの柱として是非継続的に実践し,生徒をさらに成長させたいと考えている。
本市では,4月の新聞等で話題となった書写の履修時間の問題は大きな波紋を起こしそうな気配だ。
学習指導要領では,書写について以下のように記載されている。
「イ 毛筆を使用する書写の指導は各学年で行い,硬筆による書写の能力の基礎を養うようにすること。」
「ウ 書写の指導に配当する授業時数の国語科の授業時数に対する割合は,第1学年は10分の2程度,第2学年及び第3学年は各学年の10分の1程度とすること。」
つまり,本市では各学年国語の授業でやるべき書写の指導が,ほとんどの学校で不十分だったことが指摘されたのである。
その原因を論じるつもりはないが,このようなことが二度と起きないようにするためにはどうすればいいかを考えてみた。その1つの方法として,日頃から「学習指導要領」を読んでおくことだと考える。最近改訂版が出されたが,自費で購入した職員がどれだけいることだろうか。(このあたりも原因の1つだろう)
それでは授業を組み立てる際に,この学習指導要領をどのように使うか,現在私がやっている方法を紹介する。
◆授業を組み立てる流れ◆
1 学習指導要領を熟読し,指導する単元の内容を書き写す。
2 それを教科書でどのような記述になっているかを確認しながら,教科書を熟読する。
3 授業全体の大まかな流れを考える。
4 教科書だけでは不十分な資料や写真などを探す。
5 発問や作業の意図を確認しながらつくる。
6 その発問や作業が評価のどの観点にあてはまるのかを考える。
7 資料の提示のタイミングを考える。
8 板書の構成を考える。
9 再度,学習指導要領を読む。
このように日頃から,学習指導要領を身近に使っていれば,今回の書写のような問題も起こりにくいのではないかと思う。
昨日の朝,1年生の女の子が「先生持ってきました」と言いながらあわてて職員室に入ってきた。 その手には,ビニル袋を抱えていた。中を見るとタッパが入っており,ふたを開けると氷のかたまりが3つほど入っていた。それは,「南極の氷」だった。親類からもらったそうである。社会の授業で南極大陸の話をしたことがきっかけらしい。
さっそく,この「南極の氷」を使って授業を行った。
●このタッパの中には何が入っているでしょうか。(何人かに聞き,タッパを振って音を聞かせた)
・石 ・食べ物 ・氷 ・虫などの意見が出た。
●「実は…(もったいぶって)これです。」と言いながらふたを開けた。
●何でしょうか。
・氷
●そうです。これは氷です。しかし,ただの氷ではありません。南極の氷です
・生徒からは「ウソー」「本当?」と驚きの声が出た。
●今から,この氷を一人一人に見せますから,よく見て気づいたことをノートに書いてください。
さわってもいいですよ。(ゆっくりと机間を回り見せた。生徒はさわったり,じっくりと見ていた。)
●では,気づきを発表しもらいます。
・普通の氷より透き通っている。
・ゴツゴツしている。
・氷の中に,泡が一杯入っている。
●氷の中にたくさんの空気が入っています。もしかしたら,この空気は何万年前の南極大陸の空気かもしれません。今の授業中の氷が少しだけとけたので,皆さんは,何万年前の空気を吸ったことになるのかもしれませんね。
(ほとんどの生徒は,不思議で「ヘー」という顔をしていた)
以上わずか教科書に入る前の5分程度の授業だったが,本物教材の力を知った5分間だった。
入学式から約1ヶ月がたち1年生の生徒たちも随分,学校や授業に慣れてきたようだ。この1ヶ月間の私の授業を振り返り,指導してきたことの要点をまとめてみる。
●元気良い弾んだ,あいさつをする。
●プリントを渡す時に「どうぞ」受け取る時は「ありがとう」という言葉を発すること。
●発表する時は,イスを机の中に入れる。
●ノートは,できるだけ分かりやすく,早く書く。
●小学校の時とは違い「分かる人,やりたい人?」という発問はしない。
●「まだできていない人?」「分からない人?」「時間がほしい人?」という発問をする。
●小学校の時のように「○○と思います。」ではなく「○○です。」と言わせる。
●答えの度に「同じです」「違います」と言わせない。
●早く作業が終わった生徒にスキを与えない。
●説明は短く,1回きりとする。
●家庭学習で教科書を2回音読することを宿題とする。
●一人一人の学習作業や答えに対して,その場で評価していく。(机間評価の徹底)
●私語を許さず,緊張感のある分かりやすい授業をつくる。
●単にほめるだけではなく,的確な評価語を使い評価する。
(※評価語とは,例えば「まだまだ」「おしい」「あと一歩」「声が小さい」「素晴らしい」「立派」など)
●きびしさと楽しさの割合は4月の段階では,おおよそ9対1程度とし,来年の3月で6対4程度になればいいと考えている。このような指導を1ヶ月実践してきた結果,家庭訪問で保護者から「社会科が分かりやすい」「楽しい」「やる気がでた」などの声が出たそうだ。また,自主学習を強制している分けではないが,毎日10名程度の生徒がノートを提出している。5月の終わりには中間テストがある。これも1つの私の授業の評価の参考になる。楽しみだ。
先日行われた,市内の学年別卓球大会で2年生女子の1人が見事準優勝,もう1人が8位という 好成績をおさめた。そのごほうびではないが,練習試合の遠征で,かねてからの希望であった本土から船で約50分ののところにある「K島」という離島にある中学校に行くことにした。女子たちは大喜びだったが,私は条件を出した。自分たちですべて計画を立てること。船の発着時刻,料金,港の場所,集合時間などを自分たちで調べて計画書を出すこと。期限は5日間。しっかりとしたものができていれば,練習試合に連れて行く。締切まであと3日。彼女ら6人がどのような計画書を出すか楽しみだ。
深澤先生の「世のため・人のため」運動を全校導入で導入してから,いろんな会議や研究会で紹介してきた。その甲斐あって,少しずつではあるが広がってきている。そこで今年度は,「世のため・人のため通信」を作成し学校関係者だけでなく家庭はもちろん近隣小学校や地域の公民館,郵便局,老人ホームなどに配布することになった。これをきっかけにして,生徒が今以上に世のため・人のためになる行為をドシドシやってくれたらと思っている。
本日,読んだ雑誌の中で,心にひっかかった言葉3つ。
◆『教える能力というのは,面白く教えることである』 A・アインシュタイン
◆『ユーモアのない教師は児童に接すべきでない』 北川民次(画家)
◆『師は針のごとく,弟子は糸のごとし。針ゆがむ時は糸ゆがむ このゆえに,いにしえより師を選むを肝要とす』 向井去来(俳人)
朝の会や帰りの会などで連絡をする時に,生徒が言ったことを教師が再び繰り返すことがよくある。
例えば,明日の教科連絡などで生徒が必要なものを背面黒板や発表などをしたあとに,教師が同じことを言う場合などである。
これでは,生徒のやる気は育たない。「なんだ先生が言うなら,別に俺たちは言わなくてもいいんだ。」という気持ちにさせるのである。与えた仕事を生徒に任せる。任せたらやり切らせる。これが大切だと思う。
あなたは文明に麻痺していませんか。
車と足はどっちが大事ですか。
石油と水はどっちが大事ですか。
知識と知恵はどっちが大事ですか。
理屈と行動はどっちが大事ですか。
批評と創造はどっちが大事ですか。
あなたは感動を忘れてはいませんか。
あなたは結局何のかのと言いながら,わが世の春を謳歌していませんか。
(倉本聰 富良野塾開塾起草文)
最近,社会科の時間,学習内容と関連がある話をする時に,あえて答えを言わないで,「自分で調べるともっといろんな発見ができるし,調べる力が身につくよ」と言うことが多い。例えば,次のようなこと。
●島国であるフィリピンの学習をしていた時にやったこと
・フィリピンは何で有名ですか。
・すぐに全員バナナと答えた。
・そうですね。日本に輸入されているバナナのうち,約70%がフィリピン産です。では,第2位はどこでだと思いますか。
・インド! タイ! などと勝手なことを言い出す。
・全部違います。
・先生教えてください。
・教えません。自分で調べたい人はノートに調べたことと気づきや感想をノートに書いて持って来てください。
・次の日,約10名がノートを持ってきた。
たまには,このような指導を行っていきたいと思う。
ドリフターズのリーダーであるいかりや長介さんの自伝である「だめだこりゃ」を読んだ。内容自体は笑いは少なく真面目にお笑いに生きた男のストレートな話である。最後の一文に感動した。「私の人生に残り時間がどれだけあるかはわからない。ただ,ハッキリしていることは,これから先も「ザ・ドリフターズ」の名前通り,漂流物のごとく,流され続けていくことだけだ。こんな人生があってもいいのだろう。
春は保健行事が目白押しで,4月は身体測定から始まって,視力検査・内科検診・心臓検診・脊柱検査・歯科検査・尿検査などがあり,5月の半ば頃にやっと落ち着く。本日,尿検査の1次結果表が養護教諭より配布された。ほとんどの生徒は異常なしだが,3名の生徒が2次検査を受けることになった。問題は,その3名にどうやって知らせるかである。私の知っている範囲では,他の生徒の目の前で配布したり,教室の後の方に呼び出し渡すする担任もいた。そこで私は,昼食の時に3名の生徒に「食事が終わったら職員室に来て下さい」と言い,その後,1人ずつ職員室の中に呼び,いらなくなった封筒に尿検査の容器や検査結果表を入れ,本人に「心配いらないよ」と言いながら渡した。
●『個性には「特化された普遍」というドイツ語の注がついている」(西田幾太郎)
●『公教育に基礎的な共通事項の徹底以上のものを期待することはできない。一人一人の個性は,
各人が精進,努力して自得する以外にはない。公教育が個性を育て得るというならばそれは誇大
広告の類であろう』(山崎正和)
深澤先生の200字作文を学年全体で取り組みはじめて約2ヶ月たった。節目や行事のあとに書かせ通算,4回程度になる。今日は薬物乱用防止教室の講演会のあとに書かせた。担任不在の学級で
次のような指導をした。「制限時間は10分間です。10分たったら先生に見せに来て下さい。」と言い10分で90%の生徒が持ってきたので,漢字間違い(特つ× 持つ○)やひらがな間違い(そうゆう×そういう○)などを指摘し,書き直させた。ほとんどの生徒が終わって帰ったあと2名の生徒が悪戦苦闘していた。最終的に,全員が書き終わったのは25分程度たった頃だった。
この2名を家で書いてくるようにという指導もできたが,今日やらなければならないことは今日やらせて帰すという考えから,最後までやらせきった。最後に「よくがんばったね。いい作文ができたね。」と言ってさようならをした。
●この2ヶ月で書くスピードが速くなった。
●マスを埋める生徒が増えた。
●できるだけ漢字で書こうとする生徒が増えた。
以上が経過報告である。
本市で起こった悲しい事件から1週間過ぎようとしている。新聞をはじめ多くのマスコミは,事件の原因を様々な角度から書いている。県教委は,臨時の校長研修会や講演会などを開き,学校現場で命の尊さを教えることに力点をおくような方向性を出したようだ。本校では,事件の次の日に臨時の全校集会を開き学校長より命の大切さをについての講話があった。その後,1年生だけを残し学年集会を行い私が話をした。その中で次のような質問をした。
●命は大切だと思う人は手を挙げてください。
○全員手を挙げた。
●殺人(人を殺すこと)は悪いことだと思う人は手を挙げて下さい。
○全員が手を挙げた。
生徒は命は大切だとか殺人は悪いことだと知っているのである。分かっているのである。当たり前だと分かっているから,いくら話をしても生徒の心にしみわたっていかないのであろう。道徳授業をはじめ多くの授業や指導は「言葉を媒介とする」ものであるから,言葉として伝えるためには限界があることをしっかりと認識しておく必要がある。相手に言葉を受け入れる準備や余裕や姿勢がないと伝わってはいかないのではないかと思う。つまり,分かりきっていることをくどくどと言われても生徒の心にはしみていかないのである。では,学校現場ではどうすればいいのだろうか。生徒に伝わる内容・言葉を話すことである。1つの方法として,生徒と一番近い他人である教師が,自らの体験を元に命の尊さと死の現実を実感と本音で話すことではないだろうかと思う。私は今までに,子どもが生まれた時の様子,子どもが病気になった時の看病のこと,子どもが入院し手術をした時の様子,母の死を看取った様子など,実体験をその都度,語ってきた。その話の内容を学級通信で流したこともある。特に,これからは「死」に関しても何らかの形で教えていかなくてはいけないのではないかと思う。1950年では,89%の人が自宅で死去していたが,1990年では,75%の人が病院で死去している。つまり,死を身近なものとしてとらえる機会が減り,死に対するイメージが希薄化してきているからである。(参考 『高校生と学ぶ「死」の授業』 熊田亘 清水書院 )
人が死ねばだれが悲しむのか,だれが不幸になるのかなども,この「死」を教えることに含まれるのではないかと思う。いずれにせよ,今回のような事件が二度と行いようにするためには,全国の教師が本気で取り組むことである。各学校,どのような取り組みや授業・実践をしたかを1冊の本にするぐらいの気概が欲しいと思う。
本年度,市の幼児教育センター協議会の役員になった。というか校長からお願いがあり,面白そうなので二つ返事で引き受けた。市教委,幼稚園,小学校,中学校などの代表が集まり幼児教育に関しての意見交換や協議をする場だそうである。小さい頃からの正義と勇気の道徳教育を訴えていこうと思う。もちろん「世のため・人のため」についてもガンガン紹介していくつもりだ。
本日,1年生で道徳の公開授業を行った。田中利幸先生の「ナンバーワンとオンリーワン」の追実践だった。校内職員6名の参観があり,準備から本番まで結構,気合いが入り久々と言うこともあり緊張した。それぞれの先生にABCの評価シートを書いてもらい,また感想や気づきなども書いてもらった。「命が大切」であると一言も言わないでも,生徒には伝わっていた。またやる気がでてきた。1年2組の32名の生徒と6名の先生,田中先生どうもありがとうございました。
昨日,行われた教師修行セミナー2004で学んだことを取り急ぎ書ことにする。
〇野口先生からは,「教師は,研究よりも修養が大切であること。修養を積み重ねるうちに,教師は生徒へ影響を与える人間となる。教師は伝達者ではだめだ,影響者でなければならない。」と言うことを学んだ。
〇深澤先生からは,「教師の感性の必要性」と「生命尊重と人の命の大切さとは別のもの」であることを学んだ。講師のお二人,参加していただいた60名と道徳教育改革集団の仲間,いろんな仕事を手伝っていただいた同僚の先生方,本当にありがとうございました。前夜祭からイベント当日,懇親会まで,多くのことを学び,人と人とのつながりの大切さを実感した2日間でした。
1学期の期末テストも終わり,通知表を書く時期となっている。さて,その通知表ではなく,定期テストのことを振り返り,2つのことを質問したいと思う。
●質問1 保体のテストで「アテネオリンピック出場が決まった女子バレーボール選手の名前などスポーツの時事ネタを問題として出すことをどう思うか。
●質問2 自分が教えてるクラスの中であるクラスの平均点だけが10点ほど低かった。これは,このクラスに低学力の生徒が多いからだと考えることについてどう思うか。私の考えは次回にする。
さて,前回の私の考えを書こうと思う。
●質問1について,定期テストの作問は,すべて指導要録のどの観点にあてはまるのかをしっかりと考えなければならないと思う。つまり,このスポーツ時事ネタが興味関心という観点にあてはまるとすれば,サッカーネタは得意だが,バレーボールには全く興味がない生徒は,保体の興味関心を薄いということになるのだろうか。これは,おかしい。この作問を意図は何か全く不明である。このような安易な作問を行う教師がまだまだいるようだ。
●質問2について,確かに低学力の生徒が多いとしても,平均点の低さを生徒のせいばかりにする教師は,伸びない。自己責任を考えようとしないからだ。その低学力の生徒をどうしたら伸ばせるのか,授業をどう改善すればいいのか。このような自問する教師は伸びていく。
7月1日から7日まで学校と家庭や地域の連携を目的にした教育週間が終わった。特に注目は道徳授業だったのではないかと思う。この5日間で私の社会科の授業を参観された方は10名程度だったが,最終日に飛び込みでやった道徳授業では,元教育長や元校長,元教員などからなる教育サポートスタッフをはじめ新採2年目の私の教え子も参観し,合計20名を越える盛況ぶりだった。内容は,「大切な人の死」を扱ったもので,途中涙を流す生徒もいたがしっかりと考えてくれた。ひとりひとりに感想を発表させたが,みんな堂々とした態度だったことに感心した。31名の生徒ありがとう。
昨日,ゲストティーチャー講演会で元久留米筑水高校教諭,高尾忠男氏を招聘し,鶏の解体実習を通して生徒に命の大切さを教えるということについてお話していただいた。全校生徒と30名の保護者が参加し,講演の後には生徒及び保護者からの質問を受けるという流れで,とても意義ある会になった。その中でも今回は,高尾先生だけでなく,実際に解体自習を行った生徒2名も連れて来られており,生徒の本音を聴くことができたのも,貴重な体験だった。 この講演を成功させるために,3年前から準備してきた本校のT先生お疲れ様でした。今までのゲストティーチャーとは違い,心がズンと重くなりました。これだけに終わらず,広める努力をしていきましょう。
※詳細は,『「命の大切」を実感する心の教育 ~この体験が生徒を変えた~』 高橋史朗監修
福岡県立久留米筑水高校 編著 学事出版 (月刊高校教育2004年2月増刊)
幸福三説 『努力論』幸田露伴
幸福を引き寄せるには三つの方法が考えられる。
第一は「惜福(せきふく)」…福を惜しみ,すぐには使い尽くしてしまわない配慮。
第二は「分福(ぶんぷく)」…福を得ることができたら,それを他にも分かつ。
第三は「植福(しょくふく)」…自分のもてる力を活用して社会に貢献すること。
夏休みの社会科の宿題で教科書の音読を徹底させることにした。4月から予習として音読をさせていたのだが,なかなか100%に到達できなかった。そこで,今回は小学校の国語の予習として実施されている音読カードを作成し,全生徒へ配布し,1日2ページを義務づけた。音読は黙読に比べ脳の発達に効果があるという結果も出ている。 「音読は,文字のことばを目で見て,脳で情報処理を行い音のことばに変換し口から出力し,さらに自分の耳からはいる音のことば,文字のことばの双方を用いる。きわめて高度な活動である。」
(『脳と音読』 川島隆太 安達忠夫 講談社現代新書)
また,教科書を読むことにより,家の人との会話のきっかけになればいいとも考えている。さあ,夏休み40日分読んでくるだろうか,楽しみである。
7月の第1週に教育週間の一環として道徳の授業を公開したことは先日報告した。その教え子は新採2年目の教師である。どうしても私の授業が見たいというので,わざわざ来てくれた。その感想を紹介する。「生徒たちもワクワクした気持ちで授業に臨んでいた。わかりやすく短い発問で淡々と中身に入っていったかと思うと,いつの間にか考えさせられる内容へと移っていった。」4年前に教務主任となり担任を外れた時に2つのことを決心した。1つは,忙しくなるだろうから,学ぶことを怠らないようにする。2つは,後輩を育てること。(授業を率先にして公開する。厳しいこともしっかりと言う。様々な資料を配付する。各種のイベントに誘うなどなど)彼とは市の道徳研修講座で共に学ぶ仲間である。今後とも,後輩を育てることを大切にしていこうと思う。
深澤先生が徒然日記にも書かれているとおり,自宅での研修がほとんどできない状況になってきた。そのため,部活動への参加と,できうる限りの公的,私的研修会に参加しようと考えている。それぞれの研修会ではしっかりとメモをとり,その日のうちに自分なりにまとめる。感心したことはHPに掲載するようにしている。もちろん読書も忘れない。野口先生の言われるとおり,教師としての深みを出すために「修養」を重ねる夏にしたいと考えている。
総合道徳教育メールマガジン114号を読んで,同じようなことを感じた。例えばこんなこと,
●朝の会で日直や学級委員が言ったことを担任が繰り返す。
●授業中,生徒の答えを教師が繰り返す。
●明日の連絡は背面黒板に生徒の係が書いているのに,担任が繰り返す。
●テスト範囲は,授業中生徒へ連絡しておいたのに,改めて,一覧表などをつくり全生徒へ配布する。などである。忘れないようにしてほしいという優しさからだと思うが,よく考えてみると,生徒に任せてはおけないということである。こうなると生徒は,どうせ先生が言ってくれるんなら,適当にやっておけ,やらなくていいんだなどという気持ちになるのではないか。いったん生徒任せたら,とことんまで任せてみることも大切だと思う。
夏休みに入りこの1週間は,1日のうち半分は部活など学校での仕事をし,あとの半分は読書の毎日だ。この1週間で読んだ本を列挙すると
●『脳と音読』(川島隆太 安達忠夫 講談社現代新書)
●『教育再生』(読売新聞社会部 中公新書ラクレ)
●『教師力』(朝日新聞教育取材班 朝日文庫)
●『いのちの教科書』(金森俊朗 角川書店)
最近は,教育書よりも新書のコーナーで時間をかけて探すことが多くなっている。岩波新書からはじまり,新潮新書,中公新書ラクレなど様々なジャンルの様々な新書が出てきており,専門性はもちろん,読みやすさも惹かれる要因のようだ。今後も新書に注目していきたい。
皆さんは,どのような読書スタイルをお持ちだろうか。私の場合,だいたい次のような読書スタイルをとっている。
●本を買う時は以下の3点を中心に考え,3つの条件がそろえば,即購入。
1 目次を丁寧に読む。
2 参考文献は何かを読む。
3 内容は,ざっと読む。
●読書する時は,以下のような流れで読むことが多い。
1 心に響いた部分にマーカーを入れる。
2 読めない漢字や,難しい語句など電子辞書で調べながら読み,鉛筆で書き入れる。
3 丁寧に読んだ部分で,心をひかれない場合は,目次の中で興味をもった章へワープする。
4 それでも心をひかれない場合は,その本は一端読むことをやめる。
5 読後,ノートに書名,著者名,発行所名,日付を書き,マーカーを入れた部分をノートにまとめる。
こうしておくと,次に調べる時に迷わずにすむし,わざわざ詳しく読み返す必要はない。
先週の土日に本県の教員採用試験の一次試験が行われた。私の知り合いの若い女性2名が難関に挑んだ。教師として一番つらい時に,採用試験を受け本気で教師になりたい人は本当に教師が好きなんだなと思う。教師でもなるか,教師しかなれないなどという「でもしか」教師の時代とは大違いだ。ところで集団面接のテーマが「学力低下の原因と対策」だったとのこと。このテーマで現教師がどう答えるか,夏季休業中の校内研修で実施してみるのも意義がある のではないだろうか。
本日,野口芳宏先生の鍛える国語教室に若手4人の教師と参加した。その中で討論の模擬授業についての学びをまとめると以下の通りである。
●討論の授業
1 意義・目的
・論理的思考力
・構造的思考力
・分析的思考力
2 論題の条件
・両者各一見正当性がある
・深く考えれば,どちらかに決まる
・正しくないものが論理的に破綻する
3 言語知識をしっかりと教える
・学習用語をしっかりと教える
夏休みで少したるみかけてきた頭が引き締まる話題を提供していただいたことに感謝したい。ありがとうございました。
朝日新聞で連載されていた,転機の教育が文庫本になったので,さっそく購入し読んでいる。
まだ途中だが興味ある文章をいくつか紹介したいと思う。
●教育論議が職員室から消えた。
●建設的な忙しさの中にこそ,充実感を抱けるのではないか。
●家庭教師的な教育観の教師
●個性重視の「個」が孤立の「孤」となっている。
先日面白い本を読んだ。作者は山中恒(ひさし)氏。書名は「子どもは勉強しろといいていい15の理由」 講談社。どうして勉強しなければいけないのかという素朴な疑問に対して人生の先輩として親として作家として直言集である。各章のタイトルだけでも使えそうなので紹介する。
1 入試はなくならない。
2 勉強に無駄ということはない。
3 大人になっても勉強は続く。
4 勉強しなければ「個性」も伸ばせない。
5 点数という「ものさし」から逃げられない。
6 学力がないとパソコンも使えない。
7 考える力は学習量が決め手。
8 子どもにまかしたら,子どもは勉強しないゾ。
9 勉強はしすぎるということはない。
10 金を稼ぐために勉強しろ!
11 勉強は世のため・人のためだ。
12 逃げない親だけが「勉強しろ」と言える。
13 平和を守るためには勉強だ。
14 規制緩和の時代だからこそ,勉強しかない。
15 わが子を守るのは,やっぱり親だ。
本日,市内M中学校の職員研修講師として道徳授業について話をしてきた。前半は道徳授業全般について,後半は道徳模擬授業を3本実施した。小規模校ということもあり,参加された先生は7名だったが皆さん意欲的に参加された。その中に「とっておきの道徳授業」で実践している先生もいらっしゃった。何ともうれしい限りである。最後の質疑応答では,道徳授業を何とかしたいという気持ちが伝わってきた。このような活動で人脈が広がり,もっともっと道徳授業が面白くなればいいと思った。
先日5日に長崎市で行われた研究会に参加した。講師の先生は,野口芳宏先生,占部賢志先生,柴原弘志先生だった。特に印象に残ったのは,野口先生の「命の大切さが心に入る授業」だった。 命がなぜ大切なのかという理由を次のような4文字で言ってのけられた。
●唯一絶対(ゆいいつぜったい)
●有限未知(ゆうげんみち)
●連綿代々(れんめんだいだい)
●連帯互助(れんたいごじょ)
●有為神授(ゆういしんじゅ)
また,自分という存在を縦の軸と横の軸で捉えるという考え方にしっかりとうなづいた。自分には見えなかった部分をズバリと言ってもらった。感動である。ありがとうございました。
先日5日に長崎市で行われた研究会に参加した。講師の先生は,野口芳宏先生,占部賢志先生,柴原弘志先生だった。特に印象に残ったのは,野口先生の「命の大切さが心に入る授業」だった。 命がなぜ大切なのかという理由を次のような4文字で言ってのけられた。
●唯一絶対(ゆいいつぜったい)
●有限未知(ゆうげんみち)
●連綿代々(れんめんだいだい)
●連帯互助(れんたいごじょ)
●有為神授(ゆういしんじゅ)
また,自分という存在を縦の軸と横の軸で捉えるという考え方にしっかりとうなづいた。自分には見えなかった部分をズバリと言ってもらった。感動である。ありがとうございました。
訪問者が10000人を越えた。道徳教育改革集団の他の仲間に比べたら牛歩並だが,このくらいが自分にとってちょうどいい。名も知らない方から,道徳実践についての感想メールを頂いたり,リンクのお願いがあったり道徳資料を欲しいと言われたり,総合道徳教育メールマガジンに転載されたりとHPの広がりを実感した2年間だった。今後ともよろしくお願いします。
本市ではほとんどの学校で校内LANが普及してきている。朝の伝達事項や職員会議の資料,週や月行事などプリントアウトしなくてもパソコンの画面を通して共有することができる。このようにパソコンの普及はめざましいものがあり,採用試験でもパソコン操作の実技試験が行われてる。その結果,初任者でも学級通信や成績処理などにパソコンをバリバリと使いこなしている。しかし,気になる点がある。それはパソコンの普及に伴い職員間の会話が少なくなっているのではないか,ということである。パソコンの画面に向かい熱心に仕事をしている姿を見ると声をかけにくいことが多い。またそれに伴って,パソコン操作に関する会話も多いようだ。パソコン操作の会話では,話がつながっていくこと,広がっていくことが難しいような気がする。昔の職員室では空き時間や放課後のちょっとした隙間の時間に,学級通信の書き方やぼやきなどの話から内容が広がり,職員の数も増えていき教育論議まで発展することがあった。パソコンや携帯が普及するにつれて,人と人とのつながりが広がっているように思えるが,大切な根っこのつながりが粗末にされているような気がしてならない。軽い広いつながりよりも重い深いつながりが大切なのだ。
日本大学の佐藤秀夫先生の言葉より
人は幸せになるために生まれてくる。だから人はだれでも幸せになる権利がある。けれども人が幸せになるのには,覚えたり身につけなければならないことがたくさんある。幼い子どもには1人ではできないことがたくさんある。だから社会や大人が少し手助けをしなければならない,その手助けを教育というのです。
明日からいよいよ2学期だ。今日の準備出勤では午前中,たまった議題を消化するための2時間にわたる職員会議があった。午後は学年部会などに追われ中々明日の学級準備に取りかかれない担任が多かったようだ。そんな中,若い先生に明日の始業式に備え,今日中にやっておく3つのアドバイスをした。
1 教室に行って空気の入れ換えを行い,清掃と整理整頓を行う。
2 黒板に2学期に向けての熱いメッセージを書いておく。
3 今晩,2学期の第一声で何をいうか,しっかりと文章に書いておくこと。
2学期が始まった。1学期,学年で徹底してきた3つのことがどれぐらい出来るか不安だったが,今日の授業ではほとんどの生徒が3つのことを意識して行動している。達成率は80%程度だが,1学期にほぼ定着していたと考えていいと思う。3つのこととは
1 くつをきちんとそろえる。
2 いすをきちんと入れ,元気なあいさつをする。
3 プリントを渡す時に,「どうぞ」「ありがとう」を言う。
2学期は始まったばかりだ,気を抜くことなくさらに徹底したいと思う。
大学時代からの友人であり,大学講師であるYくんから絵はがきが届いた。近代ドイツ史の研究に必要な資料の収集のためにベルリンを訪れているとのことだった。朝の8時から夜の7時まで昼食を忘れるぐらい文献に集中するという充実した毎日を送っているそうである。新学期が始まり,バタバタと走り回っている中学教師に比べると何と優雅な生活だろうとうらやましくなる。しかし,こちらには生きた生徒がいる。研究の前にまず動くことだ。
昨晩,NHK教育で放送された「夜回り先生」のドキュメンタリーを見た。本を読んだ時もそうだったが,あとからジワジワ効いてくる感じがすごい。夜回りの時に,水谷先生の子どもたちかける最初の言葉や姿勢が生徒指導上,参考になりそうだ。また,覚醒剤など悪に誘われた時に,逃げる4つの方法は実際授業でも使えそうだ。
1 話題を変える
・全く関係のない話に持って行く。
2 壊れたレコード作戦
・同じことを何度も繰り返す。
3 3D作戦
・「だって」「でも」「どうして」という言葉を繰り返す。
4 最後の手段として逃げる
・広い道のほうへ,明るいほうへ逃げる。
夏休みの課題の一つに,教科書の音読を出していた。ただ音読といっても読まないと考え,小学校のような音読カードをつくり,毎日,家の人の前で教科書を2ページ読み印鑑を押してもらうというものだった。幼稚そうなので,どれぐらいの生徒がやってくるか心配だったが結果的には約80%の生徒が及第点だった。42日間,毎日かかさず読んだ生徒も20名程度いた。こういうきちんとやった生徒をキッチリほめることが大切である。
そこで,私が出した夏休みの課題の条件
1 どんな生徒もやることができ,やり終えたあとに充実感や満足感が味わえるもの。
2 授業中に指導していないことを出さない。(自由研究ほど無責任なものはない)。
3 全ての生徒の提出課題を評価し,コメントを入れる。(検印だけを押してポイっと返さない)
今週の火曜日に長崎市に上陸した台風18号のために市内のほとんどの中学校が臨時休業となった。夏休みも終わり2学期がスタートし,1週間がたとうとしていた矢先のことだった。授業へのリズムが出来つつある頃だったため,生徒のリズムが再び休みモードに入ってしまったのではないかと思う。水曜日からが2学期のスタートという気分でがんばったためほとほとつかれた1週間となった。しかし,生徒の落ち着きが足りないように思うのは私だけだろうか。
今,なぜか我が家ではマンガ『天才 柳沢教授の生活』(山下和美著 講談社)がブームである。柳沢教授は某私立大学で経済学を教えている。彼は常に道路は右側を歩き,朝5時半に起床し,9時には就寝するという生真面目すぎる人間である。しかし,彼は人間にとても興味がある。自分が納得するまで考えぬく。しかし,彼と出会った人達はなぜか優しいまなざしになる。この作者の基本的な姿勢は「人間っていいな」だと思う。ここが心を和ませてくれる理由だろう。『風雲児たち』(みなもと太郎)以来,久々マンガにはまっている。
あなたは,AとBどちらのタイプ?
●校内研修で,研究授業を実施しようと考えています。
A この忙しい時にどうして研究授業をするのか,もっと生徒が落ち着いた時にゆっくりとすればいよい。
B 忙しい時だからやるべきだ。授業力向上が生徒指導にも生かされるからだ。
●市教委の計画訪問で,全員指導案を書いてほしいと考えています。
A この忙しい時にどうして指導案を,書く必要があるのか。書いてもいいが,B6サイズ程度でもよいか。
B 忙しい時こそ,学ぶ時だ。こんなことでもない限り指導案を書くこともないから,チャンスだ。
私が出会った先輩たちは,Aタイプの教師が多かった。そんな雰囲気に流され,若い時に学ぶチャンスをなくしてきたことを,後悔している。
そんなことから,今は,意識的にBタイプの教師でいる。学ぼうと思えば,いろんなところから学べるのだ。要は,自分の意識次第である。
様々な形の授業評価が出てきているが,最も簡単でわかりやすい評価は,授業中の生徒の姿だと思う。生徒の姿とは,具体的に「生徒の姿勢」「生徒の発言」「生徒の表情」である。この3つがそろっている授業は,素晴らしい授業だ。研究授業では生徒の様子がわかる位置で参観することが,その授業の善し悪しが一番わかりやすいと思う。
毎月楽しみにしている『現代教育科学』10月号が届いた。今回の特集は「授業力」の検定をこうして創るだった。執筆者の数の割にはみなどれも同じような内容だったことがとても残念だ。まあ,それぞれ編集方針というものがあるから仕方ないことだが,昔の「中学校 学級経営」などの教育雑誌は,いろんな色が出ていて楽しめていたような気がする。今月号の中でも,異彩をはなっているのが野口芳宏先生の論文である。現場の声と直結しているところが魅力的なところである。これからもどしどし書いて,我々に元気を与えて欲しいと思う。
長年教師をやっていると不思議なことを考える。というは3年,10年の奢りというものである。自分も含めて教職3年を経過するとある程度の流れや要領が見え始める時期のためか,奢りがでてくる傾向があるのではないか。また,10年経過すると,自分のスタイルがほぼ完成されるのか,同じように奢りがでてくるのではないかと思う。この3年,10年の時期に大きな学びと出会える教師は成長していく。しかし,この学びのきっかけをつかむのが中々難しい。時には本であったり,先輩教師であったり,サークルであったり,イベントであったりする。そのような様々なをチャンスを若い教師に与えていく,先輩教師でありたいと考える。
障害者スポーツの祭典であるパラリンピックが開幕した。日本からも総勢163人の選手が参加しアテネでの熱戦を繰り広げることになる。さて,このパラリンピックの意味を知っている人はどれぐらいいるだろうか。かくいう私も詳しく知らなかったので調べてみた。パラプレジア(下半身麻痺)とオリンピックの合成語であり,正式な名称は,麻痺者のための国際ストーク・マンデビル競技会だそうである。このストーク・マンデビルというのはイギリス郊外にある病院の名前であり,ここの脊髄損傷センターの所長であるグッドマンが患者の回復にスポーツの効果を認めてはじめた競技会だということ。これが1948年のこと。4年に1度開かれるようになったのは,1960年以降のことである。
欲しい本を探していろいろな書店を歩き回って結局無駄骨に終わることがある。その反対に,出張先や他県でのイベントの帰りなどにたまたま入った書店で長年探していた本と出会うことがある。本との出会いは,そのチャンスを逃すと次のチャンスがなかなかめぐってこないような気がする。だから,これはという本を見かけるとすぐに買うことにしている。今日は,その勢いで4冊購入した。
●『いい学校の選び方』 吉田新一郎 中公新書
●『熱き思いが壁を破る』 山口良治 PHP
●『学校の常識』 長谷川潤 アートヴィレッジ
●『図解 ずばり1 ホントの値段』 川嶋光 朝日文庫
体育大会の練習で疲れた体を癒してくれそうな本との出会いがあった。寝不足にも注意しなければ。
本日,体育大会が無事に終わった。この体育大会で考えたことを書こうと思う。本校では,3学年を4つのブロック(紫・赤・黄・青)に分けて得点を競う。そして3つの部門で表彰することになっている。学年内の競技部門,ブロック全体の応援部門,そして各学級で作成した学級旗部門である。さて,この表彰後生徒たち及び担任は悲喜こもごもあったわけだが,問題はそこからである。例えば自分のクラスが優勝できなかったとする。担任自身が,敗因をクラスの走力の差や応援リーダーの差や美術センスの差などと捉えたとすると,その教師の成長はストップする。そうではなく,どうして負けたのか自分に何が足りなかったのかをしっかりと分析することにより,学びがあり,成長があるのだ。若い教師のクラスが優勝したとしても,ベテランの教師は静かに敗因を分析すべきだ。年齢に関係なく,自ら学ぼうとする意欲が教師として成長する要因だと思う。
先週は,野外宿泊活動3日間の引率で非常に疲れた。3連休は,部活の公式戦やテストの作成などゆっくりと休みがとれなかったが,連休最終日の今日はゆっくりと本を読んだ。中でも面白かったものを3冊紹介する。
●『大学授業の病理 FD批判』 宇佐美寛 東信堂
痛快な本である。大学の講義形式授業に対する批判を中心に書かれている。教師として耳が痛い内容も多いが中学校での授業にも大いに参考になる。
●『公立校の逆襲 いい学校をつくる!』 藤原和博 朝日新聞社
東京都杉並区立の中学校校長となった藤原氏の学校改革記録である。ビジネスマンの視点と合理性がどこまで生徒を変えられるのか注目したい。生徒指導の大切さなど当たり前のことだが新鮮味がある。その前に,陰山先生の『校長日記』を読んでいたので,いろんな点で比較できて面白かった。
●『夜回り先生と夜眠れない子どもたち』 水谷修 サンクチュアリ出版
『夜回り先生』続編である。最近NHKの番組で講演会の様子を見たばかりなので,一文一文が心に刺さり,重い何かが心を引っ張る感じがある。漫画化,ドラマ化されるそうなので見てみようと思う。水谷先生は「闇の金八先生」だ。
本日,市幼児教育センター主催の講演会に参加した。講師は山口大学教育学部教授の友定啓子先生だった。幼児教育では次の3つのことが重要だということ。
1 自然と関わる。
2 人と関わる。
3 保護者の成長を支援する。
特に3は,今後中学校でも重要になってくると考える。保護者同士の関わりを生み出す工夫や学校側からの一方的な懇談会ではなく,子育てミーティングなどである。学校批判が多い昨今,保護者と保護者の関わりと理解が深まればさほど大きなトラブルも起きないのではないかと考える。しかし,来て欲しい保護者に限って不参加が多いという現実もあるが。
生徒指導上の問題の具体策を話し合う場で,職員の和という言葉を聞くことが多い。職員の和を大切にして問題行動が起こった場合お互い,助け合いましょう。などである。この「和」というものが私にはよくわからない。広辞苑で調べると以下のような意味になる。
1 おだやかなこと。なごやかなこと。のどかなこと。
2 仲よくすること。
3 あわせること。うまくまざること。
1については,職員会議や雑談の中にも自分の教育哲学や実践などで意見をたたかわせることが必要であろうから,この意味ではないと思う。日々,生きた生徒と向き合っているのだから「のどかで」 あるはずがない。
2については,必ずしも全員と仲よくする必要はないと思う。人間10いたら自分と合う人間が10人いることはまずない。合わない人とでも時と場合によって職場人間としてうまくつき合っていくことも大切になる。では,どの部分で仲よくなるのだろうか。趣味やテレビや芸能界の話題や酒席の場で仲良くなるのだろうか。また,家族的なつきあいをして仲よくなるのだろうか。そうであるなら,私にはできない。公私混同である。
3については,もっと無理である。
このように考えると職員の「和」という言い回しではなく,「同僚性」という言葉を使いたい。学校内で何か困っている職員がいたら助けるのが同じ職場の同僚である。決して仲がいいとか悪いとかいう問題ではない。研究授業を参観し,批判をするのは同僚だから,少しでも授業をうまくなってほしいという思いがなるからでる。決して仲良しだから言っているのではない。むしろ仲良しだったらなれあいになり,お互いを批判できなくなるのではないか,という気持ちにもなる。これからの職員室に大切なのは「和」ではなく教師としての指導力向上のための「同僚性」であると考える。
中学校の場合,いろいろな会合に参加し知り合いの先生に会った場合,次の会話があいさつ代わりになることが多い。
「最近,学校落ち着いていますか」
「おたくの学校,悪いそうですね。」
「荒れてませんか」
問題はこれに対してどう返事をするかである。たいがい
「いやー悪くてこまってますよ。」
「○年生「本当に大変です。」という声が聞こえてくる。
私の場合は違う。きまって次のように答える。
「うちの学校はいいですよ。毎日が楽しいですよ。」
これはどいうことか。他の学校の先生に自分の学校のマイナス面をわざわざいう必要はないからである。たった1つのマイナスが口づたいで次々に広がり,負の相乗効果であっという間に最悪,最低の学校のイメージができあがるのである。このイメージをうちの学校の生徒や保護者や地域の人に伝わるとどうなるか。もうおわかりだろう。ちょっとしたことに対しても神経過敏になり,批判的な声を発するようになる。生徒に母校の誇りをもたせる前に,まずは先生が誇りをもつことであろう。
数学者である秋山仁先生の言葉より 「数学に必要な4つの力」
1つ,下駄箱にくつをそろえて入れる力。
2つ,辞書がひける能力。
3つ,カレーライスが作れる能力。
4つ,自分の家から近くの駅までの地図を描ける力。
これは,数学だけに限らず,生きるための力と言ってよいのではないかと思う。
ここ1ヶ月ぐらい道徳授業プランをずっと考えている。そして今週の日曜にやっとそのめどがついた。実際にプリントアウトしてわかったことは,無駄が多いと言うことである。資料が多い。発問が多い。説明が多い。指示が多い。このような贅肉をそぎ落とすことがとても難しい。贅肉が多いと生徒の思考や活動が少なくなるとうことである。大切なことは,ねらいに近づけるためにいかにスリム化するかということである。授業において「増やすこと」はたやすいが「けずること」は難しいのである。また1週間,悩まされそうだ。
昨日,校内で合唱コンクールが行われた。副担任のためすべてのクラスを冷静に審査できたと思う。その中で考えたことを書こうと思うが,私は音楽の専門ではないため,的はずれのことを書いていたら是非,ご批判いただきたい。合唱用の楽曲は,その詩を聴いてみるとどの曲も美しい風景が出てくる。例えば,川,山,木,風,雪,大地などである。このような美しい自然をうたっているのなら,生徒にイメージを抱かせる指導が必要だと思う。つまり,生徒一人一人がもつ漠然とした詩のイメージを生徒全員で共有するということである。その方法として,その風景を絵として描かせる。詩の場面によって描かせるのである。既製のイメージではなく,そのクラスのイメージを描かせ,共有化させるのである。そうすると,歌声に明確なものが加わると思うが,いかがなものだろうか。
教科の授業でもそうだが,特に道徳授業において教師側の予想しない反応や答えが返ってきた場合どう対するか,という機転を利かす力「ライブ力」(深澤久先生の言葉)高める必要がある。教師側の強引で誘導的な直球的な対応ではなく,言ってみれば変化球的な対応ができる力を備えておくことが肝要である。このライブ力を高めるためには,やはり1回でも多くの公開授業や模擬授業を実施することだと思う。
秋は様々な学校の研究発表シーズンである。今年は,学力向上に関するものが多いようだ。さて,このような研究発表会に参加して研究紀要なるものを頂く(あるいは資料代を払い,買う場合もある)が,隅から隅までじっくりと読んだ紀要はない。理由は,仮説,検証,成果と課題,仮説の修正などの大きな流れがほとんど同じようなものだからである。授業の指導案集もしかりである「おっ」と思うものはあまりない。どこかでみたようなものが多いからだ。苦労して作成した研究紀要が書店に並べられたら,皆さんは購入しようと思うだろうか。購入するとしたらいくらまで出せるのだろうか。教育書の平均的な値段である1500円で購入しようと思うだろうか。このあたりを考えると,参加者が全員お金を出しても買いたくなるような紀要や指導案集にすべきではないだろうか。どこかの先進校のまねではなく実践可能な具体的な内容の紀要をつくることにより,実践が広がっていくのではないかと思う。
最近2回の研究発表会に参加した。1つは社会科,1つは道徳の公開授業を参観した後,教科別や学年別の分科会が行われた。授業者の反省や感想,研究の流れなど一通り終わると,研究協議となる。その研究協議では,参加者からの質問や意見などが求められる。しかし,その意見のほとんどが労いの言葉や,学校環境の素晴らしさ,生徒のあいさつの良さなど褒め言葉が多いように感じる。紀要をもらったばかりだから研究全体についての批判は出にくいのは理解できるが,公開授業の1つ1つについては,批判すべき点は必ずあるのではないか。しかし,自ら挙手し批判する参加者はほとんどいないのが現状である。完璧な研究や授業はないのだし,批判すべき点があって当然である。批判を素直に受け入れ改善していくことが,生徒のためになるのではないか。学校のために研究ではないはずだから,研究協議ではもっと批判的な意見を出し合ってほしいものだ。大切なことは単なる批判に終わらず,代案を出すことで,研究協議がもっと身のあるものになり,参加者の満足度も高まるのではないか。
先日,「さあ,学校をはじめよう」という本を読んだ。作者は全国にチェーン店がある居酒屋Wの社長である。その社長が私財をなげうち,学校再構築に臨んだ激動の日々が書かれている。元からある学校を買い取る形で始められたのだが,その当時遅刻者が毎日600人いたそうである。先ずはそれを0人まで徹底させる。彼が唱えうるのは「夢の力」で生徒を伸ばすとうことである。夢を持ちにくい現代だからこそ,夢に向かって努力をして欲しいと説く。経営者も教師も人を育てるという点で共通しているし,もっと,教師も経営者を参考にすべきではないだろうか。
「さあ,学校をはじめよう」(渡邉美樹 ビジネス社)
本日,全学級の道徳授業を公開した。保護者はもちろんのこと学校評議員や教育サポートスタッフ(教員OBなど)など大勢の参観があった。今回は,私自身は授業をしなかったが,道徳プランを提供する形で協力した。授業後,「いのちの大切さ」について意見交換会を行い,さまざまな立場の方からいのちにまつわる経験談や意見を頂いた。学校批判が多い中,今回いい雰囲気で地域,保護者と話ができたと思う。
現在,大村はま先生の「教えるということ」を読んでいる。前半は1970年8月に富山県小学校新規採用教員研修会での講演内容が掲載されている。30年前とは思えないぐらい新鮮で刺激的な文が飛び込んでくる。例えば,
●研究をしない教師は「先生」ではない。
●忙しいなどということは理由になりません。生きている人はみな忙しく,忙しくないのは,病人か,役に立たない人かのどちらかです。
●一生懸命やりましたけれども,というのは,だいたい非常に甘えたことばだと思います。
●教えることを教室でしっかりとやってほしいと思います。など
次のページを開くのがとても楽しみな1冊である。
大村はま「教えるこということ」ちくま学芸文庫
元河合塾の理事を務めていた丹羽健夫(にわたけお)氏が書かれた「予備校が教育を救う」を読んだ。この本の中に,人気講師の共通した特徴が書かれている。その特徴とは
●発声。やさしくよどみなく,包み込むように語りかける。
いささか弁論口調で歯切れ良く,それでいて充分間もある。
声が良く通り,話し方に説得力がある。
●予習に大変な時間を費やしている。
90分の授業に備えるために7時間は予習する。前半でシナリオをつくる。硬派ねシナリオをたどりながら,言葉を探している。どの言葉,どういう表現がが一番インパクトがあるかなど,言葉の威力,言葉の奥深さ,言葉の恐ろしさを知っているのだ。以前から,言葉のもつ力について実感していたし日頃から意識して言葉を使っているのでこの部分は,学校教師のも参考にすべき点であると痛感した。
先週の朝日新聞の声「若い世代」の欄に,中2の息子の意見文が掲載された。読書好きの息子らしい文だった。タイトルは「小説とマンガどちらも大切」である。親の読書傾向が,息子にそのまま受け継がれたように感じる。「本を読め,読め」と言わなくても,子どもの周りに常に読書をする人が1人でもいれば,影響をうけるのではないだろうかと思う。これは親ばかと言うべきか。
先週,教職10年ぐらい経験されたA先生の社会科の授業を見せていただいた。その感想をいくつか。
1 教師の話が長すぎる。
2 よって生徒の思考や活動の時間が圧倒的に少ない。
3 一部の生徒とのやりとりで授業が進んでいく。
4 よってわからない生徒が置き去りにされている。
5 机間巡視は行わず,ほとんど教壇での説明。
6 よって生徒一人一人の状況を把握できない。
7 また,生徒一人一人のその場での評価ができない。
8 1時間の授業の流れを1枚のプリントにまとめてあるので,先が読める生徒にとってはワクワク感がない。
9 意図的指名が一切ない。
10 よって生徒を授業に巻き込むことができない。
11 教師の評価語がない。(ほめる。批判する。修正するなどの短い言葉)
12 教科書を一切読まない。
13 指示が曖昧。
14 指導案に書かれてある3つのねらいを達成させるための具体的な指導がない。
その後の授業研究会で,私は上のようなことを言った。そのA先生は,自分の授業をこのスタイルで10年近くやってきたのだろう。研究授業も新任の時を中心に何回かやってきたはずである。その授業を参観した,教師はどんな意見を言ったのだろうか。社交辞令的な反省会ではなかったのか。自分の授業をきちんと評価し,批判してくれる教師と出会わなかったのだろう。だから,我流で10年やってきたのだ。最後に,A先生は「今日の研究授業はとてもためになった。これから授業を改善していきたい。」 と発言した。A先生が,これからどんどん勉強して,すごい教師になることを願っている。A先生お疲れ様でした。
子どもの頃,何かの残りが半分もないようになると寂しくなることが多かった。例えば,夏休み。8月9日の登校日を過ぎると寂しくなった。お年玉,ケーキ,アイスクリーム,おもしろい本のページ,旅行日程,大学生活などなどである。最近気づいたのだが,私の教職も残りの方が少なくなってしまった。そう考えると何だか寂しく,授業中の生徒の顔もいつもよりずっと愛おしく見えるから不思議だ。しかし,あと17年もある。がんばらなくては。
現在,市内の各中学校で行われたスケッチ大会の優秀作品が巡回展という形で校内に掲示されている。掲示当日の朝の打ち合わせで美術科の先生から生徒へ紹介してほしいという連絡があった。そこで,生徒へどのように連絡するか2つのパターンを考えた。
1 「今日からスケッチ巡回展がきています。職員室前の廊下に掲してありますので休み時間等に見ておくように」
2 「今日からスケッチ巡回展がきています。職員室前の廊下に掲してあります。先生も見ましたが,こ作品の中で船を絵を描いたものがあったんですが,これがとても上手でした。とても中学生描いた絵とは思えませんでした。」
生徒への連絡事項を伝える時は,「2」のように教師の短い話を加えることでより効果があると思う。
本日,書店で本の一気買いをした。悩んで買わずじまいで終わっていた本を後で欲しくなりインターネットで買おうとして絶版や在庫切れになっていることが多々あるので,思いついたら即買いをしてしまう。そこで本日購入した本は,
1 「砂漠で見つけた一冊の絵本」 柳田邦男 岩波書店
2 「言葉の常備薬」 呉智英 双葉社
3 「神様がくれた漢字たち」 白川静 理論社
4 「いのちの食べ方」 森達也 理論社
5 「人間の証明 partⅡ 狙撃者の晩歌 上下」 森村誠一 ハルキ文庫
6 「人間の証明 21st Century」 森村誠一 角川書店
の7冊。冬休みが楽しみだ。
先日,授業参観で道徳授業を行った。せっかくなので市内の継続研修「道徳」の研修員に呼びかけたところ3名の参加があった。あと学校評議員の方や保護者や校内の同僚の参加もあり20名程度の参観だった。参観者があるとないとでは全然違う「見られる」という意識があることにより,深く考えて準備をし,実施する。これが教師としての1つの修行であると思う。以下に保護者の感想を少しばかり紹介する。
●今日家に帰りましたら,他の兄妹や主人にこの話を行いたいと思います。
●努力なしには,何事も実を結ばないというお話でした。先生のお話を楽しみにしておりました。声も大きく,とってもよかったです。
本日,2学期の終業式が終わり,ホッと一息ついている。終業式が終わり午後からは学年部会,分掌部会,教科部会など会議の連続だった。その会議の内容はどれも同じようなもので,2学期の努力点,実践事項,反省と課題をまとめることだった。この反省会というものが本当に大切なのだろうか。2学期の問題点や改善すべき点を出し合い,それに対する1つ1つの改善策を出せるのだろうか。私の経験では,問題点ばかりが多く出され,それに対する改善策は中々でないことが多く,暗い気持ちの学期末だった。そこで今日の学年部会では,反省は個人個人で行い,3学期にどのような取り組みをするか具体的な実践事項を話し合った。職員の表情も明るく,3学期も頑張ろうという前向きな姿勢で2学期を終えた。だらだら時間だけをかけて暗い反省会をするよりも今日のような会もいいのではないかと思う。もちろん,個人個人が自分の実践の反省を家でじっくりと行い,3学に向けての手立てを熟考することは当然のことだ。
現在98歳である大村はま先生のことばを集めた「灯し続けることば」を購入した。読んでいくにつれ,身が引き締まる言葉やジワジワと心に響いてくる言葉がたくさんある。例えば,
●教師は,大いに尊敬されていい職業です。
●熱心と愛情,それだけでやれることは,教育の世界にはないんです。
●教師としては,人を育てる能力,教師の教師たる技術を持っていなければ困ります。
●教師として老いないために,研究授業をしていました。
●伸びようという気持ちを持たない人は,子どもとは無縁の人です。
●力は使い切ったときに伸びるものです。
●教師がいじったからといって,個性は壊れたりしません。
●心の中に百のお話を
●最初に頭に浮かんだことばは,捨てます。
●しかられ上手であることが必要です。
机の上に置き,毎日ながめたい本の1つとなった。
2学期末をもって期限付きのO先生が離任した。本校1年半の勤務だった。このO先生は,いろいろなイベントやサークルの学習会などにも積極的に参加し謙虚に学ぼうという姿勢が素晴らしかった。その結果,最初の頃に比べて,随分と成長した。それは,離任式での最後のあいさつに顕著に表れていた。ゆっくりと短い文章を充分な間をとりながら,かつ下を向いている生徒には注意をしながら自分の素直な気持ちを述べた。このような学ぼうとする素晴らい後輩がいるから,先輩としてもっと学ぼうという気持ちになった。良き後輩がいるから,良き先輩になるのだということを実感した,O先生との1年半だった。O先生ありがとうございました。お疲れ様でした。本校で学んだことを次の学校でもきっと生かせると思います。頑張ってください。
29日,30日と2日間,家族で大掃除を行った。子どもには,床の水拭き,窓ふき,玄関,階段などを割り当てた。ぞうきんの絞り方や窓の拭き方など,普段とは違う姿を見て教えることが多くあった。また手伝いを通して,会話をすることができるし,いろいろな知恵を授けることができる。最後には,しめなわや飾り餅をそなえて終了した。しめなわの意味や飾り餅の意味などを調べ,子どもたちに日本の伝統行事をしっかりと伝えていかなければいけないと思った。今年1年,私のHPに訪問していただいた皆様ありがとうございました。また,来年もよろしくお願いします。