2003年5月12日に開設し,続けてきたホームページを2011年3月31日に閉鎖しました。
この日までに,70135人の方に訪問していただきました。
このホームページには,道徳教育,生徒指導,学級経営,読書記録,セミナーの様子などいろいろなコーナーをつくり書いてきましたが,あまりにも手を広げすぎたため閉鎖して,ブログ「半径3mの教育論」に絞って書くようになりました。
そこで,旧ホームページの「半径3mの教育論」の記事をこのホームページに再アップすることにしました。現在,毎日更新しているブログ「半径3mの教育論」に未収録記事をぼちぼちとアップしていこうと思います。 (1~1054)
新年あけましておめでとうございます。日々の実践や考えていること,読んだ本のことなどを忘れないようにコツコツと書いてきたこの半径3メートルの教育論もそろそろ500回に手が届きそうである。今年はまずは500回を目標にしてしかもパソコンの向こう側に,読者がいることを意識して書いていこうと思う。また,今年は50歳により近づく年齢になるので無理せず,マイペースで行くことにする。今年もどうぞよろしくお願いします。
では,今年最初のネタから。
東京駅近くの「八重洲」という地名は,江戸時代初期,来日したオランダ航海士であるヤン・ヨーステンからきたという事を知っていましたか。ヤンは,1600年,大分県に漂着し同乗していたイギリス人ウイリアム・アダムスと共に徳川家康に厚遇され,外交顧問となった人物である。
マンガ「風雲児たち10」の中に出ていたので辞書で確認をしたところその通りだった。
今度東京駅近くの八重洲ブックセンターに行った時は付近をよく調べてみようと思う。
今年も年間100冊読破計画を実行します。
読破して良かった本については,随時お知らせして行きます。
今日は,7年前に勤務していた学校の同窓会があった。たった7年間だが,生徒たちは確実に大人に成長していた。 結婚した者,大学生の者,出産を間近に控えた者,すでに母親になった者,働いている者などである。7年間の空白を,感じさせないぐらい楽しいひとときだった。今日はみんなどうもありがとう。数年後,みんなが親になった時ぐらいにまた会いたいと思いました。今より,もっと深い話ができると思います。みんながんばってくれ。
「ニッポンのマンガ」には,現在注目されているマンガ家たちのインタビューが数多く掲載されていた。中でも面白かったのは,バガボンドの作者である井上雄彦氏の話である。井上氏はバガボンドを筆で描いているが,それについて,重松清氏との対談で次のように語っていた。
●『ギュッとやると。ボタッとなってしまうので,筆の先と紙の接点…どの程度筆を押すのかっていう部分から,まず気をつかいます。でも,ペンだとある程度筆圧が必要なんですけど,筆は滑ってるような,宙を浮いているような感覚で描ける時がある。線にも,意図しない強弱がある。自分のコントロール下にあるわけじゃない,偶然の要素があるから楽しいですね。』
コミックの方はいよいよ小次郎との邂逅で,盛り上がってきた。
今後の展開が楽しみだ。
果たして,井上の武蔵は巌流島に行くのか。行かないのか。
明日は,今年最初のセミナーがある。全国的にももっとも早いイベントになるだろう。
参加された人が新学期に向けてのやる気が少しでもでればと考えこの時期に決定した。
私も講座を担当してる。
「いのちの尊さをどうやって教えるか」というタイトルだ。
難しい内容だが,今までの実践や考えを整理するために引き受けることにした。
福岡の菊池省三先生も登壇されるので楽しみである。
さあ,もう一度リハーサルをやっておこう。
当日受付もOKです。10:00より場所はアルカス佐世保中会議室。
みなさんの参加をお待ちしております。
今回のセミナーは,年始しかも雪交じりの厳寒ということもあり参加者は少なかった。
しかし,コミュニケーションあり,いのちの尊さあり,特別活動あり,道徳模擬授業ありと内容は,バラエティに富んでいた。
参加者も飽きることなく1日しっかりと学ぶことができたように思う。
また,少人数だからこそ道徳の研究協議では意見が言いやすい雰囲気があり,盛り上がったと思う。
自分も講座の反省をすると,リハーサルが不十分だったということ,話術がまだまだであり,早口である。
また,DVDの調整ミスで思わぬ時間が生まれ,講座全体が間が抜けたようになった。
参加者が多いとか,少ないとかに関わらず,参加者が満足していただくような講座をすべきだと痛感した。
まだまだ,修業が足りない。
遠くは熊本,福岡から参加していただいた方々どうもありがとうございました。
また,新学期を直前にして多忙な中を,おいでくださった菊池先生どうもありがとうございました。
また1つ新しいものを学びました。
●第2講座 「いのちの大切さをどうやって教えるか」(山中 太氏)
●評価 A…5人 B…3人 C…0人 D…0人
〔A〕
・命が大切とはわかっていながら,伝え方,教え方がわからなかった。いろいろな考え方があると感心し,道徳授業のヒントをもらいました。
・とても大切な内容だと思います。私も道徳の授業ではいろいろな方向から「命」について考えさせるようにしています。自分が感動できる資料を使って授業をしたいと思っているので,ネタをいただきありがたかったです。
・「いのちは大切である」と誰もがわかりきったことを伝えていく語りはかえって難しいです。伝えていくための視点や技術が大事ですね。勉強になりました。
・“語る”ためには,自分で内容を作っていかないといけないなと再認識した。
ふだんから素材集めはやっているものの,忙しさにかまけ,構成・実践までに至っていない。
ムズカシク考えず,子どもにストレートにぶつけられるものをちょっとずつ授業に取り入れていこうと思った。
・生徒は命が大切であり,毎年,平和学習やいじめを考えるなど,わかっているけど,それが実際の行為とつながらない。それをつながえていくには,どうしたらよいかわかりません。
〔B〕
・いつも迷うのが「人の役に立つ」「過去から未来へ」という部分である。寝たきり,病気,子どもを産むことができない時に上記の言葉はきついかな,と思っているのです。今のところ,話題にあげていません。
・本田美奈子さんについては教材になると思っていましたがドットには気がつきませんでした。
歌だけきいても胸にせまるものがあります。P.S テレビが写りません。ダビングをお願いします。
・ご自分のお身内を亡くされた時にその様子をあえて学級通信に載せて,生徒達に発信されたこと,またニュースの後に子供達に姿勢を見せられているので,生徒達の指針や方向付けの手助けになっていると思います。
・いのちの尊さをおしえるための5つの観点と授業としての4つの視点は参考になった。
道徳の授業をつくりだす手法の一端をみせてもらった気がする。
今日から,後期の後半がスタートした。1校時は全校集会を開き新生徒会役員の任命式と校旗継承式を行った。つまり,今日から3年生の生徒会役員は引退し,2年生の新役員に仕事をまかせることになる。この交代に際し,3年生の旧役員が行ったあいさつを簡単に紹介する。
●生徒会長Kさん…いろいろなことにチャレンジし,達成することができたことが誇りである。 生徒会のメンバーと先生方の支えがあったお陰である。
●副会長Tくん…多くのことを経験し,学んだ。みんなのサポートがあったお陰である。
●書記Mさん…意見をまとめることができるようになった。あいさつ運動や空き缶集めなどをやり遂げることができてうれしい。
●専門委員長Yさん…1年間,満足いく活動ができた。まわりの支えがあったからできた。
●Sさん…1年間があっという間だった。次の役員もがんばってよりよい学校にしてほしい。
●Kさん…たくさんの責任もってやり遂げることができ,多くのことを学んだ。時間を守ることの大切さを学んだ。老人ホームへの手紙や慰問などやりがいのある活動ができた。
●Fくん…成長できた。自分にとって幸福だった。
●Yくん…いろいろな経験を通して大きく成長することができた。合唱コンでは,地域の人に大勢参加してもらいうれしかった。
●2年生Aくん…人前で話すことができるようになった。新しい役員と一緒にもう一度がんばり,素晴らしい学校にしたい。
1年間,新しいことにチャレンジし,成功させた生徒会役員のみんなは,大きく成長したと感じています。自分一人の力だけでは出来なかったことも周りの多くの人々の支えがあったからこそできた。これがわかっただけでもこの1年間は大きな意味を持つのです。本当にお疲れ様でした。そしてありがとう。
『なぜ勉強するのか?』(鈴木光司 ソフトバンク新書)
『人はなぜ簡単に騙されるのか』(ゆうきとも 新潮新書)
内外教育(時事通信社)では,毎月の教育書に書かれた様々な意見や記事を「評の評」というコーナーで紹介している。その内外教育の2006年12月26日号では「いじめ」に関する意見の特集だった。中でも一番頷いたのは,作家の重松清氏の意見だ。
●「暴力,恐喝,脅迫,窃盗,器物破損などの行為を「いじめ」とくくってしまうと,社会では犯罪として当然裁かれる行為が「子ども同士のやっていること」として,逆に容認されてしまうことになる。」
私自身も「いじめ」とひらがなで書くから,罪悪感が薄れるように感じている。ここは,「虐め」や「苛め」と漢字を使うようにしてみてはどうだろうか。少しは,この悪の意識が伝わるのではないだろうか。
3日前の新聞広告で気になっていた本をさっそく購入した。『グッとくる「はげまし」言葉』(齋藤孝 文春文庫)である。
哲学者ニーチェから星一徹まで,心に刺さる,響く(であろう)名台詞も数々。
特に購入を決意させたのは,大好きなマンガである「浮浪雲(はぐれぐも)」の中のセリフが挿入されていたからである。
「富士山に登ろうと心に決めた人だけが富士山に登ったんです。散歩のついでに登った人はひとりもいませんよ。」
蓋し名言だ。
しかし,もっとも面白かったのは巻末で美輪明宏さんとの対談だ。
美輪さんの次の言葉が我々教師の痛いところを鋭く突いている。
「教壇に立つ人は,末はこういう立派な大人になるんですよって,人間の見本を示さなくちゃいけいない。服装,髪型,振る舞い,言葉遣い,とにかく一挙手一投足が見本です。ジャージ姿で教壇に立つなんてもってのほかですよ。」「言葉って世の根幹を成すものだから大切ですよ。戦前の日本映画を観るとものすごくきれいですよ。」
このほかにも私の心に響く言葉が見つかる願って読んでいる最中だ。
先日,私立高校の受検書類を3校回り提出してきた。
いよいよ受検シーズンである。
各クラスの担任は書類づくりに大忙しである。
また,副担任も点検や事務的な仕事で,これまた大忙しである。
この時期,3年担当職員は,生徒全員が希望校に合格することを願って受検関係事務を行っている。
私自身も,ボーダーぎりぎりの生徒の書類を書くときは,1文字1文字それこそ祈りを込めて丁寧に書いたものだ。
まさに文字に念を込めるようなものだ。
このような多忙さも,3年生の合格した喜びの姿を見ると吹き飛んで忘れてしまうから不思議だ。
来週からは私立高校の推薦入試だ。
生徒の努力に応えるように,われわれ3年職員も頑張らなければならない。
テストの採点をする時に,私は3種類のペンを使っている。
●普通のマジックインキのラッションペン(赤)
●同じく,マジックインキのラッションペン(青)
●ボールペン(赤)である。
最初生徒は,青色で採点されている箇所があるので,驚いていたが説明をすると納得していた。どうして3種類のペンを使うかという理由は,社会科の評価の観点にそった問題づくりをしているからである。
●普通のマジックインキのラッションペン(赤)で○がついている箇所は知識理解を問う問題である。
●同じく,マジックインキのラッショウンペン(青)で○がついている箇所は社会的思考判断力を問う問題である。 ●ボールペン(赤)で○がついている箇所は,資料活用力を問う問題である。
このように採点された解答用紙を見ると自分がどの観点が勉強不足かあるいは苦手としているかが,一目瞭然となる。見た目はヘンだが,中身はとても分かりやすい解答用紙である。
12年前の今日は阪神大震災が起こり甚大な被害を出した。
九州では地震が少ないためか,避難訓練と言えば火災を想定したものが多かった。
しかし,この震災後年に1度は地震に対する訓練をするようになった。
私は,この日を忘れさせないために必ず授業の最初に話をしてきた。
学級担任の時は,道徳授業でも取り扱ったこともある。
しかし,今日の職員室ではこの話題がでることはなかった。
次第に風化し,人ごとになってきているように感じる。
平和教育では8月9日に向けて様々な資料を使い子どもたちに平和の大切さを教えているが,同じように関東大震災が起こった9月1日や1月17日を伝えていく必要があると考えている。
自殺の増加が問題視されている今だからこそ,普通に生きていることがどれだけ尊いことかをしっかりと考えさせていくのだ。
今日も3年生の社会科の時間のはじめ次の問いを発した。
「今日は何の日ですか。」と
本日,3冊購入。このうち2冊は知人のブログで紹介されていたもの。1冊は,お気に入りの作家の本。文庫になるまで待っていた。
『走る男』(椎名誠 朝日文庫)
『卒業』(重松清 新潮文庫)
『個人的な愛国心』(日垣隆 角川Oneテーマ新書)
今日,私立J高校の推薦入試があった。
その引率で朝早くからJ高校へと直行した。待ち合わせの時間は8時30分だったが,いつもの出勤時間で家を出たので,7時40分には到着してしまった。
時間があったので車の中で本を読むことにした。すると外からなにやら声が聞こえる。
見ると,J高校野球部の部員がこちらを向いて礼をしながら大きな声で「おはようございます」とあいさつをしているではないか。
それも1人ではない,ほとんどの生徒があいさつをしてくれる。
さすが甲子園に出場経験のある野球部だと感心した。寒い朝だったが,心はぽっと温かくなった。
以前から読みたくてウズウズしていたマンガ『20世紀少年』をついに読み始めた。作者は『プルートゥ』の浦沢直樹である。彼は,漫画界のアカデミー賞である手塚治虫文化賞を『モンスター』と『プルートゥ』で2度受賞している。最初から行くにも張り巡らされた複線,見事な構成,次の巻が読みたくてたまらなくなったマンガは久々だ。とにかく15巻までは一気読みだった。ページをめくるのがゾクゾクするのだ。16巻からは展開が変わるが,謎解きの部分が多くなっているので,これもまた,展開が楽しみである。今までの浦沢マンガの主人公とは違って,顔はそんなにかっこいいとは言えないが,巻が進むにつれて,どんどんかっこよくなっていく。かっこいいとはこういうことだ。久々,いいマンガに出会った。貸してくれたOくんありがとう。
受検ではほとんどの高校が面接を実施している。推薦入試,一般入試ともである。こうなると,中学校でも面接練習をせざるを得ない。
そこで,効果的な面接練習をするために,進路指導主事を中心にやっているのは,事前に礼儀(礼の仕方,目線の場所など),立ち居振る舞い,言葉遣い,予想される質問事項などを書いた面接の手引き書と面接カードを生徒一人一人に持たせ,練習を重ねていくという方法だ。カードには項目ごとの評価(ABC)及び面接官のコメント,自分自身の反省と満足度などを記入することになっている。面接官は学年の職員がそれぞれ分担している。私も今日までに200名程度の生徒の面接を行ったが,共通している点は,
①話す長さが短すぎる。ひどい場合は単語で終わることもある。
②練習というのに,緊張している生徒が多い。
③限られた時間内に,自分の良さをアピールすることができない。
④自身がないので,声が小さい。
⑤受検する高校について,よく知らない。などである。
特に,②を何とか解消するために,昨日,外部から面接官を呼び,面接練習をしていただいた。
その面接官には,有名企業の代表取締役,専務取締役など蒼々たる錚錚たるメンバーが並んだ。
初めての試みだったが,社会性を身につけるという意味でも,効果的な取り組みだった。
もちろん生徒の緊張も半端ではなかったことは事実である。
本日,2冊購入。1冊目は,脳に関する本では,この人の本が一番面白く分かりやすい。もう1冊は,松坂大輔,イチロー,清水宏保など天才を育てた親に取材したノンフィクション。
『進化しすぎた脳』(池谷裕二 講談社ブルーバックス)
『天才は親が作る』(吉井妙子 文春文庫)
金曜日は,毎月行っているサークルの定例会だった。始まるまでに時間が少しあったので,本屋へ物色に行った。
つらつらと眺めたあと,齋藤孝の新刊が出ていたので購入した。
齋藤氏の本はあまり買わないのだが,本のタイトルにひかれたのかもしれない。
『教育力』(斎藤孝 岩波新書)
野口芳宏先生が言われた次の言葉が心から離れないでいる。
「学校ができることは,防火活動であって,消火活動ではない。」
つまり,日頃の様々な教育活動は,大きな事件や問題が起きないように行っているのであり,一旦大きな問題が起こった場合は学校で対処できることではなく別の関係機関に任せるしかいないということである。
私自身も,生徒指導上厳しい現実を数多く見てきたので,この言葉で大きく頷いた。
学校にはできることとできないことがあると,教師が認識しているかしていないかで大きく変わってくるのだ。
限界を知るということは,あきらめるということではない。
むしろ大きな事件や問題が起きないように,あきらめることなく日々の実践を積み重ねいていくのである。
わかる授業はもちろんのこと,あいさつ,言葉遣い,そうじ,遅刻,忘れ物などやらなければならないことをどんな小さなことでもやらせきることである。
このような日々の小さな実践をしていない教師に限って,大きな問題が起こった時に何とかできると勘違いしてバタバタとしているのである。
最初のボタンの掛け違えがおこっている,大きくずれた時にあわててもどうしようもない。
教師一人一人ができることとできないことをしっかりと認識し,日々の小さな指導を大切にしていけばさほど大きな問題は起きないと考える。
プロ教師の会のブレーンである諏訪哲二氏ではないが,「たかが教師に何ができるか。」という開き直りも必要なのかもしれない。
この半径3メートルの教育論も何とか500回を迎えることができた。日々考えたことを忘れないうちにとはじめた雑記だが,ここまで続くとは思わなかった。今後も是非続けて1000回まではいきたい。今後ともよろしくお願いします。
最近,研究紀要を読む機会が多いがいくつかの紀要を読んでいるうちにあることに気がついた。それは,「」(カギ括弧)『』(二重カギ括弧)が頻繁に使用されているということである。
強調をするために使用していると思われるがその使用法が間違っているように感じる。
また,同じ語句でも「」がついているものとついていないものがある。
例えば,「基礎・基本」と基礎基本,「学力」と学力,「心」の教育と心の教育など挙げればきりがない。さて,この「」や『』の使用についてはこのようにとらえているがいかがなものだろうか。
●「」は,①会話文,②引用,時には強調
●『』は,②書籍名,①会話中会話
この中の使用法①については,小学生の頃に習った記憶がある。また使用法②は大学の卒論を書くときに習った記憶がある。と考えると,作文や論文の書き方については,しっかりと習ってこなかったのではないだろうか。小学校,中学校と国語の時間は元より,いろいろな行事のあとに,すぐに感想文を書かせることが多いが,その書き方について教師はきちんと指導しているのだろうか。内容ばかりを重視してはいないか。日本語の書き方もこだわってみると,難しいものが多い。「、」「。」「・」「”」などの使用法などどうすれば良いのだろうか。これからは文章の書き方について独学していこうと思う。
因みに,作文の書き方に関する本でおもしろかったのは,
『炎の作文塾』(川村二郎 朝日文庫)
『中学生からの作文技術』(本田勝一 朝日新聞社)である。
本日,1年生のTT社会科で本市の5万分の1の地形図に色をつける授業を行った。
等高線の高さに合わせて色分けをしていくのである。
例えば,0m~100mは緑, 500m以上はこげ茶,市街地は赤などである。
普通の教師は,「下の塗り方にしたがって,この地図に色をぬってみよう」という単純な指示を出す。
しかし,この指導では,クラスの3分の1以上の生徒がきちんと塗ることは出来ないと思う。
生徒一人一人の作業能力をつかんでいないからである。
言ってみれば,できる生徒中心の指示だからだ。
そこで,私はT1の担当の教師と相談し,次のような指示を出すことにした。
①海を青色で塗りなさい。できた人は手を挙げなさい。(個別評価をしていく。)
※一番分かりやすい海を塗ることができない生徒は,多くの支援を必要とするので,その生徒をしっかりと把握しておき,机間指導の時,重点的に指導する。
②佐世保で一番高い山に印をつけ,高さを確認しなさい。568mである。では,500m以上のところをこげ茶で塗りなさい。
③できた人は,400m~500mを茶色で塗りなさい。
④次ぎに,300m~200mを黄色
⑤次ぎに,200m~100mを黄緑
⑥次ぎに,0~100mを緑で塗りなさい。という風に指示を細かく出し,そのつど机間指導で確認していく。
色塗りが完成した生徒は,地図をもってこらせて評価をしていく。
評価をもらった生徒は完成したものを見て,その気づきを3つノートに書かせる。
この指導でも,3分の2程度の生徒しか50分間で,完成しなかった。
この指導方法は,まだまだ改善する必要がある。
中学校に入ることを楽しみにしていた理由の一つがシャーペンを使えるということだった。
当時,シャーペンは今のように100円程度で帰るものではなく,確か500円ぐらいする高価な文房具だったように記憶している。
シャーペンを買うということは当然芯も買うということになる。
シャーペンの芯も安くはない値段だった。
0.5の芯をシャーペンに入れてノックした時の喜びを今でも覚えている。
ちょっと大人になった気分だった。
それ以来,シャーペンをはじめボールペンを買うときは必ず0.5サイズを買っていた。それが当たり前だった。疑わなかった。
しかし,2年ほど前から,0.5サイズのボールペンは何となく使いづらくなった。
受検関係の書類を書くときは,細いペンがいいが普通の文書に書くときは0.7のサイズのペンを使うことにした。
0.5サイズが当たり前となっていたが,最近では0.7サイズのペンが書きやすく,書いた文字も見やすい。
そういえば,亡くなった映画監督であり,作家であった伊丹十三氏も使っているシャーペンは0.7か0.9サイズだった。
やはり歳のせいかなともチラリと思った。
しかし,今日1日,断続的に雪が降り,授業中,窓から見える風景が雪のため見えなくなるときもあった。
東京から転入してきた生徒であるKさんにとっては,珍しい風景だったと言っていた。
日頃は,あまりテレビを見ないが毎週欠かさず見ている番組が日曜日に,しかも続けて放送されている。
1本目は,「所さんの目がテン」(日本テレビ系列 午前7時~7時30分)。肩肘張らない,素朴な疑問に答える科学情報番組である。今日のテーマは「フグ」だった。フグには肋骨がない。だから身が引き締まっている。その身にはコラーゲンが豊富であるということ。ふむふむ。
2本目は,「がっちりマンデー」(TBS系列 7時30分~8時)である。日本の経済活性化応援番組である。
様々な企業の紹介や有名商品の開発裏話などが分かりやすく紹介される。
今日は,「文房具」についてだった。マジックインキの詰め替え用があるとは知らなかった。カッターで有名なオルファが開発した最新式カッターには驚いた。次の新しい刃が内蔵されており,いちいち変えなくても出てくるようになっている。
さすが,物作り国,日本である。この2本は,やらせではないことを信じて毎回見ている。
公立高校の入試まであと1ヶ月になった。生徒のほうも否が応でも受験にむけて本気モードになっている。
そこで,最近「どうやって勉強したらいいのですか。」と良く聞かれる。
そんな生徒には次のような答えを出す。
●歴史は,日曜日など休みの日に教科書をすべて通して読む。歴史の大きな流れをつかむためである。授業中に教科書中心にやってきたので,読み直すことにより,記憶が明確になる。
●地理は,まずノート2ページに大きな地図を描くこと。その白地図の中に授業で勉強した重要な点を矢印を入れて記入していく。
例えば,世界地図にアマゾン川を書き入れ,矢印で「アマゾン川」と書く。
例えば,オーストラリアに矢印を入れて,日本へ石炭,鉄鉱石を輸出。日本と季節が逆。と書く。こうやって,重要事項をどんどん書き込むことにより,地理的な位置関係も理解できる。
ただ単に一生懸命に勉強しろ!というのではなく,具体的なしかも生徒がやる気を起こすようなアドバイスをすることが大切である。
学校行事に関して職員会議で提案すると,「生徒の意見は聞いたのか」という質問をする教師が時々いる。
さて,この意見は一見立派に聞こえるが,これを実行していたら現場はどうなるか。
生徒の意見を聞くと聞くということは,少しは生徒の要望も取り入れるということになる。
もし,意見は聞くが取り入れないとなると,教師に対する不信感が生まれ,逆効果になりはしないか。
学校行事では,あくまでもこの行事でどのような生徒に育てたいのかという明確な教師のねらいを最優先すべきである。
何でも生徒の意見を聞き,取り入れる雰囲気が一旦できあがれば,生徒の好き嫌いで学校行事が作られて行くことになる。
「合唱コンクールでポップスを歌わせろ」
「文化祭でヒップホップを踊らせろ」
「卒業式で,歌謡曲を歌わせろ」などと言ったわがままな意見を言い始めることは目に見えている。
学校行事は,ショーやパーティーではないのだ。仮に取り入れるなら,この枠内でできることを考えさせる程度であろう。
生徒会行事と学校行事を混同している教師が案外多いようだ。
生徒にこびることなく,この学校行事で生徒をこのように育てたいという熱い思いで指導していくことが必要なのだ。
生徒の意見を聞くとか,生徒のためにと言いながら実は生徒のためには何にもなっていないことが案外多いのである。
本校は本年度,学力向上の推進校として研究指定を受け様々な取り組みをしてきた。その中で,一人一人が意欲的に学習するために,学習の手引きを作成することになった。
全教科にわたって,
①学習全般のポイント
②家庭学習のポイント
③授業を受ける時のポイントを1年生でもわかるような文で書くことになった。
そこで,私が書いた社会科の学習の手引きを掲載する。
①学習全般のポイント
社会科という教科は,名前の通り社会を勉強する教科です。分かりやすく言えば,社会人になるための基礎的な知識や情報を読み取る力,なぜ,どうしてだろうという思考力,こうしようとする判断力を身につける教科なのです。未来を支える社会人となるために学習する大切な教科なのです。
②家庭学習のポイント
予習,復習では教科書をしっかりと音読する。(大きな声で,スラスラと,はっきりと)←脳の活性化の効果バツグン。今日習ったところをその日のうちに必ず復習する。(教科書読み,ノート,プリント再確認)←記憶力の定着効果バツグン。授業ノートとは別に自学ノートをつくり,コツコツとつくりあげていく。内容は次の通り。←まとめる力が重要ポイント。地理は地図を書き,重要事項を記入しまとめていく。歴史は年表を書き,重要事項を記入しまとめていく。公民は国会,内閣,裁判所の仕事などを図式化し,まとめていく。
③授業を受ける時のポイント
自分の脳をしっかりと使う。なぜだろうか,どうしてだろうかの意識を持ちながら受ける。板書をしっかりとわかりやすく視写する。社会科基礎用語を使って説明文が書けるように努力する。まずは,自分の力だけで調べたり考えたり書いたりする。分からない時は手を挙げてヒントをもらう。
野口芳宏先生の新刊である『縦の教育,横の教育』を読んだ。
読み終わって元気になった。
日本の教育について縦糸と横糸のたとえを出しながら分かりやすく書かれており大きく頷くこともしばしばだった。
特に,「大事な縦糸は下に隠れてしまい横糸がデザインを支配しています」という言葉だった。
相田みつをさんの詩にもあったが,大切なものは見えないものなのだ。
今の教育に欠けている「縦の教育」を保護者会などでも訴えていきたいと思う。
なお,この本の購入を希望される場合は,モラロジー研究所まで
●http://book.moralogy.jp/order/book/order.html
『送り火』(重松清 文春文庫)
パソコンのワープロソフトで,ある文字を入力すると時々おもしろい文字がディスプレイに出現することがある。例えば以下の文字。
●おしょくじけん 汚職事件(正) 御食事券(誤)
●ふじみそう 富士見荘(正) 不死身荘(誤)
●けんきゅうしていこう 研究指定校(正) 研究していこう(誤)
●こうかいじゅぎょう 公開授業(正) 後悔授業(誤)
●しえん 支援(正) 私怨(誤)
●せんせい 先生(正) 専制(誤)
●ばんしょ 板書(正) 番所(誤)
●たいちょうふりょう 体調不良(正) 隊長不良(誤)
●しかいしゃ 司会者(正) 歯科医者(誤)
仕事をしながら,間違ってエンターキーを押してこんな文字が出てきた時は思わず笑ってしまう。
中学1年生の頃から買い続けている筒井康隆の文庫新刊がでたのでさっそく購入した。
タイトルは『ヘル』。
筒井初期のドタバタ不条理ハチャメチャストーリーなのであろうか。
楽しみである。
『ヘル』(筒井康隆 文春文庫)
今日から3日間,後期期末テストが始まった。
テストのため午前中で生徒は下校し午後は,学年部会や職員会議がある。
しかし,放課後の部活動が休みになる。
1年中,土日もほとんど休みなく部活に頑張っている教師にとって,テスト期間中の休みほどうれしいものはない。
職員室にも時間的,精神的余裕が生まれた表情の教師が多い。
そういえば,完全週休2日になる前の土曜日の午後は,こんな表情の教師がたくさんいたなあ。
今考えると土曜日の午後の時間は教師にとってとても大切な時間だったように思う。
昼食をとりながら,お茶を飲みながら,いろいろな話をしていた。
学級での悩み,指導法の悩み,最近読んで面白かった本などである。
現在のような忙しい中での会話はどうしても深まりはない精神的余裕のある時の会話がとても大切だと痛感している。
私も勤務時間終了後すぐに本屋へ向かった。
この日ぐらいしかゆっくりと物色できないからだ。さっそく2冊購入した。バレンタインデーに同僚にチョコを贈るより,良い本を贈るほうがどんなに素晴らしいことだろう。
しかし,これはひがみに聞こえるか…。
『ビタミンF』(重松清 新潮文庫)
『千年働いてきました~老舗企業大国ニッポン~』(野村進 角川ONEテーマ21)
学年末をむかえて学校評価の時期である。
本校でも校内職員用と保護者と地域用の2種類のアンケート実施している。
内容は学校の取組に対する4段階評価と意見をもらう形になる。
校内,校外どちらも無記名なのでほとんどの人は匿名である。
教師の方ももちろん匿名である。
匿名のほうが正直に書けるから良いという考えをもつ人もいるだろう。しかし,逆に,何でも言えるということは,自分の発言に対して責任を持つ必要がないということである。
実際,外部評価の意見の中には罵詈雑言とまではいかないが,ここまで言われることはないだろうという内容もある。
確かに貴重な意見の1つとはなるが家庭,地域,学校と共に協力して子どもをしっかりと育てていこうとする姿勢ではないように感じる。
学校に対する意見があるのならお互い顔が見える場所で子どもたちの未来のためにしっかりと意見を戦わすべきだ。
私自身,校内の様々な行事の反省や意見は必ず記名する。
研究発表会などの意見も同じように記名する。
まずは,職員室内での記名アンケートから始まるのだと思っているからだ。
中学校では1時間の単位は50分である。
この50分をどう使うかが教師の腕の見せ所となる。
しかし,この50分の時間配分を考えて授業をしている教師はあまりいない。
研究授業などの際に書く指導案の左端に時間配分が記入してあるが,これを真剣に考えている教師はどれぐらいいるだろうか。
我々中学教師はこの50分間で,野口先生の言われるところの向上的な変容を起こさせなければならない。
では,現在の私の時間配分がどうなっているかを考えてみる。
①教科書読み(3回に分ける)…6分
②板書と解説…15分
③生徒の板書視写…9分
④個別即時評価(3回程度)…10分
⑤生徒の思考及び作業…10分
こう考えてると,⑤の時間が短いことに気づく。
しかし,ほとんどの社会科教師は②の時間が50分間のほとんどを占めている。
話が長く,脱線ばかりする教師もいる。半分以上ビデオを見せて終わる教師もいる。
5分以上遅れて授業をスタートする教師もいる。
5分前に授業を終わる教師もいる。
分かりやすい説明をせずに,いきなり生徒に作業をさせる教師もいる。
どう使っても50分間。この50分間にもっと責任を感じなければならない。
次に研究業を見るときは,この時間配分という視点でもっと深くとらえてみようと思う。
公立高校の願書締め切られ,各高校の志願状況が県教委から発表された。
同時に志願倍率も発表されたので生徒の方もいよいよ本気になる。
さて,長崎県ではこの志願状況を見た後1回だけ志願変更ができる仕組みになっている。
自分が志願している高校の倍率が高かった場合,高校そのものを変更するか同じ高校内で学科を変更することができるのである。
今までの経験で言えば,必ず数名の生徒が志願変更をしている。
同じような学科の変更ならばまだ理解できるが,工業系から商業系への変更商業系から普通科への変更など全く違う学科への変更は理解に苦しむ。
自分の将来の進路をしっかりと考えた上での高校進学といなるはずである。
倍率が高いからと言ってまったく違う倍率が低い高校に変更することは,進路についてしっかりと考えているのか疑問に思う。
ただ,単に公立高校ならばどこでも良いという風に受け止めてしまわれても仕方がない。
この志願変更という仕組みは一見よさそうに見えるが,実は生徒や保護者の進路に関する堅い決心を揺さぶるようなことになるのではないだろうか。
本日,小中合同の市教育センター合同研修会があった。
1年間のまとめをするためだ。
その中で,それぞれの研修講座の評価を数値で示されていた。
もちろん,私が担当した2つの講座の受講者の評価もあった。
1~4段階で4項目についてに評価である。以下,その結果である。
1 授業改善研修「道徳」の評価 道徳模擬授業及び講演
授業者数 31人 評価項目 4、 3、 2、 1 平均
①意欲的に参加できた 4…28人 、3…3人 2…0人、1… 0人 平均 3.90
②講座内容について 4…29人、3… 2人 2…0人、1… 0人 平均 3.94
③よく理解できた 4…30人、3… 1人、2… 0人、1… 0人 平均3.97
④現場や授業に生かせる 4…27人、3… 4人、2… 0人、1… 0人 平均 3.87
2 授業改善研修「道徳」の評価 他校における出前授業
授業者数 32人 アンケート記入 15人
評価項目 4、 3、 2、 1 平均
①意欲的に参加できた 4… 12人、3… 3人、2… 0人、1… 0人 平均 3.80
②講座内容について 4…11人、3… 4人、2… 0人、1… 0人 平均 3.73
③よく理解できた 4…11人、3… 4人、2… 0人、1… 0人 平均 3.73
④現場や授業に生かせる 4… 9人、3… 6人、2… 0人、1… 0人 平均3.60
平均点だけを見ると,おおむね好評だったことがわかるが,細かい部分を分析すると,授業に生かすと言う点では,課題が残る。
具体的な資料の提示や発問の一般化という点に配慮不足だったと思う。
本日,市教育センターの合同研修会の懇親会に参加した。
参加メンバーは,市教育センターの兼任所員の教師,責任校長,教育長をはじめとする市教育委員会の先生方である。
現場の教師は市教委の話をすると決まって行政は現場のことは分かっていないと愚痴をこぼしたり,批判ばかりをするがそうではない。
懇親会でいろいろな先生方と話をする中で,感じたことは教育長であれ,市教委であれ,学校長であれ,教師であれ,思いは1つである。
それは,子どもたちを何とか良くしたいという思いである。
それもそうである。目の前の子どもたちを良くしたいと思う気持ちがなければ,教師をしている意味がないと思う。
今日の夜は,大変有意義な時間だった。
『現代教育科学3月号 ~「子ども中心主義」教育の批判と克服~」
先日のサークルで紹介され,面白そうなのですぐに購入した。もちろん野口先生の論文掲載ありです。
昨日,市内の演劇サークルである佐世保演劇サークルの劇を見に行った。
劇中の舞台も佐世保,登場人物も佐世保の設定の内容だった。
野球をベースにした20代後半の若者から離れつつある人々のドラマだった。
無邪気だった高校生の時代とは違って,様々な大人の世界を経験し,自分の人生を立ち止まってふと考えることの大切さを感じた。
また,現代の東京中心の流れに棹をさす,気持ちもあったと思う。
このような地元の若い人たちのパワーがあると町全体が元気になる。
米軍基地とハンバーガーだけが佐世保ではない。
演劇も佐世保だと言われるぐらい頑張ってほしい。
音響係で活躍した在間☆白゙くんお疲れ様でした。
舞台とは違い,暗い中で真剣に取り組んでいた姿に感動しました。
『下流志向~学ばない子どもたち 働かない若者たち~』 (内田樹(うちだたつる)講談社)
先日のサークルで,子どもの返事ついてどうすべきかという話題で盛り上がった。場面は,全校集会での表彰あるいは学級委員の任命を想像していただきたい。もう少し絞り込むと,教務主任が,子どもの名前を読み上げる。その子どもの返事が聞こえなかったという場面である。さあ,どうするか。
A 何も言わない。
B その場で,声が小さいのでやり直しをさせる。
C その他
Aの意見に賛成の人の理由は,おそらくこんな感じだろう。全校生徒前で注意すると,可哀想だ。良いことで名前を呼ばれるのだから,注意することはその場面にふさわしくない。
Bの意見に賛成の人の理由は,おそらくこんな感じだろう。まずいところは,その場で注意し,正すことが大切である。その子どもだけを注意しているのではなく,全体への注意もふくまれるのである。
Cの意見を予想すると,こんな感じだろう。その場では指導せず,別の場所で個別指導する。 その場では指導せず,教室でクラスの生徒の中で指導する。
私自身は,教務主任として今までずっとBのやり方できた。もちろん,事前に学級担任に指導をして欲しいとお願いをした後なので,その子どもは大きな声で返事をしなければいけないことは知っているからである。知っているのにしない。やろうと思えばやれるのにしないのは,かっこ悪いことを教えるために,その場で指導する。
因みに,うちの学校では,何も言わない教師がほとんどである。その理由はAかBかは知らないが。
『現代教育科学3月号』の特集は,「子ども中心主義」教育の批判と克服だった。その中で,野口芳宏先生は次のように書かれていた。
●子どもの感じ方や考え方や嗜好を,あなどり,蔑(さげす)み,否定し,忌避するのはむろん誤りであり,それは罪悪だ。だが,子どもを買いかぶり,子どもに阿(おもね)たり,跪(ひざまづ)くのも同様に誤りであり,罪悪である。冷静なバランス感覚を持って子どもを導くのが適切である。
まさにその通りだと思う。
いろいろな研究発表の案内を見るとほとんどが,子ども中心的なテーマである。
「自ら考え」とか「生徒の自主性を生かした」とか「子どもの個性を生かした」とかである。
時には「子どもの思考を鍛える」とか「子どもを正しく導く生徒指導のあり方」とかいう硬派のテーマに出会って見たいものだ。
人として不十分だからこそ,保護者や教師,地域の人など大人によって躾けられるのだ。
言い替えれば,義務教育最後の段階である中学校では,人としての最低限度の常識を身につけさせて卒業させなければならないのだ。
それを子どものやりたいように,したいように任せていては,いつまでたっても子どものままである。
子どもの自主性に任せるという言い方はとても聞こえが良く,素晴らしく聞こえるが突き詰めて考えると,教師が指導の力を抜くということにはならないのだろうか。
3年生で行っている選択社会科の授業が本日で終了した。
前半は,地理の基礎問題を徹底的に行い,毎時間小テストを実施した。
後半は,世界の様々な国についての調べ学習を行った。
調べる方法は,デジタルの時代だからこそアナログにやろうということで,大使館に疑問点や質問事項を手紙に書かせ郵送した。
インターネットで調べればもっと,詳しく分かることもあるだろうが,あえて手紙という方法をとった。そのことで,生徒が外国と直接つながった喜びを感じさせるためである。
すべての生徒が返事をもらったわけではないが,返事がきた生徒は皆大喜びだった。
質問した内容以外にも,その国のパンフレットや写真資料などを同封されている国もあり,(しかも,日本語ではなくその国の言葉で書かれていたので)驚きもあった。
中には,その国で流行している歌が入ったCDが送られてきた国もあった。そのような資料を使って,B41枚にまとめさせ印刷製本した。
できあがった冊子を見ながら,生徒がそれぞれの作品を評価するという方法をとった。
中には,自分に対して甘い評価をしてすべて「A」をつける生徒や自分の作品に自信がないのか, すべて「C」をつける生徒もして面白かった。
2月に入ってからは,受験対策として生徒に受験のための予想問題を作成させた。
友達同士でやりやすいように一問一答式でつくり印刷製本した。
残りの2つの選択社会科の先生と協力して3年生全員分を作成し配布したところ喜んでいた。
週に1回の授業だったが正規の社会ではできないような内容に取り組むことができて教師自身も楽しめたし,生徒にとっても面白かったと思う。
しかし,社会科に限らず,選択教科では教師の方が多くのアイデアと方法を持っていなければならないことを実感した1年だった。
卒業式をあと10日後に控えて各クラスとも文集作りがさかんである。その中で,教師にも一言書いてほしいと言ってきている。さあ,何という言葉を書くか毎年悩むところである。
クラスごとに書くことを変えるとなると中々大変なので,どのクラスも同じ言葉を書くことにした。
今年のキーワードは「感謝」である。この言葉は,今の3年生が1年生の頃から言い続けてきた言葉である。大人になっても,周りの人に感謝することを大切にしていほしいという願い込めて文集の原稿を書こうと思う。
また「人と人とが出会うことは大切だというが,もっと大切なことは人と別れることだ。」と言い続けてきたので,残りの10日間,大切な別れづくりをしていきたいと思う。
先日,公立定時制高校(夜間部)の卒業式に出席した学校長からの情報では87名の入学者数のうち卒業したのは34名だったということだった。
割合で言えば,約40%の数である。これを多いと見るか少ないと見るかである。
私の教職20年間で数多くの卒業生を送り出しその中には,多くの定時制高校に行った生徒がいる。
しかし,4年間頑張って卒業したのはたった2名である。
こういったことから,この数字を見たら多いと言うのが私の正直な感想である。
中卒で就職した生徒の多くは,卒業後,定時制や通信制の高校に希望を出す。
これは実際に社会に出ると,資格の必要性や学歴の壁にぶつかることがあるからだと思う。
中には,純粋にもっと学びたいと希望する人もいることだろう。
いずれにしろいいことだと思う。
件の高校では,この日皆勤賞をもらった生徒が1名。
5名がほぼ皆勤だったとのこと。こういう生徒がいることを中学生や大人たちにもっと知らせていくべきだ。
『おばあちゃんが,ぼけた』(村瀬孝生 理論社 よりみちパンセ)
今日から2日間,公立高校の入試がある。
その引率で朝からN高校まで行った。
集合時刻よりも早い時刻に生徒たちは集まった。
N高校のすぐ隣にある神社で合格祈願をして,会場へと向かった。さすがにみんな緊張している。彼らの人生の中で,第3者から選択されるという経験をする大切な時なのだ。だからこそ,こんな緊張を味わうことがとても大切なのだ。
他の高校を受験した3年生諸君の合格を祈っている。明日の面接終了後の生徒のすっきりとした笑顔をみるのが楽しみだ。
公立高校入試が終わった。面接が終了し,すべてが終わった生徒の表情はとてもすがすがしかった。今日は,今まで我慢してきたことやできなかったことをやってもいいという話をしたら,次のような答えが返ってきた。
●寝る
●ゲームをする。
●マンガを読む。
別に何もしない。我慢しなかったから。
自分のことで言えば,高校入試が終わったらためていた推理小説を一気に読むことを楽しみして勉強していたのだが,時代が変わったなと思った。
しかし,何はともあれ無事終了した。
3年生のみんなお疲れ様でした。明日からは卒業式の練習が始まる。
残りの中学校生活は2日半。
明日は,卒業式である。3年間持ち上がった生徒の卒業ということで心に迫るものがある。
今日の総練習では式の流れを一通り流したが,ひとりひとりの生徒の名前が読み上げられる度に,いろいろな思い出がドラマの1シーンみたいに蘇ってきた。
中でも特に感動したのは今年初めての試みである『仰げば尊し』の4部合唱、しかもアカペラである。
まさに体育館が共鳴したような美しい歌声だった。
放課後,だれもいない体育館の中で,明日の司会の練習をちょっとだけ行ったあと最後の仕事であるトイレ掃除をして帰宅した。
明日,卒業式を迎える122名の生徒諸君。
本当におめでとう。
『草の記憶』(椎名誠 金曜日)
本日,第60回卒業証書授与式が無事終わった。
50名以上の来賓と150名以上の保護者を迎えての式だった。
1時間30分という短い時間だったが,厳粛で感動のある素晴らしい式だった。
来賓の方からは「素晴らしい式だった。特にアカペラで歌った『仰げば尊し』
が素晴らしかった。こんな感動した式は久しぶりだった」という賛辞をいただいた。
この生徒たちが入学したすぐの学年集会で私が言ったキーワードは「成長」だった。
この3年間で社会に出る準備をすること,そのためには,人として成長することだ
と言い続けてきた。
その言葉通り,彼らは成長していくれた。
元生徒会長のKさんの別れの言葉の中にも,両親や先生,地域の方への感謝の
気持ちが多くちりばめられていた。
122名のみんな,3年間一緒に過ごせたことを本当に感謝している。
ありがとう。卒業おめでとう。一生懸命に生きてください。
昨日,人事異動の内示があった。現勤校7年ということもあり100%の確率で異動だろうと思っていたらその通りだった。
島が多い本県の宿命というべきか。
次の学校は,生徒数100名程度の小規模校松浦市立鷹島中学校となった。
本土からフェリーで約30分。
自宅までは合計時間片道70分程度の島である。
本日,さっそく下見に行ってきた。第一印象はとても静かだということ。
新しい中学校で何ができるのか,何をすべきか残りの日数でしっかりと考えておくことにする。
新しい土地に新しい生徒が待っている。
昨日,離任式があった。7年間も勤めたこともあり,多くの方々とのつながりができた。
生徒,教師,学校関係職員,保護者,地域の方,補導員などなど挙げればきりがない。
しかし,このつながりがさらなるつながりへと発展していくのだ。
最後に「ありがとうございました」「さようなら」という短い言葉に感謝の気持ちを精一杯込めて別れのあいさつとした。
見送りには,多くの卒業生が駆けつけてくれた。
中には今年30歳になる前回勤務していた時の教え子もいた。こんな時,教師っていいなあとつくづく思うのである。
本日,新天地への引っ越しがほぼ終わった。
家族と甥に手伝ってもらった結果,早く終えることができた。
ひとり暮らしに入るので,時間,健康,食事など私自身をしっかりと管理することが重要となってくる。
いろいろと大変だろうが,大きな節目ととらえて前向きに頑張って行こうと思う。
新しい中学校の鷹島中学校のHPはこちらから。一度お立ち寄りください。
明日,4月1日から新天地で生活することになる。
電話の新設に時間がかかりそうなのでこのホームページの更新がしばらくの間できなくなる。
もちろんメールチェックもできない。
設置や設定が完了した後には,新しい学校での私の取組や日々考えたことを紹介していきたいと思う。
その時までしばしのお別れです。また会いましょう。
本日,新しい中学校への初出勤日であった。
小規模校ということもあり職員室も家族的な雰囲気でとてもよい雰囲気だった。
午前中は校内人事や校務分掌などの決定で終わった。
午後は辞令交付式のためフェリーに乗り市役所へ向かった。
学校に戻る頃には退庁時間となり,今日1日を少しだけ振り返り帰宅した。
帰る途中で本日の夕食の買い物をした。
夕食を作る。
食器を洗う。
風呂を沸かす。
洗濯をする。
つい最近までは,妻がやっていてくれていたことがこんなにも大変なことなのかを痛感している。
今後は,時間をもっと大切に使う必要がある。
毎回のことだが年度初めは会議が多い。
職員会議,学年部会,校務分掌である。
この会議が終わると午後から,本校に関係ある方々へのあいさつ回りを行った。
20カ所近くまわったので2時間かかった。
これで校区内の地理が少しわかった。
職員室の机上の整理もほぼ終わり,ようやく始動といった感じだ。
先週の入学式から1週間が経過した。小規模校のため全学年の社会科を担当している。この1週間,授業中の約束事やルールについて説明してきた。
特に指導をしているのは以下の5点。
①はずんだ声であいさつをする。
②いすをきちんと入れる。
③プリントを後ろにまわすときに,「お願いします。」「ありがとうございます」の声掛けリレーを行う。
④ノート提出では,相手に文字が見えるように提出する。
⑤音読の徹底。(部分読み,一斉読み)
はじめての割には,全学年ともよくがんばっている。
しかし,まだまだである。これから徐々に鍛えていきたいと思う。
職員住宅から学校までとても近いこともあり徒歩で通勤している。
教師になって徒歩での通勤は初めてのことだ。
車での通勤と大きく違うのは,風景をじっくりと見ることができる。
多くの生徒とのあいさつを交わせる。
1日の作戦を練ることができる。などである。
荷物が多い日や天候が悪い日は大変だが,大切な7分程度の時間である。
中学校の道徳授業を変えるために始まった「とっておき道徳授業」シリーズだがついに5集目となった。
いろいろな学校で使ってますよという声を聞く度にうれしくなる。
しかし,責任も重大となる。
今回も生徒に伝えたい想いで2本の道徳授業を掲載していただいた。
あの名曲「涙そうそう」を使ったものと写真家の星野道夫さんの人生を見つめるものである。
2本ともできあがるまでに2年ほどかかっている。
いい資料と出会ってもすぐに授業化できるわけではない。
その2年間に別の資料と出会い構成を考え発問を考え生み出したものである。
良い資料はしばらくねかせると良い授業になるのではないだろうか。
ご購入は日本標準HPらお願いします。
授業の方も次第にリズムができつつある。
最初,私の授業システムにとまどっていた生徒たちも慣れてきている。
1年生,2年生,3年生どの学年も自分なりに一生懸命がんばっていることがわかる。
あいさつ,イス入れ,プリントリレーなど授業の姿勢も良い特にいいのはステップアップ問題を自主的に提出している生徒がクラスの70%以上にものぼることである。
この調子でがんばってほしい。
この4月,私の実践が掲載された本がもう1冊発刊された。
忙しい時期に原稿を書いたこともあり,できあがりが届いた時には中々感動した。
本のタイトルは『授業成立の基礎技術3 教師のふんい気を変えるミニネタ活用の授業づくり』(上條晴夫監修・土作彰編著 学事出版)である。
土作彰氏のミニネタを分類しさらに発展させたものである。
ちょっとしたネタが教室を授業を変えていくのである。
持っていると持っていないのでは大きく変わるのである。
週末を利用して,久々に本屋に行った。新聞もとっていないので新刊の情報がなかなか入手できなかったので,どんな本が出ているか楽しみだった。1時間ほど物色し2冊を購入した。
●『教育大混乱』(プロ教師の会 洋泉社)
初任者の頃から読んできたプロ教師の会の新刊である。諏訪哲二氏,河上亮一氏が現場を離れた後この会がどうなるか心配だったがまだまだがんばっているようだ。
●『本能の力』(戸塚宏 新潮新書)
著者はあの戸塚ヨットスクールの校長である。3年ほど前,テレビのインタビューの中でちょっと気になる発言をしていたのでさっそく購入した。100%否定できないところが購入の理由だ。
新しい職場で約1ヶ月がたとうとしている。
慣れるまでに時間がかかったが,ようやくリズムをつくることができるようになった。
といっても先が見えないので次から次にくる仕事に戸惑いながらも何とかこなしているといった感じだ。
さて,現在の仕事の割合を考えて見ると教務主任としての仕事は5割,教科担当としての仕事3割,生徒指導の仕事は1割,あいさつ運動や給食指導などその他の仕事が1割といった感じだ。
教科の仕事が不足していることが問題である。
教材研究の時間が不足しているのである。
今後,教科の仕事の割合を増やしていくことに力を注ぐことにする。
本日,全校学力調査が終わった。県の学力検査の英語,生活実態調査まで実施したのでほとんど1日中試験という感じだった。
終わった3年生の様子をみると本当に疲れたようだった。
この調査実施の理由は,学力低下問題にあることはだれもが知っていることだ。
この調査の結果が出て,この学力低下の原因をどこに求めるかに注目したいところである。
私自身は,学力向上の最大のポイントは,生徒が安心して学習できるかどうかであると考え,以前から生徒指導の重要性を言ってきた。
どんな指導法でも,生徒が生徒として席につき,黒板に向かって静かに教師の話が聞くという教育の大前提がなければ,学力向上は望めないと考えたからだ。
言い替えれば,教師と生徒という文化がきちんとできあがっていることが大切なのだ。
このことをプロ教師の会の河上亮一氏は次のように言っている。
「(教育再生会議の)提言は,最大の目的を「学力の向上」におき,授業時数を10%増やすことを提唱し,「ゆとり教育」の見直しをうたっている。しかし,最大の問題は「学力低下」なのだろうか。私は,現在の生徒たちの最大の問題は「生活力低下」であると考えている。生活の仕方をきちんと身につけず,嫌なこと難しいことにぶつかると簡単に参ってしまう生徒たちが増えている。ちょっとしたことで大きく傷つくようになった。他方,欲望を抑えることをしなくなり,他人と一緒に生活することが難しくなった。傷ついた時に,自分を守るために極めて暴力的になることもでてきた。」「生徒の生活力の低下,授業へ向かう気構えの低下,そして教師の忙しい毎日などを考慮せず,授業だけ増やせば学力が向上するはずだ,と考えるのはあまりに単純,脳天気である。」(教育大混乱 洋泉社)
紙面上の調査結果のみをみるのではなく,毎日厳しい教育現場を生き抜いている教師の意見に耳を傾けて欲しいと切に願っている。
前任校でも7年間続けていた朝のあいさつ運動を新しい学校でも続けている。
生徒はもとより,行き交う地域の方にも会釈をしている。
これにはいろいろ目的があるが,一番は生徒とのコミュニケーションのためである。
特に気をつけているのは,「おはようございます」の一言だけではなく,プラスアルファを実行していることである。
「朝ご飯たべてきたか?」
「宿題はしてきたか?」
「眠そうだな。頑張れよ。」などである。
このプラスアルファの声かけを行うことにより,生徒からでる次の言葉が違ってくるのである。
これからも時間が許す限り,このあいさつ運動を続けていきたい。
教務主任をしていると毎日,夥しい数の文書が回ってくる。
校内の提案文書,市教委からの文書,県教育センターからの文書,県教委から市教委を経由してきた文書,文科省から県教委から市教委を経由してきた文書,警察からの文書様々な業者からの文書,小冊子などである。
その数は多い日では1日あたり30種類は越える。
これらの文書すべてに目を通すとしたら,1日ではとうていムリだろう。
私は教務主任なので必要最小限に留めている。
それでもメモしながら見るので1時間はかかる。
中には,提出期限が明日までというとんでもない文書があるからやっかいだ。
これらすべてに目を通しているだろう管理職は本当に疲れることだろうとつくづく思う今日この頃である。
先週の土曜日にアルカス佐世保でサークルの学習会あった。
私を含めて異動した仲間が2人いたので,忙しくて先月は開催できなかったため久々の会だった。最近,刺激がない生活をしているのでとてもよかった。
私は,新しい学校でどのような取組をしているかの具体的実践レポートを持って行った。
今後も日常に埋もれることなく,今まで以上に刺激を求めてサークル活動にがんばっていきたいと思う。
本日,1年生に入学式から今日までの自分を評価させた。
1年生でもわかるように黒板にグラフを書いて説明した。
この1ヶ月の自分が成長したと思う人はA
(黒板のグラフに右上がりの線を書きながら説明した,)
あんまり変わらないと思う人はB
怠けたり,手を抜いたり,楽に流れていると思う人はC
どれかに手を挙げるように指示した。その結果は以下の通り。
A…1人
B…23人
C…6人
ある意味正直に答えていると思うが,とてもマズイ状態にあると言っていいだろう。4月から小学生とは違って成長することを言ってきた結果がこれである。
私自身の指導がまずかった証拠である。今後,指導方法を変更することにする。
先月2日の辞令交付式の日に宣誓書にサインをした。その内容をメモしてきたので,ここに載せたいと思う。
宣誓書
私は,ここに,主権が国民に存することを認める日本国憲法を尊重し,かつ,擁護することを固く 誓います。私は,地方自治の本旨を体とするとともに公務を民主的かつ能率的に運営すべき責務を深く自覚し,全体の奉仕者として誠実かつ公正に職務を執行することを固く誓います。
平成19年4月2日
氏名 山中太 印
このような書類にサインし,押印するとちょっと緊張し,身が引き締まる。
それは,法律を身近に感じるからだろう。
生徒にも法律をもっと身近に感じさせる授業を実施し,自己責任の大切さを教えていかなければと思う。
●『子どもは若殿,姫君か?』(川嶋優 ディスカバー携書)
知人のブログに紹介されていたので,アマゾンで即購入。カバーに書いてある文から引き込まれる。現在,教育界にばっこする誤った4つの教育
1 子どもの個性を大事にしよう
2 親の価値観を押しつけるな
3 教えないで考えさせよう
4 叱らないで躾けよう
ゴールデンウィークの最終日,久々ゆっくりと本屋へ出かけた。
2時間ほど見て回った結果,以下の4点を買った。
1冊は帰りの電車とフェリーの中で読破した。
帰りの電車の中に私服の高校生が5人ほどいたが,大騒ぎとまではいかないが少し大きな声で話をしていた。
ちょっとうるさいなと思っていたが,2つ目の駅ですぐに降りた。
驚いたのは,降りるときにみんな「ありがとうございました」と運転手にあいさつをしたことだ。見た目で判断してはいけないなとつくづく思ったできごとだった。
●『裁判官の爆笑お言葉集』(長嶺超輝 幻冬舎新書)
●『公立炎上』(上田小次郎 光文社)
●『歌姫 本田美奈子の人生』((ワニブックス)
●『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』(北尾トロ 幻冬舎文庫)
毎週見ているテレビの1つに『世界まる見えテレビ特捜部』(日本テレビ系 月曜日 20:00)
がある。今日の内容で一番興味をもったのは,「ナニー」である。
「ナニー」とは,イギリスの国家資格を持つ育児立て直し専門のベビーシッターのことである。 わがままし放題の子ども,それを放任している保護者。
1週間で原因を見極め,子どもたちを立ち直らせていくのである。
教育に力を入れているイギリスらしい番組だが,子どもを育てる時の大切なことは日本と同じである。
今日紹介されたものを挙げると,
① 両親は、子どもたちに完全になめられている。
② 父親が育児に無関心→父親が育児に参加し、親としての威厳を持つ
③ 母親が、子どもを怒らない→毅然とした態度で子どもたちに接し、ダメなものはダメとハッキリ叱る
特に③は幼い頃にしっかりと身をもって体験させておくべきことだ。
その他,我慢をすることで社会性を学ぶなど頷くことが多かった。
詳細は,日本テレビのHPに掲載されていますので,ご覧ください。
番組HPはこちらへ 「世界まる見えテレビ特捜部」
中学校の場合,同じ内容を複数回,授業することになる。
私は最高5回同じ内容を授業したことがある。
もちろん,同じ内容でも回を重ねるごとに修正,訂正されていくので全く同じ授業とはならない。しかし,5回もすると同じ話を同じクラスでしまうこともある。
前任校でも4クラス受け持っていたが,自分の中では3時間目が一番いい授業になっていた。
さて,現勤校は,全学年1クラスずつしかないので,毎回1発勝負の授業となる。
今日の授業はうまくいかなかったのでもう1回するといったことができない。
大きな失敗は許されないのだ。
よって事前の十分な教材研究が必要となってくる。
このようなことを小学校教師は毎回体験しているのだろう。
ここが,中学校教師と大きく違うところであり小学校教師が授業がうまく、中学校社会科教師は授業が下手だと言われる理由の一つではないかと思う。
先週,朝の会でくつ並べの大切さを指導した。
その人の人柄は,その人がいない時によくわかります。
例えば,学校に行っている時の君たちの部屋。
例えば,体育の授業に行ったあとの着替えの様子。
例えば,仕事が終わり,帰った後の机の上。
例えば,友達の家に遊びに行き,上がった後のくつ。
先生は昨日,君たちが帰った後,靴箱を見に行きました。その様子は,残念ですが悲しい状態でした。下足箱からはみ出しているもの。片方だけが,ひっくり返っているものなど。など。これからしばらく靴箱を注意して見ていきたいと思います。
次の日の朝。どういう状態か見に行った。
ほとんどの生徒が意識をして入れてはいるが,2名ほどその意識が足りないものがあった。
そこで,再び朝の会で指導した。黒板にくつ2日目と書き,この意味が分からないもの手を挙げなさい。すると,5名ほどの生徒が手を挙げた。
そこですかさず,昨日の先生のくつの話を覚えていない者は手を挙げなさい。
そこでも3名ほどの生徒が手を挙げた。
手を挙げなかった生徒を1人指名し,その内容を発表させた。
今の話を聞いてもわからない人手を挙げなさい。一人も挙げなかった。
では,そのくつの話が間違っていると思う人は手を挙げなさい。これも一人も手を挙げなかった。それでは,くつを並べることは正しいことことだとみんなは分かっているいるのですね。
分かっているのに,やらないのは,おかしいです。恥ずかしいことです。
明日もまた,靴箱を見に行きます。先生は期待しています。と行って教室を去った。
2002年5月からはじめた私のホームページへの訪問者がついに40000人を突破した。
数字だけ見るとたったこれだけと思われがちだが,私にとっては大切な訪問者だ。
このホームページをきっかけにして全国のいろいろな人と出会い,勉強をさせていただいた。
今悩んでいる多くの教師がいると思うが,どうかインターネットを利用して全国の同士とつながって欲しいと思う。
同じ職員室にいる教師だけが仲間ではない。
もっとすごい教師,もっとおもしろい教師が全国にはいるという事実を知るだけでも明日からのがんばる力が湧いてくる。
私も50000人を目指して頑張ります。
中学校2年生歴史的分野で自由民権運動を扱う。
教科書には,ビゴーが描いた風刺漫画か講演会の様子を描いた絵が掲載されていることが多い。
今使っている教科書では,講演会の様子の絵が掲載されている。
そこで,この授業の導入として次のような発問をした。
ちなみに,この絵をもう少し説明すると民権派の男が多くの聴衆を前にして熱弁をふるっている。それを止めさせようとする3人の警官がいる。彼らの頭上を湯飲みや急須などが飛んでいる。
●何が飛んでいますか。
○湯飲み,急須などすぐに意見がでた。
●これらのものは誰が投げたのですか。ノートに書きなさい。
描かれている人物は3種類である。
民権派の熱弁をふるっている民権派の男
それを聴いている聴衆
止めに入っている警官
○ほとんどの生徒は,聴衆と書いていた。
●では,誰に投げたのですか。
ここで答えが別れた。
○警官と演説をしている男
あえて答えを言わずに教科書を音読させた。
●再び聞きます。誰に投げたのですか。
○全員が警官と書いていた。
このような発問を毎時間行い,教科書の資料をじっくりと見る訓練と教科書の内容を読み取る訓練をしている。
新しい生活になってムダな時間がなくなった。
そのムダな時間とは通勤時間 車で30分(往復60分)→徒歩で7分(往復14分)である。
今年の3月まで1日あたり46分間の時間が無駄になっていたことになる。
前任校では7年間勤務したので単純計算,通勤だけで18000分×7=126000分=2100時間=87.5日となる。
もちろん通勤途中でいろいろなことを考えたり(授業の構想や1日の予定の確認など)ラジオから新しい情報を得たりしていたので全くのムダな時間とは言えないが数字だけみると,本当にもったいないなあと思う。
もちろん運転中に渋滞でイライラするというマイナス面もあった。
新しい学校に勤務して46分間の時間が生まれたことになるので,今後有効活用しなければいけないのだ。
例えば,朝通勤前に本を読むとか授業の流れを一通り確認するとかである。
まだまだ,考える余地がある。
今朝,学校に到着すると電話がかってきた。
相手は県内のある中学校の先生からだった。
初めて聞く名前だったので戸惑ったが,話の内容は簡単だった。
それは,私がつくった道徳授業「ぼくのスーパーヒーロー」の資料を送ってほしいというものだった。
この道徳授業は「とっておきの道徳授業3 中学校編」に掲載されているもので,2年前東京ビッグサイトで行われた第1回中学校道徳授業改革セミナーで発表した。
その影響もあり,県内をはじめ全国のいろいろな先生から資料請求があった。
今年の初めは東京の八王子の先生から研究発表で使いたいというメールもいただたばかりだった。しずれにしても,自分が創った道徳授業が広がることはとてもうれしいことだ。
月1回行っているサークルの学習会があった。
離島勤務になって自主的な研修会や新しい情報から距離があるためこのサークルの学習会を楽しみにしている。
私は今回読書レポートを持参した。
内容的にはメンバーには好評だったが,自分としてはあまり時間をかけなかったこともありまだまだである。
次は6月のセミナーのプレゼンができるようにしていきたいと考えている。
『方向音痴の研究(日垣隆 WAC文庫)
単身赴任の生活でいろいろなことを発見する。
例えば,朝起きると朝食の準備をする。
トーストや目玉焼きなどができていよいよ食べるという時に,はっと気づく。
音がないのである。
家族の声はもちろんだが,テレビの音もない。この音のない生活が,何となく不安になった。
そこで,ラジオをつけて食べるようになった。
ラジオから流れる声だが,何となく安心する。
こう考えてみると,今までいかに音のある生活に浸りきっていたかわかる。
しかし,音がないのではなく今の自分の耳には聞こえていないのだろうと思う。
自然の音があるのだと思う。朝には朝の自然の音。鳥のさえずりは聞こえるがそれ以外の微妙な音が聞こえているはずである。昔の人は,小さな自然の音を 敏感に感じ取っていたのだと思う。
そんなことを考えながら,音のない生活にも少しずつ慣れていかねばと思った。
566 教科書の読み込み(5月22日)
教科書中心の授業づくりをしているため,教科書を事前に読むことは当然のことである。
しかし,今の自分はこの読み込みが全くできていない。10回程度しか読んでいないのである。
文章だけではなく,写真資料,グラフ,表などもしっかりと見ている。つもりになっている。
このため発問が出てこないのである。
あの杉渕鉄良氏は教科書2ページで100の発問を考えていたそうである。
ということは,何回教科書を読んだのだろう。
想像するに,教科書がボロボロになるぐらい読み込んでいたのではないかと思う。
私は10回読んでも1つの発問ができた気になっていた。
発問が出てこないのは,読み込みが足りないせいだ。
これでは,教師としての修業とはならない。反省あるのみ。
社会科の授業では毎時間学習プリントを配布している。
このプリントは3ステップの内容となっている。
ステップ1は,授業中に使う部分である。いわゆる基礎,基本的な問題となっている。
ステップ2は,ステップ1が早く終わりきちんと評価してもらい時間が余った生徒がする部分である。
最後にステップ3は,その授業に関する練習問題となっている。
これをノートの左側に貼り付けさせている。
右側は,板書である。つまり見開き2ページで1時間分の授業となっているため大変見やすい。
さて,ステップ1は,授業中に全員取り組ませる部分だが,残りの2,3は提出は自由となっている。いわゆる自主学習の部分にあたる。
しかし,1年,2年,3年ともに毎日3分の2程度の生徒が提出して帰る。
無理矢理出させている訳ではないが,この状況はいい。
各学年ともに頑張っている生徒が多いと考えて良いだろう。
しかし,のこり3分の1の生徒が出さない事実をしっかりと考え,対策を練る必要がある。
毎授業で使うワークシートを作るのがとても難しい。
生徒の興味をひくようなものであり,基礎基本を定着させるためであり,すべての生徒が取り組めるものであり,少しは驚きがあるものでありこれらにあてはまる資料を探してあるいは自分で作り出している。
これが大変である。
すぐにできあがる日もあるが全くできない日もある。
教師によっては,授業の流れがすべて分かるように細かく質問が並べられているものもある。
これでは,授業の先がよまれてしまい,面白くなくなる。
このあたりのバランスを大切にしているのだが。また明日も悩むのである。
わずか1日の休日だったが,自宅に戻り息子と一緒に本屋へ行った。
私が好きな山下和美の『天才 柳沢教授の生活』の25巻が出ていたので購入した。
何と3年ぶりの新刊である。おそらく『不思議な少年』の連載で大変だったのだろう。
今回も,こころ暖まるいい話がのっていた。ほっとする1冊である。
『天才 柳沢教授の生活25』(山下和美 講談社)
『新解さんの謎』(赤瀬川原平 文春文庫)
『はかり方の日本語』(久島茂 ちくま新書)
中学校の社会科で一番難しい分野は2年生の歴史的分野である。
内容は近世ヨーロッパから現代までである。
市民革命(イギリスの革命,フランス革命,アメリカ独立宣言など)からから始まり,日本史と世界史が同時進行し,現代社会まで学習する。
しかも歴史的用語が難しく,漢字でしっかりと覚えることができない生徒がでてくる。そのため,社会科嫌いが増えることになる。
これを何とするために,近現代だからこそある写真資料やマンガ資料,映像資料,音声資料など随所に盛り込みながら授業を組み立てることにしている。
特に,写真資料は細かいところまでよく観察すると,意外な発見がある。
日頃から生徒に写真資料をじっくり観察するように指導しているため,新しいページを開き写真資料があるとよく見るようになった。
『ワニのあくびだなめんなよ』(椎名誠 文藝春秋)
欲しい本が市内の本屋にない場合、まずネットで検索してみる。
最近のネット書店では立ち読みができる本もあるが、コミックが中心で一般本ではできないことが多い。
そこで仕方なく、目次でその内容を伺うことになる。
面白そうな目次だと購入となるのだが、小遣いが少なくなっている時はためらうことになる。
その苦しい時が今だ。
しかし,活字中毒者にとって読む本がないということは本当に辛いものだ。
そこで,図書館めぐりをすることになる。
まず図書館のコンピューターで検索する。
在庫があることがわかる。
分類番号を手がかりに探す。
ない。
その近くを探す。
ない。
次の図書館へ移動。
検索する。
在庫があることがわかる。
その書架へ急ぐ。
ない。
周りを探す。
ない。
図書館のコンピューターっていったい何だ。
しかし,お目当ての本を探す時に意外な本とであうこともある。
今回,宇佐美寛氏の『大学の授業』(東信堂)と桂枝雀の落語のCDを3本借りて帰宅した。
本日,公的な研修会に参加した。
朝から夕方まで3つの講座があり,いわゆる義務研のため参加者も300名近くあった(らしい)。その講座の内容はともかく,1つ気になったのは最後の質疑応答の時間である。
司会が「どなたかご質問はありませんか」と何回か会場に投げかけをされたのだが,中々挙手する人がいない。
そこで,もう一度尋ねることになる。
するとようやく1名の手が挙がった。
次の手が挙がるまでにまた空白の時間が流れる。
結局30分間の時間が予定されていたが20分程度で終了した。
何となく間が抜けて終わったという感じだった。
こうならないためにも,司会者は名簿を利用して指名し発言を求めるべきだったと思う。
こういう流れにしておくと研修自体が緊張あるものなり,居眠りをする人もグッと少なくなるはずだ。(意欲や緊張感がないということは,参加者のほとんどが半分より後方の席に座っていることからも分かる。私は,こういった時には必ず一番前の席に座ることにしている。)
これは野口芳宏先生が言われる「価値ある強制である。」と思う。
しかし,最後に的を射た質問がでればびっしときまった研修会になったのに残念だ。
『この国が忘れていた正義』(中嶋博行 文春新書)
連日の猛暑でいささか参っている。
昨日の公的研修会が終わってバス停まで歩く間に汗が噴き出てきた。
息をするのも苦しくなった。
暑い空気が動いていないという感じだ。
死者が出るのもよく分かる。
何かの本で読んだのだが,タンパク質は40度以上の高温では凝固してしまうそうだ。
と言うことはこの猛暑で脳も目玉焼きの白身のようになってしまうのだろうか。
怖ろしい。
自宅ではめったにエアコンを使わないので,暑さを肌で毎日感じている。
自然の風のありがたさを本当に感じている。
朝晩の風が少しだが,涼しく感じているのは気のせいだろうか。秋よ早く来い!
『日本につける薬』(日垣隆 実業之日本社)
今日は,特定勤務(いわゆる特勤)の日だった。
職員数が少ない小さな学校なので,1年間を通して3~4回の特勤がまわってくる。
特勤の仕事内容は,以下の通りだ。
・校舎内,校舎外の見回り。
・電話の取り次。
・文書の受付。
・来校者の対応。
・職員室の清掃
・特勤日誌の記入などである。
つまり自分の仕事をしながら学校全体の仕事もすることになる。
若い教師にとっては良い勉強になるだろう。
この特勤を通して,学校全体の様子が少しはつかめるのだ。
もちろん,市内の忙しい学校に勤務した方がより勉強になるのはもちろんである。
しかし,この特勤の決められた仕事だけをやるようではまだまだである。
これにプラスアルファをする必要がある。
学校全体の様子がわかったら,少しでも良くするようなことをするのだ。
例えば,便所掃除をする。
例えば,各教室の換気をするため窓をあける。
例えば,いろいろな部活を回って,生徒に声をかける。などなど。
このようなちょっとした動きが学校を良くするのである。
決められた仕事だけやっているようでは,あまりにも視野が狭すぎる。
この特勤を通して,若い先生に学校全体を見る目をもって欲しい。
教師も私ぐらの年齢になるといろいろな会議や研修会などで司会を任せられることが多い。因みに司会をやったものを挙げると職員朝会,職員会議,校内研修,企画委員会,PTA総会,PTA実行委員会をはじめ校外では,市内教科部会,市内道徳部会,市教育センター研修講座などである。このような経験を通して,司会をする上で日頃から気をつけていることをまとめてみる。
1 事前準備
①職員会議,校内研修では,提案者や発表者と打ち合わせを行い,所要時間、特に強調したい点などを確認しておく。
②資料の確認をする。
③参加者名簿を手元に置いておく。
2 会が始まってから
①開始時刻を守る。
②大まかな流れと時間配分を知らせる。
③休息時間とトイレの場所などを知らせておく。
④私的なセミナーなどでは,自販機や食事をする場所を知らせておく。
⑤司会者は発言をしない。
⑥発言する人は1分以内にまとめて発表してもらうように説明する。
3 質疑応答
①事前に指名する場合もあることを知らせておく。
②事前に質問事項をアンケートなどで集約しておく。
③事前に質問してくれる人(いわゆる桜)を決めておき,何もないときは,その人に
手を挙げてもらうように依頼しておく。
④質問者に,要点だけをまとめていうように説明する。
⑤同じような質問が出ないように,関連質問を出させる。
⑥同じような質問は整理し,束ねる。
⑦ちょっとした笑いを入れるようにする。
4 最後に
①終了時刻を厳守する。
②謙虚な姿勢を忘れない。
これ以外にもいろいろなコツがあると思うが,司会を引き受けた以上は,重要な仕事であることを自覚する必要がある。
このホームページは生徒もよく見ている(らしい)。
時々,保護者からのメールはきていたが,生徒からはあまりこなかった。
前任校の生徒とは定期的にメールのやりとりはしているが,他の生徒からはあまりこないのが現状である。
しかし,メールが来ないからと言ってこのホームページを見ていない訳ではない。
見ている生徒もいる。先日も,フェリーの中で,本を読んでいたら後ろから「先生今何冊目ですか?」と当然言われた。
振り向くと3年生の女子だった。私の100冊読破計画を見ているのだ。
ホームページでは,読者の顔が見えないため自己満足に陥ることもあるが,このような顔が見える反応はいい刺激になり意欲も増す。
昨日の登校日の朝,突然口からでた言葉「あいさつは笑顔のスイッチ」どっかで読んだことがあるかもしれないが,ちょっといい言葉だなあ。
昨日と今日の2日間,朝7時に車で自宅を出発し片道60㎞の出張に行った。
教職20年経過研修会に参加するためである。途中から朝の通勤ラッシュと重なり,思った以上に時間がかかった。
しかし,そんなこともあるかと予想し車には桂枝雀の落語CDを2枚乗せていた。
普通は音楽やラジオを聞きながら運転するのだが,長時間1人で乗るときは落語を持っていくことが多い。
音楽よりも時間の経過が早いからだ。
しかも枝雀だからこれまた話にグイグイと引き込まれるのだ。
いやー面白い。古典有り,新作あり,SR(ショート落語の略。枝雀が創った1~2分ぐらいの落語)ありの退屈しない運転だった。
さて,約2時間かかって到着した,大村のさくらホールに集まった教師はざっと400名を越えていた。
もちろん小中高養護の教師が対象だからこの数字になるもの分かる。
しかし,最近の採用人数を見ると本当に少ないので,私たちが採用になった20年前は,いい時代だったのだと思う。具体的には20年前の中学校社会科で採用された人数が14名であり,現在は,2名~4名程度しかない。
言ってみれば,20年間に採用された教師は,運がよかったのだとつくづく思う。
私は,この年採用された教師を皮肉の意味を込めて「バブル教師」と言っている。
もちろん私もその一人である。
最近読んだ本で,メモしたものの中から一部を紹介する。
●「ノートは何のためにとるのか…緊張するためにとる。ノートをとるためにはどうしても話の内容を頭の中で整理しなければならない。内容の構造を考えどこが大事かを判断しないわけにはいかない。」(『大学の授業』(宇佐美寛 東進堂)
●フランシス=ベーコンの言葉「読むことは内容のある人間をつくる。会議は対応の準備がある人間をつくる。書くことは緻密な人間をつくる。」
●「作文・小論文は誰に向かって書いてあるのか。先生に向かって書かせると,書くことをつまらなくさせる。」
●「旅」=travelはもともと,troubleとtoil(苦難)が合わさってできた語。万葉集では,「旅」を「多比」と書いた。各地を比較するという意味。
●福沢諭吉の『学問のすすめ』より 「子を生みて子を養うは人類のみ非ず。禽獣皆然り。ただ,人の父母の禽獣に異なるところは,子に衣食住を与うるの外に,これを教育して人間交際の道を知らしむるの一事に在るのみ。」
(以上 『学問のヒント』(日垣隆 講談社現代新書)
最近の流行の曲はあまり聴かずに,昔の曲をよく聴くようになった。懐かしさにはしるのは,歳をとった証拠だと笑われそうだが仕方ない。そんな中にで,耳に残る歌詞がある。
●『五感フルに抱く命さ』
●『五臓六腑にしみる命さ』(『さよなら文明』(爆風スランプ)
である。理由はないが,この歌詞が妙に残る。
去年,買った本『心がぽかぽかするニュース』の2006年版をやっと見つけたので,即購入した。これを読むと,やっぱり人っていいなあ温かいなと思える。こんな記事をたくさん掲載していくと,自分もこんないいことをしてみようと思う人がでてくるかもしれない。
『心がぽかぽかするニュース』(日本新聞協会編 文藝春秋)
刺激的なタイトルだ。著者は狭山高校校長の小川義男氏だ。中身も極論が飛び交う挑発的なものになっているが,本音の書である。目次を見てもそのすごさと素晴らしさがわかる。
●まず「形」から入る~ヘレンケラーが「奇跡の人」になりえた理由
●子どもは「個性」より「素直さ」が最上の武器
●食事のセレモニー化から家庭の躾は始まる。
●『人権」をやたらに認めないのが学校だ。
●教師と子どもに緊張関係がなければ,教育は存在しない。
●「友だち先生」が生み出したもの
●「勉強しない生徒」ではなく,「勉強をやらせない教師」がいる。
●「問答無用の丸暗記」から,「豊かな人間性」が生まれる
●「頑固おやじ」の絶滅で,わが国の教育は危うくなった
日頃から,教育現場の厳しい状況を見てきた結果,建前ときれいごとだけでは,まともな子どもは育てられないと思っているため,この本は心に迫るものがあった。
先日,行われた教師修業セミナー2007の感想集ができあがった。同じサークルの辻川先生が作成したものだ。毎度のことだが,単なる感想だけではなく,ABCD4段階の評価をしてもらった。厳しい評価だからこそ,しっかりと受け止め改善を目指すのだ。校内研修でも,単なる社交辞令的な授業研究ではなく,数値評価などを取り入れる方法で,お互いの授業力を高めていくべきだろう。
●教師修業セミナー2007の感想
評価:A…15人 B…9人 C…1人 D…0人 評価なし…1人
〔A〕
・道徳の授業を考えていくのはとても楽しいです。いろいろと配慮をしながらつくっていくことが大切だと思いますので参考にさせていただきます。先生がおっしゃっていた「自分が感動した内容は生徒も感動する」ということは本当にその通りだと思います。
・臨採でまだ担任をしたことがなく,教育実習以後,道徳授業をしたことがありません。教科の授業などにも役立てそうなポイントがあり,とても勉強になりました。
・お話しをもっと聞いてみたいと思いました。そして実際の授業も見てみたいです。ヒューマンな感じがして温かさと知的好奇心をくすぐられるお話しでとても興味深かったです。
・例を交えながらポイントを紹介していただいた。最後のネタはぜひ授業にすべきである。(そんないいネタ)
・中心発問から展開させていくのを,とても苦手と思っていました。とても参考になりました。これからもよろしくお願いします。
・道徳授業を作る上での細かいヒントをたくさん教えていただきました。自分が普段やっている授業の中でもいろいろと注意しないといけないところがあり考えさせられました。
・オリジナルの授業開発だけでなく,副読本などをつかった授業においても考えなくてはいけないところだと思った。
・もっと聞きたいなあーと思うヒントがたくさんありました。今の時代の生徒にあった面白そうな教材かつ切り口も鋭いと思います。
・具体例を交えてわかりやすく説明をいただきました。普段からの情報収集と読書量もあるのかなと思いました。
・道徳について「人間くささが必要である」「きれいすぎる」といった意見は共感できた。「人間のきたなさ」のような面にも正面から向き合うことが必要であると思った。
・ポイントをしっかりとおさえていき,授業の大切な部分,ヒントを教えていただき,大変参考になりました。今後の授業にぜひ生かしていきたいと思います。
・大変興味深かったです。身近なこと,物,本から道徳の授業がつくられることを実感しました。
・授業に使いたいネタがあっても,それをうまく授業に生かせないのが現状です。
・授業をいくつか作りました。山中先生の視点でチェックをやり直したいと思います。
〔B〕
・山中先生の道徳授業を構成していくまでの“型”を学ぶことができてよかったです。終わりのところで時間が足りなかったような気がします。そこからさらに深まったところの話が聞きたかったです。
・「資料,発問,構成にこだわる」に共感します。その1つでもよいから具体例をあげて御説明いただけるとありがたかったです。
・今後,道徳が教科になる方向に進んでいるが,当然教科書を使用するということになるかもしれない。その件について山中先生の考えを聞きたいです。
・「授業作りの3つのこだわり」とても参考になりました。
・1度にたくさんのことにこだわりはじめるのは無理なので,ひとまず明後日の月曜日からは「発問」にこだわった授業づくりを心がけようと思いました。
・「語尾」「.」「間」にこだわるという視点でお話し頂いた内容が大変興味深かった。もう少しお話しが聞きたかった。
・道徳授業作りの視点が再確認,また,新しい知識を得ることができました。資料作りにおいてはきれい事のみでなく,人間らしさがないと生徒も熱心に見ないと常々思っています。
・授業づくりのむずかしさを知りました。本に沿って道徳の授業をやっていましたが,そこに感動を演出するのは教材だけでなく教師の力量だと感じています。
〔C〕
・オリジナルの道徳授業はおもしろそうでした。語尾にこだわるとか間にこだわるとか,視点がいいです。ただ,発問の作り方について「~しないようにする」が多くて「~する」があまり出ていないのがわかりにくかったです。
〔評価なし〕
・道徳で何をしてよいか題材探しに苦労するのですが,身近なことを扱うことで生徒たちの興味を引き付け,より生徒たちに考えを深めさせることができるものだと思いました。
前回紹介した,『子ども家畜論』の中から,私がメモした部分を簡単に紹介する。
●教育の目的,価値は,ある地点に設けたゴールに全員がと立つするかどうかにあるのではない。今ある自分が明日,明後日にどれだけ前進するかというところに,教育の目的がある。(中略)人間の幸せは一つの目標を持って,その目標の実現に向かって努力し,その目標にいくらかでも近づいたと実感することで,最大の幸福感を得るのである。
●その昔,私の友人である教師が休みの日に数名の子どもたちを東京・奥多摩に連れていった。一人の子どもが滝つぼに落ちた。その教師は滝つぼに飛び込み救助しようとしたが,無念なことにその子は溺死した。彼自身も全身打撲で,脚は胴のように太くなっていたという。葬儀の際には這っていって焼香したそうである。今日では考えられないが,賠償問題は起こらなかった。
野口先生の硬派教育に通ずる部分がある。本音の力こそが,現状を打破していくのだ。
本日,市教委計画訪問があった。予定通り私は3年生の道徳授業を実施した。
市教委からは教育長をはじめとする6名の先生方,校内は,校長・教頭をはじめとする2名が参観した。
資料が多かったため50分間の集中力が続くかどうか不安だっただったが,生徒たちはみんなよくがんばって最後までしっかりと取り組むことができた。
資料の範読や板書の仕方に課題が残るが感想を読んでみた限り,ねらいはおおむね達成できたと言ってよいと思う。
33名の生徒のみんなよく頑張りました。
夏季休業中には様々な公的研修会や部会が開催される。
昨年度は,この公的研修会だけでも,お盆をのぞいてほとんど毎日開催されていたように記憶している。
半強制的でしかも無料,そして暑さが原因してか,意欲的に参加している教師はあまりいなかったような印象がある。
その証拠に,居眠りや私語,的外れの質問などがあった。
このような教師は,おそらく始まる前から,「どうせ」という気持ちがあったのではないだろうか。
つまり,最初から学ぶ気持ちが薄くかったのではないだろうか。
自分とは違う人の話を聴くことは,とても面白いと思う。
自分が体験していないことを聴けるからである。たしかに,話し下手で退屈な話もないことはない。
しかし,少しでも何か得たいという学びの姿勢があれば態度も変わってくるだろう。
要は,教師一人一人の心の持ちようである。学びの夏がやってくる。
先日,北九州の菊池省三先生からセミナーの正式依頼があった。最近,日常に埋もれて惰性的な生活をしている自分が嫌になっていたので,引き受けることにした。のこり一ヶ月,参加者が満足して帰れるような講座にしたい。50分間の講座をどうするか,今夜から準備を進めていこうと思う。
中央教育審議会の発表によれば,新学習指導要領では女子にも武道,男子にもダンスを履修させる方向だという。
これは,これで良いのだが,個人的には書写の時数を増やして欲しいと思う。
自分が字が下手だからいうのではないが,書写,特に書道は字がうまくなるというより,集中力を身につけさせるためにやらせるのである。
呼吸法も身につくだろう。日本語の持つ美しさにも気づくだろう。
週に1コマ,年間35時間の履修ではどうだろうか。
『高いところが好き』(田部井淳子 小学館文庫)
最近,時間を無駄に使っているように感じる。
単身赴任の身なので,やるべき事が多いのは当然である。炊事,洗濯,掃除などもちろんのことである。
しかし,それらが終わった後の時間を有効に使っていないと感じるのだ。
やるべきことはある。教材研究,読書,ニュースを見る(新聞をとっていないので,情報源はテレビのニュースである),HPの更新などである。
結果,考える時間が多い。ぼーっとしている訳ではないが,考えているのである。
今日に授業はどうだったか,明日の授業をどうするか,HPに何を書くかなどを考えているのだ。
考えている時間があれば,書くことだと分かっていても書くまでに時間がかかる。
これではだめだ。時間があると思って,自分に余裕を与えすぎているのだと思う。
せっぱ詰まらないと動かない自分が情けない。
まずは,毎日やるべきことをしっかりとやる。これからだ。
本日,朝から全校朝会があった。2学期の学級委員の任命や学校長の講話があった。
私も教務主任として司会を行った。この集会を見ていて気づいた点は返事の声が小さい,講話の時に下を向いている生徒がいる,校歌の歌声が小さいことである。
このままほっておくと,生徒はこれぐらいやっておけばいいと思いこむことになる。
これではだめだ。そこで朝会が終わった後,次のような内容の話をした。
●学習面,生活面,運動面など自分が持っている力を出していない生徒が多い。
●これは非常にもったないことである。
●これでは,成長はしないということ。
●全力を出すことにより,成長できる。
●中途半端にやるぐらいなら最初から手を出すな。
●今日からの体育大会の練習で一人一人が全力を出すこと。
「中途半端こそが人間を腐れらせるのだ。」
学力向上を目的とした様々な研究が行われている。また,その成果を発表する研究発表が行われる季節がやってきた。
そこで,そんな研究発表会で決して言われない方法をあえて言いたいと思う。
それは,適度な緊張感であると考える。適度な緊張感がある授業づくりをすることである。
今までの授業は,生徒が「ふり」をしているのだ。
○教師による一方的な講義形式授業。→生徒は聞いたふりをしているだけだ。
○挙手をさせ指名する授業。→分からない生徒はただひたすら指名されないように挙手をせずに分かった「ふり」をすればよい。
○生徒による課題学習の授業。→出来ない生徒は,班のリーダーについて,やっている「ふり」をすればよい。
「ふり」をしてるようでは学力は身につかない。
生徒一人一人が適度な緊張感を持って学習するシステムこそが学力向上に必要だと考える。
問題は適度な緊張感である。ギリギリ締め付けるような授業や,生徒の自主性?に任せっきりの授業では学力は向上しない。
学ぶ喜びとしっかりと評価されることが大切だ。
この適度な緊張感を唱える研究はあまり見たことがないし,聞いたことがない。
現在,中学1年生で北海道の農業を学習している。そこで次のような授業を実施した。
1 指示 教科書に掲載されている一枚の写真を見ます。
(北海道の畑作の様子の写真である。)
2 指示 この写真を見て気づくことを3つノートに書きます。(資料活用能力)
3 生徒の主な答え
・畑が広い
・畑の色が違う
・家と家が離れている
・道路が真っ直ぐに通っている
・畑の形が四角形
・木が植えてある
4 机間巡視をしながら,個別即時評価をしていく。(三段階評価)
5 生徒の答えの中から2つを板書した。
①畑の色が違う
②畑の形が四角形
6 ①と②の理由をノートに書きます。(社会的思考)
①どうして畑の色が違うのか。
②どうしてどの畑も四角形なのか。
7 生徒の①の主な発表
・土の色が出ている。
・作っている作物が違う。
・米を刈ってしまった。
8 生徒の②の主な発表
・機械が使いやすい。
・働きやすい。
・作物が作りやすい。
9 模範解答を板書した。
①小麦や小豆などいろいろな作物を別の畑で作っている。
②大型機械が使いやすいようにしている。
個別即時評価をしているので,Aランクの答えを書いた生徒は大喜びだった。
社会的思考が苦手な生徒に対しては,近くまでいきヒントを出していった。
ここまでで15分かかった。これでは時間がかかりすぎである。改善策を考えるべきだ。
1月に約1万円程の書籍代を使い,小遣いのほとんどがこれに消えていく。
最近は,できるだけ出費を減らすために図書館や古本屋をよく利用している。
購入した本の種類を見ると,昔よく買っていた教育書をほとんど買わなくなった。
書店の教育書のコーナーを物色するにはするのだが,触手が動かない。
何となく魅力を感じないのだ。
また,パラパラと中身を見ても,1ページあたりの文字数が少なく,ページ数ばかりをかせいでいるような感じだ。おまけに価格が高すぎる。2000円はざらである。
このページ数でこの価格は何だと思うことが多い。
こんな理由から一冊の教育書よりも二冊の新書を買うことが多くなった。
教育に直接関係ない新書を教養本として買っている。
社会科教師だからこそ,科学や生物学,博物学,脳科学,天文学などを読むのだ。
文系だからこそ理系本を理系だからこそ文系本を読むべきだろう。
『Y』(佐藤正午 ハルキ文庫)
総合的な学習の時間が始まって以来,地域に学校を開くという意味で多くの学校が外部講師を招聘しているようだ。
この外部講師を私が勤務した学校では「ゲストティーチャー」と呼んでいた。
住職,会社社長,警察官,保健所所員,目が不自由な身体障害者,戦争体験者,高校教諭,助産婦など様々な方に学校に協力していただいた。
しかし,よく考えてみると学校の教育方針に賛同して来ていただくのだから単なるお客様ではマズイと考える。
つまり「ゲストティーチャー」という呼称ではなく別の言い方をすべきである。
そのためには,当日,本番一発勝負の話をしてもらうのではなく,事前の打ち合わせをしっかりとすべきである。
学校教育方針や学校長の具体的指導方針や学校の実態をしっかりと説明した上で話をしてもらうのだ。
現場教師と協力して生徒を変容させるようなスタンスが大切である。
「ゲストティーチャー」ではなく新しい呼称を考え,学校外の人々意識を変えていくことが大切だ。
本日,34度の猛暑の中,体育大会総練習が行われた。競技を一通り流し,全体像がやっと見えてきたという感じだ。ここで,自分自身の指導を反省してみたいと思う。
●生徒数が93名という小規模校なので,全体指導でも十分やっていけると勘違いをしていた。指導が中々徹底せず,生徒の動きが変容しない原因がこれだと思う。この勘違いにより,次のような自分の甘さが出た。
○全体に投げかける指導ばかりだった。
○個に対する評価と指導が不十分だった。
○各リーダーに対する指導が不十分だった。
○事前指導開始の時期が遅かった。
○私自身が全体の流れをつかむのが遅かった。
○ここまでできれば「よし」という生徒の具体的到達点が不明確だった。
残された時間はあとわずかである。この体育大会後,生徒が成長できたと実感できるような指導をしていきたい。
「生徒の自主性に任せている」「生徒の個性を大切にしている」と語る教師がいる。
席替え,班決めに始まり,体育大会の選手決めや合唱コンクールの曲決めなど生徒に任せっきりにしているのである。
その結果,取り返しのつかない事態になる場合も起こってくる。
例えば,生徒の力関係によって,走力が劣る生徒が1500Mの選手になったり,生徒が自分たちの好みによって今流行のポップスを合唱曲として選んだりするのである。
生徒の自主性に任せると言えば聞こえがいいが,要は教師の意図が何も入っていないということであり,指導の放棄である。
自然に任せると人間は楽に流れるものである。
教師がしっかりとここまで育てる具体像を持って鍛え,ある程度の力がついた時にはじめて任せることができるのだ。
生徒に任せっきりにする教師がいる学校では,崩壊がおこる恐れがある。
明日はいよいよ体育大会である。
そのために昨日,最後の学年練習と全体練習が行われた。
最後の学年練習で何をするか考えたが,学級担任と一緒に心構えの指導を行った。
最初に私が「体育大会はだれのためにするのか」と問うた。
すると生徒からは次のような答えがでた。
・親のため
・自分のため
・祖父のため
・友だちのため
・地域の人のため
・小学校の先生のため
では,今挙げた人が見に来なかったら頑張らなくてもいいんですね。適当にやってもいいんですね。と言った。
全ては自分のためです。自分の成長のためです。人それぞれ持っている力は違います。
大切なのは,自分が持っている力をすべて出すことです。全力を出すことで人は成長できるのです。
ここで担任と交代して,この体育大会でどのように全力を出すのかを200字作文で書かせた。
すべての作文を読んだが,行進やラジオ体操,組体操,バトンの受けたしなどより具体的な場面で全力を出すことを書いており,生徒のやる気が伝わってきた。いよいよである。
体育大会が無事終わりました。
生徒達がどれだけ全力を出すのか心配でしたが全体を通して70%の出来だと感じました。
しかし,要所要所はしっかりと力を出す場面が見られて良かったです。
1つの行事を生徒一人一人がどれだけ自分の中で昇華できるかが,次へとつながるポイントです。これで終わりではありません。更なる高みへ。
多くの学校や研修会で夏季休業中に行われた様々な出張の報告会が行われたことだと思う。
その報告会では,発表者はどのような発表をすれば聴衆をひきつけることができるかを考えた。
1 研修会でもらった資料の紹介に深入りせず,必要最小限に留める。
2 資料を読んで分かることは,発表しないで,後で読むように指示を出す。
3 網羅的な発表にしない。
4 自分が一番,印象に残った部分,一番参考になった部分を自分の言葉で紹介する。
5 発表した後で不明な点が出てくることがあるので,答えられるように自分のメールアドレス
などを記載しておく。
くれぐれも発表された通り,大ざっぱに流さないようにすべきだ。聴衆は初めて聴く内容である ことを留意することである。
明日は今年度2回目の授業参観だ。今回は一年生の社会科をすることにした。授業参観でもいつもと同じ授業をすればいい,という教師がいるが,そうは思わない。一年間に何回しかない授業参観である。いつもと違う授業をするぞという意気込みがあればいつもと違って教材研究にも力は入るのだ。ちょとした社会科用語でもいつもと違う授業だからこそ,しっかりと調べるのである。生徒以外の他人を意識することにより,いっそうの努力をする。これは研究授業でも同じだ。研究のための授業であるから,いつもと違って提案性のある授業をする。これが,教師修業となっていくのだ。明日に備えて,保護者用の「授業参観のしおり」を作成し,全職員にほ配布した。導入のミニネタも用意した。明日が楽しみだ。他人に見られるほどよい緊張感が味わえる。
『文藝春秋 SPECIAL 私の仕事 私の生き方 季刊秋号』
本日,授業参観で行った社会科授業を振り返りたいと思う。
1 導入は,アメリカの国旗に関する発問はいらなかった。
→国旗を見せて説明するだけでよかった。(以前学習した内容だった)
2 アメリカ国家を聞かせるだけで良かった。(社会的思考力につながる資料である)
3 個別即時評価に時間をかけすぎた。
4 発問が多すぎた。(発問をもっと絞り込む必要があった)
5 時間配分がまずかったことが一番の失敗である。
しかし,思わぬ生徒から素晴らしい答えがでたことがこの授業の良い所だった。まさに逆転現象が起こった授業だったと思う。1年A組のみんなお疲れ様でした。さあ,保護者は授業の感想を書いてくるかどうか楽しみだ。
先日,行われた社会科の授業参観の感想をいただいた。
8名参観のうち2名の保護者からいただいたのでまあまあだと思う。
その感想の一部を紹介する。
●先日は,授業参観,懇談会とお世話になりました。
ようやく社会科の謎が解けました。
それは評価シールをいつもらっているのか?プリントはいつ問題を解いているのか。
授業はわかりやすく話をしっかりと聞いていれば誰でも理解できる内容でした。
特に午後からの授業はボーッとすることも多くなりがちだと思いますが,調べ学習と時折入る先生のユニークなジョークで明るく楽しい授業の様子を見ることができました。
●授業を見て最初に感じたことは,おしゃべりをする子がほとんどいなかったという事。
親が観に来ているせいかもしれないが…多分居眠りや落書きをする子も少ないのではないでしょうか?朗読又は音読も昔から暗記るのには一番だと思います。
一斉読みですか懐かしいですね。班ごとに競争させて読ませ何かメリットになることをやるのも一つの手だと思います。がんばってください。
このように感想をいただくと,自分の授業がどのように見えるのかがよく分かる。生徒ではなく,大人がどのように感じるのかが大きな刺激となるのだ。
このような地味な取組の積み重ねによって保護者との関係ができていくのだと思う。
保護者との関係がうまくできると,生徒との関係もうまくいくのだ。
先日読んだ本からメモした文章を紹介する。
●「まったく音のない世界なんですね。耳元をそよぐ風の音以外は」
○原爆投下直後の長崎を撮影したカメラマンの言葉。
●「子の好きこのむことを子に任せてはならない。善し悪し選ばざれば多くは悪しき筋に入りて,後は癖となる」
○ 貝原益軒の言葉。
●「自己規律」「思いやり」「責任」「友情」「仕事,勉強」「勇気」「忍耐」「正直」「信仰」
○レーガン大統領政権時代の最後の教育調査官であるウイリアムベネット氏が1993年に書いた『道徳読本』の柱。
13日の早朝から高速バスに乗り,北九州まで行ってきた。
教育秋まつりに講師として招聘されたからだ。
衛生陶器で有名なTOTOの研修センターを会場に一般企業の方,大学生,キャリアアドバイザーなど20名程度が参加されていた。
今までの講座は,ほとんどが教員対象だったため,このような異業種の前で道徳授業について話をするのは初めてのことだた。
そのため最初独特な空気が漂っていたが,次第に和やかになり講師の私も楽しむことができた。
そのあと行われた懇親会では教育に関する違った視点からの情報が得られ,また様々な多くの方とのつながりができ本当に有意義な会だった。
お世話いただいた,菊池先生,安田さんありがとうございました。
また,呼んでください。
『なぜ夜に爪をきってはいけないのか』(北村哲 角川SSC新書)
『学校のモンスター』(諏訪哲二 中公新書ラクレ)
近頃,思うことだが生徒が何か問題を起こした時,その後の生徒の動きがよくわからないことが感じることが多い。
以前であればすぐに謝りにくることが多かったが,そんな感じではない。
例えば,提出物を忘れた時に,どうするかと問うと,明日持ってきますと言う。
次の日,すぐに持ってくるかと言えばそうではない。
再び,提出物はどうしたかと問うと,持ってきましたとさらりと言うから不思議だ。
その表情には何ら悪びれたところはない。
本人としては,持ってきたからいいじゃなかという感じだ。
そこで,次のように言う。忘れたことは悪いことだ。だから反省して,次の行動で示す必要がある。悪いと思ったら,次の日の朝早く一番で私のところまで持ってくるのが筋だと。
ここまでくれば,少しは納得した顔になる。
このことから,生徒は自分の失敗やまずかったことに対する責任の取り方を知らないのではなかと思う。
これから,責任の取り方を様々な場面での責任の取り方をスキル学習などで教えていく必要がある。
本日,かつての同僚から,授業研究の仕方について電話で質問があった。
彼は,O中学校の研究主任である。
授業研究の方法としては,日頃から以下の3点のことを考えている。
1 その授業1時間で生徒にどのような学力を身につけさせることができたか。
2 生徒一人ひとりに学力を身につけさせるための手だてはどうだったか。
3 指導案に書かれているねらいは達成できたか。
班学習がどうだとか,ネームプレートがどうだとか,ワークシートがどうだとかは二の次である。
枝葉にこだわらず,幹の部分をしっかりと見極めることが授業研究をする上で重要なことである。
最近の授業研究では,あまりにも枝葉にこだわるものが多いのが現状である。
私のまわりには,教師になりたくてもなかなか採用試験に合格できず何年も臨時採用や非常勤でがんばっている知り合いが多い。
何とか2次試験までいくのだが,この壁が厚すぎる。
この2次試験で何度も落ちる人もいるから本当に気の毒だ。
こう考えてみると,私はつくづく運がよかったというか,受検した時期がよかったと思う。
最近,この難関を見事突破し,2次試験で合格した人と話す機会があった。
周りの教師はいろいろなアドバイスをしていたが,私は次のような話をした。
「長崎県内だけにとどまることなく,全国の教師とつながりをもつ努力をしてほしい。」と。 うぬぼれることなく,謙虚に学んでほしいという願いからである。
昨晩,家族と一緒にジャスコに行った。
校外にあり広い駐車場があるやつだ。
家族が揃うのが夜になったため夜の8時すぎに到着した。
この店は午後10時まで開いてるのだ。2時間弱店内を歩き回ったが1つ気になったのが,小学生ぐらいの子どもやそれより小さい子どもが意外と多かったことだ。
家庭の事情もあるだろうが,こんな時間に子どもを連れ歩くのはどうだろうか。
大人の生活リズムに子どもを合わせる。
以前勤めた学校では,夜中の2時に親に連れられて夕食を食べに行っている生徒もいた。
しっかりと生活習慣を身につけさせることが,今の子ども大切なことだ。
『常識はウソだらけ』(日垣隆 WAC)
『ホームレス中学生』(田村裕 ワニブックス)
本日,県教委主催の人権同和地区別研修会に参加した。
3年間で一度は絶対に参加しなければならない義務研修である。
この研修内容でよかったのは,講義が少なかったことである。
講義が2つあったが,いずれも30分程度の短めだったため集中して聞くことができた。
また現場教師によるワークショップが2つあり活動的な内容のため飽きることなく参加できた。
また,このようなワークショップは,要領さえつかめば誰でもできるところが良い。
しかし,注意すべき点は,ワークショップに限らず手軽にできるネタを何でも取り入れると,つぎはぎだらけの布と同じように全体を見ると結局失敗作になることにもなるということだ。
これらのネタのベースには教師の教育的な信念や哲学が必要となる。
夜7時過ぎに帰宅すると,ある教育雑誌から道徳教育に関する原稿依頼の手紙が届いていた。
先日,全国学力調査の結果が発表されていた。
都道府県別のランキングが発表され,うちの県は何位かな,下位ではなくて良かった。安心した。などの声が聞こえてきそうだ。
しかし,各学校の教師はどうとらえたのだろうか。
自分はあまり実感がなかった。朝日新聞でも紹介されていたが,中学数学の活用が3位だった石川県の数学教師は「高いと言われても実感としてわからない」と答えている。
正直な感想だろう。その理由はあくまでも平均点であり,目の前にいる生徒の現実を結びつかないからだろう。さて,この調査及び結果から次の疑問が浮かんだ。
●生徒指導で厳しい学校では,学力調査を全生徒に受けさせることができたのか。
●現在勤務している学校のように郡部や離島地域で学習塾がなく,教育的インフラが十分ではない学校の結果と都市部の結果を一様に比較していいのか。
東大の苅谷剛彦教授も朝日新聞(10月25日)で書かれていたが,教師の授業力の違い=学力の差であると安易な結論を打ち出すのではなく,国の予算援助も含めて具体的な支援策を検討して欲しいと思う。
この数字はあくまでも平均点であり,目の前の生徒の中には,漢字がかけない,九九ができない,じっとして授業が受けられない,授業を妨害する様々な生徒がいる。これを何とかしなければと日々頑張っている教師がいることも国は目を向けて欲しい。
「経験」と「体験」の違い。
「経験」は自分は一歩控えめであるという部分がある。
「体験」は自ら動き,積極的に関わるという姿勢である。
単身赴任をして気づいたことがたくさんある。
その中の1つに,自由というのは意外と厳しいということだ。時間的な自由のことだが,夕食を作り,風呂をすませればあとは自由な時間となる。単身赴任をしている今の方が,自由な時間は多い。
しかし,仕事が進まないのだ。家族と暮らしていた方が,仕事がはかどっていたのは事実だ。
家族の支えがあったからだと思う。
それと自分の心のどこかに甘えがあるのだろう。誰にも見られていない,誰からも何も言われない。この自由さが原因となっているのだ。
現在も,学校の仕事の他に,機関誌「道徳教育改革」の新連載,ある教育雑誌の原稿,私立T大学に勤める友人から頼まれた紀要論文,「とっておきの道徳授業6」の原稿などなど,やらなければならない仕事がある。
これからは,どこかで自分に対して制約をつくりせっぱ詰まった状況に追い込まなければやらないだろう。
さあ明日から11月。自分に不自由さを課すことにする。
仕事が終わって帰路につく頃は,真っ暗である。
学校から離れるにつれて,暗くなる。外灯や民家もあまりないので,道路の白線がかろうじて見える程度である。
家までの約7分間という短い時間だが,一瞬「闇」を感じることがある。
その「闇」とは「恐怖」のことである。
そういえば,自宅にいるときは,この「闇」を感じることはあまりなかった。
道路では頻繁に通る車のヘッドライト,立ちならぶ民家の灯り,コンビニのまぶしいくらいの照明。
暗いところはあっても「闇」はなかった。
人間にとって「闇」の「恐怖」は必要なものだと感じる。「闇」に何かが潜んでいるのではないか。
何があるのかわからない。黄泉の国につながっているのかも。
「闇」には「死」のイメージがある。
「闇」を知らない都会の子どもたちは,テレビ,映画やゲームなどが創り出した「恐怖」ではなく,自然もつ「恐怖」を感じることがないのではないか。
それが,「死」に対する誤ったイメージを持つ遠因となっているのかもしれない。
「恐怖」を知らない人間は,おごりをもつようになってしまう。
4月の赴任以来毎日,学校から3分ほど離れた県道沿いであいさつ運動を続けている。
最近では,地域の方から声をかけてもらうことも多い。
また,いろいろな話をしてくれる方もいらっしゃる。
生徒の様子,高校生の民泊学習の様子などである。
私が立っていることにより,車のスピードを少しでも落としてもらえばと思っている。
最近,登校中の子どもが突っ込んできた車にはねられる事故が多いこともあるからだ。
教科指導も大事だが,こういう地道な活動もまた大事にしたい。
佐世保市のダム貯水率が低下し,給水制限が始まるかもしれない状況だ。
ライフラインの1つである水が出ないという事態を今から約10年程前に経験した。
しかも,学級数30クラスというマンモス校に勤務していたので水対策も大変だった。
決まった時間にしか水が出ないので,トイレの水は毎日,昼休みに生徒と一緒にプールから汲んでいた。
トイレには大きなポリバケツが置いてあり,そこに貯めておくのだ。
用を足したら,そのバケツからヒシャクで水を汲んで銘銘で流すということになる。
自宅も大変だった。ボイラー式の風呂だったため,水が出るうちに熱いお湯を湯船にはっておき夜,適温になる頃に入るという毎日だった。
最初のころは,冷えているだろうと思っていきなり入ったら,まだ熱湯だったため氷や保冷剤を入れて入浴したこともある。
また,衛生面でも心配だった。食事後の汚れた食器を洗う水がないため,紙皿や紙コップ,あるいは普通の皿にラップをかぶせて食べていた。
洗わなくてもよいように工夫をしていた。
トイレの流す水を節約したために,パイプが詰まり流れなくなったという笑い話もあった。
このような厳しい状況になるかもしれないのだ。雨よ降ってくれ!
今朝の新聞に2011年から始まる新しい教育課程の記事が載っていた。
中学校では選択教科が原則としてなくなり,総合的な学習の時間が減った。
それにより,英語,理科,社会,保体などの教科の時数が増えることになった。
選択教科がなくなることには賛成である。
生徒指導上厳しい学校では,選択教科が非常に悩みの種だった。
その理由は,生徒の興味関心によって選択をさせるのだが,結果的には,好きな者同士が集まる傾向があり,しかも教科で選ぶのではなく,指導がゆるい教師の教科に集まる傾向があったからだ。
もちろん選択をさせる時に,教師側から何回も指導をするのだが,ふたを開けると問題を抱えた生徒が集まっていることがあった。
こうなると,授業が成立することはほとんど難しい。
やりたい放題となってしまうのだ。
選択教科の持つ意味は十分すぎるほどわかっているつもりだったが,現実はとても厳しいものだった。
私が住んでいる鷹島は本土からフェリーで約30分のわりと近い離島である。
人口が約3,000人。
うち30%以上が65歳以上の高齢者である。中には,50%を越える地区もある。
しかし,このおじいちゃん,おばあちゃんがすこぶる元気だ。
朝,あいさつ運動に立っていると,農作業に向かう方がいらっしゃる。
また,掃除の時,学校の近くを散歩されている方もいらっしゃる。
昨日の町内一斉美化作業でも,一番多かったのはお年寄りだった。
楽しそうにおしゃべりをしながら次々とゴミを拾われていた。
結果は子どもよりも多くのゴミの数だった。
こんなお年寄りを見ていると,こちらも元気になるから不思議だ。
高齢者という呼び方が失礼な感じだ。
先日,17日は私が所属する佐世保教育サークルの学習会だった。
月に1度,メンバーが集まり自分の実践を検討している。
しかし,私を含めメンバーの2人が離島勤務のため中々開くことができないことが悩みである。
今回は,毎年恒例となっている教師修業セミナーについての打ち合わせが中心だった。
開催予定日は平成20年6月28日度である。毎回お呼びしている野口芳宏先生を中心とした講座で,私も1講座担当するつもりだ。
私のレポートは北九州で発表したものを持っていった。
他のメンバーからは道徳授業記録や避難訓練(案),理科授業記録,読んだ本の紹介や雑誌の切り抜き資料などだった。
他から学ぼうとする姿勢を失わないためにも,このサークルは続けていきたい。
本日,久しぶりに道徳授業を行った。オリジナル授業を実施したが反省ばかりの結果だった。その反省を挙げていくと
1 時間配分がまずかった。
2 説明が長すぎた。
3 ムダな話が多かった。
4 資料の選択が甘かった。などである。
しかし,いつもの社会科の授業では味わえない緊張感を味わうことができた。自分が創った道徳授業をするという喜びを感じながら終わった。その感想から少しばかり。
●自分の楽しい未来を体験できなくなることを考えると心の中に悲しさが伝わってきた。
●1日1日を大切に生きようと思いました。
●私たちにはまだ未来があるけれど,亡くなってしまったら自分たちの”自由”が全部うばわれてしまうんだとあらためてわかりました。
●私は「みんなには明日もあさってもある。つらくて死にたいなと思うときはまだ明日がある」という文章がすごく印象に残った。
この3連休を利用して,1泊2日の職員旅行に行ってきた。
行き先は大分県。日田,別府,湯布院などを巡った。
学校から離れると,仕事以外の会話が弾む。開放的な気分がそうさせるのか,お互い,私生活の部分も話すようになる。
こうやって,また職員同士の距離が近くなる。
さあ,気分一新して,職員同士高めあう雰囲気をつくって行こう。
『一度も植民地になったことがない日本』(デュラン・れい子 講談社+α新書)
来週は図らずも道徳授業を2回実施することになる。
1回目は,人権週間の取組の中で,全校生徒に対する授業だ。体育館で行う。30分間という短い時間で,生徒の心を響かせる授業ができるかどうかだ。
2回目は,授業参観である。副担任をしている1年生でやる予定だ。1年生にとっては少々難しい内容になるだろうが頑張る。
しかし,本当に師走という名の通り,忙しくなる月になりそうだ。
当たり前のことを書く。というのも当たり前ではない教師がいるからだ。私の採点基準は,以下の通り。
●指示通りに書かないと×。例えば,記号で答えよという問いに語句で答える生徒がいる。この場合は×。
●( )をつけた場合は×。 例えば,徳川家康(とくがわいえやす)と書いた場合は,答えを2つ書いたということになり,×。同じように漢字の上にルビをふった場合も×。
●漢字が間違っている場合は,×。
●文書で答えるような場合,文章の中に間違った漢字がある場合は,減点。
●変形文字で書いた場合は,×。
などである。
上のような場合でも,すべて○をつける教師がいる。これでは,正しいことを教えるチャンスを奪っていることになる。×をつけられると,なぜ×かを分析する。○だと分析はしないものだ。間違うことで,学ぶことが多い。教師のちょっとした間違った優しさが生徒をダメにしていくのだと思う。
30代までは,仕事に余裕をもって取り組んでいたが,最近はせっぱ詰まらないとやらなくなってしまった。
もちろん学校の仕事は早めに取りかかるのだが,私的な仕事はいろいろと考えてはいるのだが,中々取りかかれないのだ。
いつでもやれるという傲慢さが出ているのだろう。数ヶ月前から書いていた雑誌の原稿がほぼ終了した。
わずかなページだが苦労した。
書くのは良いが,読む人にわかりやすいか,続きを読みたくなるかなど考えて書くので中々進まなかった。
機関誌「道徳教育改革」の原稿2本もできあがったので編集者に明日送る予定だ。
あとは,とっておきの道徳授業の原稿書きが残っている。
『壊れる日本人~ケータイ・インターネット依存症への告別~』(柳田国男 新潮文庫)』
人権週間の取組の1つである人権集会で,道徳授業を行った。
人権と言えば,世界人権宣言や黒人やエイズなどの差別問題を取り上げることが多いがあまりにも生徒の生活から離れている気がした。そのため,生徒の身近なことから考えさせたいということで「言葉」に関する授業を行った。
内容は,昔,私が創り実践した「1秒の言葉」をバージョンアップしたものだ。
全校生徒を対象にした授業のため,プリントは使わずパワーポイント資料で行った。
反省点としては,1秒の言葉に入る前の資料が長すぎた。もう少し削り,1秒の言葉を深く考えさせるともっと生徒は自分のこととしてとらえることができたと思う。
さあ,明日は1年生の授業参観で道徳授業を行う。
準備をがんばろうと思う。
本日,授業参観日だった。私は1年生で道徳授業を行った。題材名は「親の愛」である。日頃,自分一人でここまで育ってきたかのように振る舞う子どもに,親の深い愛情に気づかせる授業だ。 1年生にとっては少々難しいかなとも思ったが,思い切ってやってみた。結果,生徒の感想からおもった以上に深く考えていたことがわかった。6名程度の保護者が参観されていたが,やってよかった。その生徒の感想からいくつかを紹介する。
●気づかずに当たり前だと思っていたことが親の思いやりで支えられている。
●親が子供のことをいつも考えているということや親孝行をどんな風にすればいいかなど心にせまる大切な話ばかりでためになりました。
●今日の授業で本当に親孝行できるようないい子になりたいと思いました。
●いつもいる親についてあらためて考えた。今日の授業をきっかけに親に接しかたを変えてみようと思います。
●親はこれだけ自分のことより子供のことを考えているのに,自分の親孝行はなんとちっぽけなものだろうと思った。
●山中先生の道徳は初めてだったけどとても楽しかったです。親孝行のことは6年生の卒業式の日に先生とは話したけど,今日の授業と全然違いました。また山中先生に道徳をしてもらいたいです。
現在,1年生は歴史分野を学習している。今日の単元は奈良時代の人々の暮らしである。教科書の写真や資料を使って次のように授業化した。
発問1 平城京の写真を見て気づくことは何ですか。
発問2 奈良時代の貴族の食事の写真を見て気づくことは何ですか。
発問3 教科書の「貧窮問答歌」を見て,農民の様子を調べよう。
①着物 ②住居
発問4 貴族と農民の暮らしの違いをまとめてみよう。
ここまでで40分間。
旧学習指導要領では2時間扱いの内容をたった1時間でやらなければならない。
教科書は薄くなっても,詰め込んであるので1時間では中々終わらない。
そこで,思い切って内容を絞り込む必要がある。これが難しい。
長年の感と過去の高校入試問題の分析が必要である。
これが小学校と中学校の違いであろう。
毎年,年末に楽しみにしてる番組は「M1グランプリ」である。
第1回から見ているが,漫才とはいえ芸術の香りがする。
わずか数分間で観客を惹きつける話術,みごとな構成,素晴らしいテンポと間。
これらはすべて教師に必要な資質である。
もっと,教師はお笑いを研究すべきだと思う。
12月16日に決勝進出者8組が発表される。
23日のファイナルを楽しみに多忙な日々を乗り切っていこうと思う。
今週の月曜日あたりから体調が悪く,中々やる気がでなかった。
やるべきことはたくさんあるので,休む訳にはいかない。
こうなってくると,これ以上ひどくならないように栄養と睡眠を十分にとるしかない。
風邪薬を飲んだとたん睡魔が襲ってくる。朝が眠くてたまらない。授業中もボーッとしている。こんな感じの3日間だった。
明日は,2学期の終業式だ。気合いを入れてがんばるのみ。
『新しい道徳』(藤原和博 ちくまプリマー新書)
先日,21日に校内研修があり私が講話を行った。
内容は,「魅力的な道徳授業を創る」である。10年近く,道徳授業について学んだこと考えたこと実践してきたことなどを振り返る意味もあった。
30分程度だったが,質問が」1つもなかったことが残念だった。
お互いの意見を交換することで,理解が深まり高まっていくのだと思う。
『た・か・く・ら』(嘉門達夫 扶桑社)
本日は,2学期の校務整理日だった。
教科,分掌,学年,行事などの反省及び3学期に向けた話し合いが行われた。
どこの学校でもしっかりと反省はするのだが,それを改善に結びつけることが中々難しい。
基本的には,批判を素直に受け入れることである。
話は変わるが,授業がうまいと言われる教師は,若いとかベテランとかに限らず,素直であり批判をしっかりと受け止める力量を持っているのである。
自分だけの狭い世界しか持たない教師に限って,批判に対して拒絶反応を示し,受け入れることをしないことが多い。
昔,野口芳宏先生に,教師に一番大切なことは何ですかと聞いた同僚がいたが,これに対して「謙虚です。」と即答されたことを思い出す。
「異に学ぶ」「批判を受け入れる」なども大切なことだと野口先生はおっしゃった。
学ぼうという素直な姿勢があれば,どんな教師からも学ぶことができると思う。
来年は,ネズミ年である。干支が振り出しに戻る。何かを始めるには,よい年である。