2003年5月12日に開設し,続けてきたホームページを2011年3月31日に閉鎖しました。
この日までに,70135人の方に訪問していただきました。
このホームページには,道徳教育,生徒指導,学級経営,読書記録,セミナーの様子などいろいろなコーナーをつくり書いてきましたが,あまりにも手を広げすぎたため閉鎖して,ブログ「半径3mの教育論」に絞って書くようになりました。
そこで,旧ホームページの「半径3mの教育論」の記事をこのホームページに再アップすることにしました。現在,毎日更新しているブログ「半径3mの教育論」に未収録記事をぼちぼちとアップしていこうと思います。 (1~1054)
2005年がスタートした。1日は私の実家へ年始回りへ,2日は妻の実家へ年始回りだった。3日は,ゆっくりと家で過ごした。おもしいテレビ番組もなかったでのほとんど本を読んで過ごした。読んだ本は,昨年末に一気買いしていた本である。
●『いのちの食べ方』 森達也 理論社 これは中学生以上を対象とした内容だったこともあり,少し物足りない。
●『神さまがくれた漢字たち』 山本史也 白川静監修 理論社 漢字の成り立ちには諸説があるが,この本は古代中国の生活に踏み込んで成り立ちをとらえた白川文字学による漢字解説本である。いろいろな説はあると思うが,1つ1つの漢字の成り立ちを考えることは,現在の日本人が忘れている大切なことを考えることだと思う。
●『言葉の常備薬』 呉智英 双葉社 この本は,おもしろい。おすすめの本である。言葉のトリビアといえば,呉先生に怒られるかもしれないが軽く読んでも良し,深く読んでも良し。言葉に関心がある人には目から鱗の本である。呉智英氏の著作は,『大衆食堂の人々』『バカにつける薬』『現代マンガの全体像』など大学時代から読んでいたが,どれも刺激的なものばかりだった。しかし流石に齢を重ねられ,呉先生の文章に柔らかさを感じるのは,読者である私が歳をとった証拠だろうか。この本を読む際には,必ず電子辞書を側に置くことが大切だ。
今日,息子と2人で映画「Mr.インクレディブル」を観に行った。単なるヒーローコメディではなく,大きなテーマがある。それは,家族の絆あるいは家族の協力である。もともとハリウッド映画は強い男性を主人公とするものが多いが,この映画のお父さんも圧倒的なパワーを持つが,無敵ではない。そこの部分を家族全員の協力で補い,難関を切り抜けるという筋書きだ。昨年度の映画「ファイディング・ニモ」は少々頼りないお父さんが主人公だった。このお父さんが,いかに子離れするかという話だったが,この2作品を観た子供は,家族の大切さについて考えることができただろう。
昨日,『プロ論』(徳間書店)という本を読んだ。カルロス・ゴーン,和田秀樹,重松清,香山リカなど50名の著名人が「やりたい仕事が見つからないとき」「働くことがイヤになったとき」「苦しい時期を乗り越えたいとき」など7項目に関してコメントしたものである。その中で気になった言葉をいくつか紹介したいと思う。
●厳しさから逃げなければ,糧や力につながっていく (木村剛 KFi(株)代表取締役)
●20代のうちに「これが私」と言えるものをつくっておく (堤幸彦 映画監督)
●仕事を愛し,誰かのために働ける「プロの職人」たれ (井筒和幸 映画監督)
●仕事を楽しもうとする気持ちが成果につながっていく (乙武洋匡 スポーツライター)
●必ず自分の頭で考えてみる。それがオリジナリティーを生む (三木谷浩史 楽天(株)代表取締役)
あさってからいよいよ3学期のスタートである。長期の休業明けで一番困ることは,生徒と話をする時に,いい言葉がスッと出てこないと,生徒とのやりとりの切り返しの仕方がぎこちなくなってしまっていることだ。脳みそがずんだれ(佐世保弁で,たるんでいる,だらしない)ている証拠だ。1日も早く勘を取り戻す必要がある。
本日,実力テストが行われた。5教科を1日でやるのだから生徒の方も,大変だったと思う。試験監督として3クラスに張り付いたが,監督だから何もせずただじっと生徒の様子を見ておくのだ。そこで今日は,生徒の鉛筆の握り方をじっくりと観察してみた。すると意外なことがわかった。それは,中学1年生の段階で,鉛筆を正しく握っている生徒が少ないと言うことだ。3クラス(96名)のうち,30%程度が正しく握っているように感じた。鉛筆を立てすぎたり,おさえる指の数が多かったり,上の方を握っていたり,逆に下の方を握っていたりと様々だった。これでは,鉛筆を固定し,しっかりとした字が書きにくく,すぐに疲れるのではないだろうか。また,シャーペンを使っている生徒に正しくない握り方多いのも気になる。小さい頃に「鉛筆の正しい握り方」についてしっかりと教えることの大切さを痛感した。
●追記:本日2冊の本を購入。
『言葉につける薬』(呉智英 双葉社)
『もっと知りたい!国会ガイド』(宮下忠安 小竹雅子 岩波ブックレット)
市の教育センターが主催している継続研修講座,通称「継続研」 の年間予定が本日終了した。4月から研究授業を中心に実践的な道徳授業を行ってきた。私は兼任所員という立場で,若い先生方の授業を参観させてもらった。もちろん私自身も公開した。反省会で授業者が傷つかないようにということで,批判をあまりせず,体裁だけを整えた授業研究とは違って,この講座は,いろんな意見を出し合い,批判しあう雰囲気があった。それは,何よりもこの講座を受講した7名の若い先生方が,道徳授業を何とかしたいという意欲があったからだと思う。この講座で学んだことを次年度へ是非生かしてもらえたらと思う。1年間お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
●追記:本日2冊の本を購入
『頭がいい人,悪い人の話し方』樋口裕一 PHP新書
『正しい保健体育』 みうらじゅん 理論社よりみちパン!セ
野口芳宏先生の有名な著作を購入しようと思っても,品切れや絶版になっているものが多く,とても悔しい思いをしたことがある。前に野口先生ご自身に直接伺ったことがあるが, 絶版本は手に入らないとのことだった。そこで,今回インターネットの古本を探していたら,運良く見つけることができ,即購入した。購入した本は「学級づくりで鍛える」「授業で鍛える」の2冊。この土日で読破した。歯切れ良く,分かりやすい文章に改めて感動した。まだまだ買いたい本はある。もっと探さなければ。
3年ほど前から,社会科の授業で教科書の音読を行っている。やり方は,ランダムに指名し,指示した部分を読ませるのである。誰があたるかわからないという,ほどよい緊張感があり,効果的である。生徒が読んでいる間,私は生徒全体を見渡しながら,真面目に読んでいない生徒を見つけておくことにしている。読み終わると先程目星をつけていた生徒に次のような発問を行う。
●今読んだ部分を,短い文で言ってください。
●今読んだ部分で,1カ所読み間違いがありましたが,それはどこですか。
●今読んだ部分にとても重要なことが2つ書いてありましたが,それは何ですか。
このやり方をはじめて,次のような効果がある。
1 音読の予習をしっかりと行う生徒が増えた。
2 読み方を辞書などで調べる生徒が増えた。
3 ほどよい緊張感が生まれ,私語をする生徒が減った。
4 きちんと読んだ生徒をしっかりと評価することで,意欲が高まった。
などである。音読は国語だけでなく,他の教科でも是非取り入れて欲しいものだ。
教師は,基本的には話をする仕事だと思う。だから,話がうまいにこしたことはない。しかし,この話術に関する公的研修や校内研修などきいたことがない。そこで,自分なりに話術の腕をあげる方法をまとめてみた。
1 自分の体験談を話す。
2 具体的な数字をあげ,説明する。
3 説明のあとキーワードをとして短い語句で束ねていく。(漢字2文字とか漢字4文字とか)
4 参加者を話の中に取り込んでいく。(質問,指名,挙手など)
5 充分な間をあけ,一文をできる限り短くする。
6 接続詞はできるだけ使わない。(そして,だから,ですから,また)
7 手や体を使い話す。
8 言葉に強弱をつける。
本日,長崎県島原市で行われた長崎県道徳教育研究大会に参加した。中学校の1・2年4クラスのうち,3クラスが「とっておきの道徳授業中学校編」からの授業だった。
「100万回生きたねこ」「誕生そして命名」が使われていた。
そして紀要の中には「たった一つのたからもの」の授業記録が掲載されていた。
本当に必要とされて,広がっているということを実感した。
明日1月30日をもって1つの映画館が姿を消す。50年近く私たちにロマンと感動と夢の世界を提供してくれた最後の大型スクリーンの映画館だった。中学1年の頃から洋画に目ざめた私はパン代としてもらったお金を少しずつため,月に1回は映画を観に行く映画少年だった。この映画館で観た映画の数は数え切れない。映画が始まる時のブザーと場内が暗くなる瞬間がたまらなく好きだった。今では考えられない70mmサイズの映画をドルビーサラウンドで観ていた。その迫力に圧倒されていた。ビデオが普及する前のまだ日本人にロマンがあった時代のことである。この映画館で観た最後の映画は息子2人で観た「ハウルの動く城」だった。
社長の中田さんの話「一生懸命やってきましたが,寂しいですね。」
本当にその通りだと思う。長い間ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。
先週,3小学校の教務主任と中学校の教務主任である私の4人で,2学期制に関する情報交換や意見交換などを行った。小中連携の大切さを言い続けてきていたが,教務主任の合同会が開かれたのは初めてだった。中学校の教師は,ややもすると小学校の責任について言及することがある。また小学校の教師は,卒業させたら関係ないという雰囲気があるのではないかと疑うこともある。このような事が起こる原因として双方の不信感があるのではいかと思う。今回初めて小中の教務主任が顔を合わせ意見を交換したことは,とても有効だった。今後,管理職だけではなく,一般の小中教師同志の交流がさかんになれば,子どもたちの成長に大きなプラスになるのではないかと思う。
最近,中島みゆきの歌を無性に聴きたくなりベスト版を購入した。その中で「命の別名」という歌の歌詞の中に「命につく名前を心とよぶ」というフレーズがあった。この言葉にものすごい重みを感じた。
『日本の生き方』(田原総一朗 PHP)を読んでいる。2005年は戦後60年目に当たる。つまり戦後民主主義は定年を迎えたことになる。この本の中の「教育」を読み終わったが,大いに参考になった。中でも陰山英男氏を迎えて行った座談会の記録はとてもおもしろかった。現在の日本 人が忘れてかけているものを「公」という概念でとらえているところが興味を引いた。「公」を意するという点では野口先生と共通するものがある。
●その他,2冊の本を購入。
・『事物はじまりの物語』(吉村昭 ちくまプリマー新書)
・『教育と国家』(高橋哲哉 講談社現代新書)
今夜放送された日本テレビの「THE 鉄腕 DASH」を見ていたら,こんにゃくづくりについて紹介されていた。おでんなどに入っている,胃袋の掃除などと言われるこんにゃくがどのようにしてつくられるか詳しく知らなかったので,興味深く見た。こんにゃく芋が,こんにゃくがつくれるほどの大きさになるまでに3年かかり,1年ごとに畑から掘り出し,暖かい家の中で越冬させ,春に再び畑に植え直す。これを3回行うということだ。葉の形や花の色など驚くことばかりだった。この次のおでんのときには普段,さっと食べてしまうこんにゃくをじっくり見ながら,味わってみようと思う。
樋口裕一氏の「頭がいい人,悪い人の話し方」がベストセラーになっている。その本の帯についている文章は以下の通りである。
●『バカに見える話し方』
・道徳的説教ばかりする。
・他人の権威を笠に着る。
・根拠を言わずに決めつける。
・ケチばかりつける。
・抽象的な難しい言葉を使う。
・何でも勘ぐる。
・すんだことを蒸し返す。
・自分のことしか話さない。
・ありふれたことしか言わない。
・人の考えをうのみにする。
・きれいごとの理想論ばかり言う。
・感動癖がある。
・丁寧すぎる。
この「バカに見える話し方」を「生徒の心に響かない話し方」に換言すると,生徒指導のヒントになるのではないかと思った。
日垣隆氏の「世間のウソ」(新潮新書)を読んでいる。これがおもしろい。特に教育関係の部分である,「性善説のウソ」が大いに参考になる。少年犯罪を防ぐためには「心の教育」などの「命の大切さ」を教えるのではなくて,以下のようなことを教えることが大切であると述べる。
●自分が傷つけられたと感じたときに,そこからどうやって逃げるかを日常的に教えておくこと。
●もし,殺人の当事者になったときに,たとえ未成年であっても,その後にいったい何が起きるのか(警察,児童相談所,家裁,少年院,刑事罰など。また報道がどのようになされ,その結果,両親が仕事を続けていけるかどうか,同じ場所に住み続けることができるかどうか)をいくつもの事例でリアルに 教えておくこと。これをヒントに授業ができそうだ。
先週の金曜日に授業参観があった。私は社会科の授業を行った。保護者や学校評議員民生委員など計10名程度の参観者だった。いつもしていることだが,今回も授業参観のしおりを作成し,教室の後ろの入り口に置いていた。内容は以下の通り。
1 学習単元
2 本時の学習内容
3 指導要領との関連
4 本時の授業のねらい
5 基礎基本定着のための具体的な手だて
そして,教科書のコピーと資料のコピー,感想用紙を添付したもの
本日,保護者からの感想をいただいたので紹介する。「授業を見て思ったことは,50分の時間が短く感じる程テンポがいいということです。一方的でなく子供達が飽きない様,工夫されていると思いました。それと日頃より社会はノートがとても見やすいと思っておりました。プリントと教科書がしっかりと一致していますのでこのノートと教科書をしっかり勉強すれば十分だと思います。他にシールですが,中学生になってもうれしい様で,音読の時とかにどうやってもらった等話してくれます。一人ひとりにシールを配るのは大変だろうと思っておりましたが,その子のところに行くということで近くに先生が来るので,子供達も授業に集中するのではないかと思いました。今回,授業中不必要に席を立つ子がいなかったので安心しました。以上ですが,今後共宜しくご指導お願い致します。」
最近,本の購入はインターネットが多かったが,久しぶりに書店へ物色に行った。書店では,時間が経つのが早く感じた。2時間程度見て歩いた後,次の2冊を購入した。
●『大人の言うことを聞きなさい』 佐藤貞彦 草思社
●『成功の教科書』 原田隆史 小学館
堅い話は抜きにして,自分の授業が生徒にとってどうだったかが,すぐにわかる方法がある。それは,授業開始の時の生徒の表情と終わった時の生徒の表情の変化を見ることである。表情が明るくなった。笑顔が多くなった。充実感があふれる顔になった。などちょっとした変化で1時間の授業がどうだったか分かる。これは,先日放送されたNHK教育「わくわく授業」での野口芳宏先生の授業からも分かることである。始まる前の不安そうな児童の表情が,授業が進むつれて,「もっと知りたい」,「なるほどそうだったのか」という表情に変わり,最後のあいさつの時には,満足気で,実にいきいきとした表情に変わっていた。これこそ,授業の評価なのだと実感した25分間だった。
先日,行われた3年生の卒業式歌練習で次のような話をした。
「卒業式で,どうして歌を歌うのでしょうか。」「式を盛り上げるためでしょうか。」
「歌は,思い出を広く,深くしてくれるのです。この歌をいつかどこかで聞いたら,みなさんは,きっとこの中学校のことを思い出すでしょう。自分の思い出と共に友達のこと,仲間のこと,先生のこと,いろんな行事のこと,1つの歌をきっかけにして,多くのことがリンクしていくのです。」「そのためにも,練習から本番までしっかりと歌って,この歌を大切にしていってほしいと思います。」
卒業式要覧や式次第などを見ると,次のような言葉が書かれていることに気づく。
●訓辞
●告辞
●祝辞
この3つはどう違うのだろうか。その意味を広辞苑で調べてみた。
●訓辞‥教え戒める言葉。
●告辞‥つげ諭す言葉。
●祝辞‥祝賀の意を表す言葉。
となると,訓辞と告辞というのは,人生の先輩である大人(教師)が卒業生をしっかりと導くための言葉であること思う。それに比べて祝辞というのは,単なるお祝いの言葉である。訓辞・告示と祝辞とは別物であることをしっかりと生徒に教えようと思う。
明日の卒業証書授与式に備え,総練習と会場設営,清掃などを行った。一通り,終わった後で初めて3年を送り出す担任に,私がしてきた卒業式前日にしておくことを教えた。当たり前のことではない,私流のやり方だがその先生は大きく頷いていた。明日が本番。がんばれ。
先日,20日の地震では,今までにない揺れを経験した。ちょうどパソコンで仕事をしていた時だったが,書架が大きく揺れ驚きいた。被害はなかったが,夜になっても余震が続いており不気味だ。佐世保では地震はないと思っていたが備えの大切さとそのときどう動くかの訓練の重要性を痛感した。
1年生4クラスの社会科を担当し,3クラスが本日最後の授業だった。この1年間の目標は「成長」だった。授業を通して,学習面での成長は当然のことながら,あいさつ,忘れ物,返事,言葉遣い,ノートの提出の礼儀など社会人になるために成長することを言い続けた。その結果,ほとんどの生徒は,成長したと言って良いだろう。調べる早さ,思考,板書を写す早さ,いすを机に入れることなどなど1つ1つをみると完璧とは言えないところもあるが,ほとんどの生徒に及第点をあげられると思う。125名の生徒のみんな,2年生でもがんばれ!
昨日,離任式があった。今回は異動はしなかったが,共にがんばってきた仲間と別れることは寂しいものだ。その離任式が終わったあと,副担任をしているクラスに呼ばれて行った。そこのクラス全員から花束と式を頂いた。副担任になって初めての経験でびっくりしたと同時にとてもうれしかった。その色紙には「1年間楽しい授業をありがとうございました。」「本当にお疲れ様でした。山中先生が副担任でよかったと思います。」「先生の授業はわかりやすくて楽しかったです。」「先生がお話してくれた道徳の話とても心に残っています。」などなどびっしりと書かれていた。みんな本当にありがとう。
いよいよ年度末で,今まで共にがんばってきた仲間が一人,また一人去っていく。きれいに片づいた机の上を見ると,寂しさがこみ上げてくる。しかし,4月1日には新たな仲間との出会いがある。どんな新しい風を吹き込んでくれるのか楽しみである。金八先生の言葉「この日本には,太陽の光と米の飯と子供の声が必ずある。」転出される先生方,新しい子供の声がこだまする新しい学校でがんばってください。」
4月1日から今日まで新年度の準備として多くの時間をかけて話し合いをしてきた。結果的には,話し合い疲れした。また,この時期,担任は学級開きに向けて個人的な事務が多く,バタバタ走り回っている。同時進行で学年部会で確認事項を1つ1つていねいに打ち合わせている。これはこれでいいのだが,無駄に時間をかける必要はない。中学校では次のことが大切である。
●学年で,1年間で該当学年の生徒をどのように成長させたいかという具体的姿を明確にする。
●その姿にするためにどのような具体的なテコ入れを行っていくかを決める。
●それを1年間やりきらせることである。
このような大枠が決まると,個々の担任がどのような指導をすればいいかが分かるし,おおきなブレもなくなる。
先週金曜日に,この学年ではじめての学年集会を開いた。その中で私は次のような話をした。(体育館に123名を集め,ホワイトボードに記入しながら話した。)この中で14歳になった人は手を挙げてください。(2名が挙手)
皆さんは全員,今年14歳になりますね。(アラビア数字の14数字を書く)実は,この14という数字はとても大切な数字なのです。(今度は漢字で十四と書く。)とても大切な数字なので,大切な漢字に入り込んでいるのです。
例えば「聴」これは何と読みますか。(1人を指名)そうきくですね。ではこの「聞」とはどう違うのでしょうか。実は,「聴く」のほうが注意してきくことをを意味します。何となくきくは「聞」なのです。今君たちは「聴」ですか「聞」ですか。
次に「徳」です。この漢字の中にも十四が入っています。「徳」とは人柄のことです。次に「壊」です。これは何と読むでしょうか。(1人を指名)そうです。「こわれる」と読みます。十四歳というのはとてもこわれやすい年頃なのです。ですから少年法という法律でも14歳という年齢が基準となり,守られているのです。
最後に「懐」。これは何と読むでしょうか。(1人を指名)これは,「なつかしい」と読みます。どうか,この14歳という1年間を大切に過ごして,大人になった時に,本当に「懐かしい良い思い出がたくさんあったな。」と言えるようにしてほしいと思います。
新年度が始まってようやく軌道に乗りかけたころだろうか。この時期になると職員の中からいろいろな批判が出てくる。例えば,時間割や校務分掌,入学式などに関するものが多いだろう。しかし,ほとんどの意見が批判めいたものになっているようだ。これでは,現状は変わらない。批判することはすごく簡単なことだが,大切なことは今後どうすればいいかという改善策をだすことがもっと大切なことである。これが出る職員室は,これからきっと良いものにると思う。若い人に改善策を出せる先輩が多ければ,職員室の雰囲気はきっとよくなっていくと思う。
昨日,書店で2冊の本を購入した。2冊とも宇佐美寛先生の本である。
●「価値葛藤は」迷信である(明治図書)
●「道徳」授業をどう変えるか(明治図書)
いつものことだが,宇佐美先生の本を読んでいるうちにニヤリとしてしまうのはなぜだろうか。刺激的であり,直球勝負であり,耳が痛いところありである。現在,この2冊を暇暇に読んである。
追伸:桜の花びらが舞い落ちている様子を見ながら坂口安吾の「桜の木の下には死体が埋まっている」という話を思い出した。悲しい風景である。
15日の新入生歓迎遠足が終わった。約7キロの山道を1時間50分程度かかって山頂付近の広場まで行った。途中歩みが遅い生徒に伴歩(?)しながら登っていった。広場では歓迎レクの後,昼食開始。この時,私はすぐには食べない。しばらく生徒の動きを見て回り,約20分程度見て回ったあとようやく昼食をとった。
これにより,生徒の人間関係がわかるでのある。このようなチャンスを逃さないことが今後の生徒指導に活かされてくるのだと思う。
本日の新聞に大村はま先生がお亡くなりになったという記事が載っていた。いろいろな著作を読み始めたのが遅く,どうしてもっと早くから読まなかったのかと悔やんでいる。「現在の教師は教えるということをしていない」という言葉が胸に刺さっている。今日は,先生のご冥福をお祈りしてもう一度「灯し続ける言葉」を読み直すことにする。合掌。
毎月,届く日本自動車連盟(JAF)の会員誌に巻頭に,星野富弘氏のコーナーがある。いつも楽しみにしているのだが,今月号の言葉はよかった。「花と咲く日は,今日一日かぎり 今日は雨が降るかも知れなかった 大風かも知れなかった」ちなみに描かれていた花は「ポピー」。
長崎大学で道徳模擬授業をさせていただいたことが縁で,同大学教育学部の上薗恒太郎教授から,リーフレットをいただいた。内容は「心の教育総合支援センター(教育危機対応プロジェクト)公開講座『子どもの心を支えるために』というものだった。この講座では,上薗先生をはじめ長崎大学の脳科学,精神神経学,精神看護学など専門家の先生など8名の方による,一般及び教員向けの講義である。興味がおありの方は,長崎大学教育学部の上薗恒太郎先生までご連絡ください。締め切りは5月2日まで。
本日,他の中学校の先生から電話があった。前に一度,市教育センターの研修で一緒だったA先生からだった。 内容は6月のいのちを見つめる強調月間で「いのちの大切さ」を伝えたい道徳授業を探しているというものだった。そこで,「とっておき中学3」に掲載された「ぼくのスーパーヒーロー」の資料を提供すると返事した。A先生はよろこんでいた。道徳授業で困った時私の名前を思い出してもらったことが素直にうれしかった。
GWは,いずれの行楽地も人が多く混雑するので,出かけることはあまりない。部活などがあるため1日ゆっくりと過ごす日はあまりないが,家族と過ごすこととできるだけ本を読むことにしている。この日のために購入していたものを読みあさった。
●『私の愛国教育論』(和田秀樹 PHP)
●『あなた自身の社会~スウェーデンの中学教科書~』(アーネ・リンドクウィスト他 新評論)
●『世界を見る目が変わる50の事実』(ジェシカ・ウィリアムズ 草思社)
●『にっぽん海風魚旅4 大漁旗ぶるぶる乱風編』(椎名誠 講談社)
堅い本ばかりではなく,大学生時代からすべて読んでいるシーナの本はGWにぴったりだ。
2学期制の試行に伴い,体育大会の開催が9月から5月に移行した。先週は家庭訪問により十分な練習ができなかったが,今週からは本格的な練習が始まった。特に,短期間の練習で一番問題となるのが,応援練習である。1年生から3年生までの生徒を3年の応援団長がまとめて演技を指導していくことになるからだ。特に,女子の応援団長の場合は中々大変なようだ,しかし,3年生のA子など,男子に負けないように気合いの入った素晴らしい練習ぶりを見せている。厳しいだけでは,人はついてこないことを学ぶ良い機会となるだろう。この練習を通してA子をはじめ3年生の応援リーダー達がもっともっと成長してくれることを期待している。
気がつくと,随分更新をしていなかった。いったん楽な道を覚えるとそちらに流されてしまうことに改めて気づき反省している。今回は,ある冊子に掲載されていた話を紹介する。学級通信や保護者会などで使えそうな話題である。
●新井白石の「一粒の米」
幼少の頃の白石を父が戒めてこう言った。一粒だけ米びつから米を取っても減ったとは分からない。逆に一粒入れても増えたかどうか分からない。しかし,一年,二年続けると増減が分かってくる。学問も同じ。一日勉強したから利口になるわけではない。一日怠けたから愚かになるのでもない。しかし,一年,二年続けば,必ず変わってくる。(『内外教育』5月24日 児島邦宏東京学芸大学教授)
来週,市教育センターで教師対象の道徳模擬授業を行う。テーマは「いのちの尊さ」現在のところ31名の参加者である。昨年の夏,M中の校内研修の講師としてよばれて以来のこととなる。与えられたこの機会を前向きにとらえ,少しでも他の先生方に役に立てばよいと思う。道徳授業の内容は元より,実際の授業の進め方などの技術面を見てほしいと思っている。
20年近く教師をやっていて思うことは,大ざっぱに言って教師には2種類いると思う。
その2種類とは実に簡単である。
A 口(くち)ばかりで,自分は動かない教師。
B 口数は少ないが,フットワークは軽く,まずは動く教師。
教師も年をとってくればA教師に流れていくことが多いようだ。しかし,これでは後輩はついてこない。もちろん私もついていこうとは思わない。多少厳しくても後輩がついて来てくれるような先輩教師になろうと努力をしていくつもりだ。
31日に市教育センターで教員対象の道徳模擬授業を行った。35名の参加者で授業者の私も驚いた。模擬授業を受けることが初めての先生もおられた。感想を見た限りでは,皆さんためになったということで成功だったと言えるだろう。実施した模擬授業は「ぼくのおばあちゃん」だったが,途中涙を流したり,すすり声が聞こえてきたのには少々びっくりした。参加者の皆様,そしてお世話をしていただいた市教育センターの所員の皆様ありがとうございました。
先日,6月1日はあの事件からちょうど1年目ということで本市では「いのちを見つめる日」を設定し,各小中学校で様々な取り組みが行われたようだ。本校では,1校時に全校集会で学校長の講話を行い,その後,2年生学年集会を開いた。そこで私は,野口芳宏先生の話を元に10分程度話した。概要は以下の通り。
●自分の存在は,先祖代々脈々と続いてきたからあるという事実。
●それが,自分の子や孫に続いていくはずのものであるということ。
●つまり,縦のつながりの中に自分という存在があるということ。
●自分の存在は,友人,先生,近所の人,部活の仲間などのつながりの中にあるということ。
●つまり,横のつながりの中に自分という存在があるあるというこ。
●自分のいのちは,縦のつながりと横のつながりの交点に位置するとても大切であるということ。
縦のつながりは以前から聞いたことがあるが,横のつながりは考えたこともなかったので,新鮮だった。野口先生の話が大いに参考になった。
先日の市教育センターで行った道徳模擬授業に参加した先生から,授業で使った資料を分けてほしいというメールが多く寄せられている。本だけでは伝わらない,細かい部分を自分の目で見,自分の肌で感じられた結果ではないかと思う。1つの道徳授業が広がっていく可能性を強く感じている。ただ,そのまま実践するのではなく,自分なりに反芻したものを授業にかけてほしいと思う。
先日,新聞記事でさだまさしさんが次のような文を載せていた。
「よく,人の話を聞き,人と話すこと。『国とは国語なり』だ。」
野口先生の話と重なる言葉だ。国語は筆頭教科であることの重要性が分かる文だと思った。
先週,ある人の講演会のテープを聴いた。人と人との出会いとふれあいの大切さをユーモアたっぷりに話された。聞き始めたらぐいぐいと引き込まれる内容と話術。通勤時間の30分があっという間に過ぎていく。60分程度の講演だが,あっという間という感じだ。1つ1つの話を朝の会や帰りの会で生徒にゆっくりと話すと,ぎすぎすしたこころがまるくなると思う。あまりにもいい話だったので,その人の著作を3冊一気に購入し読んだ。これまた素晴らしい。その人の名は,林覚乗(はやしかくじょう)さん。福岡県篠栗にある南蔵院というお寺のご住職をされている。HPもつくられているので,一度ご覧ください。http://www.d9.dion.ne.jp/~nanzoin/
6月25日の教師修行セミナー2005の日がいよいよ近づいている。私は,第一講座を担当することになっているが,内容は以下のように考えている。
「教師の話術を鍛える」
教師にとって必要不可欠である,話術が日頃あまり重要視されていないと感じる。そこで,今回のテーマとして「教師の話術を鍛える」を選んだ。野口先生の批評が楽しみだ。皆さんのご参加をお待ちしております。
本日,午後,県教教育委員会が主催する道徳教育の研修会に参加した。後半は,分科会が行われ,各中学校から道徳授業を行う上での課題などについての意見交換をした。その課題の中で一番多かったのは,道徳の時間のいい資料が少ないということだった。自分で創るのも難しく,時間がない。副読本も使い勝手が難しい。タイムリーで生徒がのってくる良い資料がほしいという意見が小学校からも出された。この中で,私は以下のような意見を言った。
●道徳授業のネットワークをつくり,良い資料や情報などを交換すること。
●市レベルではなく,県レベルのネットワークが必要だということ。
●このような研修会の提出レポートを道徳授業の実践記録を1本にすること。
このような大胆な改革を行えば,まずは,教師が明日の道徳授業が楽しみになると思う。
現在,本校に2名の教育実習生が来ている。社会科と数学科である。校務分掌では,道徳教育係ではないが,放課後に道徳授業について45分程度話した。開口一番,「あなたたちが受けた中学校の道徳授業で覚えているものはどんな授業でしたか?」と問うた。2人ともよく覚えていないとのこと。ここに,従来の道徳授業の問題があると思う。3年間で105時間の授業を受けたはずなのに1つぐらいしか,言えないのだ。いろいろと話しても伝わらないだろうと考え,2つの道徳授業を模擬授業形式でやってみせた。1つは,副読本の資料と赤本通りに流す典型的な授業。
もう一つは,私が創ったオリジナル授業。この2つの違いを体験させることにより,書籍ではつかめないものを実感できたのではないかと思う。2人の実習生,来週の道徳研究授業がんばれ!
本日,市内のS中学校で社会科の研究授業を見に行った。1年生の地理的分野の授業だった。生徒の興味関心を高める工夫が随所に見られたが,肝心の50分間で生徒がいったいどういう学力を身につけたかが疑問だった。その後の研究協議でも,楽しい授業だったとか生徒の思いやりが見られたとか,授業そのもののについてのつっこんだ意見は出なかった。これでは,授業を提供していただいた先生に失礼である。研究授業とは,その授業を通してお互いが授業力を高めていくような意見が出なければいけないと思う。批判ばかりをするのではなく,自分だったらこうするという具体的意見を言わなければならない。つまり代案がなければ批判をすべきではないと思う。社交辞令的な意見は,かえって授業者を惨めしていくのある。そのような雰囲気がある中,私は次のような意見を言った。
●生徒にとっては楽しいそうな授業だったが,本時のねらいは達成できなかった。
●50分間で生徒がどのような学力を身につけたかが疑問である。
●全体,班,個の使い分けがまずかった。
●教師の説明が長すぎであり,指示が曖昧である。
●個々への評価がなかった。
●全体への投げかけばかりで,わかる生徒中心の授業であった。
研究授業を提供していただいた,M先生お疲れ様でした。お互いに今後も学びあっていきましょう。
教師修行セミナー2005開催まであと2日となった。私の担当する第1講座は「教師の話術の腕をあげる13のポイント」に決定した。レジュメは完成した。あとは,どのような言葉を言うか考えることだ。これが難しい。こんな時は,思いつくままの言葉や話題やネタを片っ端から書き出す。そしてどれを使うか選んでいくことにしている。贅肉をそぎ落とした話ができればと思っている。
こんなことを書いている時に故大村はま先生のある言葉を思い出した。
「最初に浮かんだ言葉はたいがい捨てます。」名言だ。
25日,教師修行セミナー2005が無事に終了した。最初参加者の出足が悪く心配したが,最終的には50名近くの参加者となった。中でも,メールでしかやりとりをしていない先生と直接会ってお話できたことが収穫だった。鳥取のA先生,布津中のK先生遠いところ本当にありがとうございました。また,朝から受付や準備などお手伝いいただいた,同僚の方々に感謝申しあげます。内容については,また詳しく報告しますが,私の講座「教師の話術の腕を上げる13のポイント」の評価はA~Dの4段階で,Aが3分の1程度,Bが3分の2程度,Cが1名という評価をいただいた。また,野口先生からは,講座のあと直々にご指導をしていただき感激でした。このことを更に深め,話術の腕を磨いていこうと思う。
先週行われた「教師修行セミナー2005」の懇親会2次会で,野口先生夫妻を囲んで教育談義に花が咲いた,その中で,印象に残った野口先生の言葉。「教育は,防火活動で,消火活動ではない。」つまりは「学校というのは,大きな問題が起きないように日頃から様々な取り組みをしている。しかし,もし学校で対処できないような問題が起こった場合は,関係機関に頼むしかない。」ということ。特に中学校教師にとっては,大きく頷く言葉であった。
NHKスペシャルで放送されている「明治」が本になったのでさっそく購入した。
購入したのは「明治2 ~教育とものづくり,独創力をいかに育てるか~」
欧米の模倣で始まった明治維新だが,単なる模倣だけに終わらず,日本独自の考えや技術を取り入れて,新たなものを生み出していった先人たちに感動した。
このエネルギーあふれた時代を平成の今に伝える意味は大きいと思う。現在の教育制度の根幹も明治に整えられた。当時の授業がどのように行われていたかも掲載されていて興味深い。例えば,
●持参したものを机の中に入れる動作も一挙手一投足がすべてきちんと規定されている。
●授業では,雑音は厳禁である。
●教室の中での教師の立つ位置も厳密に規定されている。
●書物の持ち方も厳然と決められていた。
●「問答」という科目があった。
●進級には試験があった。
●教室での席の並び方は試験による成績の順だった。など。
●試験による落第の責任は,こどもではなく,教師にあった。最後に,学制の理念である「学問は立身出世のための財本である。」という言葉が印象に残った。
先週,教育実習生が道徳の研究授業を行った。その反省会で様々な批判がでた。
私自身もまずかった点を指摘した。しかし,批判だでけは,その実習生の成長はないと考え,
本日,同じ資料を使い,私なりに構成し直した道徳授業を行った。もちろん,実習生へも公開した。
校内からも2名の先生に参観していただいた。口でいろいろ言っても,よくわからないだろうと考え公開したのだ。授業の違いを肌で感じてもらえただろうか。大学の講義にはない,現場教師の授業にかける息づかいが少しでも伝わっていればうれしい。
先日,全校集会で時間があったので2分程度の話をした。
「昨日,玄関で風にあっていたら,業者の方が教材の入った段ボール箱を3箱重そうに運んで来られました。玄関は知っている通り,10センチ程度のセメントの段差があります。この段差を越えるために箱を持ち上げられようとしたその時,3年生の女子が何も言わずに走っていき手伝ったのです。
ここから想像できることは何でしょうか。
この業者の方は,会社に戻った時,社内の人に何というと思いますか。
(1年生の1人を指名)Y中は,優しい生徒がいて手伝ってくれました。
とても良い学校ですね。と言うかもしれませんね。いろいろな学校を回っていらっしゃる業者ですから,他の中学校や高校にも行かれています。
そこでの何気ない会話の中で「Y中は,良い学校ですよ。」と言われるかもしれません。
このように,たった1人の善行が,広がっていくとものすごい力になるとは思いませんか。 このようにすべては,1人からはじまるのです。手伝ってくれた3年生,どうもありがとうございました。」
昨日,市内中学校の生徒指導主事会が行われた。本校からはY先生が参加した。従来までの主事会では,各学校の問題や非行事例などを報告し,情報交換するだけだったらしい。この会議の最後に,Y先生は次のような提案を行ったそうだ。単なる情報交換では,いくらやっても生徒は良くならないのではないか。そのような情報を持つことは大切だろうが,もっと大切なのは,各学校が行った様々な取り組みの中で,効果があったものを紹介することではないか。成功した指導を他の学校でも使えるかもしれないのだ。こうやっていけば自分の学校だけではなく,市内の全学校が少しずつよくなっていくのだと思う。素晴らしい意見だ。Y先生は,一つの小さな波を起こした。これが大きな波となることを祈っている。
とっておきの道徳授業3に掲載された「ぼくのスーパーヒーロー」を県内のF中学校のK先生が追実践された。同僚や生徒の感想を読ませていただいたが,手応えがあったということで,大変うれしく思う。1人の教師が実践すれば40人の生徒へ2人の教師ならば,80人の生徒へとどんどん広がっていくことになる。K先生,どうもありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
本日,2年○組の社会科授業の終わりの挨拶で,そのクラスの生徒全員が「ハッピバースディ トゥ ユー,ハッピバースディ トゥ ユー」と大きな声で歌ってくれた。この計画をだれが行ったか分からないが,その優しさに素直に感動した。○組のみんなありがとうございました。7月13日,本日43歳になりました。
会議の時間がすぎても職員の集合が悪いことがたびたびある。黒板などに開始時間もきちんと書かれているのにだ。突発的な生徒指導も入るかもしれないが,それ以外に教師の時間に対する意識が薄いのではないか。こういう教師に限っては,授業開始の時間になっても職員室にいたり,チャイムがなっても授業を続けたりしている。こんな感じだから,生徒に対しても集合時間や提出物の締め切りなどについて甘くなってしまっている。ここで意識の変革をおこなう必要がある。時間というのは,自分のためにあるのではなく,相手のためにあるものなのだ。時間を守らない人間は,相手のことを考えることができない人間だと思う。こんな教師が,生徒にきちんと指導ができるか疑問である。
28日に長崎大学教育学部特別講義の「道徳教育論」で模擬授業を行った。50名近くの大学3年生がどういう反応を示すか楽しみだった。開口一番に「中学校時代の道徳授業で覚えている授業はどんなものですか」と聞いた。2名の学生が,「同和教育の資料を使った。」「ビデオを観た。」と答えた。その他の学生は,覚えていないとのこと。覚えていることと言えば,レクレーションや,話し合いをしたことぐらい。そのような中で「ぼくのスーパーヒーロー」の授業を行った。発言は活発ではなかったものの,みんな真剣に取り組んでいた。感想では,涙が出そうになったとか,今日,両親に電話します。などそれぞれの学生がしっかりと考え,受け止めてくれたようだ。その他,いくつかの授業技術や教育実習に向けての心構えなどを話した。担当の上薗恒太郎先生も恒例にしましょうという有り難いお言葉をいただき,またやる気が出てきた1日だった。上薗先生,50名の学生,そしてわざわざ参観に来てくれたO先生,F先生ありがとうございました。
金があるうちに本を買っておこうと書店へ出かけた。1時間程度物色し次の4冊を購入。
●「日本はなぜ諍いの多い国になったのか」(森真一 中公新書ラクレ)…携帯や荒れる成人式についてマナーの点から新しい論を展開した好著。
●『海馬 脳は疲れない』(池谷裕一 糸井重里 新潮文庫)…脳に関する常識が次々に壊されていく快感。教育関係者も必読の1冊。
●『公教育の未来』(藤原和博 ベネッセ) 未読。
●『子どもが輝く 魔法の掃除』(平田治 三五館)未読。
●修行①「第1回中学校道徳授業改革セミナー」
暑い夏に,1週間,熱い研修を重ねてきた。その報告を少しずつやっていこう思う。まず8月3日は,中学ネット最初のイベントである「第1回 中学校道徳授業改革セミナー」に参加した。場所は東京ビッグサイト。ゆりかもめに乗り,フジテレビを横目に見ながら到着。近未来的な建物には驚いたがもっと驚いたのは「とっておきの道徳授業 中学校編」の編著者が全員揃ったことである。609会議室には,40名近くの参加者があった。私は,「2列目の生き方に学ぶ道徳授業」というタイトルで,模擬授業を行った。時間が短いという事ばかり考え,多少急ぎ足にはなったが,自分としては落ち着いてできたと思う。その後の懇親会では,それぞれの講座の意見交換が行われ,よかったという意見をいただき正直うれしかった。他の講師の講座を聞きながら,自分に足りないのは実践から理論を創り出すことだと痛感した。がんばらなければ。この記念すべき第1回に参加していただいた方々に感謝しています。ありがとうございました。
●修行②教育フォーラム「今こそ,人間のいのちを考えよう」
千駄ヶ谷の津田ホールで,様々な角度から命を考えるフォーラムに参加した。きれい事ではなく人間のいのちを語るすばらしい会だった。講座を担当された3名の講師エッセイストの絵門ゆうこさん,救命救急センターの浜辺裕一さん,報道カメラマンの石川文洋さんがそれぞれ違う切り口で命の大切さを語られた。最後のパネルディスカッションでは,深澤先生の実践発表も良かったがや教育ジャーナリストの青木悦さんの語りが良かった。ご自身の体験を元に話されたことが聴衆を引きつけたのではないかと思う。今後も続いていくと良いフォーラムだ。しかし東京は空気がどんよりと熱い。
毎年,8月9日(長崎原爆投下の日)は,県内の学校で様々な取り組みが行われている。本校では以下のような流れで1時間10分程度の平和集会を行った。
●学校長の講話
●生徒作文発表
●原爆の様子のビデオ鑑賞
●生徒の調べ学習発表
●黙祷
その他,全校生徒による千羽鶴及び平和に関するメッセージカード作成し,生徒一人一人が書いたメッセージカードをクラスごとに模造紙に貼り体育館に掲示してあった。しかし,ほぼ全員が「世界が平和でありますように」といった同じ内容だった。これでいいのか。結局は人ごと他人事になってはいないか。私が担任だったら次のような事前指導を行い,書かせると思う。
●誰に向けてのメッセージなのかを明確にする。
●平和に向けて自分自身が何ができるか1つは書かせる。 いかがなものだろうか。
昨日,市内の学力充実研究指定校に選ばれている小中7校の発表会に参加した。各学校研究テーマは,「児童の自主性」とか「支援」とか「学ぼうとする意欲」「生きる力」とかいう文言が並んでいた。しかし,その具体的な実践内容となると1ドリル計算とか朝読書とか宿題の徹底とが多く,研究テーマにはそぐわないものが多かったように感じた。これはどういうことか。それならばいっそのこと研究テーマを「鍛える」とか「徹底した反復練習」とか「教師主導」とかにすればいいのではないかと思う。7校の研究主任の先生方は大変だったと思う。暑い中,お疲れ様でした。
●修行3「第16回道徳授業改革フォーラム」第1日
高崎のシティギャラリーコアホールで100名を越える参加者の中,素晴らしい講師陣の刺激的な講座を堪能した。
中でも特に刺激的だったのは,小早川誠二氏のネット裏の闇の世界に溺れている子ども達を何とかして良くしていこうい実践だった。例えて言うなら生徒指導というかネット界のFBIという感じになるのだろうか。目の前にいる生徒の日々の指導だけでも大変なのに,小早川氏は見えない子ども相手に,指導を繰り返されているのだ。この先生の存在を知っただけでも,はるばる高崎に来た甲斐があった。
私自身も,第4講座で「学校ぐるみの『世のため人のために」実践で子どもたちは育つ」について実践発表した。中学校の先生が少なかったことと女性が多かったということで話は柔らかく,ゆっくりとしたペースで話した。自分の学校で3年間の取り組んだ内容を具体的な例を多く取り入れながら発表したが,落ち着いてできたと思う。この「世のため人のために」運動が全国に広がることを期待して終えた。
高崎市役所の23階(この高さに驚いた)のレストランで昼食をとった後,展望台で高崎市の全景を楽しんだ。
この他,菊池省三氏,広山隆行氏,桃崎剛寿氏,佐藤幸司氏による様々な実践発表の後,野口芳宏氏と深澤久氏の教師の哲学についての講座で,全体がピッシと引き締まりまとまったと言えるだろう。
夜の懇親会も,大いに盛り上がり昼の講座の裏話や詳しい話を聞くことができた。ネット上で名前だけ知っているとも,直接会って話をすることができ,今後のメールのやりとりもますます深く,盛んになると思った。
この第1日で多くの志ある方々と知り合いになれたことに対して素直によろこびを感じた。
本日,朝から家族4人で福岡へ行った。目的は,中3の息子が気に入っている作家のサイン会に参加するためである。150名限定の内,息子2人の予約番号は134番と135番。何とかセーフといった具合。午後4時から始まったのだが,実際まわって来たのは5時半ぐらい。しかし,お目当ての作家Hさんは,とても気持ちよくサインをしてくれた上に,息子2人と一緒に記念撮影もしてくれた。とても感じのいい人だった。今日は息子にとって一生の宝物を手に入れた大切な1日となるだろう。私の方は,待っている間にいろいろな本を物色し,以下の4冊を購入した。
●「戦後教育で失われたもの」 (森口朗 新潮新書)
●「生命のバカ力(ちから)」 (村上和雄 講談社α新書)
●「一斉授業の復権」 (久保齋 子どもの未来社)
●「素数ゼミの謎」 (吉村仁 文藝春秋)
●修行④「第16回道徳授業改革フォーラム」第2日
「道徳授業実践記録検討」高崎市南公民館で約40名が参加して,オリジナル道徳授業記録の検討会が行われた。小学校と中学校とに分かれて行われたが,中学校の参加者が少なかったことが少し残念だった。しかし,少人数でも検討会の熱気はすごかった。自分の実践を発表するよりも他の実践の短時間で読み,それに対するA~Zの評価を行う。もちろんその理由も考えておかなければならない。自分の視点をはっきりともっておかないと,評価できずにあっという間に終わってしまう。これが厳しいし鍛えられる。自分の実践を社交辞令的な感想で終わってしまう校内での研究授業よりも数段ためになる。結局,私の動物の死と人間の死の違いを考えさせる「死を想え」という実践は,修正点があるが「A」という評価をいただいた。これがほっとする瞬間だった。そのあとの合同検討会では,様々な意見が出たがこれがすごかった。切り口の鋭さ,多様な視点,授業のヒントや技など大いに勉強になった。また,最後の宇佐見先生のコメントで,身が引き締まり,大きな刺激を頂いた。1週間の長きにわたる修行の旅だったが,「井の中の蛙」の自分に大いなる喝を入れてもらえた素晴らしい1週間だった。講演者及びスタッフ、関係者の皆様ありがとうございました。
先日,社会科の研修に行く前,少しの時間があったので駅前の書店にふらりと立ち寄った。書店にいくとだいたい次のようなルートで物色している。①新刊コーナー ②新書コーナー ③文庫コーナー ④教育書コーナー ⑤雑誌コーナー ⑥絵本コーナー
その中で,きれいな表紙に目がいってつい衝動買いした本がある。
「あなたの涙そうそう」 幻冬舎である。読んでいくにつれてついつい涙が出そうになってくる。大切な人を失うことの悲しさ,寂しさ,悔しさは共通のものだからだろう。人は二度死ぬという言葉を聞いたことがある。一度は,医学的に死亡した時。二度目は,周りの人から,忘れ去られた時。やはり人の死を見つめることは,今の子どもにとって大切なことだと再認識した。
夏休みと言えども,いろいろな研修会や会議があり中々大変だった。2学期制や子ども理解支援シート,目標管理シート,キャリア教育などなど現場に新しいものが入り込もうとしている。このような新しいものを取り入れようとすると,必ず忙しいから,忙しくなるからという理由で反対する職員がいる。確かにその通りだ。しかし,すべてを忙しくなるからダメだと言い切って,反対していいのだろうか。中には本当に,子どもにとってプラスになるものもあるのかもしれない。「忙しい」という言葉が,教師の思考をストップさせてはいないか。しっかりと考えて,子どもにとってプラスになるのならば,忙しくなるだろうが,やってみることも大切なのではないだろうか。
台風が近づいているため,学校から戻ると家の周りの対策を行った。ゴミバケツが飛ばないように石をのせたり,植木鉢などを玄関の中に入れたりした。午後8時を過ぎた頃から,風が強くなったため雨戸を締めて回った。締め切った部屋の中で,台風情報を見ながら読める本はないかと思い,買っておいた「ドラゴン桜 東大合格をつかむ言葉161」をパラパラとめっくってみて驚いた。単なる漫画のセリフではない言葉が,いくつも並んでいるではないか。 世の中の真実,人生の真実をストレートに語っているのである。気になる言葉をマーカーで印を付けはじめたのだが,ページをめくる度にマーカーを入れので,本がピンク色に染まっていった。なぜ私の心に響いてくるのだろう。それはきれい事ではないからだ。その中からいくつか紹介する。
●お前たちはいずれ社会に出るんだ。いい加減な仕事では他人から信頼されない。大人になれば義務と責任があることを今から学べ。学校と社会は同一線上にあるということだ。
●大人になるってことは,客観的にものを見られるかどうかってことだ。
●素のままの自分から,オリジナルが生み出せると思ったら大間違いだ! 創造するってことは,まず真似ることから始まるんだ!
●「知るか」「知らないか」たったこれだけの違いで,有利か不利かの差が出るんだ。つまり,「知らない」ということは,実に恐ろしいことなんだ。逆に,「知る」ということ…その知識や情報は,幸せをもたらす強力な武器だということだ。
●なぜ東大はこれほど徹底してルールに厳しいのか。それはルールを厳格に守れる人こそが,東大入学者にふさわしく,将来個性的な発想をできるようになるからだ。
●学力は生まれつきの知能だけで決まるわけではない。成長期におけるトレーニングの質と量が大きくかかわっている。そのひとつはズバリ,母親,父親とのコミュニケーションだ。
●東大受験は,教科書をきっちり理解すれば合格できる。つまり,教科書の内容以上の問題は出ない…ということだ。
『ドラゴン桜 東大合格をつかむ言葉161』(三田紀房&モーニング編集部編 講談社)
これは,そこらの名言集より心にグッと迫る。買いです。
10月半ばに,市内のA中学校で飛び込みの道徳授業を行うことになった。その準備として,今日A中学校の様子を見に行った。本市のはずれの港町にあるA中学校は,生徒数1年5人,2年13人,3年6人の小規模校である。今までに経験したことがない少人数なのでガランとした教室に驚いてしまった。道徳授業の準備として,生徒の発言の様子を中心に見ていった。その結果,2年生で行うことに決定した。本番まであと1ヶ月。担任の先生と連絡を取り合いながら,煮詰めていかなければならない。現在のところ何をするか決めていないが何となくワクワクする。しかし,このような授業は本市でははじめての試みになるのではないかと思う。がんばるのみ。
本校の女子ソフトテニス部は,試合が終わったあと全員でトイレ掃除をして帰っているという話を部員から聞いた。それは,試合の結果に関わらずいつもやっていて当たり前のことになっているとのこと。日頃から,この部は気持ちよいあいさつを元気な声でやってくれ,通りがかりの人を実にさわやかにしてくれる。これは,生徒だけではできないことである。顧問の部活で何を学ばせ,どんな人間に育てたいのかというしっかりとした考えに基づいた日々の指導があるからだ。少子化に伴う,2校,3校合同参加が認められようとしている今,勝利至上主義に走らないような部活動の在り方が今後問われてくるのではないかと思う。
またしても悲しい知らせが飛び込んできた。市内の中学2年生女子が自殺したのだ。次の日の職員朝会での私の発言。昨日の痛ましい事件について,教師ならば何らかのコメントをすべきだ。もし何も発言しない教師がいたなら,生徒への信頼をなくすことになる。担任は元より,副担も授業の始まりとともに自分の考えをしっかりと伝えるべきである。ほとんどの生徒が知っているにも関わらず,ここで何も言わなければ,その教師は人の命を軽く考えていることになるのだ。そこで私も,授業が始まってからすぐに,約8分間のミニ道徳授業を行った。
敬老の日ということで,祖父に会わせるために,息子2人を連れて実家へ。帰宅後,昨日から読み始めている本である「椿山課長の7日間」の続きを読む。浅田次郎の本は,3年ほど前に「壬生義士伝(みぶぎしでん)」を読んで以来,気に入って読んでいる。「天国までの100マイル」「薔薇盗人」「シェエラザード」などである。今回の「椿山課長の7日間」では,最後の最後のページでグッときた。よく,「心に響く」という言葉を聞くが本当に響くには読む人の人生と深く関わっているのだと思う。それだけに100人中100人の心に響く作品というのは,やはり名作なのだろう。「椿山課長の7日間」(朝日文庫)はその名作に入るかもしれない。
「内外教育」(8月9日)の巻頭文に桜美林大学の光田明正教授が次のように書かれていた。『子が親を殺すニュースが頻発する時代である。その子らは「おかあさん」という語を口にしたことがないのか。限りなく甘美な響きである。(中略)日本の兵士は「あかあさん」と最期の言葉を残して往ったという。(中略)「母上」でも,ましてや「ママ」でもない,それ以外にあり得ない尊い響きである。』この文に心が揺れた。そして自分で,「おかあさん」と声に出してみた。すると亡くなった母の思い出がいくつもよみがえってきた。たった1つの言葉によって心が震えた。言葉の持つ力を実感した。このように考えると,日頃何気なく使っている言葉の意味をしっかりと教え,しっかりと音声化する訓練を行うことが大切だと思う。例えば,「ありがとうございます」「おはようございます」「いただきます」などの言葉をしっかりと言える生徒は,言葉を大事にしている生徒であり,なおかつ,言葉を発する相手も大事にしている生徒なのだと思う。
私が勤務している中学校は本年度から2学期制を実施しているため,例年秋に実施していた体育大会は5月に行われた。25日(日)は,市内の多くの学校で体育大会が実施された。昨年度までは,市内のほとんどの学校の体育大会の期日を統一していたためにお互いが見に行くことなどできなかったが,本年度は,うちの学校は休みだったため,いろんな学校の体育大会を見に行ったようだ。はじめて他の学校の体育大会を自分の目で見たのだ。当然,自分の学校の体育大会と比べたことだろう。良い点,悪い点が見えたはずである。実際のところ,自分の学校の応援合戦が良かったという声を聞いた。これが,ひとつの自信となり,愛校心が芽生えればいいなと思う。
先日,部活の指導の際,次のような話をした。
「私の教え子に次のような生徒がいました。彼女はバトミントン部でした。毎週水曜日は塾があるために,4時40分には下校しなければなりません。学校の帰りの会が終わる時間が大体4時20分です。それから着替えて準備をするとどんなに急いでも練習開始は4時30分ぐらいになります。結局,10分程度しか練習できないのです。この10分間を皆さんはどう考えますか。たった10分間しかないので,練習をやっても意味がない。と考えますか。それとも,10分もあるから,基本練習はできるかと考えますか。このようなたった10分間の短い時間をどう捉えるかが,このあとの君たちの人生に大きく影響してくるのです。」
先日,前期の終業式があった。2学期制のため10月の3連休をまたぐかたちで前期,後期が変わる。本校の場合,3連休のあとに2日間秋季休業日を設けたため生徒は5連休となる。しかし,教師は3連休のあとは出勤し,前期の反省や後期への研修などを行う。この5日間で,前後期の気持ちがすぐに入れかえられるか疑問である。もちろん,教師もである。しかし,残暑が厳しい中,ゆっくりとできる時間が生まれたのはよかったと感じている。
連休を含む5日間の秋季休業日が終わり,今日から後期が始まった。1校時は,始業式,2・3校時は学級組織づくりのための学活。4校時目からは平常の授業が始まった。長期休業前後に行ってきた,儀式的な行事である始業式,終業式の意味が何となく薄れてくる感じがした。今日1日の放課後の職員室で,「えっ?今日始業式があったんだっけ?」と声を出したのは私だけではなかった。授業時数の確保を優先することは大切だが,それぞれの行事が持つ意義をしっかりと考え,実施しなくていけないのではないかと一人考えている。
今日1日何をしたのだろうか。午前中は,「とっておきの道徳授業」のプランを立てるために以前読んだ本を引っ張り出し,かすかな記憶をたよりにそのページを探した。しかし,お目当ての本は見つからず結局違う本を見つけ,熟読してしまった。午後は,19日の道徳出前授業(市内のA中学校の生徒対象に道徳授業を行う)の準備をしなくてはとあせり資料作りを始めた。しかし,これもなかなか進まず結局途中で終わった。その後,気分転換に息子2人と一緒に古本屋に行き,道徳のネタ探しをした。が,結局見つからなかった。あっという間に夕食になり,ビールを飲んでほっと一息ついている。で,今日はいったい何をしたのだろうか。
いよいよ明日は,A中学校での出前道徳授業を行う。授業の資料は印刷完了し,現在自宅でリハーサルを行っている。これが終わると,校内研修用のPPを作成する予定だ。タイトルは,「心に響く道徳授業を創る」とした。内容は,今まで行ってきた道徳授業の生徒感想を分類し,分析を加え,そこから生徒の心に響く道徳授業とは何かについて自分なりに考えたことを発表したいと考えている。久しぶりの,しかも全く知らない生徒への道徳授業なのでワクワクしている。結果報告は,後日。
19日,市内A中学校での出前道徳授業が終わった。2年生12名の少人数のクラス。最初は,緊張していたようだったので,少しばかりリラックスさせるゲームを行った。これで雰囲気がよくなり,50分間,12名全員自分の意見をしっかりと発表することができたようだ。その後,校長室で職員対象の校内研修。テーマは「心に響く道徳授業を創る」で約20分程度話した。その後,道徳授業全般に関わる質問や意見交換を行った。この出会いを大切にしたい。そして,これが広がりよりより道徳授業が実施されることを期待している。生徒の感想はこちらへ
秋は,学校行事が多い季節である。体育大会,スケッチ大会,合唱コンクール,クリーン活動などなど。そこでふと考えた。ジャージで活動するとどうしても開放的になり,普段起こらない事故やトラブルが起きる可能性が高いのではないかと。つまり,こういうことだ。普段の授業を受けるときは,制服である。制服を着ることにより,気分が 引き締まるのではないか。そしていつもと違うジャージなどで活動するとどうしても気分がゆるみがちになるのではないか。それが,事故やトラブルが発生する遠因となっているように感じる。学校によっては,清掃後はジャージで授業を受けてもよいところもある。中には,行事もないのに朝からジャージ登校しているところもある。服装が生徒の気持ちをに関係していると考えるならば,まずは,授業は制服で受けるという当たり前のことをしっかりと定着させることが大切だろう。これによって学校生活が少しは落ちつくのではないだろうか。野口芳宏先生も言われていた。「服装は自分のためにあるのではなく,相手のためにあるのだ。」その場に合わない服装をするということは,相手のことを考えていないということだ。生徒と教師の関係,まずは服装から入ってもいいだろう。
本年度も,数年前からやっている道徳授業資料「ご自由にお取り下さい」方式を始めた。どういうものかと言えば,実に簡単である。季節や行事,様々な出来事に関するタイムリーな道徳資料を箱に入れておき,黒板に「ご自由にお取り下さい」というプレートを貼っておく。これだけである。どうして全職員に配布しないかと言えば,私の意地悪な考えからである。
理由1 毎週の道徳授業の資料探しで悩んでいる担任の負担を少しでも軽くするため。
理由2 本校職員の道徳授業に対する意識を調べるため。「いただきました。」
「ありがとうございました。という一声かけてくれる人もいれば,何も言わずにとる人もいる。もちろん何の関心も示さない人もいる。ここがおもしろいところである。若い先生が意欲的であるのに対してベテランの先生の関心が低いというのはどこの学校でも同じのような気がする。まあこれも自由なのだが…。
山下和美の「不思議な少年」(講談社)の最新刊がやっと発売されたのでさっそく購入した。この本は,1巻がでるまでに約1年を待たなくてはいけないので,非常にもどかしい。内容は,永遠の命をもつ少年が,場所を越え,時代を超え,様々な人と出会う。無名の人物が多いが,時にはソクラテスなど歴史上の人物も登場する。テーマは,人間とは何かである。具体的に言えば,人間の素晴らしさ,悲しさ,残酷さ,滑稽さ,醜さ,美しさである。サブテーマは生とは何か,死とは何かであろう。同じような内容をテーマにしたマンガでは,手塚治虫の「火の鳥」有名だが,個人的にはこの「火の鳥」越えたマンガである思っている。現在4巻まで発売されているが,これは是非中学生に読んでもらいたい本である。
最近,旧暦に関して興味をもっている。11月というより霜月のほうが,その音の響きがいい。そして月の自然が目に浮かび,肌で月を感じることができる。11月では何となく味気ない。神無月(10月)は,雷なし月とも言われているが,私にとってはちょっとした雷が落ちたような月だった。道徳の副読本の原稿書きで忙しく,やっと終わりフッと一息ついていた。しかし,11月になり,次は「とっておきの道徳授業4」の原稿書きと編集でこれまた 忙しくなりそうだ。それならば,早い内から取りかかればいいものをせっぱ詰まらないと動き出さない。これが悪いところだ。いつも生徒に言い聞かせている言葉を思い出した。「締め切りは自分のためにあるのではない。人のためにあるのだ。」そうする内にあっという間に師走(12月)である。今こそ走らなければ。自戒。
本日,市教育センター主催の研修,授業改善「中学校・社会」があり,担当者であるため研究協議の司会進行をやった。今回は,今までの授業研究ではないような流れにしようと考え資料を持参した。内容は,授業参観する上での視点である。ねらいに迫るための発問であるか。資料であるか。指示であるか。授業形態であるかなどである。ただ何となく見ているだけでは授業の善し悪しはわからない。明確な視点をもって臨めば,生徒が素晴らしい活動をして一見良い授業に見えるものでも,悪い点が見えてくるものである。その視点を示唆したしたものだ。さて,反響はあるか。
祝日の今日,1日中書斎にこもり「とっておきの道徳授業 中学校編4」の原稿書きを進めた。私の原稿書きの手順としては,
1 大きな柱を紙に書く。
2 その周りに関連する事項をつなげていく。
3 その周りに思いついた語句を書き並べていく。
4 ここで,いったんその紙をゆっくりとながめる。
5 使用する資料を再び見直す。ここで新たな資料が見つかることもある。
6 パソコン入力開始。
7 勢いで入力した後は,点検などせずにとにかくプリントアウトする。
8 次の日,そのプリントアウトしたものを読み返す。
9 赤を入れていく。
10 次の日再びパソコン入力する。
11 パソコンの修正ツールで点検した後,プリントアウトする。
12 以下,8~10の繰り返し。
この繰り返しが,多くなる原稿と一発で決まる原稿もあるから不思議だ。
今日はとりあえず6まではいった。しかし,2本の原稿だけ。うーん。
来週の修学旅行を控え,本日学年集会を実施した。内容は,学年主任から心得の重要な部分の説明,その後,隊形作りの練習を行った。最後に私から以下の話を行った。2分程度。
修学旅行費はいくら払いましたか。
(数名を指名)そうですね,38,000円というお金を払いましたね。この38,000円を全額自分で出した人は手を挙げてください。
では,誰が出したのですか。(数名を指名)君たちのお父さんやお母さんが払ったのです。
では,おうちの人はどんな気持ちで38,000円を支払ったと思いますか。気をつけていっておいでね。楽しい旅行にするんだよ。良い思い出をつくっておいでね。などの気持ちがあったと思います。
では,そのおうちの人の気持ちをふみにじる行いとはどんなことでしょうか。決まりを守らず,自分勝手な行動をする。ふざけてけがをする。何もおみやげを買ってこない。など
修学旅行というのは,自分だけの力でいけるのではなく,周りの人の力や願いもあることをしっかりと考え3日間行動してください。
講話というものを苦手としている教師は多いようだ。全校集会などでは,いつも同じ教師が話をしていることが多いのが,そのあらわれだ,そこで,その講話の少しでもヒントになればと思い,新しいメニューを作った。是非,ご活用していただきたいと思うと同時に,その感想をお聞かせください。
本日,授業開始から5分程度,今週実施される修学旅行について話した。内容は以下の通り。お小遣いは,何に遣いますか。自分が欲しいものを買ったり,お父さんやお母さんにおみやげを買って帰る人も多いでしょう。では,どうしておみやげを買って帰るのでしょうか。お小遣いをもらったから。行ってきた場所の記念として。もらった人の喜ぶ姿が見たいから。先生の経験では,次のような人におみやげを買って帰る生徒が多い気がします。
1 お父さん,お母さん
2 兄弟,姉妹
3 おじいさん,おばあちゃん
4 部活の後輩
5 部活の顧問の先生
6 親戚のおじちゃん,おばちゃん せいぜいこのあたりまでです。
では,もう一歩先まで考えを広げて見ましょう。学校には,いつもお世話になっている人がまだいますね。そう,管理人さん,購買部のおばちゃん,事務室の先生,事務室のおばちゃん。考えが,ここまで広がる人はいましたか。
最後に,お願いです。どうかおうちの仏様にも,お饅頭をほんの1つでいいですから買って帰り,お供えをしましょう。もちろん,いつもお世話になっているご先祖様にです。
WEB版毎日新聞を見ると,以下の見出しが飛び込んできた。●〈犯罪白書〉少年院教官73%「処遇困難な少年増えた中でも気になったのは,以前より大きくなっている少年の問題をきいたところ
○「思いやりや人の痛みへの理解力・想像力に欠ける(63%)」
○「対人関係を円滑に結べない(58%)」
感情をコントールできない(55%)」
○また,83%の教官が「指導力に問題のある保護者が増えた」と答えている。
の部分である。これは,現在の中学校で抱える問題と酷似していることがわかる。いろいろな会合で,「保護者に,正しい保護者になるための研修を義務づけた方がいいと思う。」と冗談めいて発言しているが,実現しそうな気配である。白書に「少年への処遇だけでなく,保護者に自覚を促す働きかけの強化も重要」と書かれていることがその理由である。
9日~11日まで修学旅行で,京都・大阪に行ってきた。バスと新幹線,フェリーなどを乗り継いだ旅行ということで,非常にあわただしく過ぎていくのかなと予想していたが,終わってみると意外とゆったりとした良い行程だったと思う。その旅行中,2日目に大阪にあるユニバーサルスタジオジャパンに行った時のこと。4時間程度のフリータイムがあり,生徒は1つでも多くのアトラクションに乗るために走り回っていた。そこで,考えた。このようなテーマパークや遊園地では,教師はどういう行動をとればいいのか。
A 生徒と一緒にアトラクションに乗り周り,交流や親睦を深める。
B 園内を歩き回るがアトラクションには一切乗らず,生徒の様子を観察しておく。
堅い教師と言われそうだが,私は今まで,Bの行動を取ってきた。生徒からも「どうして乗らないのですか」と聞かれるが,「仕事できているので」と答えている。せっかく来たのだから,アトラクションの1つぐらい乗ってもいいじゃないかと言われそうだが,この方針を変えるつもりはない。皆さんはどう考えられますか。
修学旅行が無事終わり,ほっとしている。しかし,今週から来週は実に忙しくなりそうだ。
17日は,大野小学校道徳教育自主発表会への参加。
20日は,原田隆史先生の講演会への参加。
21日は,市教委計画訪問。道徳を実施予定。
22日は,学力向上に「関する研修会への参加。
24日,25日は,中間テスト。テスト作成もしなければ。
25日は,オール九州道徳教育改革セミナー前夜祭。
26日は,オール九州道徳教育改革セミナー当日及び懇親会。
29日は,市教育センター授業改善研修「道徳」の研究授業参観。
これらの合間にとっておき4の原稿チェックが随時入ってくる。
来週早々,市教委の計画訪問がある。教科でもいいが,道徳の授業を公開することにした。私のように教科以外を公開する教師は,あと2名である。道徳1名。学活1名。あとの教師はすべて教科である。こんな時こそ,修行のチャンスだと思う。無難にいくか,あえて挑戦するか。多くは,無難な方を選んだようだ。それもよいだろう。しかし,せっかくなので,校内研修もかねようと思い,全職員に自主公開のチラシを配った。久々の飛び込み道徳授業だからである。該当のクラスに「月曜日は,先生が道徳の授業をします。」と伝えたら,数名の女子生徒が「どんな道徳をするんですか」と聞いてきた。生徒も楽しみにしているようである。その期待にこたえるために,最終チェックをしなければならない。
先日,学力向上対策地区別研修会というものに参加してきた。我が県の学力の実態が報告され,実践を重ねられている学校2校がその概要を発表された。それぞれ学力をどうやって向上させるかということでがんばっておられた。 しかし,ふと考えた。生徒に学力を一番つけるはずの授業について触れていないのではないか。授業時数確保,少人数指導,TT指導,習熟度などハードな部分をいくら固めていっても肝心要の教師の授業力がなければ意味がないのではないか。そこのところをもっと深く考えていかないと,さらなる学力向上は望めないのではないかと思う。
本日,来年度入学予定の117名の児童対象に中学校の授業体験を行った。今回で4回目となる。思い起こせば,第1回では,私は小学校6年生相手に道徳授業を行ったのだった。いやいや懐かしい。今回は,進行だけの仕事だったがいろいろな発見があった。
本日,2冊の本を購入。
●『国家の品格』藤原正彦 新潮新書
●『学力を育てる』志水宏吉 岩波新書
志水さんは,以前『公立小学校の挑戦』というおもしろい本を書かれた方なので,即購入した。
内容が楽しみだ。忙しいが読む時間をつくる。
26日(土)オール九州道徳教育改革セミナーが無事に終わった。遠くは神戸から50名近くの参加者があり,盛況だった。今回は,セミナーのタイトル通り,深澤先生と道徳教育に秀でた九州の勇が集まった。1人1人はとても短い講座時間であったが,様々なスタンスがあり,参加者も場面がころころ変わる演劇みたいで楽しみながら学べたのではないかと思う。このセミナーをきっかけにしてもっと詳しく,深くじっくり聞きたい方は次のイベントで是非ご参加ください。夜は,講師を囲む懇親会が盛大に行われ,3次会までお付き合いしたが,疲れ果ててしまい。ダウン。昼から夜までパワフルな1日だった。これからのいろんなプロジェクト企画が出た。今後の動きが楽しみだ。ご参会頂いた方々,本当のありがとうございました。
11月18日付の「内外教育」に次のような記事が載っていた。内閣府の規制改革・民間開放推進会議は小学生から高校生までの子どもを持つ保護者3620人(回答1270人)を対象にアンケートを実施した。
●子どもの学力向上の面
・「学習塾,予備校の方が学校より優れている」…70.1%
・「学校が優れている」…4.3%
●子どもが通っている学校の教員の満足度
・「不満」…28.4%
・「満足」…27.3%
●教員の質の維持,向上の方策
・「教職以外の社会経験のある教員を増やす」…56.4%
・「指導力の優れた教員を優遇する」…47.7%
・「保護者や地域性住民が教員を評価する」…45.4%
この数字だけを頼りに,教育改革を行った場合次のようなことになるだろう。優秀な民間企業から採用され,子どものテストの成績をグングン伸ばしてくれるため保護者に人気がある教師が出現。しかし,生徒とのふれあい方やほめ方,しかり方,トラブルの解決方法などを知らないような教師が出現。教育基本法第1条の文章が忘れ去られているような気がする。 「教育は,人格の完成をめざし,平和的な国家及び社会の形成者として,真理と正義を愛し,個人の価値をたっとび勤労と責任を重んじ,自主的精神に充ちた心身ともの健康な国民の育成を期しておこなわなければならない。」
先日,購入した志水宏吉氏の『学力を育てる』を読破した。その中から一部を抜粋。
●学校選択制について
「公立学校のよさは,そこにさまざまな人間が集うということの中にこそある。たまたまある教師に出会う。たまたま同じクラスになった者同士で力を合わせていく。そうした縁やめぐりあわせは,思いのほか重要だと私は考えている。住む場所やつきあう人やお金を儲ける仕事など,すべてのものを選べるような社会になってきたからこそ,「たまたま」を大事にしたい。」
人格がまだ完成していない中学生に自分の意志で選択させることが果たしてよいことなのだろうか。中学生までは,とにかく有無を言わせないでいろいろなことを学ばせる,いろいろなことを経験させるそこから自分に一番あったことを見いだすのではないだろうか。自分とは違ういろいろな人物と出会い,ふれあうことで自分という人間を明確にさせていくのだと思う。同じような人間が集うところでは,自分を見いだすことが難しいのではないだろうか。そうやって個性はできあがっていくのだと思う。さて,関連した本の『個性なんかいらない』(小林道雄 講談社α新書)の読みに入る。
最近,いろいろな会合で司会を頼まれることが多くなった。PTA総会をはじめ,道徳研修講座,社会科研修座,
教育部会などなどである。結論から言えば,司会の修業がまだまだである。つい先日の道徳授業の研究協議の例をとってどこがまずかったかを振り返ってみたい。
1 市教育センターの先生,講座責任校長,会場校校長,指導助言の校長の紹介。
2 日程の確認。
●時間厳守を強調すべきだった。
3 配付資料の確認。
●この前に,司会者の自己紹介をすべきだった。
4 今後,いろいろな会合で会うかもしれませんので,発表される方は,勤務校とお名前を言ってください。どうしても言いたくない方は,言われなくて結構です。と冗談交じりに言った。
●最後の部分は,笑いと入れるために言ったこと。言わなくてもよかった。
5 授業者の反省と意見。
6 この中の1つの質問に対する意見を求める。
7 途中,授業の感想を言い出す人がいたので感想は最後にしてください。と言う。
●これも最初に言っておけばよかった。
8 会場から質問を受ける。
●この時に,1分以内で簡潔にお願いしますと言うべきだった。(だらだらと長く話す人がいると時間がもったいない。)
9 関連する質問を受けて,まとめた形で意見をもらうようにしむける。
10 途中授業と関係がない質問,しかも答えることができないような卑近な質問がでたが,会場はだれも答えなかったので,私が答えた。
●この質問は,切り捨てればよかった。会場の雰囲気が急にかたくなったことがわかった。
11 残り時間が3分程度になった頃,感想を求めた。
この例から考えて,司会をする上で大切なことを私なりにまとめてみた。
●少人数の会では,最初に自己紹介をしてもらう。
●大人数の場合は,名前を言ってから発言してもらう。
●開始時刻と終了時刻を守る。
●柔らかい雰囲気をつくる。(小さい笑いを随所に入れる。)
●発言者には,意見なのか,質問なのか,感想なのか最初に言ってもらう。これらがごちゃ混ぜにならないよう注意する。
●関係ない,あるいは抽象的な質問,質問などは切り捨てる。
●できるだけ多くの参加者の意見を聞くために,発言時間を1分以内とし,簡潔に言ってもらう。
●1つの質問を受けたあと,関連する質問を出させ,まとめた形で答えてもらう。
●沈黙が続くようであれば,事前に準備しておいた桜(打ち合わせておいた人)を指名し,発言してもらう。
●質問→意見→感想という流れですすめていく。
これぐらいしか思いつかないがどうだろうか。司会の修行はまだまだはじまったばかりである。
本日の夜,妻と2人で,倉本聰氏が主催する富良野塾の講演「地球,光なさい」を観に行った。無名だが,情熱を持つ若者達がステージの上で地球環境についての大切なメッセージを送ってくれた。富良野塾と言えば,1984年から始まっているから20年以上も続いていることになる。脚本家や役者希望の若者が,自給自足の生活をしながら倉本氏から学ぶというものだ。爪の先に泥の汚れが入っていそうな若者たちが,自分の夢を追い続ける。夢は持っているが,汗や泥にまみれようとはしない,都会の若者に是非見せたい姿である。その塾の第1期生,2期生のすさまじい様子が『谷は眠っていた』(倉本聰 理論社)から20年前ぐらいに出た。その時読んだ感動をもう一度味わいたくなった。今日は,その本を引っ張り出しもう一度読もうと思う。劇が終わって,2回目のカーテンコールで,倉本聰氏が登場した。会場の拍手の音が一段と大きくなったことは言うまでもない。自宅へ帰る途中,雪が降ってきた。初雪だと思う。
定期的に立ち寄っている書店がある。欲しい本は,何回足を運んでも見つからないことが多いものだ。しかし,その目当ての本がなくても,偶然にも出会う本がある。インターネットで購入することもあるが,こんなことがあるから,書店通いは止められない。そして3冊を購入した。
●『放送禁止歌』(森達也 知恵の森文庫)
●『明治大正翻訳ワンダーランド』(鴻巣友季子 新潮新書)
●『沙高楼綺譚(さこうろうきたん)』(浅田次郎 徳間文庫)
3日間の学校開放の最終日の今日,学校評議員の方3名の来校があった。道徳授業を参観するためである。また,3日間開放した結果,一番参観者が多かったのは,今日の道徳授業だった。そこまで,道徳授業が注目されているのだろうか。ここで気になるのは,この傾向が強まれば資料にある程度インパクトがあり,見た目に楽しく,生徒が生き生きと活動する授業をするようになっていくのではないかということである。生徒がじっくりと考え,落ち着いた授業は実施されなくなるのではないだろうか。保護者の参観のために道徳授業をするのではない。目の前の生徒を少しでも変えるためにおこなうという初心を忘れてはならないと思った。
昨晩からの雪で,今朝起きてみるとうっすらと雪が積もっていた。もっと雪が積もると普段耳にしている早朝の 様々な音が聞こえなくなる。車の音しかり,新聞配達のバイクの音しかり,遠くで聞こえる電車の音しかり。そういった音が消え,静まりかえった世界がある。そこで,今回は音について思い出したことを書き連ねる。中世ヨーロッパの人々は,教会の鐘の音によって結びついていた。仕事,祈り,集会,裁判,敵襲など,の合図などである。また鐘の音には,悪霊の侵入を防ぐ呪術的な意味があったそうだ。車やバイクや電車の音がない中世ヨーロッパ世界では,この鐘の音が遠くまで響き渡り人々の精神的つながりをつくっていたのだ。聞きたくない音まで聞こえてしまう現在,風や梢,雪,水。小鳥,などの自然が生み出す音について子どもたちにゆっくりと考えさせたいと思った。
いよいよ冬休みが近づいて,学級でも冬休みのしおりを使って,過ごし方などの指導があったようだ。そのしおりをチラと見たとき,気になった語句があった。学習面の目標の欄に「毎日1時間ぐらいは勉強する。」と書いてあった。この「ぐらい」という語句が非常に気になった。もし,私がその生徒の担任だったら,こう指導するだろうと思った。この「ぐらい」という言葉をどう考えますか。先生は,この「ぐらい」という言葉は,どこかに自分を甘やかしているように思います。つまり,45分でも1時間ととらえるし,50分でも1時間ととらえてしまうのではないかということです。このような場合,1時間10分を1時間ぐらいととらえる人は少ないのではないかと思います。 自分が決める目標ですから毎日,1時間は絶対勉強する。とはっきりと書いたほうがよいと思います。このような指導は,細かすぎるのだろうか。
先日,買った『放送禁止歌』(森達也 知恵の森文庫)はとても面白かった。特に,後半の作者とデーブスペクターが放送禁止歌の日米の違いついて対談している部分はとてもよかった。その中でいろいろな差別についての話がとても興味深い。アメリカのPC(politically correct)運動=性別や年齢,身長や肌の色,経済格差や身体的なハンディキャップなどあらゆる差別的表現を(政治的に正しく)言い替えるという運動についての以下の文章が面白かった。
1995年にデーブスペクターが出版した『政治的に正しいおとき話』で紹介されているもの。
●『白雪姫と七人の小柄な人たち』(ここでは子人とは書かれていない)」はこうなる。
○『雪のように白いという有色人種差別的な名前の王女と七人の垂直方向にチャレンジされた男性たち』
●『ジャックと豆の木』はこうなる。
○『通常の経済活動からはじきだされた母と子,そして雲の上に住むたまたま巨人に生まれた男』
●赤ずきんに登場する「木こり」はこうなる。
○木材燃料提供者と呼ばれたがっている木を切り倒す職人
歌手のなぎら健壱はこう言っている「…結局,言葉には罪はないんだよね。使う人の問題なんですよ。」
大阪の被差別部落を訪ねたデーブはこう言っている「大切なことは知ることだよ。見て,触れて,感じることだよ。」
大晦日の掃除を直前に控え,書架に入りきれなくなった本をどうしようかと考えていたが,結局,もう読むことはない本を選び出し,古本屋に売りいくことにした。いざ選びはじめると,懐かしさともったいなさがでてきて中々処分できずに考え込んでいたが,最後はエイやっと30冊程度を処分することにした。
そう言えば,作家の井伏鱒二は手元に本を1冊も置かなかったらしい。読んだ本は,すぐに処分していたということだ。同じように,開高健も読んだ本は,大切な部分はメモとして残しておき,その後は,処分したとのこと。
できれば,両氏の潔さが欲しいと思った1日だった。ということで,最終的に,30冊の本は1900円程度にしかならなかった。しかし,これでまた新しい本が1冊買える。
昔は,決まったテレビ番組を毎週欠かさず見ていたものだが,最近はほとんど見ることはない。見ても,ニュースや 天気予報ぐらいだ。しかし,これだけは毎週楽しみにしている番組がある。それは,日曜日の午前7時30分から放映されている,TBS系の「がっちりマンデー」である。毎回,日本の有名な企業人を取り上げ,その成功の秘訣 などを紹介する30分番組である。もうけるための思わぬ工夫やこだわりなどが大いにためになる。日本経済に元気を取り戻す番組の1つである。是非,一度ご覧いただきたい。
詳しい情報はこちらへ http://www.tbs.co.jp/gacchiri/
先日の蔵書の整理の続きである。整理の最中に大学時代に作っていた西洋史研究室の会報が見つかった。その中で,私が書いた文章が見つかった。タイトルは「書物の漂流」。当時私が読んで感銘を受けた本を紹介し文章の一部を抜粋したもので,今読むととても恥ずかしい拙い文章だった。しかし,この頃から,大変ユニークな本を読んでいたことがわかる。その中,今でも面白いと思う本を紹介する。いやはや懐かしい。
●『なぜひとりで食べるの~食生活が子どもを変える~』(足立己幸 NHK出版 1985)
・この頃から,子どもと教育に関心があったのだな。と思った。
●『心の風物誌』(島崎敏樹 岩波新書 1984)
・緑のおばさんの話が面白く,なるほどと思った。
●『敗れざる者たち』(沢木耕太郎 文春文庫 1983)
・マラソンの円谷選手の遺言とアベベの逸話が心を打つ。
●『東京漂流』(藤原新也 情報センター 1983)
・金属バットで両親を撲殺した少年のルポは秀逸。
●『犯罪風土記』(朝倉喬司 秀英書房 1984)
・独自の視点で日本の犯罪をとらえなおした名著。
●『母国考』(中津燎子 情報センター 1984)
・日本人はアンパンであるという発想が面白い。
●『大衆食堂の人々~現代超俗清話~』(呉智英 情報センター 1984)
・悟りを開いた釈迦の逸話が面白い。
現在,平成17年12月21日(水)午後9時10分。外は,暴風雪だ。時々雷がなっている。窓にもみるみる間に雪がへばりついてくる。明日は,積雪のため徒歩で通勤することになるだろう。さて,少し早いが今年を振り返ってみようと思う。今年は,私的なイベントや研修会に数多く参加したが,同じくらい公的な研修会にも参加した。教育課程,授業改善,学力向上,研究授業などなどである。その時に,その会の目的応じた資料を持参した。その資料には必ず,ご意見とご批判をお願いしますという文言とメールアドレスを載せておいた。また,道徳の研修会では,以前つくった資料を持参し,欲しい人は,メールで連絡してくださいと言うことにした。その結果,1回につき1人の反応があった。中には,自分が参加した県外の研究紀要などを送ってくれる人もいた。本当に少しずつであるが,「広がり」を実感することができた1年だった。来年は,若い先生へのさらなる「広がり」を考えて行動しようと思う。
今日は,今年最後の授業だった。雪のためにどうなるかと心配したが,予定通りの日程で無事終えることができた。帰宅途中,本屋を2軒物色し,以下の2冊を購入した。しかし,最近新書のタイトルがやけに長いと思うのは私だけ だろうか。
●『ろくろ首の首はなぜ伸びるのか』(武村政春 新潮新書)
●桂枝雀爆笑コレクションⅠ スビバせんね』ちくま文庫
今年の手帳がいよいよ終わりに近づき,新しい手帳を買いに書店へ行った。ここ数年,書店での手帳コーナーが年々拡大していているように思う。高いのから安いのまで本当にいろいろある。じっくり見ると,週の始まりが月曜始まりのものと日曜始まりのものがある。カレンダーにもこの2種類がある。旧約聖書では,神様が地上にすべての生き物を創造し,最後の土曜日に人間を創造した。その疲れで日曜日が休日になったのではなかったのか。これでいけば,当然,週の始まりは月曜日となる。こっちの方が自分に合っているように思う。さて,手帳だが結局昨年と同じ,能率手帳エクセル(リングタイプ2)というものを購入した。1ヶ月が見開きでサッと見ることができ,しかもリングなのでずっと開いたままの状態が保てる。さっそく来年の予定を書き入れようと思う。
今年1年をいろいろな角度から振り返ってみたい。その1として,今年参加した様々な研修及び講座・講演会の中で
大きな学びを得たものを思いついた順に列挙してみようと思う。
●『教師が持つべき本来の力』(野口芳宏氏) 8月 第16回道徳教育改革フォーラム
●『ネット世界に潜む危険性と可能性』(小早川誠二氏) 同上
●『「哲学」を持て』(深澤久氏)同上
●『学力づくりで子どもが変わる,学校が変わる』(久保齋氏)9月
●『子どもの心を鍛える作文指導・日記指導』(深澤久氏) 11月オール九州 道徳教育改革セミナー
●『コミュニケーションで子どもの心を正す』(菊池省三氏) 同上
●『スポーツと思うな,人生と思え』(原田隆史氏)11月
市内のN中学校で養護教諭が性教育の授業を実施したという記事が,朝日新聞の地方版に掲載されていた。その記事の中「性行為は,相手を思いやる気持ちがないとしてはいけない。」という内容のコメントが掲載されていた。では,相手を思いやる気持ちがあれば,性行為を行っても良いのか。また,中学生という未熟な段階で,本当の意味での相手を思いやる気持ちというものが理解できるのか。自分は相手が大好き,相手も大好きだと言ってくれる。これを思いやる気持ちという誤解をしないだろうか。両思いだから性行為してもいいということになりはしないだろうか。私は,性教育をすすめる上でもっと注目して子ども達に教えていかなければいけないことは,2つの責任であると思う。
1つ目は,経済的責任である。
つまり,出産から育児,就学の費用,食費,被服費などどれぐらいかかるのかということを金銭的現実を教える必要がある。その費用を,自分とその配偶者とでしっかりと確保できるのかということである。
2つ目は,保護者としての責任である。つまり,その子の保護者として,地域の行事や会合,保育園,幼稚園の様々な行事,学校の保護者会などなど親として責任もって他の大人とつきあっていけるのかということである。また,自分の子が何らかのトラブルを起こした場合,解決できるのかなどである。
従来の,思いやりや愛情などの感情論だけではなく,一人前の大人として,しっかりと責任がとれる人間になるまでは,性行為をしてはいけないということを教えていくべきではないだろうか。
本日,勤務校の忘年会が行われた。幹事学年と言うことで私が司会をした。その会を盛り上げるための工夫ということで以下のことを行った。
●楽しく,座席を決定する工夫。(ユーモアのあるくじ引き)
●全員のコメントをいただく工夫。(今回は,1人30秒で今年を表す漢字1文字とその理由を発表してもらった。)
●学年対抗のゲームを実施する。もちろん豪華景品付き。
●ゲームや出し物の際の間を開けないような工夫。盛り上げるつなぎの話。
帰り際に多くの先生から楽しかったという声があがった。楽しかった点では,今回成功だったと言えるが,教育論
や授業論などしんみりと語れなかったことが寂しい限りである。年々,真面目に教育論をたたかわせる場面が少なく
なっていることに不安を感じる。
本日,今年最後の部活動だった。約2時間の練習のあと,体育館と体育館周りの溝の清掃を行った。特に,溝は落ち葉が多くまた濡れた落ち葉も大量にあったため終了時間を大幅に過ぎてしまい,終わる頃には陽が西に傾いていた。
結局,大きなビニール袋に8袋の落ち葉が集まった。最後の清掃までよく頑張った部員に感謝したい。お疲れさまでした。世のため・人のために良いことをした部員たちは,きっと気持ちよい新年を迎えることができるだろう。
いよいよ,今日で今年の仕事納めの日となった。しかも特定勤務だったため1日ゆっくりと仕事を行った。職員のほとんどは年休をとり休みだったため,静かな年の瀬となった。最後に,職員室のゴミを集め,自分の机を拭き掃除して今年の仕事を終え,校長や,教頭など残った職員に挨拶をして帰宅した。今年1年様々なことがあったことを思い出した。まずは,皆様お疲れ様でした。来年もよろしくお願いします。
今年読んだ本の中から,特に他人に薦めたいものを挙げたいと思う。しかし,月々の小遣いのほとんどが書籍代に消えてしまい,毎月末にはどうしようとかと思案に暮れることが多かった1年だった。互助組合の書籍補助があればいいのになと真剣に考えたこともあった。こうして振り返ると,今年は新書を読むことが多かったようだ。特に,新潮新書は面白いテーマが多く良く買ったと思う。さあ,来年はどんな本と出会うか楽しみだ。
●『灯しつづける言葉』(大村はま 小学館)
●『日本の生き方』(田原総一朗 PHP)
●『オレ様化する子どもたち』(諏訪哲二 中公ラクレ新書)
●『海馬~脳は疲れない~』(池谷裕二,糸井重里 新潮文庫)
●『心ゆたかに生きる』(林覚乗 西日本新聞社)
●『ドラゴン桜 1~10』(三田紀房 講談社)
●『ドラゴン桜 東大合格をつかむ言葉161』 (三田紀房 講談社)
●『『一斉授業の復権』(久保齋 子どもの未来社)
●『椿山課長の7日間』(浅田次郎 朝日文庫)
●『世間のウソ』(日垣隆 新潮新書)
●『国家の品格』(藤原正彦 新潮新書)
現在,12月31日の午後11時07分。先ほど,NHKの紅白歌合戦の夏川りみの「涙そうそう」を聴いてしんみりとなった。平原綾香の「明日」もそうだが,日本語を1つ1つ大切にしている歌は,人々を感動させる素晴らしい力があると思う。平凡なある言葉と別のある言葉と組み合わせると素晴らしい言葉になることもある。そんな言葉を1つでも多く使えるように,来年も様々な人々ほ話を聴き,様々な本を読み,様々な歌を聴こうと思う。大切なことは,自ら学ぼうとする姿勢なのだ。