読書は時空を越えることができます。
合ったことがない歴史上の人物と出合い,見たことがない未来や宇宙,深海を見ることができます。
また,体験したことがない冒険や恋愛も経験できるのです。
1冊の本との出合いが人生を変えることもあります。人生観を広げ,深めることができます。
そんな本との出合いのきっかけをつくるために,このページ「こんな本と出合ってきた」をつくりました。
この中の1冊が,あなたにとって素晴らしい出合いになることを願っています。
久しぶりに東野圭吾作品を読みました。
年末に学校の図書室にあった新刊「あなたが誰かを殺した」(講談社)です。
謎解きをするのは,加賀恭一郎です。
ガリレオの湯川学が理系ならば,加賀恭一郎は文系の匂いがします。
別荘地で起こった殺人事件ですが,何となく,アガサクリスティーの「オリエント急行殺人事件」を思い出しました。
吉村昭の「ポーツマスの旗」を読み終わったすぐに読んだので,とても読みやすく感じました。
東野作品の人気はこんなところにもあるのかもしれません。
時折,無性にミステリーを読みたくなります。
次は,何を読もうか「Web本の雑誌」を参考にしてみます。
(2024年1月)
正月3が日は,実家と初詣と散歩に出た程度でした。
あとは,読書の日日でした。
さて,今回紹介する本は,「恐怖の正体」(春日武彦 中公新書)です。
小学生の頃から,ずっと怖さに興味を持っています。
仲間から聞く怪談話
心霊写真
恐怖小説
映画
マンガ
テレビの特番など
ぞくぞくする感覚を求めているのかもしれません。
生徒たちも怖い話が大好きです。ちょっと余った時間があると
「先生,怖い話をして!」と言う生徒が多いのです。
そういったリクエストにこたえて,最近では,立川志らく師匠の小話である「28」を話しました。
https://www.nanigoto.net/entry/2020/04/07/100847
やはり,教室が盛り上がりました。
しかし,どうして人は怖いものが好きなのでしょうか。
人によって恐怖の種類が違いますので,論をつくることは難しいことです。
この本は,論というよりは,様々な恐怖を紹介することで,「恐怖」に対する新しい視点を与えています。
何よりも,怖い小説のネタが多く,授業で使えそうなものもありました。
(恐怖マンガは紹介されてなかったことが,残念です)
また,授業中のネタが増えました。
(2024年1月)
楽しみにしていた荒川弘さんの「百姓貴族」(ウイングコミックス)の新刊である第8巻が出ました。
「鋼の錬金術師」とは趣が違うリアルな酪農エッセイマンガです。
この漫画のいい所は,社会科の授業で使えそうなネタが満載であるということです。
例えば,牛乳の味は,夏は薄くて冬は濃い味になるそうです。
これは,北海道の農業の授業でクイズとして使うテッパンネタです。
今回も,いい言葉に出会いました。
「大自然に殺されずに済んでいる」
自然を大切にとか自然を守るとかいう言葉は人間中心の傲慢な発想から生まれたものです。
人間は,自然に生かされているという発想が大切なのです。
こういった人間と言う存在を大自然から見るという視点を大切にすべきだと思います。
これは,脚本家の倉本聰さんの考えに近いものだと思います。
笑いの中にも鋭い指摘がある教養マンガです。
(2024年1月)
「スーツアクターの矜持」を読み終わりました。
マスクをかぶると視界がほとんどない状況,動きづらいスーツ,危険な場所での危険なアクション,安いギャラなど,今で言えば「ブラックな仕事」です。
しかし,見ている人を驚かせ,感動させ,楽しませるスーツアクターの生き方に感動しました。
シーンごとに単に動くのではなく,ヒーローがどんな気持ちなのかを考えて,アクションをするのです。まさにヒーロー以上に心を込めてアクションをしているのです。
春田純一さんは,こう言っています。
「スーツアクターもちゃんと内面的な芝居ができないといけません。たださらさらと台詞を言って動くだけじゃダメだと思うんです。」
和田三四郎さんの言葉です。
「子供の夢の一部を担って,家計を圧迫する金額のおもちゃを買わせるわけなので…。より良い思い出になるようなものを子供たちに伝える職業でないといけないと思っています。」
最高のエンターテインメントをつくるために,命がけでがんばっているスーツアクターは本当にかっこいいと思います。
ヒーロー以上にヒーローです。
これからは,特撮ヒーローものの見方が大きく変わるはずです。
(2024年1月)
中村健一先生の新刊「策略 ブラック授業技術」(明治図書)を読みました。
37年目の老教師も,中村先生から学んだ授業技術を毎時間使っています。
若い先生たちも,是非,この本を読んで授業技術の基礎基本を身につけてください。
きっと,授業が楽しくなります。生徒が授業を楽しみにして待つようになります。
最後の一文に心が震えました。まさに,頂門の一針でした。
中村先生,さすがです。
(2024年1月)
1902年の八甲田雪中行軍遭難事件を扱った歴史ミステリーです。
朝届いたので,読み始めるとページをめくる手が止まらず,夕方には読破していました。
まさに一気読みでした。
元々,山岳遭難モノが大好きで遭難の謎を追った「死に山」(ドニ―・アイカ― 河出書房)もドキドキしながら読んだ記憶があります。
この本も八甲田雪中行軍の謎を追う雑誌記者が主人公です。
また,雪中行軍の描写も見事で臨場感あふれていました。
グーグルマップとグーグルアースで行軍のコースを確認しながら,読み進めたことで更に臨場感が高まりました。ラストもなかなか良かったです。
以前読んだ,この著者の「鯨分限」(光文社)よりも面白かったです。
(2024年2月)
岩井圭也さんの「完全なる白銀」を読み終わりました。
腰痛の療養でベッドに寝ているだけですから,一気に読み終えることができました。
岩井作品は「夏の陰」や「永遠についての証明」を読んでファンになり,作品をチェックしています。
山岳モノや遭難モノが大好きですから,この本もなかなか面白かったです。
冬のデナリ(マッキンリー)の単独登頂を果たしたリタが下山途中で消息不明となります。加えて,登頂は嘘であるというニュースが流れます。
その真意を証明するために,2人の友人が冬のデナリ登頂に挑みます。
リタが残した謎の言葉「完全なる白銀」の意味を解明するためでもあります。
そういえば,先日読んだ「囚われの山」(伊藤潤 中公文庫)も,冬山遭難と扱ったものでした。
(2024年2月)
「道徳教育3月号」(明治図書)に熊本の桃崎剛寿校長先生がある記録を書かれています。
特集「今でも忘れられない!あの先生の道徳授業探訪記」です。
この特集に,桃崎校長先生が私の最後の道徳授業の様子を書かれています。
この道徳授業は,昨年1月24日(因みに大雪の日)に市道徳部会主催の最後の研究授業として公開したものです。
自分の道徳授業を動画で見ることはありますが,それを文字おこししたことはありませんでした。
ですから,授業の様子を様々な視点で書かれていて,自分自身もとても勉強になりました。
何よりもタイトルを見て,とても恐縮し感激しました。
「道徳のチカラ中学の至宝 山中太の道徳授業」です。
ありがたい限りです。桃崎先生に感謝です。
自分自身は,とても素敵な退職祝だと勝手に捉えています。
(2024年2月)
漫画「BLUE GIANT EXPLORER(9)」を読み終わりました。
心が震えました。
泣けました。
マンガを読んで涙が出たのはいつ以来でしょうか。
ボストンでの雪祈との再会。
読み終わってすぐに,「BLUE GIANT(10)」を読み直しました。
この漫画を読むと,やっぱり音が聞こえてきます。
ジャズを知らない私にもはっきりと音が聞こえてくるのです。
そのイメージを壊したくないので,まだアニメは観ていません。
(2024年2月)
今日は,休みです。
朝からコーヒーを飲みながらのんびりしています。
書斎で本を探していたら,河野進さんの詩集「ぞうきん」に手が伸びました。
河野(こうの)さんは,岡山市の玉島で牧師をされていた方です。
この詩集を読むたびに心が澄んでいきます。
世界が違って見えてきます。
心が優しくなってきます。
〈かわる〉
あたえて
あたえて
もうなくなっても
感謝は両手いっぱい
残っています
それがまた
あたえるものに
かわるから不思議です
(2024年3月)
再読していると,こんな文に目が留まりました。p186
〈引用はじまり〉
政治についていの壮麗で美しい言葉が『論語』の中になる。為政篇の冒頭にある一章だ。
子曰(のたまわ)く,政を為すに徳をもってすれば,たとえば北辰の其の所に居て,衆星のこれに共にむかうがごとし。
(孔子)先生がおっしゃる。政治をするのに徳によってするのであれば,たとえてみると,北極星が天空の中心にあって諸々の星がそれを囲みその方向を向いているようにうまくいくのだ。
〈引用終わり〉
さて,これを読んだ時に,学級経営と重なると思いました。
政治を学級経営に置き換えて考えたのです。
つまり,徳のあるこそ教師が,素晴らしい学級経営をすることができるということです。
この考えは,間違ってはいないと思います。
忘れ物をする,時間を守らない,生徒との約束はすっぽかす,だらしない教師がいくらがんばっても,学級はよくならないからです。
しかし,徳だけでもダメです。
学級経営には,教師の哲学と指導技術が必要なのです。
どんな学級,どんな生徒に育てたいのかを具体像として明確にします。
それに加えて,様々な指導技術を使って,学級を作っていくのです。
この話の最後に,呉さんは,こんなことを書いていました。
〈引用はじまり〉
プロ教師の会では,教師と生徒(児童も)の間には,教育ー被教育,指導ー被指導という身分関係が必要だと主張する。細かい異論はともかく,大筋ではその通りである。というより,あらゆる集団,あらゆる社会で,その通りなのである。
〈引用終わり〉
来週から,新年度が始まります。
新規採用の先生たちは,希望と熱意にあふれていると思います。
しかし,生徒のために一生懸命に頑張るだけでは,学級づくりはうまくいかないということを肝に銘じておく必要があるのです。
(2024年3月)
最近,書斎にある本を適当に選びパラパラとページをめくることが日課になっています。
さて,今日の本は,「登山の哲学」(NHK出版新書 2013年)です。
著者は,エベレストをはじめ8000mを越える世界14座を日本人で初めて登頂した竹内洋岳さんです。
その中でなるほどと思った部分を紹介します。
〈引用始まり〉
私にとっての経験とは,積み重ねるものではなく,並べるものなのです。経験が増えれば増えるほど,数多くのディテールが知識となって記憶にインプットされます。そのディテールとディテールとの隙間を埋めていく作業が「想像」です。だから,経験の積み木のすべてが見渡せるように,テーブルの上に広げておく。そして,並べてある位置を移動させたり,順番を入れ替えたりしながら,隙間を埋め尽くすほど想像を膨らませていくわけです。
〈引用終わり〉
一般的に,経験は積み重ねるものだと思われがちです。
私には,経験を並べるという発想はありませんでした。
確かに積み重ねた経験を一望することは難しいものです。下層にある経験は自分では見えなくなってしまいます。
しかし,経験を並べておくですべての経験が一望できますし,経験の隙間を埋めたり,個々の経験をリンクさせたりすることもできます。
この考えに基づけば,37年間の教師経験をさらに生かすことができると思いました。
「経験を縦に積み重ねるのではなく,横に並べてみる。」
(2024年4月)
2月初旬からアニメ「ゴールデンカムイ」を見てきました。
しかし,現在のところアニメ版は第4期までで,最後まで見れません。
どうしても続きが知りたくて,ヤングジャンプのアプリで無料漫画を読んでいました。
(ただし,1日1話コツコツ読んでいました)
しかし,これも最終巻である31巻は,無料ではありませんでした。
(さすが,集英社さんです。商売上手)
ここでも,どうしても最後まで読みたくなり,結局,31巻だけコミックで読みました。
感想は,西部劇や「スターウォーズ」や「インディージョーンズ」などの冒険活劇の映画を観ているようでした。
ワクワク,ハラハラ,ドキドキが満載です。
登場人物が極めて癖が強く,陰をひきずって生きているのです。
この部分のストーリーがまた面白かったです。
何と言っても,アイヌの歴史や文化や習慣などをここまで描いた漫画はないと思います。
また,「共生」というのが大きなテーマですから,社会科の歴史,地理,公民の分野でも使える内容です。
アイヌの食事のシーン見逃せません。リス肉団子,動物の脳みそなどすべてがおいしく見えました。
「ヒンナ!,ヒンナ!」
(2024年4月)
呉智英(くれともふさ)さんの「健全なる精神」(双葉社文庫)は,何回読んでも知識が増えます。
さて今回は,教育についてです。
「勉強」という言葉の本来の意味は,勉めを強いることです。
つまり,何らかの強制力が必要だということです。
この本の中で,呉さんは,学校を「強制装置」という言葉を使って説明しています。(p80)
確かに,学校は,(行くたくもない)子どもを一か所に集め,(好きでもない人間と一緒に)学級に所属させ,(受けたくもない)授業を受けさせ,(好きでもない)給食を食べさせ,(やりたくもない)掃除をさせ,(早く帰りたいのに)16時近くまで拘束しています。
まさに,学校は,立派な「強制装置」として働いています。
さて,孔子は教育について,「論語」の中でこう言っています。(p81)
「憤せずんば啓せず。悱(ひ)せずんば発せず」(述而編)
意欲が込み上げてくる(憤)のでなければ,教(啓)えてもしかたがない。答えが喉元まで出かかっている(悱)のでなければ導(発)いてもしかたがない。
つまり,孔子が考えた教育は,「自発性尊重教育」なのです。
上に挙げた話から「啓発」という言葉が生まれたそうです。
この話から,こんなことを考えました。
現在,国が進めている学校教育は,まさに孔子が考えた「自発性尊重教育」だと言えます。
「個性の尊重」
「主体的な学び」
「学びの調整力」
「学び合い」
「表現力」
「思考力」
「ファシリテーターとしての教師」
「反一斉授業」
「反詰め込み教育」
「知識を重視しない」
などの言葉が流行していることからもわかります。
つまり,現在の学校は,もはや「勉強」という言葉が使えない状況だと言ってもいいでしょう。
まさに,国は学校を,「啓発」をする場にしようとしているのです。
本来,強制装置である組織である学校で,生徒を「啓発」することはとても難しいことだと思います。
その難しいことをやろうとしているからこそ,様々な問題が噴出しているのです。
学校の軸足を「勉強」に置くか「啓発」に置くかはっきりさせない限り,学校の迷走は続くのです。
(2024年4月)
千葉県の松尾英明先生から紹介してもらった『「叱らない」が子どもを苦しめる』(薮下遊・高坂康夫 ちくまプリマ―新書)を読みました。
著者の薮下さんは,学校現場で働いているスクールカウンセラーです。
この本の中で,気になった言葉が「世界からの押し返し」という言葉です。
現在の子どもは,「世界からの押し返し」された経験が少ないというのです。
柔らかく言えば,良くないところを指摘される経験が少ないことで,不適応などの問題が起こっているのです。
〈引用始まり〉
子どもたちは「世界からの押し返し」が少ないために,「思い通りにならない環境」「万能的な自己イメージが毀損される状況」「自信の無さが露呈する状況」を回避するようになります。(P94)
〈引用終わり〉
自分の子どもの頃を思い出すと,父親が壁的な存在でした。
「ダメなものはダメ」という壁です。
この壁を経験したことで,世の中には思い通りにならないことがあることを教えられたのです。
そして,その後で,母親がなぐさめてくれました。
つまり,壁となぐさめで子どもの頃を生きてきたのです。
現在は,壁とまでは言いませんが,自分のわがままを押し返されることが少ないのです。これを薮下先生は「世界からの押し返し」と言われていると思います。
最後に,我々教師が出来そうなことが書いてありましたので,一例を紹介します。
〈引用始まり〉
授業中に子どもたちが間違えた箇所について,「消しゴムで消させない」「間違えた答えを残したまま,正しい答えを書く」といったことが考えられます。(中略)間違った箇所をそのまま残すことで,きちんと「間違った自分と向き合ってもらうわけです。もちろん,「間違えるのは大切なこと」「間違いと向き合って,考えていくことが大事」という姿勢を教師がもちつつ関わることが前提になります。(P260)
〈引用終わり〉
いろいろなケースも具体的に紹介されていますので,学校現場で悩んでいる先生たちに,是非読んでもらいたい1冊です。
(2024年4月)
5月5日の読売新聞「あすへの考」に東京大学教授の香坂玲さんの話が掲載されていました。
香坂さんの専門は森林環境資源科学だそうです。
さて,この文をノートにメモしました。
〈引用始まり〉
自然を維持するにはお金がかかりますが,自然をひとたび壊してしまえば,その損失は維持にかかるお金よりもはるかに大きなものとなります。実際,2020年の世界経済フォーラムの試算では世界の国内総生産(GDP)の半分以上にあたる44兆ドル(6700兆円)が,水や森林などの自然資本に強く依存しています。
〈引用終わり〉
「読売新聞(2024年5月5日)」
10年以上まえから散歩をしていますが,いくつかの変化に気づきます。
1つは,田んぼがどんどんなくなり,アパートが建っていることです。
2つは,空き家がどんどん増えて,敷地や中に草などが鬱蒼と生えていることです。
3つは,木が伐採されて,ソーラーパネルがつくられていることです。
脚本家の倉本聰さんは,こんなことを言っています。
〈引用始まり〉
自然保護。この言葉には人間の傲慢な姿勢が見える。人間は元は言えば,自然の一部でしかない。その自然を保護するとは何たることか。人間は自然の軒先を借りて生きているにすぎない。
〈引用終わり〉
この言葉を舞台「ニングル」で訴えたかったと思います。
自然の大切さは,6700兆円という金額ではないのです。
雑記帳(ノート)にいろいろなことを書いています。
書いている内容はこんなことです。
・学級通信のネタ
・学年経営の方針
・行事の構想
・道徳授業プラン
・新聞の切り抜き
・雑誌の切り抜き
・読んだ本にあった気に入った文や言葉
・セミナーや講演会のメモ など。
2001年から現在まで28冊のノートを使っています。
さて,14冊目(2014年)にプロ教師の会代表である諏訪哲二さんの「プロ教師の流儀」(中公新書ラクレ)を読んだメモを書いていました。
〈引用始まり〉
教師に「公」を強制するな。教師のひとり一人に関する出来事や事件などの場合,「公」としての「教師」という一般性だけで論じたり批判したりするのはデリカシーを欠き,不合理である。
一律に「公」としての「教師」として論じることは止めなくてはならない。
世論と風潮は教師たちの心を縛り,精神的に委縮させ,教育力を阻害するだけである。
〈引用終わり〉
あまりにも「公」を強制しすぎると教師ひとり一人の意欲が低下します。世間の空気圧が高まりいろいろ上から言われるから,これぐらいでいいかという気持ちになるのです。面倒くさくなるのです。
教師の「公」と「私」のバランス感覚が大切なのです。
閑話休題
諏訪さんは「たかが教師に何ができるか」というタイトルの本も書いています。私は,退職するまで,心の隅っこにいつもこの言葉を置いていいました。これは,非常勤講師になった今も同じです。
「たかが教師」と考えると肩が軽くなることも多かったです。
(2024年5月)
最近は,山ガールや高齢者の登山など登山ブームがあるようです。感染拡大がおさまり,登山者の数は増加傾向にあるそうです。
登山者が増加すれば,遭難者の数も増加します。この本によれば,ここ10年の遭難事故の発生件数は2500件前後で,そのうち死者・行方不明者の数は300人だそうです。
この数字を見ただけでも,山はおそろしい場所であることがわかります。
この本は,遭難事故や沢登り中の溺死,クマやハチに襲われた人などを取材したノンフィクションです。
これらに共通していることは,山を甘く見ているということです。
十分な知識もなく,装備も不十分(ホームセンター装備で冬の富士山に登ろうとして遭難した人もいました)なまま登山に挑む人がいるのです。
「山はおそろしい」と認識してれば,このような事故を防げたのかもしれません。
死者の数も減るのかもしれません。
7月には,富士登山が開始されます。お年寄りや子供が登頂しているニュースをみて,自分にも登れるという気持ちが起こってきます。
しかし,富士山でも遭難します,滑落して亡くなった人もいます。
相手が人間の力をはるかに超える自然であることを今一度,言い聞かせる必要があるのです。
(2024年5月)
719「続 失踪願望」(椎名誠 集英社)
「おい,シーナ,逃げるなよ」
これは,椎名誠の新刊「続 失踪願望。」(集英社)の帯に書いてある文です。
この本は,今年80歳になる椎名さんの日記なのですが,巻末に昨年亡くなった椎名さんの盟友である目黒考二さんの追悼小説が掲載されています。
タイトルは「さらば友よ!」です。
これを読みたくて買いました。
さて,目黒さんは,どうして椎名さんに「逃げるな!」と言ったのでしょうか。
何から逃げるなと言ったのでしょうか。
ここでは,触れませんが,この「さらば友よ!」を読むだけでもこの本を買う価値はあります。
これまでの椎名さんの私小説とは違った「真・私小説」と言ってもいいぐらいのリアルな小説となっています。
さて,日記の後半は,目黒さんが亡くなり喪失感が漂う内容となっています。目黒さんの名前が何回も出てくることから,椎名さんの心の痛みが伝わります。
〈引用始まり〉(p186)
彼は二歳年下だったが完全に対等であり,時に「シーナ,それは違うぜ」とまっすぐに言ってくれる数少ない友人だった。多くのことを諭された。兄貴のような弟分だった。
〈引用終わり〉
大学生の頃に友人のKくんから紹介してもらった「哀愁の街に霧が降るのだ」を読んだことがきっかけとなり,椎名誠さんのファンになりました。それ以来ずっと追っかけてきました。自分の人生と椎名さんの本が同時進行していたのです。
その椎名さんの最近の文章から,あらためて自分が本当に歳をとったことを確認しました。
1つの時代に一区切りする時が近づいていることは間違いありません。
再度「哀愁の街に霧が降るのだ」(情報センター出版)を読もうと思います。
(2024年5月)
北海道の堀裕嗣先生と石川晋先生の対談本「教師をどう生きるか」(学事出版)を読みました。
普通ではない2人の教師が普通ではない話をしています。
対談のテーマは4つでした。
①教育と実践研究
②本を書くということ
③文学の話
④人脈づくりと人を育てること
これらのテーマに音楽や作家や教育実践家などのエピソードを交えています。
それ以外にも,法則化運動(TOSS),まるどう(道徳教育改革集団→道徳のチカラ),授業づくりネットワークなどの教育研究団体の特長や歴史やそれらの関係性などがわかり,参考になりました。
石川先生のこの話が印象に残りました。
〈引用始まり〉
実践というのは,個別特殊で,あなたがあなたの教室で,あなたの身の丈と経験といろいろな条件とを合わせてやるしかないものなんだよ。
〈引用終わり〉
その先生がやっている教育実践はその先生の哲学にもとづいて,その先生の学級で,その先生との関係がある程度できている生徒にやっているものです。
ですから,個別特殊なのです。
教育書に載っている優れた実践をそのままやってもうまくいかないことが多い理由は,ここにあるのです。
もし,自分が対談をしても本になるような話はできません。そういった意味でもこの2人の先生は普通ではないのです。
(2024年5月)
昼食後,書斎をながめていたら1冊の本が気になり,手に取って読みました。
テレビやYouTubeでせいじさんの話を興味もって聞いていますが,最近出家されました。
ちょっと変わった芸人と思われていますが,本音の語りはなかなか心に迫るものがあります。
さて,先ほどの本をパラパラめくっているとある言葉に目が留まりました。
〈引用始まり〉
幸せになるための方法なんて,1個じゃないんですよ。仕事だって恋愛だって,何でもそう。全部の夢や目標が叶って,100%満足できるのが100点の人生だとしたら,いろいろな現実につまづいて失敗しても,その度に目標を修正したり,自分を変えていくことで,結果的には最初に目指したところとは違う方向に進むことになってけど,まあ70点,80点の人生やったなあと思える感じに仕上げる方法は,たくさんあるはずです。
〈引用終わり〉
100点を目指して,毎日つらくきつい思いをしているのであれば,考えを変えて70点ぐらいの人生にすることで楽になるのではないかと思います。
先生たちも,70点ぐらいの授業,70点ぐらいの学級経営,70点ぐらいの部活動,70点ぐらいの校務分掌。
70点ぐらいの教師。こう考えると楽になれます。
(2024年6月)
待ちに待った最新刊が出ました。
「BLUE GIANT」のニューヨーク編の2巻目です。
大とメンバーたちは,マンハッタンでの数少ないライブをしながら,日々のバイト生活を続けています。
日々の生活に苦しみながらも,自分の夢に向かって奮闘している大の姿に感動します。
自分を信じ,挑戦しつづけて,成長している姿は本当にかっこいいです。
この漫画は,中学生に是非読んでもらいたいです。
生きる情熱と負けることを恐れない生き方を感じ取ってほしいと思います。
アニメ映画もありますが,このマンガが完結するまでは,見たくありません。
マンガが持つ空気とアニメが持つ空気が違うことを恐れているのです。
(2024年6月)
昨夜からの雨がまだ続いています。また,大雨,洪水警報が発表されています。
3連休の最終日ですが,散歩もできずに書斎でパソコンと向き合っています。
その合間に読んできた「日ソ戦争」(麻田雅文 中公新書)を読み終わりました。
中学校の社会科では,ポツダム宣言受諾によって終戦を迎えたと教える教師がほとんどでしょう。
しかし,8月8日のソ連による宣戦布告で始まった日ソ戦争ですが,玉音放送後も続けられました。
つまり,8月15日は終戦記念日ではないのです。
日ソ戦争が終わる9月17日が本当の意味での終戦記念日ということになります。
この日ソ戦争を抜きにして,シベリヤ抑留,北方領土問題,現在の国際関係は考えることができません。
1945年2月に行われたヤルタ秘密会談が現在の世界情勢に大きな影響を与えたと言ってもいいのかもしれません。
この本を読んで社会科で歴史の奥深さと教えることの難しさを再確認しました。
中学校の歴史教科書に書いてあるわずか1行の文章の裏には教師が知らない多くの史実があることを肝に銘じておく必要があると思います。
読みながら何度も浅田次郎の「終わらざる夏」(集英社)を思い出しました。
(2024年7月)
友人のKくんから紹介してもらったのこの本に「パラフィン紙と至福の時間」という話が出てきます。
パラフィン紙と聞いて実物が浮かぶ人はどれぐらいいるのでしょうか。
昔の岩波文庫や岩波新書や高価なハードカバーや箱本(箱に入った豪華な本)にはパラフィン紙がブックカバーとして使用されていました。
元々は,ほこりや手垢がつかないようにするために使われていたそうです。
しかし,本1冊1冊に薄いパラフィン紙をつける作業はとても大変だったと思います。
こんなところに昔の人たちの本に対する愛情を感じます。
岡崎さんは,こんなことを書いています。
〈引用始まり〉
「自分の所有物であるかどうか不安な本を,パラフィン紙をつけることで,自分の手になじませ,がっちり確保する儀式のようなものだ。そこで初めて,買って来た本が自分の本になったような気になるのだ。」
〈引用終わり〉
ここにも本に対する愛情を感じます。
昔と比べて本に対する愛情が薄れているように感じます。
(2024年7月)
漂流モノが大好きで,新刊,古本で見つけ次第,購入し読んできました。
その流れで購入しました。
この物語は,実話に基づいて書かれています。
1668年,現在の愛知県常滑市にある大野港から材木を積んだ荷船が江戸へ向かいました。
無事に荷下ろしを終え帰路,三河沖付近で大嵐に遭遇しました。
そして漂流生活が始まります。約3ヶ月後,15名の乗組員はフィリピンの北方にある小さな島,バタン島に漂着しました。
この島では,奴隷のような過酷な生活が待っていました。しかし,彼らは帰国への思いを忘れることはありませんでした。
材料や道具がほとんどない現地で,何と新しい船をつくり島を脱出するのです。
普通であれば,漂流生活の過酷さや悲惨さ,無情さを中心に描かれることが多いのですが,この物語が感動するのは,漂流後に自力で船をつくり日本へ無事に戻った点にあります。
1668年に15名が漂流し,3名が島で死亡,1名が島に残りました。
結局,無事に村へもどったのは11名でした。2年間の出来事でした。
この凄まじい2年間の出来事をこの小説は一気に読ませます。
漂流モノを読むと,毎回,生きることを絶対に忘れずに懸命にもがく人間の底力と命の強さを実感することができます。
現代人は,便利な生活にどっぷりとつかってしまい。生物が持っている生命力がどんどんと低下しているように思います。
次は,どんな漂流モノと出会えるか楽しみです。
(2024年7月)
「飯嶋和一にはずれなし」
この言葉を信じて「始祖鳥記」(小学館文庫)を約10年前に購入しました。
それから,読むきっかけがなくて書斎の本棚にずっと忘れられていました。
しかし,先週,書斎の整理をしている時に,この本の存在に気がつきました。
読み始めると止まらなくなりました。
江戸時代の末期,大空を飛んだといわれる人物,備前屋幸吉の人生を描いた傑作です。
天明の飢饉や一揆,打ちこわし,商人の悪行,幕府の悪政などが重なり,民衆たちは苦しんでいました。
そんな中,自分がやりたいことをやりぬいた幸吉の生き方に感動しました。
幸吉の姿に民衆は,希望を見いだします。
ラストがいいです。もっと早く読めばよかったと反省しました。
「飯島和一にはずれなし」
この言葉の真偽を確認するために次の作品を読みたいと思います。
(2024年7月)
米澤穂信さんは好きなミステリー作家の一人です。
「満願」や「黒牢城」や「Iの悲劇」など傑作が多いです。
さて,今回は「可燃物」を読みました。
群馬県を舞台に県警の葛(かつら)警部が主人公で5つの事件を扱っていています。
つまり,5つの短編集です。
「満願」もそうでしたが,米澤さんは短編も見事です。
5つの短編どれも意表をついたラストがまっていますが,「可燃物」が一番おもしろかったです。
また,ミステリーにはまりそうです。
(2024年7月)
このシリーズは2003年3月に第1巻が発刊され、20年以上も続いている人気シリーズです。
私も第1巻から第18巻まで全巻に道徳授業記録を掲載させていただいています。とてもありがたいことです。
教科書を使った道徳、つまり「特別の教科道徳」が始まって6年目になります。
この6年間で生徒の道徳性は高まったといえるでしょうか。
教師の道徳授業に対する意欲は高まったといえるでしょうか。
残念ながら、2つとも高まったとはいいがたいと思います。
教科書を使い、「めあて」「まとめ」を板書し、教師の説話で終わるなど形式を優先させる道徳授業が「良し」とされる風潮があります。
これで生徒が道徳授業を楽しみにして、展開でわくわくし、真剣に考え、自分と重ねわせ、道徳性が高まれば言うことはないのですが、現実はそうではありません。
教師も「やらされている」という気持ちが強いのではないかと思います。
そんな惰性的で形式的な道徳授業に風穴を開けたのが、この「とっておきの道徳授業」シリーズなのです。(小学校20巻、中学校18巻)
まずはこの夏休みを利用して、読んでみてください。読むだけでも、面白いのです。そして2学期の道徳授業が楽しみになります。
この18巻には、私の実践が2本収録されています。
「芸術のチカラ」
「みらいチケットからげんきチケットへ」です。
この2つの授業を行ったS中学校の2年生は、とても楽しそうに授業を受けていました。また、素晴らしい感想を書いていました。
その中から「芸術のチカラ」の感想を紹介します。
〇芸術の意味の深さを知った。ヒーローのようにたくさんの人を助けられないし力になることはできないけれど、アートの世界では、物理的ではなく、その人の心に寄り添い、戦争のもとを消すことができると感じた。
どうですか、「教科書道徳授業」でこんな素敵な感想を書く生徒が出てくると思いますか。
この本を読んで、道徳授業の魅力と楽しさとチカラを感じてください。(2024年8月)
飯嶋和一さんの本は2冊目です。
前回読んだ「始祖鳥記」がとても面白かったので、「雷電本紀」を読みました。
550ページ近くの大作で文字もびっしりで読みやすい本ではありません。
しっかりと意識し、想像しながらじっくり読みました。
火山の噴火、疫病、ききん、飢え、打ちこわしなどの厄災が頻発した天明期に人々に希望を与える相撲取りが出現しました。
それが、雷電為衛門です。
圧倒的な強さと豪快さとやさしさで一躍人気ものになっていきます。
「始祖鳥記」の幸吉もそうでしたが、雷電も苦しむ人たちに希望を与えるヒーローです。
綿密な取材と想像力と筆力でぐいぐいと引き込まれました。
時代小説はあまり読んできませんでしたが、飯嶋和一さんの作品に出合ったことで、これからも読んでみたくなりました。
やはり、飯嶋和一にはずれなし。
次は、島原・天草一揆を扱った「出星前夜」を読もうと考えています。
大学生の頃に鉄道に乗ることが好きになり「青春18きっぷ」を使って日本全国をゆっくりと旅行していました。
分厚い時刻表を使って、どの路線と使い、どの列車に乗り、何を見て、どの町で宿泊するかを綿密に調べて計画を立てて実行することに喜びを感じていました。
その結果、46都道府県を回ることができました。(行っていないのは沖縄県のみ)
この本を読むと、あのころ乗った地方ローカル線が廃線になっていることがわかりました。
著者による現地調査の時の豊富な写真も掲載されていてとても懐かしくなりました。
このままいけば、大量廃線の危機が訪れると著者は言います。
経済的な理由だけで廃線すれば、ますます過疎化がすすむことになります。
今後は、地方の問題ではなく日本全体の問題として、国民を交えて議論していく必要があると思いました。
「乗り鉄」の私にとっては、廃線はとてもつらいことですから。
(2024年8月)
道徳授業づくりに燃えていた頃(今でも静かに燃えていますけど)、いろいろなネタを探すために本屋へ足しげく通っていました。
1度入ると2時間から3時間はいました。
①新刊
②文庫
③教育書
④ノンフィクション
⑤漫画
⑥絵本
⑦雑誌
などをじっくり見て回っていました。
今のようにネットで気軽に検索したり調べたりすることが難しかったので、ネタ探しをするのには本屋が格好の場所だったのです。
さて、2006年に買った漫画で「長い長いさんぽ」があります。
これを使って道徳授業を作ろうと思って買ったのですが、いまだに書斎に並んだままになっています。
愛猫が死んでしまうという涙腺崩壊の内容ですが、愛するものの死について考えさせられました。
購入したときは44歳でした。
現在は62歳でです。なんとなくですが、そろそろ年齢的に「死」と向き合う必要があるのかなあと考えています。
もう一度、じっくりと読んでみます。(2024年8月)
小川哲さんの「地図と拳」(集英社)を読み終わりました。
633ページの大作でしたが、2日で読み終わりました。
日清戦争から終戦までを満州の架空の町を舞台に描いた歴史大河小説です。
戦争の詳しい描写はほとんどありませんが、戦争がどうして起こるのかということを描いています。
書名である「地図と拳」について、登場人物の一人である細川がこんな話をしています。
〈引用始まり〉
国家とはすなわち地図であると考えているからです。国家とは法であり、為政者であり、国民の総体であり、理想や理念であり、歴史や文化でもあります。ですがどれも抽象的なもので、本来形のないものです。その国家が、唯一形となって現れるのは、地図が記されたときです。(中略)
この世から『拳』はなくなりません。家の中からもなくならないし、街の中からもなくなりません。この国は長らく戦場で、今もどこかで兵士たちが誰かと戦っているでしょう。なぜこの国から、そして世界から拳がなくらないのでしょうか。答えは『地図』にあります。世界地図を見ればすぐにわかることですが、世界は狭すぎるのです。
〈引用終わり〉
なるほどです。
この細川が提唱している学問に「戦争構造学」があります。これは、地図と拳の両面から、日本の未来を、そして人類の未来を考える学問のことだそうです。
地理学、政治学、歴史学、軍事学、物理学、人類学などを含む、領域を横断し研究を重ねていくのです。
学校教育では、平和について教える場面が多いですが、戦争について詳しく教える場面はありません。戦争被害については教えますが、戦争の原因について深く詳しく教えることもありません。
細川が提唱するように、人類の未来を予想するためには、様々な角度から人類が起こしてきた「戦争」を学び、考える必要があると思うのです。
大作のラストシーンは、未来に希望を託すような場面でした。(2024年8月)
733「リアル16巻」(井上雄彦 集英社)
4年ぶりの新刊となる16巻を読みました。
車いすバスケの漫画である「リアル」(集英社)です。
連載開始から25年も経過しているということに驚きました。
「スラムダンク」と違って、人物の家族、友人、仲間、病院の医師、リハビリの先生など周辺の人々との関りを丁寧に描いています。
また、内面も深く描写されていて、まさに「リアル」だと感じます。
車いすバスケの戸川、高橋、野宮、そしてプロレスラーのスコーピオン白鳥が、それぞれの目標に向かってもがきながら成長していく姿に感動しました。
「予想のナナメ上を行け!」(2024年8月)
千原ジュニアさんとなだぎ武さんの対談動画を見たあと、すぐに電子書籍で購入しました。
前半は、圧倒的に暗く切なく痛い経験が生々しく描かれています。
後半は、少しずつ光が見え始めます。
そして、未来へとつながるラスト。
苦しんでもがいていた頃に、なだぎさんの救いの曲となった吉田拓郎さんの「まにあうかもしれない」を聞いてみました。
「大切なのは思いきること」
「大切なことは捨て去ること」
この言葉の重みを再確認しました。
そして、この本で出合った「今は未来」という言葉を大切にしたいと思いました。
生きることは大変ですが、やはり素晴らしいことなんですね。(2024年8月)
この本の副題は「日本を救う、尖った人を増やすには」です。
教師として38年という長い時間生徒に教えてきました。
どうすればわかりやすく教えることができるか、
何を使えばわかりやすく教えることができるか、
などについては、いろいろと勉強して実践してきました。
しかし、「教える」という根本的なことを深く考えたことはありませんでした。
出口さんは、ライフネット生命の創業者で、現在は立命館アジア太平洋大学の名誉教授をされています。
出口さんは、読書家であることは以前読んだ本で知っていましたので、この本にも興味があり、購入した次第です。
さて、この本は参考になることがたくさんありました。
「教える」とは何か、出口さんはこのように書かれています。
〈引用はじまり〉
「教える」とは、相手にわかってもらうことです。
相手に腹落ちしてもらうことです。
「教える」とは、どんな人に対して、真意を伝えることです。
〈引用終わり〉
なるほどと思います。特に「腹落ちしてもらう」と言葉が納得しました。
教師として、なるほどと思った点は、以下の分です。
〈引用始まり〉
教育の2つの目的
①自分の頭で考える力を養う
②社会の中で生きていくための最低限の知識(武器)を与える
〈引用終わり〉
特に、知識を武器ととらえられている点が共感しました。
漫画「ドラゴン桜」でも、知識は武器であるという言葉があり、折に触れて生徒に話してきたからです。
この他にも共感する部分が多くありましたので、これららも少しずつ、このブログで紹介していきたいと思います。
(2024年8月)
明治図書から「道徳教育10月号」の寄贈本をいただきました。
本号の特集は「考え、議論したくなる授業に変わるしかけ大全」でした。
この中の「導入・教材提示」について2ページ原稿を書かせていただきました。
①「思考を刺激する”短い言葉”を加えた発問」
②「全員を参加させる教科書教材の組み合わせ」
1ページ内に収めることがとても難しかったですが、私の主張は伝わると思います。
是非、ご一読いただけると嬉しいです。(2024年9月)
昨日、書斎にある本を適当に数冊とって、パラパラと読みました。
すると、みやざき中央新聞の編集長である水谷もりひとさんの言葉に出合いました。
一度読んだはずですが、まったく覚えていませんでした。
〈引用始まり〉
学校には、幸せそうな先生と幸せそうに見えない先生がいることも知った。幸せそうな先生は教師になってからも人間として成長した人だと思う。
何と言っても教師は人間力が勝負だ。授業も生徒指導も子どもの心を掴むのは教師の人間力だ。
〈引用終わり〉
教師が幸せそうに授業をしていると生徒も幸せを感じることができると思います。
教師が楽しそうに生徒に接すれば生徒も楽しくなることができると思います。
その本は、「いま伝えたい!子どもの心を揺るがす”すごい”人たち」(ごま書房 水谷もりひと 2015年)です。(2024年9月)
昨晩は、線状降水帯が発生し、豪雨と雷で夜中に何度も起きてしまいました。
結局、5時には完全に目が覚めました。
現在は、雨は小康状態になっていますが、風が強いです。
交通機関にも大きな影響を与えています。
どうか、みなさんご安全に!
さて、最新刊を読みました。
カバーには、こんなコピーが書かれています。
「完璧な音を持つ宿敵登場!!」
「苦境でも負けじと吹く、大を訪ねてきたのは、玉田!!」
新展開でさらに面白くなってきました。
元メンバーの玉田が登場したので、初期の巻を再読します。
しかし、こんなに興奮させるマンガは久しぶりです。(2024年11月)
先日の豪雨と風雨がウソのように青空が広がっています。少し動くと汗が出るような気温ですが、窓から入ってくる風はとても心地よいです。
さて、早朝に目が覚めましたので、読みかけの本を最後まで読み終わりました。
「学校はなぜ退屈でなぜ大切なのか」(広田照幸 ちくまプリマー新書)
広田さんの本は、何冊か読んできましたのでこの本もタイトルに惹かれて買いました。
とても学びが多い内容の本でした。
朝食後に学びを得た部分をノートに書きだす作業をしましたが、4ページにもなりました。書き出す作業は、ページ数と参考になる部分を手書きします。
ページ数を書いておくことで、再読する時に役立ちます。
さて、今回は書き出した部分を紹介します。
〇学校は何をなすべきかを考える時には、「目的」と「機能」とを区別することが大切である。
〇今の学校は、大きな目的を見失ったままの教育やおかしな目標を決めてしまい、それに向けたおかしな教育をやってしまっているように思う。
〇学校の機能は2つ。
1つは、子供を社会化すること。
2つは、子供を選抜し評価し社会の中の異なるポジションに振り分けていく。
退職してもこんな教育書を読んでいるのはどうしてでしょうか。
それは、38年間の教育実践や教育的な経験を理論づけたいと考えているからです。
つまり、教師人生を振り返りまとめる作業を進めているということです。(2024年11月)
小学校時代からの友人であるKくんから、ある本を紹介してもらいました。
これまでもKくんは、折に触れて本を紹介してくれました。
それらの本は、私の読書心の波長と合うものが多く、楽しむことができました。
忘れた頃にKくんから本の紹介が届きますが、先月紹介してもらった本を福岡の書店で見つけたので、買って読んでみました。
これが、今年読んだ本の中で、最高の1冊となりました。
1966年東大阪生まれの著者が小中学生の思い出を、当時、流行した歌と重ねわせて描いています。
そして、子供から大人になるということをノスタルジックにしかも感動的に描いています。
私も1962年生まれですから、この本が持つ世界観にどっぷりとはまることができました。
タイトルは、言わずと知れたTHE BLUE HARTSの『TRAIN TRAIN』の歌詞です。
そして、最後の章が『TRAIN TRAIN』でした。
読み終わると涙が出ました。
この本に出てきた曲をYOUTUBEMUSICで聴きながら、感動をかみしめます。
まったく知らない作家とまったくしらない本を紹介してくれたKくんに感謝です。
もちろん聴きたい曲は、長渕剛『乾杯』です。(2024年11月)
つい最近までスージー鈴木という作家がいることを全く知りませんでした。
しかし、友人のKくんから紹介してもらった「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者をたたきよる」がとても感動しましたので、2冊目を買い読んでみました。
「恋するラジオ」(ブックマン社)です。
こちらもなかなか心温まる感動作品となっています。
スージーさんと思われるラジヲくんが主人公です。
ラジオから流れる音楽と共に語られる青春のエピソードがなかなかいいのです。
アリス、サザン、山下達郎、クィーン、ビートルズ、吉川晃司、小沢健二など私の青春時代と重なり、懐かしい過去へと一気に戻ることができました。
まさに音楽は時空を超えるのですね。
そして、最後はラジヲくんが亡くなる場面が描かれています。
これがいい話なのです。
この本の帯に書かれているコピーが
「あなたが、人生の最期に聴きたいのは誰の曲?」
です。
この本を読んで以来ずっと、この質問の答えを探しています。
あなたは、誰の何という曲ですか?(2024年11月)
野口芳宏先生の米寿記念に出版された「教師人生を楽しむ」(さくら社)を読みました。
前半は、野口芳宏自選論文集でした。以前読んだ論文でしたが、何回読んでも感動します。
特に、この2つの論文はしびれました。
〇「子ども中心主義への生物学的批判」
〇先生は「教える」、子どもは「教わる」
この中で特にしびれたのは、この言葉です。
ヒトを人間たらしめる営為を教育という。その営為とは、「教える」ことであり、その働きかけを受けとめることを「教わる」と言う。教育は「教える」側と「教えられる」側によって成立する。これが、教育という営為の原型であり、それが、教育ということの原型であり、根本である。
後半は、野口先生とつながりが深い全国の実践家の方々が寄稿されたものが収録されています。
野口先生の様々な魅力が伝わってくる素晴らしいものでした。
私も野口先生に魅了されつづける教師の一人です。(2024年11月)