読書は時空を越えることができます。
合ったことがない歴史上の人物と出合い,見たことがない未来や宇宙,深海を見ることができます。
また,体験したことがない冒険や恋愛も経験できるのです。
1冊の本との出合いが人生を変えることもあります。人生観を広げ,深めることができます。
そんな本との出合いのきっかけをつくるために,このページ「こんな本と出合ってきた」をつくりました。
この中の1冊が,あなたにとって素晴らしい出合いになることを願っています。
昨年は,目標の100冊には届かずに,82冊という結果に終わってしまいました。
100冊を読破することの難しさを痛感しています。
単純計算で,3日に1冊ということですから,難しい目標であることには間違いありません。
しかし,1つの制約として,今年も100冊読破を目指して頑張ります。
ということで,1冊目はマンガとなりました。
「風雲児たち」のスピンオフみたいな本が,これです。
「風雲児たち」に登場するユニークなキャラや知られていないエピソードを紹介する内容となっています。
ジョン万次郎や人斬り以蔵こと岡田以蔵,岩崎弥太郎などを取り上げています。
また,みなもと氏の学生時代や太秦で働いていたことなども紹介されていて,興味深く読みました。
「風雲児たち」の最新刊も1月末には発刊されますので,そちらも楽しみです。
(2015年1月)
今日から,本格的な勤務開始でした。
もう少し,ゆっくりと休むこともできましたが入試関係の仕事をこなすため出勤しました。
ということで,午前中のうちに私が担当している私立高校の願書提出に行きました。
今日から受付開始ということもあり,受験番号1番をもらうことができました。
何となくうれしくなりました。
さて,この本ですが,朱川ワールド全開のノスタルジックホラー短編集です。
どことなく,子供の頃,怖いもの見たさの番組だった「怪奇大作戦」の匂いがしました。
それは,朱川さんがウルトラマンメビウスの脚本も担当したことがあるからかもしれません。
昭和の匂いとともにセピア色の風景が浮かぶそんな短編集でした。
子供の頃に怖かった,「闇」を思い出しました。 (2015年1月)
今日は,午前中だけの出勤でした。
進路関係の仕事をこなして帰宅し,自宅でゆっくりと過ごしました。
あさってには,授業も始まります。それに備えてゆっくりしようと思ったからです。
先日,NHKの新しい大河ドラマ「花燃ゆ」を観ました。
大河ドラマは,第1回は観るようにしていますが,「龍馬伝」以来全話観た作品はありません。
この「花燃ゆ」の中で,吉田松陰のセリフでいいのがありました。
「本は人である」という言葉です。
本を読むことで,様々な人々と出会うことができるという意味です。
歴史上の人物,海を越えた遥か遠い地にいる異国の人々。それだけでなく未来の人々にも会えるのです。
そういった人々の声を聴き,考えを知ることができるのです。
このドラマを観た後で,30年ぐらい前に買っていたこの本を思い出しました。
1巻だけですが,途中で読むことを断念した本です。
読み始めると,なかなか面白いです。
1巻を読破する前に2巻から4巻までネットで注文しました。
久々の司馬作品です。気合を入れて読みます。 (2015年1月)
今日の午後は,私立高校の推薦入試引率でした。
生徒の試験が終わるまでに待合室でこの本を読破しました。
引率教師の中には,仕事をしている教師もいますが,私は,基本的に読書をしています。
一番嫌なのは,知り合いの教師同士がおしゃべりをしていることです。
周りのことを考えて,静かにしてほしいと思うからです。
さて,3時間ほどの待ち時間がありましたから,第2巻を読破できました。
驚くことに吉田松陰の処刑についての記述は,ほとんどありませんでした。
高杉晋作中心の話になってきました。
高杉が作った「おもしろきこともなき世をおもしろく」という上の句に
歌人の野村望東尼が「すみなすものは心なりけり」という下の句をつけたそうです。
人生をおもしろくするもしないも自分の心が決めるということだと思います。
なかなか興味深い歌だと思いました。
さて,第3巻はどんな展開になるのでしょうか。楽しみです。(2015年1月)
今回の特集は,「教師を支える力〜最後の一人に挑む〜」でした。
つまり,生徒全員をできるようにするためには,どのような指導をすればいいのか,ということです。
この特集を見た時に,正直自分にはできているのだろうかと不安になりました。
毎時間の授業では,机間巡視を頻繫に行い,全員ができているかどうか確認をしています。
しかし,時間がない時などは十分なアドバイスや指導ができていないのが現状です。
なかなか難しいことだと思います。
野口芳宏先生は,次のように書かれています。
<引用始まり>
教育は,発達の上に乗っかって初めて効果を生む。
数値化による成果の明示が求められる風潮が強いようだが,ヒステリックに,短期間で成果を上げようと焦ることは,反面で子どもの学校生活の楽しみや充実を損なうことにもなりかねない
<引用終わり>
この文章を読んだ時,安心感を得ました。
諦めているわけではありません。生徒ひとり一人を大切にする日々の地道な指導が大切だと思うのです。具体的ではありませんので,この特集に寄稿された先生たちからは,批判されるかもしれません。
しかし,正直な気持ちです。(2015年2月)
マンガ「風雲児たち」は1979年に連載が始まりました。途中で出版社が変わり,タイトルも「風雲児たち幕末編」となりましたが,何と36年間も続いている大河マンガなのです。
「風雲児たち」ワイド版が全20巻,「風雲児たち幕末編」が25巻が世に出ています。
こんなすごいマンガにも関わらず,あまり知られていないのが悲しいですね。
このガイド本には,マンガに登場した中から,魅力的な30人をピックアップして紹介しています。
例えば,平賀源内,大黒屋光太夫,高野長英など私が好きな人物について分かりやすく紹介されています。
この本を読むと,歴史のタテ糸がいかにつながっているかわかります。
例えば,吉田松陰の「松陰」という名前は,彼が尊敬していた高山彦九郎の諡(いみな=死者につける名前)からとっていること。
例えば,ペリーが来航した時に,小笠原諸島をアメリカ領と主張しました。もし,日本領というならば,それを証明する世界的な資料を出せと言ってきたそうです。
その時に幕府が提出した本が,林子平が書いた「三国通覧図説」のフランス語版だったということです。
もし,この本がなければ,今頃は小笠原諸島は,アメリカ領になっていたかもしれません。
このような,教科書に出てこないようなエピソードが数多く描かれているのが,「風雲児たち」なのです。
みなもと先生は,完結まであと13年と言っておられます。そうなると,50年間という壮大な歴史マンガになるのです。 (2015年2月)
この書名には,前置きがあります。
「授業総合診療医ドクター鈴木の」です。
書名を見て違和感を感じました。
鈴木先生と書名があまり結びつかなかったからです。
書名は,ともかく,この本は新人教師だけでなくすべての教師に読んでもらいたいと思いました。
いろいろな研究発表会で参観する授業,例えば,学び合いとか生徒の自主性を伸ばすとか,教え合い高め合う学習とか,研究主題は素晴らしいにも関わらず,授業そのものがピンとこないものが多いと実感しています。
確かにかたちだけは,班学習や発表会など見栄えはいいですが,生徒一人ひとりが意欲的に学習しているとは言い難いのです。
その理由は,授業の基本ができていないからです。
一斉授業がしっかりとできないうちから,ハイレベルの授業をやろうとしてもうまくいかないのは当然です。
教科書も読まない,発問を練らない,生徒の一人ひとりを評価しフォローしない,教室環境の大切さもわかってないような教師に,ハイレベルの授業などできるわけがないのです。
そういった授業を実践する前に,この本を読んで授業の基礎基本を身につけてほしいと思います。
教職30年近い私にとっても,自分の授業がいかにマズイかを知らされる1冊となりました。
書名については,21日のセミナーで鈴木先生に会いますので,聞いてみたいと思います。
(2015年2月)
今日は,午後から市道徳部会があり授業参観をしました。
資料は,「私たちの道徳」に掲載されているものでした。
長い資料をどのように加工すれば,生徒の学習意欲を高め,積極的な発言を促すことができるのかをずっと考えていました。
いろいろな会議が重なり参加者も少なかったですが,協議では日頃の悩みなどが多く出されとても有意義な時間を過ごすことができました。
こういった参観をした後で必ず,私ならこうつくるという代案を示すのですが,今回はなかなか難しかったです。
何とか,代案を示しましたがあまりよいものではないと反省しています。
今晩,じっくりと考えてみます。
この漫画は以前から気になっていましたので,ネットで全巻を買いました。
漂流ものが大好きなので,なかなか面白いです。
(2015年2月)
本号の特集は,「東日本大震災をどう取り上げるか」でした。
この特集に興味を持ちましたので,さっそく買って読みました。
小中学校で実践されたいろいろな道徳授業が紹介されていましたが,どの授業も,希望を感じさせるような内容で良かったです。
先週のセミナーの講座でも言ったのですが,「死」を安易に扱ってはいけないと思うのです。
東日本大震災を忘れてはいけないと思いますが,だからと言って死者や行方不明者などに関するエピソードを何の抵抗もなく資料として使ってはいけないと思います。
「生」の尊さを教えるために,「死」を扱うことは時には必要かもしれません。
しかし,「死」を扱うことに慎重であるべきだと思うのです。 (2015年2月)
3巻までは,すいすいと読んだのですが,この4巻を読み始めるのに時間がかかりました。
この本の前に読みたい本が次々と出てきたからです。
そういうわけで,何とか読破しました。
この本の帯には「吉田松陰の生涯」と書かれていますが,実は違います。
吉田松陰について書かれているのは,ほとんどが1巻です。
後は,吉田松陰の志を受け継いだ高杉晋作の生涯が描かれています。
彼の生涯を漢字1文字でいえば,まさに「激」です。
この高杉をつくった人物が吉田松陰ですから,いかに松陰がすごい人物かがわかります。
高杉も龍馬と同じように,大政奉還を待たずにこの世を去りました。
享年27歳でした。
しばらくは,司馬作品から離れておきます。疲れました。(2015年2月)
本は興味深く読んでも,その本を造っている紙については,ほとんどの人は興味を示さないと思います。
その紙がどこで造られているか,どんな木を原料にしているか,どんな特徴なのかなどです。
しかし,その紙の約4割を日本製紙工業が創っています。
この本では,東日本大震災で甚大な被害が出た,日本製紙石巻工場が復興していく様子を追ったノンフィクションです。
大震災からの復興のために,夜を徹して努力した従業員たちの誇りと情熱が伝わってきます。
この本を読破した後,いろいろな本の紙の肌触りが気になってしまいました。
この言葉に感動しました。
〈引用始まり〉
「いつも部下たちには,こう言って聞かせるんですよ。お前ら,書店さんにワンコインを握りしめてコロコロコミックを買いに来るお子さんのことを思い浮かべて作れ。と小さくて柔らかい手でページをめくっても,手が切れたりしないでしょう。あれはすごい技術なんですよ。一枚の紙を厚くすると,こしが強くなって指を切っちゃう。そこでパルプ技術の繊維結合を弱めながら,それでもふわっと厚手の紙になるように開発してあるんです。」
〈引用終わり〉
午後は,部活の練習試合でした。夕方になると冷え込みが激しくなり,腰にきました。
腰を大事にしなければいけません。
今日から弥生,三月,桜の季節です。温かくなれ!(2015年2月)
社会科の授業名人である有田先生の追悼文集です。
私も社会科教師の一人として,初任者の頃から有田先生の本は読んできました。
その中から,いくつもの資料を使わせていただいたり,発問づくりの参考にさせていただきました。
身の回りのいろいろなもの,風景,人などを資料にする面白さも学びました。
この本の巻頭には,カラー写真が掲載れています。
中でも参考になったのは,有田先生の手帳です。
3年間分のスケジュールが記入できるようになっている形式のものでした。
この手帳1冊あれば,去年の今頃は何をしたかすぐにわかります。
スケジュール管理には,便利な手帳です。探して,購入しようと思います。
最後は,野口先生の追悼文が掲載されていました。
この本を読み終えた時,以前,熊本で有田先生と野口先生が一緒にご出席された懇親会を思い出しました。
談笑されていた有田先生の姿が今も目に焼き付いています。
合掌。 (2015年3月)
現在の教師という仕事は,情熱と使命感と子供が好きというだけでは絶対にできません。
明確な教育観とそれに基づく教育技術,そして仕事を楽しむ気楽さと開き直りが必要だと思います。
30年近く働いてきた本音です。
そんな本音がぎっしりと詰まった1冊です。
今までに,こんなストレートな教育書は読んだことがありません。
しかも,私の考えにとても近いことに驚きました。
この本を基にして,新年度の策略を立てたいと思います。(2015年3月)
忙しい日々が続いています。
しかし,そんな時はこの本をパラパラと眺めるといいでしょう。
昔から,自由律俳句が好きで,種田山頭火や尾崎放哉などを好んで読んできました。
そんな,自由律俳句みたいな詩がたくさん載っている本です。
エッセイストのせきしろさんとお笑い芸人の又吉さんが交互に詩を詠んでいます。
忙しい時は,何にも気にかけない風景でも,心に余裕があったり,時間を持て余したりした時に,はっと感じるものが目に入ってきます。
そんな風景を面白く詠んでいます。
中でも,次のうたが気に入りました。
「桜の花びら踏んでも音はしない」(又吉)
「これも頑張れば燃えるゴミだろう」(又吉)
「昨年の節分の豆が転がっている」(せきしろ)
「こんなにも時計の音がきこえていたのか」(せきしろ)
私も最後に一句つくってみました。
「クスリと笑う暇があったことに驚く」
(2015年4月)
著者の近藤真さんは,市内E中学校の校長先生です。
2年前の夏,近藤校長先生から突然電話がありました。
お名前は知っていましたが,面識はありませんでした。
電話の要件は,E中学校の校内研修で道徳授業について話してほしいというものでした。
校長先生から直接お願いがありましたので,快諾しました。
そして冬に,E中学校の先生たちを相手に道徳授業づくりについての講義をしました。
校内研修会が終わってとても学ぶ意欲が高い教師集団だという感想をもちました。
それも,近藤校長先生の学ぶ姿勢が職員に伝わったのだと思います。
こんな研修会によんでもらったことを素直に喜び,また,多くの先生たちとの新しい出会いが生まれたことに感謝しました。
この本を読むと,近藤校長先生の磨かれた感性と生徒に対する深い愛情が伝わってきます。
その感性に応えるような素晴らしい生徒たちの言葉と美しい心に感動します。
この本を読んでいくうちに,2人の人物を思い浮かべていました。
一人は,作家の灰谷健次郎さんです。
そしてもう一人は,灘高校の伝説の教師である橋本武さんです。
この本にちりばめられた近藤校長先生の言葉のいくつかをノートにメモしました。
その1つを紹介します。
<引用始まり>
「教育問題は日々報じられ論じられている。しかし,こんな状況を変革するヴィジョンと力は,小状況に誠実に向き合うなかで生まれる。教師の仕事のほとんどは,教育哲学と使命感という武器を懐中に忍ばせての無数の小さな「具体状況」との格闘なのだ。」
<引用終わり>
近藤校長先生は現在休職中です。
早く現場に復帰されて,道徳授業のみならず,教育について,教師について,学びについて,哲学について,たくさんの質問をしたいと思います。
そして,ほんのちょっぴり私の意見をきいてもらいたいと思っています。
そんな日がくることを切に願っています。(2015年4月)
分かりやすいストーリーで,生き方を指南してくれるのが,喜多川さんの本です。
また,とても読みやすいのが特徴です。
この本は,「子供は親を成長させるために生まれてくる」ということを教えてくれます。
普通ならば,「親は子供を成長させる」となるのでしょうが,この逆もまた真なのです。
そう言えば,子供の寝顔を見れば,安心し明日の活力が湧いてきたものです。
子供は2人とも,成人してしまい寝顔を見ることもなくなりました。
しかし,家族の大切さは実感しています。
(2015年4月)
国語の作文指導とパソコンとは,あまり結びつかないという先入観を持っていました。
しかし,この本を読んで作文が苦手な生徒にとっては,パソコンが動機づけのツールとなりうることがわかりました。
現在,パソコンやタブレット,電子黒板を活用した授業が多くなってきているようです。
研究発表などでは,「ICT活用」と言う言葉も見られます。
しかし,パソコンはあくまでもツールの1つにすぎません。
そんなことを,近藤先生はこう書かれています。
<引用はじまり>
いま,コンピューターと教育について考え,その実践に取り組もうとするとき,いちばん大切なことは,われわれがコンピューターへの「惑溺」から自由になる,ということではないか」
<引用終わり>
※惑溺とは,あることに夢中になり,本心を忘れること
ちなみに,この本の初版は,1996年に発行されました。
今から,20年以上も前にコンピューター活用の問題点を指摘されていることに頭が下がります。
(2015年5月)
教育雑誌を読むと,自分の実践がいかに独りよがりであるかが分かります。
我流で満足しないためにも,定期的に教育雑誌を購読することは大切なことだと思います。
以前は,「社会科教育」「現代教育科学」「楽しい学級経営」「道徳授業を楽しく」などを毎月読んでいました。
しかし,現在定期購読している雑誌はこれだけです。
この雑誌には,全国のセミナーでお会いした先生方の新しい実践が数多く掲載されていて,毎会楽しみにしています。
今回,一番興味を持ったのは,鈴木健二先生の連載記事「なぜ授業がうまくいかないのか」でした。
自分の道徳授業づくりにヒントを与えてくれました。 (2015年5月)
作者は,マンガ「テルマエロマエ」で一躍有名となったヤマザキマリさんです。
この本を読むと,元気が出てきます。悩んでいることから少し解放されます。
その理由は,ヤマザキさんの波乱に満ちた人生に圧倒されるからです。
この本は,ヤマザキさんの体験から導き出した人生論です。
その一部を紹介します。
〈引用始まり〉
「自分が暮らしている町でもなく,国でもなく。自分が生きているこの宇宙,この地球で生きているありとあらゆる生き物,そういうすべてをふくんだ宇宙,そこまで地図を広げていったら,ものの考え方や見方も変わるんじゃないか。単純に地球があって,太陽があった,この環境の中で生きていける生命体として,私たちは命を授かったのだから,まず,「生きてりゃいいんだよ」。これが基本。
生きていいから,生まれてきたんですよ。
それなのに,なぜ生きていくのとか,仕事がどうとか,人間関係がどうだとか。私に言わせれば,そんなものは,あとからなすりつけたハナクソみたいなものです。」
〈引用終わり〉
物事や自分を巨視的に捉えることで,大切なことが見えてくるのだと思います。
たまには,こんな考え方をしたほうがいいと思えた1冊です。
(2015年5月)
年数を重ねていくうちに「来る者拒まず,去る者追わず」というスタンスに変えました。
学びたいと近寄ってくる教師に対してのみ,アドバイスをしたり,資料を提供したりするようにしたのです。
(もちろん,野口芳宏先生の「本音・実感・我がハート」は大切にしています。)
この本から,日本の教育に対する私憤を感じます。
同時に,日本の教育を何とかしたい,すべきだという気概も感じます。
これは,著者自身が現場教師としての経験を持っているからでしょう。
授業が苦手な教師は,次の2つの力をつける努力をすべきだと強調しています。
①指示
②説明
なるほどと思います。
この2つがとりあえずしっかりとできれば,50分間の授業が授業として成立します。
最後に著者は,教師として身につけてほしい3つの力として
①精神的タフネスさ
②積極的行動力と,それに関連する思考力
③自己認識と他者認識
を挙げています。
なるほどと思います。
私が退職する頃は,20代教師が大幅に増加します。50代と20代教師がそのまま入れ替わるようになるのです。
この20代教師をどうやって育てるのかが,大きな問題となるはずです。
公的な研修だけでは,一人前の教師として育てることは難しいと誰もが分かっています。
身近にいる現場教師の存在が重要になってきます。
となれば,この20代教師を育てるはずである現在の30代教師を育てておくことが大切なのです。
10年後,入ってくる20代教師を「残念な教員」にしないためにも,今から手を打っておくことが必要なのです。
10年後,本県の教育は大きく変わるポイントがやってくると思っています。(2015年5月)
人の心は言葉によって変わります。
心は,相手が発した言葉によって一瞬で,変わります。
心ない誰かの一言で,嫌な気持ちになったり,暗い気分になることもあります。
逆に,落ち込んだ時などは,誰かの一言で気分が楽になることもあります。
言葉には,大きな力があるのだとつくづく思います。
ですから,いろいろな言葉を習得しておこうと,いろいろな本を読んだ時にメモをとっています。講演会でも,メモをしています。
ドリアンさんは,次のように言っています。
〈引用始まり〉
「言葉はいたるところにあふれていますが,そのみなもとは人の内側です。すべてそこからやってきます。口から出る前,あるいはペン先やキー操作で文字に変わる前はそこにしか生息できません。心と言葉を切り離すことはできないのです。だから,心に風が吹く時は,言葉も乱暴にそよぎます。心の中に意地悪の種がある時は,言葉まで意地悪な色に染まります。心に温かな日溜まりがあれば,言葉にぬくもりが宿ります。また,逆も言えるかもしれません。言葉を明るくしてやれば,心も明るくなっていくはずです。」
〈引用終わり〉
そのとおりだと思います。
言葉は,心です。
言葉は,人柄です。(2015年5月)
久々に出ました★5つ本です。
書名に説得力とありますが,これは教師の哲学を説いた骨太的な内容となっています。
ページをめくるたびにマーカーを入れるぐらい,濃い内容です。
話術についてマーカーを入れた部分を紹介します。
「聞く」という作業は重労働なのだ。わかりにくい話は,さらに聞き手に負担を与える超重労働を強いることになる。そんなわかりにくい話になってしまうのには,主に二つの理由がある。
一つ目は,要するに何を言いたいのかわからないということ。
二つ目には,話の内容イメージがわかないような話であるということ。
野口芳宏先生の話とつながる部分もあり,大いに参考になりました。
最後に目次に一部を紹介します。
・愛と気概の人になる。
・師をもち,師に学び,師を真似る
・机の上は頭の中を映す
・揺れながら安定すればよい
教師とは,こうあるべきだという熱い哲学を学ぶことができた1冊です。(2015年6月)
本号の巻頭論文で土作彰先生が書いていた言葉に大きく頷きました。
その部分とは,
〈引用始まり〉
「自分の人生がよい方向へ向き始めた」きっかけは何ですか?おそらく次の二つ以外にはないのでしょうか?
「出来事」と「言葉」
それらの経験が自分の思考を変え,結果的に人生を変えることになった。そうではないでしょうか。
また,教育活動そのものが教師に用意された指導言=「言葉」や授業=「出来事」の集合体だといえるでしょう。
〈引用終わり〉
その通りだと思います。
となれば,教師は自分が発する言葉には,大きな影響力があることを自覚すべきだと思います。
さて,この土作先生がいよいよ27日(土)に佐世保にいらっしゃいます。
「教師修業2015夏」です。
まだ,残席がありますので,みなさんの参加をお待ちしております。(2015年6月)
この雑誌に連載をしている教師は,子供の細微を常に観察しています。
細微に気づく力を持っています。
細微の変化を見つけ,的確に褒め,的確に指導します。
私自身まだまだ,これぐらいでいいかなと考えてしまう部分もあります。
こだわって,考え抜いて,対策を練ります。
ここが教師のやりがいになります。
うーーん,難しいです。
教師を楽しむということは,ここにあるのだと思います。 (2015年6月)
私が所属している全国サークルである「道徳のチカラ」の機関誌の最新号です。
本号の特集は,「ヒドゥンカリキュラム」です。
このヒドゥンカリキュラムの自己点検について,島根の高田先生は次のように書かれています。
①くどくど言っていませんか。
②指導したいことをすぐに口に出していませんか。
③笑顔で尋ねていますか。
④言ったことはやっていますか。
⑤見て見ぬふりをしていませんか。
①〜⑤を毎日やっているような先生は,おそらく生徒との信頼関係をうまくつくることはできないでしょう。
もちろんこれ以外にも,多くの方法があると思います。
熊本の橋本先生は,次の10個を挙げています。
①教師が上機嫌で過ごしているか。
②あいさつを自分から進んで行っているか。
③名前を呼んだ時にきちんと返事をさせているか。
④教室や自分の机の整理整頓ができているか。
⑤子供のノートを毎日見ているか。
⑥子供の挙手が少ない時にそにおままにしていないか。
⑦子供と一緒に掃除をしているか。
⑧全員の子供に声をかけているか。
⑨怒鳴らず,落ち着いた声で話しているか。
⑩子供に褒め言葉をたくさん言っているか。
それぞれの教師が特性を生かして,「ヒドゥンカリキュラム」をつくっていけばいいのです。
この「ヒドゥンカリキュラム」の有効性をしっかりと意識して,生徒と接している教師がどれぐらいいるのでしょうか。疑問です。
(2015年7月)
こんな本を待っていました。
野口先生の人生を扱った本です。
野口先生の講座で,ご自身の人生について部分的に話されていましたので,おおよそは知っていたつもりでした。
しかし,この本によって野口先生の人生を知り,様々な経験によって実践が生まれたことがよくわかりました。
また,経験を意図的に積まれた結果,あのような魅力を醸し出していらっしゃるのです。
私の教師人生を大きく変えていただいた「師」の一人である野口先生の凄さを再確認した1冊です。
1年に1回は野口先生とお会いしたいと思い,セミナーに参加するようにしています。
今年は,この夏に佐賀の研修会に参加する予定です。
とても楽しみにしています。 (2015年7月)
以前は,アイドルや芸能人が書いた本というだけで,敬遠していました。
しかし,最近は中身を見るぐらいはしようと心がけています。
もちろん,少ない小遣いで本を買う訳ですから,慎重に選ぶ必要はあります。
ということで,学校の図書室から借りました。
夏休み中は,生徒がいないため図書室の本が借り放題となります。
ここでも,小遣いが少ない私にとっては好都合です。
さて,この本ですが,あまり得るものはありませんでした。
指原さんのあいさつについて書かれた部分は,生徒にも紹介できると思い,少しだけメモをしました。
夏休み中に,どんどん読破しないと100冊が厳しくなってしまいます。
がんばって,図書室から借ります。 (2015年7月)
この書名は少々オーバーな感じがします。
しかし,家庭訪問や教育相談で保護者にどんな話をすればいいのか悩んでいる教師は,是非読んでおくことをすすめます。
こんな話をすれば,保護者をジワジワと感化できそうです。
全編分かりやすいたとえ話であり,是非,生徒にも伝えたい話もありました。
(2015年7月)
学校現場は「生徒のため」という理由だけで,思考停止になることが多々あります。
例えば,部活指導中や試合の時に生徒に罵声を浴びせる監督やコーチがいます。
例えば,全職員(一部職員を除く)が何らかの部活顧問になり,土日祝日でも指導にあたっています。
このような思考停止を著者は,「教育の病」と捉えています。
この本で取り上げているものは,ページから抜粋すると以下の通りです。
①体育大会の組体操
②2分の1成人式
③部活動指導中の体罰と事故
④部活顧問の過重負担
⑤柔道部での死亡事故
です。
特に④について,部活動指導は教師として当たり前だと考えている保護者が多いように思います。
是非,このページだけでも読んで欲しいと思います。
一般企業に当てはめれば,「ブラック企業」と言われても仕方がない状況です。
ただ単に,「生徒のため」という理由だけで行うのではなく,そのリスクをしっかりと考える必要があることを教えてくれる重要な1冊です。
部活動指導について,ネット上で声を上げている公立中学校の女性教師のブログを紹介しておきます。http://bukatsu1234.blog.jp/
内田さんが立ち上げている「部活動リスク研究所」も紹介しておきます。http://www.rirex.org/index.html
是非,一度のぞいてみてください。
(2015年7月)
今日は1日中,部活の練習試合でした。
熱気でむせ返る体育館での練習試合で,疲労困憊になって帰宅しました。熱中症で倒れることが他人事ではないと思えるような1日でした。
こんな状況で審判をしていた先生たちには,本当に頭が下がる思いでした。
しかし,生徒たちのがんばる姿を見ると若さの素晴らしさを感じざるを得ませんでした。
さて,この本は先週,福岡で行われた野中信行先生のセミナーで購入しました。
野中先生がこの本の監修をされているからです。
「味噌汁・ご飯」授業の魅力と実力を伝える好著です。
研究授業に力を注ぐのではなく,日常授業のノウハウをしっかりと身に着けることがとても大切なのです。
一斉授業もしっかりとできない教師が,班学習や共同学習や学び合いなどがうまくいくとは思えません。
日常授業における,発問,指示,説明,机間巡視,フォローがしっかりとできるようになって初めてステップアップできるのです。
驚くのは,この本で紹介されている新採2年目程度の若手教師の実践記録です。まさにベテランのような授業なのです。
詳しく知りたい方は,この本を読んでみてください。
特に若手教師に読んでもらいたい1冊です。(2015年8月)
アホウドリという名前は,簡単に捕獲できる鳥ということでつけられたそうです。
明治から大正にかけて,羽毛採取やはく製づくりのために何百万羽というアホウドリが撲殺されました。
この羽毛やはく製の取引価格が非常に高いため,一獲千金を狙って多くの日本人が南洋に浮かぶ小さな島々に進出したのです。
その結果,図らずも日本の領土が確定していったのです。
まさに,アホウドリが日本の歴史を変えたのです。
冒険的な内容も紹介されており,冒険本を大好きな私にとって,とても興味深く読破しました。
著者の平岡さんは,構想から執筆まで40年もかかったと書かれています。
資料もそれほど多くないこのテーマに挑んだ平岡さんに敬意を表します。
この分野は歴史地理学というものだそうです。
中世ドイツ史で有名な阿部謹也先生は,中世ドイツの庶民の生活を調べるために,まずは当時の地図を用意したそうです。
その地図を見ながら,山の形,川の流れなどをイメージすることで,庶民の生活がより鮮明に浮かび上がってくると話されていました。
これも歴史地理学と言ってもいいのかなと思います。
何だか推理小説みたいで面白いです。(2015年8月)
今日は,朝7時半ぐらいから教具室の整理を行いました。
朝の涼しい時間帯を使って,不要になった社会科の教具を処分しようと考えました。
しかし,校舎の3階は朝であっても,昨日の熱気がこもった感じで全然涼しくありませんでした。
諦めて作業を始めましたが,購入年が昭和の掛け地図やOHPシートやスライド資料が次々と出てきて,その懐かしさでついつい作業が止まってしまうこともありました。
昔は,こんな教材を使って授業をしていたことを若い先生たちは全然知らないでしょう。
OHPすら知らないのではないでしょうか。
途中から,管理人さんやもう一人の社会科担当が加わり,2時間弱で終わりました。
Tシャツとジャージがあっという間にビシャビシャになっていました。
さて,この本は,「リアル鬼ごっこ」や「親指さがし」などホラー小説が中学生に大人気の作家,山田悠介さんが書いたものです。
ホラー的な内容ではなく,心温まる内容となっています。
いま一つでした。(2015年8月)
久々の重松作品を読みました。
短編集です。
性に憧れる少年もの,家族もの,ちょっと怖いものなどバラエティに富んだ作品が収録されています。しばらく遠ざかっていましたが,重松さんの作品を読みたくなりました。
(2015年8月)
今日は,朝5時に目が覚めたので読書を1時間ぐらいして,その後,散歩をしました。
涼しい風が心地よかったです。
その後は,朝から網戸の張り替えをしました。
枚数も結構ありましたので,なかなかの作業になりました。
午後は,運動不足を解消するという目的のために,帰省した息子と一緒にバッティングセンターに行きました。
20年以上も打っていませんでしたので,50球打ったぐらいで手にマメができつぶれてしまいました。情けない限りです。おそらく明日は,いろいろな部位が筋肉痛となるでしょう。
夕方は,妻の実家での会食をしました。これは,お盆の恒例行事になっています。
さて,この本の内容です。
高額ですが奇妙なバイトのために12人の男女が「暗鬼館」に集められます。
ここに7日間,閉じ込められて,あるルールに従って実験が行われるのです。
しかも12人には,それぞれ1つずつの凶器が与えられています。
そして,この閉ざされた空間の中で,次々と殺人事件が起きるのです。
すべての人間があやしいのです。しかも,ずべての人間に動機があるのです。
さあ,犯人はだれなのか。(2015年8月)
放哉と書いて,ピンとくる人はそんなに多くはないと思います。
放哉とは,俳人,尾崎放哉(ほうさい)のことです。
また,山頭火とは,俳人,種田山頭火(さんとうか)のことです。
この2人の共通点は2つあります,
1つは,自由律の俳句をつくったということ。
2つは,社会からドロップアウトして,死に場所を求めていたということ。
この2人の俳句を読むと,暗いから嫌だという人が多いと思います。
しかし,私はこの2人の俳句が大好きで,今までに数冊の本を読んできました。
この本は,放哉と山頭火の人生を重ねているところに魅力があります。
では,2人の句をいくつか紹介します。
放哉
「なぎさふりかへる我が足跡も無く」
「足のうら洗へば白くなる」
「こんなよい月を一人で見て寝る」
「大空のました帽子かぶらず」
「春の山のうしろから烟が出だした」
山頭火
「まっすぐな道でさみしい」
「なみだこぼれてゐる,なんのなみだぞ」
「分け入っても分け入っても青い山」
「何かを求る心海へ放つ」
素晴らしい感性です。
何回も読むと涙がでそうになります。
(2015年8月)
今日は,朝から部活に行きました。小雨の影響もあったと思いますが体育館の中は随分と涼しくなりました。
帰宅後,ゆっくりとこの本を読みました。
結論から言えば,とても面白いミステリーです。
設定がすごい。
主人公は60代の目が見えない男。
背景は,中国残留孤児問題。
ラストは,なるほどとうなづくばかりでした。
目が見えない主人公が,謎をどうやって解決していくかは読んでからのお楽しみです。
ラストまで一気に読ませます。
今年の夏は,いいミステリー作品と出合うことができました。 (2015年8月)
前半は,公武合体策の切り札として,政略結婚をさせられた皇女和宮様について,描かれています。
和宮様が江戸に向かわれるための興入れの行列が何と50㎞までになったそうです。
後半では,ドラマでも取り上げられている高杉晋作が描かれています。
高杉や吉田松陰,坂本龍馬,勝海舟に大きな影響を与えた学者に,横井小楠(よこいしょうなん)がいます。
この漫画でも出てきますが,興味を持ちましたのでこれを機に調べてみようと思います。
年に2回ほどしか出版されませんから,ストーリーをなかなか覚えていません。
ですから,暇の時に読み直すようにしています。
この漫画を全国の中学校の図書館に入れて欲しいと思っています。
そうすれば,もっと歴史を好きな生徒が増えます。と同時にディープな生徒も増えます。
(2015年9月)
先日読破した「闇に香る嘘」でファンになりました。
そこで,下村さんの最新刊を購入し読破しました。
設定はどこかで読んだことがあるようなものでしたが,最後の最後で驚きが待っています。
山岳小説が好きな人にとっては,ちょっぴり物足りない感じがすると思います。
しかし,ミステリーとしては面白い仕上がりになっています。
下村さんの小説はあと1冊「叛徒」があります。
是非,読もうと思います。 (2015年9月)
10代末に失明し,その後目が不自由な人のために様々なことにチャレンジしていく田中さんの生き方に感動します。
例えば,日常品に点字の説明をつけることや道路にる点字ブロックの工夫,日本点字図書館での仕事など精力的に活動されています。
本当に目が不自由な人が書いた本だとは思えません。
この中に,デジタル教科書の不安について,次のように書かれています。
〈引用始まり〉
「目が見えない子どもにとって,この画像や動画が曲者なのです。今の教科書でも絵や写真,図がふんだんに使われていて,点訳者にとって悩みの種です。簡単な図なら,触ってわかる蝕図にすることができます。しかし,複雑な図や写真をどうやって目の見えない子どもに伝えるのかは,点字教科書を作るときに大問題なのです。それに動画が加わったらどうなるのでしょうか。」
〈引用終わり〉
一番驚いたのは,この本(242ページ)を6つのキーだけで書かれたということです。
この本を読んで,自分が知らない世界がまだまだたくさんあることに改めて気づかされました。
(2015年10月)
この本は,巷にある教育ハウツー本とは全く違います。
教師としての哲学を持つことの大切さを語っています。一番共感したのは,「十割主義から六割主義へ転換する」という部分でした。
50代中盤にさしかかって教師生活も残りがわずかとなってきた今,この言葉が胸に刺さりました。
言い方をかえれば,ある程度の仕事を譲り若手を育てることだと思います。
初任者が読むよりも中堅クラスの教師が読むといいと思います。
教師人生の折り返しを過ぎた頃に読むと実感としてよくわかると思います。
しかし,値段がちょっと高すぎませんかね。 (2015年10月)
中村健一先生は,注目している先生の一人です。
いろいろな授業を参観して感じることは,中学校教師は,生徒をなかなかほめないということです。
道徳授業でも,いいことを発表する生徒がいても,軽く流している教師もいます。
そんな時,私はこう言っています。
「今の○○さんの意見は,とても素晴らしいと思います。素晴らしいと思った人は拍手!」
また,教科の授業ではなかなかできない生徒が,道徳授業でいい意見を書いた時には,頭をなでたりします。
こういったほめることを基本にして,生徒をその瞬間にフォローするのです。
フォローをしっかりとやっている教師は生徒とのいい関係ができています。
そういった意味でも,中学校教師はもっとフォローを勉強し,もっと実践していくべきだと思います。 (2015年10月)
教育雑誌を読むときは,必ずマーカーを持っています。
気になった部分にすぐにマーカーを入れていきます。
その後,マーカーをつけた部分をノートに書きだしています。
こうすることで,読み飛ばすことなく真剣に読むことができるのです。
さて,今回は「教師のチカラ」の最新刊を読みました。
その中でマーカーをつけた部分をいくつか紹介します。
・子どもと繋がることを大事にされています。こうした先生の姿があるから,「ダメ出し」と「やり直し」を子どもたちが受け入れているんだと思います。
・「待たない姿勢」
・悪しきヒドゥンカリキュラムの排除
・互いの良い行動を子どもたち同士で評価しあう場面をつくっていました。
あとは,やはり鈴木健二先生の「ねらいを焦点化する」という記事が勉強になりました。
教育雑誌を読まなくなってしまいましたが,この雑誌は毎号読んでいます。
年間に4冊というスタンスがいいのかもしれません。(2015年10月)
この本が価値があるのは,大学教授や教育評論家でなはなく,現場の一教師が書いたからです。
しかも,教育書ではなく新書として出版されたことが重要だと思います。
教師以外の人も手に取って読む可能性が高いのです。
教育現場が現在どのようになっているのか,教師がどんな立場に置かれているのか,知ってもらうための良本だと思います。
「スクールカースト」という視点で生徒の問題行動を分析するところに興味を持ちました。
また,生徒だけでなく,職員の「スクールカースト」までも言及していて,うなずく部分も多かったです。
さっそく明日,各学級の様子を「スクールカースト」という視点で眺めてみようと思います。
そうすることで,新しい発見があると思います。(2015年10月)
日本人は,漢字を改良し創作することによって様々な思いを込めていることが分かりました。
「人という字は,2本の線が互いに支え合っている」などは,日本人らしい解釈です。
陽射しと日差し,会うと逢うなど微妙な使い分けも日本人の細やかな心が表れています。
しかし,この文には驚きました。
〈引用始まり〉
「日本人は,おおらかで自由に遊ぶように文字を使うときがあるが,その一方で官吏以上に几帳面なときもある。漢字の一点一画をたまたま見た明朝体活字のように書かないとバツにする,どちらでもよいはずの「とめ・はね」までどちらか一つに強要する,といった硬直化した姿勢が,年配の教員にまで及んできている。漢字を毛筆で,ときには楽しみながら書いたころとの実状との意識の断絶は,すでに取り返しがつかないほど著しい。」
〈引用終わり〉
書き順やとめ・はねには,絶対的な基準はないということです。
驚きです。
最後に掲載されていた面白い地名を2つ紹介します。
1つ目は,日本1長い地名です。
「京都府京都市東区三条南裏二筋目白川筋西入二丁目南側南木之元町」
2つ目は,しが8回も繰り返される地名です。
(2015年10月)
ちくまプリマー新書は,わりと好きで新刊はだいたいチェックしています。
中学生向けにやさしくわかりやすく書いてあるからです。
(もっと好きだったのは,評論社のよりみちパンセでした。)
さて,この本の良さがよく分かりませんでした。残念です。
先日,道徳授業を公開しましたが,保護者からのコメントが4通も届きました。
1通でも来れば御の字と思っていましたので,大変うれしいです。
こんなところから,道徳授業を通して学校と家庭がつながっていけばいいと思っています。
このつながりと交流が広がっていけば,生徒の道徳性は高まっていくと思っています。
(2015年11月)
本格的な読書に目覚めたのは,中学1年の頃です。
それからは,横溝正史の本をすべて読破し,次は国内の有名な推理小説にはまり,次は,海外の推理小説にはまりまくりました。
その後,映画の「犬神家の一族」にはまり,「悪魔の手毬唄」「獄門島」など市川作品を次々と観に行きました。
戦後すぐの混乱した時代を背景に,おどおどろしいストーリーが展開します。
そこに,探偵である金田一耕助が登場するのです。もうワクワクが止まりません。
市川監督の作品は,次々に切り替わる登場人物たちのアップ,闇の恐ろしさを表現する照明の妙技。
一気にファンになりました。
そんなこんなで,タイトルに惹かれて購入しました。
金田一耕助役の石坂浩二さんのロングインタビューが面白かったです。
(2015年11月)
1925年生まれの小熊謙二さんは徴兵されて満州へ送られました。その後,シベリアでの抑留生活が待っていました。
1948年にようやく帰国できたのもつかの間,結核に犯されてしまいます。
この本は,小熊謙二さんの息子である,英二さんがインタビューして書いたのです。
父の人生を通して,普通の人が生きた戦前,戦中,戦後を描いています。
この本が素晴らしいのは,当時の生活を細かく紹介している点です。例えば,街並みや当時の物価,給料など具体的な数字を紹介しています。
悲劇的な人生を描いているのですが,激しい感情を表すこともなく冷静な目で自分が置かれた状況を語っています。
謙二さんの最後の言葉が心にしみます。
しかし,これだけ厚い岩波新書を読んだのは初めてでした。389ページです。
〈引用始まり〉
さまざまな質問の最後に,人生の苦しい局面,もっとも大事なことは何だったのかを聞いた。シベリアや結核療養所などで,未来がまったく見えないとき,人間にとって何が一番大切だと思ったか,という問いである。
「希望だ。それがあれば,人間は生きていける」
そう謙二は答えた。
(2015年11月)
熊本のU先生からいただいた本です。
読もう読もうと思っていましたが,分厚いのでちょっと手を出すことをためらっていました。
そこで,鹿児島出張の行き帰りで読もうと決意してバッグに入れていきました。
内容は,1996年に起こったエベレストでの遭難を扱っています。
日本人を含めて6名の犠牲者が出た,最大の遭難事故でした。
今までに,多くの山岳小説や登山のンフィクションを読んできましたが,ここまで丁寧に細かく取材した本はないと思います。
エベレスト登頂を成功させたのち,下山途中で荒天に遭い遭難してしまった様子を数多くの関係者から細かく聞き取りを行い,事実を探っています。
先日,栗城さんがエベレスト無酸素単独登頂を断念しましたが,この冒険がいかに難しく危険なものなのか改めてわかりました。
(2015年11月)
門田さんの作品はすべて読んでいますので,いつも新刊を心待ちにしています。
この本を読み終わると,日本人にとって日本がいかに遠い国かを痛感することになります。
現在,日本の法律では,内戦やテロなどが原因で外国で孤立した日本人を救助できないことになっています。
そのことを,イラン・イラク戦争,湾岸戦争,イエメン内戦,リビア動乱で起こった実際の事件を通して描いてます。
本当に,日本は独立国家なのでしょうか。そんな疑問さえ起こってきます。
エルトゥールル号遭難事件が日本とトルコをつなぐ大きな絆となっているところに感動しました。
国家というものは,万難を排して国民を守るべきではないでしょうか。
(2015年12月)
例えば,道にゴミが落ちていて,それに気づいたとします。
おそらく,瞬間的にこんなことを考えるに違いありません。
①「道にゴミが落ちていると,きたないなあ」
②「誰が捨てたんだろう。迷惑だなあ」
③「このゴミを拾ったらきれいになるなあ」
④「このゴミを拾おうかな」
⑤「人のゴミをどうして拾わなくちゃいけないのかなあ」
⑥「拾うのもめんどくさいなあ」
⑦「周りの人に見られるから恥ずかしいなあ」
⑧「ゴミを拾うとなんかいいことをした気分になるなあ」
さあ,この場面では,学習指導要領に記載されている,どの道徳的価値と関わりがあるのでしょうか。
おそらく,
4 主として集団や社会とのかかわりに関すること。
(2) 公徳心及び社会連帯の自覚を高め,よりよい社会の実現に努める。
だと思います。
この道徳的価値が大切であると認識している人は,ゴミを拾う可能性が高くなると思います。
では,この道徳的価値をどうやって認識するのでしょうか。
親や家族の躾でしょうか。
道徳授業でしょうか。
それとも誰からも教えてもらわずに生まれた時から認識していることなのでしょうか。
学校生活では,廊下や教室にゴミが落ちていても拾わない生徒や教師がいます。
そういう人は,親の躾が身についていないのでしょうか。
道徳授業を受けてこなかったのでしょうか。
このように深く考えていくと,道徳とは何かとても難しくなります。
この本の著者は「道徳の本音を,仲間らしくしなさいという掟」としています。
そして,この掟は次の2つの要素から成り立つそうです。
1つは,仲間に危害を加えない。(仲間の範囲が変わっても内容は不変)
2つは,仲間と同じように考え,行動しなさい。(仲間の範囲とともに内容も変化する)
何となく分かりはするのですが,なるほどそうなのかと大きく頷くまではありません。
学校で,ゴミを拾うことの大切さを扱った心に響く資料を使った道徳授業をすることで,ゴミを拾う生徒が増えることを信じています。
そんなにうまくいくわけがないのですが,道徳授業のチカラを信じて,実践しているのです。
(2015年12月)
先週の大阪往復で3冊を読破しました。
その1冊がこの本です。
教育の効果について,絶対的なデータはないように思います。
そのため,自分の経験や印象で語ることが多いため個々の主張が違ってくるのです。
また,学力が高い理由を示すデータを示すことが難しいのは,様々な要因があるからです。
例えば,教師の授業力であり親の経済状態であり教育社会資本の充実度であったりするのです。
このことを中室さんは,次のように書いています。
〈引用始まり〉
文部科学省は,「全国学力・学習状況調査」という学力テストの結果を用いて,子どもの学力と家庭環境にどのような関係がみられるかを分析しています。その分析によると「親の年収や学歴が低くても学力が高い児童の特徴は,家庭で読書をしていること」だとされています。この結果を受けて,多くのメディアは「子どもに読書をさせることが重要だ」と報道しています。はたしてこの報道は正しいのでしょうか。(中略)
つまり,読書をしているから子どもの学力が高い(因果関係)のではなく,学力の高い子どもが読書をしているにすぎない(相関関係)可能性があるのです。
〈引用終わり〉
この本が面白い理由は,教育について科学的な根拠を求めようとするところです。
つまり,様々な実験を通して出たデータに基づいて書かれているのです。
学年通心のネタとして使いたいと思います。
(2015年12月)
簡単に言えば,一人の青年の人生をそれぞれの時代背景とともに描いている本だと言えます。
しかもこの青年は美しい顔,素晴らしいスタイル,優れた頭脳,優しい心などどれをとっても欠けている部分はないのです。
ただ一つ,幼い頃に何者かによって「男性器」を切り取られてしまった以外は。
生物が生きる目的は何ででしょうか,それは種の保存だと思います。
人間も生物の1種ですから,人間が生きている目的は種の保存なのです。
こう考えると人間がもつ様々な欲望の中で,一番強いものは「性欲」となるのです。
しかし,この青年は「性欲」から切り離された人生を送ることになりました。
つまり,人間ではなく「聖人」的な存在になったと言えます。
筒井康隆は,1970年代から3.11までを背景にした「聖人」伝を書いたのではないかと想像しました。
天才的な作家,ツツイですからなかなか難解な言葉を駆使して書いています。
しかし,その難解な言葉を使うことで現実とは違った寓話性を醸し出しているといってもいいでしょう。
以前読んだ「美藝公」と同じ香りがしました。
いろいろと深く考えるのではなく,数奇な人生を送った一人の青年の話と捉えるといいと思います。
100冊読破まで,あと15冊です。
果たして何冊まで読破できるか,冬休みに賭けます。
(2015年12月)