36年間の学びを保管する倉庫をつくりました。
セミナーや研修会,通信,ブログ,書籍などからいろいろなことを学びました。野口芳宏先生は「研修というのは,意図的に積み重ね,整理を加えることが大切である」と言われています。公的な研修会や研究授業などで多くのインプットはしますが,そこで学んだことを整理する,つまり「アウトプット」をしない教師が多いようです。ノートに書きだすことはもちろんですが,他の教師に説明するためのプレゼンをつくったり,実践に生かすための具体的な方策を考えることで,教師力が高まるのです。
授業がうまくなりたい,学級経営の腕を上げたいと考える教師は多いと思います。しかし,そのためにどんなことが有効か,どんなことをすればいいのか分からないと言う教師も多いと思います。
そこで,群馬県の元小学校教師である深澤久先生は,「自己分析」の必要性を主張されています。
(1)自己分析とは
A 意図した教育活動の構想
B 実際の教育活動
このAとBの差を評価することです。つまり,その差を生じさせた要因を確定する個人作業が「自己評価」なのです。
(2)なぜ「自己分析」が必要か
他の教育活動に適応,応用できる仮説的な(定理)を見つけ出すため。つまり,同じような失敗を二度と繰り返さないためであり,より効果的な教育活動を展開できる力量を身につけるためです。
(3)「自己分析」の方法
「自己分析」は通常的に行う。実践前段階の構想を持った教育活動に対して集中的に行うこと
がいい。例えば,単元ごとに行うなどが考えられます。このことで,「自己分析」は蓄積されて
いくことになります。
経験側で言えば,研究授業後の協議では,本人の授業反省や感想,参観した教師たちが授業に対する意見を言い合うことが多かったです。その結果,授業力が向上したどうかは疑わしいです。
大切なことは,その後の「自己分析」だと教えてもらいました。
授業の前後で,生徒にどのような変容が見られたか,そしてその原因を深く考えることをしてきました。
これは,あくまでも「個人作業」ということです。
野口芳宏先生は,教育が成立する条件として,「信」「敬」「慕」を挙げられています。
特に大切である「信」について,こう説明されています。
「信」
教育は信じ合う間柄においてのみ成立する。不信感を持つ人の言葉に耳を傾ける者はあるまい。教育はまず信用され、信頼される相互関係から出発するのである。教育の成立の第一条件は実にこの「信」の有無にある。
人と人の交わりの根幹は「信」であると福沢諭吉は強く訴えている。私たち教師は子どもをまず信じるところからスタートしなければならない。
「必ずよい子になる・よい子にさせる」と信ずればこそ、日々の実践に力が入り、希望につながり、楽しみが生まれてくるのである。
伸びていく子どもの姿を目のあたりした親は教師を信頼する。このようになれば、教師は自分の実践の手応えを感じ、日々生活できる。これに勝る教師としての喜びはあるまい。
まずは、ひたむきに子どもを信じ、子どもの成長を確信して事に当たるべく努めることが出発である。
つまり,生徒との信頼関係ができていれば,教育はうまくいくということです。
もっと言えば,教師の授業が多少下手でも,多少失敗しても,多少話が下手でも,多少運動が苦手でも,生徒はついてきてくれるのです。(全然ダメでは,教師として失格ですから,多少です)
そうであれば,教師は生徒との信頼関係づくりに力を注ぐ必要があるのです。
それを意識している教師はどれぐらいいるのでしょうか。
➀授業の開始と終わりの時刻を守る。
➁言ったことは必ず実行する。
③生徒のためにすぐに動く。
④生徒の変化にすぐに気づき,声をかける。
⑤ゴミをすぐに拾う。
⑥生徒と一緒に遊ぶ。
生徒は教師の日々の姿をしっかりと見ているものです。
夏休み中の早朝から駅伝練習に付き合うことも生徒との信頼関係をつくる上で大切なことだと思って実行しています。
そういえば,テレビドラマの「3年B組金八先生」で,金八先生がこんなことを言っていました。
「裏切られても裏切られても,それでも生徒を信じきるのが教師だ」
けだし名言です。
平成17年9月10日(土)に大分県宇佐市で行われた「学力研」の研修会に参加しました。随分,昔の学びですが,現在,現場で悩んでいる先生たちのヒントになることが多いと思います。
(1)教育書のhow-to地獄
うまくいった時といかなかった時の空白で学級は荒れていく。つまり整合性がないと荒れる。
(2)ワンパターンの授業は,安心して授業に参加できる。そのほうが子どもは授業の見通しが立つ。100の授業のうち95まではワンパターンでよい。
(3)壁がしっかりとしているから子供は登ろうとする=授業で鍛えれる。逆に壁がフニャフニャだと登れない。
(4)ノートは教師の指示に従って書く。どの生徒も同じノートになるはず。
(5)答えがいろいろ出るから一斉授業がよい。間違っているかどうかわからないから脳が鍛えられる。
(6)班学をさせて後,班発表(班の意見をまとめた発表)をさせない。
(7)ノートの最後に必ず,今日学んだことを書かせる。
(8)学んだことを数名に発表させる。低位の子はそれをまねして書く。まねする時間も必要。
(9)「学力の社会性」を自覚させる。学習規律の向上を図る。自分の発言が友達が考えるヒントになる。
(10)教育のないドリル学習は学力格差が生まれる。
(11)学校は特殊なところ。努力と成果が結びつくところ。
(12)算術から算数へ。まずは技を先に教える。それからなぜ,どうしてかを考えさせる。できない子も答えは出せるようになる。
(13)学級のスローガンは「自分の脳は自分で鍛える。みんなで鍛える」
(14)音読は,作者を意識させる。
2006年の県立N高校のパンフレットにT校長がこんな文を寄せていました。本音で書いてある硬派の内容に感動しましたので,保存していました。
「学力低下が問題となっています。これは1つには早い時期から”個性の重視”という大切なことが”好きなこと,興味あることだけ”と置き換えられてトータルとしての基礎学力が落ちてきているとも考えられます。(中略)私は,子どもが「コンピュータが好きだから」「生まれつき足が速いから」などというのは,”個性”だとは思っていません。本当の”個性”とは少年期に様々な可能性に挑戦してはじめて見いだせるもので,好き嫌いや興味だけで早い時期から可能性を限定することがかえって進路を狭め,結果的に個性を埋没させることになりかねないと考えています。(中略)
中途半端な気持ちでN高に来て欲しくないのです。「青春の試練」を自らの強い意志で乗り越えれば,きっと3年後に大きく成長した自分の発見に出会うことができる,N高はそんな高校です。目的はそれぞれ違っても同じ目標に向かって青春を謳歌する仲間とふれ合い,ともに高め合いながら真っ直ぐに突き進む,そんな高校生活を望む諸君の入学を心から期待しています。
280人の生徒がいれば必ず280番がいる。誇りある280番であればそれでよい。」
骨太の教育論です。「個性重視」という風潮が,真の「個性育成」を妨げとなっていると思います。いろいろな壁にぶつかり,限界を感じ,否定され,つぶされて,それでも残ったものが,真の「個性」だと思っています。真の「個性」は,そうかんたんにつぶれたりしないのです。
実践発表をする前に①
平成23(2011)年1月26日(水)に長崎県道徳教育研究大会県北大会に参加しました。この研究大会は,県北,県 央,県南という3つのブロックに分かれて持ち回りで開催している大会です。今年で34回を迎える 歴史ある研究大会でした。
本号では,この大会でどうして私が実践発表をすることになったという経 緯と大会に向けてどんなことを考えたのかを紹介したいと思います。
5月初めの市道徳部会で,この大会での実践発表を誰がするかということになりました。
この会に 限らず研究授業でもそうですが,よほどのことがない限り自分からすると言う人はなかなかいません。 学校では日頃から,生徒に「立候補しなさい」とか「やる気をだせよ」などと言っているのですが …。
さて,部会には7名の教師が参加していましたが,結局誰も手を挙げなかったので仕方なく私が 手を挙げました。本当は,昨年の九州道徳教育研究大会でも発表したので今年はゆっくりしたいとい う気持ちはありましたが,くじ引きで決めることもできないので手を挙げたのです。
私が実践発表を 引き受けるにあたって,1つだけ条件を出しました。それは,道徳部会の部員は全員,大会に参加す るということです。自分は発表しない,大会にも参加しないというのは,あまりにも虫が良すぎます。 道徳について学ぼうと思ったから,この部会に参加したのであれば,万難を排して大会に参加するの は当然のことだと考えたからです。(結果,大会に全員が参加したかどうかはここでは公表しません。 皆さんのご想像にお任せします)
さて, 準備の最初の段階でどのような発表にする かという構想を練りました。そこで次の5 つの柱を立てました。
1 今までの自分の実践を整理する機会にする
2 実践群から理論立てをする
3 理論発表と実践発表の割合を6:4程度にする
4 今までの研究大会での発表とは違った形をとる
5 資料代分の内容にする
1 今までの自分の実践を整理する機会に する
道徳授業や道徳教育に本気で取り組んできておよそ10年が経ちます。自作の道徳授業も30を越 えるまでになっていましたので,それらを整理して,自分の道徳授業づくりを見直すことをしたいと ずっと考えていました。これらの実践を分類整理することで,新しいことが見つかるかもしれないと 考えたからです。
2 実践から理論立てをする
一般的な研究発表では,研究主題→理論→検証(実践)→修正という流れになってます。どの研究 紀要を読んでもこの構成は変わらない部分だと思います。この方法で書かれた紀要を読んでも私自身, スッと頭に入ってこないことがたびたびありました。そこで,今回は個人研究という身軽さもあり, この逆で考えていくことにしました。つまり,多くの実践をした結果,そこから見えてきた理論を書 こうということです。この方法で発表をすれば,人から借りてきた理論ではなく,一度実践を通して いますでの,説明する時に説得力が出てくると考えました
3 理論発表と実践発表の割合を6:4程度にする
今まで私が参加してきた研究大会の発表では,研究までの流れや研究の理論に関する説明の時間が 多く,実際の授業についてはあまり多くはなかったように思います。授業で勝負するという気概を持 つ我々教師ですから,授業技術や資料や情報など即戦力となる実践が欲しいところです。ですから今 回の発表では,具体的な実践例を紹介する時間を増やそうと思いました。
4 今までの研究大会での発表とは違った形をとる
おおよそ全体会や実践発表や提案の時間は午後からとなっていることが多いので,昼食後の睡魔が 襲ってくる時間帯と重なります。そこで眠くならないような発表にしようと思いました。あらかじめ 書いた原稿を単調に読みあげるのではなく,話す内容の大枠だけを決めておき,話の枝葉は会場の空 気をとらえながら,臨機応変に話していくという方法にしました。(座ってはできないので,授業の ように立って話をしました。)また,後半の実践発表ではちょっとした道徳模擬授業風にして,会場 に意見を求めることもしました。これによって,緊張感が生まれ居眠りをする人が少なくなると考え たのです。しかし,実際は,数名の先生が寝ていました(;_;)。
5 資料代分の内容にしたい
今回の大会の資料代は2000円でした。県レベルの大会ですと2~3000円程度でしょうか。 これが,九州や全国大会レベルになると5000円という金額も珍しくありません。確かに,高額な 資料代を払った大会でいただくお土産には,CDRがついてくる場合もあります。しかし授業参観, 研究協議,全体会,記念講演などすべてが終わった時に,この資料代に見合った内容だったろうかと 素朴な疑問がわくことも度々ありました。5000円も出せば,有名な先生の講演会にも参加できま すし,普段は買えない教育書なども買うこともできます。果たして,私の発表が資料代に見合ったか どうかはわかりませんが,このことを意識して紀要を執筆し,PPT資料を作成し,発表しました。 発表者や講演者は,参加者が自腹を切って参加しているということを頭に置いておくべきだと思い ます。
実践発表時間は,ぴったり20分でした。(ストップウォッチで計っていました)
発表後にこんな話をしました。
「20分間発表してきましたが,あくまでも個人的な実践であり研究です。是非,皆様のご批判をお 持ちしております 。」
これに対してさっそくこんなメールが届きました。(ちなみに匿名でした)
本日は県道徳研での発表、お疲れ様でした。 すばらしい、実践に感動された先生方も多かったと思います。 先生のHPには、初めて来ましたが実践の記録など本当によく頑張っておられるのがよくわかり ます。 ですからこそ、今日の堂々とした発表ができたのだと思います。実践にもとづいた発表だったから こそ、聴くものにも感銘を与えたのだと思います。
ただ1つだけ、私が感じたことは、先生は確かに一生懸命、頑張っておられることと思います。 すばらしいです。「すばらしい」の一言しかありません。
でも1つ心配なのは、それがいまの先生自身の「大きな自信」 につながっている内は、いいのですが、これが「過信」に変わってしまうと、大きな落とし穴が待 っている場合があります。
今日の先生の話しぶりから、私が1つだけ気になったことをあえて、老婆心からの助言というか、 アドバイスの1つとして、心の隅にでも置いていただけると幸甚です。
昔からよく言いますよね。 「自信と過信は紙一重」と。今日の先生の発表の様子を見て、ふと思ったもので、メールしました。 気分を害されませぬよう、心を広く持って、お留め置きください。 先生はこれから、ますます伸びていくだけの人材だと思うからこそ、あえてメールしました。 本日は本当にすばらしい、実践発表ありがとうございました。
(長崎県内・本日の参加者です。)
こういった批判をするということは,私の 発表を気にしてくれたのだと思って,これらからも他者から学ぶ謙虚さを忘れずに実践を重ねていこ うと思います。
1 期 日 平成17年7月28日(木)
2 時 間 12:50~14:20
3 場 所 長崎大学教育学部21番教室
4 対 象 中学校課程3年生 37名
5 題材名 『ぼくのスーパーヒーロー』
6 資料名 『ぼくのおばあちゃん』(ナカムラミツル ぴあ)
7 ねらい 大切な人の死を通して,生命の大切さを感じ取らせる。
8 感 想
・若者に人気の「ミツル」の絵本ということもあって入り込みやすかったです。答えがすぐにスクリーンに出ないので「知りたい」という欲求と「当てられる」というほどよい緊張感がもて授業に集中することができました。「おばあちゃん」はだれにでもいる存在,自分の祖母を思い浮かべながら授業を受けると涙が出そうになりました。今日のおばあちゃんの最後のフレーズがこの時間のポイントだったのではないでしょうか。
・長い内容の本から要所だけをつなげて良い教材にされているところがすごいと思います。人の死や命の尊さを扱う授業として重すぎず身近な話なので自分の体験と重ねて考えさせられると思います。
・自分の身近で悲しいことが続いたあとだったので,よけいに心にずしんときた。死に立ち向かうことはとても悲しいけれど,生きていくためには悲しさも虚しさも吸収して誰かがつらい思いを抱えているときにそっとよりそえるようになっていかなくてはいけないと思った。
・今日の授業で扱ったお話を聞いていると正直涙が出そうでした。もちろん授業の進め方もさすがだなと思いました。道徳の授業が情に語りかけるのも一つの手であるならば今日のようなお話はすごく効果的だとも感じました。すごく心に残っています。
・生きるということは人それぞれ違ったものであり,人生を終える間際の生き方というものも違いがある。人生をいかに豊かにそしてよりよいものにしていくかは人としての願いでもあり自由なのであるということを学ぶことができたように感じる。授業を展開していく上で必要な技術もみることができよかった。
・言葉が良すぎて涙があふれてきました。授業にもすごく引き込まれてとても良かったと思います。パワーポイントの効果的な使い方ができるようになりたいです。
・純粋に感動するストーリーで響くものがありました。「愛情」というものがとてもわかりやすく文面に表れていて子どもたちに訴えかけるものは大きいだろうと思いました。このような教材はまさしく心の教育になると思いました。現代のこどもたちは「愛」に飢えている気がしてならないからです。「人のために生きる」ということも改めて考えさせられました。生と死を考えると難しいですが,今後のためにすごくなりました。ありがとうございました。
・たまらなくせつない気持ちになった。自分のおじいちゃんを思い出した。自分がこんなに誰かに何かをしてあげられたのだろうか。自分のためにいろんなことをしてくれている家族に対して本当に気がつくことができているんだろうか。改めて家族の大切さに気づいた。今日両親に電話しようと思った。
・今回のお話は本当に心にグッとくるものがありました。恥ずかしながら涙が出てきました。最近忘れかけている大切なものを思い出しました気がしました。
・中学生にもわかりやすい題材でよかったと思います。「家族」「身近な人間の死」といういつかは誰もが経験することをあらためて考え直すことで自分の生き方を振り返ることができるのだと知りました。上の感想が後で先生の仰ったねらいとほぼ当たっていておどろきました。
2006年から約10年間,長崎大学教育学部で道徳授業と講義をやっていました。上薗恒太郎先生の計らいで実現したものです。この10年間の講義の様子を紹介していきます。
1 日時 平成18年7月26日(水)
2 時間 10:30~12:00
3 学生 長崎大学教育学部3年生 69名
4 講義内容
(1)道徳模擬授業
①「手品師」(文部省資料)
②「いのちが与えるもの」(自作資料)
(2)講義
「子どもが好きになる道徳授業」
5 学生の感想(一部)
・実際の授業を比べてみたり,子どもの意識を知ることがきで今の道徳教育の持つ問題やこれからの道徳授業のあるべき姿が見えてきました。道徳授業は子どもにとって必要なものであると強く思いました。
・私は最近あることがあり命について考える毎日を過ごしていました。(偶然にも)山中先生が命について話をされたので,今回の講義は私自身身近なこととしてきいていました。死とは何か,命とは何か,今の私には考えても考えても答えは出ません。今まさにジレンマの中にいます。
・やはり道徳授業が嫌いな子は多いのだなと思った。私自身,資料を読んで感想を書くという授業しか覚えておらず,それをもう一度受けたいとは思わない。こどもたちがその時間に一生懸命自分なりに考えられる授業ができればと思う。そのためにも今日学んだことが少しでも生かしていきたい。
・私の場合,疑り深いので真実であることを一番に求める傾向にあると思います。そして 他の人がつまらないと思うことでも深く自分を見つめる何かを考える作業があれば何でもわくわくします。「死」についてそれが自分につながらないその状態です。頭の中で 生きること死ぬことについて考える。考えても「あ,自分のことはスミにおいとる…」と思いました。私の命は家族のために大切であって,それ以外にhが「生きるってきつい」としか思えないです。そうしか思えないことが落ち込むんですが。今日は来てよかった!!と思いました。貴重なお時間をありがとうございました。
・自分が経験した道徳授業も,プリントに載せた物語の感想を書くというパターンが多かったので,印象に残っているものがなく道徳授業はつまらないものだと感じていた。答えがみんな似たようなものになりありきたりのきれいごとを書いてしまう子もたくさんいる。この授業方法はすでに自分が「この答え方があっているだろう。」と思っている 内容が多いので,その授業をして,ためになるとは思わないと感じた。
・今までの道徳授業を思い出してみるとほとんど何も思い出せなかった。ただ,漠然とプリントを読んで気持ちを考えて書くという形式であまり好きじゃなかった。ある物語は把握することができても,自分のものとしてとらえることができない。
・教師が感動する資料を使うと子どもにその感動を押しつけることになるのではないかという心配がこれまであったのですが今回山中先生のお話を聞いてこの心配事を払拭することができました。
・先生のテンポ良い授業と楽しい内容に引き込まれました。今まで道徳授業の時間は難しいと思っていたけれどこの講義をうけてもっと自分が勉強し発見していきたいと思いました。
1 講義『道徳授業の現状と改善』の感想
2 道徳授業①「涙そうそう」(森山良子)
道徳授業②「本田美奈子さんの生き方」
3 学生の感想
・今の道徳授業の現状(教師からみた面、生徒からみた面)の生の声を聞いて、自分自身が受けてきた授業を振り返りながら思ったことは、道徳の授業がいかにむずかしいかということだった。でも、難しいからこそ、うまくできたとき、1番大切なものを伝えられるのかなと感じた。難しいからやりがいがあるし、それで子どもたちの反応が変わったとしたら、教師にとってもすごいプラスになると思う。今回の講義の中で、山中先生が授業のポイントや、工夫の仕方を説明しながら話してくれたのですごい分かりやすくためになったし、楽しかったです。
・クイズ形式で今の現状を知ることができました。特に、35時間実践していることが40%程度だということです。確かに日常生活の中で道徳は行われていますが、道徳の時間が設けられているわけですから、きちんとできたらと思いました。また、子どもの反応は私自身中学生の頃感じていたことのように思います。道徳授業を作ることで、充実した時間になることを知ることができました。
・道徳授業を年間に35時間しっかりとしている学校が全国で40%であることを知り、驚きはしなかったけれど、なんだか、もったいないと感じた。教師側の意見としていくつかあげられていたが、今私が教師になったと考えたら、同じように思っていたと思う。自分で道徳授業をつくるのは、しっかりとした意図がないと難しいと思いました。
・授業の「テンポ」が大切、と言うことを何回かおっしゃっていたことがとても心に残りました。先生と生徒が「ひとつになる」時間をすごすことが大切なのであって、先生が説教をしたり、しかったりするだけの道徳授業になってはいけません。今現在、「道徳授業」をきちんと行っている学校は40%しかないという事実を聞き、このような状態が数々の犯罪を犯す犯人の心理にも影響しているのではないかと思いました。
・実際に、道徳授業を行っているクラスが、40%しかないことが、印象深かった。やはり、先生自身が、道徳に対して、「難しい」という苦手意識を持ちながら教えると、生徒も、面白いと思えなくなるのかなと考えた。道徳授業に対する生徒の感想として、「当たり前・きれいごとが多い」「自分とは関係ない」という意見に、自分もそうだったなと納得した部分があった。
・教材選びにとても驚きました。「涙」の授業は久々に色々なことを考えさせられ、次はどんなことをするんだろうと受ける生徒としても考えることができました。また、教材のことだけでなく、プリントリレーや資料を分けて配ったり、生徒が意見を書くのをうながす声かけのしかたなど、授業がうまく流れるための工夫がされてあってとても勉強になりました。教師が子どもに伝えたいメッセージをうまく伝えられる教材づくりの大切さがわかりました。
・〝涙〟でイメージすることから始まり、子どもたちの興味をひきつける導入になっていたのは、よかったと思った。森山良子さんの話はとても心に響いた。「僕がサンタになったら」の話も、とても感動的で、子どもたちにも〝涙には、いろんな形がある〟ということが伝わっただろうと思う。パワーポイントを使った授業はとてもいいなと思った。
・今日のような授業は、初めて受けた。スライドや映像、資料もあったので、考えながら見ることができた。自分が思ったこと、考えたことを発表したり、友達の意見から深めることができたと思う。ドキドキやワクワク、授業中にいろいろな心の変化があり、終了時には、何か今までと違った想いや感覚があると感じた。心に残る授業とは、このようなものなんだと思った。
・なければつくるという発想をもつのは簡単であるが、つくるための労力ははかりしれず、その労力につかう時間や手間をおしむところが現場教師の怠けであると思います。
・一本目の「涙」をテーマにした道徳授業は、本当にためになった。いろんな涙があること、人はそれに支えられていることが実感できた。資料を分割し用いることは子どもをより引きつける方法になる。二本目の「本田美奈子」さんの道徳授業では、身近な人というか、知っている人の話なのでより興味がもてた。その人が残したメッセージは素直に子どもの心に届くと思う。
・「涙そうそう」や、本田美奈子、さんを題材にしていることから、子どもたちにとってより身近に感じられることというか、自分におきかえて考えやすかったり、受け入れやすいものを選んでいると言うように感じた。大学生の私たちでも興味を持ちひきつけられる授業だったと思うし、こんな授業だったら、私も中学生時代と読むのではなく、映像や音をうまく使いながら、メリハリをつけたものにするのが大事だと思うし、それは実習において、道徳以外にもいかせるのではないかと思った。(子どもの解答記憶など)
1 講義「道徳授業は自分で創る」
2 道徳授業①「いじめ」
道徳授業②「車いすのJリーガー」
3 講義内容
①道徳授業の基礎基本
②今までの道徳授業
③これからの道徳授業
④道徳授業2本
⑤道徳授業に関するQ&A
4 講義で使用したプレゼンの一部(下の画像)
1 期日 平成22年7月28日(水) 10:30~12:00
2 学生 長崎大学教育学部小学校教員養成課程160名
3 講義 「生徒が本気なる道徳授業」
4 授業 ①「雨宮清さんの生き方」
②「未来の重み」
5 学生感想
・道徳授業はどうすればいいのか正直言ってわからなかったが,今回の講義で見通しがもてた。
・私の道徳のイメージをガラリと変える講義でした。教師の想い,情熱を伝えること,すごく大切でステキです。
・現場に立った時のリアルな感じがしました。一番心に響いたのは「先生は伝えなくてはいけない・先生は一人の人間だけど教壇に立てば子供に伝える人間だということを忘れないようにしたい。
・すごくためになりました。実習を控えている状態で,この授業を受けたことをすごくうれしく思います。伝えたいことがあってもどんな方法が子供にとっていいのか,どうしたら授業を面白いと感じてもらえるかが実感をともなって考えることができたのでとてもよかったです。実習に行くのがまた少し楽しみになりました。
・私は今まで道徳は教師の思いはあまり伝えず生徒にいかに自分に近いことを考えさせるかが重要であると思っていた。しかし,それよりも本当に大切なのことは,生徒に伝えてもいいということを聞いて安心した。
・中学校の時の先生で理由はうまく言えないけど好きな先生がいました。それは理由を言葉にしたくないくらい何においても良い先生なのだろうと感じました。それが山中先生と重なります。そう思われるような教師になりたいと強く思います。
・かわいそうだな,私も何かできることがないかなと思っていても遠い国のこと自分の生活には関係ないことという気持ちが出てきてなかなか行動に移せないのが現状でした。しかし,この道徳を受けて自分の考えの甘さがわかりました。偽善だったと反省しています。
・題材が素晴らしいと思った。また,教材も子供が生き生きとした目をするような教材であると感じた。私もなんだか心が育てられたような気がした。
・実践力を育てるということが難しいことだと考えていました。しかし,小さいことでも実践されていたり,フォローの一言を子供が言うだけで代わってくることを知りよかったです。
・とてもひきつけられる授業だった。今までに受けてきた道徳は話の内容が重たくて何だか憂鬱になっていた。自分の考えは「あたり」なのか「はずれ」なのかを気にしていたので道徳はあまり好きではなかった。授業で取り上げる資料も大切だが教師の話術・テンポによって自分の意見に「あたり」も「はずれ」もないのだということを子供に感じてもらうことが大切だと感じた。
・道徳における指導のポイントがよくわかった。また,実際に行われた授業は今までの自分が受けてきた授業とは全く違うもので教師に情熱,哲学,授業づくり,授業技術の全てが入ったものでとても深く考えることができた。教科の1つだと考えていた道徳の見方がすごく変わった。
・私も小学校の時は他の授業と雰囲気が違う道徳が好きだったのに毎回ほとんど々授業なので段々面倒くさいと思うようになっていったことを思い出しました。発問一つで授業が大きく変われるというのは今まで授業を見てきて感じたり,よく言われてきましたが改めて難しいと思いました。
1 期日 平成22年7月28日(水) 10:30~12:00
2 学生 長崎大学教育学部小学校教員養成課程160名
3 講義 「生徒が本気なる道徳授業」
4 授業 ①「雨宮清さんの生き方」
②「未来の重み」
5 学生感想
・道徳授業はどうすればいいのか正直言ってわからなかったが,今回の講義で見通しがもてた。
・私の道徳のイメージをガラリと変える講義でした。教師の想い,情熱を伝えること,すごく大切でステキです。
・現場に立った時のリアルな感じがしました。一番心に響いたのは「先生は伝えなくてはいけない・先生は一人の人間だけど教壇に立てば子供に伝える人間だということを忘れないようにしたい。
・すごくためになりました。実習を控えている状態で,この授業を受けたことをすごくうれしく思います。伝えたいことがあってもどんな方法が子供にとっていいのか,どうしたら授業を面白いと感じてもらえるかが実感をともなって考えることができたのでとてもよかったです。実習に行くのがまた少し楽しみになりました。
・私は今まで道徳は教師の思いはあまり伝えず生徒にいかに自分に近いことを考えさせるかが重要であると思っていた。しかし,それよりも本当に大切なのことは,生徒に伝えてもいいということを聞いて安心した。
・中学校の時の先生で理由はうまく言えないけど好きな先生がいました。それは理由を言葉にしたくないくらい何においても良い先生なのだろうと感じました。それが山中先生と重なります。そう思われるような教師になりたいと強く思います。
・かわいそうだな,私も何かできることがないかなと思っていても遠い国のこと自分の生活には関係ないことという気持ちが出てきてなかなか行動に移せないのが現状でした。しかし,この道徳を受けて自分の考えの甘さがわかりました。偽善だったと反省しています。
・題材が素晴らしいと思った。また,教材も子供が生き生きとした目をするような教材であると感じた。私もなんだか心が育てられたような気がした。
・実践力を育てるということが難しいことだと考えていました。しかし,小さいことでも実践されていたり,フォローの一言を子供が言うだけで代わってくることを知りよかったです。
・とてもひきつけられる授業だった。今までに受けてきた道徳は話の内容が重たくて何だか憂鬱になっていた。自分の考えは「あたり」なのか「はずれ」なのかを気にしていたので道徳はあまり好きではなかった。授業で取り上げる資料も大切だが教師の話術・テンポによって自分の意見に「あたり」も「はずれ」もないのだということを子供に感じてもらうことが大切だと感じた。
・道徳における指導のポイントがよくわかった。また,実際に行われた授業は今までの自分が受けてきた授業とは全く違うもので教師に情熱,哲学,授業づくり,授業技術の全てが入ったものでとても深く考えることができた。教科の1つだと考えていた道徳の見方がすごく変わった。
・私も小学校の時は他の授業と雰囲気が違う道徳が好きだったのに毎回ほとんど々授業なので段々面倒くさいと思うようになっていったことを思い出しました。発問一つで授業が大きく変われるというのは今まで授業を見てきて感じたり,よく言われてきましたが改めて難しいと思いました。
1 期日 平成23年7月28日(木)10:30~12:00
2 対象 中学校教員養成課程3年生 77名
3 内容 道徳授業の実際
①「ブレ―ビーとネッピ―」
②「綾戸智絵さんの生き方」
4 はじめに
今回で10年目(9回実施)となりました。この講義の一番の目的は,現場と大学の風通しをよくすることです。大学の講義は,現場では役に立たないという声や大学の先生は現場のことをよくわかっていないという声をよく聞いていました。しかし,大学で学んだ学生が教師になるのですから,こういったことはマイナスであることは間違いありません。付属中学校での実習だけではなく,普通の中学校の空気を学生に伝え実際に授業を見せることで,現場と大学との関係が少しでも良くなり,ひいては,子供を良い方向へ変えることができるのではないかと思っています。
さて,今回の講義の感想です。80名近い学生が参加しました。服装は派手でだらしなく見える 学生もちらほらいましたが,講義がはじまると目の輝きはじめました。さすが,教師になりたいと 考えている学生たちです。質問してもしっかりとした考えを発表したり,ノートもきちんととって いました。残り10分間で質疑応答の時間を設けていましたが,残念ながら質問はありませんでし た。(昨年は,時間が過ぎても質問をしにくる学生がいましたが…)そこで,急遽,道徳授業をも う1本紹介しました。毎回そうですが,学生の感想を読むと,しっかりと考えているんだなと思い ます。この中から将来,教師になる人もいるでしょうから,この講義の持つ意味は大きいと思って います。
5 学生の感想
・非常に面白かったです。感動しました。失礼な事を書かせていただきます。授業が終わった後はもう少し教室を見渡していただければ質問がしやすい流れになったのかもしれません。先生になろうとする者がそんな消極的な態度でどうするんだと言われるのは分かっていますが,とても素晴らしい授業だったのでこのように感じました。
・道徳は改めて難しいなと思った。先生の声掛けや授業の進め方など道徳以外の授業でも役に立つことがたくさん学べたように思った。
・今回,この講義を受けて良かったと感じることができました。授業の中にも「○×クイズにすることで全員が授業に参加できる」など授業の進め方や生徒の思考など内容だけでなく実践的なことも学ぶことができました。また,授業というのは教えるべきこと(指導要領に書いてあること)をただ伝えればいいというわけではなくて,それぞれの生徒の実態に合わせて構成し,進めていくことが大切なのだということに気付くことができました。
・確かに道徳は授業の展開が見えるものが多く,ほとんどの子供はパターンが一緒だと思った記憶があります。今回の講義を通して,道徳をつくる上で子供たちに何を訴えてたいのかということをはっきりとさせなければいけないなと思いました。
・これまで受けた道徳は確かに国語でした。そしてやることも先生が求める答えも分かった上で受けていました。知らないふりをしていたこともあります。それ故に,道徳に対する先入観みたいなものがありました。しかし,今日講義を聴いて違う見方がえると知りました。先生の授業を中学校の頃受けていたら人生観が変わっていたのではないかと思います。
・スライド以外にも音楽や映像やクイズを使いながらの刺激ある授業でとても楽しかったです。時々,授業のコツも教えていただいてこれからの発問などの参考にしたいです。
・私は自分が受けてきた道徳は嫌いです。例えば「命は大切だ」「夢を持て」など言われる時間だったからです。私が教師になったら絶対もっとひびく授業をしようと思いました。
・こんな授業を待っていました。長崎大学教育学部の学生は何の目的を持って教師(他の職でも)になろうとしているのかがわからない。なあなあで教師としてなれるわけがない。今回のような何かを考えさせるという授業が大切だと改めて思い知ることができた。
・子供の将来を考えて授業をつくるということは素晴らしいことだなと思いました。
・道徳教育論の講義全体としては,道徳の概念的なところを取り扱っていたので,実際どのような授業ができるのかを見ることができたのはとてもためになった。是非,先生のブログにアクセスして,今後自分の行うべき道徳とは一体どんなものなのかについて考えを深めたい。
・「中学生の変化」という講義で説明のあった内容は今後実習へ行くにあたりとても参考になりました。先生の子供達を変えるという熱意は自分もしっかりともって教育に携わりたいです。
1 講義日 平成24年7月26日(木)
2 時 限 10:30~12:00
3 対 象 教育学部中学校教員養成課程 86名
4 内 容 ①講義「道徳授業で出会いをつくる」
②模擬授業 「あるタクシー運転手」
「1秒の言葉」
5 学生感想
・現代は,自分だけでどうにか生きていけそうな時代になったと私は考えています。勿論そんなことはないのですが,自分だけで過ごす時間が子どもたちにも増えてきていて,ごはんだって買えばいいし,テレビ見てればおもしろいし,本当に自分だけで何とか生きていけるに錯覚させる時代になったと思います。道徳で「出会い」をつくれば子どものそんな思いを救えるように感じました。
・今まで受けてきた道徳の授業のイメージを変えた90分でした。私自身もずっとわくわくしていられたので生徒たちにとってはもっとわくわくどきどきする時間になっているのではないかと思います。
・先生の資料を見つける力や活かす力が本当に素晴らしく講義中に何度も泣いてしまいそうになりました。今までに受けてきた道徳の授業,私はひとつも思い出せませんでした。先生のような授業を受けていたらよかったのにと思いました。
・道徳の読み物の教材は,いつもさらーっと受けていた気がする。先生の授業は入りやすく,楽しく受け入れて,やってみようかなと気持ちになる。子供たちを引き付ける,ドラマチックな「出会い」のある道徳は私にとって新鮮だった。
・9月の教育実習で道徳の授業をすることになっているので,とても勉強になりました。「出会い」をつくる道徳授業,しっかりと考えていきたいです。
・今日の授業のお話の中であった「生徒をよりよい方向へ変える」出会いをつくっていくことはHRなど,いろんな場面でできると思いました。教師の言葉で簡単に生徒が変わるわけではないですが,その「出会い」を与え続けることで,少しでも生徒がよい方向に変わるきっかけをつくっていきたいと思いました。
・道徳授業の難しさを改めて知った。特に道徳授業の限界については私も子供ながらに思っていたことであり,なかなかその先を考えることができない部分でもある。
・この講義を受けて,道徳というもの自体にどうしたら興味をもってもらえるか記憶に残ることとはどういうことなのか。そこの部分からも学ぶことができました。
・1時間あっというまで,心に残る講義でした。現場でも,こういうことが一番大事なのかなと思いました。
・小中と9年間で受けてきた道徳の授業は剣道の授業のパターンがほとんどで,本当に大嫌いでした。 別に人の気持ちを読み取って考えたからといって,自分にフィードバックしようとは思わないと思います。しかし,山中先生が今日してくださった講義は主体的に考えることができると思うので,ぜひ実習の道徳授業つくりにも生かしたいと思います。また,子供の興味をひくような手段も何か もっていなくてはいけないと感じました。
・小中学校と受けてきた道徳授業について,印象が残っていませんでした。それは,たぶんありきたりな事をそのまま学んでいた,当然のことと思える授業を受けてきたからだと思います。しかし,山中先生がつくられた授業はこれから私の中でずっと残っていくと思いますし,私もオリジナルの授業をつくりたいと思いました。私も「出会い」を感じる授業をつくれるようにもっと周囲に目を配らせることができるようになりたいと思いました。
・道徳の授業と聞くと,やはり単調で面白くないと感じてしまうことばかりでした。しかし,山中先生の道徳授業は,実在の方,現代社会における「1秒の世界」ととても興味をひく内容でした。資料もより身近に感じられる内容である方が,生徒の感想も活き活きとしていて,これからの自分自身を見つめ直そうとする姿が想像できました。このような授業をしていきたいと強く思いました。
・通常の道徳教育論では学ぶことができない。より実践的な部分を教えていただいて本当に役に立ちました。
・道徳授業でできること,限界があることを知るというのが印象的でした。道徳授業の重要性が問われる中,教師に何ができるのか,何を教えることができるのかと考えると,教師がそもそも道徳を教えられるほど,人間ができているのかと思ってしまう。今回の授業を聞いて,生徒を大きく変えようとしたり,何か大きなことを教えようとするのではなく,子供がよりよく生きれるために,よりよい行為や考えができるようなきっかけを与えたり,スタートをうながすことができればいいのだと考えが変わりました。
1 期日 平成25年7月25日(木)10:30から12:00
2 対象 教育学部小学校養成課程3年生 84名
3 場所 長崎大学教育学部
4 内容 ①講義「道徳の時間とは何か」(山中)
②模擬授業「新幹線のお掃除の天使たち」(山中)
「いじめる側といじめられる側」(山中)
「平和を求める旅」(山中)
「トルコライス」(辻川和彦先生)
5 学生の感想
・今日は,道徳の授業で何を学ぶのかということから始まり,実際の道徳授業を4本も見せていただき参考になりました。道徳の時間は人としてよりよい生き方を学ぶ時間ということで自分は今よりよい生き方をしているのかと見つめ直すきっかけになりました。
・発想力の素晴さに感動させられました。身近なものから,ここまで道徳の授業が作れることに驚きました。それぐらい,先生がたがアンテナをはっていることが分かりました。
・トルコライスの授業は,道徳なのにトルコライスの話が中心で最初は不思議だった。しかしながら,ひとつのことに対しても色々な考えをもつ人がいたり,色々な見方があったりするということを感じることができた。2人の先生方の授業の進め方は,子供が発言しやすい環境づくりがなされていて,子供の考えなどを大切にする道徳の授業だと思った。
・私は道徳の授業というものが,小学校中学校どちらでも好きではありませんでした。当たり前のことを答えるだけの授業のように感じていたからです。もちろん,授業を受けていてそこから考えることはいろいろありましたが,行くつく場所がわかっていて,授業を受ける前の自分と受けた後の自分に変化を感じることができなかったからです。
・授業中の生徒の机間指導のアドバイスが参考になりました。最初の導入での発問は児童生徒をひきつけるものだと意見を言わせやすかったり道徳は書かせて意見を発表させるメリットがわかりました。
・授業の流れでは「草」の写真から「いじめ」につながったり,「旅」のワードから「平和」につながるといったように導入からは予想できない結論だったのですごいなと思って,しっかりとメモしました。
・今回,小中学校の道徳がこんなにもおもいしろいものになることを初めて知りました。山中先生のように最近のニュースやテレビの話題から題材を見つけて道徳の授業にするということは子供の興味関心に大きな影響を与えるものになるとわかりました。
・道徳の時間は人としてよりより生き方を学ぶ時間ということで自分は今よりよい生きかたをしているか,と見つめ直すきっかけになりました。
・道徳の時間をこんなに充実した授業にできるんだと思いました。私が受けてきた道徳の授業の印象が薄いので。道徳の時間はあまり大切にされていない印象があったけど,今日のような授業であればすごく意味のあるものになるのだと感じました。
・先生方の授業は,大学生の私でも考えさせられることが多々あった。
・道徳の授業は印象があまりない授業だったのですが,今日の講義を聞いてやはり道徳の授業は「生きる」ことにつながるとても大切なものであるなとあらためて感じました。
・つかみの部分からまとめの部分まで,子供たちが考えやすい工夫が多く盛り込まれていたと思います。授業前にした質問を授業後にすると同じ質問なのに答えが変わっているのを見て,子供たちの中で考えが深まってきていることがわかりました。
1 期日 平成25年11月13日(水)14:00から15:30
2 対象 教員養成課程 20名 大学職員5名
3 内容
➀講義「現場教師が創り実践する,子供を本気にする道徳授業道徳の時間とは何か」
②模擬授業「新幹線のお掃除の天使たち」
「車いすのJリーガー」
「未来の重み」
4 学生感想
・今回の講義で道徳授業を行う際のポイントなどがすごく分かりやすくて,参考になりました。小中の時の道徳授業はあまり覚えていないですが,今回の3つの講義はすごく心に残ったので忘れないと思いました。
・自分の意見だけでなく,周りの人の意見を聞き,そこで新しい考え方や心を知ることもできました。授業のやりかたもとても考えられていて私も参考にしていきたいと思いました。
・道徳に対する気持ちや感じ取り方,道徳のもともとの何を学ぶかが分かった。授業①②③で生徒の意見を中心に行っていたので,とても参考になった。
5 感想
東亜大学での道徳教育講義が無事終了して,先ほど帰宅しました。20名弱の大学生と5名程度の大学の先生たちが参加ししてくれました。講義と道徳授業を3本しましたが,やっていてとても楽しかったです。講義のあとに,数名の先生たちと雑談しましたが,これも面白かったです。
その後,ある先生の研究室で40分程度話をしましたが,これまた刺激的な内容でした。
今回,お世話いただいた藤本先生と友人の山本くんには感謝しています。
来年も是非,講義をやりたいと思っていますので,よろしくお願いします。
1 期 日 平 成 25 年 11 月 26 日 ( 水 )( 16: 20 ~ 17: 50)
2 場 所 長 崎 県 立 大 学
3 対 象 1 年 生 70 名
4 内 容 ① 講義「道 徳 の 時 間 で 何 を 学 ぶ の か 」
② 道 徳 授 業 「 新 幹 線 の 天 使 た ち 」
③ 道 徳 授 業 「 未 来 の 重 み 」 ④ 道 徳 授 業 「 車 い す の J リ ー ガ ー 」
5 学生感想
・久しぶりに道徳の授業を受けました。最初,先生が質問していた内容は自分の中では答えを持っていたのに,手を挙げることができず,やっぱり自分はまだまだだなあと思いました。私は道徳の授業が好きでした。私の学校の取り組み方が特殊だったこともあるかもしれませんが,印象に残っているし授業を受けてきた中で自分が少しでも変わることができたなと思えるものでした。今日の道徳の授業を受けてやはり自分が少しでも変わることができたなと思えるものでした。特に道徳の授業では何を学ぶのかということについて,「自分」も「周りの人」も幸福になる生き方という点がすごく印象に残ってします。その生き方は本当に難しく自分自身も日々どうすればそのような生き方をすることができるかと考えますが,このような機会にしっかりと考えることが必要なんだな と思いました。また,このような機会があれば先生の授業を受けたいなと本当に思いました。今日は,この授業に参加できて本当によかったです。
・今まで受けてきた道徳の授業とは違い,とても考えさせられ,これが本当の道徳なんだと体感させられました。また,道徳とは関係がありませんが,授業中の声の出し方,発表した人に安心を与える方法など,授業中の大切なことを学べたとてもいい授業でした。
・授業を行う上で様々な技術があり,どれもが,子供の視点に立って行っていることがわ かり,とてもわかりやすかったです。今回の授業でやっぱり誰が正しいかと競い合うということでなく,みんなが正しい方向へと進むための道標の授業なんだなと感じました。数学のように答えは決まっていないからこそ,しっかりと考えていかなければならない 授業なんだなと感じました。
・始めのほうの話に出てきた道徳とは「子供が主体的に道徳的実践力を身につけていく時間」というものに対して自分も多くの教師と同じようにすぐに結果や行動に出すことを期待してしまうと思います。しかし,今日のお話を聞いて,「いつか」を期待しようと 思いました。
・山中先生の講義は何か心にくるものがあった。大学生活で講義だけ聞いて,教師になる気であったが現場で何を教えているのか,道徳の意味というもの,中学校まで答えられたのに,道徳について問われたときになぜ答えられなかったのかということ,本当にこのままの自分で生徒に指導を行っていいのかということを自問自答する機会ができた。本当にいい機会であったと思う。
・私は中学生のころ道徳は嫌いでした。でも,これから生きていくためには必要だと思っていました。今日の講義で道徳の授業を受けて「道徳ってこんな授業だったな」と思い出すことができました。自分のことばかり考えるのではなく,家族や友人を思いやることの大切さや命の大切さ生きる意味などについて改めて考えることができました。
・久しぶりに道徳の授業を受けて最初はどうせ分かりきっていることを述べるだけだろうと思っていました。しかし,今一度自分自身に,向き合わなければならないという心 に響くものがあり,大変いい機会に巡り合えたなと思うようになりました。
1 場所 東亜大学(下関市一の宮学園町)
2 期日 平成26年10月29日(水)
3 時間 14:30~16:00
4 対象 人間科学部3年生30名
5 内容 ①講義「心に響く道徳授業を!」
②授業「親へのプレゼント」
③授業「本田美奈子さんの生き方(ドットに込めた思い)」
6 学生感想
・学生の私たちにとっても興味深い講義だったり,授業でとても真剣に考えさせられました。山中先生の講義はとても90分話を聞いていても長く感じなくとても引き込まれました。教材研究の大切さ,ただ授業を行うだけでなく何が生徒に必要なのかも把握する事。今後教師を目指す上でしっかりと考えていきたいなと思います。本当にありがとうございました。
・生徒を参加させるために選択肢をつけてあげるや分からない人にこそ挙手をさせるなど様々な授業法があるのだと思った。「親へのプレゼント」ではすごく親のことを思い出した。一人暮らしだから尚更親への感謝の気持ちが強まった。毎日毎日大変なことをやっているんだなと感じた。これは思春期の中学生だけでなく高校生にも通じる教材だと思う。反抗期に素直になるのは難しいかもしれないが,感謝の気持ちを伝えることは大事なことだと改めて感じた。誰にでもあることを授業として用いると身近に感じ授業に入り込めるので参考にしたいと思った。ありがとうございました。
・実際のポスターや映像を使用することで,生徒も興味をもちやすくなるので,参考にしたいと思いました。
・初めて道徳の授業を受けて話を最後まで聞いてみようと思いました。他人の死を考えることはあまり好きじゃないのと,まだ22歳なので死について考えたくないというのが,②の授業を受けての感想です。教育自習に行く前に山中先生に会っていたかったです。
・韓国の道徳教育と大きい差があることを知りました。韓国は道徳を1つの科目に見て,試験を受けますけど,日本やレクレーションにして学生たちにもっと楽しく教育することだと見てびっくりしました。(韓国留学生)
・特にお弁当の話のときに心に入りました。授業をするときに学生が共感できる内容をすることが大事なことだと分かることができました。(韓国留学生)
■迫田裕子講師(東亜大学人間科学科)
道徳教育について,また授業づくりの工夫について実践的なお話をいただき,学生たちにとって貴重な時間となったと思います。
また,大学教員にとっても,現場での実践のお話をうかがうことができ,今後の教員養成課程の指導内容について改めて考える機会となりました。
おいそがしいところ,下関までご足労いただき,本当にありがとうございました。
心より感謝申し上げます。
■崔吉城(チェ・キルソン)(国立ソウル大学校卒,筑波大学文学博士(社会人類学) 中部大学教授,広島大学教授,現在は東亜大学教授・広島大学名誉教授)のブログより引用しました。
・教員資格のための授業,特別に佐世保愛宕中学校の教諭の山中太先生の授業を参観した。
私は師範大学4年生の時に幼稚園,小学校から中学校,高等学校などで教育実習や授業参観をしたことを思い出した。教案作成と授業には厳しい課程を経て2年間高校の教諭となった。
しかし多くの大学教員たちはこの課程を経ず教壇に立っている。大学教員の授業方法の改革が必要だと本欄でも時々触れてきた。
昨日「道徳授業」に参観して多くのことを考えさせられた。
その授業の道徳の内容も良かったが授業方法も良かった。文科省の教育改革が発表されても担当教員の授業方法が改革されないと改革は無理だと思って,ハーバード大学の教授方法を本欄にも紹介したことがある。つまり授業は創作過程である(A class is art)ことを考えてほしい。
大学には授業参観はあっても規定だけをクリアすればよいと思われており,大きい効果は期待できない。2018年から,また「道徳の授業」が実施されるという。それは教員たちの意識改革がなければならない。
私がどのような教師修業をしているのかを紹介したいと 思います。もし自分がやっている修業でいいものがあるよと言われる方は,是非教えてください。
➀師をもつ
修業の一番の近道は「師」を持つことです。あんな授業ができるようになりたい,あんな先生にな りたい,あんな学級をつくりたい,あんな生徒を育てたいという強い思いを持ち,一歩でも近づく努 力をすることです。教科指導は○○先生,道徳授業は□□先生,生徒指導は△△先生など複数もって もいいでしょう。その先生の本や論文を読んだり,実際に講演を聴いたり,授業を参観したりするこ とで次第に自分のスタイルができていきます。特に若いうちは,いろいろな先生の実践に触れたほう がいいと思います。1つに決めてしまうと他の修業を受け付けなくなってしまうからです。謙虚に学 ぶという姿勢が大切です。
➁ 日々の記録をとる
授業や行事など今日1日どんなことがあったのかを記録をとっています。特に授業でうまくいかな かった点とその改善策を考えて書いています。週案に書いたりノートに書いたりしています。印象で 終わらないように必ず書いて残すようにしています。
3 授業を公開する
研究発表や市教委などの計画訪問,校内研修などで授業を公開してしています。
この時,必ず指導 案(略案の時もあります)を書き配布しています。
指導案を書くことで,授業構想が整理できたり, 自分の授業を客観的にとらえたりすることもできます。
授業後に評価と感想を書いてもらうことにし ています。
また,授業参観では,保護者向けのしおり(授業のねらい・指導過程・生徒と同じ資料な どを記載しています)を配布して,感想も書いてもらっています。この感想をまとめ全職員及び関係 者に配布しています。
4 研究発表などでは,必ず発言をする
公的研究発表や研究授業に参加した時は,必ず発言をしています。不明な点,感想,批判(批判だ けに終わらず,必ず私だったらこうするという代案も言いうことが大切です。批判だけならただの文 句と同じです。)を出します。また,公費出張ですから出張報告書や資料を全職員に配布しています。 職種や教科が違っても参考になる部分もあり,生徒に還元できることもあるはずです。
5 ノートを持ち歩く
私は鞄の中にいつも1冊のノートを入れて持ち歩いています。講演会や講義でメモをとるためです。 また,待ち時間を利用して思いついたこともすぐに書きます。道徳授業のネタ,気になったことな ども書いています。いわゆるネタ帳みたいなものですね 。
6 年間100冊読破
1年間に100冊の本を読破することを目標にしています。教育書に限らず,小説,新書,絵本, マンガ,雑誌,写真集いろいろなジャンルの本を読みます。読む本は,書店で立ち読みをして決めた 本やサークルの仲間が薦めた本やネット書評で気になった本を購入して読んでいます。読んだ後は, 3行程度の書評をブログに書いています。(平成14年からずっと記録をとっています)こうすること で,真剣に読む癖がつきました。読んだ本の中で見つけた,いい言葉や使えそうなネタは前に紹介し たノートにメモをとっています。メモした内容を授業や保護者会などでも紹介しています。
7 サークル活動
現在3つのサークルに入って活動しています。
1つは全国的なサークである「道徳のチカラ」です。年に1回程度,夏休 みに東京や群馬で行われるセミナーにはできるだけ参加するようにしています。このセミナーでは, 多くの実践を知ることができ,また全国の先生方とつながることができるとても貴重な場となってい ます。
2つ目は,地元佐世保で「佐世保教育サークル」を開いて勉強しています。月に1回ですが,小学校の 先生と一緒に実践やプランの検討会をやっています。このサークルでは毎年1月と6月に有名な先生 を招聘してセミナーも開いています。ここでは,佐世保を中心とした九州の先生方との多くの出会い があります。
3つ目は,地元の若い先生たちと一緒に学ぶ「佐世保教師塾」を開催しています。これからは,若い先生たちを教師としてどのように育てていくかが大切だと思っています。
8 講師として
佐世保に勤務していた時,7年間,教育センターの兼任所員を勤めていました。ここでは,月に1 回程度,佐世保市の先生方に対して講義や模擬授業,研究授業などを行っていました。現場での仕事 もある中で結構きついものでしたが,今考えると,市内の多くの先生方との出会いがありました。ま た,上に書いたサークルが主催するセミナーに講師として参加することもあります。夏休みに東京で 行われる道徳教育に関するセミナーに招聘されることもあります。また,佐世保では年に2回程度セ ミナーを開き,ここでも講師として講座を担当したり,模擬授業を実施したりしています。多くの先 生方を相手に講義や模擬授業をしますので,大きな修業の場となっています。しかし,何回やっても 反省しきりで修業不足を痛感します。また毎夏,長崎大学教育学部の学生に道徳に関する講義と授業 をしています。大学と現場との壁を低くするためと教師を目指している学生に現場の空気をできるだ けリアルに伝えるためです。
9 原稿依頼は断らない
時々,出版社から原稿執筆依頼があります。今までに『授業研究21』『心を育てる学級経営』 (明治図書)『教師のチカラ』(日本標準)などの教育雑誌や『良い行いを導く道徳授業』『とって おきの道徳授業シリーズ』(日本標準)に原稿を書いてきました。自分の実践を振り返り,整理する ためにもいい修業になっています。出版社の担当者とのやりとりを通して書く力が鍛えられます。
1 今までの授業研究
教師生活36 年間の中で,いろいろな授業を参観し,いろいろな授業研究に参加してきました。しかし,心に 残るような充実し有意義な授業研究はなかったように思います。授業研究の流れは細かい点では違いますが, おおよそ次のようなものでした。
①授業者による反省(あいさつ,学級の実態,指導案の流れについてなど)
②質問(だいたい指導案の中身の質問が多い。授業の中身については中々出ないが,出たと思っ たら一人の発言ややたらと長くしかも分かりづらい)
③意見交換(司会者の裁き方がマズイため,絞った意見交換ができない。単なる順番に感想を言 って終わりのことが多い)
④指導助言(校長や指導主事などからの一言
中でも③の意見交換では,授業に関する突っ込んだ話はあまり出ませんでした。生徒がよく発言していたとか, 学級の掲示物がきれいだとか,掃除が行き届いているとか,いう程度のものでした。授業について触れるとして も社交辞令的な内容や一般論的なものが多く,何となくぼやけて終わることが多かったように思います 。(つづく)
平成11年度から17年度まで7年間にわたり市教育センターの兼任所員としての仕事を担当してきま した。
この仕事の内容は市内の先生方の授業力向上のために,市教育センター所員と連携を図りながら指導を していくものでした。
その中心となるのが,市内中学校での研究授業を企画・運営することでした。もちろん私自 身も,年に1回程度,道徳授業を公開したり,講座を担当したりすることもありました。
そこで,せっかくこのような 仕事を担当することになったので,従来の授業研究を反省し少しでも意義あるものにしたいと考え,次のような 改善を図りました。
①授業参観前に,参観者によかった点(自分も取り入れたいこと)を1つ,まずい点(自分だった らこうする)を少なくとも1つはメモしてくださいとお願いをしておく。
②授業研究での発言は,ポイントだけを絞って,1人2分以内で発表する。
③出た意見をもとにして,深めていく。
④時間内で聞けなかったことや,不明な点は後日,FAXで山中まで送る
①では,授業を批判することは大切ですが,自分ならこうする,こうしているという代案を出すこ とが大切です。これをしないと単なる文句と受け取られてしまうからです。
また,②の発表の時間を 制限することで,参加者全員の意見を聞くことができます。
もちろん司会者の意見の裁き方も大切に なってきますが,そのことは,別の修業が必要となってきます。
このような改善を図ったことで,授業研究でどのような変化が見られたかを挙げてみます 。
①全体的に授業を真剣に参観するようになった。(以前は,授業中の私語があったり,参観者が授 業中に生徒を学習指導することもあった。)
②若手教師の発言が多くなった。
③疑問点や日頃の悩みなどが,多く出るようになった。
④市教育センター主催の研修に参加者が増えた。
確かに,私が担当する授業研究に参加した教師は,今までと違った進め方を 訝 しげにみたり,戸惑っている いぶか 感じがありました。
しかし,リピーターが多かったことも事実です。このやり方に意義を感じている教師が少しずつ 増えてきているととらえていいいのではないかと思います。
ただし,このようなやり方を批判的に見ている教師も 多いことは事実です。
このようなことからも,教師自身がお互いに授業を見せ合い,批判し合い,改善し合うよう な雰囲気をつくることの難しさを感じています。
自分一人で自分の授業を反省し整理をし分析をしていくこ とは不可能ではありませんが,中々難しく継続していくことは大変なことだと思います。
そこで,教 師一人一人の授業力向上のためには,授業研究はとても有効な方法だととらえています。
アメリカを はじめヨーロッパ諸国が,この授業研究というシステムを大いに注目しているということも頷けます。
2018年11月1日と2日に神戸で行われた全日本中学校道徳教育研究大会についての報告をしていきます。
1 日 目 は , 三 宮 か ら ポ ー ト ラ イ ナ ー に 乗 っ て 義 務 教 育 学 校 港 島 学 園 に 行 き ま し た 。 小 中 一 貫 校 で す か ら 1 年生から 9 年 生 ま で あ り ま す 。
7 年 1 組 ( 生 徒 数 40 名 ) の ク ラ ス の 道 徳 授 業 を 参 観 し ま し た 。
授 業 者 は , 30 代 前 半 の 若 手 男 性 教 諭 で し た 。
1 教 材 名 「 外 国 か ら 来 た 転 校 生 」( 国 際 理 解 ・ 国 際 貢 献 )
2 ね ら い 海 外 か ら の 転 校 生 が 来 る こ と を 考 え て ,そ の 国 の 伝 統 や 現 状 を 知 り ,異 文 化 へ の 理 解 を 深 め る 機 会 を 得 る と と も に ,転 校 生 の 困 惑 や 喜 び も 知 り ,そ の 心 情 を 考 え る こ と を 通 し て ,他 の 地 域 や 国 々 は そ れ ぞ れ の 文 化 や 伝 統 ,歴 史 を も っ て お り ,地 域 や 国 々 の 在 り 方 や 理 想 な ど を ,違 い は 違 い と し て 理 解 し ,そ れ を 尊 重 で き る 道 徳 的 判 断 力 を 育 て る 。
〇 授 業 の 主 な 流 れ で す 。
① 世 界 の い ろ い ろ な 教 室 の 写 真 ( 生 徒 が 授 業 を 受 け て い る ) を 提 示 す る 。
② 自 分 た ち の 教 室 と の 違 い を 尋 ね る ( こ こ は ほ と ん ど 時 間 を か け ま せ ん で し た )
③ 外 国 か ら の 転 校 生 が や っ て き て ,自 分 た ち が 困 る こ と と 転 入 生 が 困 る こ と は 何 か を 考 え さ せ る 。( 4 か ら 5 人 の 班 で 話 し 合 う )
④ 班 ご と に , ス ペ イ ン か ら の 転 入 生 へ の 対 応 を そ れ ぞ れ シ チ ュ エ ー シ ョ ン で 考 え さ せ る 。( 例 え ば , 転 入 生 を 職 員 室 へ 連 れ て 行 く )
⑤ そ の 対 応 を 実 際 に 演 技 さ せ る 。
⑥ N H K 「 コ コ ロ 部 ~ 外 国 か ら の 転 入 生 ~ 」 を 視 聴 す る 。
⑦ 相 手 の 立 場 に 立 つ こ と の 大 切 さ や 違 い を 理 解 す る こ と の 難 し さ を感じ と ら せ る 。
以 下 に , 感 想 と 気 づ き を 書 き ま す 。
・ね ら い が 大 き す ぎ ま す 。50 分 間 の 授 業 で 達 成 で き る か ど う か 非 常 に 疑 わ し い で す 。結 果 ,達 成 で き た の は「 海 外 か ら の 転 校 生 が 来 る こ と を 考 え て ,そ の 国 の 伝 統 や 現 状 を 知 り , 異 文 化 へ の 理 解 を 深 め る 機 会 を 得 る 」 部 分 だ と 思 い ま す 。 ・机 間 巡 視 が ほ と ん ど あ り ま せ ん で し た 。各 生 徒 の 考 え を 分 か ら な い ま ま 授 業 を す す め る と 授 業 構 成 が う ま く い き ま せ ん 。 個 々 の 生 徒 を 評 価 す る こ と も 難 し く な り ま す 。
・ 発 問 と 指 示 が 同 時 に 行 わ れ て い た の で , 生 徒 が 戸 惑 う こ と に な り ま す 。
・「 同 じ で す 」 い う 発 表 の 仕 方 を 認 め て い ま し た 。 こ れ を 許 す と 易 き に 流 れ ま す 。
・計 画 的 ,構 造 的 な 板 書 で は あ り ま せ ん で し た 。板 書 は 生 徒 の 思 考 の 流 れ や 整 理 を さ せ る た め に は 重 要 な こ と で す 。
・ 生 徒 が 発 表 し た り 活 動 し た り し た 後 の フ ォ ロ ー が あ り ま せ ん で し た 。
・ 生 徒 と 教 師 と の 距 離 が 近 す ぎ る 感 じ が し ま し た 。( 関 西 弁 で の や り と り )
・ 明 る く 元 気 な 生 徒 が 多 か っ た で す 。 も ち ろ ん 発 言 も 活 発 で し た 。( 関 係 な い 発 表 も )
・ 全 国 大 会 レ ベ ル の 授 業 で 若 手 教 師 が 頑 張 っ て い ま し た の で よ か っ た で す
紀要 原稿 その 1
全 中 道 の 紀 要 に 書 い た 原 稿 を 紹 介 し て い き ま す 。
書 く 時 に 意 識 し た こ と は ,理 論 よ り も 実 践 を 書 く こ と で す 。 研 究 大 会 に 参 加 し て い つ も 思 っ て い た こ と は , 立 派 な 理 論 や 仮 説 , 検 証 , 成 果 と 課 題 な ど が 書 か れ て い ま す が , 授 業 で な か な か 使 え な い と い う こ と で す 。
そ こ で , せ っ か く の 全 国 大 会 で す か ら 従 来 と は 違 っ た 実 践 中 心 の 内 容 を 発 表 し て , 参 加 者 の 反 応 を 確 か め た い と い う 気 持 ち が あ り ま し た 。( 以 下 は 紀 要 の 内 容 で す )
Ⅰ は じ め に
い よ い よ 来 年 度 か ら 道 徳 科 に な る 。 現 場 で は 期 待 や 悩 み , 疑 問 な ど 様 々 な 声 が 出 て い る と 思 う 。 例 え ば , 教 科 書 の 使 用 方 法 , カ リ キ ュ ラ ム 作 成 , 評 価 な ど で あ る 。
6 月 に 道 徳 教 科 書 巡 回 校 内 研 修 を 行 な っ た と こ ろ 職 員 か ら 以 下 の よ う な 意 見 が 出 た 。
1 副 読 本 と 同 じ よ う な 長 文 の 読 み 物 教 材 が 多 い 。
2 ス ポ ー ツ 選 手 や 偉 人 な ど 成 功 者 を 扱 っ た 教 材 が 多 い 。
3 イ ラ ス ト や 写 真 , 漫 画 な ど が 挿 入 し て あ り , 生 徒 の 興 味 が 高 ま る と 思 わ れ る 。
4 持 た せ て お く こ と で , い い 意 味 で も 悪 い 意 味 で も 予 習 が 可 能 と な る 。
5 製 本 さ れ て い る の で 部 分 提 示 が で き な い 。
ま た , 山 形 県 小 学 校 校 長 の 佐 藤 幸 司 先 生 は 「 教 科 書 教 材 の 多 く は , 内 容 項 目 を 強 く 意 識 し て 作 成 さ れ て い る た め ,読 め ば そ の 時 間 に 学 ぶ べ き 道 徳 的 価 値 が よ く 伝 わ る 内 容 に な っ て い ま す 。 こ れ は , 教 科 書 教 材 の 長 所 で あ り , 同 時 に 短 所 で も あ り ま す 。( 中 略 ) 短 所 と し て あ げ ら れ る の は , 読 め ば す ぐ に わ か っ て し ま う と い う こ と で す 。 授 業 の 最 初 の 5 分 間 で そ の 時 間 の 学 習 の ゴ ー ル が 見 え て し ま っ て は ,子 供 た ち の 学 習 意 欲 が 継 続 し ま せ ん 。」と 教 科 書 教 材 の 短 所 を 指 摘 し て い る 。(『 道 徳 の 授 業 が も っ と う ま く な る 50 の 技 』 佐 藤 幸 司 明 治 図 書 2018 年 )
Ⅱ 教 科 書 教 材 を ど う 活 用 す る か
どの教科書が採用されても従来の副読本と同じよ う な 長 文 読 み 物 教 材 が 多 い た め 以 下 の よ う な 悩 み が 出 て く る こ と が 予 想 さ れ る 。
1 語 彙 力 が 低 い 生 徒 は 内 容 を 理 解 す る こ と が 難 し い 。 ま た , 場 面 を 想 像 す る こ と も 難しい。
2 読 み 物 資 料 を 読 む の に 時 間 が か か る た め 授 業 テ ン ポ が 崩 れ る 。 ま た , 生 徒 の 集 中 力 を 高 め 意 欲 を 継 続 さ せ る こ と が 難 し い 。
3 教 材 ご と に 書 か れ て い る 発 問 だ け で は , 生 徒 の 深 い 思 考 を 促 す こ と は 難 し い 。
4 教 材 の 中 の 人 物 と 生 徒 の 経 験 が 離 れ す ぎ て い る た め ,自 分 と 重 ね 合 わ せ る こ と が 難しい。
5 予 定 調 和 的 な 教 材 で は , 展 開 が 読 め て し ま い ワ ク ワ ク 感 が な く な っ て し ま う 可 能 がある。
教 科 書 教 材 だ け で は , 生 徒 が 考 え た く な る , 議 論 し た く な る 道 徳 授 業 を 実 施 す る こ と は 難 し い の で は な い か と 考 え て い る 。
そ こ で ,教 科 書 教 材 を 活 用 す る た め に 4 つ の こ と を 提 案 し た い 。
( 1 ) オ リ ジ ナ ル 教 材 と 教 科 書 教 材 を 組 み 合 わ せ る 。
( 2 ) 生 徒 が 考 え た く な る 発 問 を つ く る 。
( 3 ) 生 徒 の 意 欲 ・ 関 心 を 高 め る 指 導 技 術 を 使 う 。
( 4 ) ロ ー テ ー シ ョ ン 道 徳 授 業 で 教 師 の 授 業 力 向 上 を 図 る 。
( 1 ) オ リ ジ ナ ル 教 材 と 教 科 書 教 材 を 組 み 合 わ せ る
中 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 道 徳 編( p 98~ )で は ,教 科 書 教 材 だ け に 頼 ら ず に 教 師 自 身 が 魅 力 的 な 教 材 を 開 発 し 活 用 す る こ と を 勧 め て い る 。
教 材 の 開 発 は 難 し い こ と で は な く ,身 近 な と こ ろ に も 教 材 に な り そ う な 素 材 は あ る 。例 え ば ,以 下 の よ う な も の で あ る 。
新 聞 , 書 籍 , ポ ス タ ー , 風 景 , 写 真 , マ ン ガ , 歌 詞 , 音 楽 , 名 言 , 動 画 , 実 物 テ レ ビ , ラ ジ オ
日 頃 か ら 道 徳 授 業 で 使 え な い だ ろ う か と い う 意 識 を 持 ち , 小 さ な 驚 き ( お や , え っ , ど う し て ,何 だ ろ う )や 感 動 を 大 切 に し て お く こ と が 大 切 で あ る 。
素 材 が 見 つ か れ ば と り あ え ず , 切 り 取 っ て ノ ー ト に 貼 っ た り パ ソ コ ン に デ ー タ と し て 保 存 し た り し て お く 。
そ の 際 ,内 容 項 目 ご と に 分 類 し て お く と 便 利 で あ る 。
も ち ろ ん ,オ リ ジ ナ ル 教 材 だ け で 授 業 開 発 し 実 践 す る こ と も 可 能 だ が ,今 回 は オ リ ジ ナ ル 教 材 と 教 科 書 教 材 を 組 み 合 わ せ た 授 業 プ ラ ン を 4 つ 紹 介 す る。
オリジナル教材と教科書教材を組み合わせた授業プランaとb
オリジナル教材と教科書教材を組み合わせた授業プランcとd
( 2 ) 生 徒 が 考 え た く な る 発 問 を つ く る ①
道 徳 授 業 で 重 要 な も の が 発 問 で あ る 。
従 来 の 道 徳 授 業 で 用 い ら れ た 気 持 ち を 問 う だ け の 発 問 で は ,生 徒 に 深 い 思 考 を 促 す こ と は 難 し い 。
愛 知 教 育 大 学 の 鈴 木 健 二 先 生 は「 発 問 は ,子 ど も の 思 考 の ス イ ッ チ を 入 れ る た め に ,最 も 重 要 な 武 器 で す 。で す か ら ,自 分 の発問が ,子 ど も の 思 考 を 刺 激 す る 発 問 に な っ て い る か 観 る こ と が 大 切 で す 」と 言 っ て い る 。(『 思 考 の ス イ ッ チ を 入 れ る 授 業 の 基 礎 ・ 基 本 』( 鈴 木 健 二 日 本 標 準 2016 年 )
で は ,生 徒 が 考 え た く な る( 思 考 の ス イ ッ チ を 入 れ る )発 問 を つ く る た め に は ,ど うす れ ば い い の だ ろ う か 。
自 分 が 留 意 し て い る こ と は 以 下 の こ と で あ る 。
① 教 材 を 読 み 込 む
② ね ら い を 意 識 す る
③ 量 産 し 書 き 出 していく
④ 時 間 を か け て 練 る
⑤生徒 が 思考可能かどうか
⑥パターン化しない
⑦ 多様な 意見が出そう な も の
⑧ 一 発 で 決 め る
⑨ 語 尾 ま で 意 識 す る
⑩ 生 徒 の 実 態 に 合 わ せ て 進 化 さ せ る
( 2 ) 生 徒 が 考 え た く な る 発 問 を つ く る
実 際 の 発 問 の 具 体 例 と し て は , 以 下 の よ う な も の で あ る 。
① 関 心 を 高 め さ せ る 発 問
・「 写 真 を 見 て 気 づ い た こ と を 3 つ 書 き ま し ょ う 」
・「( 写 真 を 一 部 隠 し て 提 示 し ) こ の 部 分 に は , 何 が あ る と 思 い ま す か 」
② 全 員 を 参 加 さ せ る 発 問
・「 ○ か ×を 書 い て , そ の 理 由 も 書 き ま し ょ う 」
・「 A , B , C , そ の 他 か ら 選 び ま し ょ う 」
③ 教 材 の 展 開 を 予 想 さ せ る 発 問
・「 こ の あ と ○ ○ さ ん は 何 を し た と 思 い ま す か 」
・「 ○ ○ さ ん は , 何 と 言 っ た と 思 い ま す か 」
・「 こ の あ と , ど う な っ た と 思 い ま す か 」
④ 自 分 を 深 く 見 つ め さ せ る 発 問
・「 登 場 人 物 の A さ ん の 考 え に 賛 成 で す か , 反 対 で す か 」「 そ の 理 由 は 何 で す か 」
・「 登 場 人 物 の B さ ん に あ っ て 自 分 に な い も の は 何 だ と 思 い ま す か 」
・「 登 場 人 物 の C さ ん は , ど う し て こ ん な こ と を し た と 思 い ま す か 」
・「 登 場 人 物 の D さ ん に ど ん な 言 葉 を か け ま す か 」「 ど ん な ア ド バ イ ス を し ま す か 」
⑤ 挑 発 的 発 問
・「 命 は 美 し い 。 こ の 言 葉 に 賛 成 で す か 。 美 し く な い 命 は あ る と 思 い ま す か 」
・「 嘘 は 絶 対 に つ い て は い け な い 。 本 当 に そ う で し ょ う か 」
⑥ 意 見 を つ な ぐ 発 問
・「 ○ ○ さ ん と 同 じ よ う な 意 見 は あ り ま せ ん か 」「 ○ ○ さ ん の 意 見 に 付 け 加 え た い 人 は い ま す か 」
・「 ○ ○ さ ん の 意 見 を な る ほ ど と 思 っ た 人 は い ま す か 」「 ち ょ っ と 違 う と 思 っ た 人 は い ますか」
⑦ 周 り を 意 識 さ せ る 発 問
・「 登 場 人 物 E さ ん と 同 じ よ う な 人 は 学 級 に い ま せ ん か 」
⑧ ま と め を さ せ る 発 問
・「 今 日 学 ん だ こ と の ど ん な と こ ろ を 取 り 入 れ て い け そ う で す か 」
・「 今 日 の 授 業 に タ イ ト ル を つ け て み よ う 」
・「 主 人 公 に 送 る メ ッ セ ー ジ を 書 い て み よ う
( 3 ) 生 徒 の 意 見 を 引 き 出 す 指 導 技 術
道 徳 授 業 に 限 ら ず , 教 師 は 授 業 に お い て 何 ら か の 指 導 技 術 を 使 っ て い る 。
例 え ば , 集 中 さ せ る 技 術 , 音 読 さ せ る 技 術 , 発 表 さ せ る 技 術 , 挙 手 の 技 術 , 聴 か せ る 技 術 な ど で あ る 。
道 徳 ア ン ケ ー ト で 教 師 の 悩 み と し て よ く 挙 が る の は ,「 生 徒 の 意 見 を 引 き 出 す こ と が 難 し い 」「 生 徒 が な か な か 発 表 し な い 」で あ る 。こ の よ う な 悩 み を 解 消 す る た め の 指 導 技 術 を 紹 介 す る 。
① 学 習 シ ー ト に 書 か せ , 書 い た こ と を そ の と お り に 発 表 さ せ る 。
② 教 師 は 発 表 す る 生 徒 の そ ば に 行 き , 発 表 さ せ る 。
③ 列 指 名 で 次 々 と 発 表 さ せ て , 全 員 参 加 を さ せ る 。
④ 発 表 や 活 動 を し た ら 必 ず フ ォ ロ ー ( 褒 め る , 認 め る , 励 ま す , 評 価 な ど ) す る 。
⑤ 学 習 シ ー ト を 隣 の 生 徒 と 交 換 さ せ て ,「 隣 の 人 の 意 見 が い い な あ と 思 う 人 は 手 を 挙 げ ま し ょ う 」 と い う 指 示 を 出 し て , 隣 の 人 の 意 見 を 発 表 さ せ る 。 ⑥ 沈 黙 の 時 間 を 大 切 に す る 。
( 4 ) ロ ー テ ー シ ョ ン 道 徳 授 業 で 教 師 の 授 業 力 向 上 を 図 る
道 徳 授 業 を 負 担 に 感 じ て い る 教 師 は 意 外 と 多 い 。
特 に 学 級 担 任 は 道 徳 授 業 が 近 づ く と
「 な か な か い い 教 材 が 見 つ か ら な い 」
「 生 徒 が 意 見 を 発 表 し な い 」
「 教 材 研 究 の 時 間 が 足 り な い 」 な ど い ろ い ろ な 悩 み を 声 に 出 す こ と が 多 く な る 。
こ の よ う な 悩 み を 解 消 す る た め の 一 つ の 方 法 と し て ロ ー テ ー シ ョ ン 道 徳 授 業 が あ る 。 ロ ー テ ー シ ョ ン 道 徳 授 業 の 良 い 点 を 以 下 に 挙 げ る 。
① 一 つ の 教 材 を 複 数 の 学 級 で 指 導 で き る た め 教 師 一 人 ひ と り の 負 担 が 軽 く な る 。
② 学 級 担 任 が 空 き 時 間 と な る 日 が あ る の で , 自 分 の 学 級 や 他 の 学 級 の 道 徳 授 業 を 参 観 できる。
③ 道 徳 授 業 に 関 し て 教 師 同 士 の 意 見 交 流 が 生 ま れ , 職 員 室 で 悩 み や 授 業 の 感 想 な ど の 意 見 が 出 る よ う に な る 。
④ 同 じ 教 材 を 違 う 学 級 で 授 業 で き る た め , う ま く い か な っ た 部 分 ( 発 問 や 指 示 ) を 次 の 学 級 で 修 正 し て 授 業 力 の ス テ ッ プ ア ッ プ が 図 れ る 。
「諏訪哲二著『オレ様化する子どもたち』(中公ラクレ新書)」より①
昭和62年,私は波佐見中学校で教師人生をスタートしました。
1年5組の担任となり,1年2ク ラス,3年2クラスで社会科を教えることになりました。(今,考えるとおかしな担当分けです)
その頃の生徒は,大きな問題行動を起こすことはありませんでしたが,ちょこちょことした悪さは していました。そんな時は,学級全体に語りかけることにより「悪いことをしたなあ。次からはしな いようにしよう」といった空気が広がっていきした。嫌々ながら聞いている生徒もいたとは思います が,教師と生徒という関係がまだ成立していたので,全員聞いている態度は示していました。
しかし, その後,佐世保市内の中心部に転勤して感じたことは,教師の言葉が生徒に届いていないのではない かということです。
ある時,授業が始まっても廊下でおしゃべりをしている生徒に向かって「授業が 始まっているから,早く教室に入れ!」と言ってもすぐには動こうとはしませんでした。その後,近 くまで行って話をすると渋々動きだし,教室に入っていきました。
わかりやすく例えるなら,私の注 意の言葉が生徒の体を通り抜け,体の向こう側でフッと消えるような感じです。
以前の指導が通用し なくなったのはなぜだろう?生徒が変わったのだろうか?自分の指導がまずいのだろうか?
その理由 を知りたいと思い,法則化運動の本,学級経営論,生徒指導方法,アドラー心理学などいろいろな教 育書を読んでみました。
その中で一番参考になったのが,埼玉県で活動している「プロ教師の会」が 書いた一連の本でした。特に『ザ・中学教師』シリーズの三作目である「子どもが変だ!」(宝島社 平成3年)は特に興味深い本でした。その頃の様子を諏訪さんは次のように書いています。
教育界でもマスコミでも「子どもは決して変わっていない」とかたくなに信じられ,主張され続け た。私たちが社会の構造が変化したことからオレ様化した「新しい子ども」が登場してきていると 考えたのに対し,教育や学校の仕組みが子どもたちに合わないから子どもたちがそのように歪んで 見えているにすぎないと主張された。(中略)子どもはどのように現れていようとも絶対の基準の ように位置づけられており,そういう子どもに合わせた教育をしていない学校や教師の責任がくり かえし追求されることになる 。
子どもを絶対視する風潮は,当時の「管理教育反対」と大きな関係があったと思います。
さて,諏 訪さんの解釈をみなさんはどう思いますか。私は,なるほど!大きく頷きました。その頃,私自身も 「もともと子どもたちは善だ」「子どもの考えを大切にしよう」などと考えていましたが,生徒指導 上厳しい学校に勤務した時に,この考えを修正する必要があると痛感しました。つまり,子どもは未 熟であり,人格も未完成であるから大人の代表である教師は,それぞれのバラバラの個性を持った生 徒の集合体(学級あるいは学校)の中に一定の秩序をつくり,まとめていくには「ある程度の管理」 は必要だという考えに変わったのです。
このことを,プロ教師の会の河上亮一さん(元教育改革国民 会議委員)は「豊かな管理教育」と言われています。この時から私は指導方法は変わりました 。
「諏訪哲二著『オレ様化する子どもたち』(中公ラクレ新書)」より②
今回は,諏訪哲二さんが子どもたちの変容をどのように分析しているかを紹介します。
彼は,戦後 教育を
①「農業社会的」
②「産業社会的」
③「消費社会的」の大きな3つのスパンに分けてとらえて います。
その特徴を表にまとめてみました。どうでしょうか。参考になる部分はありますか 。
〈大学と現場との風穴をあける〉
7月28日(水)に毎夏,恒例となっている長崎大学教育学部で道徳教育に関する特別講義を行い ました。
行く途中は大雨でしたが,長崎市は降っておらず無事にはじめることができました。
大講義 室に集まった小学校教員養成課程3年生約160名と平川先生は90分間まじめに私の講義を受けて いました。
平成15年から数えて今年で8回目になりますが,これだけの大人数は初めてでした。
さて,現場の教師がなぜ大学生に講義をするのかということから説明していこうと思います。
その きっかけは次の文書です。これはある私立大学のHPに掲載されていたものです。
●講師 ○○○○
●最終学歴、学位 **大学大学院教育学研究科博士 課程、修士(教育学)
●専門分野 教育学、教育行政学
●おもな担当科目「教師論」「教育原理」「教育経営学」
●メッセージ 「子ども好き」「勉強ができる」「正義感」「熱血」…だけが教師の資質ではあり ません。「目立ちたがり屋」「お調子者」「遊び心」「感動屋」…そんなあなたも教師に向いてい ます。将来、教師になりたい人は、大学4年間、よく学びよく遊んでください。きっと良い教師に なれます。
さて,これを読んでどのような感想を持ちましたか。私は,この先生は学校現場をどれぐらい把握 しているのだろうかと思いました。また,この先生から教わっている大学生が,実際に教壇に立った 時にどうなるのだろうかとも思いました。しかも担当科目が「教師論」とありますから驚きます。
以 前から,大学と教育現場とのギャップが気になっていました。大学生で勉強したことは現場ではほと んど役に立たないという声も聞きました。
これでは,教育に関する学問が無駄になってしまいます。
そこで,教職10年目ぐらいの時に,私が大学で使っていた教育原論や教育心理の書籍やノートを読 み返してみました。
確かに,現場とは違う部分もありましたが重なる部分もあり参考になりました。 大学で学んだことは無駄ではないと思いました。
大学で専門的な知識を身につけることはとても大切 です。そして大学生の時に現場の先生から直接話を聞いたり授業を受けたりしていれば,その知識が 大いに役立つのではないかと思います。
教育実習程度の経験しかない大学生は,確かに現場に関して はほとんど無知かもしれません。
しかし,真面目さと情熱は持っています。そんな時期に,少しでも 現場の空気を感じさせることができれば,彼らの教師人生が,ほんのちょっと変わるかもしれないと 思いこの講義を続けています。
今回の講義である学生が次のような感想を書いていました。
「道徳授 業に対しての現場の先生の話を聞くことができて本当によかった。いくら大学で大切なことを学び, 活かしたいと思っていても現場に出て実践するというところで不安を抱いていた。今日の講義を受け てその不安が軽減された」
「授業づくりだけでなく教師の情熱や哲学そして話術や雰囲気づくりとい った授業技術も大切だということを学んだ」
私は,正直言ってこんな感想がほしかったのです。
〈講義内容と学生の感想〉
道徳教育特別講義の内容は,大きく2つのことを扱います。
1つは,道徳授業に関するアンケート 調査の結果と考察を紹介し,もう1つは実際に道徳授業を行うことにしています。
1 道徳授業アンケートより(約50分)
生徒や教師に実施したアンケート結果を資料として提示します。生徒や教師が道徳授業に対してど のような意識を持っているかという事実を知らせるためです。また,その事実から道徳授業をどのよ うに改善していけばいいのかという私の考えを述べます。今回は,人数が多いこともあり導入部分で, 道徳授業に関する○×クイズをしました。
●学生の感想より
・道徳の授業はどうすればいいのか正直分からなか ったが,今回の講義で見通しが持てた。
・今まで私が受けてきた道徳授業では子どもたちは 考えることが楽しいとは思わないしワクワクもしな い。今日の講義でのポイント4つを意識して道徳を 考えていけたらいいと思った。
・道徳教育論の授業では,指導要領の内容のみの学 習で実践が欠けていて正直少し物足りない部分も感 じていたので,今日実践を見せていただけて良かった。
2 道徳授業の実際(約40分)
ここでは,いろいろなパターンの道徳授業を実際にやります。読み物資料を使った基本型の授業や モラルジレンマの授業,そして私がつくったオリジナルの授業です。いろいろな道徳授業をやってい いんだよというメッセージを送ることを目的としています。今回は,地雷除去機の開発者である「雨 宮清さんの生き方」と命の大切さを扱った「未来の重み」の2本を行いました。
●学生の感想より
・導入の部分からすごく魅力的でした。流れがとてもスムーズで生徒の思考がとてもスムーズに流れ ると思いました。
・この授業では戦争や地雷の残酷さを学ぶことができるだけでなく,人のために何かをする,そのす ばらしさを学ぶことができたのではないかと思います。
・先の展開が読め,最終的に結論を言ってしまう道徳授業とは違い子どもが深く考えることができる 授業だと感じました。
・授業で「命は大切」という言葉は出てこなかったけど,言葉や写真から命の尊さや大切さが伝わる と思いました。※
実践だけではなく,様々 な教育論を知ることで,自分の教育哲学が出来上がっていくものです。
この通信を書き続けてとても 良かったことが2つあります。
それは自分の実践を整理して,改善点が見えてくることです。
もう一 つは,今まで読んできた書籍を再読し,改めて再確認することが多いということです。
さて,今回再読した本は,『教育再生の迷走』(苅谷剛彦 筑摩書房)です。
3年前,初めて読ん だときは,難しい内容だと感じていましたが2年後の今再読すると,とても納得させられる部分が多 くありました。苅谷さんは,東京大学大学院教育学研究科教授で専攻は教育社会学です。データの緻 密な分析と検証によって教育に関する発言を精力的に行っている人です。今回は,苅谷さんが全国学 力テストについて発言された部分を紹介します 。
このテストの問題点として,この調査の目的だった「そのほとんどは,正答率やテストの問題間 の関係を示すにとどまり,もう一つのねらいであった国の責務として果たすべき義務教育の機会均 等や一定以上の教育水準が各地域等において確保されているかどうかをきめ細かく適切に把握し, 教育及び教育施策の成果と課題などその結果の検証をするための分析はほとんど行われていない 。
つまり62億円という莫大な税金の無駄遣いであるという指摘に答えられるだけの結果を出さない まま,調査が続いているということです。他からも次のような指摘がされています 。
○個々の児童生徒の家庭の経済力等の要素を合わせて質問していないので,学力との相関関係が分 析できていない状態となっている。今のところ,「テレビを長く見ている子の学力が低い」「ゲー ムをやっている子の学力が低い」といった常識でもわかる分析しかできていない。 ○各年度,問題を公表してしまっているので,問題を変えており,経年変化を追えない 。
私も前年度の報告書を読んでみましたが,学力が高い生徒の傾向として,次のような傾向があるこ とがわかりました。(このことは昨年度の第2回学校支援会議でも報告しました 。
○あいさつができる
○きちんと食事をとっている
○早寝早きをする ○予習復習をきちんと やっている
○将来の夢や目標を持ってい る。
つまり,あたりまえのことをきちんとできる生徒は学力が高い傾向にあるということです。
しかし, これらのことは昔から学校や家庭で言われ続けてきたことがらです。
62億のお金をかけて調査する ほどのこととは思えません。
この結果を受けて,教師自身が自分の指導力を高めるための発憤材料に するというプラス面もあるにはありますが,学校現場への要求が強くなり,教師の仕事が増え疲労感 が残るというマイナス面もあります。このマイナス面の実態をしっかりと把握して欲しいと思います 。
今回は,苅谷さんの教育改革に関する考えを紹介します。
私も教師生活25年間でいろいろな教育 改革と出会ってきました。
「ゆとり教育」では,週に4時間も学校裁量の時間があり,何をすればい いのか時間を持てあましていました。
「コンピュータ教育」では,校内外でパソコン操作の研修をさ せられました。(ウインドウズ以前のOSです)
その他「選択教科」「課題解決学習」「キャリア教 育」「性教育」「総合学習」「絶対評価」「少年の日の幼小中高一貫した取組」「指導よりも支援 を」「学校2学期制」などその時々の教育改革によって振り回されていた感じがします。
その時は, 必要だと思い一生懸命やっていましたが,今考えると本当に必要だったのかなと思えるものもありま す。
さて,苅谷さんは,教育改革がうまくいくためには「みんなのプラスの意識」が必要だと言われ ています。しかし,現状は,このプラスの意識がなかなか集まらないどころか,むしろマイナスへ意 識が向かってしまっていると言われます。
その原因は「教育改革を提唱する側と教育改革を実践する側との間に大きな溝やズレがある」ことで す。
そのズレや溝が発生する理由の1つは,教育改革が非常にあいまいで,様々な教育問題の発生原 因が特定されているわけでも,解決のための有効な手段が提示されているわけでもないからです。つ まり抽象的な目標や理念ばかりが多いからです。
もう1つは,教師が考えている「時間」と教育改革 を提唱する側が考える「時間」が違うからです。現場教師にとっての時間とは「今,ここ」「目の前 にいる子どもたち」のことで,教育改革を進める側の時間とは「自ら考え,表現し,行動する力」な どと言ったような未来を志向する意味合いが強いのです。
現場教師のやる気は,「今,ここ」「目の 前にいる子どもたち」との関わりにおいて,手応えや充実感が得られた時に起こるものです。このズ レや溝をできるだけ小さくすることで,現場教師の意識がプラスに向かっていくのです。最後に,苅 谷さんは,公教育が信頼を回復するために次のようなことが必要だと言われています。
特効薬などあるはずがない。学校にできることを,しっかり,地道にやり続けるしかない。でき そうもないことを請け負って,社会からの期待を裏切るよりも,できることと,できないこととを はっきり区別して,そのことをわかりやすく社会に向けて説明した上で,できることを増やしてい く,あるいは,よりよくできるようにしていく。(中略)教育改革におもねって,形だけを取り入 れていくことでも,できそうもないのに空回りして燃え尽きてしまうことでもない。内部の論理だ けで通用する時代は終わってしまった。教育界に厳しいまなざしが向けられ続けるなかで,信頼を 回復するための実践をできることから地道に積み上げていくしかない 。
私も,現在の教育改革は「不易流行」の「流行」の部分が多すぎていると感じています。
教育においていて大切なことは時代や政策が変わっても根本的に変わらないと思います。
この変わらないもの,つ まり「不易」の部分を教師は見直し,大切にしていくべきだと考えています 。
藤原和博さんをみなさんはご存じでしょうか。リクルートの社員から東京の公立中学校長になり, 「よのなか」科や「どてら」「夜スペ」などユニークな実践を行った人です。
現在は,大阪府教育委 員会特別顧問をし,校長相手のマネジメント塾の講師(ユーストリーム動画)などで活躍されています。
今回は,この藤原さんの考えを紹介しま す。
学校は,戦後の産業復興とともに始まりました。大人たちは,日本の未来のために,子どもたち の校舎を造り,一人一人に机といすを支給しました。天体望遠鏡や顕微鏡,グランドピアノや新しい サッカーボールなど,家庭の中にないものを学校が先に導入して,学校がまぶしく輝いていたのです。 そして,教師は知識を独占的に供与することで,尊敬を集めていたのです。つまり「教師のまぶしさ は,情報の独占による権力の発生という政治的な力と同時に,社会学的な力としても約束されてい た」のです。しかし,現在は,学校や教師のまぶしさが奪われてしまっています。その原因を藤原さ んは,以下の3つを挙げられています。
① テ レ ビ の 影 響
② 家 庭 の 経 済 力 が 上 が っ て き た 影 響
③ 教 師 の 平 均 年 齢 が 4 0 代 の 後 半 に さ し か か っ て い る こ と
①について,新しい知識を与えてくれるはずの学校の授業時数よりも,テレビの情報量が超えてし まいました。中学校の年間授業時数である980コマに50分間を掛けると実授業時数は816時間です。し かし,子どもたちの平均ディスプレイ視聴時間はテレビ番組だけで1日2時間を超え,テレビゲーム を合わせると3時間を超える子供も少なくないようです。仮に2時間15分平均とすると1年間では82 0時間をかるく超えることになります。つまり,量的に言ってテレビの視聴時間が授業時間を超えてし まっているのです。しかも,5教科に絞れば年間授業時数は400時間しかなく,テレビの視聴時間の半 分程度しかありません。以上は量的な話ですが,質的にはどうでしょうか。私が社会授業で一生懸命 にわかりやすい説明をしたとしても,面白さとわかりやすさの点では,NHKの「週刊子どもニュー ス」の解説にはかなわないと思います。
②について,昔は買えないものが買えるようになりました。 ピアノや天体望遠鏡,パソコンなど学校にしかなかったものが,家庭にも入ってきたのです。学校で 買う設備がもはや,みんながまぶしがる憧れの対象ではなくなったのです。パソコンに至っては,学 校のほうが古いモデルをがんばって使っているのに対して,家庭では,多くの子どもが携帯電話を使 い,自分のパソコン(最新型,しかもネット環境も光通信など)を持っている現状があるのです。
③ について,公務員である教師の世界では,40代の後半にさしかかると保守的になる者も増えると,藤 原さんは考えています。そうなれば,学校という組織自体は落ち着きますが,沈滞ムードが漂ってし まうことが多くなるということです。(48歳の私には耳が痛い指摘ですね。)
藤原さんは,学校が生き生きとなるために以下の2つの方法を挙げています 。
①市民教育…地域に開かれた授業をつくり,子供たちと地域の大人に,ともに学べる場を提供する こと。
②地域本部…学校内部に,地域のいい人材をサポーターとしてネットワークするための本部を設置 すること。
①については,「よのなか」科の実践が有名ですね。この科の特長は,子供に情報編集力を身につ けさせることを目的にしていることです。この「よのなか」科は総合的な学習の時間を利用して,教 科のカリキュラムにはないテーマについて学ぶものです。そのテーマには次のようなものがあります。
●身の回りの経済問題…お金との健全な距離感を持たせる学習 ・『ハンバーガー1個から世界が見える』(「ハンバーガー屋さんの店長になってみよう」など)
●身の回りの政治問題…地域社会で起こる自分と政治の関係性について学ぶ。 ・『家の窓から日本が見える』(「シムシティで市長の仕事を体験する」など)
●身の回りで起こる現代社会の諸問題…少年法や自殺問題など ・『現代社会の諸問題を考える』(「ニューハーフの存在を通して,差異と差別を考える」など) これらのテーマ学習では,藤原さんの人脈を利用した著名なゲストティーチャーが参加することも あります。基本的に複数のアシスタントティーチャーが参加するチームで取り組む学習です。また, この授業では正解が1つではないという視点で組み立てられています。考え方を学び入手した情報を いかに利用するかという情報編集力を身につけさせることを目的としているからです。
②について,従来のPTA活動に疑問をもっていた藤原さんは,次のような人たちを学校サポータ ーとして有効活用しました。
授業をサポートする保護者,卒業生でボランティアに目覚めた若者,地 域に住んでいる有識者や専門家や技術者,地域に住む将来教師になりたいと願う学生,フリーターや ニートで生徒のために働く意志がある人などです。
これらの人材をまとめるために,学校内に地域本 部を置いたのです。そしてこれらの人々を,土曜日に学校へ招聘し,生徒の自主学習をサポートする 形で進められています。これを和田中土曜日寺子屋(略して「ドテラ」)とよんでいます。
詳細は, 年間30回(ほぼ週に1回)9時30分開始,45分を3時間,生徒は私服,国語と数学と英語,1 教科あたり3~4名のサポート,教師はほとんど顔を出さない,本部まかせということです。この地域本部をつくることで,「教師と生 徒」や「親と子」という縦の関係ではなく,「ナナメの関係」をつくることができるのです。
親より 気兼ねなく話せるお兄さん,お姉さん,おじさん,おばさんとの関係です。
これは,よく考えてみる と,昔の日本にあった「ご近所さん」と同じではないでしょうか。
『ベネッセが見た教育と学力』(日経BPより)①
4月に実施された全国学力学習状況調査の結果が出て,現場にも学力向上プランの見直しなどが求 められると思います。そこで,今回からしばらくの間,学力向上について書いていきます。何か1つ でもヒントになればと思っています。少々古いですが,平成17年の2年生保護者会で使いました。 この『ベネッセが見た教育と学力』では教育者という立場ではなく,教育事業を行う民間企業の目 を通して「教育現場」が客観的なデータに基づいて書いてあります。今回は,ベネッセ未来教育セン ター主任研究員の木村治生さんが「親子のかかわりの大切さ」にいて論じた部分を紹介します。
①保護者とよく話をする子は学力が高い
保護者とよく話をしている子は,学習内容に対する関心 や意欲が高いようです。子どもは保護者との会話のなか から学習に関わる様々な情報や価値観などを受け継いでいます。よく話をしている子ほど,生物や自 然のこと,社会の仕組みや歴史のできごとなどを調べたり考えたりすることが好きという傾向があり ます 。
②保護者とよく話をする子は「なりたい職業」を持っている割合が高い
保護者が自分の仕事の話を することや子どもなりに抱 く未来にビジョンを聞いてあげることが職業に関する意識の芽生えや将来像の形成に役立っているよ うです。
③「なりたい職業」を持っている子は,学習内容に対する関心,意欲が高い
学校の進路指導と連動 させ,保護者も働きか けることが大切です。10年後の姿を一緒に想像してみたりします。これが目標の明確化や学習動機 の高まりに大きな効果があります。
④「なりたい職業」を持っている子は,家庭での学習態度がまじめ
自らすすんで勉強し,自分で 興味関心をもったことを学校 の勉強に関係なく調べたり,授業で習ったことを自分で調べたりする割合が多いようです。自学自習 のスタイルを身につけることがとても大切です。多くの子どもは,学校や塾の課題をこなすだけの受 動的な学習をしがちです。このような学習方法は,クリアすべき課題が多くな る高校や大学になると通用しなくなります。高校生になるまでに自立的な学習 方法をどこまで身につけられるかがポイントとなります。それは,小中学校時 代からの経験や訓練によるところが大きいようです。子どもにべったりと寄り 添って学習支援をすることがいいとは言えないようです。これは子どもの自立 の目を摘み取ったり自学自習の学習スタイルを身につける上での阻害要因にな ったりします。小学校低学年までは,親が直接,勉強を教えることも有効です が,高学年以上は,親による学習環境づくりのほうが大切になるようです。
『ベネッセが見た教育と学力』(日経BPより)②
前回の調査分析から,親子のどのようなかかわりが必要かについてまとめてみます。
①勉強することの意味を親子ともに考える
自分にとって勉強がなぜ必要かという点で考えさせます。
②親が学習の価値を伝える
「考えることの楽しさ」を保護者自身が毎日の暮らしの中で示します。 親子で新聞や本を読んだり,ニュース番組や教養番組をみたりして過ご します。知的なことを大切にする姿勢や文化的な雰囲気が大切です。
③子どもの関心が高まるような働きかけをする
博物館や水族館,アウトドアや自然体験,図書館, 散歩などに連れて行きます。料理を手伝わせると 素材や調味料の分量を測ることで数学的な思考が養われます。また,魚をさばく中に,生物の体のし くみを理解する学びが含まれています。
④子どもが学習しやすい環境を整える
必要最低限の辞事典類や地図などをそろえておきます。テ レビで出た国名や人物名などをすぐに調べることができる ように居間に置いておきます。学力向上のためには,学校だけでは中々難しい現状があります。家庭 との協力体制づくりが学力向上のために1つのヒントであると言えるでしょう。 平成16年7月に行われたベネッセ教育総研の田中勇作さんの講演会で,学びの基礎力が高い子ど もの特徴として大きく次の4つを挙げられました。
(1)豊かな基礎体験
①新聞やインターネット,書籍といった様々なメディアに親しんでいる。
②家族や友人,教師との良好な信頼関係ができている。
③朝食の摂取を含め,良好な生活習慣が身についている。
(2)学び合う力
①知的好奇心や感性が豊かで,学習の楽しさやおもしろさを感じている。
②学習の役立ちや大切さを積極的に認めている。
③物事をやり遂げた経験や喜びを味わっている。
④繰り返しだけでなく,関連させて覚えるという方略も取り入れている。
(3)自ら学ぶ力
①学習の計画やめあてをもって取り組んでいる。
②家庭での学習時間を確保し,宿題をきちんとやっている。
(4)学びを律する力
①分からない事はそのままにせず,分かるまで頑張っている。
②けじめをつけて,勉強に集中して取り組んでいる。
③学校の授業を大切にしている。
特に,波線を入れた部分は家庭との協力体制づくりが必要となるものです。この部分に関して,家 庭の意識を変えることができれば,学力向上の土台ができあがるのではないかと思っています。
学級 通信や懇談会などで情報を提供していくことが,1つの方法だと言えます。
志水宏吉著『学力を育てる』(岩波新書)より①
今回は,大阪大学大学院人間学研究科教授である志水宏吉先生の考えを紹介してみたいと思います。 志水先生は,学力低下が問題なのではなく,「できる子」と「できない子」の二極分化,つまり学 力格差のほうが深刻であると言われます。
学力が高い子の変化はさほど大きくないけれども,中位か ら低位の子の落ち込みが激しく,これが全体の平均点を下げているという指摘をされています。
また, 全国学力調査に先駆けて,東大研究室が関西地区で独自調査を行い,次のような報告をされています。 (1989年と2001年の小学校の国語と算数,中学校の国語と数学のテスト,生活アンケートを 実施)
①子どもたちの基礎学力は,確実に低下している
②その低下は,家庭生活の変化,特に家庭学習離れと関連している
③「できる子」と「できない子」への分極化傾向が見られる
④その二極分化は,家庭環境と密接に結びついている
⑤しかしながら,そうした低下や二極分化を克服している学校がある
ここで,上のまとめのいくつかについて,志水先生の解説を加えたいと思います。
②について「子どもたちのよさや個性を重んじ,主体性を尊重しようとする「ゆとり」路線のもと で,教育界の風潮が子どもたちの生活に対する「しばり」をゆるめ,学習に取り組む姿勢を結果とし て弛緩させた」
③について「塾に行っていない生徒の学力の著しい低迷は,階層的に不利な環境のも とにある子どもたちの学力低下と重なり合って生じる」
⑤について「E小は,父大卒率が25.0% (15校中7位),「文化的階層」が「上位」の子どもたちの比率が38.0%(同5位),「通 塾」率にいたっては13.9%(同14位)と,三つの階層指標に関して,特段に恵まれているとい うわけではない。にもかかわらず,国語と算数のテストの平均点は両方とも首位(国語79.9点, 算数80.1点)で,標準偏差で示される点数のバラツキもきわめて小さい。言葉を換えるなら,E 小の子どもたちは,教育的な観点からみて特に恵まれた家庭環境のもとにあるというわけではないの に,きわめて高い基礎学力水準を有しているのである。」 この⑤については,力のある学校として詳 しく紹介していきます。
最後に,PISA2003(学習到達度調査)との関連については,こうま とめられています。「低学力は,「塾に行ってない」という要因だけではなく「家庭の文化的環境が 恵まれていない」という要因とも同程度に関連している」
このような調査結果を受けて,現場の我々は,学力向上のために何ができるのでしょうか。ただ, 教師の指導力だけを向上させれば,学力は向上するとは限らないということです。学校・家庭・地域 が協働(共同作業によって新しい人間関係や教育的活動をつくっていくことを通じて,お互いが変わ っていくこと)というキーワードがヒントになるかもしれません 。
「志水宏吉著『学力を育てる』(岩波新書)」より②
志水先生は,学力を「樹」に例えてわかりやすく説明されています。
この学力の樹とは,①「葉」②「幹・枝」③「根」で構 成されています。
①「葉」は,個々の子どもの知識や技 能にあたります。この葉は,周りの環境で枯れたり,生 えかわったりします。知識も同じことが言えます。知識 は,忘れたり付け加えたりして絶えず更新しているから です。
②「幹・枝」は,思考力・判断力・表現力にあた ります。幹や枝が水分や養分を吸収し,徐々に太くなっ ていくように,思考力・判断力・表現力も知識や技能を 使いこなしていく中で,育まれていくということになるのです。
③「根」は,目には見えませんが, 樹の存在自体を支えるという重要な役割を果たしています。
つまり,個々の子どもが持っている関心 ・意欲・態度にあたります。「葉」「幹・枝」「根」この3つがバランスよく成長することが大切に なってきます。
学力格差を克服している力のある学校の共通点が,まさにこのバランスを重視した教 育活動を行っているということです。
では,次にその力のある学校の教育活動について具体的に紹介 したいと思います。
U中学校(大阪府公立中学校 生徒数550名,教員数40名の中規模校)の事例 このU中学校の学力保障の取り組みをいくつか紹介すると,以下の通りです。
①「家庭学習の手引き」の作成,「習熟学習ノート」の作成
②家庭訪問を軸とした家庭学習の習慣確立に向けた日常的な支援
③全教科・全領域での「学習を振り返って」による自己評価
④小中学校間の学びの継続性を図る取り組みの推進
⑤国数英における少人数授業の実施
⑥計画的な放課後補充学習
⑦個に応じた指導を充実させ,基礎基本の確実な習得と発展的学力伸長を図る
特に驚いたのは,②の実践です。教師が夜に家庭訪問を行い,一緒に勉強するというものです。
さ らに二週間に一度「家庭訪問の日」という形で制度化されていて,すべての教師が関わっています。 この学校が同和地区を抱えているということもあるとは思いますが,ここまで手厚い指導をしている という情熱に驚きます。「ほかの学校の子と話してたら,先生わざわざ家に来てくたりとかもないし, やっぱりU中では,先生も自分のことのように真剣に考えてくれる」という生徒の声もあります。人 と人とのつながりをベースにした信頼関係づくりが学力向上につながっているのでしょう 。
「志水宏吉著『学力を育てる』(岩波新書)」より③
E小学校(大阪府 公立小学校 児童数500名 教員数30名)の事例 前号に引き続き,力のある学校の実際を紹介します。
E小学校を訪れた志水先生の第一印象は, 「よく聞く」と「よく遊ぶ」だったそうです。「よく聞く」について,校内では次のような光景が見 られたそうです 。
どの学年の,どの教室に行っても子どもたちは教師の言葉にしっかりと耳を傾けている。それだけ はなく,クラスメートが発言する時にも,しっかりと聞いている。かりに人が発言するときにおし ゃべりしている子がいれば,すかさず周囲から注意の声が飛びもする。「○○さんの聞いてい欲し いという気持ちが届いていない人がいるね」「その座り方,失礼かどうか,考えてね」「手ひざ! 1,2,3はい集中」「失礼な態度はやめましょう。やさしい態度で,聞いてあげてね 。
E小では,低学から「話す・聞く」のルールの徹底が図られていて,子どもたちの間には,人の話を 聞くことは他者を尊重することの第一歩であるという常識が確立されています。
次の「よく遊ぶ」に ついては,朝8時10分から始業までの「朝遊び」や毎日の休み時間に「班遊び」と週2回の「クラ ス遊び」そして,「放課後遊び」が設定されています。
遊びを教育活動の一環として「仲間づくり」 を進めています。その結果,
E小の保健室利用率は市内でトップだそうです。もちろん教師も子ども の遊びにつきあい,子どもの理解(心身の調子や人間関係など)を深めています。
この他にE小の教師の共通点として,「よく怒る」ということです。「叱る」ではなく,「怒る」 そうです。子どもの目線に立ち,心から怒っていると迫るそうです
「怒る指導」は徹底している。どんなときに教師は怒るのか。それはいたって明確である。「あ る子どもが他の子を,意図的・無意図的にかかわらず,身体的あるいは精神的に傷つけようとした とき」に教師は烈火のごとく怒る。
もちろん,日頃から子どもをよく見ていて「ほめる」ことも忘れないことも大切です。
「極微の成 長」をしっかりと認め,ほめることで「怒る」が効果的になっているのだと思います。
最後にE小の 新任教師の感想を紹介します。
「すべてが子どもから出発している。子どもにどうさせるかじゃなく て,子どもにこういう力をつけてほしいとか,こういう現状があるからこうしていこうとか。そのた めに学年の先生方の中で,全員が同じ気持ちを持ってやっていくための打ちあわせとかすごく綿密で す。悩んでいることとか,わからんこととかもすべて含めて言い合う感じでね。先輩の先生やのに, 自分のあかんかったこととかも,私に言ってくれはって。悩んでいることとかね。だから自分も言え る。」
E小の力は,教師がチームワークとして動くことで生まれていると思います。厳しさと優しさ, 温かさがある教師集団が子どもたちに学力を身につけさせているのではないかと思います。
内田 樹 著『下流志向』(講談社)
学力低下の問題について,自分の考えをまとめる際に,内田樹さんの『下流志向』という本が大い に参考になりました。
この本のポイントを一言で言えば,学力低下の原因は,子どもたちの怠惰や教 師の指導技術の低下のせいではなく,子どもたちが学びから逃走し始めていることにあるということ です。この考えは新鮮でした。
この「学びからの逃走」という言葉は,先に挙げた佐藤学さんが最初 に使った言葉です。佐藤さんは次のように説明されています 。
日本の子どもたちは小学校高学年から中学校・高校にかけて,大多数が学校の勉強を嫌悪し,勉強 から逃走しています。かつて日本の子どもは,世界のどの国よりも勉強に意欲的に取り組んでいま したが,今や,世界でもっとも勉強を嫌悪し,勉強しない子どもへと転落しています。 (『学力を問い直す』佐藤学 岩波ブックレット)
さて,この「学びからの逃走」について,内田さんは面白い発見をされています。そのまま引用し ます。
「先般,ある授業で百枚ぐらいのレポートをまとめて読んだのですけれど,内容はさておき, 文字がすごい。小学生のような丸文字がほとんどです。内容に関しては,ひと昔前なら小学校高学年 程度というのが全体の半分ほどでした。「小学生的」というのは,自分の主観的な「好き/嫌い」「わ かる/わからない」がほとんどの判断基準になっているということです。(中略)大半は「遠足に行っ て,お弁当食べて楽しかった」みたいな感じの,「先生の授業を聞いて,いろいろなことがわかりま した」とか,これのどこがレポートかというような,愕然とするものばかりでした。」
似たような経 験はみなさんもあるでしょう。テストの答えをほとんどひらがなで書く。小学校で習っているはずの 漢字が読めない,書けないなどです。
正しい漢字が書けないことに関して,内田さんは別の視点を持 っています。
つまり,漢字が読めないのは,「文字を読み飛ばしているから」というものです。読み 方がわからない,意味がわからない単語があっても軽々とスキップしていくということだそうです。
普通は意味がわからない言葉が出てくると,何となく気になったり,ひっかかったりしますが,今 の子どもたちは気にならないのです。意味がわからないことにストレスを感じていないというのが内 田さんの考えです。
それを実証するために,学生がよく読んでいるファッション雑誌の任意のページ をコピーして学生に配布し「このページの中に知らない言葉があったら,マーカーでしるしをつけて ください」というアンケートをとったそうです。
結果は,そこらじゅうマーカーだらけだったそうで す。
自分たちのいちばん身近にある活字媒体の中の文章さえ,わからないままに読み飛ばしていたの です。小説や教科書ではなく,ファッション雑誌でさえスキップするのです。
ここに学力低下の要素 があると言われています。子どもたちが,自分たちには学力がないとか,英単語を知らないとか,論 理的思考ができないとかを,多少は自覚していても,そのことを特に不快とは思っていないという点 にあるということです。「自分の知らないこと」は「存在しない」ことにしてしまっているのです。
「内田 樹 著『下流志向』(講談社)」より
前回説明した「学びからの逃走」について,今回は「等価交換する子ども」という視点で捉えて みます。この視点は,プロ教師の会代表,元高校教師である諏訪哲二さんの『オレ様化する子どもた ち』(ちくま新書)中に登場します。その部分を引用します。
彼および彼女は自分の行為の,自分が認定しているマイナス性と,教師が下すことになっている処 分とをまっとうな「等価交換」にしたいと「思っている」。(…)そこで自己の考える公正さを確 保するために,事実そのものを「なくす」か,できるだけ「小さくする」道を選んだ。これ以降, どこの学校でも,生徒の起こす「事件」の展開はこれと同じものになる(今でもそうである)
以前の学校でこのような事がありました。喫煙の現場を教師に目撃された生徒が「吸っていない。 先生の見間違いだ」と言い張りました。
また,コンビニで万引きをして防犯カメラに写っていたにも 関わらず,「それは自分ではない。別の人だ」と言い張ることがありました。
私が教師になった頃と は,全く違った生徒が出てきたことに驚きを感じた出来事でした。
この事は,上に挙げた諏訪さんの 考えと符合する部分です。このことを内田さんは「否定しがたい事実であっても,とりあえず否定し てみせて,わずかなりとも事実性を値切って学校から受ける罰を値切ろうとする。
このようなふるま いは「バザールでの買い物」のやりとりとまるで同じです。子どもたちは消費者マインドで学校教育 に対峙しているのです」と説明されています。
このような子どもが登場したのはなぜでしょうか。 2人の考えをまとめてみます。
私たちの子どもの頃は,生まれて初めて社会活動に参加するという ことは,労働でした。つまり,家事手伝いが最初だったのです。しかし,現在の子どもたちは,消費 が最初になっているのです。つまり,コンビニに行けば,4歳の子どもでも店員から「いらっしゃい ませ」「ありがとうございます」という挨拶をされ,お金を出すことにより大人と同じサービスを受 け取ることができるのです。まとめてみると,現在の子どもは,消費者として人生をスタートしてい るということになります。消費者主体になれば,自分に出されたものすべてを商品としてとらえます。 その商品に見合うお金を支払おうと考えるのです。このように,子どもたちは教育も等価交換でとら えようとしているのです。
教師が与える教育サービス(授業や行事など)に対して,子どもたちが支 払うお金とは何でしょうか。内田さんは,「不快」と考えられています。「教室は不快と教育サービ スとの等価交換の場」ということになります。例えば,50分間の授業を静かに聴くという不快の対 価として,授業の質や量がそれに見合わないと判断した場合は,「値切り」を行うのです。50分間 のうち,10分間程度だけは,授業に集中するけれど,残り時間は私語をしたり,立ち歩いたり,マ ンガを読んだり,居眠りをしたりして,等価交換の原則を成立させているのです。「あなたの授業は, 10分間程度の価値しかないんだよ」と言っているのです。
このような消費者主体の等価交換の原則 が教育現場を荒れさせているのです。
教育はサービス業ではないと教師は自覚すべきだと思います。
『教師崩壊』(妹尾昌俊 PHP新書)を読破しました。様々なデータを引用して教師が直面している5つのクライシスが紹介されていました。
①教師が足りない
②教育の質が危ない
③失われる先生の命
④学びを放棄する教師
⑤信頼されない教師
この5つのクライシスが絡みあって,悲劇的な現状になっているのです。この中に藤原和博さんの言葉が引用されていましたが,こんなことをすべてこなす教師は,もはや人ではないでしょう。
〈引用始まり〉
一人の教員が 教科を上手に教え 生活指導とすべての 児童 生徒 に 関わる 事務 手続き を し、 防犯 や 防災 に 気 を つけ ながら、 一人一人 の アレルギー を チェック し、 AED( 心肺 蘇生 用 の 医療 機器) を 使える よう に し、 環境 教育 や 情報 教育 に 慣れ、 福祉 ボランティア 教育 と 国際 理解 教育 を 教え、さらに 食育 にも 消費者 教育 にも 気 を 配り、 尖閣諸島 や 北方領土 への 意識 を 盛り たて て 日本人 として 誇り を 持た せ、 おまけ に スポーツ 指導 や 部活 を 担当 し ながら、 要望 が 強く なり がち な 保護者 の 声 に 応える…… なんて、 一人 の 人間 の やる こと として明らか に 無理 が あり ます。
〈引用終わり〉
読後,教師の未来には光が見えてきませんでした。教師を目指す若者はいなくなることでしょう。日本という国が大きな危機に直面しているということです。
「道徳のチカラ」in福岡セミナーから先ほど戻りました。とても充実した1日でした。静岡県や宮古島から参加された先生もいらっしゃって,人とのつながりの面白さと大切さと喜びを感じた1日でした。水流先生ありがとうございます。2講座80分という場を与えてもらい,道徳授業づくりに対する私の思いを伝えることがでいました。懇親会も楽しかったです。学びのベクトルが同じ方向を向いている先生と出会い,いろいろな話をすることに幸福を感じました。
夏休み最終日は,全員出勤日でした。
午前中は,職員会議と校内研修がありました。
特に校内研修では,研究主任である私が企画した内容で1時間しっかりと学ぶことができたと思います。校内研修と言えば,なかなか深まりがなかったり,どこか他人事と考える職員がいたりして,活性化できないという悩みがありました。
そこで今回は,研修と言うよりは交流という雰囲気を出すことに力点を置きました。
つまり,やらされる研修ではなく,やりたくなる研修を目ざしたわけです。
「より良い集団づくりを基盤とした学力の向上」という校内研修テーマのもとに,学級経営についての交流を行いました。
夏休み中に全職員に,以下の5つについて,それぞれ「意識してること」,「工夫していること」,「うまくいかないこと」の3つの項目について書くという宿題を出しておきました。
①学級びらき・授業びらき
②朝の会
③席替え
④班活動・班学習
⑤清掃指導
集まったレポートを私が集約し,本日の資料としました。
この資料をもとに,前半は,詳しくしりたいことを出してもらい深めました。
後半は,学年ごとに分かれて,さらに交流しやすい形にしました。
若手教師も,学級経営に関する先輩の考えや具体的実践例を知ることができたと思います。
従来の校内研修とは,違う空気が感じられてよかったと思います。
こんな交流が,職員室内で普通に行うことができれば,学校はもっとよくなると思います。
次回は12月に開催予定です。
全国学力学習状況調査の結果を受けて,夏休み中に校内研修がありました。その中で,授業改善の方向性として,弱点部分を補強する,「めあて」と「まとめ」を提示する,繰り返し取り組ませるなどを共通理解をしました。
しかし,これで学力が向上するとは思っていません。
私が意識していることは,生徒の学びのモチベーションをどうやって高めるかということです。
これに関して,教育心理学者の市川伸一先生の「学ぶ意欲の心理学」(PHP新書)を再読しました。
この本の中で,市川先生は,学習動機の二要因モデルというものを示しています。
二要因とは,
A学習の重要性(大=重視,小=軽視)
B学習の功利性(大=重視,小=軽視)
です。
Aを縦軸にBを横軸として分類した場合,以下の6つになるそうです。
(本には,分かりやすいグラフが掲載されていますが,ここでは掲載しません)
①実用志向(Aは大, Bは大)
②訓練志向(Aは大, Bは中)
③充実志向(Aは大, Bは小)
④報酬志向(Aは小, Bは大)
⑤自尊志向(Aを小, Bは中)
⑥関係志向(Aは小, Bは小)
この6つを私なりに解釈してみます。
①実用志向
勉強は将来役に立つことを折に触れて語る。
→そうか,今やっている勉強は無駄ではないんだ。きついけど勉強を頑張ろう。
②訓練志向
ドリルや簡単な問題を繰り返しやらせる。
→何回もやって基本的な知識や技能が身についたぞ,次も勉強を頑張ろう。
③充実志向
難しい問題や課題にではなく,全員ができるものに取り組ませる。全員参加の授業づくりをする。
→問題が解けた,できた,勉強は楽しいなあ。次も頑張ろう。
④報酬志向
学習の結果に応じて報酬を与える。できたらシールを与える。自学ノートに励ましメッセージを書く。
→授業中,先生が自分のがんばりをしっかりとほめてくれた,励ましメッセージをもらった,次も頑張ってみよう。
⑤自尊志向
仲間と競争させる,やり遂げた達成感を味わわせる。授業中に一人一人をしっかりとほめる。
→やった自分もできるんだ,ここまでやれたあ,うれしいなあ。さあ,次も頑張ろう。
⑥関係志向
仲間と一緒に取り組ませる。学級の空気が良好である。生徒と教師の良好な関係をつくる。
→あの先生が好き,あの先生はほめてくれる,あの先生は信頼できるから,頑張ろう。
自分の授業を振り返ってみると,6つ全てがあてはまるわけではありませんが,学習動機を意識して行っています。
残り7カ月,生徒の学習意欲を高める地道に取り組みを続けていきます。
なぜならば,勉強は全国学力調査のポイントやテストの点を上げるためだけにやっている訳ではないからです。
大人になっても勉強は続くのです。
学ぶことが楽しい,中学校の社会科で勉強したことは,こんなところで役に立つんだと実感させたいのです。
外出せずに書斎の整理を行いました。
整理の途中で,昔読んだ本をペラペラとめくってみるといくつかの文章に目が留まりました。その2つを紹介します。
①「間違いだらけの教育論」(諏訪哲二 光文社新書 2009年)より引用
「勉強するということは本能ではない。勉強することは外部を受け入れることであり,外部の秩序に自分を合わせて構成することである。つまり,自分を変えることである。言葉を身につけて,言葉によって構成された「知」的世界に入っていくことである。そして,人(子ども)はその意味や価値がわかってから勉強するのではない。勉強して「知」を身につけなければ,勉強の必要性はわからないからだ。子ども(生徒)は「知」の必要性がわかるまえに,「知」に向かっていなければならない宿命にある。
②「父親のしつけ 七つの実践」(辻創 思想社 1998年)より引用
「校則に左右される程度の個性とやらを後生大事にしてるようでは,彼らはこの先,永遠に個性的な生き方はできんだろう…私は心底こう思ったのであった。」
どちらも古い本ですが,今の教育,これからの教育に大切なことを言っているように思えます。
2003年にベネッセ教育総研の田中勇作さんの講演会に参加したことがあります。
その中で,「学びの基礎学力」として大切なこととして次の4つを挙げられていました。
1 豊かな基礎体験
(1)新聞やインターネット,書籍といった様々なメディアに親しんでる。
(2)家族や友人,教師との良好な信頼関係ができている。
(3)朝食の摂取を含め,良好な生活習慣が身についている。
2 学びに向かう力
(1)知的好奇心や感性が豊かで学習の楽しさや面白さを感じている。
(2)学習の役立ちや大切さを積極的に認めている。
(3)物事をやり遂げた経験や喜びを味わっている。
(4)繰り返しだけでなく,関連させて覚えるという方略も取り入れている。
3 自ら学ぶ力
(1)学習の計画やめあてを持って取り組んでいる。
(2)家庭での学習時間を確保し,宿題をきちんとやっている。
4 学びを律する力
(1)分からないことはそのままにせず,分かるまでがんばっている。
(2)学校の授業を大切にしている。
20年前のデータですが,大いに勉強になります。
現在の学力向上のために必要なことです。
「教師のチカラ47号」(日本標準)を読み終わりました。
今回の特集は,特別支援教育でした。勉強不足を痛感しましたので,特集については何も書けませんが,一番印象に残ったのは,鈴木健二先生のあとがきです。
「私たち教師がやるべきことは,授業の質を高めるための基礎・基本を身につけることである。的確な授業づくりができていないのに,タブレットを駆使したところで,本質から外れた授業にしかならない。タブレットを見るのではなく,子どもを見て授業をしたいものである。」
全く同感です。
このままいけば,子どもを観る機会が減少していくのではないかと心配しています。教師は,子どもを観る場面を意図的につくり,些細な変化に気づくようにしておく必要があると思います。
「教育は人なり」という言葉の意味を再認識すべきではないでしょうか。
今日は,市内のA中学校で行われた研究発表大会に参加しました。
研究主題は「主体的な活動から学力向上を目指す生徒の育成」でした。
主体的な活動の具体例や主体的に学ぶ生徒の具体的な姿が見られると期待して参加しました。
道徳授業は,「いのちの大切さ」を扱ったものでした。
①教科書を読み,
②主人公が「死」が無関係ではないと思った理由を問い,
③「いのち」からイメージするものを班で膨らまさせ,
④名前に込められた願いを考えさせ,
⑤将来の自分の子供にどんな名前をつけるか考えさせる。
という流れでした。
この流れがよくわかりませんでした。生徒の思考はスムーズに流れたのでしょうか。
これで,ねらいである「いのちの大切さを知り,前向きに生きていこうとする心情を深める」ことができたのでしょうか。
どの部分が,主体的な活動なのでしょうか。
主体的に学ぶような工夫がどこにあるのでしょうか。
2年間の研究での一応のゴールがこの授業なのでしょうか。
まずは,授業づくりの基礎基本をしっかりと身につけ,授業の基礎力を高める必要があるのではないかと思いました。
昨日の研究発表に参加して,普通の学校現場で2年間の研究を重ね,その成果を発表をすることは難しいことだと再認識しました。研究に多くの時間をとられてしまい,日常授業に支障が出てるのではないかと思います。研究主題にとらわれすぎて,日常授業に専念できない教師もいたことででしょう。
これでは,本末転倒です。日常授業がきちんとできる教師を育成していかなければ,学力向上も望めないと思うのです。
全員参加の授業ができない教師や指導技術もほとんど知らない教師に,生徒が主体的に学ぶような授業ができるわけがありません。もっと教師の基礎力を固める必要があります。
「親が知っておきたい 学びの本質の教科書 教科別編」 (ドラゴン桜2編 コルク)を読破しました。
漫画の「ドラゴン桜2」の主人公である桜木健二が案内人となって,教科別に学ぶことについて深く考察していきます。
読みながらメモしていくと4ページにもなりました。
その中からいくつかを紹介します。
①国語(坂本聰)
絵から文へ 文から絵へ 「媒体変換」で理解力が磨かれる。
②数学(牛瀧文宏)
「暗黙知」(説明できない知識)を増やす。
小学2年生までに計算を「何とかできる」ではなく,完璧にできるようにしておく。
計算するより暗記するという感じ。
数の感覚がわかると図形の感覚が得られる。
③社会科(伊藤賀一)
社会科こそ読解力。
歴史の流れや関連性。「なぜ」「どのように」を理解し説明できるか。
歴史はストーリーを読み解く。点を線にし,面にしていく。
頭の中を倉庫ではく,図書館にしておく。
とても刺激的な内容で,学びについて新たな視点を得ることができました。
今日は朝から部活指導。午後は,県立大学のYくんと一緒にPTA主催の講演会に参加しました。講師は,植松努さんです。自力でロケットを飛ばし,人工衛星をつくり,無重力装置を作った人です。植松さんの著書である「空想教室」をもとして道徳授業「思うは招く」を創り先週実践したばかりです。何かの縁を感じました。
とても話が分かりやすく上手で1時間半があっという間に終わりました。聞くことに集中したので,あまりメモをとることができませんでした。わずかなメモの中から,心に残ったキーワードを紹介します。
〇「楽(らく)」ばかりをすると無能になる」
〇「楽(らく)じゃなく楽しいことを探そう」
〇「違うと必要とされる」
〇「ちゃんとしなさいは危険な言葉」
〇「失敗はデータ」
〇「失敗に罰を与えない」
〇「不安の向こうによろこびがある」
〇「勇気を出して頼られたら助けよう」
〇「アドバイスは情報を与えよう」
〇「人生はフライングしたほうが先に進める」
〇「夢とは好きなことをやること。仕事は人の役に立つこと」
聞き終わった時,心が柔らかになるのがわかりました。
こういったことを積み重ねて「感性」が磨かれるのではないかと思いました。
「感性」とは,柔らかい心を持つことではないでしょうか。
是非,生徒たちにも聞かせたい素晴らしい講演でした。
今日は3年1組の朝の会から1時間から4時間目まで授業でした。その後,バタバタと給食を食べて,教育センターの研修会に参加しました。研修内容は「情報セキュリティ」でした。いくつかメモをしましたが,その1つに「リンゲルマン効果」というものがあります。
「リンゲルマン効果」とは,リンゲルマン効果とは、心理学者リンゲルマンが提唱したとされる集団心理現象のひとつで,人間は集団で作業した場合,単独で作業するよりも生産性が低下するという現象をいうそうです。「社会的手抜き」ともいわれます。
なるほど。職員室や学級でも同じことが言えます。こういった手抜きが起こらないためには,どうすればいいかを考えることで,学級経営のヒントが見えてきます。
23日(水)に市内道徳部員に公開する道徳授業の準備で,発問について学び直しています。
参考にしているのは,野口芳宏先生の「発問の作法」(学陽書房)です。
その中で,野口先生は次の様に書かれています。
発問とは,理解状態(正解)を把握している教師が,子どもの潜在的な「不備・不足・不十分」を顕在化し,正しい理解に導くために,問いのかたちをとって指導する教育技術の一つです。
また,よい発問の条件とはについて,次の6つを挙げられています。
①明快であること
(問いは単純明快,解は多様複雑,が好ましい)
②やや難問であること
(生産的思考が学力を伸ばす)
③すっきりとわかったと思えること
(読み取りで「解は人それぞれ」は誤り
④充実感,満足感が得られること
(教師のリードが子どもの読みを深める)
⑤発問相互に系統性があること
(系統的な発問は授業をドラマにする)
⑥多様な反応があること
(問いは単純,答えは多様,が良問)
発問一つで生徒の反応が大きく変わることを痛感していますので,この6つの条件は大いに参考になります。
今朝の読売新聞に「AIに負けない子供を育てる」の新井紀子さんの記事が掲載されていました。これを読んで,学力向上のカギは「読解力」にあることを再確認しました。特に印象に残ったのは,この部分です。
「語彙の量,書く速さ,ノートの取り方といった基礎基本がクラスの中である程度そろっていないとALを有効に使うのは難しい。各学年で縦断的に読解力を調査し,学ぶスキルを上げることで,学力の伸びしろをつくっていくことが重要なのです。」
その通りだと思いました。4月からの授業システムづくりのヒントになります。
今日の読売新聞の「国語力が危ない~語彙力の今~」という特集で取り上げられていた,3人の話を紹介します。
1人目は,ライターの寺口浩大さん。
「何でもエモいで片づけられると,こちらは相手の考えをつかめない。若者にとっても本当に言いたいことが伝わらず,困る場面が増えるのでは」
2人目は,国立国語研究所の黒石圭さん。
「人は言葉を頼りにして,物を考える。自分の気持ちにふさわしい言葉,その場の文脈にあった言葉を精度を高めて使う語彙力を持てば,より深く考え,伝えられる。社会で生きていくために語彙の力は有効だ」
最後に,学習塾経営者の矢野耕平さん。
「様々な表現を知った上であえて使うなら良いが,小さい頃から細かいニュアンスを無視した単語ばかり使っていては語彙が不足し,コミュニケーションが下手になる。言葉が貧しいと単純な思考回路になってしまう」
以前に書きましたが,知識は思考ツールだと思います。語彙も知識の一つですから,語彙が豊富だと思考が深まるのだと思います。
私と同い年である,佐世保教育サークルのメンバーだったT先生のレポートを読み直しています。サークルでは,毎回,ハッとさせられるレポートを持参されていて大きな刺激をもらっていました。
その中から1つを紹介します。
ベネッセの山河健二さんの話です。
➀人として基本的なことができない生徒は,学力もなかなか伸びない。
➁一緒に働きたい人を社会は受け入れる。
③まじめさが最終的には社会に出てから生きる力につながる。
④学校は社会である。
山河さんが講演会で話される内容は,おおよそ以下の4つです。
➀遅刻をするな。
➁授業は一生懸命に聞け。
③部活は続けろ。
④学校行事には参加しろ。
今から約20年前のレポートですが,大切な示唆を与えていると思います。
「内外教育」(令和2年4月7日)より,内田良先生(名古屋大学大学院准教授)の記事を紹介します。
〈引用はじまり〉
今回の臨時休業は少しばかり,多忙な日常から教師を解放した。児童の受け入れを行った小学校教師が「学校に来ている子どもが,本当にかわいくって。心のゆとりがあると,子どもの見え方が変わってくるというのは,大発見でした」と目を輝かせていた。業務にゆとりがあるからこそ,子どもにじっくりと向き合える。何とすてきな発見だろうか。これまで,教育界に住まう私たちは「子どものため」ばかりを考えてきた。だが,あえて「教師のため」を考えることが,子どもに質の高い教育活動を保障することにつながっていく。」
〈引用終わり〉
実際,この臨時休業になったことで私は部活動から解放されました。部活動に熱心ではない私のような教師にとっては,本当の意味で授業と向き合う時間が増えたと実感していると同時に喜びを感じています。部活動の存在意義は十分に理解しています。部活動が好きな教師は,それを通して教育を進めていけばいいのです。問題は,部活動が得意ではない,好きではない教師,そのスポーツに対して無知な教師にも半強制的に顧問を押し付けてしまう現状にいら立ちを感じているのです。事実,うちの学校長は,大学を卒業したばかりの初任者(女性)にサッカー部の顧問を任せました。ちなみに彼女は,大学時代は茶道部だったそうです。職員会議で私も部活動の在り方について意見をいいましたが,結局,教頭がサポートするということで収まりました。まだ部活動は本格的に始まっていませんが,彼女が20名近いサッカー部員を平日,土日の練習,練習試合,公式戦などでまとめていくことができるか心配です。
初めて教壇に立つ彼女が,学級をうまくまとめ,日常授業において生徒を統率していくための十分な時間を確保できるかどうか心配です。
学校や生徒のことを全く考えないで,心身共にリフレッシュできる時間が持てるのかどうか心配です。
授業や学級経営と部活動を切り離し,本来の意味での教師として育てることの大切さについて考えていくべきです。
この臨時休業中に,今後の部活動の在り方について本音で議論する時間を設けてほしいと思った記事でした。
昔は,若手と一緒に九州北部で開催される,いろいろなセミナーに参加していました。
福岡,佐賀,熊本など車に乗り合わせて行っていました。
車で行くと,その行き帰りでいろいろな話ができます。
特に,帰りの車の中はセミナーの興奮が続いているせいか,教育についていろいろな話で盛り上がっていました。
懐かしいですね。
そんな時代の話です。
期日は2003年7月29日に開催された野口先生の講演会の記録で,ホームページに書いたものです。
先日,7月29日(火)の朝からの激しい雨が降るあいにくの天気だったが,佐世保市教育委員会が主催する野口先生の講演会に参加した。400名を相手にする模擬授業あり,本音トークありの相変わらずの野口先生の刺激的な2時間講義だった。その講義のメモからいくつか拾ってみる。
○「授業の目的は,学力を形成すること。」
○「学力が形成されたかどうかは,子どもが変容したかどうか。」
○「学力形成とは,1 獲得・習得(入手) 2 訂正・修正(変更) 3 深化・拡充(向上) 1〜3のどれかがあればその授業は学力が形成されたことになる」
○「野口流 授業10の原則」
1 発問ー作業ー巡視ー指名
2 ノート作業は小刻みに
3 できることより変わること
4 ○か×か
5 全員参加の保証
6 挙手により立場の分布・分類を確認する
7 傍観者をつくらない
8 わからなさの自覚
9 向上的変容の自覚
10 否定への感謝
○「だめだと思ったら,改善する!」
今,一番気になっている芸人である千原ジュニアさんの本「すなわち,便所は宇宙である」(扶桑社)を読みました。自伝的小説「14歳」は随分昔に読みましたが,こちらのほうが断然いいです。全編にわたりジュニアさんの繊細さが伝わってきます。授業中に生徒に紹介したい面白いネタも多いですが,なるほどそんな見方もあるのかとうなづく話も多いです。例えば,こんな話です。
〈引用はじまり〉
これは誰かの言葉なんですけど,「視力」というのは「思力」でもある。それがないと,「そこに隠されている大事なものを素通りしてしまう」のだと。ニュートンだって,絶えず「思力」を持っていたらこそ,リンゴが落ちた瞬間に「万有引力や!」って引っ掛かっただと思うんです。
〈引用終わり〉
授業づくりにつながると思いました。
見ている物体は全員が見えているはずです。しかし,「思力」がある教師は,それを授業で使えるかどうかを考えることができると思います。
ということで,ジュニアさんの「便所は宇宙」シリーズ残り5冊を購入しました。
そういえば、谷崎潤一郎も「陰翳礼讃」の中で日本の厠のすばらしさを書いていましたね。
全国学力学習状況調査の結果を受けて,夏休み中に校内研修がありました。その中で,授業改善の方向性として,弱点部分を補強する,「めあて」と「まとめ」を提示する,繰り返し取り組ませるなどを共通理解をしました。
しかし,これで学力が向上するとは思っていません。
私が意識していることは,生徒の学びのモチベーションをどうやって高めるかということです。
これに関して,教育心理学者の市川伸一先生の「学ぶ意欲の心理学」(PHP新書)を再読しました。
この本の中で,市川先生は,学習動機の二要因モデルというものを示しています。
二要因とは,
A学習の重要性(大=重視,小=軽視)
B学習の功利性(大=重視,小=軽視)
です。
Aを縦軸にBを横軸として分類した場合,以下の6つになるそうです。
(本には,分かりやすいグラフが掲載されていますが,ここでは掲載しません)
①実用志向(Aは大, Bは大)
②訓練志向(Aは大, Bは中)
③充実志向(Aは大, Bは小)
④報酬志向(Aは小, Bは大)
⑤自尊志向(Aを小, Bは中)
⑥関係志向(Aは小, Bは小)
この6つを私なりに解釈してみます。
①実用志向
勉強は将来役に立つことを折に触れて語る。
→そうか,今やっている勉強は無駄ではないんだ。きついけど勉強を頑張ろう。
②訓練志向
ドリルや簡単な問題を繰り返しやらせる。
→何回もやって基本的な知識や技能が身についたぞ,次も勉強を頑張ろう。
③充実志向
難しい問題や課題にではなく,全員ができるものに取り組ませる。全員参加の授業づくりをする。
→問題が解けた,できた,勉強は楽しいなあ。次も頑張ろう。
④報酬志向
学習の結果に応じて報酬を与える。できたらシールを与える。自学ノートに励ましメッセージを書く。
→授業中,先生が自分のがんばりをしっかりとほめてくれた,励ましメッセージをもらった,次も頑張ってみよう。
⑤自尊志向
仲間と競争させる,やり遂げた達成感を味わわせる。授業中に一人一人をしっかりとほめる。
→やった自分もできるんだ,ここまでやれたあ,うれしいなあ。さあ,次も頑張ろう。
⑥関係志向
仲間と一緒に取り組ませる。学級の空気が良好である。生徒と教師の良好な関係をつくる。
→あの先生が好き,あの先生はほめてくれる,あの先生は信頼できるから,頑張ろう。
自分の授業を振り返ってみると,6つ全てがあてはまるわけではありませんが,学習動機を意識して行っています。
残り7カ月,生徒の学習意欲を高める地道に取り組みを続けていきます。
なぜならば,勉強は全国学力調査のポイントやテストの点を上げるためだけにやっている訳ではないからです。
大人になっても勉強は続くのです。学ぶことが楽しい,中学校の社会科で勉強したことは,こんなところで役に立つんだと実感させたいのです。
「学校では教えてくれない 分かりやすい説明のルール」(木暮太一 光文社新書)
分かりやすく説明するための44のルールが,具体例を挙げながら書かれています。この44個のルール中で参考になるなと思ったものは,5つ程度でした。
1つは,接続詞の「が」,テーマ出しの「は」は使わない。
2つは,主語と述語は近くに置く。
3つは,動きを表す名詞は動詞に変換する。
4つは,具体的な動作を表さない動詞は使わない。
5つは,英語はなるべく日本語にする。
初心者にとっては,もっと参考になるルールも多いと思います。私は,野口芳宏先生から話術を学んだこともあり,この本から得られたルールは少なくなったのだと思います。
しかし,5つめの英語はなるべく日本語にすることは,その通りだと思います。トップダウンで現場に降りてくる政策やキャンペーンなど,本当に英語(カタカナ)が多いです。例えば,キャリア教育,マネジメント,PDCAサイクル,グランドデザインなど挙げればきりがありません。英語やカタカナにすれば,一言で済むからいいと思っているのでしょうか。それとも,単にかっこよく見えるからでしょうか,日本語だと堅苦しく捉えられてしまうからでしょうか,いずれにしても,もっとわかりやすい日本語でお願いしたいものです。鈴木孝夫さんも言っていたように,「言葉を大切にしない国は滅びるのです。」
評価の3観点の1つに「主体的に学習に取り組む態度」があります。
これをどう客観的に評価するかについて,読売新聞の「教育ルネサンス」(11月2日)に掲載されていました。
特に気になった部分は,所沢市立向陽中の沼田芳行校長の話です。
「ノートやドリルを集めて判で押すような評価では,答えを写すだけの生徒が出る。100冊のノートを点検する時間を,つまづいていた生徒に手をさしのべることに充ててほしい」
主体的に学ぶ態度を評価するために,毎日のようにワークや課題や練習帳を提出させて,評価材ばかりを集めている教師がほとんどだと思います。
「評価のための評価」に走りすぎていては,生徒の学びのモチベーションを高めることを見失っていまうと思います。
評価と言うのは,生徒を伸ばすためにするということを忘れてはいけません。
「親が知っておきたい 学びの本質の教科書 教科別編」 (ドラゴン桜2編 コルク)を読破しました。
漫画の「ドラゴン桜2」の主人公である桜木健二が案内人となって,教科別に学ぶことについて深く考察していきます。
読みながらメモしていくと4ページにもなりました。
その中からいくつかを紹介します。
①国語(坂本聰)
絵から文へ 文から絵へ 「媒体変換」で理解力が磨かれる。
②数学(牛瀧文宏)
「暗黙知」(説明できない知識)を増やす。
小学2年生までに計算を「何とかできる」ではなく,完璧にできるようにしておく。
計算するより暗記するという感じ。
数の感覚がわかると図形の感覚が得られる。
③社会科(伊藤賀一)
社会科こそ読解力。
歴史の流れや関連性。「なぜ」「どのように」を理解し説明できるか。
歴史はストーリーを読み解く。点を線にし,面にしていく。
頭の中を倉庫ではく,図書館にしておく。
とても刺激的な内容で,学びについて新たな視点を得ることができました。
生き抜きのために,朝から佐世保港へ行き何枚かの写真を撮りました。街路樹もほとんど散ってしまっていましたが,季節を感じる風景でした。そういえば,有田和正先生が,20年ほど前,佐世保で講演された時にこんな話をされていました。
「初めて訪れる街では,その街の街路樹を調べます。市の担当者にも聞きます。どんな木が植えてあるかで市政が伺えます。落葉樹なのか,常緑樹なのかでその街の気候などがわかります。どうしてその木を植えたか,その意図を考えると街の歴史や地理が分かるのです。」
この話を聞いた時に,身近なものを細かく観察すること「何だろう」の大切さと「どうしてだろう」「何でだろう」を考えることの大切さを学びました。こうやって,ネタを探し,発問を考えることで,生徒の学びの関心や意欲を高めることができるということを学びました。
午後は,学年通心と火曜日に予定されている学年懇談会の資料を作り,山頭火の俳句を入力します。
休みの最終日。
午前中は学年通心作成。
昼は妻とイタリアンレストランでランチを食す。
午後は読書。久々に堅い教育書「教育改革のやめ方」(広田照幸 岩波書店)を読破しました。初めはなかなか進みませんでしたが,途中から加速度が上がり2時間程度で読破しました。これがとても面白く,読破後ノートにポイントをかき出していきました。気に入ったポイントをいくつか紹介します。
①危なっかしい改革を無造作にやりすぎている
②教員自身が「深い学び」を経験する機会を継続的に用意すること。常に刺激的な学習体験をしている人が生徒にもそれを教えられる。
③従来型の授業を進行させつつ,その中に今までにはない学習体験を混ぜ合わせる授業を行う。
④子供たちに「自主的に勉強してね」と言いながら教員自身が与えられたもの以上の学びをしない。
⑤校長の役目
・教員の多忙化の改善
・外からの風圧に対して教員を守る
・教員同士の学びあいの土壌をつくる
・これまでにない概念や理念について深く学んで理解する
現場のことをしっかりと考えた論ですから,共感する部分が多かったです。若手教師にも是非読んでほしい1冊です。
この本のおかげで,一気に脳が学校モードに切り替わりました。
明日から出勤します。