哲学の誤読2

前回、「哲学の誤読」と題した記事を書いてから1年、また、大学入試模試の問題を目にする機会があった。

今回見たのは、駿台予備校の『2014/2015 第1回東大入試実戦模試』。

ぱらぱらと答案や解説を見ていると、またも気になる箇所がある。

しかも、今回は英語だ。

英語の第4問(B)は英文和訳の問題である。

テーマは、ethic of care。当然、これを訳出しなければならない場面もある。

ところが、「解答・解説集」を見てみると、これが「介護の倫理」と訳されている。

誤訳である。これは当然、「ケアの倫理」と訳出しなければならない語だ。

ご存知の通り、「ケアの倫理」は、規範倫理学の一理論であり、近年になって、ギリガンやノディングスといった哲学者によって提唱され、注目を集めている。公平性を重んじる従来の哲学を「正義の倫理」と位置づけ、ときとして冷たく杓子定規になりがちな「正義の倫理」とは違い、各個人に応じた、愛情に満ちた対応を唱えるものである。

人文系の大学生なら知っていることが望ましいし、人文系の大学教員(つまり、本番の入試での採点感)ならば絶対に知っている訳語だ。ませた受験生ならば知っていてもおかしくない語で、現に私の手元にある答案にも、「ケアの倫理」の語を用いたものがある。

ところが、模試の採点では、「ケアの」に下線が引かれ、バツがつけてある。

「あーあ、ちゃんと訳せよw カタカナにしただけじゃダメだよw」などと思いながら採点したものと思われるが、これを「介護の倫理」と訳す方が、よほど非常識である。学会やれば誤訳との指摘を受けることは必至である。

もっとも、私自身が採点をする場合、「介護の倫理」と書いてきてもバツにするつもりはない。高校生ならば、知らずにこのように訳しても仕方がない。

しかし、このような問題を出題しながらも(近年の哲学の動静をある程度捉えた出題自体には感心する)、「ケアの倫理」という訳語を知らずに減点対象にしているのは、片手落ちの謗りを免れまい。