春に読みたい文庫本5冊

春は、とくべつな季節です。

雪は解け、過ぎ去った日々を忘れ、

新しいことを始めよう、という希望に満ち溢れた季節。

しかし、未来に向きあうとき、わたしたちは、不安を感じ、おののきます。

もう決まってしまった過去に対して、未来は不確かで、まだ決まっていないから。

そして、なんとなれば、未来を見つめることは、過去の失われた可能性を見つめることでもあるのですから。

春は、出会いと別れの季節。

わたしたちは、いったい今、なにと出会い、そしてなにと別れようとしているのでしょう。

そんな春に読みたい5冊の本を選びました。

選ぶにあたって、ひとつの基準を設けました。文庫で手に入ること。

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1.いっしょに暮らすこと

アン・マキャフリー 天より授かりしもの (創元推理文庫)

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宮廷暮らしに政略結婚。嫌気がさした王女ミーアンは宮廷を逃げ出し、植物を育てる能力を活かして、森の中の小屋で暮らし始めます。

家事をしたことのない王女はおお弱り。そこに現れた謎の少年ウィスプ。しっかりした彼に助けられ、王女と少年の共同生活がはじまります。

しかし、宮廷も、失踪した王女を探すために兵士たちを送り出していて、それを知った少年の態度は豹変。はたして少年の正体は……。

長編ファンタジー『バーンの竜騎士』で知られるアン・マキャフリーによる、小さなロマンス・ファンタジー。

100ページちょっとの短さで、ストーリータッチも絵本のよう。グイン・サーガでお馴染みの末弥純による挿絵も素敵。

童話のお決まりの最後の一行、「二人はいつまでも、幸せに暮らしました」を、そっと深く噛みしめたくなるような、小さくて優しい作品。

おねショタ好きに。

2.夢と向き合うこと

フレドリック・ブラウン 天の光はすべて星 (ハヤカワ文庫 SF フ 1-4)


かつて宇宙飛行士だったロケット技師マックス・アンドルーズ57歳。

宇宙開発が盛んだった時代も終わり、マックスはすっかりお払い箱。今では不安定な精神を抱え、自己破壊的な日々を送っている。

そんな中、木星探査計画を推進する女性議員が当選。マックスは再び、遠い昔に失った夢を追い始める。憧れ続けた星の世界に、再びマックスはたどりつけるのか?

夢を追うことって、決して幸せなことでも、かっこいいことでもないみたいです。

じっさい、この話の主人公マックスは、とても不幸で、とてもかっこ悪い。それでも、追い続けるから、「夢」なのでしょうか。

とても胸が痛くて、苦く切ない大人の作品。

失った夢がある人に。

3.心を休めること

トーべ・ヤンソン 新装版 たのしいムーミン一家 (講談社文庫)


日本に、ムーミンが好きという人は多くても、実際に原作を読んだことのある人は少ない、まして、原作のシリーズを全部読んでいる人ともなると、ほとんどいない。そんな印象があります。この巻では、ムーミンとスナフキン、そしてスニフがみつけた不思議な黒いぼうしをめぐって物語が展開します。それは、ものの姿を変えてしまうぼうしだったのです。

この巻の中で、春、その年はじめてのチョウを目にしたムーミンが、こんな占いをするシーンがあります。その年、はじめて見たチョウが黄色なら、すばらしい年になる。白いチョウなら、おだやかな年になる。春、ひらひらと舞うチョウを目にするたびに、わたしはこのエピソードを思い出します。

ゆっくりと時間の流れるムーミン谷に、いつか移住したいものです。

忙しない日々に疲れた人に。

4.成長すること

ノヴァーリス 青い花 (岩波文庫)


ビルドゥングス・ロマン。少年が人との出会いを通じて成長していく様を描くジャンルの作品です。

少年が夢に現れた青い花を探すため、旅に出るところから物語ははじまります。様々な先達たちと出会い、少年は世界を知っていくのです。

静謐で神秘的な世界観の中、少年が辿りついたものとは。そして、その先には。

ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスター』に影響を受けたともいわれる、未完の作品。

後編がはじまって少しで終わってしまうのですが、夭折した天才ノヴァーリスは、どのような終わり方を想定していたのでしょうか。

夢に青い花が出てくる人に。

5.成長しないこと

ヘッセ クヌルプ (新潮文庫)


初恋の相手に裏切られたとき、クヌルプの放浪がはじまった。

放浪者クヌルプの生涯を、三つの短編に分けて描き出します。

最初の短編の舞台が冬、次の短編は夏、そして最後の短編は秋。春を舞台にした短編だけがないことには、なにか意味があるのでしょうか。

この小説がはじまる前、作中で繰り返し回想される幼き日々が、クヌルプにとっての「春」だったのではないかとも、私には思われます。

三つ目の短編で、ついに放浪者クヌルプは死を迎えます。そのときの彼の心境を読むと、わたしは自分の人生に思いを致し、ひどく考えさせられます。

クヌルプの考えを必ずしも手放しに受容するのではなく、ときに批判的に、検討してみること。

散歩好きに。