3ヵ月で100枚のアルバムを聴いて

Apple Musicの3ヵ月無料トライアルに申し込んだら、持ち前の貧乏性が頭をもたげて、3ヵ月でアルバムを100枚聴いてやろうという無茶を敢行してしまった。毎日アルバム1枚聴いてもまだ足りないというペースであるが、最終日の12月1日に4枚を聴き、なんとか3ヵ月丁度で100アーティスト、100枚の、今まで未聴だったアルバムを聴き終えることができた。それぞれのアルバムのレビューは、ツイッターで #3ヵ月100枚 で検索していただければ出てくる。ここでは、3ヵ月で100枚を聴き終えた感想を記しておきたい。

最初は、「今までに聴いてこなかったような音楽をたくさん聴いてやろう」というような心持だった。ところが、終えてみると、驚くほどに、自分のテリトリーから出ていないことに気づく。タグ #3ヵ月100枚 で検索して、あらためて聴いてきたアルバム群を眺めてみると、ほとんどは6, 70年代の洋楽ロックで、たまに80年代のものが交じる。邦楽もたまに聴いてはいるが、やはり割合としては少なく(もっとも、Apple Musicの邦楽ラインナップがそもそも少ないという問題もある)、クラシックやジャズとなると、100枚中ほんの数枚だ。

結果的に、今までは名前は知っていた、顔見知り程度だった人たちと一人ずつ会って一緒にゆっくり食事をしていくような、そんな旅路になった。得意になって地の果てまで行ったと思っていたら、実はお釈迦さまの手のひらの中で飛び回っていたとような、音楽の世界の広大さを改めて思い知ったような、そんな感想を抱いている。

音楽の広大さを知って、一つの問いが生れる。「どこまでテリトリーを広げるべきなのだろうか?」という問いだ。私たちは、この広大な音楽の世界を、どこまで早足で通りすぎるべきなのだろうか。

たくさんの作品を鑑賞する人に憧れていた。どの作品の話をしても、応えが返ってくるような人。本だって、乱読するのが恰好良いと信じて疑わなかった。自らを「書痴」と称する人々の言葉は、自嘲的な自慢であり、私もそんなことを嘯いてみたいと思っていた。音楽についても同じだ。あるドラマーは、すさまじい数のCDを車に積み込んでおり、常に新しい音楽を聴きながら移動する。そんなエピソードを聞いては、音楽愛好家かくあるべしと思っていた。しかし、今、実際に自分がそれをやり終えて、抱く思いは少し違う。

ダスティン・ホフマンが、こんなことを言っている。「ハンフリー・ボガートに憧れて俳優になった。タバコの吸い方、帽子のかぶり方、何から何までボガートの真似をして、真似をして、真似をして……そして私はダスティン・ホフマンになったんだ」。一人の俳優を真似して、真似しつくすところからオリジナリティが生れた。もしかしたら、ただのボガートの亜流と、一人のオリジナルな俳優とを分けるのは、最後の1%の才能の有無なのかもしれない。しかしそれでも、とことんまで研究せねば、オリジナリティは生まれないのだ、とホフマンは教えてくれる。

レコードをすり切れるまで聴いた昔とは違い、音楽ファイルはいくら聴いてもすり切れることはない。たとえ音楽ファイルがすり切れるような性質のものだったとしても、リスナーの大半は、すり切れるまで聴くことなく、アルバムの上をそそくさと通り過ぎてゆくだけだろう。今回3ヵ月で100枚のアルバムを聴いた私のように、だ。

むろん、たくさんのアルバムを聴くことにも理由がある。良いアルバムに出会うためには、たくさんのアルバムを聴かねばならない。聴いてみなければ、それが良いアルバムかどうかなんて、わからないからだ。もちろん批評家の評も手掛かりにはなるだろう。それでも、結局自分が本当に好きな音楽というのは、自分にしかわからないのだ。だから私たちは多くのアルバムに(目を通す、ならぬ)耳を通す。だけど、好きになったアルバムについては聴き返したい、そのアーティストの他のアルバムを聴いてみたい。音楽の選択肢が少なかった昔の話ではない。今、音楽が溢れている時代でも、なお。そうしなければならない内的な必然性が私たちにはあるのだということに、気づかされた。

スーザン・ソンタグは「二度読む価値のない本は、読む価値はありません」と書いた。音楽についてもそれは同じだという思いを、(逆説的だが)100枚のアルバムを聴く中で強くした。幸いなことに、今回聴いたアルバムの中には、聴き返したいアルバムが多くあった。その中のいくつかを列挙して、感想のしめくくりとしたい。

数多聴いた洋楽の中では

The Clash "London Calling," The Byrds "Mr. Tambourine Man," Paul Simon "The Paul Simon Songbook," Jackson 5 "ABC," Jack Bruce "Songs for a Tailor"

の五枚が特に強く印象に残った。特に"The Paul Simon Songbook"と"Songs for a Tailor"については、あまり事前に名盤という印象なく身構えずに聴いただけに、「出会えた」感が強い。

一方、あまり今回は聴くことの出来なかった(広義の)邦楽だが、特に、

パスピエ『演出家出演』、服部克久『音楽畑』、YUI 『CAN'T BUY MY LOVE』

の三枚のアルバムは、強く印象に残った。

今回聴いた100枚のアルバムの中には、人に薦められて聴いたものも多い。昔やっていたバンドの友人たちに、私の方からオススメを訊いたというものもあるし、ツイッターを見て、DMやリプライでオススメのアルバムを教えて下さった方もあった。この場を借りて深く感謝したい。

2015年12月8日、ジョンレノンが凶弾に倒れてから35年目の夜に。