ゼペタ氏のブランコ
工場ではたらくゼペタ氏の楽しみは、園芸でした。一日の仕事が終わると、工場長さんはゼペタ氏にぴかぴか光る銀貨を二枚呉れます。ゼペタ氏は銀貨一枚で、季節に応じた草花の種や肥料、他の色々な園芸道具を買って帰ります。ときには、数日銀貨をためて、移植ごてやプランターを買い込むこともあります。二枚ある銀貨のうち、もう一枚で、ゼペタ氏はごはんを買います。
家に帰るとゼペタ氏はごはんを食べて、やおら庭に出ます。うーんと背伸びをして冷たい空気を吸い込んだゼペタ氏は、腰をかがめると、そのまま疲れて眠くなるまで土いじりをしています。カレンデュラが芽を出した、イチゴの苗が根を張った、シクラメンの花が咲いた、カシの幼木の背がまた少し伸びた。そんなことに気づく瞬間が、ゼペタ氏の無性のよろこびなのでした。
ゼペタ氏の庭は、季節とりどりの色々な植物がみられる、それは見事なものでした。ゼペタ氏は、自分の庭をとても自慢に思っていました。
ある日、工場長さんがゼペタ氏の家にやってきました。ゼペタ氏は、さっそく自慢の庭を工場長さんに見せました。ところが工場長さんは、こう言いました。「なんだね。こんな植物なんか植えたって、お金がかかるばっかりで、なんの役にも立たないじゃないか。こんな趣味はもうやめてしまいなさい」。そのお説教があんまりショックだったので、ゼペタ氏はしょんぼりして、翌日から銀貨一枚で園芸用品を買うのをやめました。お金はどんどんたまっていきます。
「役に立たない、かあ……」。少し顔色の悪くなったゼペタ氏はある晩、テーブルの上に並べた銀貨を前にため息をつきました。「たしかに園芸をやっているときは、こんなにお金はたまらなかったなあ。一日一枚ずつ、銀貨が手元に残るようになった」。素直なゼペタ氏は思いました。「あれ。じゃあ、ご飯を食べなければ、一日に二枚、銀貨が残るんじゃないかな」。ゼペタ氏の庭は、枯れ始めていました。
そこでゼペタ氏は、ご飯を食べるお金も節約して、せっせせっせと工場で働くようになりました。工場長さんはにこにこしてゼペタ氏の様子を見守っていました。「やあやあ。ご飯を食べるのも惜しんで働くとは、感心な事だ。園芸なんかよりも、工場で働くことの方が何倍も役に立つことなのだからね」。
銀貨がテーブルの上に並びきらなくなったので、ゼペタ氏は大きな袋に銀貨をつめて保管することにしました。「ああ。銀貨がどんどんたまっていくぞ。しかし、たまった銀貨は一体どうすればいいのかしらん……」。すっかり痩せてしまったゼペタ氏は不思議そうな顔をして、呟くのでした。ゼペタ氏の庭も、ゼペタ氏と同じようにすっかり痩せてしまいました。
ある朝、いつまでたってもゼペタ氏は工場に顔を出しませんでした。工場長さんがゼペタ氏の家を訪ねると、ゼペタ氏は机につっぷして死んでいました。「あまり役に立たない奴だったなあ」と、工場長さんはひとりごちました。
それから、五十年の月日が流れました。すっかり枯れ果てたように見えたゼペタ氏の庭では、次の春がくると、またいくつかの草木が育ち始めました。なかでも、ゼペタ氏が大事にしていたカシの幼木は、この五十年の間に立派な大木に育ちました。ゼペタ氏が死んでから、彼の庭は誰でも入ることのできる公園のような場所になりました。カシの木の大木には、ロープと板が結びつけられ、ブランコがつくられました。ゼペタ氏の庭は、今では子供たちの人気の遊び場です。夕方になると、毎日、仲のいい子供たちがやってきて、かわりばんこにブランコを漕いでいる楽しそうな姿を見ることができます。
工場はつぶれてしまいました。工場のあった場所には、今では工場とは全然関係のないハンバーガー屋さんが建っています。もう誰も、そこに工場があったことなど、覚えていません。
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2014年9月10日。1500字くらい。 「役に立たない文系学部は国立大から消滅」という記事と、「趣味に1万円かけてはいけない」という記事を読んで書いたもの。