小松未可子「e'tuis」の音割れは何が問題なのか?

声優、小松未可子の新アルバム「e’tuis」の収録曲「sky message」が音割れしていると、インターネットで話題になっている。

ツイッターでも、「音割れヤバいから回収しろ」派から、「音割れとか言ってるやつは耳おかしいんじゃねえの」派、はては「音割れしてるけどいいアルバムだからオッケー」派まで、様々な議論が入り乱れている。

私は、この音割れ問題は、日本のアニソン・声優ソング業界のクオリティを左右する大問題だと思っている。この文章では、私がなぜそんなにも「e’tuis」の音割れを問題視するかを、述べておきたい。文章は、以下の三章構成になっている。

1.「音割れ」がなんなのか、まずははっきりさせよう

2.「音割れはあるが気にせず聴きたい」のヤバさ

3.プロデューサーの発言の問題点

1.「音割れ」がなんなのか、まずははっきりさせよう

ツイッターを見ていると、「音割れなんてなかった」と言う人がいる。「音割れがあると言っている人は、スピーカーやイヤホンがちゃちなのだ」という人もいる。「音割れがあるって言っている奴は耳ついてんのか」と言っている人までいる。

こうした人たちは、耳が悪い。……冗談である。たぶんこの人たちは「音割れ」が何なのかわかっていない。

日常生活で「音割れ」という言葉が使われるのは、次のようなシチュエーションだ。

駅のスピーカーから聴こえるアナウンス。「え゛ー、にばんぜん、だだいまじゃりょうでんげんで、だいやの゛みだれがじょうじでおりまず。ザー……ブツッ」。音が割れすぎて、何言ってるのか全然わかんねー。

そういう極端なのを、想像しているのではないか。ここでいう「音割れ」は少々、いや、だいぶレベルが違うのである。

「音割れ」とは何か。説明したい。

曲をレコーディングしたとしよう。レコーディングをした側としては、なるべく大きな音にしてリスナーに届けたい(これを「音圧を稼ぐ」と言う)。その方が迫力が出るからである。

そこで、パソコンで音を大きくしていく。しかし、何事にも限界はある。音を大きくするにも限界があり、そのラインを超えて大きくしようとすると、ラインを超えた部分の信号がつぶれ、「ビリビリ」といった音が入ってしまう。これが「音割れ」である。だから、ミックスでは、曲中で限界ラインを超える箇所がないように細心の注意を払いながら、ぎりぎりまで音量を上げていくことになる。

さて、音割れが何かわかったところで、もう一回問題の音源(←公式のyoutubeが別窓で開く)を聴いていただきたい。「流星よりはやく」の「り」のところで、「ビリビリ」という、セロファン紙をもむような音が聴こえたのではないだろうか。これが音割れである。

「なんだ、これが音割れ? こんなを気にするの? これくらい、問題ないじゃない」と言う人もいるかもしれない。ツイッターでも、「音割れはあるがいいアルバムなので気にせず聴きたい」と言っている人がいた。

2.「音割れはあるが気にせず聴きたい」のヤバさ

こう言っている人は、余計なクレームをつけないことで、自分の好きなアニソン・声優ソング業界を守っているつもりかもしれない。しかし、こういった態度は実は逆に業界のレベルを低下させているのだ。その理由を、説明したい。

音割れをしていようが受け入れてもらえるならば、制作者側としては、「なんだ、少しくらい音割れしていても、音圧が高い方がウケがいいんだな。それだったら音圧をどんどん上げちゃえ」ということになる。

その結果、今アニソン・声優ソング業界で起こっているのが、いわゆる「音圧戦争」である。ただひたすら、こぞって音圧を上げるわけである。それのなにがいけないの?と言う人もいるだろう。問答形式で説明しよう。

太郎君「音圧を上げすぎてなにがいけないの? 迫力が出るならいいことじゃないの?」

博士「本来、音圧が足りなければ、我々リスナーがボリュームを調整して音量を上げればいいだけの話なのじゃ。そうすれば、きれいな音のまま、大きな音で聴くことができる。だから音圧を上げすぎる必要などないのじゃ」

太郎君「ええっ、そうなんだ! じゃあ、他に音圧戦争のよくないところはあるの?」

博士「うむ。音圧を上げすぎると、「曲のダイナミクスが失われる」のじゃ。本来、曲は小さいところは小さく、大きいところは大きく聴こえるのがよろしい。メロは普通に歌って、サビで一気にシャウト!なんてのは定番のパターンじゃな。ところが、音圧を上げすぎると、メロからサビまで、ずーっと大きいままで聴こえてしまうのじゃ。想像してごらん、太郎君。最初から全力歌唱で、「あるがままの」のところで全然音量が変わらない「名もなき詩」を……」

太郎君「うわあ、それは嫌だ!」

いかがだろうか。「音割れはあるが気にせず聴きたい」などと言っている人は、こんな弊害だらけの「音圧戦争」に棹差し、自分の好きな業界で、クオリティの低い曲を大量生産させるのに一役買ってしまっているのである。ここはひとつ態度を改め、アニソン・声優ソング業界のクオリティのためにも、よりよい音質を求めてはいかがだろうか。

3.プロデューサーの発言の問題点

音割れを指摘する声に対して、プロデューサーのナカムラヒロシ氏が一連のツイートを投稿した。

彼はまず、

A.「小松未可子のニューアルバムe'tuisに音割れがあるってツィート見つけたけど断言しておきます。 e'tuisのマスターに音割れなんて存在しません。」と断言する。

ついで、マスタリングのスタッフの名前を挙げ、

B.「プロ中のプロ。 派手な音割れを気がつかないわけはない。 ありえない。」と否定。最後に、

C.「音割れしてるという方、eq、もしくは音量の自動調整をオンになってない?」と、リスナーの環境に問題があることを示唆する。詳しいツイートは氏のツイッターを参照していただきたい。

このA~Cの発言、いずれにも、問題がある。どこが問題なのか、見ていこう。

まず、Aを見ていただきたい。「マスターに」と言っている。マスターというのは、いわゆる「原盤」のことであり、すべての音源のおおもとになるものである。ここから、CDに焼かれたり、最近ではmp3に圧縮されたりしたものが、最終的にリスナーの手元に届く。つまり、言ってしまえば、「マスター」の音は、リスナーが聴いている音とは別の音なのである。

マスターに音割れがあるかないかは、どうでもいい話である。リスナーの耳に入る音源に音割れがあるかどうかが問題である。それとも、「リスナーが何を聴くかなんて知ったこっちゃない」とでも言うのだろうか。

残念ながらCにもこのような考え方が垣間見える。ナカムラ氏は、音割れしている人の方に問題があるのではないか、と言うのである。「マスターでは音割れしていなかった。itunesで聴くと音割れしている? だったらitunesで聴くのが悪い」という理屈である。しかし、これだけの人がitunesで楽曲を購入し、PCで音楽を聴く時代である。

今日のミュージシャンの多くは、リスナーがitunes、PCで音楽を聴くということをちゃんと気にしており、それに対応しようと日々苦心している。

たとえば「メルト」などの楽曲で、ニコニコ動画を中心に人気を博したryoは、インタビューで、「できるだけリスナーと同じ感覚で聴けるように、すべてのパターンでオーディオファイルを描き出して、Windows Media Playerで再生するんですよ」(『Sound Designer』誌、2012年4月号)と語っている。

また、ザ・ジェッジジョンソンの藤戸じゅにあは、同じくインタビューの中で、「iPodに付いてくるアップル純正のイヤホンも確認用に使っています。現在、音楽はほとんどがイヤホンで聴かれていますし、最も普及しているので、イヤホンでもスピーカーやヘッドホンで聴いたときと遜色のない仕上がりにするために切り替えながらチェックしていきます」(前掲書)と述べている。

このように、最近のミュージシャンは、どうやったらリスナーの環境で再生される音が、一番よくなるか苦心し、研究しているのである。一方でナカムラ氏は、A.自分の環境で再生される「マスターに」は音割れは存在しない、と主張し、C.リスナーの環境で再生される音が悪ければ、それはリスナーのせいであるかのような物言いをしている。しかもB.「プロ」だからミスがあるわけがない、と主張している。本当のプロは、リスナーの環境にまで配慮してミックスを行う、ryoや藤戸のような人のことを言うのではないだろうか。

もっとも、この問題は、ナカムラ氏個人の問題として捉えるべき話ではない。ナカムラ氏は、音質の悪さに対応しようとしないレーベルそのもの、ひいては業界全体の態度を代表していると考えるべきだろう。

以上、ここまで、今回の小松未可子のアルバム「e’tuis」の音割れ騒動について、何が問題なのかを書いてきた。復習すると、まず、1.音割れが何なのかわかっていないまま反論している人がいること、次に、2.音割れを見過ごすリスナーの態度が、アニソン業界のレベルを落としていること、最後に、3.プロデューサーがリスナーの環境に配慮していないことが問題なのであった。

私は別に小松未可子やアニソン・声優ソングのことが嫌いで、こういう文章を書いているのではない。むしろ、盲目的に「音割れなんてない」と言うファンよりは、ずっと音楽を愛しているとすら自負している。好きだからこそ、クオリティの高い曲を聴いていたいし、音質の悪さを許容するような業界であってほしくはない。良い曲が、良い音質でリスナーの耳元に届く未来を願ってやまない。

(2014/5/18, 文中一部敬称略)

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[5/21追記] 続報として、「小松未可子「e'tuis」の音割れをちゃんと検証する」をアップした。こちらの記事では、CD音源の波形を分析し、レベルオーバーにより音割れが生じていることを明らかにしている。