大人も読みたい5冊の自伝

偉大な人々の人生を参考にするべきだ、ってなもんで子供のころから「伝記マンガ」だの「子供のために書きなおされた自伝」だの、たくさん買い与えられてきました。

でも、正直、そんなもの子供が読んでもよくわかんないです。あんなにたくさん読んだのに、キュリー夫人の伝記マンガに出てきたカジミールおじさんの目がやたら細く描かれてたことしか覚えてないですもん。

伝記というのは、ある程度モノゴトの分かる年齢になって読んで初めて「ためになる」のではないでしょうか。

そんなわけで大人も読みたい自伝を5冊、選んでみました。

1.フリーマン・ダイソン 『宇宙をかき乱すべきか』

感覚的なものだったファインマンのくりこみ理論を数学的に表すなど、優れた数学能力で物理の発展に貢献したダイソンによる自伝。

ノーベル賞はファインマン、シュウィンガー、朝永の三人が分け合ったが、三人という規定がなければダイソンも受賞していただろうと言われる。

数学能力に長けただけでなく、文学をも愛した知の巨人であり、自伝の中でもイェイツやウェルズからの引用を行ったり、シェークスピア、ディケンズからフォークナーまでを論じたりする様子は、教養人かくあるべしといったところである。

言語学についても言及しているのだが、ファインマンやゲルマン然り、物理学者が言語学を好むのはどういった性質によるものなのだろうか。

オッペンハイマーやボーア、そしてファインマンといった量子力学の巨人たちとの交流を豊かな文才で描いているのが最大の読みどころだが、政府の機関のメンバーとして、最初期の原子力発電に携わった経験について触れている点も、現代の観点から読みなおされるべきところであろう。

2.R. P. ファインマン 『ご冗談でしょう、ファインマンさん』

ノーベル賞物理学者で『ファインマン物理学』の著者としても知られるファインマンによる自伝。

ファインマンが語ったエピソードを書き起こしたという形式であり、とても読みやすい。

数学や物理学のおもしろさ、ひいては物を考える自然科学のおもしろさをも教えてくれる。パーカッショニストとしての活動や、夜の街での暗躍など、機知に富んだファインマンの活躍が語られている。

ファインマンが語る中で、自分をかなり英雄的に描いていたことは関係者の証言からわかっているが、それも人を楽しませたいというファインマンならではのサービス精神だったのだろう。

この本を読むと、いつもほんの少し頭がよくなった気分になり、数学の勉強などをはじめてしまう。

続編に『困ります、ファインマンさん』、『聞かせてよ、ファインマンさん』(『聞かせてよ』は半分くらいがチャレンジャー号事故調査委員会の顛末に割かれている)がある。

講演録も多く、『光と物質の不思議な理論』では量子電磁気学を、『物理法則はいかにして発見されたか』『科学は不確かだ!』では、ファインマンなりの科学論を展開している。どれも読みやすいが、特に『科学は不確かだ!』は薄いのですぐ読むことができる。

『ファインマンさん最後の冒険』はファインマン自身の手によるものではなく、また、内容もファインマンが生前に企画していた旅行についての話なので、期待して読むと損かも。

『ファインマン物理学』は講義録。なかなか読みやすく、特に電磁気学などはなかなかにユニークな教え方をしている。

『ファインマン流物理がわかるコツ』では、微積分など、物理に必要な基本的な手法が書かれており、基本的な微積分については暗記を薦めるなど、ファインマンの計算能力の秘密が垣間見える。

『ファインマン計算機科学』については未読だが、評判はいいようだ。ただ、時代的に内容は古くなっていると思う。

3.シュヴァイツァー 『わが生活と思想より』

ノーベル平和賞受賞者で医師、哲学者、オルガニストのシュヴァイツァーによる自伝。ちなみにシュヴァイツァーはサルトルの親類にあたる。

この稀な才能の持ち主は、自らの波乱万丈の人生を、意外とさらっとした筆致で振り返っている。

いかにして神学を学び、30にして医学を学び直すに至ったのか。

独自の人生設計は、新卒採用、終身雇用が崩れつつある現代社会に生きる我々も、大いに参考にすべきかもしれない。

医学について書かれている部分は意外と少なく、音楽について多くの頁が割かれているのが印象的だ。

バッハの演奏家と知られ、オルガニストとして生計を立てていたシュヴァイツァーの演奏は、現代にも音源の形で残されている。

解釈は素晴らしいが技術が追いついていないと評されることが多く、私はクラシックはよくわからないが、実際、さほど感銘を受けるような演奏ではない。

しかし、本書ではバッハ解釈について熱く語るシュヴァイツァーの姿を垣間見ることもでき、彼の音楽への情熱を知る一端にもなるだろう。

思想的な部分については、論理的な厳密さに欠けており、そのためさほど印象に残らなかった。

彼が語った思想よりも、彼が身をもって示した思想の方に注目すべきだろう。

ちなみにシュヴァイツァーはノーベル平和賞を受けた時、「医学賞ではないのか」と周囲に漏らしたらしい。

4.ワトソン 『DNA』

二重らせん構造の発見者の一人として知られるワトソンの著書。

DNAと銘打たれているものの、半分はワトソンの回顧録である。

一番面白いのは共同研究者であるクリックとの日々。

想像力にあふれた若きワトソンと、物理学者出身であり分析能力に優れた年上のクリックが、コンビを組んでDNAの謎に取り組む姿が描かれている。

ワトソンがアイディアを次々と出し、クリックがそれを分析してはダメ出ししていく。二人が辿りついた真実は、意外にも単純だった。

DNA研究についても、詳細な記述がなされており、発見当時にとどまらず、それ以降の研究もしっかりとフォローされているのは流石である。

ちなみにワトソンは二重らせん構造の発見後も一貫して生物学周辺での活動を続けたが、一方のクリックは意識の研究に転向し、微小管の震えを意識の創発と結び付けるというアイディアを示している。物理学→軍の機雷設計→生物学→意識。波乱万丈なクリックの方の自伝も読んでみたかった気がする。

5.フランクリン 『フランクリン自伝』

凧を揚げて雷にうたれたり、アメリカ独立宣言を起草したり、カレンダーをつくって売ったりした変なおじさん、フランクリンによる自伝。

アメリカ文学を学ぶ上では必ず読むべき本らしいんですが……つまらないんですよね(と、唐突に文体が砕ける)。

フランクリンは元々印刷業で身を立てるんですが、このときに「人生訓入りのカレンダー」とかをつくって成功しています。

この自伝でも、人生訓がたくさん。有名なフランクリン十三徳ってのがあって、この自伝で出てくるんですが、順番に、

食べすぎるな、おしゃべりはダメ、規則正しく、決めたことは実行しろ、金を無駄にするな、時間を無駄にするな、嘘をつくな、人を傷つけるな、極端なことをするな、清潔な格好を、心を乱さず、純潔を守れ、謙虚であれ。

わ、わかったからベンジャミン。ちょっと黙ってて。

こんな風に、ちょっと説教くさいんですよね。

別に言ってることは悪くないし、「すごくためになる!」って言う人もいるみたいですけど、「うわあおもしろい! すらすら読める!」って感じの本じゃありません。

でも、教養のために。「大人も読みたい」って銘打っちゃったし、ね。パラパラっとめくって読んだふりしとこ?