バーベキューの味わいは、4つの要素で決まるそうだ。まず、Smoked flavor (香り)。肉を焼く木炭の煙が肉にしみ込み、独特の風味を出す。第二が、Tenderness (柔らかさ)。単にぶよぶよとした柔らかさではだめで、張りのある、しかし、しっくりとした柔らかさが求められる。第三に、Seasoning (調味)。ノースカロライナ州のバーベキューは、ビネガーを基礎としたバーベキューソースをたっぷりとかける。味付けが重要となる。そして、最後にConsistency(濃度)。これは、肉の脂分あるいは豊潤度を示す。僕の舌では、いずれも区別ができない。肉料理に対して、まったく訓練されていない。
バーベキューは、ただ単に肉を焼いただけの単純な料理と一般的に理解されている。しかし、専門家の薀蓄は深い。ノースカロライナ州東部のGreenville市に本社があるEast Groupのバーベキュー大会に招待された時だ。少々年取った男がやってきて、豚肉をちぎると口に放り込んだ。そして、僕のほうを向くと、「誰が焼いたんだ。」と聞いた。僕に聞くのはお門違いだろうと思いながらも、幸いに名前を知っていたので、「Eastの○○と△△だ。」と答えたら、「ふ~ん。そうか。」と満足したような表情になった。僕には、とてもたどり着けない世界だ。
バーベキューでは、主に以下のような点に薀蓄が傾けられる。先ず第一に、どんな焼き方をしたかだ。Pitで焼く方式はごくごくまれになったため、一部の店はPit焼きを売り物にしている。第二は、肉そのものだ。第三は、どんなバーベキューソースを使うか、そして、第四は、サイドの野菜に何を食べるか。第五は、バーベキューと一緒に何を食べるか。そして、第六は、一緒に何を飲むかと言うことになる。最後に、若干亜流としてのバーベキューサンドイッチなどがある。
この最初の6種の組み合わせが、実に難しい。全米のバーベキューは、その結果、7種類に分類されているそうだ。米国南部、中西部、南東部が米国バーベキューの故郷だから、全てこの地域の名前がついている。その内2つがノースカロライナ方式だ。ノースカロライナ州人が、バーベキューをお国料理と自慢するのも無理はない。
1. 東ノースカロライナ式
2. Piedmont式 別名、Lexington-Style (ノースカロライナ州)
3. サウスカロライナ式
4. 西ケンタッキー式
5. テネシー式 別名、Memphis-Style
6. ミズーリー式 別名 Kansas City Style
7. テキサス式
僕は未だ州外へ出ていないので、2つのノースカロライナ式とラーレー市内にあるMemphis Styleしか味わったことがない。従って、そのほかの4種については、Bob Garner氏の丸呑みということになる。
(その 1.) 薀蓄:
① 焼き方
1920年代の「古い時代」は、もっぱらヒッコリーなどのハードウッドを燃して、その炭を熱源とした。Pit-cookedと呼んでいる。Pit-cookedは、今ではほとんど稀になってしまったが、例えば、ラーレー市のMurray’s Bar-B-Qのように、売りにしている店もある。
電気オーブンあるいはガスオーブンが主流になる中で、肉にsmoky flavorを与えるために、ヒッコリーのチップや小切れを加えて焼く店もある。ラーレー市では、Red Hot & Blueがそうだ。但し、この店はMemphys styleだし、当然かもしれない。
Memphys StyleやTexas Styleでは、電気オーブンを使っても、肉は別の焼肉室に入れておき、肉の上に何時間も煙を通すそうだ。Heavy smokingという。肉にしみこんだ木炭の煙の香りを味わうそうだ。バーベキューというよりも、何か燻製になってしまった感じがする。
一般の集まりの場合には、蓋付のバーベキュー器に、市販の炭を熾して焼く。したがって、ヒッコリーなどのハードウッドではなく、ひるぎなどマングローブから採った木が原料だ。これにも色々なサイズがある。Wayne家の長女Melissaが大学を卒業した時のパーティでは、人数少なかったこともあり、豚は半身だった。しかし、通常の4~5人用の家庭バーベキュー器とは異なり、机一つくらいの大きさのものを使っていた。East Groupのバーベキュー大会のときは、机2つくらいの大きさのバーベキュー器に、豚がまるまる一頭手足を伸ばしていた。頭はついていなかった。このバーベキュー器は、トレーラーで引っ張れるように、連結器までついていた。
参考までに、ノースカロライナ州農務部の規定は、パッケージして店売りする場合、ガス・電気オーブンで調理した豚肉に、Barbecueの表示を行うことを禁じている。代わりに、「Cooked Pork」と表示しなければならない。但し、レストランで料理を出すときは、Barbecueと表示しても良いことになっている。従って、スーパーでBarbecueと書いてあるパッケージがあったら、間違いなくpit-cookedのはずだが、未だそんなものを見たことがない。
② 肉:
ノースカロライナやサウスカロライナのバーベキューは、豚肉と相場が決まっているが、西に行くに従って、肉が少しずつ変わってゆく。同じノースカロライナ州でも、東ノースカロライナは、豚を丸焼きにする。一方、Piedmontは、肩の肉しか食べない。豚肉のWhite meat部分(hamもも、loin腰、tenderloin腰の真ん中)は、脂分が少なく、「Dry」と呼ばれる。一方、Dark meat部分(shoulder肩、ribあばら)は、脂分が多いので、「Moisture」と呼ばれる。Piedmontの人々は、MoistureのあるDark meatを好む。元々このあたりにはドイツ系の移民が多かったから、肩の肉を好むのだという談がある。それも、Outside brownと言って、赤っぽく焼けたところが最上とされる。Deep reddish brown hueと言う。確かに、柔らかい歯ざわりがする。
一方、東ノースカロライナは、豚を丸ごと焼くから、WhiteとDarkが交じり合うことになる。従って、味もよりDryになる。
これが、サウスカロライナになると、両ノースカロライナの折衷となる。つまり、豚丸ごとと肩のみの好みが、両方とも並行してある。
ところが、アパラチア山脈を越えてテネシー州に入ると、豚の肩肉にリブが加わる。肉の切り方も、Pulled porkと呼んで、手で細長くちぎる。煙でしっかりと燻してあるから、まず香りを楽しむことになる。
更に、西へミシシッピー川を渡って、ミズーリー州に入ると、牛肉、豚、鶏、その他何でもバーベキューにして食べる。Kansas City Barbecue Societyのモットーは、If it moves, we cook it. (動くものは、何でもバーベキューにする。)だ。まるで、広東省のような標語だ。
更に西のカウボーイの本場テキサス州は、流石に牛肉中心になる。しかも、ブリスケ(Brisket)という胸の肉だ。真四角に切る。厚さが7cm~8cmもある。重さも、4~5kgある。この他に、豚肉にリブ、肩肉、鶏からソーセージまで焼く。テキサス式は、ゆっくりと煙に燻したものを最上とするから、Garner氏の説では、カウボーイ起源ではなく、ドイツ系の肉屋が編み出した方法だろうとしている。カウボーイは、こんな悠長な食べ方をしている時間はない。それに、カウボーイの口には、ほとんど牛が入らない。昔TVで゙ローハイドを見たときには、「じいさん。今日も豆か。」が毎夕食の挨拶だった。
そして、北のケンタッキー州だけが、マトンを好む。ノースカロライナ州の常識は、アパラチア山脈の東にしか通じない。
③ ソース:
東ノースカロライナのバーベキューソースは、他の地域と比べて、Hot and saltyと言われる。店によって多少の違いはあるが、ここでは、ソースにトマトと砂糖を一切使わない。ソースの原料は、ビネガー、塩、ブラック・ペパー、レッド・ペパーが基本で、各々自分のスパイスを追加して、それぞれの家庭・お店の持ち味を出す。そして、料理が出される時には、すでにこのさらりとしたソースがかけられている。
これに対して、Piedmontのソースには、ケチャップと粗目又は白砂糖が加えられ、一方、塩が除かれる。ケチャップが入っているとは言っても、まだビネガーベースだ。東ノースカロライナに比べて重くなるが、それでもまださらさらとした舌触りだ。東のHot and saltyに対して、Sweet and sourと呼んでいる。
ここでは、バーベキューソースをソースと呼ばない。Dipと言う。名前の通り、バーベキューが配膳されたときには、すでにどっぷりとソースがかかっており、豚が泳いでいるような感じさえある。そして、テーブルには、ノースカロライナの香辛料の代表格Texas Peatが必ず置いてあり、客の好みで振り掛ける。Texasの名前を使っているが、純粋のノースカロライナ州産だ。Louisiana Hotという、Texasよりはるかに辛い香辛料もある。Tabascoしか知らない日本人にとっては、香辛料の種類の多さは、ちょっとした驚きだ。
サウスカロライナは、Piedmont式のソースと純サウスカロライナ式のソースを両方使う。純サウスカロライナ式のソースは、何とマスタードベースになっている。この刺激を中和するために、砂糖、シロップ、糖蜜が混ぜてある。ケチャップはほとんど入っていない。このため、ソースは濁った黄色をしている。
山を越えたテネシー州では、Piedmontに比べて、更に濃いソースを使う。どろっとしたたれのような感じになる。甘い味だ。
ミズーリーとテキサスは、ペパー・ビネガー系のソースから、糖蜜とトマトがどっさりと入ってものすごく甘いソースまで、たくさんの種類がある。概して、濃い。
そして、ケンタッキーのソースは、Piedmontと同じようにDipと呼ばれる。但し、ここはBlack dipだ。トマトベースのソースに、何とウースターソースを入れ、辛味の強いペッパーを加える。
米国人は、トマトやケチャップが大好きだ。しかし、当初トマトは毒があると信じられ、観賞用にしか使われなかった。食用になったのは、1820年頃からだ。江戸時代天保水滸伝の時代だ。トマトの原産地インカ帝国が滅んでから、300年たつ。トマトは、今ではバーベキューソースの中に、大きな地歩を占めている。
さて、バーベキューを食べる時の最大の注意を一言加えたい。それは、ソースの味に絶対にけちをつけないことだ。今ではスーパーで売っているソースでごまかす家も多いが、ソースの味付けとレシピこそ、主婦の最大のプライドだ。母からあるいは祖母からの秘伝が隠されている。誕生日にいくら素晴らしいプレゼントを持参しても、いくらおべっかを使ってみても、ソースへの一言で全て台無しになってしまう。
2003年11月9日