大学院-美術工芸特論-第2課題

自己制作研究報告をする課題でした。

私の場合、祇園祭シリーズでレポートしてみました。

この課題は修了制作で必要な、制作ノートの前準備になりました。

無事に合格。

で、大学院必修の課題はこれですべて履修修了!

やれやれです。

1.制作物・研究成果物についての記述 ——————————————————————

制作のテーマは「京都」とし、町並みを歩き、気に入った風景を選び出している。画材は油絵具で、筆で平塗りを重ねたもので、支持体はキャンバスを使い、油彩画としてはスタンダードな作品を制作している。現在は通信制の大学院に在学し、アカデミックな制度の中で研究をおこなっている。

油彩による制作はおおよそ15年前から行っている。大学に入学するまでは「習うよりも慣れろ」というスタイルで、混色は主にキャンバスの上でおこない、未乾燥のうちに描き重ねて、構想する独自の色彩構成を造り出そうとしていた。その過程で、独自のものを編み出すことの限界を知り、現在はアカデミックな環境の中で、これまでの画家達が蓄積してきた技法を取り入れながら、自分に合うものを模索している。

制作の進め方は、まずは京都の町並みを取材し風景の写真撮影をおこなう。その後は写真を参考にして自宅での制作となる。描出したいことは、風景から感じた言葉にならない印象を、固有色を活かしながらも、感情が現れるような色彩を付け加え、鑑賞者が絵画と感情表現の揺らぎを受けながら、絵画世界に感情移入ができるような表現ができないかというものである。大学院では、その作用の一助となる素材になるのではないかと、銀色の箔を利用する表現研究をはじめた。銀箔の主な素材は、純銀・プラチナ・アルミである。はじめは純銀を利用する予定であったが、酸化による変色があるということで、まずは実験をおこなった。思うよりも早く変色し、コスト面を考え、アルミ箔を利用することにした。

現在のところ、箔の貼付ける部分を計画的に決める方法をとっていない。まずはアルミ箔を全面に貼付け、油絵の具で下書きをおこなう。箔の素材感を活かすために油の透明性を利用し、絵具は画溶液で極薄の状態にし、数回に別けて塗り重ねる。完成が近づき、箔を補いたいところが出てくれば上から箔を貼りこむ。現時点では、箔を使った表現を模索しているという状況である。経験を積んでいけば、利用方法も変わっていくのかもしれない。(844文字)

2.制作研究意図について ————————————————————————————

私が油彩を制作する契機となったのは祇園祭である。公募に出品するためのモチーフを探していた時に、偶然に祭礼が行われていた時期に鉾町へ行き、宵山に出される32基ある山鉾のうちの1基に魅了され、100号で制作をしたことがきっかけになった。そこから祭礼に興味をもち始め、すべての山鉾を100号のキャンバスに描くという構想ができ、完成したあかつきに個展を行うのが最終目標となった。それに付随して、京都の風景をモチーフにして制作をおこなっている。

八坂神社の祭祀である祇園祭は、疫神を鎮め疫病退散の願いを始めとする、神に対する感謝や祈願として行われている。その中で、祭礼を通じての町衆の結束や治安維持の効果も期待されてきた。制作を通じて知り得たことは、1000年以上も続けられた祭礼は世界的にも稀であること、継続するための町衆の尽力を知ることになった。

祭りは、現世での問題を解決するためにおこなれ、また、望みを叶えることや、対象としている神に感謝を伝えるもので、正の力が働く人間の営みである。祇園祭の全山鉾を制作する計画は、祇園祭の本質を知らない人々が祭礼を知る一端となればと思っている。そして、神という存在を信仰するか否かは別にして、祭礼に人々が集い、その中で人々が良き社会や、幸ある営みを築けるようにと願うためのきっかけになればと思っている。

制作する動機は、興味の引かれたものや、美しいと思った風景を絵画にしてみたいという内面的なものである。美しい風景を絵画として制作し、発見した喜びを共有すること、コミュニケーションの手段として、自身の存在をアピールすることも含まれているのではないだろうか。祇園祭も、1つのモチーフとしていたものが、制作や取材を重ねるごとに、祭礼の歴史や継続するための叡智、その裏側にある人々の真意を知ることになった。そして、祭礼の魅力を発信できるようなこと、絵画空間の中に町衆のたゆまぬ熱意や願いを描出することなど、祭礼の本質を伝えたいという、社会的な役割も含むようになってきたのではないだろうか。(855文字)

3.制作研究の歴史的位置づけ ——————————————————————————

私がテーマとする祇園祭に関連のある歴史上の作品は、平安後期に後白河法皇の勅命で制作された年中行事絵巻や、16世紀頃から制作され始めた洛中洛外図の中に描かれた祭礼の様子が上げられる。その中で、上杉博物館所蔵の洛中洛外図屏風に描かれた山鉾巡行の様子が、最も有名といえるのではないだろうか。

上杉本の研究文献を調べてみると、当時の町並みの中に総計2485名もの人物や、寺社・武家・公家の邸宅が232カ所も描かれ、当時の京都の様子を知るための貴重な資料ともなっているようである。制作の経緯は、どの研究でも政治的な背景があるとされ、有力な説は、足利義輝が狩野永徳に発注をしたというもので、義輝が完成を待たずに政治抗争の末に自刃、その後、織田信長が上杉謙信に交誼を結ぶために贈ったとされるものである。

私が制作する祇園祭洛中洛外図は、発注を受けて構想したものではなく、内面的な動機で制作を進めている。当時の京都と比べると、社寺は残るものが多いが、首都機能は東京へ遷った。景観を保存することが意識されながらも、住宅地と高層建築が建ち並び、自動車が移動の主なって交通標識と信号が乱立し、他の地域同様に近代特有の景観となっている。自然と私の構想する洛中洛外図も、現代の風景をベースに制作を進めることになる。絵画は、過去に遡ることや未来を想像して描くことも可能であるが、生きる時代を描くことが最も自然であり、現実感のある作品になるのではないかと考えている。

現代の風景を、西洋の遠近法を学んだものが描き、政治的意図もなく、個人の内面的な動機で描く洛中洛外図というのが、歴史上と関連した活動との相違ではないだろうか。そして人間の描くという営為は、過去の社会の中では特殊な技術として担う部分が大きく、権力との関係性以外にも信仰に関連したものが多かったが、現代は大衆化と共に、芸術的な行為として自己表現の分野も加わっている。私自身も、社会的なテーマを含みながらも、自己表現に翻弄しているといえるのではないだろうか。

(841文字)

4.制作研究の同時代的な位置づけ ————————————————————————

現代絵画は、自己表現の一部として、そして新しい美術的価値もとめて様々なジャンルが創出されることになる。写実はもちろんのこと、抽象絵画やポップアート、写真や映像を使った作品もあり画材も豊富にある。近代になりはじめたころから学問として論評されるようになり、世界各国の地域間の情報の共有化も早く、民族や文化圏独自の表現手法などの地域性が薄れた作家が増えたのではないだろうか。

油彩であれば、概ね再現性を意識した写実表現のために発展してきた画材であるが、近代以降、平面性を意識したものや、他の材料をミックスした作品も造られるようになる。国内でも、油彩で描かなければいけない作風というものは意識されず、ジャンルの枠をこえて、日本で生まれた表現手法を取り入れた作品も増えつつある。

洛中洛外図でいえば、日本画のジャンルでは平山郁夫氏の「平成の洛中洛外図」で、現代の町並みをベースに、平山氏が選定した場所をクローズアップして描いた作品である。他、洛中洛外図風の作品で好評を得ている作家は山口晃氏である。山口氏は東京芸術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了生で、作品は現代の表現をミックスさせた画風である。私が制作しようとしているものもアイデアの根源は同じであるが、銀色の箔を使った点、町並みの表現には日本画的な構成要素と、緻密でもありながらも、抽象的な表現も取り入れようと試みているところに特徴があるのではないだろうか。私が油彩表現で試したいことは、西洋の画材で日本の技法を取り入れながらも、現代の学術的なジャンルでは区分けしにくい無国籍な絵画表現といえる。

現代の日本画でも、流派や伝統的な大和絵のような描写以外にも、様々な手法をとりいれたものが増え、ジャンルというものは意識されなくなりつつあるのではないだろうか。そして、表現の自由度を増した現代の芸術環境は、作家にとっては恵まれた環境となったのかもしれない。(803文字)

5.自己評価 —————————————————————————————————

箔を効果的に使うことが現在のテーマである。箔を扱うことが未経験だったので、大学院1年では箔の張り込みの習得と油彩での箔の定着実験を兼ねて、描画表現の模索をおこなった。

私の制作の始めは、キャンバスへの下書きは明確な骨線を描かずにおこなっている。通常、キャンバスは油彩絵具が定着するように下地ができあがっているのだが、箔を利用する場合は金属の上に描くという、少し事情が違ってくることになる。箔を利用した作品も、計画的に箔の部分を決定していく方法を取らずに、まずは全面に貼付けることにした。箔の上に描いた部分の剥離も、実験したものが1年ほど経過しても問題なく定着し、腐食による変色も、アルミ箔は銀に比べて酸化変色も無いようだ。しかし、今後経年劣化でどのようになるのかが心配である。

描画は、初期の実験では油彩画用のスタンダードなチューブ絵具のみであったが、箔独特の光沢に負けてイメージしているものに近づかなかった。そこで、不足感を補うために銀絵具やピグメントの雲母系の画材を利用し、描画部分にもキラキラした光沢感を与え、私の感じる不足感を補うことにした。

祇園祭洛中洛外図の描画表現の狙いは、洋画と日本画表現が融合した感じを目指している。俯瞰図描写が、作品の印象に最も大きな影響を与えるのではないだろうか。遠近法にするのか、消失点をもたない多視点画法をとりいれるのかによって印象が左右する。今回は遠近法をベースに、多視点画法のような印象を感じるぐらいの緩やかな角度を採用した。

今後の課題は、箔を使った非現実な風景画を、現実の空間に基づきながら、キャンバスの平面に奥行きや実在感を感じるよう、どのよう画面の中に描出させていくかということである。そして、鑑賞者が現実の空間を見ているかのように、絵画世界に引き込まれるような構成を考えることが課題となる。これは、どのような風景画でも、そしてジャンルの違いがあってもすべての芸術家が目指すところではないだろうか。そこが絵画表現の最終的な課題となるのだと思う。(845文字)

(総数4188文字)

参考文献 ———————————————————————————————————

京都国立博物館『特別展覧会狩野永徳』毎日新聞社 平成19年10月16日

山口晃『山口晃大画面作品集』青幻舎 2012年12月3日