NHKへの質問状

BSドキュメンタリー

「遺伝子組み換え戦争“戦略作物”を巡る闘い欧VS.米」

日本放送協会(NHK)が2015年11月25日に放映した「BS 世界のドキュメンタリー『遺伝子組み換え戦争“戦略作物”を巡る闘い欧VS.米』」について、12月22日付で放送局長宛(写し:経営委員長宛)の質問状を郵送しました。

1月5日付で番組責任者よりご回答をいただきました。

2月12日付でFSINより2回目のレターを郵送し、今後は科学的因果関係の確認、公正さの担保などに十分配慮した放送をされるように要望しました。

≪FSINからのレター≫

2015年12月22日

日本放送協会

放送総局長

板野 裕爾様

(写)

日本放送協会経営委員長

浜田 健一郎様

食品安全情報ネットワーク(FSIN)

http://sites.google.com/site/fsinetwork/

11月25日「遺伝子組み換え戦争“戦略作物”を巡る闘い欧VS.米」についての質問状

食品安全情報ネットワーク(FSIN)は、食品の安全に関する必要な情報を収集し、科学的な立場からこれを検証し、自らも科学的根拠がある情報発信をすべく日々活動している、学識経験者 、消費者、食品事業者、メディア関係者等の有志による横断的なネットワーク組織です。

貴協会は11月25日、「遺伝子組み換え戦争“戦略作物”を巡る闘い欧VS.米(原題:TRANSGENIC WARS/ 制作:Premières Lignes Télévision フランス 2014年)という番組を「BS 世界のドキュメンタリー」で放映されました。フランスで制作された番組ですが、合瀬解説委員の解説と日本語の吹き替えが付されており、貴協会が当該番組の放映に対して責任を有していることは明らかです。

アルゼンチンでの奇形や先天性異常の子供たち、ガンの増加、デンマークでの家畜の奇形や死亡等の実態を取材した様子を伝え、それらが、除草剤を使う遺伝子組み換え大豆栽培の大規模農場に隣接した村や、遺伝子組み換え大豆を飼料として用いた養豚場で発生しているとして、農薬や遺伝子組み換え作物がそれらの深刻な健康被害の原因であると示唆する番組です。

遺伝子組み換え作物は、国連食糧農業機関(FAO)・世界保健機関(WHO)の合同食品規格委員会(CODEX委員会)によって示された国際評価基準に基づいて各国で安全性が確認されています。 発がん性などの人体への悪影響は確認されていません。

また、番組中ではグリホサートや2,4-Dといった除草剤も取り上げられています。グリホサートは、FAO/WHOの合同会議(JMPR)をはじめ、米国EPA、EUなどの評価において、発がん性がないと結論付けられているほか、JMPRの評価で催奇形性を持たないと評価されています。

※ 国際がん研究機関(IARC)が「おそらく、ヒトに対して発がん性がある」と分類したというニュースがありましたが、これについては下記サイトにて説明しておりますのでご参照ください。

https://sites.google.com/site/fsinetwork/jouhou/iarc_organophosphates

2,4-Dは、ベトナムで先天的に異常のある子供たちが大勢生まれた原因であるかのように紹介されていました。しかしながら、これが不純物として含まれていたダイオキシン類の作用による可能性が高いと指摘されていることは説明されませんでした。現在では、農薬の製造方法や不純物含有率は厳格に規定されており、2,4-Dもダイオキシン類を含んでおらず安全に使用することができます。日本でも登録されております。こちらで日本で登録されている農薬が検索でき ます。

http://www.acis.famic.go.jp/searchF/vtllm000.html

農薬や遺伝子組み換え作物については賛否両論、安全性への不安があることは承知しておりますが、当該番組はFSINが見る限り、何ら科学的根拠は示されず、個人の意見や主張、制作者の恣意的な編集によって、農薬や遺伝子組み換え作物が深刻な健康被害をもたらしているかのような 視聴者の誤認を誘導しています。また冒頭述べたように、フランスで制作された番組放送前に解説委員の合瀬氏のコメントがありましたが、農薬や遺伝子組み換え作物の安全性について番組内容とは異なる意見があることは述べられていません。

貴協会と日本民間放送連盟とで定められている放送倫理基本綱領には、「放送は、意見の分かれている問題については、できる限り多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持しなければならない。」とされています。

また、貴協会の放送ガイドライン2015には、「意見が対立する問題を取り扱う場合には、原則 として個々のニュースや番組の中で双方の意見を伝える。仮に双方の意見を紹介できないときで も、異なる意見があることを伝え、同一のシリーズ内で紹介するなど、放送全体で公平性を確保するように努める。」と定められています。

上記のような科学的事実や綱領・ガイドラインを踏まえ、公共放送である貴協会が特定の主義主張を持って制作された科学的根拠の無い危険情報を、異なる意見を紹介することなく一面的に放映されたことの責任と妥当性についてご説明ください。

ご回答に疑問がある場合は、BPO(放送倫理・番組向上機構)への問題提起も考えていることを 申し添えます。

上記について、2016年1月8日までにご回答をいただければと存じます。何卒よろしくお願いいたします。


なお本状は、FSINのホームページ等でも公開いたしますので予めご了承ください。また、情報の公開性を担保するために、貴協会のご対応についても公開したいと考えていることも予めお伝えいたします。

以上

≪NHKからの回答≫

2015年1月5日

食品安全情報ネットワーク事務局

佐仲 登 様

NHK編成局展開戦略推進部

チーフプロデューサー 山本 滋

2015年12月22日付で板野放送総局長宛てに頂きました質問状に「BS世界のドキュメンタリー」の責任者から回答申し上げます。

「遺伝子組み換え戦争 “戦略作物”を巡る戦い 欧 vs.米」は、フランスのプロダクションが制作した“調査報道ドキュメンタリー”です。取材者が物事の起きている現場を訪ねて当事者にあたり、知り得たファクトを積み上げ、分かったこと、未だ不明であることを明確にして、取り組むべき課題を視聴者に投げかけたものです。

今回の番組における取材者・モレイラ氏の問題提起の核心は「アルゼンチンで取材した農場ではグリホサートに耐性を持った雑草に対処するために、他の薬品も混合しており、その内容及び人体への影響についての調査は、政府も農業研究者も行っていない」ということです。(アメリカの除草剤メーカーは取材に応じませんでした)。

その取材の過程で紹介している変性疾患やがんの増加といった現象は、障害者支援センターや地元大学による調査結果であり、これらの数字の増加についてはアルゼンチン政府(科学技術省)も認めています。

モレイラ氏は番組内で、遺伝子組み換え作物そのものや、グリホサート(2,4-Dも同様です)単体がこうした健康被害の直接の原因であるとは一度も言っておりません。これらの除草剤の混合の実態、人の健康への影響こそ調査されるべきである、としているのです。

また、この番組では遺伝子組み換え作物の安全性を支持する農業研究者のインタビューや、アルゼンチンの大学による調査結果を認めていない生態学者のP・ムーア氏の主張も紹介しております。対立する双方の意見が盛り込まれているものと考えます。

以上、よろしくご理解いただけましたら幸いです。

≪FSINからの2回目のレター≫

2016年2月12日

日本放送協会

編成局展開戦略推進部

チーフプロデューサー

山本 滋様

(写)

日本放送協会経営委員長

浜田 健一郎様

食品安全情報ネットワーク(FSIN)

http://sites.google.com/site/fsinetwork/

1月5日付でいただきました回答について

12月22日付けFSINからの質問状に対し、1月5日付けでご回答いただき、ありがとうございました。

FSINでは、食品の安全について、市民が適切な情報を得た上で自分自身で判断できる環境が重要と考えています。そのためには、貴協会を始めとしたマスメディアからは、科学的な根拠に基づいた情報提供をいただきたいと考えています。

「遺伝子組み換え作物や農薬が変性疾患やがんなど深刻な健康被害をもたらしているかのような視聴者の誤認を誘導している」というFSINからの指摘について、「除草剤の混合の実態、人の健康への影響こそが調査されるべき」「未だに不明であることを明確にして、取り組むべき課題を視聴者に投げかけたもの」というのが番組の趣旨であるとの、ご説明がありました。

しかし、農薬の混合使用の人の健康への影響については、不明であるのではなく、現在の規制の考え方に沿って、安全性が判断されているとFSINは理解しています。文末に※参考として情報提供いたします。

地域特有の様々な環境要因が考えられるはずの重篤な健康被害の原因として、農薬を疑い、課題を視聴者に投げかけるのであれば、健康被害と農薬使用の実態との因果関係を疑わせる科学的エビデンスが必要です。FSINは、同番組が、個人の取材での聞き取りや証言のみで構成され、因果関係が科学的に明確でないものを、いかにも因果関係があるかのように見せていることを問題視しています。

また、公正さについて、「対立する双方の意見が盛り込まれている」とご説明がありましたが、健康被害と農薬との関係を否定する立場の主張のときには、「遺伝子組み換え賛成派」とあえて表示し、財界や政府との関係を疑うようなナレーションが入るなど、特定の主義や立場に基づいて意見を述べているような印象を与えており、FSINが見る限り、公正さが保たれているとは思えません。

貴協会は、国民に信頼できる情報を公正に提供すべき立場にあります。貴協会が科学的根拠に乏しい番組を放送されると、視聴者をミスリードする懸念が高いと考えます。今後、健康被害や安全性に関する報道を行う際には、科学的因果関係の確認、公正さの担保など、上記のような問題点に十分留意していただくことを要望します。

なお本状は、FSINのホームページ等でも公開いたしますので予めご了承ください。

【※参考】

農薬の混用による健康影響について、質と量に分けて考えますと、まず質については、農薬の化学構造は、不純物も含め既知と言えると思います。これらの既知化合物を混ぜることによって、ヒトに対する発がん性、催奇形性、生殖毒性などを示す、新たな化合物が生成するとは考えにくいために、農薬では混合物での毒性評価は特に行われていません。

量の問題については、1. 食品由来で摂取する農薬(作物残留)に起因するもの、2 .環境暴露に起因するもの、を区別して考える必要があります。作物残留では、慢性的に人にどのような影響を与えるかという観点から、単剤での安全基準として急性および慢性の一日摂取許容量が定められ、その範囲内での安全基準として、残留基準値が設定されていますし、環境暴露についても、土壌、水中での化学変化や残留量もデータとして必要とされ使用基準が決められています。いずれも単剤での安全基準は、安全係数をみてかなり厳しく設定されており、混合したからといって、決められた使用法を守っていれば、残留量が基準値を超えて多くなることは考えられず、それぞれの残留量がそれぞれの基準値を越えなければ、摂取して問題は生じないというのが規制上の考え方です。

複数の異なる剤を混ぜて使用するという使い方は農業の現場では一般的です。散布作業の回数低減による省力化、防除を急ぐなどの目的で除草剤同士の場合もありますし、殺虫剤と殺菌剤を組み合わせる場合もあります。農薬の混用は遺伝子組み換え作物とは関係なく、以前からある使用方法です。具体的には、異なる有効成分を最初から混合した製品として販売する混合製剤(パッケージミックス)と、現地で生産者等が現地混用する(タンクミックス)場合があります。番組で紹介されているのは、現地混用ですが、日本でも農業関連団体が「農薬混用事例集」を発行しているように、国内でも一般的に行われています。

以上