自分から

「 自分から 」


 「どうして見えているのに、あの人白杖使っているんだろう。」

 中学三年生の七月、駅のホームで二・三〇代の女性二人が、ヒソヒソとそんなことを話していた。

 僕は生まれつき目が見えにくく、ほとんどの物を近づかないと分からないほどだ。中一の後期から歩行指導を受け、中二の後期からは一人で家まで帰れるようになった。初めは、一人で帰ることに抵抗があった。でも、一人で帰れるようになってからは、親の迎えを待たなくても帰れるという嬉しさがあった。学校から家までは市営バスと電車、徒歩で帰っていた。最初の方は一人で移動ができる楽しさ、車からではわからない発見があった。しかし、

「何あの人、目が見えない人じゃん。近づかないようにしとこう。」

「どうして見えているのに、あの人白杖使ってるんだろう。」

などの心をえぐられるような言葉も聞こえてくるようになった。僕は、どうして皆は理解してくれないんだと思うと同時に、自分の見え方についてうまく説明できなかったり、助けを求めることができなかったりすることに腹が立った。僕の目は、先天性の病気だ。つまり、生まれてからずっとこの見え方なのだ。みんなより見えにくいのは分かっている。でも、僕なりに見えている。そうやって生きてきた。それをどう説明すればいいのだろう。

 高校生になり、自分の見え方を相手に伝える学習をした。視力や視野、物や人の顔を認識できる距離などを先生と比べた。人の顔を認識できる距離が先生とあまりに違っていて驚いた。こんなにも見えている世界が違うのか。

 また、先生から、「見えにくさだけを伝えるのでなく、どういう手助けがあったらできるのか、相手に伝えられるようにならないといけない。」と言われた。

 それ以降、僕は自分から、僕の見え方がわからない人に見え方を伝えることができるようになった。自分から伝えられるようになって、気づいたことがある。それは、自分の言葉で伝えたほうがより理解してもらえるということだ。そういえば、今までは僕の見えにくさを家族や先生が代わり周りに伝えてくれていた。実は、家族や先生も知らないことがたくさんあった。

 職場実習のときも、必要な配慮を自分から頼むことができた。日常生活でも、過度な対応を受けて、申し訳ない気持ちになることが多かったが、今は適度な対応をお願いできるようになり、日常生活も過ごしやすい。

 不思議と、自分から伝えることができるようになってから、公共の場での陰口も減ったように感じる。自分から発信することの大切さを学ぶことができた。

 皆さんも、自分のことを、自分から発信してみてほしい。自分で発信することによって、家族や友人に説明してもらうときより、説得力のある説明ができ、より理解してもらえるはずだ。そして、それは自分自身を知ることにもなるのだ。

 皆さん、勇気を出して、自分から発信しよう。

ご静聴ありがとうございました。