温心筋細胞は規則的な拍動を保ちますが、その内部で直列につながるサルコメアが、毎周期まったく同じ状態へ戻っているとは限りません。本プレプリントでは、高頻度サルコメア自励振動(Hyperthermal Sarcomeric Oscillations:HSOs)中の生きた新生仔ラット心筋細胞7個について、各細胞で5個の連続サルコメアを同時追跡した高速度記録を出発点に、安定した速いタイミングと局所的な振幅・位相の変化を分けて表す、5要素のメソスケール鎖モデルを構築しました。
実験記録では、速い周期のばらつきよりも局所振幅のばらつきが全7細胞で大きく、隣接するサルコメアは同じ方向にも反対方向にも動きました。そこでモデルでは、全体に共通する速い位相が安定した時間リズムを表し、5つの局所的な振幅・位相状態が相互作用しながら内部の長さ配分を表すようにしました。
完全な10次元リアプノフスペクトルを360回の数値計算で評価したところ、結合が弱すぎず強すぎない中間領域で、最大リアプノフ指数が再現性よく正となりました。これは、モデルが表す拍動様の速い時間リズムが安定していても、内部の振幅・位相配置は初期状態のわずかな違いに敏感で、同じ状態を周期的に繰り返さず、カオス的に変化し得ることを示します。
同じ微小な摂動を与えた場合も、中間的な結合では応答がより多くの方向へ分かれ、よく似た内部状態から始めても、その後の応答が異なりました。また、ある軌道群で学習した単純な線形予測則は、別の軌道群へ移しにくくなりました。さらに、観測波形へ小さな2次・3次高調波成分を加えることで、内部の力学方程式を変えることなく、モデル構築に用いなかった細胞5~7のHSO波形にも近づけることができました。
このモデルは、査読済みBPPB論文で観察された、隣接関係が1つずつ変わる「1リンク位相更新」の優勢も再現しました。モデルでの1リンク更新率は95.4%で、実験値は93.9%でした。一方、モデル内の長さ再配分は実験より局所的であり、実際の心筋では、明示的な直列力平衡や、より長い範囲の弾性負荷共有が働いている可能性も示されました。
本研究の中心的な結論は、安定した拍動様リズムを保つために、サルコメア集団が毎周期まったく同じ内部配置を繰り返す必要はない、ということです。時間的な秩序を維持しながら、内部状態は敏感かつ非反復的に変化できます。本研究は、この限定されたメソスケールモデルの範囲で、「ケイオーディック・ホメオダイナミクス」を定量的な力学として表したものです。
本稿はbioRxivで公開された査読前のプレプリントです。
この論文の見どころ
5個の連続サルコメアを同時追跡した7細胞の高速度記録から、局所振幅の変動が速い周期の変動を一貫して上回ることを確認しました。安定した共通位相と、変化する5つの局所振幅・位相状態を分けたモデルを構築しました。中間的な結合強度では、正の最大リアプノフ指数、摂動応答の多様化、軌道間予測性能の低下が同時に現れました。モデルは実験で観察された1リンク位相更新の優勢を再現しましたが、長さ再配分は実験より局所的でした。
Seine A. Shintani. Chaotic internal dynamics coexist with a stable temporal scaffold in a mesoscale sarcomere model informed by high-resolution recordings. bioRxiv(Preprint, Version 1, 2026).
公開日:2026年7月20日
DOI: 10.64898/2026.07.20.739477
Keywords: cardiomyocyte; sarcomere; oscillation; nonlinear dynamics; Lyapunov exponent; mesoscale