骨格筋と心筋では Ca²⁺ 上昇が収縮を引き金にするという定説がありますが、近年の研究は「温度」もまた重要なレギュレーターであることを示しています。本総説は、平熱付近からわずか数度の変動(約36–40 °C)が薄フィラメントの “on–off” 平衡をどのように傾け、筋の発生張力や Ca²⁺ 感受性を変化させるかを整理したものです。著者らはまず、急冷刺激で生じる Rapid Cooling Contracture(RCC)と慢性的な低温強心作用を概観し、冷却が主として細胞内 Ca²⁺ 動態を介して力を高める一方、高温側では逆に収縮力が減弱する“ハイパーサーミック負性変力”が見られる点を示します。
続いて、トロポニン‐トロポミオシン複合体が温度に応じてアクチンから部分的に乖離する現象や、トロポニン C の Ca²⁺ 結合親和性が温度上昇で増す事実を取り上げ、これら二つが協調して Ca²⁺ 非依存的な「熱活性化」を引き起こすメカニズムを論じています。実際、赤外レーザで細胞を瞬時に約5 °C 加熱すると Ca²⁺ トランジエントなしに心筋が短縮し、in‑vitro motility 系でも 37 °C 付近で再構成薄フィラメントが自発的に滑走を始めることが報告されました。こうした知見は、拡張型心筋症のように Ca²⁺ 感受性が低下した病態でも、局所加温によりエネルギー効率を損なわずに収縮力を補える可能性を示唆しています。
最終節では、熱に対する各種サルコメア蛋白質の感受性差や、マウス・ウサギ・ヒトといった動物種間での平熱差にも触れ、将来的なナノヒーターや磁性粒子を用いた“温熱強心”技術の応用と課題を展望しています。本レビューは、温度がもはや受動的パラメータではなく、筋収縮を能動的に制御できる新たなスイッチであることを鮮やかに示しています。