心筋は Ca²⁺ シグナルに同期して拍動しますが、本研究は「温めるだけ」で別系統の高周波振動が現れることを示しました。新生児ラット心筋細胞を 38–42 °C へ急速昇温すると、各サルコメア(筋節)が 1 Hz 前後の Ca²⁺ 依存振動に加え、約 7 Hz の高周波で伸縮を繰り返す熱筋節振動(HSO)が誘起されます。驚くべきはこの高周波成分が Ca²⁺ 濃度の変動に左右されず、しかも振動周期は振幅や収縮・伸展時間が大きく揺れても常に一定に保たれる点でした。著者らはこの性質をContraction Rhythm Homeostasis(CRH)と命名しています。
左図は、Z 線に GFP ラベルしたサルコメア長を 500 fps・4 nm 精度で追跡した生細胞像(左上)とその時系列解析を示しています。右上グラフは 41 °C で出現する二つの周波数ピーク(~ 7.6 Hz と ~ 1.4 Hz)を可視化し、中段のパワースペクトル解析は低周波 Ca²⁺ 振動に“振幅変調”された高周波 HSO の存在を裏付けます。下段のスキームは、得られたデータを再現するために構築した 40 半サルコメア連結モデルと、ミオシンの前/後パワーストローク・逆反応を含む確率過程を模式化したものです。シミュレーションでは、ミオシン群の協同的結合が Ca²⁺ の遅い変動にもかかわらず周期を“錨”のように固定すること、また半サルコメア同士の非同期収縮が張力の過大振動を防ぎ周期安定化に寄与することが明らかになりました。
CRH は、拡張期における急速な心室弛緩を説明しうる新概念です。高温下でも ATP 非依存のストローク逆反応を利用してエネルギー支出を抑えながら心拍リズムを維持できるため、代謝効率の点でも合理的です。 neonatal 心では拍動数が急速に変化する一方でリズムが破綻しにくいことが知られており、本研究はその分子基盤を示唆します。さらに、数理モデルはミオシン薬物や温熱療法がリズムに与える影響をシミュレーションで予測できるため、心不全や高熱時の拍動異常を解明するツールとして期待されます。
論文情報・引用
Seine A. Shintani, Takumi Washio, Hideo Higuchi. Mechanism of contraction rhythm homeostasis for hyperthermal sarcomeric oscillations of neonatal cardiomyocytes. Scientific Reports, 10: 20468, 2020.