心臓は拡張期に流入した血液量が増えるほど収縮期のポンプ力を高めます。この「フランク=スターリングの法則」の分子基盤として、ミオフィラメントの長さ依存性活性化が重要であることが知られてきました。本総説では、チチンによる格子間隔の縮小がトリガーとなり、トロポニン–トロポミオシン系による薄フィラメントの“on–off”スイッチが最終的な力発生量を決定するという二段階モデルが整理されています。
著者らは、カルシウムの律速的役割に加えて、トロポニンI/Tのリン酸化状態や遺伝子変異がスイッチ平衡をシフトさせ、長さ依存性の勾配を鋭敏にも鈍化にも転換し得ることを示しました。特に心不全の進行とともに観察されるフランク=スターリング機構の鈍化が、薄フィラメント調節タンパク質の変性・リン酸化不均衡に起因する可能性を、最新のトランスジェニックモデルや患者検体解析を通じて論じています。
さらにチチンアイソフォームのスイッチングやPKC/PKA経路を介した粘弾性修飾が、薄フィラメント側の協同的活性化と相乗して収縮力のダイナミクスを制御するという視点は、心不全治療標的の拡張に直結します。本レビューは、サルコメア研究における力学–化学連関を俯瞰すると同時に、将来の創薬の道筋を示す重要な羅針盤となっています。
論文情報・引用
Fuyu Kobirumaki‑Shimozawa, Takahiro Inoue, Seine A Shintani, Kotaro Oyama, Takako Terui, Susumu Minamisawa, Shin’ichi Ishiwata, Norio Fukuda. Cardiac thin filament regulation and the Frank–Starling mechanism. The Journal of Physiological Sciences 64 (4), 221‑232 (2014).