本論文では、大動脈弁閉鎖時に誘発される拍動性ラング波が、血液に囲まれた心室中隔という粘弾性プレート内をどのように伝搬するかを理論的に解析し、レイリー‐ラング型分散方程式から小波数極限で普遍定数1/√3を含む「簡易分散式」を導出しました。得られた式は、これまで数値最適化を要した複雑な分散関係を、閉じた形で近似できる点に大きな利点があります。
実際に、高時間・高空間分解能をもつ超音波フェーズトラッキング法で取得された健常被験者の心筋内波動データに対して本式を適用すると、10–90 Hzの広い周波数帯で位相速度の周波数依存性を精度良く再現できました。さらに、この式を用いることで粘弾性モデル(Voigtモデル)の弾性率および粘性係数を、複雑な非線形最適化に頼らず一意に推定できることが示されました。
心筋の粘弾性パラメータは、拡張機能障害や線維化など多くの病態評価において重要ですが、in vivoで非侵襲的に定量する方法は限られていました。本研究は、シンプルかつ汎用性の高い理論式を提示することで、将来的な臨床応用—たとえば弾性マップによる早期病変検出や、収縮リズム異常の力学的基盤解析—への道を拓きました。
論文情報・引用
Naoaki Bekki, Seine A Shintani. Simple Dispersion Equation Based on Lamb‑Wave Model for Propagating Pulsive Waves in Human Heart Wall. Journal of the Physical Society of Japan 84, 124802 (2015).