本研究では、新生仔ラット心筋細胞(neonatal rat cardiomyocytes)を用い、赤外線レーザーによって局所的に細胞温度を 38–42 ℃まで上昇させたときのサルコメア挙動を詳細に解析しました。温度上昇後、細胞内カルシウム濃度([Ca²⁺]ᵢ)の変動とは独立して、サルコメアが 5–10 Hz という高い周波数で自律振動する現象を観察し、これを Hyperthermal Sarcomeric Oscillations(HSOs) と名付けました。
筋小胞体(sarcoplasmic reticulum, SR)の機能が保たれている場合、HSOs は通常の興奮収縮連関に伴う 1 Hz 前後の拍動と同時に存在し、個々のサルコメアは二つのまったく異なるリズムを並行して発現しました。さらに、SR を薬理学的に阻害すると、HSO の振幅は時間とともに増大し、周波数はわずかに低下することが明らかになりました。これらの結果は、哺乳類心筋のサルコメアが生理温度をわずかに上回る条件下で、洞調律よりもはるかに高速な固有リズムを内在的に保持していることを示唆しています。
本論文で報告した HSOs は、その後提唱された Contraction Rhythm Homeostasis(CRH) や Sarcomere Chaos with Changes in Calcium Concentration(S4C)、 Chaordic Homeodynamicsといった概念を検証するうえで不可欠な実験基盤となりました。温度刺激というシンプルな操作でサルコメアの協調的 “on/off” 平衡を攪乱し、カルシウム依存性振動からカルシウム非依存性振動へのシフトを引き起こす手法は、心筋力学の階層的理解を一段と深める契機となっています。
論文情報・引用
Seine A. Shintani, Kotaro Oyama, Norio Fukuda, Shin’ichi Ishiwata. High‑frequency sarcomeric auto‑oscillations induced by heating in living neonatal cardiomyocytes of the rat. Biochemical and Biophysical Research Communications 457, 165–170 (2015).