心拍は細胞内 Ca²⁺ 変動に駆動されるとされながら、実際の拍動周波数は高すぎて拡張期に十分な Ca²⁺ 低下が起こらない――この古くからのパラドックスに対し、本 Opinion 論文は斬新な視点を提示します。著者は、Hyperthermal Sarcomeric Oscillations(HSOs)──体温域(≳37 °C)で心筋サルコメアが自律的に示す高速収縮‐弛緩振動──が、拍動ごとの急速な心室拡張(早期拡張)を力学的に支えているのではないか、と提案しました。培養心筋での実験的知見によれば、HSO は Ca²⁺ 高値でもサルコメアを周期的に伸長させ、その周期は心拍と近似します。また Contraction Rhythm Homeostasis(CRH) により周期は不変のまま振幅や波形を Ca²⁺ 変動に追従させるため、Ca²⁺–機械的振動の同期が得られ、残留 Ca²⁺ 下でも張力をスムーズに解放できると考えられます。
論文では、2015 年以降の HSOs 研究(発見、500 fps ナノメトリ計測、逆転ストロークを含む数理モデル)を整理し、「心臓は階層構造の最上位で HSO を利用し、分子レベルの確率運動をロバストな拍動リズムに昇華している」という統合仮説を提示。さらに放射光 X 線回折による in situ 分子計測データとも符合することから、HSO は生体内でも発現している可能性が高いと論じています。今後の課題として、拍動中の HSO 実証実験や Ca²⁺ 周期変調時の心機能解析が挙げられ、心不全メカニズム解明や拍動シミュレーション精度向上への波及が期待されます。