本論文では、筋原線維の受動的な弾性特性が、隣接するサルコメア間で働くモータープロテイン(アクトミオシン)のメカニカルな情報伝達にどのような役割を果たすのかを、数理モデルと実験データの両面から検討しています。著者らは、サルコメア長(SL)と格子間隔(LS)の逆相関、さらに Z ディスクを介したラテラル方向の張力整合性という二つの“横方向の力学バランス”を取り込むことで、従来の縦方向力学だけでは説明できなかった自発的振動収縮(SPOC)の伝播現象を再現しました。特に、サルコメアの一方が急速に弛緩・伸長すると、その横方向収縮が隣接サルコメアの縦方向負荷を即座に高め、パワーストロークの確率的な逆転を誘発するというメカニズムが示されています。
著者らのシミュレーションでは、半サルコメアを多数直列に接続したモデルを用い、受動弾性係数を調整することでウサギ骨格筋で観察される波形、さらには昆虫の非同期飛翔筋の高周波振動(60–80 Hz 相当)まで再現することに成功しました。加えて、受動的ラテラル弾性を強化することで振動の同期性が劇的に向上することから、特定の弾性タンパク質(タイチン、プロジェクチン、フライチンなど)が格子配列の“剛体化”を通じて生理機能に寄与している可能性が示唆されます。
心筋においては、カルシウム濃度が十分に低下する前に急速な弛緩が起こる理由の一端を、この横方向の力学的通信が説明し得ると論じられています。したがって、本研究は高拍動数時の拡張不全の理解や、弾性タンパク質変異に起因する心筋症の病態解明にも寄与する知見を提供しています。
論文情報・引用
Takumi Washio, Seine A Shintani, Hideo Higuchi, Seiryo Sugiura, Toshiaki Hisada. Effect of myofibril passive elastic properties on the mechanical communication between motor proteins on adjacent sarcomeres. Scientific Reports 9, 9355 (2019).