サルコメアが自発的に繰り返す伸縮振動――SPOC(Spontaneous Oscillatory Contraction)は、単一ミオフィブリルでも観察されるが、生体筋では多数のミオフィブリルが側方にも連結しており、振動が面状・立体的に波として伝わる。本論文は、従来の「1列モデル」を拡張し、Z線・M線間を架橋する側方スプリングと両端のばねコンプライアンスを導入した二次元および三次元モデルを構築して、束状ミオフィブリルで実際に見られる多彩なSPOC波形を再現した。
シミュレーションからは、側方結合の剛性が小さいと各列が独立してばらばらに振動する一方、剛性が増すにつれ波が整列して“位相固定型トラベリングウェーブ”となり、さらに強い結合では全サルコメアが同位相で拍動することが示された。また結合が不均一な場合には、時間とともに伝搬速度が変わる“位相解離型ウェーブ”が発生し、実験で報告される複雑な波動パターンを説明できることが分かった。
これらの結果は、筋線維内部で観察される拍動の秩序・無秩序遷移が、側方架橋タンパク質や外部負荷の機械特性に鋭敏であることを示唆する。ひいては、組織硬化や架橋蛋白異常がリズム不全へとつながる病態メカニズムを、ミオフィブリルネットワークの力学相転移として捉える理論的枠組みを提供している。
論文情報・引用
Koutaro Nakagome, Katsuhiko Sato, Seine A Shintani, Shin’ichi Ishiwata. Model simulation of the SPOC wave in a bundle of striated myofibrils. Biophysics and Physicobiology 13, 217‑226 (2016).