心臓や骨格筋などの「横紋筋」は、サルコメアという最小単位が連なってできており、それぞれが収縮と弛緩を繰り返すことで、全体としての筋収縮や拍動リズムが生み出されています。今回の研究では、個々のサルコメアの長さの変化(サルコメリックオシレーション) と、それらを区切る Z線(サルコシンクドオシレーション) の両方を、瞬時振幅と瞬時位相という指標で解析し、筋原線維が生み出す「波」のダイナミクスを細かく可視化することに成功しました。
この手法を用いて、カルシウム濃度を一定に保った骨格筋のサルコメア振動を解析した結果、波が一方向に進む場合や波同士が衝突する場合に、サルコメアやZ線の動きに一時的な「破綻=凹み(ホール)」が生じることを発見しました。特に、Z線の振動(サルコシンクドオシレーション)の瞬時振幅が急激に落ち込み、同時に瞬時位相が飛ぶ場所が現れます。この現象を 「サルコメリックディフェクトホール(SD hole)」、さらに波同士の衝突部位に持続的に生じる「サルコメリックコリジョンホール(SC hole)」と名付け、詳細に分析しました。
左図では、AとBが筋原線維中のZ線とサルコメア長の振動データ、CとDがそれぞれの瞬時振幅の時空間分布、EとFが瞬時位相分布を示しています。Gは4秒時点でのZ線(サルコシンクドオシレーション)に生じたSD holeの詳細、Hは同時刻のサルコメリックオシレーションの変化です。SD holeでは、ある特定の位置で振幅が急減し、位相がジャンプすることが明確に観察されました。
この「ホール現象」は、サルコメア振動の波動伝播が乱れたり、波同士が衝突したときに生じる“破綻の痕跡”であり、筋収縮システムの「集団ダイナミクス」や「調和・ズレ・再同期」の過程を客観的に捉える指標となります。特筆すべきは、Z線の挙動だけからもサルコメア波動の状態が推定できるため、心臓や骨格筋内部の力学特性を非侵襲的に評価する新たな基盤技術につながる可能性がある点です。
本研究は、筋肉の「波」の実態に迫ることで、筋疾患の診断や再生医療、バイオメカニクス研究の新しい指針となることが期待されます。
A: Z線(サルコシンクドオシレーション)の時系列データ(31本の連続Z線振動)
B: Z線間距離(30節のサルコメア長=サルコメリックオシレーション)の時系列データ
C/D: それぞれの瞬時振幅の時空間分布
E/F: それぞれの瞬時位相の時空間分布
G/H: 4秒時点の断面での瞬時振幅と位相の詳細。GはZ線の振動でみられるSD hole、Hはサルコメリックオシレーションの挙動
本研究は、筋肉の波動現象を“瞬時振幅・瞬時位相”という物理的指標で定量化し、「ホール(hole)」という新しい概念でその異常や衝突現象を見抜く最先端の解析例です。生体の力学的適応や筋疾患研究における重要な基盤知識となります。
論文情報・引用
Seine A. Shintani. Hole behavior captured by analysis of instantaneous amplitude and phase of sarcosynced oscillations reveals wave characteristics of sarcomeric oscillations. Biochemical and Biophysical Research Communications, 691: 149339, 2024.
https://doi.org/10.1016/j.bbrc.2023.149339