走査型電子顕微鏡(SEM)は 0.5 nm 級の空間分解能と光学顕微鏡の約 60 倍の被写界深度を持つ一方、観察に高真空を要するため「濡れたまま」の生体組織や溶液試料を動態ごと捉えることは長らく極めて困難でした。本研究では 変形性と電子透過性を兼ね備えたポリイミド製の超薄膜 ― Deformable & Electron‑Transmissive Film(DET膜) を独自に作製し、試料を膜で密閉したまま SEM カラムに導入するライブイメージング法を確立しました。DET膜は高低差のある立体組織に追従して倣うように変形しつつ、真空–大気圧差に耐えるため、摘出マウス心臓などの大型・濡れ試料もそのまま観察可能です。
実際に摘出心臓を生理食塩液中で覆って観察したところ、約 0.58 µm の緩徐な収縮弛緩振動と、正交方向に重畳する 34 nm 振幅のナノオシレーション を同時に検出し、心筋が 3‑D 力学バランスのもとで多軸的に拍動する実像を初めて SEM で可視化しました。DET膜の圧着力を調整すると、微細構造の強調と自由運動の追跡を切り替えられ、動きの速度・周期・方向ベクトルを定量化できる点も特長です。さらに、溶液中で析出・落下・衝突する結晶の動態のリアルタイム観察や 1 µm ビーズ集団の計測もでき、生体・化学両分野の“濡れたまま電子顕微鏡” という新領域を拓きました。
DET膜法は、従来の NanoSuit® や SiN 薄膜では難しかった 水和環境を必須とする生体器官・細胞・材料のナノダイナミクス を高解像度かつ動画で解析できるため、心筋機械学・結晶成長・ソフトマター科学などに波及的インパクトをもたらすと期待されます。
上段左:DET膜法のサンプルホルダ模式図。電子線は膜を透過し試料を探査。
上段右:DET膜で覆われたポリスチレンビーズ(径 1 µm)の計測像。
下段左:DET膜下に固定した摘出マウス心臓。
下段中央:心臓断面の高分解能 SEM 画像と動きベクトル解析結果。
下段右:液中結晶の沈降・破砕挙動を捉えたライブイメージ。
Shintani S.A., Yamaguchi S., Takadama H. Real‑time scanning electron microscopy of unfixed tissue in the solution using a deformable and electron‑transmissive film. Microscopy, 71 (5): 297‑301 (2022).