心筋細胞を体温域(38–42 °C)までそっと温めると、サルコメアは 5–10 Hz という心拍に近い速度で自律振動を始めます──これが Hyperthermal Sarcomeric Oscillations(HSOs)です。本論文では、HSO が示す奇妙な“二面性”を詳細に解析しました。まず、隣接するサルコメア同士は互いに影響し合いながらも、振動周期だけは驚くほど一定(平均約 7.6 Hz)に保たれます。ところが振幅は、細胞内 Ca²⁺ 濃度の 1 Hz 級ゆらぎに合わせて カオス的に増減し、同期(同位相)と逆位相の切り替えが空間的にも時間的にも不規則に出現しました。リアプノフ指数解析で正値(≈ 8.8 s⁻¹)を示したこと、また隣接位相の散布図が位相空間を稠密に埋め尽くしたことから、HSO は 「ほぼ位相ロックしたカオス振子」の集合体であることが判明。数理モデルと合わせて考えると、こうしたダイナミックな同期状態の揺らぎがサルコメア集団の総張力を滑らかに平均化し、高 Ca²⁺ 状態でも心室が瞬時に拡張できる“収縮リズム恒常性”を支えていると理解できます。すなわち、HSO は一定周期(秩序)とカオス振幅(ゆらぎ)を巧みに共存させることで、心拍リズムの頑強性を裏側から支えるミクロ制御機構である――本研究はその核心を初めて実験的に証明しました。
上段:サルコメア構造とアクチン・ミオシンの模式図
中段:温度上昇とともに現れる 5 本の連続サルコメア長波形。赤矢印=加温開始点
下段左:瞬時位相マップ。同期(暖色)と逆位相(寒色)のパッチが時間とともに移ろう
下段右:隣接サルコメアの位相関係を示すリサージュ/散布図。プロットが全面を埋め、カオス性を視覚化
Seine A. Shintani. Hyperthermal sarcomeric oscillations generated in warmed cardiomyocytes control amplitudes with chaotic properties while keeping cycles constant. Biochem. Biophys. Res. Commun. 611 (2022): 8‑13.