本研究では、焦点を絞った赤外線レーザー(波長 1,455 nm)による瞬時の加温が、カルシウム非依存的に心筋薄フィラメントを活性化し得ることを、in vitro モティリティアッセイを用いて明らかにしています。ヒトα‐トロポミオシンとウシ心室型トロポニンで再構成した薄フィラメントを、ウサギ速筋由来 HMM 上で観察したところ、25 ℃から約 46 ℃へ 0.2 秒以内に温度をシフトすると、Ca²⁺を含まない条件下でもフィラメント滑走が生じ、その速度は温度に比例して増加しました。
さらに、Ca²⁺存在下でも同様に速度は増大しましたが、その温度依存性は約半分に抑えられました。この結果は、体温域(約 37 ℃)においても薄フィラメントの “on–off” 平衡が部分的に “on” 側へ傾いていることを示唆し、わずかな Ca²⁺ 上昇でも迅速かつ効率的な収縮が起こる心筋の生理的背景を支持します。
実験では、ローダミン–ファロイジン標識アクチンの蛍光強度変化と、EuTTA 含有の蛍光温度センサシートを併用して局所温度を高精度に計測しました。これにより、タンパク質の熱変性を避けつつ、加温・冷却後も可逆的なフィラメント運動が再現できることが確認されました。温度係数 Q₁₀ は、Ca²⁺ 非存在下で 5.5 と高く、存在下では 1.9 へ低下しており、トロポニン‐トロポミオシン複合体が温度感受性の鍵であることが示唆されています。
本成果は、発熱や局所加温が心筋機能に与える影響を分子レベルで解明する手がかりとなり、将来的には温度操作を利用した新しい心不全治療のコンセプト開発にも寄与すると期待されます。