深海 4 000–8 000 m 相当の静水圧(40–80 MPa)を負荷しながら、単離筋原線維をリアルタイム観察できる高圧力顕微鏡を用いて、収縮装置の最小単位サルコメアがどのように姿を変え、機能を保つのかを検証した基礎研究です。弛緩溶液中で加圧するとサルコメア長はほぼ一定のまま A バンドが軸方向に短縮し側方に膨張する一方、ATP を欠くリガー溶液下では A バンド長は保たれるものの Z 線が崩れ、配列秩序が緩む様子が捉えられました。圧力と時間の組み合わせに応じて変形速度が比例的に高まることから、40 MPa では数十分単位、70 MPa では数十秒単位で構造緩解が進むという“圧力ダイヤル”の存在が明らかになっています。
機能評価として 35 °C に昇温し、ATP・ADP・Pi を適量含む溶液で誘導するサルコメア自励振動(Sarcomeric Oscillation, SO)を測定すると、圧力処理済みの筋原線維は振幅こそ低下するものの平均振動周波数は非処理群と同等であることが判明しました。これはクロスブリッジに参加するミオシン数が減少しても、周期律そのものは化学反応サイクルにより担保されることを示唆します。さらに SO 状態のまま加圧すると 40 MPa では振動が維持される一方、50 MPa で一旦消失し、減圧すると即座に復活する可逆性が確認され、ミオシン‐アクチン格子間隔の動的調節が振動エネルギーのスイッチとして働く可能性が浮かび上がりました。
図上段では高圧セルとサルコメアモデル、中央段では弛緩条件とRigor条件での圧力依存的変形のタイムラプス、下段では SO を観察しつつ 0.1→40→50→0.1 MPa と圧力を可逆操作した際の位相差像の変化を示しています(スケールバー 2 µm)。
本研究は、高分子集合体に対して均一かつ可逆的な構造制御手段として“パワフルかつソフト”な静水圧を活用する「ピエゾフィジオロジー」の一例であり、タンパク質複合体の機能リモデリングや食品・医療分野で注目される超高圧技術への基盤知見を提供します。また、サルコメア振動モデルの検証材料として、力学リズムの起源を分子から巨視的階層まで結ぶブリッジデータとなりました。
論文情報・引用
Seine A. Shintani. Effects of high‑pressure treatment on the structure and function of myofibrils. Biophysics and Physicobiology, 18, 85‑95, 2021.