本研究は、α-アクチニンと結合させた緑色蛍光タンパク質(AcGFP)をラット新生仔心筋細胞の Z 線に発現させ、個々のサルコメア長(SL)をナノメートル精度で追跡する実験基盤を確立したものです。撮影速度 50 fps で 3 nm、Fluo‑4 併用時でも 8 nm という極めて高い空間分解能を達成し、従来平均値で捉えられていたサルコメア挙動の多様性を一細胞・一サルコメア単位で可視化しました。これにより、わずか 100 nm の SL 変化が収縮力に与える影響をリアルタイムに解析できるようになり、フランク=スターリング機構を担う微細メカニズムの解明に大きく寄与しました。
得られたデータから、サルコメアは一様に動くのではなく、細胞内を順々に伝播する時間差を伴って長さが変化することが示されました。平均 SL だけを解析した場合、この伝播現象が短縮・伸長速度の顕著な過小評価につながることが明らかとなり、従来手法の限界を浮き彫りにしました。さらに、イオノマイシン処理と小胞体 Ca²⁺ 機能遮断下で発現させた自発的サルコメア振動(cell‑SPOC)が、電気刺激時の波形と本質的に同一であることを示し、サルコメアが自律的オシレーターとして振る舞う可能性を実験的に補強しました。
薬理学的応用として、ミオシン活性化剤オメカンチブ・メカービル(OM)の添加実験を実施し、Z 線変位の増大と短縮時間の延長を伴いながら振動周波数が低下することを観測しました。これは同研究グループが構築した SPOC 数理モデルで予測される「ミオシン付着率上昇+分子摩擦増大」に対応しており、本ナノメトリー法が創薬評価にも有用であることを示しています。
以上の成果は、心筋細胞の興奮収縮連関をナノスケールで統合的に理解するための強力なツールを提供するものであり、後年報告される Contraction Rhythm Homeostasis(CRH)や Sarcomere Chaos with Changes in Calcium Concentration(S4C)、Chaordic Homeodynamicsなど、新しいサルコメア動態概念の実験的土台となりました。
論文情報・引用
Seine A. Shintani, Kotaro Oyama, Fuyu Kobirumaki‑Shimozawa, Takashi Ohki, Shin’ichi Ishiwata, Norio Fukuda. Sarcomere length nanometry in rat neonatal cardiomyocytes expressed with α‑actinin–AcGFP in Z discs. Journal of General Physiology 143, 513–524 (2014).