まず、探索者がどのようなエンディングを迎えるかは、最終日 "喪失" での選択によって変わってくる。選択肢は以下の2つ。
"喪失" を失う決断をし、鍵を解除した
"喪失" とともに生きる(もしくはともに死ぬ)決意を固め、鍵の解除を放棄した
上記以外の選択肢があった場合は、即興でエンディングを派生させることも可能だが、ひとまずここでは各探索者が上記どちらかの選択をしたものとしてエンディング分岐を想定する。考えられるエンディングは次の3通りである。
Ending-02
探索者全員が鍵を解除した
Ending-03
探索者のうち少なくとも1名が鍵の解除を放棄した
Ending-04
探索者全員が鍵の解除を放棄した
別荘に行かなかった場合のエンディング。
滅多に辿り着かない(はず)なので簡単に説明文を記載するだけだが、ロバートから鍵を渡された後の数日間、探索者は何の変りもない平穏な休暇を過ごすことになる。数日後には約束どおりロバートが再度探索者宅に訪れ、鍵を受け取りに来る。別荘には行かなかったと伝えるなら、不満そうな態度で一言二言文句を言ったあとで、冗談だ、また今度元気なときにでも誘うよと笑って何事もないように帰っていくだけだろう。
しかし、後日新聞にこのような記事が出ているのを見かける。「旧エルムス・ホテルに不法侵入者か タイナー家の使用人に怪我」——詳細を読んでみると、それは間違いなく探索者が誘われた別荘での事件であることがわかった。犯行時期もちょうど重なっていたため、探索者は自分がそこに行っていたら今頃どうなっていただろうか、と考えて一抹の恐ろしさを感じたのであった。
ロバートと親しい探索者であれば、後に別荘に誘われていたことを伝えると、「そんなことはしていない」と言われるだろう。ロバートが残していった言葉(A-02参照)を伝えると、血相を変えて探索者にそのとき現れたロバートの様子を聞き始める。
「それは僕じゃない——でも、その言葉は、タイナー家の人間しか知らないはずなんだよ!」
——。
「——おうい……(探索者)……もしもし、聞こえるか?……」
——意識が、遠い。目覚めたと言えるのかどうかすらも曖昧ないま、あなたにわかるのはたったそれだけのことだった。遠くのほうで、聞き慣れた(あるいは知らない)声があなたを呼んでいる気がするが——それすら定かではない。ただ、遠く、途切れ途切れの意識。
「……息はある……(探索者)、しっかり……医者を早く……」
そうしてしばらく、段々と、実に緩やかな速度で視界がはっきりとしてくる。金髪の青年が自分の顔を覗き込んでいるらしい、ぼやけた視界のなかにその人物の影だけが見える。まだ朦朧とする意識でも、ロバートと知り合いの探索者であれば、それがロバート・エドマンド・タイナーであることには気づけていただろう。
「——(探索者)っ、おい!気がついたか?」
意識が次第に取り戻されてきた頃、青年のその焦りに満ちた声で、はっと視界が鮮明になる。見ると、そこは「見知らぬ」建物のなかのようで、あなたはその床に倒れこんでいる——目の前にいる金髪の青年が顔面蒼白になりながら、あなたの上半身だけは辛うじて起こしてくれている。あなたの目が開き、視線を明確にし始めたのを見て、青年は強張っていた肩をわずかに緩め、短く息をつく。
「よ……よかった……」
探索者がロバートに何があったかをたずねると、ロバートは拍子抜けしたようにその表情を崩す。
「何があったかって……そんなの、僕がいちばん聞きたいよ…………いつの間にか別荘の鍵がなくなっていると思って、大慌てで駆けつけたらこんなところできみが倒れているし……何か事件が起きたのかと思ったら、きみは外傷もないし、盗人の痕跡もないし……いったい、何がどうなればこんなことが起こるんだ……」
ロバートはあなたが倒れた姿に余程強い衝撃を受けていたらしく、支えてくれている彼の手指から小刻みな震えが伝わってくる。
もしここで、探索者がロバートに何か言うべきこと(A-02を参照)を覚えていれば、彼にそれを伝えてみることも可能である。
その言葉を聞くと、ロバートは瞳を大きく開いて探索者の顔を凝視する。ひどく驚愕しているようで、わずかに口が開いている。
「な……きみが何故、それを……?僕が、きみに言ったのか?……本当に……?」
それからしばらく、彼は狼狽している様子だった。探索者に何か疑いを向けている、というわけではなく、探索者の言葉が嘘ではないと理解したように見えた。
ともあれ、少しして深い息をつきながらロバートは立ち上がり、あなたにそっと手を差し伸べる。
「——とにかくいまは、きみが無事でよかった。立てるかい?詳しい話はまたあとで聞くことになるけど、とりあえずここを出よう。ここはこれから、館内をすべて調べなくちゃならないから……」
促すロバートに従い、彼が連れてきたらしい何人もの警備員や使用人たちの間をすり抜けながら、あなたは彼の車に乗り込む。
そうしてあなたは、「どことも知らない豪奢な建物」から連れ出され、その場所を後にすることとなった。
その後のことはあっという間だった。探索者は「建物」を離れたあと、ひとまずタイナー家の本邸に連れて行かれ、医者の診察を受けることになった。検査をしても、身体のどこにも異常は見つからず、暴行などの危害を受けた形跡は残されていなかったため、事件に巻き込まれた可能性は低いだろうと判じられた。
——しかし、診察で見つかった異常はただひとつだけあった。
「自分の身に起きた出来事を、ひとつも覚えていない」——それは、この件の調査を早々に打ち切らせるのに、まったく必要十分な欠損と言えた。勿論、散々入念に行われた別荘館内の調査の結果、盗品などが一切出ていないと後日判明したことも、この件が事件として扱われなかった理由だったが、探索者はロバートに鍵を渡されたあたりからの記憶をまるごと欠落し、何の証言も不可能だったのである。
そしてさらに悪いことに、鍵を渡したとされるロバートは、探索者に鍵を渡したとされる日は1日じゅう商談に出ており、探索者に会ってすらいないというのである。彼のスケジュールや商談記録を確認すれば、それはすぐに事実であることが判明した。
こうして、全く何もかもが明らかにならずうやむやのまま、事件にもならなかったひとつの騒ぎは急速に人びとの興味を失った。ロバートは、自分が鍵を貸したと言われたときは驚いた様子だったが、探索者が嘘をついているわけでもなさそうだと察したのか、ともかく探索者にも別荘にも、けがなどの被害がなかったのだから良かったのだと言って、若々しく和やかな笑顔で探索者のことを労わっていた。
個別エンディングの処理を挟むのであれば、ここで探索者がどのような日常を過ごしているのか、ロールプレイを提案するのが良いだろう。探索者から希望があればロバートを出してもいいし、探索者間で合意が取れれば他の探索者が誰かの個別エンディングに出てきてもいい。基本的には探索者の希望のとおりにシーンを演出する。
全ての個別エンディングが終了したら、以下に続く。
あなたの日常は、それからまるで何事もなかったかのように戻ってきた。例の一件で殆ど失われた休暇もすぐに明け、あなたは仕事(あるいは学校や家のことなど、生活の慣習)に追われる日々を迎えることになる。
勿論あなた自身、あの件はいったい何だったのか、と考えないわけではない。それは当然のことで、なにしろあなたは一部の記憶を失って「見知らぬ場所」に倒れていたというのだから、世間や他人にとってはすぐに忘れ得る些事といえど、あなたにとっては「自分の身に何かが起きていた」事件なのだから。
しかし、考えても結論が出ることなどない——それもそのはずで、思い出せないという事実は時間が経っても変わらないのである。日常の忙しなさに追われているうちに、それは次第にあなたにとっても些末な出来事になっていくことだろう。
あなたの日常は、それまでとなにひとつ変わらない。平穏だ——そんなことを思うとき、あなたは突然自分の精神に大きく開かれたうろ穴に気づく。その瞬間、得体の知れない、耐えがたい虚しさがあなたの背後に去来する。そうして頭をもたげる、記憶にないはずの "何か" の不在が、緩やかにあなたの精神を啄んでいく。平穏な日常という現実が、あなたの破綻を押し隠すために構築された虚像であるということを、あなたはもう心のどこかで認めつつあった。
——何か、とても大切なことを……忘れている、ような気がする。……そうして埋まらない深淵に思考を巡らせるあなたの脳裏には、決まっていつも最後に見たあの「建物」、自分が目覚めたあの「見知らぬ部屋」の光景が映し出されるのである。
—— "私は、あの部屋で何を失ったのだろう?"
" I Lost Something in a Room"
基本的には、鍵の解除を決断した探索者はEnding-02、鍵の解除を放棄した探索者はEnding-04と同様のエンディングをそれぞれ迎えることとなる。ただ、Ending-02では探索者同士の記憶を失うことはない(別荘からの互いの記憶はないが、探索者同士はそれ以前からの知り合いであるはずなので除外される)のだが、Ending-03では「鍵の解除を放棄した探索者」の記憶もまるごとすべて喪失する。
まるで初めからそんな人物はいなかったかのように。あなたはもう永久に、その人という存在自体を思い出すことはない。もし何か思うことがあったとして、それは不意にあなたが認識する空(から)の隣、あなたとともにいたはずの誰かが、そこにいたような気がする——その程度のあまりにもおぼろな空白の残滓がそこにあるということ、ただそれだけである。
—— "空席"
I "Lost" Someone I Knew
このエンディングのみ、扱いが最初から全体ではなく個別エンディングとなる。進行自体は全プレイヤーが見聞きできる環境で進めて構わないが、1人の探索者のエンディングに他の探索者は絶対に干渉・存在できないものとする。
基本的には、【A-07 "喪失"】のシーンが続けられることになるだろう。もしくは、シーンが変わっていても構わない。探索者にとって最も「失いたくなかった」ものが、いまは確かにそこにある——そのような状況を、より明確にするようなシーンに演出することが推奨されている。
そしてしばらくロールプレイなどを挟んだ後で、全員の個別エンディングが終了したら、以下に続く。
——それからのあなたは、もう何も失わなかった。過去、運命と呼ばれる不確かなものによって奪われた……あるいはその手から振り落とされていった、あなたにとって何より失いたくなかったそれは、もう誰にも、何によっても失われることはなかった——確かに、そこにあったのだ。
無意識のうちで、または心の奥底で、あなたはそれが夢幻のようなものなのだと知っていたかもしれない。それでいてなお、あなたは受け入れた……拒むことができなかった、もう失いたくなかったのだ。
けれど、もうここでなら、あなたは何も失わないで済むのだ。かつては一度、あるいは何度も、失ったものであったとしても。
—— "そう、あなたが失ったのはただ一つだ"
"Something You’ve Lost"