まず、以下の導入は、NPCのロバートとある程度の親交を持つ探索者を想定した導入である。そうした探索者が複数人いる場合は、そのうちから1人のみ選んで以下の導入を行う。他の探索者については、ロバートが登場するところで一緒に登場しても良いだろうし、後々ロバートから全員が同じ話を持ちかけられたことにしても良いだろう。ロバートと親交を持たない探索者については、探索者間の親交で声をかけるなど、プレイヤー同士である程度自主的に導入を行ってほしい。
——1924年9月、アメリカ合衆国マサチューセッツ州アーカム郊外。
探索者は、重い瞼を緩やかに開く。窓から差す陽光に淡く照らされた天井をしばらく呆然と眺めてから、自らが薄暗い自宅の寝室で目を覚ましたことに気づくまで、いくらかの時間を要した。
探索者が視線を時計に移すと、既に正午を回った時間であることが確認できる。探索者の職業が夜職でない限りは、その時間を見れば少なからず驚くかもしれないが、その驚きも長くは続かない。すぐに、今日からしばらく休暇をとったということを思い出すためである。
探索者はここで、<アイデア>-10%でロールを行う。失敗した場合、やや頭が重たい感覚に気づく。寝過ぎたせいなのだろうか、脳に薄膜が張ったように意識が茫然としている。
成功の場合でも、同様の感覚はあるのだが、そうして茫然とした意識のまま考えることがある。「今日は何故休暇なのか?」——探索者は、休暇を取ったという事実は確実に思い出せるが、その理由がなんであったかということについては全く思い出せない。それだけでなく、他にもなにか思い出せないことがあるような気がするが、それが何かまでは不明である。
ここから、探索者がどのように過ごすか、肩慣らしにロールプレイなどを挟むと良いだろう。
しばらくして、探索者の自宅に一人の人物が訪ねてくる。
「やあ、(探索者)。元気かい?」
その人物は、探索者と何かと縁のある知人であり、アーカムで知らぬ者はいない有力実業家であるタイナー家の次男、ロバート・タイナー。資産家の息子らしく上等なスーツを身に纏っており、やや鼻につくほどの爽やかな笑顔を見せる好青年である。
「……ふん。呼ばれたから来てみたけれど、とりあえず大事なさそうでなによりだ」
そう言われるが、探索者にロバートを呼んだ記憶はない。ロバートにそのことをたずねても良いが、ロバートは電話で呼ばれたはずだと首を傾げる程度で、それほど気に留めず話を続ける。
「——ところできみ、今回は大変だったね。せっかく休暇をとれたのだから、この機会にしっかり休んだほうがいい。またいつ同じことが起きるかもわからないのだから」
探索者は、ロバートのこの言葉に違和感を覚える。その違和感の正体にはすぐに気づく——自分は一体、何が "大変だった" のか? "同じこと" とは何か?……考えてみると、ここ数日間、自分が何をしていたのかの記憶が鮮明でない。覚えているのは、何かがきっかけで自分は休暇をとった、という事実だけである。
ロバートの口ぶりから察するに、探索者は自身の身に "何か" が起こり、それがきっかけで自分は休暇をとらざるを得なかった、という状況であることは想像できる。
これについて、探索者はロバートにたずねることができる。しかし、ロバートは探索者から自分の身に何が起きたかを聞かれると、少し驚いたような表情のあと、心配そうに探索者のそばに寄る。
「——そうか。きみは覚えていないのか……どうも、なんでもなさそうな様子だったから気づかなかった。本当に記憶の混濁があるんだな」
「きみは昨日の朝、急に倒れたんだよ。僕も人づてに聞いただけだから、詳しい経緯は知らないけど、急に倒れて病院に運ばれて、命に別状はないけど気絶状態だったそうだ。数時間後には目覚めたと聞いていたし、休暇もとれているんだから、仕事を休みにする連絡くらいは自分で入れられたんだろう?それでも記憶がないということは……もしかして、まだ完全には意識が戻っていないのかな。頭が痛いとか、思考が明瞭じゃないとか、いまも違和感はあるのかい?」
探索者はここで、<知識系技能>でロールを行う。適当に振りたい技能で構わない。失敗した場合、やや頭が重たいせいか、思考を巡らせると頭痛がするが、探索者が有している知識自体は明瞭に思い出せる。
成功した場合、起きたばかりの頃にあった茫然とした感覚もだいぶ薄れ、探索者が振った任意の<知識系技能>によって得られる知識も鮮明に思い出せることがわかる。この数日間の記憶は相変わらず朧げで、それに対する違和感は覚えるが、少なくとも思考能力に現時点では問題を感じない。
「少なくともいまは、意識は戻っているようだね。……しかしまあ、その調子じゃあ休暇の間は安静に過ごしたほうがいいだろうな」
ロバートはそう言ってから、短く唸って腕を組む。考え込むような表情で、首をわずかに傾ける。
「ううん、だけどせっかくの休暇なのに、ここでただ安静に……っていうのも、面白みに欠けるよな。——ああ、そうだ!」
「良いことを思いついた。(探索者)、きみに言ったことがあったかどうか忘れたが、アーカムのはずれに僕の別荘があるんだ。昔はホテルとして運営していたんだけど、6年前に経営不振で廃業してね。タイナー家の運営するホテルの中でも3番目に古い、歴史ある建物だから、取り壊さずに補修工事と簡単な改装を施して別荘にしてあるんだよ。いまの時期は僕も家族も使っていないから、休暇の間、きみが自由に使えるようにするのはどうだろう?」
「ホテルの名前はエルムス・ホテルといってね、山の麓にあるんだが、なかなか景色が美しいんだよ。勿論内装も綺麗にしてあるし、なんと言ったって南北戦争以前からの歴史があるんだ。だから、ジョン・アダムスの肖像や、ジョン・アルビオン・アンドルーと当時の経営者だった祖父が交わした書簡、さらにはジョン・ヘンリー・クリフォードの写った写真まである、殆ど博物館みたいな建物なのさ。室内を探検するだけで、ちょっとした歴史の冒険になるし、疲れたら適当な部屋で休めばいい。いまの君が身体を癒しながら暇を潰すのに最適な環境だと思わないか?」
ロバートは過去の英雄への憧れがあるらしく、目を輝かせながらそう語った。
探索者がどう答えるか次第でロバートの反応は変わるが、ここではどう答えても展開は然程変わらない。「行ってみたい」「考えておく」などと返せばロバートは満足げに頷くだろうし、「行きたくない」と断れば多少落ち込むだろう。いずれにせよ、ロバートは自分の腕時計を確かめたあと、愛想のいい笑顔を見せる。
「僕はこの後商談に行かなきゃならないが、それが終わったら帰りがけにまたここに寄るよ。そのときに別荘の鍵を渡すから、まあ、気晴らしが必要になったら行ってみるといい。数日後またここに来るから、鍵を返したければそのときに渡してくれ」
ロバートは立ち上がると探索者のほうを向き、まだ少し心配そうな表情で探索者の顔を覗きこんでから、柔らかく微笑む。
「とにかく、覚えていなくてもきみは不調なんだから、無理はしないように。僕も友人として、できるだけの協力はするつもりだから——それじゃあ、またあとで」
青年は、歳にしてはわずかに大人びて見える笑顔を残し、探索者の家から去っていった。
探索者が複数人いる場合は、このシーンの終了前に合流を完了させておく必要がある。合流の口実はなんでも構わない。ロバートの提案を前向きに考えているなら、その小旅行に友人を呼ぶ、というような理由でもいいだろう。全員合流次第、次のシーンへ移る。
次のシーンはA-01に移行。
註
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探索者が複数人いる場合、このシーンで描写したような記憶の異常が発生するのは、「この導入の対象となった、ロバートと親交がある探索者のうち1人のみ」である。
今後どのシーンにおいても、記憶異常の描写はこの導入の対象となった探索者だけに発生しているものであり、他の探索者は対象とならない。
たとえば、B-04のようなシーンは、そもそもこの導入の対象でなかった探索者には発生しないイベントである。
そのため、導入の対象となった探索者以外には発生しない描写の手前には、その印として記号(***)を付記しておく。これがある際は、導入対象の探索者がそのシーンにいない場合、描写を省略してほしい。