別荘館内の東側2階にある個室のひとつ。
中に入ると、そこに1人の人物が立っていることに気づく。探索者に対して背を向けているが、長身痩躯で真っ直ぐな立ち姿とスーツがいかにも品のある人物である。
その人物も探索者が入ってきた気配を察し、こちらに振り返る。
「……おや、どちら様ですか?」
突き出た鷲鼻と薄い唇、細い灰色の目といった顔立ちで、美しいとは言い難いまでも上品な印象を受ける。ただ、どこか不気味な雰囲気を感じるのは、探索者が置かれた状況のせいだけではないだろう。
「人間」の記憶の再現に初遭遇した探索者のみ、<正気度>でロールを行う。成功で0、失敗で1の正気度を喪失する。
「私はジョセフ・ジェンキンス。当館、エルムス・ホテルの支配人を務めております——いや、 "務めておりました" と申し上げたほうが正確でしょうか」
「エルムス・ホテルの第4代支配人……だったのですが、ここは私が知るエルムス・ホテルではありませんからね。いまの私が何者なのか、ということに……はっきりとお答えすることはできません。ただ、ここが私の知るホテルだった頃のことであれば、おおよそお答えすることができるかと」
「ご覧のとおり、掃除です。……ああ、もしそれ以外の答えをお望みでしたら申し訳ありませんが、いまの私がしていることは本当に掃除だけですよ」※ジョセフは掃除用具を携えている
「……そうですね。どこからお話すべきか些か判断に困るところですので、まずはお客様の状況をお教えください」
「なるほど。その現象はおそらく、『記憶の再現』でしょう。当館——便宜上、旧ホテルと呼ぶことにいたしますが、この旧ホテルの敷地範囲内では『記憶の再現』という現象が起こるのです。この現象は、対象となる人間の記憶の一部を『五感幻覚』という技術によって一時的に再現する、というものです。それはこの建物の地下にある、ある装置によって引き起こされているものと考えられます」
「……詳しい話は避けますが、『記憶の再現』が未だ発生するということは、装置本体は現在も地下に存在しているはずです。本来ならば旧ホテルの廃業が決定した後、その機能を停止させたはずなのですが——どうやら、何らかの原因で再起動しているようですね」
「ええ、間違いありません——ああ、いえ、正確に言えば "我々" です。勿論、装置の停止を実行したのも我々でした」
※ <対人交渉系技能>をロールするか、ロールプレイによる説得などを試みてから聞く
「……それはあなたに語ったところで、さして状況の進展に寄与しない情報ですよ。それでも構わないのであれば、ご説明いたしますが」
「そうですか。では人間の方にも伝わるように簡単に申し上げますと、我々は "異星の種族" です。この身体に精神を宿し、人間の形姿をしていますが、これはあくまでこの旧ホテルにある装置の維持管理のために拝借した身体にすぎません。ですので、端的に申し上げるなら、人間ではないということになります。ああ、時にはイス人などと呼ばれることがありますから、呼び方にお困りであれば、それで構いません」
「人間の『記憶』を収集するためです。我々は人間や彼らの形成する文化に興味がありまして、その知見を深める意図で装置を製作しました。ここは元々、高級な身分の——つまりは知識階級の人間しか集まらないようなホテルでしたから、その目的を達成するためには最も効率の良い場所だったのです。それで、我々はここを実験施設として利用していました。勿論、廃業以降はその役割を果たせなくなったため、我々も装置を止めて撤退しましたよ……しかし、あくまで人間の記憶を収集する装置であって、『記憶の再現』は集積したデータの確認時に利用する補助機能にすぎなかったのですが……どうやら新しい人間の記憶が収集されなくなった結果、その再現が暴発しているようですね」
「……残念ながら、あなた方人間にその機能を停止する方法は——」
そこでジョセフは言葉を止める。一瞬考えてから、何かを呟いた。ここで、探索者は<聞き耳>でロールを行い、成功した場合のみ聞き取ることができる。
「——いや、再現の機能が停止していないのならば……あれがあるのか……」
ジョセフにこれ以上このことを聞こうとしても、首を横に振って答えようとしない。ただ、どうしても粘られるようであれば、「人間が再現機能を停止するのは非常に困難です、殆ど不可能とも言えるほど。私に明言できるのはそこまでです」とだけ付け加える。
「あなたは旧ホテルに閉じ込められている、ということは間違いないのですね?……それはおそらく、装置に我々以外の者が触れた場合に発動する、機密情報の保護のための機能が原因でしょう……ただ、どうもあなたのお話を伺っている限り、旧ホテル館内に何者かが潜んでいて、その者があなたに何かをしようとしている……とは、考え難いですね。いまこうしている間も、他の人間がいる気配を感じません」
「これはあくまで、あなたからのお話を聞いた限りで推測し得る、私の推測にすぎませんが——収集装置が独立した判断能力を持つようになってしまった、と考えるのが自然でしょう。我々の開発した装置がそのように、人間で言うところの『意思』というものを持ち始めることは特段珍しくないのですが……機能を停止するか、あるいは我々の管理下にある状況であれば、そのことはさして問題にならないのです。ここではどうやら、何かの原因で再起動し、かつ我々が戻ってくることのない施設だったが故に、収集装置が独自の判断能力を以て……本来の機能である、『人間の記憶の収集』という役割を満たすために、暴走しているものと考えられます」
「私も他の者と同様に、再現されたこの旧ホテルの『記憶』の1人ですよ。ですから、いつ消えるともわかりませんし、できることは掃除しかありません。もし私がこの状況を引き起こしたとお考えなのであれば、はっきりと『それは間違いです』とお断りしておきます」
「西階段下の空きスペースはもうお調べになりましたか?もしまだでしたら、一度そちらをご覧になると良いかと。目立ちにくくしてありますが、扉があるはずですので」
「……まあただ、もし我々が閉めた頃のままなのであれば、地下の扉は閉まっているだろうと思いますが」
「それが現状、私にも唯一推測できない点ですね。人間には到達できていないテクノロジーを利用していますから、何者かが意図的に起動させたとしても、それが人間とは考え難いのです。最も合点がいくのは我々のうちのいずれかが再起動した、ということなのですが、しかしそれならば『記憶の再現』の暴発などを放置しておく理由がありません。我々はテクノロジーを人間に公開することを嫌います。我々が起動したならば、こうしてあなたに知られてしまうような間抜けな真似を許すはずがありません。……そう考えると、我々のテクノロジーを解する何者か——人間の上位存在による介入か、あるいは再起動すらも装置自らの『意思』によるものか、そのどちらかが再起動の原因でしょう」
「それはあなたの記憶から再現された再現体にしか伝達されていないはずです。私は過去、ここに勤めていた使用人の記憶から再現されたものですので、『意思』は理解していません」
「ああ、地下の出入口はいまも閉まったままなのですね……であれば、我々が閉めてから誰も開けていないということでしょうから、やはり外部からの介入があったとは考え難いですね。——ともあれ、地下の鍵であれば、W203号室にあるウィルソン・ジェンキンスの絵画を取り外し、裏側の額縁を調べてみてください。そこに取り付けてあるはずですので」
※ここで地下の鍵の情報を入手、A-07の条件をクリア
他の質問に関しては、A-07で明かされる真相以外のことであれば概ねここで開示して構わない。
探索者からの質問がなくなった頃、ふと探索者が続きを話そうとすると、そこには既にジョセフの姿はなくなっている。
E202号室で得られる情報は以上。
探索者から他に行動の要望がなければ、このシーンは終了となる。