準備中
◯県名の入った歌のコレクションです
人気不人気というか、短歌に詠もうと思う県名とそうでもない県名があるようです。
◯県の特徴はたくさん詠まれることで詩情を蓄える
県のイメージがはっきりしない段階では、出身者や在住の人が実感を詠むほかは詠まれにくいみたいです。
しかし、特産物などなんらか特徴を活かして誰かが詠むことで、そのイメージは〝全国区〟になり、その土地に縁のない人も詠むことのできる詩情へと育っていきます。その結果、歌に詠み込まれやすくなります。
まだあまり歌に詠まれていない県名の歌も、こうした視点から読むことで、味わいの楽しみがひとつ増えます。
ピックアップコーナーはこちら
(準備中) 現在「都道府県の形を詠む」のみ
都道府県名を詠む歌はけっこうあるのですが、
偏りがあり、(私が知らないだけかもしれませんが)
ほとんど詠まれていないと思われる県名もあります。
地名を詠む場合、居住地、故郷、旅行先などを詠むことがあると思います。が、その多くは都道府県名でなくて、もっと狭い範囲の地名です。
都道府県名は、詩的イメージとしては焦点を結びにくいのかもしれません。
そのためかえって表現意欲をそそられることもあり得て、あちこちの都道府県名を意図的に詠んでいると思われる歌人もいます。
意図がどうであれ、詠みにくい題材を使って歌として完成させる。--そういう例は注目に値すると思います。
以下たっぷりとお楽しみください。
★歌は私の価値観で選んでいます。
また、良いと思っても出展不明の歌は除いています。
■北海道を詠む歌に、大きさや形、質感のようものを捉える歌群がある
バニラアイスのようなボリューム海峡の向こうに見える北海道は
俵万智『かぜのてのひら』
見えますか食べものを出しっぱなしのテーブルあれが北海道です
雪舟えま『たんぽるぽる』
のっぴきならぬところまで来て開きたり北海道のようなる口を
吉野裕之『Yの森』
故郷となかなか呼べず空白にしてすっぴんの北海道は
松木秀 『色の濃い川』
■そのほかいろいろな北海道
北海道生れのわれが九州に住みておのれの墓を買いたり
浜田康敬『旅人われは』
北海道増毛郡増毛町舎熊のごとく髪のはえこよ
吉岡生夫『草食獣・隠棲篇』
陸奥湾の暗きさざ波思いつつ北海道に足向けて寝る
梅内美華子 『横断歩道』(ゼブラゾーン)
白樺の幹にとがつた冬の月北海道のつよい曲線
並木凡平『路傍の花』
北海道のホッケーはアイスホッケーでアイスホッケーとは呼ばれない
小野田光『蝶は地下鉄をぬけて』
乳白色混じりの青につらぬかれ北海道に五月は来たる
松木秀 『RERA』(2)
じゃぶじゃぶと生産物は吸い取られ蛇口の如し北海道は
松木秀 『RERA』(2)
北海道で地震があれば北海道らしい地名が並ぶ速報
松木秀 『RERA』(4)
北海道の略図を描けば室蘭は海の藻屑となること多し
松木秀 『親切な郷愁』
北海道にはありそうなサベツ川、ショウモナイ川、シカタナイ川
松木秀 『親切な郷愁』
北海道はお盆から秋 終戦日過ぎると枯れはじめるひまわり
松木秀 『色の濃い川』
*青森といえば?
AIがあげたものは、八甲田山、津軽海峡、ねぶた祭り、十和田湖 、弘前城、りんご など。
■リンゴ
青森といったらリンゴ。これはもう、生産量が多いという事実を超え、リンゴは「青森県」のイメージの中心にある重要なものの一つである。
青森のひとはりんごをみそ汁にいれると聞いてうそでもうれしい
雪舟えま『たんぽるぽる』
青森のりんごは来たる青森のりんごが来たるなによりはやく
田中濯『氷』
青森で不良になるのはむずかしい電車の吊り輪もりんごのかたち
工藤玲音『水中で口笛』
農産物は、その土地の力を宿している感じがして、「青森県」と「リンゴ」は相互にパワーを送り合うような関係ができあがってきていると思う。--と思ったらこんな歌を発見。
青森からおくられきたるさくらんぼぴんぴんとわれのことばを弾く
日高堯子『振りむく人』
ん? さくろんぼも青森の名産品?
「さくらんぼ」の日本一の生産地は山形県らしいが、青森だって生産しているだろうし、青森産の高級な品種もあるという。
事実はどうであれ、今のところはまだ言葉のなかの「青森」と「さくらんぼ」はリンゴほど強くは結びつかない。
でも果物つながりというか、さくらんぼの形は少しリンゴに似てもいる。
だから、「青森からおくられきたるさくらんぼ」と強気で言い切ってしまえば、既存の〝リンゴ系の青森パワー〟を呼び起こす感じがして、なるほど、言葉の世界ではこうやってイメージが育っていくのだな。
「ことばを弾く」とは、つまらぬゴタクをはねのけるようなみずみずしさだ、という意味だろうか?
■言葉
恐山のイタコに憑るナポレオンは青森弁の素朴な男
笹公人『念力家族』
置き薬のセールスマンが時おりに聞かせてくれる青森訛り
松木秀『親切な郷愁』
■望郷など
わが息もて花粉どこまでとばすとも青森県を越ゆる由なし
寺山修司『寺山修司青春歌集』
教科書に日本歴史を学べどもわが青森はつひに出で来ず
伊東一如『蓬萊橋』
■その他
迷彩の柄のすべてが鳥取か島根か青森でできている
鈴木ジェロニモ note作者アカウント2023/3/11「鈴木ジェロニモ自選短歌180首」
そういう迷彩柄があるかどうかわからないが、「地味な大発見してしまった」というニュアンスがおもしろい。
各県の形の迷彩柄の服があったら、何かのイベントで売れそうな気もする。
★岩手県らしいものってなんでしょう?
*AIによる回答よりピックアップ
岩手山、八幡平 、平泉 (奥州藤原氏 )、盛岡城跡や石割桜、伝統的な南部鉄器 、鶴見温泉、花巻温泉
盛岡冷麺 、南部せんべい などなど。
しかし、観光地や狭い範囲の地名、また名産品を詠むなら、その名称を使う。例えば「花巻」を詠む歌は4首も見つけた。そういうとき「岩手」と書く必要はない。
■岩手山
神無月
岩手の山の
初雪の眉にせまりし朝を思ひぬ
ルビ:神無月【かみなづき】 岩手【いはて】 眉【まゆ】
石川啄木『一握の砂』
岩手山
秋はふもとの三方の
野に満つる虫を何と聴くらむ
ルビ:岩手山【いはてやま】 三方【さんぱう】 何【なに】
石川啄木『一握の砂』
岩手県は歌数が少ない。これだ、という題材が少ないからかもしれない。
岩手山は南部富士とも呼ばれる美しい山だが、しかし「山」はどこにでもある。
「岩手山」が特別なのは、啄木のようにそこが故郷だったり、見える場所に住んでいたりした人に限られないだろうか。
--と、思ったが、こういう歌を発見。
いいからもう消えたいんだと思うとき岩手山裾野をさまよいし春
田中濯『氷』
この作者は福岡出身。岩手山は故郷ではないようだ。旅行などで実際に行ったのかもしれないが、「岩手山」といえば歌人なら脳内に「啄木」を降霊させる特別な地名。つまり詩的イメージとしての啄木効果があると思う。
「思うとき」という言い方に注目すると、この歌はこういう解釈も可能ではないだろうか? --あくまで可能な解釈の一つですが。
「あの春は、もう消えたいんだと思うたびに、心のなかで岩手山裾野をさまよったものです」
■方言
方言という形のないものも、県の特徴を帯びた詩情になり得る。
なんとなく語尾に「なはん」とつけてみるやさしい岩手の風を感じて
大西久美子『イーハトーブの数式』
作者は岩手県出身。しかし、そちらのほうの人でなくても、この歌を読めば、テレビで一度耳にしただけの「なはん」を、小さな風のひと吹きのような語尾を、想起できるのではないだろうか。
調べたところ、「なはん」は、岩手県南部藩(現在の盛岡市を中心とした地域)の方言で、「あのね」や「ね」という意味を表すものだそうだ。
★宮城らしいものってなんでしょう?
いまのところ短歌の中では、これだというものが見当たらないような……。
*AIに「宮城といえば?」と聞いたら、蔵王山、松島、伊達政宗、青葉城址、仙台七夕祭りなどを挙げましたが……。
この村の八人つどひて酒のみぬ宮城あがたのひと秋田あがたの人
ルビ:八人(やたり)
※あがた(県)=地方、いなか。(皇室が直轄した領地で、県主(あがたぬし)が統治した。)
斎藤茂吉『石泉』
村人が集って飲み会。宮城県秋田県出身の人の混じった村なのか。方言が宮城と秋田では少し違っているのかもしれない。そんなことも含めて楽しい雰囲気。
宮城県公安委員会指定奥羽自動車学校も朝
工藤吉生 「存在しない何かへの憧れ──工藤吉生ブログ」 2017年06月15日
免許取得合宿で迎えた朝だろうか。目覚めながらああ合宿だったと思いだし、漢字ばかりのこの名称を、認識のなかに看板みたいに立て直す。そういう場面か。
「◯◯県」は5音が多くて、「◯◯県」で始まる何かの名称は、こんなふうに偶然57577になりかかることがある。そのあたりも味わえる歌だと思う。
※うちの住所を「埼玉県……市……」も声に出して言うとなんとなく57577になりそうで微笑ましい。
■和歌の宮城野
宮城、宮城。
--なにか情趣ある語感、と思いめぐらすと、まず浮かんだのが相撲の宮城野部屋だったのは我ながらおかしかった。
「宮城」という語に感じる情趣は、和歌の歌枕の「宮城野」からくるのかもしれない。
萩が枝の露ためず吹く秋風にをじか鳴くなり宮城野の原 西行
和歌の宮城野は萩 の花、そして鹿など、やさしい生命感のある場所として描かれる印象だ。この俳句もその流れをくんでいるかもしれない。
さまざまに心ぞとまる宮城野の花のいろいろ虫のこゑごゑ
源俊頼
鹿の音も虫もさまざま声絶えて霜枯はてぬ宮城野の原
藤原家隆
なお、こういう俳句も発見。
スカラベは何処まで雨の宮城まで
西原天気 週間俳句weekly2012・9・30
やはり「宮城野」といえば虫なのか。と花が
秋田県雄勝郡羽後町西馬音内老若男女一会盂蘭盆
今野寿美『鳥彦』
県名を詠み込む歌にはこのスタイルがときどきあるのかもしれない。さっき別の県の歌にも見た目の似た歌があった。
住所というものは、「◯◯県」と声に出すと5音が多いからか初句っぽい感じがして、うまくあとが続けば57577に近くなることがある。
秋田に住む叔母がましろきつやつやのかほなどおもふ雨のひるかな
小熊秀雄 青空文庫(底本:「新版・小熊秀雄全集第1巻」 幻影の壺)
秋田といえば米どころ、というイメージからか、「叔母がましろきつやつやのかほ」がお米の粒みたいな輪郭で思い浮かび、作者は意図したのかどうか、米粒のイメージのすぐあとの「雨」も、マッチしていると思った。
フライパンになりませんかときいてくる獅子座生まれの秋田生まれの
笹井宏之『ひとさらい』
解釈は人それぞれ。私は、
「獅子座生まれの秋田生まれのフライパンになりませんか」と、主体が何者かに聞かれた場面だと思っている。
そして、これはズバリ、転生の受付窓口じゃないかしら?
(むろん他も検討はした。演劇の役柄を決めているのかも? いやそれは突飛なわりに意味が出ないので却下。じゃあ社会や人間関係の比喩か? 下から火に焼かれながら上で食材を美味しく焼き上げる役目で板挟みの管理職みたいなもの? いやそれもなんかしっくりこない。等々)
--輪廻転生は生き物に生まれ変わるシステムだが、そこを超越した新バージョンの輪廻はモノにも変わるようになり、その新しい受付窓口には、こんなふうに希望を聞いて次の[存在]のアイデンティティをデザインしてくれるコーディネイターが常駐しているのだ。
この解釈だと、「獅子座生まれの秋田生まれの」という部分もなかなかコマカい。フライパンのアイデンティティの例として洒落ているではないか。
また、「秋田生まれ」と「「獅子座生まれ」とが同等のアイデンティティ要素として並列になっているのも見逃せない。ああなんて面白いんだ。
これは詩的イメージ上の大発見ではないだろうか?
■山形といえば斎藤茂吉?
「斎藤茂吉」はまるで山形の名産品のような扱いで詠まれる場合がある。
山形産斎藤茂吉はぷつぷつと語尾を切りつつスマホのなかに
坂井修一『青眼白眼』2017
斎藤茂吉本人の肉声をyoutubeで聞いているところだろうか。
妻は山形のひとで茂吉のバケツを何度も見に行った川のホタル
山下一路
茂吉のバケツとは尿瓶のことである。この歌はおそらく介護の場面を詠んでいる。
老親かだれかを介護をする妻が、夜中に起きてふらふらと尿瓶を確認しにいく。
そのような場面だと思う。
※茂吉のバケツとは?
この町に一夜ねむらばさ夜中の溲瓶とおもひバケツを買ひつ
ルビ:一夜【ひとよ】 夜中【よなか】 溲瓶【しゅびん】
斎藤茂吉『暁紅』
なお、茂吉はこの尿瓶がわりのバケツを「極楽」と呼んでいた。
その「極楽」の実物は斎藤茂吉記念館に展示されている という。
■米や果物
山形も米や果物の産地である。だから、「山形県から果物が送られてきた」的な歌もたぶん数があると思う。
東北地方一帯というか、農産物で有名な県は全国各地にあるわけで、米や果物は都道府県のイメージとして絞り込む力は弱い。
けれども、「◯◯県の◯◯」と書くと、県の特殊性による効果がなくても、産地が確かだということで品質が保証されるように感じる。
山形のあがた新米のかしぎ飯納豆かけて食はむ日もがも
ルビ:新米(にひごめ) 飯(いひ)
かしぎ=飯を炊くこと
斎藤茂吉『霜』
櫻桃の品よきものが選ばれて山形縣より送り來りぬ
ルビ:品【しな】
斎藤茂吉『つきかげ』
進駐兵山形縣の林檎をも好しといふこそほがらなりけれ
斎藤茂吉 『白き山』
■方言
県庁の人も山形訛りにて黒胡麻餡のくず餠をすすむ
小島ゆかり『憂春』
■東北大震災と原発事故
線量を知らせる欄は大きくて山形の新聞茄子を包めり
岡崎裕美子『わたくしが樹木であれば』
★福島を詠む歌は多い。東北大震災の原発事故に関連している。
事故そのもののほか、その後の汚染問題や、避難を余儀なくされた人々のことなどなど。
逆に、いまは短歌の言葉の世界では、「福島県=原発事故」である。仮に他のことで「福島」と書いても、原発関連かと思われてしまう。
言葉としてもいたいたしい状況だ。
■原発事故とその後
子の好きな屈折放水塔車けふ絵本を飛び出し福島へ行く
大口玲子『神のパズル』
渚にて。福島原発四号機の建屋のうえのまっさおな空
吉岡生夫『草食獣 第八篇』
巨きく古きビル次々と壊されて平たく暮れてゆく福島よ
齋藤芳生『湖水の南』
こんなにも百花乱れているものを福島浜通りいずこも無音
久々湊盈子『世界黄昏』
「福島の森には放射能多量」伝えているのはアルジャジーラだ
松木秀『色の濃い川』
福島から来ましたと新しい街で言ふだらうまだ寒い春の日に
小林真代『Turf』
福島の誰も帰れぬ地に降りる雪はしずかに嵩を増やしぬ
駒田晶子『光のひび』
未検査より安全です福島産の葡萄梨林檎ひかりを放つ
駒田晶子『光のひび』
福島に帰ろう、と思う 夕に差す目薬の青き一滴沁みて
齋藤芳生『湖水の南』
★茨城県もあまり多いとはいえない。
茨城といえば納豆が思い浮かぶが、そういう歌は見つからなかった。
茨城は狹野にはあれど國見嶺に登りて見れば稻田廣國
明治三十五年秋十月十六日、常毛二州の境に峙つ國見山に登りてよめる歌二首 (のうちの一首)
長塚節 青空文庫(「長塚節名作選 三」春陽堂書店1987)
■語感が頑固そう
「いばらき」--。語感は人にってずいぶん違うが、「い」音はちょっと頑固そう。開口するア段の「ばら」を挟んで「い」「き」は歯をくいしばる。
<肺キレイ>医師に褒められたその人は茨城県石岡住のヘビースモーカー
ルビ:住(ぢゆう)
奥村晃作『鴇色の足』
こういう人は日本中にいるだろうが、果物の産地と同じで出身地や住所があれば情報の信頼性が高くなる。都道府県の名称は、そのために使われることが少なくない。
では、この歌に「茨城県」がでてくる必然性はただそれだけだろうか? いや、そうでもない。
なんとなく、「茨城県石岡」の語感には、この話の主人公にふさわしい要素がある。頑固で意地を通しそうな感じ……。「石」が固そうだし「城」は籠城しそうだし、「い」音も歯を食いしばる感じ。「い」音はこの歌全体に散らばってもいて、総合して頑固者のイメージになっていないか?
だったら、「岩手県一関」や「石川県金沢」も条件が似ているから、同じ効果があるのだろうか。
--多少あるとは思うが、「茨城県石岡」は、頑固さのみならず、なぜだか説明しがたいのだが、あくまで語感として、肺の表面が固く滑らかで汚れがつきにくいような高潔な感じがする。
なお、他の地名で、なんらかの知識やイメージを持っている場所、たとえば「北海道札幌住」「東京都新宿区住」「京都府宇治住」「愛媛県伊予住」「沖縄県八重山住」などを考えてみると、ひとつひとつ「ヘビースモーカー」の人の人物像が違うような気がする。
■形状
都道府県の形状は、確かに固有のものなので、〇〇に似ている、と共通認識になれば、特有のイメージとして定着するかもしれない。
だが、形の受け止めは人それぞれで、ロールシャッハ・テストみたいである。
三つ指ついて「おかえりなさい」と言われてるような形よ茨城県は
松木秀『Easy Livin’』
いつか飛ぶ矢を恐れつつ茨城の海岸線の静かなしなり
茂泉朋子 2024年12月文フリ東京販売冊子「あおなじみ」
★栃木県はあまり詠まれていないようで、私の短歌データベースには1首しかなく、しかも、こういう歌だった。
群馬県みどり市栃木県さくら市 嫌な名前がぞくぞく増える
松木秀『RERA』
「みどり」「さくら」などの名称をなぜ嫌だと思うのか、推理してみると、土地の特徴や歴史が感じられず、ひらがなのあたりさわりないものだからではないだろうか。
ネットで探してみると、「都道府県魅力度ランキング」 で最下位だったとかで、埋もれている魅力を発信すべく短歌を募集したとの新聞記事を発見。
日光の四季の樹海が彩をなす世界遺産に眼を奪われる
世は移れど東照宮の絢爛(けんらん)と中禅寺湖へと日光の旅
日光は栃木県だよ蕎麦(そば)に和牛ぐるり温泉(ゆ)どころ土産は苺(いちご)
うまいんだ いちごもギョーザも牛乳も 売り込み苦手は県民性よ
なるほど、観光地や特産品がある。とちおとめ、宇都宮餃子など、スーパーで目にしていたっけ。
■下野国
「栃木県」という名称は短歌にまだ馴染んでいないが、「下野(しもつけ)」ならば万葉集に詠まれていた。
下つ毛野三毳(みかも)の山のこ楢のすまぐはし子ろは 誰が笥(け)か持たむ
※のす=なす 笥=飯を盛る容れ物
下野の三毳山のコナラの木みたいにかわいらしい娘は誰と結婚するのかな
下野の安蘇(あそ)の河原よ石踏まず空ゆと来ぬよ汝が心の告(の)れ
※河原よ=河原を通って
(下野の安蘇の河原を石を踏まず、空を飛ぶように来た。だからあなたの気持ちを言ってくれ。)
現代の歌でも、1首発見。
れんげ田を見るための旅に多田・田沼・堀米・下野の小駅続けり
関根榮子『旅枕』
愛知県に似たかたちにて猫眠る眠りよ猫も幸福にあれ
松木秀『親切な郷愁』
カンガルーを左から見た愛知県 渥美半島のバネのすごさよ
松木秀『Easy Livin’』
奈良県は胎芽のかたち柿の葉の寿司を広げてひかりに晒す
伊藤詩一香 「かばん」2022・06返歌特集
※有間皇子「家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」への返歌
迷彩の柄のすべてが鳥取か島根か青森でできている
鈴木ジェロニモ note作者アカウント2023/3/11「鈴木ジェロニモ自選短歌180首」
迷彩の柄のすべてが鳥取か島根か青森でできている
鈴木ジェロニモ note作者アカウント2023/3/11「鈴木ジェロニモ自選短歌180首」