空の短歌コレクション2

空と生きる

圧したり吸ったり

一部、他のコレクションと重複します。

「空」を読み込む短歌には、「空が圧迫する」「空に圧迫される」、あるいは「空が吸い込む」「空に吸われる」と詠む歌がけっこうあります。
また、人や動植物など何かが「空を押しあげる」「空を吸いこむ」「空を引っぱる」という歌も散見します。
むろん、作者が思い思いに詠んだもので、何も申し合わせたりはしていないわけですが、たくさん詠み重なることで、イメージ領域では、「空」と地上とが呼吸しあう、ということがおきているわけです。

たくさん集めて並べてみたら面白いんじゃないか? というわけでやってみました。

空が圧す・空が吸う・何かが空を押す・何かが空を吸う/空を引く 

等、いろいろありますが、取り混ぜて並べました。順不同です。

コレクションを続けて、ある程度集まったところで追加します。(2021年4月28日)

眼球を圧さんばかりに蒼穹がふくらんできて夏はおそろし

佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』2001

漠々と雲をはらめる冬空がただに吸ひをり地上の音を

宮柊二『藤棚の下の小室』1972

ぎゆんと引く凧糸 寒の青空も引き寄せてのちひやうと緩める

永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』2000

青空に透明な傘押し開くきみへと注ぐものが見えない

深見あす香「早稲田短歌」44号

噴水は空に圧されて崩れゆく帰れる家も風もない午後

鳥居『キリンの子』2016

青空の冷めたい心が
貨物車を
地平線下に吸ひ込んでしまつた

夢野久作『猟奇歌』(「夢野久作全集3」ちくま文庫1992)

胸が縦に裂ける11月の空とくとく吸ってほろほろと吐く

東直子「Words & Bonds」 2011秋

みずうみは深呼吸せり春空へ黒羽の鷹を押し上げてゆく

黒羽【くろは】

吉川宏志『夜光』2000

垂れ下る空に圧されて一日づつわが沈みゆく地下よ深かれ

齋藤史(出典調査中)

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心

ルビ:不来方【こずかた】 十五【じふご】

石川啄木『一握の砂』1910

手摺から身を乗り出して港まで見える静かな空を吸い込む

本多忠義『禁忌色』2005

千人の十二歳の解く算数の鉛筆の音が冬空を圧す

森尻理恵『S坂』2008

底にない威圧が流れるそらのした針に双子の妹がいる

瀬戸夏子『そのなかに心臓をつくって住みなさい』2012

天空が過呼吸になる 連なれるしだれ花火の忙しきかな

花美月『かはうその賦』2015

パラソルを閉じようとしてうっかりと真夏の空の芯を引き抜く

岩尾淳子『眠らない島』2012

大空は雲を生みだし雨にする 地上のすべての音を吸い上げ

植松大雄(出典調査中)

押しの一手のひとたちおぼろの空を押して指圧のようにきみがとどく日

杉山モナミ(出典調査中)

空に圧されて道がどんどん遠くなる共にあるけるその明るさに

東直子「Words&Bonds」第18号 夏に戻る

夜になる ちがう とめどもない空に声という声が吸われてしまう

鈴木晴香『夜にあやまってくれ』2016 

秋と呼ぶ火口のやがて逝く口は深空から藍のみを吸ひつぐ

渡辺松男『雨(ふ)る』2016

うす墨の不気味な空を押し破りしぼり出しくる軽き雪片

富小路禎子(出典調査中)

月つひに吸はれぬ暁の蒼穹の青きに海の音とほく鳴る

若山牧水『海の声』1908

夏空に吸われて広い校庭に響く短い笛の音はなし

若草のみち『ヒドゥン・オーサーズ 』(Kindle 19人の作品集)

瀧の水は空のくぼみにあらはれて空引き下ろしざまに落下す

上田三四二『遊行』1982

手のひらを広げて空を押さえつけはみ出た光が顔で暴れる

ふらみらり「かばん新人特集号」2015/3

青空の青に吸はれて見失ふ何を言つているのか分からないひばり

大室ゆらぎ『夏野』2017

空蟬をみな吸ひあげてまつさをな空となりたり野分ののちを

小林幸子『水上の往還』2013

ストローで吸ふ夏の空失つた感触を指す日本語がない

魚村晋太郎『銀耳』2004

雪ぞらの浸透圧なすさびしさはガラス一重を透りくるらし

杉崎恒夫「かばん」1985年5月号

掃除機をかけつつわれは背後なる冬青空へ吸はれんとせり

小島ゆかり『ヘブライ暦』1996


■参考

俳句

槇の空秋押移りゐたりけり  石田波郷『風切』1943

花の上に押し寄せてゐる夜空かな  村上鞆彦『遅日の岸』2015


川柳

空を押すように金魚の浮くように 徳永政二『徳永政二フォト句集 カーブ』2012

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