短歌鑑賞と短歌コレクション
短歌の鑑賞は、短歌を作るのと同等の文学行為だと思います。
短歌の鑑賞は、短歌を作るのと同等の文学行為だと思います。
「ふれたん」のコレクションは私のデータベース「闇鍋」をもとにしています
「闇鍋」は、もともと統計的な使い道を想定したデータベースで、データ収集では多様性に重きを置いています。むろんデータは多いにこしたことはないのですが、入力や管理に費やす労力等を考えると、歌集まるごとの入力にこだわらず、つまみ食い的に収集しています。その際、自分の好みが反映しないよう、ブログやTwitterなどから広く収集し、知人が好きな歌をコレクションしたものをいただくなどしています。
しかし、このことは「統計」という観点から言って注意すべき点でもあります。
この収集方法だと、「闇鍋」のデータは結果として何らかのリアクションを得た歌、読者に選ばれたものが多くなります。※
そのため、歌集(作者が発信した歌セット)段階とは異なる特徴を帯びる可能性があり、場合によってはそこに留意が必要なこともあるかもしれません。
※例外1 歌集をまるごと入力することもある
近代の超有名歌人の歌集は青空文庫からまるごと取り込めることがあります。親しい現代歌人では歌集データをいただける場合があります。
※例外2 作者の自薦○首等の記事から入力(読者でなく作者が選んでいる)
県名のある歌 コレクションを開始しました!
空の短歌コレクションは、評論集『空はともだち?』関連のコレクション。詳しい考察は本書のほうにあります。
「これは半端じゃない!」と特に思ったポイントをこの顔で表します。
それにしても、なんてすてきな言葉の変化だろう。「パネー」は語感がすばらしい。 「スゲー」はやや汚くて底の泥を巻き上げるような濁りがあるが、「パネー」は明るくて翼が空にはじけ輝く感じがする。
準備中(空想段階) 自分は気に入っているのに評判が悪い歌
多くは評論等の中で歌に言及した部分のピックアップです。
ただし、文言を調整しています。また、考えが変わって内容を変更している場合があります。
寄せ集めですので、文体などに一貫性がありません。
また、歌はもとの各評論の内容に即して選ばれたものであり、各歌人の代表作であるわけではありません。
触れる、フレッシュ、応援の「フレフレ」、古代の呪文「ふるべゆらゆら」等々、いろいろな語感が混ざったもの
※「ふるべゆらゆら」は 古代の死者蘇生の言霊といわれる 「ひふみ祓詞」で、「ひふみ・・・」と数え上げ「ふるべゆらゆら」と唱えて宝珠を振るなどするらしい。