物質でできた生命

投稿日: 2013/07/04 10:21:09

生命体は,物質でできています.

19世紀の終わりから,20世紀の前半にかけて,生命が物質でできていることが確立しました.

神様が「いきを吹き込む」ようなことをしなくても,生命が成り立っている,ということが確立したわけです.

それまで,「生気論(vitalism)」と「機械論(mechanism)」との対立があったわけですが,その時期に,生命を機械論的に考える学問が成立したことになります.

その過程で,大きなイベントとしては,ブフナーによる無細胞アルコール発酵の実験や,サムナーのウレアーゼの結晶化などがありました.

まだ,100年くらいしか経ってないんです.

ところで,何年か前に,中学生・高校生向けに,「原子はなぜ小さいのか」というタイトルで講義をしたことがあります.僕自身,小学校で原子について習った時に,なぜそういうサイズなのか,不思議でした.

シュレーディンガーの「生命とは何か」を読んだ人にはわかると思いますが,これ,シュレーディンガーが,1943年の講義で提示した問いです.もちろん,この問いは,結局のところ,我々がなぜこんなに大きいのか,ということになります.生命体にはなぜこんなにたくさんの原子が必要なのか,ということですね.

少ない因子から構成される系は,全体としての性質が安定しません.そういう場合,よく,stochastic(確率的な)という言葉が使われます.系を構成する因子が多数になると,その振舞はstatistic(統計的)になります.統計熱力学で古典的な熱力学が説明できるのは,要するに,統計的に扱えるからです.熱力学で扱うような系は,多数の分子・原子を含んでいますが,たくさんの種類の分子を含んでいるわけではありません.そういうものは,統計的に扱えます.一方,細胞に含まれる分子は,多種類ですが,それぞれは必ずしも多数ではなく,統計的に扱えない程度の少数である場合もあります.そういう少数分子で決まっている細胞の振舞は,確率的になります.細胞の振舞は,ある点では統計的であり,ある点では確率的です.

つい最近,Cell誌に,酵母のタンパク質合成をコンピュータでシミュレーションした結果について論じた論文が掲載されました(Shah et al. Cell, 153, 1589-1601 (2013)).いま,鋭意,解読中です.実は,こういうシミュレーションでは,確率モデルが使われています.細胞の体積,各分子の拡散係数などを考慮して,リボソームと各コドンに対応するアミノアシルtRNAが何秒に1度出会うか,などの計算をして,タンパク質合成反応が全体としてどのように振る舞うかを解析しています.

もちろん,まだ,細胞の中身全部をシミュレーションできるような状態ではないですが,細胞をきちんと理解するためには,最終的にはそういうアプローチしか無いんじゃないかと思います.

ちなみに,上記のCellの論文で使われている拡散係数などの値は,某大学(読めば分かるので隠す必要はないのですが)の化学工学科の人たちの論文から引用されています.

中高生向けの講義では,細胞が集まって,組織・器官・個体ができる必要がある,というだけでなく,さらに,人類が,原子の存在に気づく必要があったのだから,知識を共有し引き継ぐことのできる社会が形成されることも必要だった,という話にしてしまいました.