タンパク質合成の再構成,あるいは単離 3

(140407更新)

どのようにやるのか 方法

何が難しいのか

真核細胞由来のタンパク質合成系を再構成・単離するのが,どうして難しいか,と問うなら,答えは,それを構成するタンパク質等の単離が難しいからです.タンパク質合成系を再構成するためには,それを構成する各成分をそれぞれ単離して集める必要があるわけです.ですが,すべての構成成分が単離できるわけではないから,再構成ができないのです.

単離が難しい構成成分としては,eIF2,eIF2Bなどがあります.いずれも,タンパク質です.どういうものが難しいかと言えば,それは,主に,複数のポリペプチドから成るタンパク質,1つのポリペプチド鎖の中に構造的にまとまった単位(ドメイン)を複数持つようなタンパク質,他のタンパク質やRNAと弱く相互作用するタンパク質などです.

単離するためには,単離された状態で物理化学的に安定であることや,天然の立体構造を取らせることが可能であることなどの条件が必要です.タンパク質合成系は常に細胞の中で役割を果たすように進化してきたはずです.タンパク質合成系の,少なくとも主要部分は,その機能を果たすためには,細胞の中で安定でなければなりません.ですが,それは,あくまでも細胞というバックグラウンドをもった状態での話です.タンパク質合成系は,細胞という環境中で進化してきたということです.そのことと,単離された環境で安定だということとが両立していないのです.後者はたぶん進化の過程で必要な条件ではなかったのです.言い換えると,各構成成分に,それが単離されたときに安定である必然性があるわけではないのです.

実は,さらにもうひとつ問題があります.タンパク質を単離するためには,単純に元の細胞成分から分画して単離する方法と,そのタンパク質に対応する遺伝子(イントロンがある場合はcDNA)を使って,組換え法で合成し,単離する方法とがあります.細胞内に高濃度で存在するタンパク質等については,分画する方法を採用できますが,もともとの存在濃度が低いものについては,組換え法が現実的なアプローチです.しかも,コスト面や技術面で本当に現実的な組換え法は,大腸菌などの真正細菌を用いる方法だけです.ところが,多くの真核細胞由来タンパク質は,大腸菌内でポリペプチド鎖として合成しても,正しい立体構造を取らないため,本来の機能を持ちません.

どのような工夫が必要か

ですから,単離できる条件,単離しても安定な条件,本来の形をとる条件を探さなくちゃいけないのです.

我々は,単離できないものを再構成の部品として用いる必要はありません.2種類のものを一緒に単離することができるのなら,そのようにすればよいのです.実際に,eEF1Aは単独では不安定で壊れてしまいます.細胞内ではeIF1BやアミノアシルtRNAと結合しており,アクチンと結合しているという知見もあります.おそらく本来の相手と結合していないと細胞内でも不安定なのではないかと考えられます.実際試験管内でも,eEF1Bと一緒に保存するとかなり安定です.また,コムギ胚芽抽出液中で安定なことは確かです.ですから,安定に保存する方法が必ずあるはずなのです.

たぶん,リボソーム以外の翻訳関連タンパク質因子のうち,半分くらいは,大腸菌を用いた組換え発現法で,比較的簡単に大量調製,単離することができます.問題は,それ以外の,組換え発現が難しいものです.

(上の段落の内容は,2011年9月に書かれたものですが,実際,やってみると,「半分くらい」というのはかなり楽観的な見積もりでした.実際は1割くらいです.)

当然,組換え発現法の範囲で工夫する,という選択肢はあります.例えば,2種類以上のタンパク質を一緒に発現させるとか,発現時の温度を変えてみるとか,条件をいろいろ変えてみることはいくらでも可能です.コムギ胚芽無細胞タンパク質合成法を使う,というのも,可能なオプションの一つです.特に,我々の研究から明らかになっているように,コムギ胚芽無細胞合成法は,真核型のタンパク質を調製する際には極めて優れた特性を示します.

しかし,現実的には,組換え法で調製できないタンパク質因子が複数あります.それらが得られなければ再構成タンパク質合成系は動かないのです.そういう状況で,組換え発現法で得られたタンパク質の活性を評価するのは,かなり困難です.なぜなら,ポリペプチドとして得られることと,正しいコンフォメーションを取った活性のあるタンパク質が得られることとは別のことであり,後者が達成されているかどうかを調べるのには,最終的には活性を測定するしかないからです.全部の因子が揃わなければ,部分的な活性しか測定できません.

ですから,我々は,胚芽から調製する,という,とてもオーソドックスな方法を使います.前のページで述べましたが,昔,それをやろうとした人がいるので,ある程度,データがあります.昔の人がやった方法を現代風にアレンジするのです.そもそも,リボソームやtRNAは,現在の技術では,細胞内から回収,単離するしか方法がないほど複雑な分子です.組換え法でできることはするとしても,できないこと,困難なことについては,胚芽細胞そのものを使うのが合理的,現実的なのです.前のページの内容に戻りますが,だからこそコムギ胚芽なのです.

昔の人がやったことをアレンジするのであれば,昔の人が何を試みなかったか,を調べることが,とても重要です.昔の人はできなかったのですから,その時に試みられなかった方法を試すべきです.試みられなかった方法には,その当時,そもそも存在しなかった方法や,まだ普及していなかった方法,情報不足で試みられなかった方法などが含まれています.そういう方法をひとつひとつ試してうまくいく方法を探し出す必要があります.

結局,それをやることが,この研究テーマの主要な部分であり,ほとんどすべてなのです.