コムギ胚芽無細胞系でのタンパク質フォールディング

Tolerance for random recombination of domains in prokaryotic and eukaryotic translation systems: limited inter-domain misfolding in a eukaryotic translation system.

Hirano, N., Sawasaki, T., Tozawa, Y., Endo, Y., and Takai, K.*

Proteins, 64(2), 343-354 (2006).

この論文は,平野展孝博士(現日本大学工学部准教授)が中心になって行ったものです.

コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系では,真核型のタンパク質が可溶性の状態で合成される確率が高いことが,経験として知られていました.この点について解明を試みた論文です.

真核型のタンパク質という概念があるということは,真核細胞と原核細胞とでは,タンパク質が何かの点で異なるということです.顕著に異なるのは,平均のサイズです.一般に,真核細胞のほうが,原核細胞よりも,大きなタンパク質を多用する傾向があります.

タンパク質には立体構造上まとまった構造を成すドメインが認められます.一般に,タンパク質はひとつまたは複数のドメインから成っています.ドメインはフォールディングの単位であると言ってもいいかもしれません.複数のドメインから成るタンパク質をマルチドメインタンパク質と呼ぶことがあります.真核細胞のタンパク質の平均サイズが大きいのは,個々のドメインが大きいのではなく,主に,一つのタンパク質に含まれるドメインの数が平均として多いからです.

この研究以前から,タンパク質合成の仕組みの違いが,真核細胞においてマルチドメインタンパク質が多様に進化した一つの要因であるとの仮説が提唱されていました.その背景として,真核細胞の翻訳系では,ポリペプチド鎖の伸長が,原核細胞の場合よりも遅いという事実がありました.原核細胞では伸長速度が速いため,マルチドメインタンパク質を合成しようとすると,リボソームからポリペプチド鎖が出てくる際に,先行して出てくるN末端側のドメインが正しくフォールディングし終わる前に次のドメインの一部が出てきてしまうため,N末端側のドメインの一部とそれ以降のドメインの一部とが相互作用してしまい,本来のドメイン構造をとることができなくなる,というのです.言い方を変えると,原核細胞では翻訳後にリボソームから放出されてからフォールディングするようになっているが,真核細胞では翻訳中にN末端側から順番にフォールディングすることが許されている,というわけです.

この論文では,本当にそうなのか,確かめるために,大腸菌の無細胞タンパク質合成系とコムギ胚芽の無細胞タンパク質合成系との両方を使って,それらの間で,マルチドメインタンパク質が可溶性になるかどうかと各ドメインの活性が得られるかどうかについて,比較をしました.

当時,大腸菌の無細胞系とコムギの無細胞系と,どちらも自前で調製できるのはうちの研究室だけだったので,とてもよいテーマだったと思います.可溶性は,フォールディングしているかどうかのとりあえずの指標です.

実際にやったことは,6種類のドメインをすべての組み合わせ(1~3ドメイン)でつなげたポリペプチドを,両方の無細胞タンパク質合成系で合成して,可溶性と活性を測定する,ということです.

その結果としてわかったことは,大腸菌では,単独で不溶性になるドメインをつなげると,単独で可溶性になるドメインも不溶性になるのに対して,コムギでは,単独で可溶性になるドメインをつなげると,単独で不溶性になるドメインも可溶性になる,ということです.大腸菌では不溶性になるドメインの性質が勝つのですが,コムギでは可溶性になるドメインの性質が勝つのです.

このことは,コムギの無細胞タンパク質合成系では,可溶性のタンパク質として合成される確率が高いという観察結果と一致しています.

メカニズムはわかりませんが,とにかく,真核型のタンパク質合成系のほうが,ポリペプチド鎖伸長の際のドメイン間相互作用に起因する不溶化が起こりにくいのです.

もちろん,大腸菌を原核細胞の代表としてよいのか,コムギを真核細胞の代表としてよいのかについては,議論の余地があります.

(明らかに,かきかけです)