2. 無細胞タンパク質合成系とは

投稿日: 2017/09/05 9:40:29

(170905Takai)

さて,「タンパク質合成系」という言葉が曖昧に用いられているということを,前回,述べました.今回は,「無細胞タンパク質合成系」についてです.これについても,言葉を分解してみます.当然ながら,「無細胞」とは何か,という話になります.前回同様,今回も禅問答みたいになりますが,言葉の意味は曖昧なのだということを理解してもらえないと,なかなかきちんと話がわかってもらえないので,敢えて書いています.

「無細胞」は,英語では,cell-freeです.-freeというのは,それが無い,という意味です.sulfate-freeの石鹸,とかと同じです.

つまり,文字通り,細胞がない,ということです.無細胞なのが,「タンパク質」でないことは自明なのですが,「タンパク質合成」なのか「タンパク質合成系」なのかによって,「無細胞タンパク質合成系」という言葉の意味が違ってきます.「無細胞タンパク質合成」の「系」という意味と,「無細胞」な状態にある「タンパク質合成系」という意味との,2通りの意味があるのです.

後者は,細胞から切り離したタンパク質合成系ということです.タンパク質合成系は,前回の記事で説明したタンパク質合成系です.細胞がもともと持っていた反応系のことです.

一方,前回,人工物も「系」と呼ぶ,ということを述べました.人工物のなかには,実験のための反応系も含まれます.例えば,酵素の活性測定のために,酵素と人工基質を混ぜて,時間を追って分光器で吸光度を測る,というようなやり方は,実験系と呼ばれたりします.ですので,前者は,無細胞タンパク質合成を行うための実験系,という意味です.

たぶん,ほとんどの場合は,「無細胞タンパク質合成」のための「系」のことを,無細胞タンパク質合成系と呼んでいると思います.ですので,この「系」は,「タンパク質合成系」の「系」ではなくて,実験系全体を指しています.

もうひとつ問題になるのは,正しく立体構造を取るか(フォールディングするか)は,考慮に入っていないことかもしれません.前回書いた意味で,「タンパク質合成系」なのか,「翻訳系」なのかは,区別されていません.細胞から取り出したタンパク質合成系という意味ならタンパク質合成系でよいのですが,正しくフォールディングしたタンパク質を合成できないのに無細胞タンパク質合成をする系だと言ってよいのか,という問題があります.ですが,これは必ずしも無細胞だからというわけでもないので,この記事の中では区別しないことにします.

巷では,「発現系」という言葉もよく使われます.この言葉もよくわからない言葉です.遺伝子が発現したり,形質が発現したりします.主語は,発現する前の情報でも,発現した後の実体でもよいみたいです.生物や細胞も,遺伝子や形質を発現します.つまり,目的語も,情報でも実体でもよいようです(遺伝子が目的語の場合は,発現させるのかもしれません).我々は,「発現系」という言葉からは,遺伝情報をもとにタンパク質を合成させる実験系を第一に思い浮かべます.ですが,細胞内である遺伝子が発現しているかどうかを調べるためには,たぶん,第一に,RNAを検出しようとするはずです.

僕は,かなり長い間,「タンパク質発現系(protein expression system)」という言葉には違和感を感じていました(ここ数年で慣れました).コムギ胚芽由来無細胞タンパク質合成系を発現系と言うのには,実は,ちょっと違和感がありました.それは,系内では転写反応が起きていないからです.でも,RNAの段階では遺伝情報はまだ情報でしかないので,発現させていると言えないわけではありません.

大腸菌由来の無細胞タンパク質合成系でタンパク質を調製目的で合成させる場合,ふつうは,DNAを加えて転写反応と翻訳反応とを同時に進行させます.これは,「転写翻訳系」あるいは「転写-翻訳系」と呼べばよいと思います.バクテリアの細胞内タンパク質なら大抵はフォールディングもしますので,「転写-翻訳-フォールディング系」でもよいのかもしれませんが,わざわざこんなに長い書き方はしないのが普通でしょう.コムギの無細胞系ではふつうRNAを加えて翻訳反応を動かしますので,これは「翻訳系」でよいのだと思います.いずれにしても,「系」は,人工的な実験系です.

ふつう,「無細胞タンパク質合成系とは」という表題だと,それがどんな目的で使われるかについて書かれているだろうと期待されるかもしれませんが,他にいくらでも書かれている文献がありますので,ここではとりあえず省略します.後から書き足すかもしれません.