エネルギーを情報に変換する

投稿日: 2014/06/17 3:19:30

(140617;160823誤りを修正)

現存する生命体は,DNAに遺伝情報を保存しています.遺伝情報は,A, C, G, Tの塩基配列の情報です.基本的には,DNA上の情報に従って,生命は生きています.DNAの情報に従っている,ということを強調し過ぎると,全て生まれた時から運命づけられているものと勘違いする人もいるようですが,DNAには周囲の環境変化にどのように対処するかという方法についての情報も保存されています.DNA上の情報は,それら全ての環境変化に一律に対応するのに十分なものではありませんので,個体の運命は当然環境に大きく依存します.

遺伝情報は,長い進化の過程で,その生命体の祖先の生命体が獲得してきたものです.それは,決してただで得られた情報ではありません.恵まれた環境での進化によって遺伝的多様性が増える過程と,自然選択によって多様性が減る過程とを繰り返して得られたものです.

情報は,物質に蓄えられている以上,放っておくと失われます.DNAの場合は,単純な複製の間違いもあり得ますし,放射線や紫外線や酸化剤などによって変化してしまう可能性もあります.生物は,遺伝情報を維持するために,多大なエネルギーを使っています.その意味で,生物はエネルギーを情報に変換していることになります.

教科書には,DNA複製の過程が細かく載っていると思います.そのなかで,一度誤って結合したヌクレオチドを切り取って,正しいヌクレオチドを繋ぎ直す過程について,述べられていると思います.この過程は,高エネルギーリン酸結合の加水分解を伴っていますので,化学結合のエネルギーをたくさん使っていて,そのために逆反応が実質的に全く起きない過程です.エネルギーを消費しているからこそ,自然選択によって得られた情報,進化の過程で獲得した情報が維持できるわけです.

細胞内には,それ以外にも,DNAの情報を失わないための仕組みがたくさんあります.僕はそれについて教科書に書いてあること以上によく知っているわけではありませんが,ちょっと長くなりますが,たまたま発見の現場に居合わせた例を示します.

GTPやdGTPのグアニン塩基は,酸化により損傷しやすい塩基です.主に,8位が酸化されて8-oxoguanine(ヌクレオシドの記号としてo8Gと記されることが多いですが,面倒なので数字を上付きにしないでここではo8Gと書きます)になります.人の体の中で肺は酸素による酸化ストレスが極めて高い臓器なのは想像できると思います.肺の細胞内では,GTPやdGTPのうちのかなりの割合(きちんと記憶していませんが1割以上だったと思います)が酸化されています.

(先に断っておきますが,ここでは塩基の記号の代わりにヌクレオシドの記号を使い,必要がない限りdeoxyriboseとriboseの区別はしません.)

このo8Gは,Cだけでなく,Aとも塩基対合します.ですので,一旦DNAに取り込まれると,遺伝情報が変更されてしまう可能性がかなり高い状況になってしまいます.細胞内には,これを防ぐために,o8GTPを加水分解してo8GDPに変換する酵素があります.当然,高エネルギーリン酸結合を分解してしまいますので,ATP 1分子分のエネルギーを使います.それだけでなく,特定の酵素を準備しているということは,その遺伝子を維持するためや,酵素を合成するためにも多大なエネルギーを使っていることになります.

o8Gによる変異を防ぐメカニズムは,たぶん,まず最初に,o8G塩基が実際に存在することが化学分析によって証明されたこと,次に,それが変異を誘発することが生化学実験で証明されたこと,そして,o8GTPを加水分解する酵素が実際に細胞内に存在することが証明されたこと,によって,理解されてきたものと思います.地道な化学分析,生化学分析が,生命の進化に重要なプロセスの解明に役立ったひとつの事例だと言ってよいでしょう.特筆すべきは,o8GTP加水分解酵素は,最初,GTP加水分解酵素として発見されたという経緯があることです.そもそも,そういうことを研究しようとして調べられたのではないのです.その機能を調べているうちに,基質として用いていたGTPに少量ながらo8GTPが混ざっていたことによって活性が見えていたことがわかってきました.その可能性を別の研究者から指摘されて,やっと気づいたのです.たまたま,o8Gの化学を知っている人の前でしゃべったために,そういうことがわかったのです.

生物情報を維持するためのプロセスは,基本的には化学過程です.化学に基づいて理解されるべきものです.

ちょっと,例が長くなってしまいました.

今回,書きたかったことを最後に書き直すのは文章が下手な証拠なのですが,要するに,生物は,遺伝情報を維持するために,エネルギーを使ってあの手この手で対処しているのです.