情報を操る生命

投稿日: 2013/09/02 7:35:54

DNAの二重らせん構造の解明によって,DNAが情報分子であることが確定し,半保存的複製の基本的なメカニズムも判ってしまいました.

それはそうなのですが,それから1960年台に遺伝暗号が解読されて,遺伝情報というものが,もろに情報だということも判ったわけです.DNAはほぼ完全に記号として働いているのです.ただし,最近十数年間で,その情報が最初考えられたほど単純な情報ではないことが明らかになってきています.

西洋人は,ヒトを理解するために,ヒトの部品を,機械に例える傾向があるというようなことを書いてある本がありました.例えば,心臓を理解するために,ポンプに例えるわけです.そして,ヒトには,機械に例えることができない何かがあるはずだと,心の底で思っているそうです.だから,わからない部分が残っていなくちゃいけないらしいです.そうでないと,ヒトの尊厳が侵されてしまうらしいです.

たぶん,西洋人は,細胞が,DNAの情報を読み取って動いているコンピュータみたいなものだと考えたでしょう.細胞の中で情報がどのようにやりとりされていて,それにもとづいて,細胞の状態がどのように制御されているのか,というのが,次の大きな課題になります.1960年台には,遺伝暗号の解読とほぼ同時期に,アロステリック制御の概念が提示されます.そして,1970年台には,基本的にはDNAへのタンパク質の物理的な結合が,遺伝子発現を制御しているという考えで,ほぼ統一されます.

1970年台から80年台前半には,情報機械としての生命像が確立した,ということになるのではないかと思います.

分子生物学の草創期に活躍した多くの研究者が,1970年台には,脳の研究に向かいました.情報に興味を持った研究者たちが脳の研究に向かうのは,ある程度,必然なのかもしれません.ですが,後から見れば,細胞内の情報は,とても複雑であって,基本原理がわかったからといってすぐに理解できるようなものではありませんでした.

細胞には,細胞外からのシグナルを受け取って反応する複雑な情報装置があり,それらは必ずしもDNAを介して動いているのではありません.細胞の中の情報制御網はとても複雑であり,それに異常をきたすとがん細胞になってしまったりするため医学上極めて重要でした(もちろん今でも極めて重要です).2000年ころまでには動物細胞における主要な経路・回路は解明されたのかもしれませんが,まだわからないことがたくさん残っています.

遺伝情報が発現してタンパク質が合成される,というレベルの制御の話と,細胞のレベルの制御の話の間には,まだまだ大きなギャップがあります.どこまで理解できればよいのかすらわかりませんが,少なくとも,細胞を機械として理解できるレベルでないことは確かでしょう.西洋人はまだ安心していられるかもしれません.