3. 無細胞タンパク質合成法

投稿日: 2016/08/22 1:11:56

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愛媛大の学生の中には,コムギ胚芽由来無細胞タンパク質合成系以外には無細胞タンパク質合成系は存在しないと思っている人がいるかもしれませんが,そんなことはありません.そうでなければ,コムギ胚芽由来という言葉を付ける必要がありません.

1950年代から70年代にかけて,いろいろな細胞の抽出液を触媒とした無細胞タンパク質合成系が試されました.その中で,一応,使いやすかったのが,大腸菌,ウサギ網状赤血球,コムギ胚芽の3種類でした.バクテリア,動物,植物に分かれているのは,たぶん,それぞれの中で使いやすかったということになると思います.これらのソースの共通の特徴は,ほぼ単一の細胞集団で,大量に入手できることです.

1980年代の中頃までは,無細胞タンパク質合成系でのタンパク質合成効率は,生きた細胞の中での効率よりもけた違いに低いのが,「常識」でした.TrisやHEPESといった人工的なバッファーに,マグネシウム塩やGTPなどをいい加減な濃度で加えてタンパク質合成させているわけですから,細胞内の条件より悪いのは当たり前だ,というわけです.

ですが,無細胞タンパク質合成法には,外からなんでも加えられるという,非常に大きな自由度・メリットがあるので,それを活かすためには効率を上げよう,という話になっていきます.1990年代には,ゲノム解析やcDNA解析が進み,それによって得られるリソースを活かすためにも,並行して多数のタンパク質を合成できる方法が必要でした.特に日本で大きな研究グループができて,その結果として,20世紀の終わりまでには,大腸菌とコムギ胚芽の無細胞タンパク質合成系における合成効率が大幅に改善しました.当時は,DNA配列解析の結果がまとまるのに何とかぎりぎり間に合った,という感じでした.

ところで,ウサギ網状赤血球の系はどうなったかというと,どうもなっていません.動物の無細胞タンパク質合成系で効率の高いものは,少し遅れて21世紀に入ってから利用可能になりました.ただ,これは培養細胞を用いているため,調製コストがかなり高くなっています.ですが,動物のタンパク質がきちんと合成できることは大きなメリットであり,非常に有用な系になっています.また,それよりは少し前に,昆虫の無細胞タンパク質合成系としてもそれなりによいものができています.これらはほとんど日本で最適化された技術です.